荒れた道を荷馬車が激しい音を立てて走っていた。荷馬車の進む左側には赤茶けた山があり、右側には濃い緑の森がある。荷馬車は二台走っており、双方に子供達が乗っている。荷馬車の後尾には男が一人ずついた。両者とも弓をつがえて、自分達を追って来る者を待ち構えている。
　子供達は、緊張に顔を強張らせている。泣きそうになっている子もいたが、必死にこらえている。
　割に合わない仕事だ。グレゴリーは子供達を見た後、声に出さずに呟く。金払いが悪くない事は結構な事だ。だが、ガキのお守りをしながら敵軍から逃げるのはきついんだよ。
　グレゴリーは、追手が迫る後方に視線を突き立てた。

　グレゴリー達の後を追って、敵が迫ってきた。石の多い荒れた道を蹴立てて、三騎の騎兵が追撃してくる。土埃が舞い上がっているのが見える。たった三騎で追って来ている理由は、荷馬車に乗る者が兵士では無いと見なしているからだろう。そして速さを優先したからだろう。騎兵達は、見る見る距離を縮めてくる。
　グレゴリーと、もう一人の傭兵であるエドウィンは、弓をつがえながら敵を引き付ける。馬上から矢を射る事は難しい。騎兵である敵が矢を射る事は無いだろう。だったら、引き付けてからこちらが射たほうが良い。
　だが、激しく揺れる荷馬車の上から矢を射る事も難しい。敵の騎兵も動く的だ。グレゴリーは、震える手元で的を定めようとする。
　エドウィンの矢が放たれた。先頭の騎兵の馬首に突き刺さる。馬は弾かれたように前肢を上げて跳ね上がり、馬上の兵を振り落とす。後続の二騎が先頭の馬と兵を避けようとし、不安定な動きをする。
　グレゴリーは、右側の騎馬に向かって矢を放つ。矢は馬首の下に当たり、馬は激しく体をゆする。馬上の兵が振り落とされる。
　最後の一騎は、馬首をめぐらし背を向ける。そのまま元来た方へ駆け出して行く。劣勢である事が分かったのだろう。後ろを振り返らずに、激しく駆けて行く。
　荷馬車は止まらずに走り続ける。この隙に敵との距離を開けるのだ。
　グレゴリーは、エドウィンの方を横目で見る。やはり奴が先手を打ったか。奴とやり合ったら俺は負けるかもしれねえ。グレゴリーは、心の中で苦く呟いた。

　日が暮れて、荷馬車は休憩を取る。走り続けていれば、荷馬車を引く馬がつぶれる。それに、夜の道で荷馬車を走らせる事は危険だ。グレゴリーとエドウィン以外は魔物だが、魔物の全てが夜に適している訳では無い。
　敵は反魔物国の兵だ。魔物は子供でも殺すだろう。反魔物国で生まれ育ったグレゴリーには、それが分かる。反魔物国の騎兵を一旦追い払ったが、今度は数を増やして追いかけてくる。騎兵は荷馬車よりも速い。騎兵に追いつかれるよりも先に、親魔物国の砦に逃げ込む必要がある。
　荷馬車に乗っていた子供達は、地面に腰を下ろして焚火に当たっている。いずれも疲れ切っている様子だ。魔物でも、子供達が弱い事は変わらない。荷馬車を引いていた二人の大人の魔物が子供達の面倒を見ている。グレゴリーとエドウィンを除けば、大人は彼女達だけだ。
　グレゴリーは、子供達の姿を見る。角が生えている者、猫の耳や尻尾を生やしている者、蛇の下半身を持つ者、緑色の肌の者などがいる。人間から見れば異形の者だ。それゆえに人間の中には彼女達を憎む者が多い。
　子供達は、緊張が解けていない。グレゴリーは、それで良いと考えている。逃げ込む先である砦までは、緊張感を持っていたほうが良い。下手に日常を思い出してしまえば、子供達の心は崩れてしまう。
　こいつらのお守りだけでも厄介だ。加えて奴がいる。グレゴリーは、横目でエドウィンを窺う。エドウィンはくつろいでいるふりをしているが、その振る舞いに隙は無い。奴は、そろそろ裏切るつもりだ。安全な時は、まじめで頼もしい人間である事を演じていた。だが奴は、状況次第で変わる奴だ。
