読切小説
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落ちこぼれ神父と単眼鍛冶師
 男は、荒れた道を歩いていた。荒々しい風貌の男だ。背は高く、肩幅は広い。全身に筋肉がついていた。岩を削ったような顔は、険しい表情を浮かべていた。髪は乱れ、無精ひげを生やしている。良くて開拓農民、下手をすると山賊と思われるような風貌の男だ。着ている服で山賊ではなく、神父だとかろうじてわかる。
 男は足を止めた。背負っているいる荷物から、皮袋を取り出した。皮袋を口に当て、中身を飲み出した。口の端から赤紫の液体がこぼれている。皮袋の中身は葡萄酒だ。男は皮袋から口を離すと大きく息をつき、辺りを見回した。険しい山々と鬱蒼とした森が広がっている。
 後を振り返ると、少し離れた所に1人の大柄な女が歩いていた。女にもかかわらず、男と同じくらいの背丈をしていた。筋肉質で、見るからに頑健そうな女だ。大きな荷物を背負っているにもかかわらず、辛そうな表情を浮かべていない。女は青い肌をして、頭に1本の角を生やしていた。無表情な顔に単眼が目立っていた。その女は魔物だ。3日前から男の後ろを歩いている。
 男は、軽くため息をついた。

 トマスは落ちこぼれ神父だ。神父になる前から落ちこぼれだった。
 トマスは騎士の家に生まれた。父のあとを継ぎ、騎士になることを期待された。トマスは頑丈な体を持ち、武術の腕もそこそこであった。問題は性格、あるいは人格のほうだ。状況と自分の立場をわきまえずに物を言い、行動した。一族が勢ぞろいする集まりの日に、遊びに行って欠席した。父の上司の前で、その上司と仲の悪い者を褒め称えた。領主の主催する式典に、立ち食いをしながら参加した。トマスの父は矢面に立ち、頭を抱える羽目となった。こんな事で騎士が務まるのかと、トマスの将来を悲観した。
 この心配には、トマスの方から一応の解決策を出した。トマスは17歳のときに、神学校に入り聖職者となりたいと申し出た。家は弟に継がせてくれと言った。父を初めトマスの家族は驚いたが、この申し出に喜んだ。早速、トマスを神学校へ入れた。
 もっとも、トマスの性格では聖職者としても無理があるのではないかと、トマスの父は危惧した。その心配は、みごとに当たった。神学校では、早速問題児となった。新入生の前で訓示を垂れる先輩の前で、大あくびをした。うるさ型として知られる教師の質問に対して、逆質問で返した。大司教が参列する式典に、寝坊して欠席した。トマスは勉強にはまじめであり、成績も悪くは無かった。とは言え、それで問題のある言動が帳消しになるわけではなかった。
 トマスは神学校を卒業すると、北にある開拓地の教会に派遣されることになった。聖職者としての将来を閉ざされたようなものだ。神に召されるまで開拓地の人々の魂を導けと、神学校の教師は悪意をこめて言った。もっともトマスは、神に召される前に開拓地を去らねばならなかった。ある時、開拓地に巡視の神父が来た。トマスは、巡視の者の接待をシスターに押し付けて、放置した。開拓地では、その時井戸掘りが佳境となっていた。井戸掘りに参加する事を、トマスは優先した。巡視の神父は腹を立て、主神教会の本部にトマスの事をこき下ろして報告した。トマスは、北にある蛮国の開拓地に派遣される事となった。左遷地からさらに左遷される事となった。
 トマスは、馬に乗り剣を携えて蛮国へ向かった。教会の本部の者はその事を知ると、わざわざ教会の騎馬兵をトマスのもとへ派遣した。トマスの馬と剣を没収した。トマスを歩いて蛮国に行かせ、丸腰で蛮地に行かせた。神父である身で馬に乗って楽をするとは何事だ、剣ではなく神の教えで身を守れと、教会本部の者は楽しげに喚いた。トマスは、1月かかって目的地に着いた。丈夫な上に開拓地で鍛えたトマスだからこそ、1月で着いた。普通の神父ならば、たどり着けたかどうかもわからなかった。

 トマスが魔物娘と会ったのは、蛮国へ入ってすぐだ。その国は、一応中立国だ。蛮国であるため、主神教会も魔王も放置していた。その国に人間が入ろうと、魔物が入ろうと誰も気にしなかった。
 トマスは、粗末な宿屋で魔物娘と鉢合わせた。その魔物娘はサイクロプスだ。青い肌をして、頭に1本の角を生やし、単眼の魔物だ。サイクロプスは、トマスを無表情に一瞥すると、そのまま何もしなかった。トマスも手を出さなかった。いちいち魔物と衝突するという、面倒な事はしたくなかった。その場で別れて終わりにするつもりだった。
 その後の道中で、サイクロプスはトマスの後をついてきた。行く先が同じらしい。トマス以上の大荷物を持っているにもかかわらず、トマスと同じ速さで歩いた。トマスは引き離す事ができず、最後まで魔物娘と道中を共にする羽目となった。
 トマスの目指す開拓地の村は、盆地にあった。盆地には3つの村があった。トマスは西南の村へ入った。サイクロプスは西北の村へ入った。その盆地では、人間の開拓地と魔物の開拓地が隣り合っていた。

