連載小説
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四話 7月14日
暑さも真っただ中の出来事だ。
ただでさえこの時期は各所で繁忙期になり忙しくて忙しくて仕方がない。
普通に仕事をしているだけでもそれなりにストレスがたまって来る。
そんな時だった。
ドンドン!と部屋のドアをたたく音がする。
店なのだからそのまま入ってくればいいものをわざわざノックをするなどと…
加えて言えばそこまで強打するんじゃない。

「ったく…だれだこんなときに。はいはい!今開けますよ!」

「どうも夜分に失礼するよ店主。」

上から目線の物いいにさらに苛立ちを募らせるが、訪問者の姿を見て、すぐに
それを顔に出すのは止めた。
ドアを開けるとそれは見慣れた姿の見慣れない男の姿だった。
槍をもち、冑をかぶり、見慣れたマークがローブに印されている。
教団だ。
普段はこの町に魔物に対する戒律を教えたりするだけだが、本拠地が近くにあ
るせいかこの町では自治的なこともしてくれている。
やり方はどうあれ武力で人間の犯罪者を取り締まることもあれば、他と同様に
魔物に対する禁を説いたりしてくれると噂程度には話を聞くが、我ら一般人
には余りなじみがない。この町の一部の施設は彼らが管理しているおかげで
格安で利用できる為そこまで嫌な奴と言うわけではない。
各所の寄付で賄っているとは聞いているが、正直どうやって活動資金を稼いで
いるのか妖しいものだ。

「ふむ、見たところ妖しい様子はないようだが。ふむふむ。」

私の返事を待たずして教団の男は店内にズカズカと入り込み物珍しそうに輸入
品の缶詰を掴み、眺める。

「あの…うちが何かしましたでしょうか?」

「店主。あなた最近儲かっていますかな?」

「へ?儲かる?いや、まあ家はちょっと前からパン屋を副業ではじめまして。」

教団員の男に苦笑しながら答えると、彼はこちらにズズイとせまった。

「違いますよぉ!店主!あなた知らないんですか?」

顔が近い。
そのカイゼル髭がうっとうしいぞおっさん。

「違う…と、おっしゃいますと?」

「こちらを見てくださいよ、これですよ、この紙!」

紙?
なんのことやら。
言われるままに教団員が見せた紙に目を通す。
いくつかの呪文の文言に魔法陣。

「この紙はですねぇ!教団が忌むべき魔物の手によって作られたものなのです
 よ!わかりますか!あの人の姿を借りた愚かな…」

「ええ…ええ…存じております。ですが魔物がそんなものを作れるとは思いま
 せん。彼女たちに人間の社会性がわかるかどうか疑問ですよね?」

教団のご高説が始まる前に急いでさえぎる。
絶対聞いてるとめんどくさい話だ。いろんな意味で。
その紙に書いてある呪文は理解できた。
魔法陣もアークインプがあの日持ってきた紙と同じものが記されている。
つまりこれは魔物召還の簡易起動装置のようなものだ。

「これが各地の住宅のポストに入っていたんですよ!こんな危険な真似をする
 だなんて召還でもされたらこの町はもうどうしたらいいやら!」

「は、はあ。で、それがウチと何の関係が。」

「ほら、これですよ。ここに書いてあるのお宅のお店でしょう?」

魔法陣の紙切れの裏側。いや、どちらかというとこっちが表か。
それは紛れもなく自分の商店の広告だった。
お手製のチラシに複製呪文を利用したものだ。
最近はどこの魔術業者でもこれぐらいのことならやってくれる。
自営業界隈では特段珍しいことではない。

「確かにこれはうちの広告ですけれど…私が書いたわけでは…」

「そうですか?このお店はなんでも輸入品や交易で稼いでいるみたいじゃない
 ですか。ここ最近はいつにもましてさらに。パン屋だなんてカモフラージュ
 なんじゃないんですか?」

「知らないんですか?今流行りのジパング産イモの飴漬けはうちが流行の発端
 なんですよ?そりゃあ儲かりますよ。試食していきます?」

「ふふ…そういうことにしておきましょう。実は撒かれた魔法陣にはお宅以外
 のお店のチラシも混じってありましてね。いま調査中なんですよ。どうか
 魔物を見かけたら教団にご報告を!」

やれやれ、交易品に助けられたか。
教団員はにこやかな笑顔で踵を返しドアを開け出て行った。
去り際に後ろから舌を出してやるとほっと胸をなでおろす。

「…はあ…確かあれはアークインプが持っていた奴だったな。」

見る限りこれは魔物召還の陣だ。
活字で書かれている広告に対し、裏面の魔法陣は手書きだ。
最近は魔法陣も正確な起動ができるように魔法業者に正確なものを複製する
のがポピュラーなのでおそらくこれはエミールたちが書いたものだろう。
大分くたびれた紙の様子をみると発行したのは結構前だろう。
しかし魔法陣の書き後からは新鮮味を感じる。
元来魔法陣とはただ単にインクで書いたところで意味がない。
魔術的な触媒を必要とするのは陣を書く段階でも既に必要だ。
鶏の血や、蝙蝠のふんなど、物にもよるが生物の体液を触媒とすることも多い。
私は紙面に書き記された魔法陣に鼻を近づける。