　グレゴリーは半年ほどエドウィンを見てきて、そう判断している。グレゴリーは、十年近い傭兵生活でエドウィンのような人間は何人も見て来た。
　エドウィンが狙っているのは、食料と金と馬だ。食料は奪われても何とかなる。明日には砦に着く。だが、金を奪われたらまずい。砦は子供達を保護してくれるだろうが、いざと言う時に物を言うのは金だ。奪われるわけにはいかない。
　そして一番奪われたらまずいのは馬だ。エドウィンは、栗毛の牡馬をねらっている。四頭の馬の中で一番上等の馬だ。これを奪われたら、一台の荷車を引く事が難しくなり、子供達が逃げきれなくなる。
　奴は、先手を打って行動する奴だ。ならば、こちらが先手を打って奴を始末するか。グレゴリーの目が細くなる。
　グレゴリーの背後に気配がある。グレゴリーは、弾かれたように後ろを振り向く。翼を広げた少女が驚いたようにグレゴリーを見つめている。グレゴリーは表情を緩めて、少女に微笑みかけた。
「どうしたエステラ、驚かせるなよ」
　エステラと呼ばれた少女は、硬い表情を緩めて笑う。
「グレゴリーが難しい顔をしていたから、どうしたのかなと思ったの」
　エステラは、グレゴリーの隣に座り込む。そしてグレゴリーの左腕に触れる。小さな手の感触が温かい。
　グレゴリーはエステラを見た。黒髪からは黒い角が生えている。背には黒い翼が広がっている。彼女は淫魔と呼ばれる魔物娘サキュバスだが、十三歳と言う年齢の為に淫猥な魅力は無い。単に可愛らしい少女に過ぎない。彼女の着ている服も、開拓地に住む子供達が着る機能性を重視した服だ。
　グレゴリーは、布が巻き付けられたエステラの左の翼を見る。反魔物国の兵に矢を射られて負傷したのだ。逃走している魔物達の中で彼女だけが空を飛べたが、これで空を飛んで逃げることは出来なくなった。治るのには時間がかかるのだ。
　グレゴリーは、この辺りの自然や砦の事を話す。話す事は、慎重に選ばなければならない。エステラ達の住んでいた開拓地は、反魔物国の兵により蹂躙された。子供達を逃がすために盾となった彼女達の親は、おそらく殺されただろう。過去の事は、今は話してはいけない。現在の事、未来の事の中から探し出さなくてはならない。
　エステラは、時折笑みを浮かべながらグレゴリーと話をする。エステラは、グレゴリーに懐いていた。開拓地の警護のため雇われたグレゴリーに、何かと話しかけてきた。
　グレゴリーは、初めはエステラを鬱陶しいと思ったが、次第に彼女の相手をするようになった。開拓地で働いて半年に過ぎないが、グレゴリーはエステラには気を許すようになった。子供を好きになったためしはないが、エステラだけは別だ。
　エステラは、グレゴリーに身を寄せてくる。猫の様につり上がったエステラの瞳が、気持ちよさそうに細まっている。グレゴリーは、少女の柔らかい感触と温かさを心地良く感じた。
「俺の体は汚れていて臭いぞ」
　グレゴリーは笑いながら言う。だが、エステラは甘えるように頭を摺り寄せる。
　グレゴリーは、エステラと触れ合い焚火を見ながら自分の過去を思い出していた。

　グレゴリーは、元は猟師だった。弓矢で狐やイタチ、狼を射て暮らしていた。親も猟師であり、親から猟師としての知識と技術を叩きこまれた。貧しい生活だったが、堅実に生きて来た。
　だが、王により徴兵された事で生活は変わる。王は隣国に侵略しようとし、そのために兵が必要となったのだ。グレゴリーは弓兵として徴兵された。
　グレゴリーは、暴力と共に兵士としての訓練を強要された。兵に取られてから殴られない日は無かった。訓練を指導する兵達は、殴れば殴るほど良い兵が出来ると笑っていた。訓練中に、グレゴリーの歯は三本折られた。