 開拓地に入ってトマスが思い知らされたことは、自分の対場の微妙さだ。開拓地の村は、魔物の村と共同開拓をしていた。川の西側で、人間の村と魔物の村は隣り合っていた。境界は、子供でも超えられる柵だけだ。人間と魔物は、荒地を共に開拓していた。村の境界にある市場では、人間と魔物が取引をしていた。そんな村で、魔物の天敵である教会の神父が危うい立場である事は、いくらトマスでもわかった。ただ魔物達は、トマスを排撃する事は無かった。開拓地の人間も、魔物と揉めないようにと釘を刺すだけだった。
 開拓地の人間は、トマスに対して友好的だった。頑丈なつくりの建物を、教会としてトマスに与えた。開拓地の生活に関して、トマスに対して気を使った。トマスのほうも、開拓地に対して積極的に貢献しようとした。トマスは開拓に参加した。開拓地では、肉体労働をする人間が求められる。頑丈な体を持ち、前任地で開拓の経験のあるトマスは、この地で戦力になった。まず、この地に肉体労働で貢献する事。そうした後で神の教えを説くこと。それがトマスの方針だ。先に肉体労働に参加すべきだという事は、前任地である開拓地で学んだ。
 開拓の場で、トマスは魔物と一緒に働いた。魔物のほとんどはオーガだ。緑色の肌をし、角を生やした巨躯の魔物だ。筋肉のついたたくましい体をしていた。怪力を活かし、木を切り岩をどかしていった。自分が騎士として戦っても勝ち目は無いと、トマスは判断した。いずれのオーガも、敵に回したくない力量の持ち主だ。
 オーガ達は、トマスに対して悪意を見せるような事はしなかった。それどころか、トマスの作業を手助けした。天敵である主神教会の神父である自分に対して、なぜ敵意をみせないのかトマスにはわからなかった。トマスは、馬鹿になって直接聞いてみる事にした。なぜ自分を叩きのめさないのかと、オーガ達に馬鹿正直に聞いてみた。ここで神父がどうとか気にしても仕方がねえ、叩きのめしても腹が減るとオーガ達は笑った。確かにこの地は、主神教会の勢力地からも魔王の勢力地からも離れている。無駄な事をしても腹が減る事はトマスも同じなので、オーガ達の答えを一応納得する事にした。

 サイクロプスとは、市場で再会した。トマスは、なべの調子がおかしいので修理をしてもらおうとした。市場で金物屋か鍛冶屋がいないかと探していたところ、サイクロプスと会った。サイクロプスは木炭を買っていた。トマスを見つけると、トマスの手にあるなべをサイクロプスはじっと見た。サイクロプスは、鍛冶に長けている事で知られている。トマスはその事を知っていた。このなべを直せるかと、サイクロプスに聞いた。サイクロプスはなべを確認すると、明日の夕方に取りに来てと言ってなべを手にして去って行った。
 市場のものに聞くと、サイクロプスは鍛冶師として働いているそうだ。主に農具を作っているらしい。なべなどの日用品も扱っているそうだ。サイクロプスだけあって腕はいいらしい。
 次の日の夕方、サイクロプスの工房に行った。魔物の村の南側にあった。工房に入ると、片づけをしているところだった。トマスがあいさつをすると、無言で頭を下げてそのまま奥へ入って行った。なべを手にすぐに戻ってきた。
 「修理と補強をしておいた。まだしばらく使える」
 サイクロプスはぼそりと言った。値段は高くも安くも無かった。腕さえ良ければ、いい鍛冶屋だといえる。なべの調子を見て、これからも仕事を頼むか決めることにした。仕事を頼むためには、名前を知っておいたほうが良かった。
 「俺の名はトマスだ。あなたの名は?」
 トマスの質問に、サイクロプスはやはりぼそりと答えた。
 「テティス」
 魔物にしてはきれいな名だなと、トマスはテティスの顔を見た。単眼は人間には異様に見えるが、なかなか整った顔をしていた。魔物娘には美人が多いとは本当かもしれないと、トマスはついまじまじとテティスの顔を見てしまった。テティスはうつむいた。
 「あまり見ないで」
 トマスは自分の非礼に気づき、あわてて謝った。
 「失礼!気に障ったら申し訳ない」
 テティスはうつむいたまま、聞き取れぬ事をつぶやいた。何かあったらまた来てと言うと、そのまま奥へ行った。トマスは頭をかきながら苦笑すると、テティスの工房を出た。

