連載小説
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六話 9月1日
「えー9月からの教団による資産管理の件ですが、当初の予定通り9月から手数
 料が新たに導入されることになりました。今後教団の公的機関及び施設を利
 用する場合は従来の商会の申請書の前に必ず教団側に申請を受理したうえで
 業務をお願いします。お手持ちの資料はお持ち帰り頂いて結構です。」

ガタガタと同業者たちが席を立つと、私も疲れからか席を立つ。
足のしびれを若干感じると少しどこか散歩してから帰ろうと思った。

「はあー…まあ解ってはいたし、準備もしていたけどさ。いざ始まってしまう
 と…はあ?って思うよな。」

「それはほら身をきれいにして後腐れなくしておかないといざってときに足を
 引っ張られるかもしれないだろ?」

「はあ…去年は酒税の増額でバタバタしてたってのによう。ギリギリ量を減ら
 して食いつないでたのに…今度はどこを減らせばいいんだよ。金ばっかり
 取っていきやがって。」

「副業でもしたらどうだ。パンは止めてもらいたいが。」

私は悪態をつく同業の友人の愚痴を聞いていた。
今日は商店街の集まり。毎回3カ月に一回私たち商店街の面々はこうして集まり
会合を開く。
売上、客足、お互いの店の健康度合いと言った経済的なバイタルチェックを
始め、連絡事項や今日の議題のような法整備の確認等をしている。
お互いに生き残るために商店街の面々は結束をして毎度のごとく生活を維持し
ていた。
会合が終わるや否や、その結果に不平不満を漏らす友人。
今回議題をする場所として使ったこの会合場所も教団の資産に含まれている。
今までは手数料と言ったものは教団はとっていなかった。
なぜなら魔物たちに対する戒律以外の事にはとても寛容な部分があったからだ。
教団のお触れを許す代わりにこの町はそれなりに豊かになった。
私が交易の店を出せたのもひとえに教団の力があったからだったので友人のよ
うに悪態がつけるかと言うと複雑な心境であった。
だが、悪態をつく友人に、私は心が痛む。
なぜならこの原因は教団が最近発生している私の身辺に起因しているからだ。
教団はここ最近魔物たちによる異変に気付き始めた。
原因は紛れもなくエミール達が行っている時間逆行とアークインプの魔法陣
のビラ配り。
この間届いたエミールの手紙に書いてあったのだが、時間逆行の影響と彼女の
撒いた魔法陣のビラが召還中の魔物たちに干渉してしまい、どういう影響か魔
界から魔物を召還をしようとするとどういうわけか一旦この町の周辺に呼び出
されるという召還事故が多発しているらしい。
そして彼女たちを追い払うために多くの教団員が駆り出されているらしいのだ。
そのコストのしわ寄せこそが手数料と言う形で現れた。
表向きは施設の老朽化に伴う維持管理費ということらしい。
さすがに暴力的なイメージは教団側も出せないのだろう。

「お酒に至っては一生廃れないものだから問題ないだろう。『畑は3代、酒は
 末代』って言うだろう?」

「なんだそりゃ?初めて聞いたぞ。」

「畑は3代先までしか受け継げないがお酒は末代まで受け継げるという東洋の
 言葉だ。」

「…嘘つくならもっとマシな嘘つけよな。」

「はは、バレたか。じゃあこんなのはどうだ。俺の店とお前の店でジパングの
 店を新しく建てるんだ。なんでもジパングではコメを使った酒があるらしい
 ぞ…ガルムに似たつまみみたいなのもあってだな…」

「おーいそこの二人さん。そろそろいいかなー?カギ返しに行かないといけな
 いからさー。それとも延滞金払うか―?」

議長が待ってくれていたらしい。
その後私は友人と二人で酒屋へより、新しい商店の相談をした後私は帰路に
着いた。
お互いの店の話をしつつ、ずいぶんと友人の愚痴やら何やらを聞かされた。
せめてものの償いと言うわけではないが彼と私は酒を飲みあって、結局帰り
は夜遅くになってしまった。
人気はない。居るのは月と冷たい空気だけだ。