　王の軍は隣国に侵略すると、さっそくグレゴリーを最前線に叩き込んだ。毎日の様に、敵の様子をうかがいながら矢を射ていた。ある日気が付くと、グレゴリー達の部隊は敵に包囲されていた。グレゴリー達は、王の軍に囮にされたのだ。
　この時の事を思い出そうとすると、グレゴリーの頭はひどく混乱する。自分達に飛んでくる無数の矢、馬蹄の響き、突き出される槍、振りかざされる剣。それだけでは無い。鉄砲の乾いた破裂音と、大砲の轟音がグレゴリーのすぐそばで響く。戦争は過去と様変わりし、鉄砲や大砲が用いられるようになったのだ。
　額や胸が弾けて飛び跳ねる味方の兵、大砲で四肢を吹き飛ばされる味方の兵。その屍を敵の馬蹄が踏みにじる。馬蹄に砕かれた味方の兵の頭に目を奪われているグレゴリーに、剣と槍が襲い掛かる。
　なぜ、自分が生き延びる事が出来たのか、グレゴリーには分からない。血泥の中で小便を漏らしながら這いずり回っているうちに、グレゴリーは逃げ延びる事が出来た。
　グレゴリーは、自分を捨て駒にした自軍に戻る気は無かった。祖国に戻る気もない。だが、敵国でうろつく気もない。そんなグレゴリーを拾ってくれる者達がいた。「戦争の犬」と呼ばれる傭兵達の集団だ。グレゴリーは、彼らの一員となった。
　それからのグレゴリーの生き方は、「戦争の犬」そのものだ。戦争が起こる気配があると、盛りの付いた犬の様に駆けつける。町や村で略奪を行い、火を放つ。汚い仕事で得た金で酒を飲み、女を買う。クソまみれの犬のような生き方だ。
　グレゴリーが親魔物国に来たのは三年前だ。元いた傭兵団は、ある反魔物国に敵視されて弾圧された。弾圧を逃れた者達は傭兵団を再建しようとしたが、主導権争いが起きてしまった。グレゴリーは、一緒に働いていた傭兵に親魔物国へ行かないかと誘われた。親魔物国では、反魔物国の傭兵でも受け入れる。待遇も良いと言う話だ。今までいた傭兵団には見切りを付けようと誘われたのだ。
　グレゴリーは、その誘いに乗った。自分を含めた人間には愛想が尽きている。金さえ払うのならば、魔物に雇われても良い。祖国も王も、傭兵団もクソだ。人間そのものがクソだ。だったら、魔物に従ってもかまわない。グレゴリーはそう考えた。
　そうして親魔物国で働くようになり、半年前にエステラの住む開拓地で警護兵として雇われたのだ。

　東の空が薄紫色に変わりつつある。夜明けが近いのだ。荷馬車の所に二頭の馬がつないでいる。黒馬と栗毛の馬であり、栗毛の方が力強い態度をしている。
　その栗毛の馬に一人の男が近寄って来た。足音をほとんど立てない。馬を愛撫して落ち着かせている。その様子から馬の扱いに慣れていると分かる。
　男の左側の茂みから、黒い塊が飛び出してきた。ぶつかり合う音と呻き声が響く。男と黒い塊は土を蹴立てながらもみ合う。打撃音が繰り返し響き、闇の中を尖った物が付き出される。馬が怯えていななく。
　男は、濁音混じりの声を上げて倒れる。黒い塊は、男の上にのしかかり、繰り返し尖った物を突き立てる。そのたびに葡萄酒の袋を突き破るような音が響き、男の濁声が漏れる。やがて男の声は弱まり、男は動かなくなっていく。
　黒い塊は、尖った物を突き立てる事を止める。淡い月の光が差し込み、黒い塊を照らす。血に染まった小刀を持つグレゴリーの姿が現れる。倒れている男はエドウィンだ。
　グレゴリーは、深いため息をつく。グレゴリーは、金と馬を盗んで逃げようとしたエドウィンを殺したのだ。エドウィンは、グレゴリーよりも上手だ。グレゴリーがエドゥインを見張っても、エドウィンに逃げられる。だが、エドウィンが狙っている馬に注意すれば、エドウィンを倒せる。こうしてグレゴリーは、栗毛の馬の所で待ち伏せしてエドウィンを襲撃したのだ。
　足音を立てて近づいて来る者がいる。犬の様な耳と尻尾が付いている。子供達の保護者である魔物の一人で、狼の特徴を持つ魔物であるワーウルフだ。彼女は、血の臭いに顔を強張らせる。