 開拓は進んでいった。現在この蛮国だけでなく、大陸中で開拓が進んでいた。理由は農具の発達だ。以前は木製の農具を使っていた。鉄製のものは少なかった。せいぜい先端に鉄を使うくらいだった。現在では、本格的な鉄製の農具が広く普及していた。鉄製の犂、鎌、斧が使われた。鉄製の農具は、それまで不可能だった開拓を可能とした。土地は切り開かれ、畑は増えていった。それは人口の増加を促した。この開拓地も、次々と切り開かれていった。人と魔物の双方が増えていった。
 トマスは岩の運搬がひと段落ついて、畑のほうを見た。畑では、馬が車輪のついた犂を引いていた。テティスが作った物だ。人間の鍛冶師が作った物もあるが、テティスの物には敵わなかった。テティスは新参者にもかかわらず、この開拓地で高く評価されていた。
 トマスのこの地での評価も、悪くは無かった。トマスは、丈夫な体と前の開拓地で学んだ事を活かし、積極的に開拓に参加した。開拓民は、トマスのことを信用してきた。やがて、神について教えてくれと言い出す者が出てきた。トマスは、休憩時間に求められれば神について話した。肉体労働を題材とし、手足の痛みや汗の臭いに触れながら神について話した。神について話すときは、話す相手にとって身近なものに触れながら話せ。五感に訴えろ。これは、トマスが1人の先生から教えられた事だ。その先生は、唯一トマスをかばった者だ。トマスがただ1人師と仰いだ者だ。そして袂を分かった者だ。
 トマスは、先生のことを思い出すと鈍い痛みを感じた。自分では整理がついたと思いながら、いまだに棘として残っていた。俺は、この地へ逃げて来ただけか。トマスは神の教えを説きながら、自分を嗤っていた。

 トマスは、テティスと食事をしていた。トマスは、テティスと会う機会が多くなった。トマスは農具などの道具について、テティスに依頼する事が多くなった。他の開拓民が必要とする道具も、トマスがテティスに依頼する事が多くなった。ある日、トマスはテティスを食事に誘った。飯でも食いながら、以前お互いが居た所について話さないかと誘った。テティスは少し考えた後、誘いに乗った。
 トマスは、仕事の後に教会でテティスをもてなした。豚肉の腸詰とジャガイモと麦酒を出した。本当は牛肉の腸詰を食べたかったが、この地では豚肉の腸詰が主だ。酒も葡萄酒を飲みたかったが、この地では麦酒が主だ。この地では、パンよりもジャガイモを食べる事が多い。場所が変われば食い物や酒も違ってくるのは当たり前か。トマスは笑った。まあ、うまいからかまわないけどな。トマスは楽しげに舌鼓を打った。テティスも無表情ながら、次々と食いかつ飲んだ。
 会話は、トマスが主となって進めた。自分が生まれ育った地や、前の赴任地である開拓地について話した。テティスは、時々相槌を打ちながら黙って聞いた。トマスは自分のいた所について1通り話すと、テティスに住んでいた所について質問をした。テティスは、魔王領の西部にある開拓地で母と鍛冶屋をやっていた。主に農具を作っていた。ある時、北の国の開拓地で鍛冶師が必要だという話を聞いた。母から、そろそろ独り立ちしたらどうかと勧められた。自分の腕が必要ならと、この地に移住してきたそうだ。
 俺と違って立派なものだな。トマスは内心苦笑した。こんな僻地に女ひとりで来る度胸。新天地で腕試しをする度胸。腕試しを可能にする鍛冶師としての力量。立派と評価するほか無かった。自分のように飛ばされてきた奴とは大違いだ。トマスとしては苦笑いするしかなかった。
 ふとトマスは、テティスの肉付きのいい体に意識が向いた。8日前のことを思い出した。トマスは犂を取りに、テティスの工房に来た。テティスは鍛冶仕事の最中で、汗をかいていた。テティスの汗の匂いをかいだとき、トマスの下腹部は疼いた。トマスは、自分を戒めた。俺は最近どうかしている。俺は神父だぞ。トマスは、この地に来てから魔物娘に欲情する事が有った。オーガと働いている時、オーガの汗の匂いをかいで下半身に力が入る事があった。オーガ達には、野生の魅力があった。大柄で筋肉質の体は、官能的だった。ある時トマスは、1人のオーガにからかわれた事があった。神父さんの汗の匂いはそそるねえ。どうだい、仕事が終わったら1発やらないか?トマスは軽くあしらったが、内心動じていた。
 ふたたび、テティスの豊かな体を意識した。汗の匂いを思い返した。馬鹿か、やりたいさかりの餓鬼じゃあるまいし。トマスは、唇をかみ締めた。
 テティスは、そんなトマスをよそに豚肉の腸詰を咀嚼していた。

