海岸前線W
「嫌だよー、行きたくないよー、やりたくないよー。」
対Ikaiju本部廊下で駄々をこね、お袋に首根っこを掴まれてトレーニングルームに引きずられれる20と5と少し歳の私<ソフト=プリファー>は一ヶ月前の自分の安価な決断を後悔していた。
今日のIkaiju討伐は凄かった。クリスマスの「性の6時間」に現れた奴は、ムードをぶち壊しにした元凶として狩人たちにボコボコにされていた。その様子は誰かと一緒に見るほど充実したリアルを持ち合わせていない私にとって、クリボッチの寂しさを紛らわす素晴らしい余興となった。
翌日、肌艶の良い満面の笑みを浮かべた両親と朝食の席に着いた。
「親父!今回は凄かったな!」
昨日の興奮が冷めぬうちに早口でまくし立てる。
お袋と体を重ねた親父<ソフト=ライク>も愛する妻との情事以外の昨日の出来事を思い出したようだ。
「確かにあれは凄い。だがいい歳こいてクリスマスに家族といるお前も凄い。」
チッ、余計なことも思い出させちまったみたいだ。親父の小言はいつも長い。
「別にいいだろ!こんな火山地帯に男なんてこねーよ!」
折角の話の腰が折られ流石にイラッとした。
「そんな事言ってるといつまでも独り身だぞ!母さんもなんとか言ってくれ。」
昨日あれだけ盛り上がっていたのにもう既に冷えて固まっていたお袋<ソフト=ラヴ>は、
「そうだなー、お前もパイロットになったらどうだ?」
ポツリと思いついたかのように呟いた。
「お袋、1人じゃ無理に決まってんだろ!」
「そうだぞ。娘を危険な目に合わせるわけにはいかない!」
いきなりの爆弾発言に驚き戸惑う私と親父。そうなることを予想していたお袋は、私たちを制しマジのトーンで言い放った。
「簡単なことだ。お前に相手が見つかるまで3人で操縦すればいいだろ?」
「「へっ?」」
「お前は出会いの場に行く理由ができる。私たちの負担も減る。win-winじゃないか。」
「ラヴちゃ〜ん、流石に戦場付近を出会いの場とは言えないんじゃ...」
「何を言うかライク!あそこは立派な出会いの場だ。現に私とお前も親魔領と反魔領同士の戦争の最中に出会ったではないか!」
お袋に肌が赤く溶け性格も攻撃的になる。親父との昔話になるとすぐこれだ。
「そ、そうだけど...自分たちの娘を戦場に送るとなると...」
親父は親父で私の身のことを案じてくれている。
互いに子供のためを思って考えてくれていることはありがたいが、2ピー歳にもなってこれは聞いているほうが恥ずかしい。
「えぇい!分からんやつだな!こうなったら、いかに魔物娘の体が頑丈かその体に叩き込んでくれるわ!!」
お袋は残りの朝食をかき込むと、同じように自分に迫る危機を感じて逃げようと、早く飯を食い終えた親父を小脇に抱えて朝から寝室へと消えて行った。
部屋に入る際、お袋は1度立ち止まって振り返らずに、
「お前も考えておけ...」
とだけ私に優しく言った。
1人残された食器を洗いながら考える私。
狩人のパイロットか...
昔から両親がパイロットとして活躍している姿を見て、それは夢であり憧れだった、しかし同時に液晶に映し出される2人の姿を見ると、どこか遠くにいるような気がしてどうして私はそこにいないのと幼かった自分にとっては寂しい思いをさせるキッカケとして受け止めることもあった。
でもこれからは、私も一緒に居られるかもしれない。ついでに理想の男性に出会えるかもしれない。と胸が高鳴り、前向きにパイロットを志ざすのであった。
「あー違う!!思ってたのと違う!!」
実際は2人と離れて行動することが多く、座学、基礎トレーニングといった今まで真面目にやってこなかったことのオンパレードで精神がゴリゴリ削られていく。さらに追い討ちを掛けるのが、
「アァ!ソコヨォ!!ソコガ気持チイイノォ!!」
「ココダネ!!イッパイダスヨ!!」
「・・・」
ドリフト訓練になると親子3人の記憶を共有するのだが、私のナカに送られてくる記憶は親父とお袋の交配シーンばかり。番いのいない魔物娘にとってこれほど酷い拷問はない。だってこんな獣みたいに交わるなんてあんまりだ。もっと互いに優しく...。発想が処女そのものなことに気付いてますます凹んだ。
「そもそも、男性職員はほとんど相手がいるしな...」
今日の激務が終了し、壁に寄り掛かりながら自分に当てられた部屋へと帰る。
ムムッ!独身の匂い!これだよこれ!こういうのが欲しかったんだよ。ムムムッ!近くに親父もいるなぁ。知り合いだったら紹介してもらおう!
疲労のあまりドロドロになった体を奮い立たせターゲットに近づく。見えた!