「金と馬を持って逃げようとしていた」
　グレゴリーは小刀をしまい、エドウィンの懐から金の袋を取り出す。
　ワーウルフは、何か言おうとするが言葉を飲み込む。そしてエドウィンに近づいて調べ始める。
「体を洗って服を着替えて。子供達に血を見せないで」
　ワーウルフはそれだけを言う。彼女の顔は嫌悪で歪んでいる。
「こいつを片付けたら洗うよ」
　グレゴリーは、屍の方へ無造作に手を振った。

　荷馬車は振動しながら走っている。グレゴリーは、昨日と同じく弓を持って後尾についている。彼のそばにはエステラが座っていた。身を固くして、グレゴリーと口をきこうとしない。
　グレゴリーは、軽く肩をすくめる。エドウィンは別行動をとっていると子供達に言ったが、子供達は薄々知っているようだ。子供は馬鹿では無い。状況を判断する事の出来る子もいる。もしかしたら、エドウィンを殺したところを見た子がいるかもしれない。見なくとも、物音を聞いて察した子がいるかもしれない。
　エステラはずっと黙っている。グレゴリーから目をそらしている。エステラは、殺しの場面を見てはいなくとも察しているのだろう。
　次からはガキとかかわりの無い仕事を選ぼう。グレゴリーは、声に出さずに呟く。エステラから目をそらし、沈んだ眼差しを山々に向ける。赤茶けており荒れた山だ。
　進む先に灰色の厳つい建物が見えて来た。山を背にして建てられた、石造りの頑健そうな城砦だ。目的地である砦だ。子供達の間から歓声が起こる。グレゴリーの唇にも笑みが浮かぶ。
　砦の前には川がある。そこにかかっている橋を渡れば、砦に入る事が出来るのだ。
　グレゴリーの口から呻き声が上がる。あるはずの橋が無い。

　橋のある場所には、鬼の魔物であるオーガが二人いた。二人とも砦の兵だ。二人の話によると、敵の工作員が昨日に橋を破壊したそうだ。復旧には時間がかかるそうだ。
　だが、川はそれほど深く無い。子供でも、大人の手を借りれば渡る事が出来る。砦の者は、避難民が砦に逃げ込む事を助けようとしている。それで砦は、避難民が川を渡る事を助けているそうだ。
　どうやら俺達は、死神に気に入られたようだな。グレゴリーは呟く。グレゴリー達の後方から土埃が舞い上がっている。敵の騎兵に追い付かれたのだ。
　魔物達は荷車を捨てて降りる。大人の魔物は、オーガと共に子供達が渡る事を助け始める。急いでいるが、間に合わない事は明らかだ。
　グレゴリーは、弓を手に子供達に背を向けた。俺は、馬鹿な事をやろうとしている。今さら偽善者気取りか。グレゴリーは乾いた声で笑う。
「やめなさい、あなたも渡るのよ」
　ワーウルフが、グレゴリーの肩をつかむ。グレゴリーは、無造作に振り払う。
「一人が足止めをしなければいけない事は、あんただって分かるはずだ」
　グレゴリーは、岩陰に向かって進む。グレゴリーのシャツの腰の部分をつかむ者がいる。エステラだ。顔をうつむけながら、グレゴリーのシャツをつかんで離さない。
　グレゴリーは身を屈める。素早くエステラの額に口づけをする。
「いい女になれよ」
　グレゴリーは、エステラをワーウルフに押しやる。そして背を向けて歩き出す。
　エステラは、グレゴリーを追おうとする。ワーウルフがエステラを押さえ、川の方へ引いていく。
　グレゴリーは一度だけ振り返り、エステラを確認する。エステラは川へ入り込んでいる。確認を終えると、グレゴリーは岩陰で弓をつがえた。これ以上振り向く必要は無い。

　グレゴリーは、敵の騎兵が上げる土埃を睨む。殺戮を期待する敵の欲望が伝わってきそうだ。グレゴリーは、恐怖と共に高揚感が湧き上がって来る。敵を殺す事を期待する高揚感だ。