 トマスは、オーガの村長と話す機会が多くなった。人間の村長とオーガの村長の話し合いに同席する事が多くなったためだ。オーガの村長の名は、ヒルドと言った。ヒルドは、オーガの中でもたくましかった。オーガ同士の喧嘩に割って入り、力づくで押さえ込む事ができた。たくましいだけではなく、思慮深い女だ。人と状況を良く見て、考えて判断した。指導者にふさわしい女だ。
 ある時、ヒルドが開拓地の見回りをするのに付き合った。ヒルドは朗らかな調子で言った。
 「ここでの暮らしはうまく行っているかい、神父さん?」
 トマスは正直に答えた。
 「ええ、うまく行っています。皆さんに良くして貰っています」
 お世辞ではなく、事実だった。
 「そいつは良かった」
 ヒルドは笑いながら言った。笑いを収めると、まじめな表情で言った。
 「ここでは魔族だ、主神教会だという事でやりあう必要はねえ。他とは違うんだ」
 「その通りです。無駄な争いをする必要はありません」
 これもトマスの正直な意見だ。元々トマスは、魔族との戦いには興味がなかった。魔族と争っても、開拓に差し支えがある。無駄な労力を費やす気にはならなかった。
 「そう考えてくれるとありがてえ」
 ヒルドは静かに言った。
 「ここは1つの模範になるかも知れねえ。そうであってほしいんだ。くだらねえ争いはもううんざりだ」
 トマスは、ヒルドの体についている傷を思い出した。槍で刺されたものや剣で切られたものだ。矢傷もあった。
 殺しあっても割に合わない。戦の経験はトマスには1度しかないが、その事は正しいような気がした。先生は否定するかもしれないが。トマスは苦く思った。

 盆地には、トマスの村と魔物の村のほかに、もうひとつの村があった。盆地は川で分けられていた。トマス達の村は川の西側に、もうひとつの村は東側にあった。東側の村は、人間の村だ。にもかかわらず、トマスの村とはろくな交流がなかった。東側の村は、盗賊達が建てた村だと噂された。
 トマスは、川越しに東側の村の者を見たことがある。川越しでも堅気には見えない者達だった。トマスは、開拓地の者に東の村の者には気をつけろと注意されていた。トマスは、この東の村の者と命のやり取りをする羽目となった。
 魔物の村の北側に林がある。ここでは良い薪が取れる。トマスは、テティスと共に薪を取りに来た。ここには東側の村の者も出ると言われる。トマスは、用心のため剣を持って行った。教会に剣を没収された後、この国へ入ってすぐに剣を入手した。その剣を持って行った。
 東側の村のものは、3人居た。それぞれ斧を持っていた。この林は俺たちの物だ、出て行け。それとも斧で叩き割ってやろうか?東側の村の者は、恫喝しながらトマス達に向かって来た。トマスは剣を抜いた。トマスは、騎士である父から武術を叩き込まれている。トマスは勝てると踏んだ。だが東側の村の者は、いずれも実戦を経験した者達だった。戦いながら、トマスはその事に気づいた。2人の者を切り伏せたとき、残りの1人が後から切りかかってきた。トマスは、斧を叩き込まれそうになった。テティスが、東側の村の者を棍棒代わりの薪で叩きのめした。テティスがいなければ、トマスは血まみれの肉塊になっていただろう。
 テティスは事が終わった後、東側の村の者達の止血をした。魔物は、人間が死ぬ事を嫌がる。3人とも命に別状はなかった。それでも、東側の村と緊張関係に陥った事には変わらなかった。
 トマスは、すぐに人間と魔物の村長に報告した。2人は、しばらくの間無言だった。人間の村長が口を開いた。
 「いずれやりあう事になったんだ。早いか遅いかの違いだ。戦いに備えよう。やつらは確実に責めてくる。交渉の余地はねえ」
 ヒルドも言った。
 「ああ、やりあうしかねえ。今から共同で迎え撃つ体制を整えよう」
 そこからは実務の話となった。情報の総合。村の北側と南側の備え。川から攻めてくる者への備え。戦う者達の編成。武器の準備。兵糧の準備。トマスは騎士として訓練を受けた事から、兵に組み込まれた。テティスは、武具を作る事となった。普通、農具を作る鍛冶師と武具を作る鍛冶師は違う。テティスは両方が出来た。テティスの母は、元々は武具を作る鍛冶師だった。戦を嫌って、農具を作る鍛冶師になった。テティスは、いずれ必要になるかもしれないからと、母から武具の作り方を教わっていた。事態は、戦に向かって突き進んでいた。