急いで体を整えて後ろから声をかける。
「こんにちはっ!」
流石に今のはないなー飾りすぎた。やべー、このキャラ維持するのはムズイ。
男性との久しぶりの会話(話しかけただけ)で舞い上がる。話しかけられた方も私の存在に気づき、ゆっくりと振り返りその顔が明らかになる。
「おー、プリファーじゃないか。久しぶりだなー。」
「へっ!?お、おじさん!」
そこにいたのは、私にとっての叔父、親父にとっての弟であるマイクだった。
親父の匂いの原因はこれか。
「なんだよ。俺だってわかって声かけたんじゃないのか?」
「いやー、独身の匂いにつられて来てみただけ。てかおじさんまだ独身だったんだ。」
「独身言うな。それにお前も同じようなものだろう。」
「くっ、殺せ!!」
「まぁー、そう言うなって。そうだそうだ、プリファーもパイロットになったんだろ。」
「まだ、研修生だけどね。」
「それでも立派なもんだよ。小さい頃から憧れてたじゃないか。」
「ま、まあね。ありがとう。」
「っといけねー。ミーティングの時間だ。また今度ゆっくり話そーな!」
「え、あーうん。またね。」
一頻りの会話を済ませるとおじさんは急いで行ってしまった。
おじさんがまだ下っ端だった頃、親父とお袋がいないときの遊び相手をよくしてくれた。彼も親父と同じく反魔領出身で、親父が結婚した後も魔物娘に抵抗があったけど、私にだけは優しくしてくれた。そんな昔のことを思い出し全然変わってないなーと懐かしみながら部屋に戻って寝た。
さらに日が経ち、私も研修生から卒業し正式なパイロットとなった。けれども相変わらずトレーニングは継続しなきゃいけないし、これからは狩人に乗ってのドリフト訓練も実施されるなどの苦労する事は多そうだ。そして今日は初めての狩人に搭乗してのトレーニングになる。
私たち家族が使う狩人<クリムゾン=マントル>はお袋が自分の生まれ故郷の火山の岩盤から作り出した他の狩人は異なる魔道具フリーの100%天然の狩人だ。つまるところ巨大な土人形のようなものだ。かといって最新型にも引けを取らず、機械ではできない精密な動作も可能にした自慢の機体だ。さらに素材さえあれば修復、改良難のその。御覧のように腕を3本にすることも可能って...
「腕増えてるー!?」
ついこないだまでなかった腕が、右肩からニョキッと。
「あー、これ?さっき生やした。1人1本でちょうどかなーと思って。」
「だから親父はやつれてたのか。納得。」
このような魔改造も魔力があれば対応できます。お疲れ、親父。
コックピットに乗り込み各々準備をする。
「よーし、準備はできたかー?これから楽しい家族旅行だぞー!」
無線越しにおじさんの声が聞こえる。
「マイク、茶化すな。真面目にやれ。」
親父が冷たく返す。
「だってー、プリファーちゃん初めてだから緊張してると思って。」
おじさんは優しいな。けどそこまで私も子供じゃない。
「言い方がアウト。娘を穢すな。」
お袋が釘を刺す。
「わかりましたよ。それじゃテストはじめるぜ。」
『ドリフトのテストモードを開始します。』
ドリフトが開始され記憶が交差する。
『ドリフト完了。シンクロ率85%付近で安定。狩人と接続します。』
ドリフトが完了する。ここまでは順調だ。ここからは未知の世界だ。
狩人と接続するとパイロットの負担が増える。
『狩人との接続が完了しました。』
「OK!初めてにしては上出来だ。」
おじさんの声が届く。おじさん...おじさん...
[パパ、ママもう行っちゃうの?]
[ごめんな、人が足りなくてな。]
[週末には帰ってくるからね。]
これは...私の記憶?
[うん、わかった。行ってらっしゃい...]
[行ってきます。]
[ごめんね。プリファー。愛してるわ。]
あぁ...待って...1人にしないで...
『シンクロ率低下。直ちにドリフトを中止してください。』
「まずい!記憶を追い始めた!今すぐ切れ!」
「だめだ!記憶との繋がりが深すぎて切れない!」
「プリファー!しっかりして!プリファー!」
寂しいよぉ...怖いよぉ...パパ...ママ...
『クリムゾン=マントル起動します。』
「狩人が勝手に動いてるぞ!」
「まさか1人で!だめだ!」
「目を覚まして!それは過去よ!」
独りぼっちは嫌だよ...
コンコン
[お邪魔します。]
[誰...ですか...]
[キミのパパの弟だよ。]
[パパの!?」
[そうだよ。君のお友達になってくれって頼まれたんだ。]
[お友達になってくれるの...?]
[もちろん。マイクだよ。よろしくね。]
『シンクロ率50%で安定。』
「安定した!今のうちに!」
「わかった。待ってろ!」
「プリファー!起きて!」
「んぁ、お袋?あれ、私...」
『クリムゾン=マントル停止します。』
「はぁ〜、と、止まった...」
「大丈夫か!?」
「ごめんね...ごめんね...」
気がつくと泣きながら抱きつくお袋と血気迫る親父、腰抜けたおじさんが周りにいた。
「どういう状況?これ?」
しばらくして詳しい説明を受け整理する。
記憶を追ったこと。負の感情が高まって無意識のうちに狩人を動かしていたこと。
そして、両親が寂しい思いをさせたことに申し訳なく思っていること。
前2つに関しては幸いにも被害が出ず、私のメンタルケアだけが行われ、後1つは家族と話し合い過去のことだとしっかりとけじめをつけた。
最近ではドリフトも安定して問題なく任務をこなせるようなった。
Ikaijuも倒しメディアに取り上げられるようにもなった。
いつかのクリスマスとは違い家族以外とも交流することが増えた。
少なからず昔よりは充実しているとは思う。
これからもずっとみんなと居られれば良いと思った。
「あれ?まだ彼氏できてなくね?」
20/01/27 14:52更新 / 甘党大工さん