　俺は、なぜ捨て石になるのだ？グレゴリーは、低く笑いながら考える。ガキどものためか？エステラのためか？
　いや、違う。誰のためでもない。俺のためにやるのだ。俺の自己満足のためにやるのだ。グレゴリーは、次第に大きくなる敵兵に矢を向けながら笑う。どうせ死ぬなら、自己満足くらい味わいたいんだよ。
　俺の人生はクソだ。ろくな事が無かったし、ろくな事をしなかった。エドウィンと同じような事をしてきた。俺は、自分の人生に落とし前を付けたいのだ。ガキを助けて死ねば、俺の人生の最後はマシだった事になるだろうさ。
　人生に意味を求めるな、価値を求めるなと説教する連中がいる。そいつらは、安全な所で恵まれた生活をしていながら、苦しみながら生きている人間に説教を垂れやがる。確かに奴らの人生に意味は無いし、価値は無いさ。雄ブタ、雌ブタの「人生」に何の意味や価値があるんだよ。ブタの分際で他人の人生を否定するんじゃねえ。
　自己犠牲は、自己愛が暴走した結果だと？それがどうした。自分を愛して何が悪い。俺のやる事が迷惑だと？だったら、手前の力で俺を止めてみせろ。手前らのチンポやマンコに矢をぶち込んでやるからよ。安全圏で説教するしかないブタが、偉そうな態度を取っているんじゃねえ。
　俺は自分の人生にケリを付ける。その前に、少しはマシな事をやる。それだけだ。俺が最後にやる事は、俺のクソみたいな人生で俺がやってきた事に比べればマシなんだ。そして、俺を否定するクソブタどもの言っている事、やっている事よりはマシなんだよ。
　騎馬兵達が射程距離に入った。グレゴリーは、敵に標準を合わせる。
　エステラの奴は、十年もすればいい女になるだろうな。そうなれば、一発やらせてくれと頼んださ。さすがの俺も、ガキにやらせてくれとは言えねえからな。グレゴリーは、先頭の騎兵に狙いを定めながら笑う。
　敵の騎兵は七騎いる。グレゴリーは先頭の騎兵へ矢を射る。矢は馬首に当たり、馬は跳ね上がる。振り落とされた騎兵は、地面に叩き付けられた。地面を転がっているところを、後続の馬に蹴り上げられる。
　三騎の騎兵が馬を止め、素早く地面に降りる。そして弓を出して矢をつがえる。残りの三騎は、そのまま突き進んでくる。グレゴリーは再び矢を放つ。矢は、中央の騎兵の肩の鎧部分に刺さる。騎兵達はそのまま突き進んでくる。グレゴリーのすぐ右側の岩に、敵の矢がぶつかる。グレゴリーは岩陰に体を隠す。
　三騎の騎兵が、岩陰にいるグレゴリーに剣を振りかざして襲い掛かって来る。グレゴリーは弓を捨て、手前の騎兵の馬の顔に槍を突き出す。馬は弾かれたように前肢を上げ、騎兵を振り回す。騎兵は岩に叩き付けられる。
　風を切る音と共に、グレゴリーの左腕に弾けるような衝撃が走る。グレゴリーの左腕に矢が刺さっている。槍を突き出すときに、岩陰から出てしまったのだ。槍が手から落ち、グレゴリーはうなだれ、膝をつく。グレゴリーのつばと汗、血が、赤茶けた地面に振りまかれる。
　剣を振りかざした騎兵の影が地面に落ちた。グレゴリーの首に剣が振り下ろされる。首から左胸にかけて血と肉が弾ける。
　グレゴリーの意識は、千々に引き裂かれた。

　騎兵は、グレゴリーの屍を見下ろしていた。血と土埃で汚れた汚い傭兵だ。金のために魔物の下で働くゲスだ。魔物達は川を渡り終え、砦に入ろうとしている。もう追いかけても無駄だ。傭兵如きのために標的を逃してしまった。
　騎兵は、グレゴリーの屍を蹴り上げる。グレゴリーの顔が見えた。騎兵の険しい顔が小刻みに震える。騎兵は剣を振り上げ、グレゴリーの顔面に叩き付ける。グレゴリーの顔は弾け、眼球が飛び出す。繰り返し剣を叩きつけ、骨を砕いて肉片と血を噴き上げさせる。
　騎兵は、目も眩む様な怒りに駆られた。蹴り上げた時に見えたグレゴリーの顔は、血で汚れながらも笑みの様なものを浮かべていたからだ。