 結局、俺は殺し合いをする事になるのか。トマスは嗤った。トマスが騎士にならなかったのは、自分が殺し合いをする意味を見出せなかったからだ。聖職者になれば、殺し合いをしなくてすむと考えた。聖職者となったトマスは、結局人を殺す事になった。前に居た開拓地を、盗賊団が襲撃した事があった。トマスは、開拓地の者と共に武器を取って立ち向かった。血みどろの戦いの末、トマスは開拓地を守りぬいた。戦いが終わった後、トマスの体は血で汚れていない所は無かった。自分の血と、味方の血と、敵の血だ。トマスは、人殺し聖職者となった。
 もっとも聖職者は、今では殺しの専門家になったがな。トマスは苦く笑った。聖職者は、様々な国を血で染めていた。新教皇による「浄化」のためだ。前の教皇は腐敗していた。猟官と収賄が、教会の中ではびこった。富を求める聖職者が増えた。表向きは聖者のような顔をしながら、裏では享楽的な生活をした。新教皇は、教会の刷新を唱えた。前教皇一派と激しい権力闘争を行い、打ち勝った。腐敗した聖職者達が、数多く粛清された。粛清の手は、聖職者だけに及んだわけではなかった。新教皇は、異端審問を大々的に行った。教会領だけではなく、主神教会の力がある地では異端審問が荒れ狂った。庶民も貴族も殺戮された。特に学者などの知識人は、異端審問官の憎悪にさらされた。各国の皇帝や王は、自分が異端審問にかけられる事を恐れ、教皇を批判しなかった。
 トマスの先生も、「浄化」に励んだ。トマスには、1人の先生が居た。神学校の中で、ただ1人トマスをかばい続け、面倒を見続けた。トマスは、放校されかけた事があった。自分を冷笑した生徒を殴り倒したためだ。その生徒は、自分より格下と見なした者を嘲り笑った。トマスを、虫けら以下とみなして嗤った。トマスは、その生徒を足腰が立たなくなるまで叩きのめした。先生が必死でかばわなければ、トマスは神学校を叩き出されていただろう。お前は馬鹿だ。だが、正しい馬鹿だ。自分を貫き通せ。そう先生はトマスを励ました。トマスにとって、唯一先生と言える人だった。
 赴任地である開拓地に、先生の噂が聞こえてきた。先生は、新教皇の下で司教となった。自分の管轄区で「浄化」に励んでいた。視察に訪れた枢機卿は、「壮麗な火刑台が設えられている」と絶賛した。新教皇は、魔王や親魔物国に対して「聖戦」を行おうとしていた。先生は、「聖戦」運動の急先鋒となった。トマスは、先生の管轄区へ行ったことがあった。先生は、火刑台の前で魔族と堕落した人間の殲滅を唱えていた。トマスには、先生は殺人鬼にしか見えなかった。
 トマスは蛮国への左遷される事が決まったとき、内心喜んだ。先生から遠く離れたかった。殺人鬼と成り果てた先生など見たくは無かった。この先生から離れた地で、聖職者として生きたかった。その俺が、また人殺しをしようとしている。トマスは笑うしかなかった。

