稜線に燃ゆる
鉄の拳では鉄は砕けない。
当たり前の話だが、鉄で鉄を叩いても双方へこむだけである。
ならばそれを凌駕するためにはどうすればよいのか。
それ即ち鉄以上の堅さを持って打ち破るか。
あるいはそれを貫く打法を得ることに他ならない。
「そういうわけだ。手合わせ願うぞ。」
「……。」
目の前の少女は雄弁にそれを語った。
出で立ち見目麗しい少女の姿でありながら、佇まいは拳法家のそれであり、四
肢は炎を纏っている。この辺では見たことがない種族だが魔物であることは
理解できた。
間違いなく強者であることは文字通り火を見るより明らかである。
「どうした?こないのか?ならばこちらから行くぞ?」
「あのさ。俺飯焚いてんのよ?悪いけどよそに行ってくんないか?」
少女は私を見るや否やフと鼻で笑う。
まるで話にならないと言わんばかりに。
勝負に挑んだ相手が飯時だったということに気がつかなかったわけではない。
「私は拳法家、ウーファ。火鼠と呼ばれる魔物だ。こう見えて大陸では少し
名の知れた…」
「おっしょさーん。風呂沸いてますかー?」
「んあー?ちょっと待てー。今飯焚いてんだよーい。」
「おっしょさん。今度から飯より先に風呂だって自分でいってたじゃないっす か。気分で順番変えないでほしいっすよー。」
「いやーわりーわりー。今日は魚屋からいい鰹をもらったから喰いたくなっ
て…。」
「あれ、そこのお姉さんだれっすか?なんか弟子入りって感じっすかね?こん
な山奥までどうもっす。」
「えーとこの人は…ごめんなんだっけ。」
眉をひそめながら火鼠は改めて答える。
平静を装っているらしいが四肢の炎はそのいら立ちを隠せないのだろう。
色身が紅蓮に近しくなっていく。
「私は拳法家、ウーファ。大陸では火鼠と呼ばれる魔物だ。こう見えて少しは
名の知れた…」
「山籠りが長いと町の情報も知らなくてさ。おまえ知ってる?」
「しらねっす。」
少女の頬が歪んで広がる。笑顔とも取れる角度に、怒りとも取れる角度。
お前ら殺されたいらしいな―――
言葉にこそ出してはいないが、少女は明確に殺意をあらわにした。
だが―――
「で何の用だっけ?とりあえず。鰹食ってくか?安かったからつい半身で買っ
ちまった…」
なぜだろうか。なぜこの男たちは私を前にしてこうも余裕をかましていられるのだ。
なぜ殺意を発しているのにもかかわらずこの男たちは微動だにしないのだろうか。
意識して殺気を飛ばしているにもかかわらずこの男たちは…
「お前たちは私を愚弄する気か!」
少女は声を荒げた。
声を荒げずには居られなかった。
拳法家としての自身はあるほうだ。
まるでそれらが愚弄されるような屈辱だった。
それ以上に拳法家としての全てを否定されたような屈辱だった。
「良いだろう!ならば見せてもらおう!貴様の実力を!そうやっていつまでも
いけしゃあしゃあとするならば嫌でも貴様の奥義『鎧通し』を引き出してや
る…!」
少女に恐れはない
蛮勇ではない、かといって油断している相手に攻撃をするわけだ。特別勇まし
いわけでもない。
自らの炎を拳にまとい一跳躍に男めがけて拳を掲げる。
「な、なんだぁ!?」
バン!という音が聞こえると煙とともに巻き割り用の切り株がこぶし大の形に
穿たれる。
「どしたっすか!?師匠!?」
「いや、この少女が『鎧通し』を見せろって…」
「どうだ。火炎を纏いし拳『紅蓮拳』の破壊力は。貴様の鎧を通す力と私の鎧
を砕く力。どちらが強いか白黒つけようじゃないか。」
少女はほほ笑む。
だが目つきから殺気は消えていない。
いつだって臨戦態勢を崩さない、彼女の拳法家たる姿勢は修羅にあることを
見せつけるようだった。
「おっしょさん!この人やばいっす!」