「あれあれ?もしかしておじさん?」

「ああ…君は…」

千鳥足になりかかる私はアークインプを見つけた。
夜遅くに少女が町を歩いている。
ちょっとギャップがありすぎてちょっとだけ幽霊か何かと恐怖した。
魔物とは言えその姿で夜遅くに町を歩かれると若干不安だ。

「アークインプちゃんだけど…ってお酒臭いよ!」

「いや…んっん!すまない。ちょっと大人の付き合いでね。」

「ふーん。おとなってエッチなことするだけじゃないんだね。」

「そうだぞ。大人は毎日が戦いだ。自分の稼ぎで自分を磨き、自分を鍛え、
 そしたら今度は家族を作り、家族を作ったらまた自分を磨いて養って…」

「そんなに磨いたらすり減っちゃって死んじゃうよ?」

「人間はそういうもんさ。エミールだって君に会うためにあんなにすり減った
 体になったんだからな。」

「おじいちゃんが?」

「今度教えてもらったらどうだ?エミールの過去を。寝る前とかに。」

「ピロートークはいつも将来のことしかしてないんだけど…」

「老人は眠る前に昔を語りたがるものさ。」

「ふーんそうなんだ。」

アークインプはふむふむと言った具合に頷いた。
少年であり、老人であるエミール。
彼の未来を見つめる彼女と彼の過去を見つめる私。
お互いの目的が違うからなのだろう。

「そうだ、一つ聞いていいか?あれからエミールの周りで変わったことは
 ないか?」

「変わったこと?うーん。ホムンクルスなのに毛が生えたりとか?」

「それはそれで気になるけど、まあさっさと聞いちゃうとエミールの時間逆行
 はあれからどうなっているかっていう話なんだが…」

「うん…いちおう…たいへん。」

アークインプの顔が曇った。

「いまおじいちゃんの本物の体はあと少しで胎児になっちゃう。これ以上は
 時間を元に戻しても肉体からはじかれちゃう。」

「胎児になる…母体の中に戻るわけじゃないんだろう?」

「それだけじゃないよ。胎児よりさらに先にまで戻ったら魂そのものまでリセ
 ットされることになっちゃうの。そうしたらホムンクルスでも終わり。」

「タイムリミットは?」

「今は私の力で頑張って時間をゆっくりにしてるからまだ大丈夫。早く時間を
 止める方法を見つけないと!」

「……。」

リリムが言った言葉を思い出す。
これ以上の時間逆行は世界全体に異変を引き起こす。
この子はこの子でこの事態を知っているのだろうか。

「ねえおじさん。おじさんはどうしたらいいと思う?」

彼女の問いに少し悩んだ私は、

「わからない。だがこれだけは言わせてもらおう。」

と切り出した。
言うべきか言うまいか迷った。
だがこれは彼女には伝えておくべき言葉だった。
誰が何と言おうと、酷なことであろうと彼女がエミールの妻であるというなら
なおさらだ。

「エミールは…いや、人間は寿命を超えて生きられない。時間を巻き戻しても
 時間を止めても人間の精神力は時間に抗うことはできないんだ。」

「そんなこと…そんなことないもん!おじいちゃんは…おじいちゃんは私の…!」

「時間を巻き戻したら戻した分だけ時間は進む。引っ張ったゴムのように勢い
 よく。全てが時間の濁流に押し流されて消えてしまう。」

「わ、わたしは…おじいちゃんがいれば…いいもん。」

「エミールに伝えてくれ。このままだとこの世界も魔界も時間逆行で終わって
 しまうと。」

口では強がっている。
ただただ、自分の愛する者は決して死なないと。
だが彼女もこれ以上の逆流はどうなるかが分かっているようだ。
誰にとっても大切な人がいて、それをずっと繋ぎとめておきたい。
愛する人とはいつか別れなくてはならない。

そして…エミールとアークインプは出会うのが遅すぎた。

会うために人生を費やした老人は無責任にも愛をそそぐ妻のことを考えていな
かったのだ。
家庭を捨て魔物を呼び寄せた男に愛する者を呼び寄せた。
そんな男が愛するものと家庭を築けるはずなどなかったのだ。

憐れむべきかどうすべきか。
酒の回った頭では、彼女を説得することなどできるはずもなく。
私は気をつけて帰るようにとだけ彼女に伝え家路についた。

この話はもう少しだけ続く。

17/07/30 20:29更新 / にもの
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