 東村のものは、南側から攻めてきた。これは予想通りの事だ。川の向こう側では、責めて行くと言わんばかりの動きを見せていた。陽動作戦である事は推察できた。だとすれば、上流で川を渡り北側から攻めてくるか、下流で川を渡り南側から攻めてくるかのどちらかだった。迂回して西から責めてくる心配は無かった。西はがけとなっており、攻めづらかった。北と南では、南から攻めて来る可能性が高かった。北には魔物の村がある。人間の村がある南のほうが攻めやすかった。南側では、人間が迎え撃つ。魔物達は、すぐに南へ移動できるように備えていた。
 南側の柵で、トマス達は迎え撃った。敵に矢を放ち、柵を超えようとする者を槍で刺した。トマスは、小隊長して10人の村人を指揮した。部下達に槍で突かせ、自分は剣を振るった。いずれの武器もテティスが作った武器だ。敵は、絶え間なく攻めてきた。魔物が到着する前に村に入ろうとしていた。攻めて来ているのは死兵だ。死兵になることを強要された者達だ。顔が恐怖で歪んでいた。死兵を踏み越えて、本隊は柵を超えてきた。トマスは、剣を振るって打ち倒して行った。返り血を浴びた。自分も左腕を槍で突かれた。布で縛って止血すると、トマスは戦い続けた。オーガたちが到着し、状況は変わった。オーガ達は、鎚矛を振りかざして敵に撃ちかかっていった。次々と敵を殴り倒していった。敵は、オーガ達によって退却を余儀なくされた。
 辺りには味方と敵が倒れていた。味方で生きている者を治療し、敵を捕らえるためにトマスは動き回った。トマスは首をひねった。敵で死んでいるものは1人も居ない。強い衝撃で動けなくなっているだけだ。トマスは、戦っている最中から不振に感じていた。トマスは、人を切ったことがある。その時とは感触が違っていた。ヒルドが理由を教えてくれた。トマス達が使った武器には、全て魔界銀が混ぜられていた。魔界銀の混ざった武器では、人を殺すことは出来ない。衝撃を与えるだけだ。
 「こっちは殺された者もいるのに、お優しいことだ」
 トマスははき捨てた。オーガ達は、重傷者はいたが死者は出なかった。それに対し、人間の中には死んだ者もいた。
 「救援が遅れてすまん」
 ヒルドは沈んだ声で謝った。
 「戦で人が死ぬのは当たり前だ。敵を生かしてどうするんです?」
 トマスは苛立たしそうに言った。
 「あたし達のやった事は偽善かもしれないな」
 ヒルドは認めた。
 「それでも人間を殺したくないんだ」
 沈んだ声ながらはっきりと言った。
 トマスは、苛立ちながらも安心していた。人殺しはやりたくなかった。たとえ偽善でも人殺しにはなりたくなかった。それ以上ヒルドを責める気は無かった。
 トマスは、捕虜にした者達を見渡した。
 「裁判をやる必要がありますね。俺達は、盗賊達と違って野蛮ではない」
 トマスは冷淡に言い放った。
 「幹部達は斧で斬首。その他の者は、数年か数十年か強制労働をさせることになりますね」
 ヒルドはあごを撫でながら言った。
 「まあ、そういうやり方もあるな。だが、やつらを一生働かせる方法もある」
 ヒルドは、暗い表情を払ってにやりと笑った。
 「調教するのさ」
 トマスは、怪訝そうな顔をした。
 「あたし達の中には、夜はさびしい者もいる。たっぷりかわいがって、喜んで働くようにさせるのさ」
 トマスは、怪訝そうな顔のままだ。
 ヒルドは親指で右側を指した。右側には林がある。オーガ達は、捕虜をそこへ引きずって行った。オーガ達は捕虜の服を引き剥がし、自分も服を脱ぎ捨てた。林からは、悲鳴と嬌声が響いてきた。
 「調教ね」
 トマスは、呆れた声で言った。

 東の村との抗争は、その後も続いた。トマス達は防衛に徹した。東の村の侵略を撃退し続けた。オーガ達の力により撃退できた。人間と魔物の違いは大きかった。東の村の者があきらめるまで、防戦を続けるつもりだった。
 捕虜の話を聞いて、こちらから攻め込むこととなった。東の村には奴隷がおり、虐待されているという話だった。川の上流を渡り、北側から攻め込んだ。オーガ達が最前列となり、突撃して行った。東の村の防衛を打ち破り、奴隷達を解放した。奴隷達は手ひどく虐待されていた。女の奴隷は陵辱されていた。奴隷の中には、死にかけている者もいた。この時は、オーガ達は怒り狂った。奴隷を虐待した者達を半殺しにした。怒り狂っても半殺しに留めた事は、魔物娘らしかった。その後、奴隷達を連れて引き上げた。
 3日後に、東の村者はほとんど逃げ出した。オーガ達の脅威に脅えた結果だ。東の村に残っていたのは、見殺しにされた者達だった。西の村の人間達とオーガ達は、見捨てられた者達を引き取った。
 開拓地からは、ひとまず脅威は去った。