「まあ待て弟子よ。お嬢さん。鎧通しは何かをご存知かな?」
「知っているとも。打撃にあって打撃にあらず。打ち込んだ拳の衝撃を伝道
させ相手の肉体のみを破壊する秘拳であるということも。」
鎧通しの原理、概ね火鼠が語るとおりだ。
だが術理こそ軽く言ってのけることは可能だがそれを可能にするには圧倒的な
腕力が必要だ。
加えてあてるだけでも踏み込みが必要であり、拳の威力を高める歩法さえも
極めていなければ発動することすら難しいとされている秘拳である。
故に誰からも必要とされず、故に拳法家たちのあこがれでもある『奥義』なの
である。
鉄の拳を作るのではなく、鉄の拳を砕くのが拳法家なのである。
「ふむ…じゃ、見せてあげようか。鎧通しを。」
師匠と呼ばれる男は弟子に「あれをもってこい」と一言告げると「はあ、また
あれっすね。はい。」とけだるげに返事をする。
火鼠はそのけだるい返事に苛立ちを隠せなかった。
だが同時に期待と高揚感を抑えることはできずにいた。
鎧通し。この目に確かめてみるまではこの山奥に来た甲斐がないというもの。
「おっしょさん。これでいいっすかね?」
しばらくすると弟子の一人が鉄の板を持ってきた。
「おう。じゃあそこに立てといて。では…」
「ちょっとまて…お前何を持っているのだ?」
火鼠は制止した。
無理もなかった。
立てかけられた鉄板はわかる。鎧と同じ高度のものなのだろう。
その反対側に木材の板が張り付いているのもわかる。おそらくそれを破砕する
ことで用意したのだろう。
だがなんだその持っている『武器』は。
細くとがった寸鉄をぐっと握っていた。
予想だにしない展開に火鼠の炎がざわめく。
「なにって鎧通しっすけど。」
「な…なんだと!?」
「ウチは代々加治屋をやっていてね。こうやって武器を作ったり、普通の人用
に鍋を作ったりしているんだよねー。」」
「そ…そんな…ただの鍛冶屋だと!?じゃあ私が今までやってきたことは?」
「伝説の秘拳なんてそんなものだよ。」
少女の目はまさに鼠のごとくくるくると回り始めた。
何の変哲もないただの人に威嚇し、警戒し、挙句必殺技まで見せて空回りをしてしまったのだから。
「おねえさん火が出せるんならウチで働いてかないっすか?鍛冶屋に向いてる っすよ。」
「うあああああ!い…いまは顔から火が出そうだっ!!」
「うまいこと言うなあ。関心感心!さ、弟子よ。鰹をさばいてくれ。せっかく
来てくれたんだから御嬢さんにも振舞って…」
「やめろおお!善意が!善意が痛い!うああああああ!」
脱兎のごとく火鼠はその場を去って行った。
まさに火の車のように駆け巡るその姿は野山に住む動物たちをおびえさせ、
周辺にいる魔物たちを楽しませて行ったという。
こうして拳法家伝説の拳なんて、所詮は根も葉もない噂なんだということを
稜線を焼きながら学んだのでした。
☆おしまい☆
………
……
…
「さーてと。じゃ、鰹のたたきでも頂くとするかな。」
「師匠よかったんすか?せっかく『秘拳鎧通し』教えられそうな子が来たのに。
それに可愛かったのに。」
「だってあれ俺が鍛冶屋で失敗作を拳でぶち壊してたら勝手にできるようにな
ってたからなあ。教えるも何もできないよ。それに武器の方が手軽だし。」
「元気出してくれたらいいっすけどねー。」
「うーん。また来るようなことがあればその時は教えてあげてもいいかな?」
鰹のたたきが皿に乗る。
鰹の赤味が美しく映える。
彼女の炎とは違う赤味に師匠と弟子は微笑んだ。
そういえば彼女の笑顔を見ておけばよかったと少しだけ後悔した。
せめてこの皿に乗るささやかな幸せを共有できる日がまたいつか来たのなら、
その時はまた鎧通しのくだりを最初からやろう。
そう師匠と弟子は談笑していた。
☆今度こそおしまい!☆