「はー。やっと出て行ったね。とってもびっくりしちゃったよ!」

「うああああっ!?」

触媒かどうか匂いを嗅いだその時だ。
アークインプの声が聞こえたのだ。

「やほ!おじさん元気にしてた?アークインプちゃんただいまさんじょ…むぐっ!」

「今、教団の人が出て行ったの!静かにしてなさい!自己紹介もいいです!」

自分で大声を出しておいて制止するのもなんだが彼女を制止した。

「けほっ…お、おじさん?教団って何?」

「ざっくりいうと魔物を嫌いだって言っている人間だ。下手するとマジでヤバイ。
 人間相手はともかく魔物は有無を言わさず…ってやつだ。」

「ふーん。でも相手が男の人なら負けたことないよ!ぶっちゃけ最強!」

「いや、倒したら倒したでこっちも困るから止めてくれ。」

物怖じせず胸を張るアークインプはどこか楽しそうだ。
おそらくあの森での生活がうまくいっているのだろう。
時間まで巻き戻せるんだからまさに向かうところ敵なしって言うのもうなずける。
だからどうしたといえばそれまでなのだが。

「所で今日は何しに来たんだ?パンはもう今日はおしまいなんだが。」


「それもあるけどー今日はこれをくばりにきましたー!はいっ!」

インプが多種多様なチラシをカバンから取り出した。
いつもなら手ぶらで来る彼女にしては珍しいと思っていたが。

「…はあ…これ、君が配っていたんだ。」

「そうだよ!…ってあれ?おじさんなんでそれ持ってるの?まだ配ってないの
 に。」

「さっき教団の人が持ってきた。これうちのチラシだからさ。ところでこんな
 もの配ってどうするつもりだい?」

「これー?うふふー♪知りたい?」

なんだ妙にもったいつけて。
この子だんだんエミールに似てきたんじゃないか?
意地悪な笑顔が可愛らしいが本題に入ってくれ。

「じつはねー?今度エミールおじいちゃんがね?教団にある時間を止める魔術
 書を取りに行くって言ってたの。」

「…そうか、今までありがとう。決して君のことは忘れないとエミールにそう
 伝えておいてくれ。」

「ちょっ!まだ失敗するって決まったわけじゃないよ!それに別に人間なら
 殺したりはしないんでしょ!」

ああ。殺したりはしないさ。
『ちょっと強引に』啓蒙な信者に作り替えるだけだからな。
あの爺さん偏屈だからどんな目にあわせられるのか。

「だってわたしのちからじゃ巻き戻しとまらないもん…それに…捕まったら助
 けに行けばいいもん…。」

「それじゃ逆に君が捕まっちゃうでしょ。」

「わ、私が捕まったらおじいちゃんが助けてくれるもん!」

中睦まじいのはいいと思うんだが正直そのおじいちゃんが君より力不足なんだ
けどなぁ。
いや、でも教団の本拠地を攻めるとか言ってるんだ。
腕を上げたか、策があるのか。
いずれにせよロクなことをしないし考えない。
とりあえず目配せで『お前の旦那なんとかしてこい』と訴えかけたが、そんな
あいまいなアクティベーションでインプが動くはずもなかった。
きらきらした彼女の瞳は恋する乙女を通り越して幸せいっぱいエンゲージリン
グの輝きだったのを私は少し羨んだ。

「そうか…信頼してるんだな。」

「…うん!じゃあおじさん!またね!」

「あ、売れ残りのパンがあるけど持ってく?タダでいいよ。」

「ホント!?ほんとにほんとぉー!?」

一つのトレーにまとめて載ってある売れ残りにインプが駆け寄る。
あれもこれもと選ぶ彼女はやはり子供の姿だ。
手頃な紙袋に彼女が持てうるだけのパンを詰め込む。
これならどこへ行っても遅めの夕飯を買いに行かされた少女にしか見えない。
うむ、完璧な偽装工作。
エミールの嫌いなグリンピースの缶詰も入れてやろうと思ったが、せっかく来
てくれた本妻が重たそうにしていたので止めておいた。

「こんなにもらっちゃって…もうけちゃったね!」

「出来れば普通に過ごしていてもらいたんだが…そうもいかないのかい?」

「うーんとね…無理ー!」

「はは…わかった。気をつけて帰るんだぞ!」

インプは小さな羽根を広げて夜闇に飛び立つ。
…気をつけて帰れって言ったじゃないか。
いま教団のおっさんたちが大声あげて追いかけて行ったぞ。

この話はもう少しだけ続く。



17/07/30 20:28更新 / にもの
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