 トマスは、テティスと食事をしていた。トマスは、テティスといる事が多くなった。テティスは無口だが、温厚な性格だ。そういう所がトマスにはよく思えた。テティスも、トマスと一緒にいることを嫌がらなかった。2人でいる時は、トマスが話し手となりテティスが聞き手となることが多かった。この日は、珍しくテティスが話し手となった。
 テティスは、この開拓地で鍛冶師として働き続けると言った。この地で働く事に、意味を見出せたそうだ。初めこの地に来た理由は、自分の腕試しだった。自分の能力を必要とされるかされないか、試したかった。いずれ1つの所に落ち着くとしても、まだ色々な所を移り住んでいくつもりだった。様々な場所で自分を試したかった。だが、この地で自分が必要とされているうちに、他の地へ移り住む気は無くなった。この地が自分を必要とするのならば、別の場所で働く必要はない。この地で働けばよい。そう考える様になったと言った。
 トマスは、テティスの考えはいいと思った。今は、この国は蛮国呼ばわりされている。それは今の話で、この先はそうとは限らない。現にこの国は、急速に開拓が進められている。発展する場で働き、生活する事はやりがいのある事かもしれない。テティスの作る農具は、発展に大きく寄与するだろう。
 「あなたはどうするの?この地で神父を続けるの?」
 テティスは、トマスに尋ねた。
 「ああ、そのつもりだよ。ここでは神の教えが必要とされている」
 開拓地の人間達の間で、神の教えはゆっくりと着実に広まっていった。開拓地の生活は厳しい。力や技術、知識だけではなく、心の支えが必要だった。神の教えは必要とされていた。
 ヒルドからも、魔物の村の人間達に神について話したらどうかと言われた。魔物娘達は、人間の夫がいる場合がある。その人間に神の教えは必要なのではないかという事だった。
 「あたしはよく知らないんだけどさ。元々は、主神教は魔物を否定してなかったんじゃないのか?神の愛だったら教えてもいいんじゃないか?」
 ヒルドの言う通りだった。初期の聖典は、神の愛について書いている。魔物を否定するような事は書いていない。主神教が魔物を非難するようになるのは、時代が経ってからの話だ。
 トマスは、この地で聖職者として生きることを決めた。神の教えを必要とする所で働く事が、聖職者の役目だ。出世などどうでもいい。出世したければ、初めから聖職者になりはしない。トマスには、司教になる野心などなかった。開拓地での生活は、つらい事もあるだろう。かつての主神教の聖職者達は、厳しい生活を送りながら人々の心の安寧のために働き続けた。権力者達に迫害されながらも、信仰を守り通した。権力者として迫害する側になった主神教の聖職者とは別の道を行く。これがトマスの決めたことだ。かつての先生に対する答えでもあった。
 テティスは、トマスの目を直視した。大きな単眼で直視すると迫力がある。トマスは、若干引き気味になりながら聞いた。
 「何かな?」
 テティスは無表情なまま聞いた。
 「神父さんは結婚できるの?」
 トマスは、やっとこの質問が来たかと観念した。トマスとテティスの関係は、進んでいた。開拓地の人々の目からも明らかな関係だった。ヒルドからも言われていた。
 「こんな事言うのは野暮なのは分かっているけどさ」
 ヒルドは頭をかきながら言った。
 「そろそろテティスとの関係をはっきりさせたほうがいいんじゃないのか?あの子は焦れているぞ。分かりにくいかもしれないけど」
 ヒルドはニヤニヤしだした。
 「はっきりさせないと夜道で襲われるぞ。神父さんを狙っているオーガもいるんだからな」
 トマスは、テティスの目を直視した。ゆっくりと話した。
 「神父は結婚できない。隠れて妻や子供を儲けている者がいる」
 テティスは表情を変えなかった。ただ、少し目を伏せた。
 トマスは言葉を続けた。
 「だが、教会領から遠く離れた地では、妻子を公然と持つ神父もいるらしい」
 トマスは微笑んだ。
 「ここは教会領から遠く離れている」
 テティスは、トマスを上目遣いに見上げた。大きな瞳が、じっとトマスを見ていた。