当たり前の話だが、鉄で鉄を叩いても双方へこむだけである。
ならばそれを凌駕するためにはどうすればよいのか。
それ即ち鉄以上の堅さを持って打ち破るか。
あるいはそれを貫く打法を得ることに他ならない。
「そういうわけだ。手合わせ願うぞ。」
「……。」
目の前の少女は雄弁にそれを語った。
出で立ち見目麗しい少女の姿でありながら、佇まいは拳法家のそれであり、四
肢は炎を纏っている。この辺では見たことがない種族だが魔物であることは
理解できた。
間違いなく強者であることは文字通り火を見るより明らかである。
「どうした?こないのか?ならばこちらから行くぞ?」
「あのさ。俺飯焚いてんのよ?悪いけどよそに行ってくんないか?」
少女は私を見るや否やフと鼻で笑う。
まるで話にならないと言わんばかりに。
勝負に挑んだ相手が飯時だったということに気がつかなかったわけではない。
「私は拳法家、ウーファ。火鼠と呼ばれる魔物だ。こう見えて大陸では少し
名の知れた…」
「おっしょさーん。風呂沸いてますかー?」
「んあー?ちょっと待てー。今飯焚いてんだよーい。」
「おっしょさん。今度から飯より先に風呂だって自分でいってたじゃないっす か。気分で順番変えないでほしいっすよー。」
「いやーわりーわりー。今日は魚屋からいい鰹をもらったから喰いたくなっ
て…。」
「あれ、そこのお姉さんだれっすか?なんか弟子入りって感じっすかね?こん
な山奥までどうもっす。」
「えーとこの人は…ごめんなんだっけ。」
眉をひそめながら火鼠は改めて答える。
平静を装っているらしいが四肢の炎はそのいら立ちを隠せないのだろう。
色身が紅蓮に近しくなっていく。
「私は拳法家、ウーファ。大陸では火鼠と呼ばれる魔物だ。こう見えて少しは
名の知れた…」
「山籠りが長いと町の情報も知らなくてさ。おまえ知ってる?」
「しらねっす。」
少女の頬が歪んで広がる。笑顔とも取れる角度に、怒りとも取れる角度。
お前ら殺されたいらしいな―――
言葉にこそ出してはいないが、少女は明確に殺意をあらわにした。
だが―――
「で何の用だっけ?とりあえず。鰹食ってくか?安かったからつい半身で買っ
ちまった…」
なぜだろうか。なぜこの男たちは私を前にしてこうも余裕をかましていられるのだ。
なぜ殺意を発しているのにもかかわらずこの男たちは微動だにしないのだろうか。
意識して殺気を飛ばしているにもかかわらずこの男たちは…
「お前たちは私を愚弄する気か!」
少女は声を荒げた。
声を荒げずには居られなかった。
拳法家としての自身はあるほうだ。
まるでそれらが愚弄されるような屈辱だった。
それ以上に拳法家としての全てを否定されたような屈辱だった。
「良いだろう!ならば見せてもらおう!貴様の実力を!そうやっていつまでも
いけしゃあしゃあとするならば嫌でも貴様の奥義『鎧通し』を引き出してや
る…!」
少女に恐れはない
蛮勇ではない、かといって油断している相手に攻撃をするわけだ。特別勇まし
いわけでもない。
自らの炎を拳にまとい一跳躍に男めがけて拳を掲げる。
「な、なんだぁ!?」
バン!という音が聞こえると煙とともに巻き割り用の切り株がこぶし大の形に
穿たれる。
「どしたっすか!?師匠!?」
「いや、この少女が『鎧通し』を見せろって…」
「どうだ。火炎を纏いし拳『紅蓮拳』の破壊力は。貴様の鎧を通す力と私の鎧
を砕く力。どちらが強いか白黒つけようじゃないか。」
少女はほほ笑む。
だが目つきから殺気は消えていない。
いつだって臨戦態勢を崩さない、彼女の拳法家たる姿勢は修羅にあることを
見せつけるようだった。
「おっしょさん!この人やばいっす!」
「まあ待て弟子よ。お嬢さん。鎧通しは何かをご存知かな?」