 トマスとテティスは口付けを交わしていた。初めはゆっくりと唇を重ねた。次第に2人は、相手の口の中へ舌を滑り込ませあった。唇を離すと、2人の口の間に透明な唾液がアーチを作った。
 2人はお互いの服を脱がせあった。テティスの体はたくましかった。筋肉は官能的な体を作っていた。胸の豊かさも、テティスに魅力を与えていた。トマスは、筋肉の盛り上がった体でテティスを抱きしめた。2人はお互いを感じあった。弾力、体温、匂い。2人はお互いを愛撫し、体を押し付け、鼻を相手の体にこすりつけた。
 トマスは、テティスの胸に顔をうずめた。甘い汗の匂いがした。トマスはテティスに体を洗わせなかった。テティスの匂いをかぎたかった。テティスは困惑したが、トマスの願いを聞き入れ体を洗わなかった。トマスは、胸から右腋へと顔を移した。酸っぱい臭いがした。舌を這わせると、しょっぱさの中に苦さがあった。テティスは、くすぐったそうに身をよじった。
 トマスは、腋から腹へと舌を這わせていった。テティスは、トマスの頭を押さえた。
 「待って、今度は私が舐めるから」
 テティスはトマスを立たせ、自分はひざまずいた。トマスのペニスに舌を這わせた。
 「濃い臭いがする。しょっぱい」
 テティスも、トマスに体を洗わせなかった。自分の体を味わうなら、トマスの体も味合わせて欲しいと言った。テティスは満遍なく舐め回した後、袋を口に含んだ。口の中で舌を動かし、袋の中で玉を転がした。玉を舐めながら、顔をペニスに擦り付けた。玉から口を離すと、胸の谷間にペニスをはさんだ。柔らかいが弾力があった。胸の谷間から出ているペニスの先端を含んだ。胸と口と舌を激しく動かし、ペニスをしごいた。トマスが出そうだと言うと、テティスはいったん口を離し出してもいいと言った。再びペニスを飲み込み、舌でしごいた。
 トマスは、テティスの頭を押さえた。口の中に精を放出した。自分でも驚くほどの激しい放出だ。テティスは表情を変えずに、口の中に吐き出された粘液を飲み下していった。喉を鳴らして飲み下した。口の中の物を飲み込んだ後、ペニスを吸いたてて中の物を引きずり出した。ペニスから口を離すと、テティスの唇が白濁液で汚れている事が分かった。
 「青臭い。苦くてしょっぱい」
 感情の窺がえない声で言った。
 トマスはテティスを立たせ、今度は自分がひざまずいた。テティスの濃い茂みの中に顔をうずめた。茂みは濡れそぼち、きつい臭いを放っていた。はじめは優しく、次第に激しく舌を動かした。濃い色の突起を執拗に舐め回した。テティスは、トマスの頭に手を置いた。
 「もう入れて。じらさないで」
 トマスは立ち上がり、ペニスをヴァギナに押し当てた。中へとゆっくり押し入れていった。途中で引っかかった。そのまま推し進めると、破ったような感触が有った。テティスは無言だが、顔をわずかにしかめた。トマスは、ゆっくりとペニスを慣らすように動かした。その後、奥へと静かに押し入れて行った。奥には硬い感触の輪の様な物があった。くり返し輪をペニスで突いた。絶頂は近づいてきた。
 「出していいか?」
 トマスのささやきに、テティスは何も言わずにうなずいた。
 トマスは精を放った。一度目以上の放出だ。中に納まりきれない白濁液が、ペニスとヴァギナの結合部から吹き出した。トマスとテティスは、痙攣するように震えた.2人の痙攣はゆっくりと治まった。
 二人の体は汗まみれだ。トマスは、テティスの匂いを楽しんだ。テティスは、トマスの感触を反芻するように目を閉じていた。

 トマスは教会に向かっていた。もう日が沈もうとしている。今日は、村の西南にある荒地を開拓していた。邪魔な木は切り倒し、岩をどかした。オーガ達の協力があったため、うまく進んだ。仕事が終わった後、数人の村人に請われて神の教えについて話した。今日話した事は、迫害された者達が神の導きにより新天地へ向かう話だ。この開拓地には、領主の圧制を逃れてきた人々がいる。話した事は、彼らにとって人ごとではなかった。彼らが熱心に話を請うため、帰るのが遅くなった。
 もうテティスは、教会に帰っているだろう。トマスとテティスは、一緒に教会で暮らしていた。既に2人は夫婦だ。トマスは苦笑した。神父が結婚するとは、しかも魔物と結婚するとはな。主神教会の勢力が強い所だったら、間違いなく異端審問にかけられる。トマスは、自分のやった事を悔やんでない。今の自分は幸せだと思った。
 トマスは左側の道を見ると、テティスが歩いてくる事に気づいた。
 「この時間だと帰っていると思ったよ。仕事が忙しかったのか?」
 テティスは、いつもの無表情で答えた。
 「車輪の付いた大型の犂を作るのに手間取った。前の奴より丈夫に作ったので手間がかかった」
 テティスは淡々と話した。人によっては、そっけない話し方に聞こえるかもしれない。トマスは、テティスが冷淡ではないと分かっていた。温厚で情のある女だと分かっていた。まあ、敵にまで情を持つのはどうかと思うがな。トマスは内心苦笑した。東の村との抗争の際に、テティスは人殺しをしなくてすむように必死に魔界銀の混ざった武器を作った。サイクロプスは、元は神だと言われている。人間の規準を当てはめてはいけないかも知れない。トマスは、また内心苦笑した。俺は、神と結婚した神父か。
 テティスは、トマスに寄り添った。トマスは、テティスの穏やかな匂いと温かな体温を感じた。心地よかった。そのうち子供の匂いと温かさも感じるようになるのだろう。妻と子を共に感じる事、それがトマスの望みだ。
 トマスは、先生のことを考えた。先生は、「浄化」を続けるだろう。俺は、先生に付いていけない。それでいい。俺は、先生とは別の道を見つけた。俺には、俺の教えと力を必要とする人々がいる。妻がいる。いずれ子供が出来る。俺は魔物を受け入れる。神は、俺のやっている事を否定なさらないだろう。これが、不肖の弟子の先生への答えだ。
 教会の建物が見えてきた。人々の憩いの場所だ。今は、妻と安らぐ場所だ。
14/03/21 00:37更新 / 鬼畜軍曹

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