「知っているとも。打撃にあって打撃にあらず。打ち込んだ拳の衝撃を伝道
させ相手の肉体のみを破壊する秘拳であるということも。」
鎧通しの原理、概ね火鼠が語るとおりだ。
だが術理こそ軽く言ってのけることは可能だがそれを可能にするには圧倒的な
腕力が必要だ。
加えてあてるだけでも踏み込みが必要であり、拳の威力を高める歩法さえも
極めていなければ発動することすら難しいとされている秘拳である。
故に誰からも必要とされず、故に拳法家たちのあこがれでもある『奥義』なの
である。
鉄の拳を作るのではなく、鉄の拳を砕くのが拳法家なのである。
「ふむ…じゃ、見せてあげようか。鎧通しを。」
師匠と呼ばれる男は弟子に「あれをもってこい」と一言告げると「はあ、また
あれっすね。はい。」とけだるげに返事をする。
火鼠はそのけだるい返事に苛立ちを隠せなかった。
だが同時に期待と高揚感を抑えることはできずにいた。
鎧通し。この目に確かめてみるまではこの山奥に来た甲斐がないというもの。
「おっしょさん。これでいいっすかね?」
しばらくすると弟子の一人が鉄の板を持ってきた。
「おう。じゃあそこに立てといて。では…」
「ちょっとまて…お前何を持っているのだ?」
火鼠は制止した。
無理もなかった。
立てかけられた鉄板はわかる。鎧と同じ高度のものなのだろう。
その反対側に木材の板が張り付いているのもわかる。おそらくそれを破砕する
ことで用意したのだろう。
だがなんだその持っている『武器』は。
細くとがった寸鉄をぐっと握っていた。
予想だにしない展開に火鼠の炎がざわめく。
「なにって鎧通しっすけど。」
「な…なんだと!?」
「ウチは代々加治屋をやっていてね。こうやって武器を作ったり、普通の人用
に鍋を作ったりしているんだよねー。」」
「そ…そんな…ただの鍛冶屋だと!?じゃあ私が今までやってきたことは?」
「伝説の秘拳なんてそんなものだよ。」
少女の目はまさに鼠のごとくくるくると回り始めた。
何の変哲もないただの人に威嚇し、警戒し、挙句必殺技まで見せて空回りをしてしまったのだから。
「おねえさん火が出せるんならウチで働いてかないっすか?鍛冶屋に向いてる っすよ。」
「うあああああ!い…いまは顔から火が出そうだっ!!」
「うまいこと言うなあ。関心感心!さ、弟子よ。鰹をさばいてくれ。せっかく
来てくれたんだから御嬢さんにも振舞って…」
「やめろおお!善意が!善意が痛い!うああああああ!」
脱兎のごとく火鼠はその場を去って行った。
まさに火の車のように駆け巡るその姿は野山に住む動物たちをおびえさせ、
周辺にいる魔物たちを楽しませて行ったという。
こうして拳法家伝説の拳なんて、所詮は根も葉もない噂なんだということを
稜線を焼きながら学んだのでした。
☆おしまい☆
………
……
…
「さーてと。じゃ、鰹のたたきでも頂くとするかな。」
「師匠よかったんすか?せっかく『秘拳鎧通し』教えられそうな子が来たのに。
それに可愛かったのに。」
「だってあれ俺が鍛冶屋で失敗作を拳でぶち壊してたら勝手にできるようにな
ってたからなあ。教えるも何もできないよ。それに武器の方が手軽だし。」
「元気出してくれたらいいっすけどねー。」
「うーん。また来るようなことがあればその時は教えてあげてもいいかな?」
鰹のたたきが皿に乗る。
鰹の赤味が美しく映える。
彼女の炎とは違う赤味に師匠と弟子は微笑んだ。
そういえば彼女の笑顔を見ておけばよかったと少しだけ後悔した。
せめてこの皿に乗るささやかな幸せを共有できる日がまたいつか来たのなら、
その時はまた鎧通しのくだりを最初からやろう。
そう師匠と弟子は談笑していた。
☆今度こそおしまい!☆
14/11/03 19:57更新 / にもの