私と彼と、わたし達の幸せ
21××年、突如として全世界に魔物が出現した。
当然世界各地は大混乱に陥ったが、意外と早く混乱は収束していく。
魔物達は私達人間が本で見ていたような恐ろしい姿をしておらず、むしろかわいらしく魅力的な女性の姿だった。
世の中の男性達はそんな魅力的な彼女達に最初こそ抗っていたが、徐々に恋仲になっていく。
それは日本でも同じ事で、魔物達が社会に浸透し、数十年経った今では一夫多妻が認められている。
私、影野淋(かげのりん)は魔物達と共学の学校に通う高校2年生。
人間の両親から生まれ、魔物化する事もなく健康に育ってきた。
両親が突然の交通事故で亡くなってしまい天蓋孤独の身となってからも、両親が残してくれた遺産のおかげで、食べ物等に不自由なく生活できている。
私に問題があるとすれば、冴えない容姿とネガティブな思考だろう。
野暮ったいメガネ、ぼさぼさ伸び放題の頭髪、もちろん化粧なんて一回もした事が無い。
当然、彼氏いない暦=年齢だ。
好きな男の子はいたが、GW前に告白してあっけなく振られている。
吉野涼太(よしのりょうた)君……クラスの誰とも友達になれず、孤立していた私の友達になってくれた優しい男の子。
彼のおかげで私の暗く寂しい高校生活は少しずつ明るくなっていった。
彼と関わった事で、彼の事を好きな女子達から嫌がらせはされたけど、そんな彼女達とも和解し、一部とは今では良い友達だ。
「GWが明けたら……彼と顔を合わせないといけないのか……」
私は泣き腫らした目蓋を擦りながら鏡を見て呟いた。
鏡の前には、一回も使った事の無い化粧道具がずらりと並ぶ。
女の友達が私の為にと用意してくれた物だ。
「彼なら貴女のそのままを受け入れてくれるかも知れないけど、努力はしたほうがいいんじゃない?」
私はサキュバスの友達の言葉を思い出す。
「ちゃんと化粧を練習して、容姿も中身も変わっていたら、彼とお付き合い出来ていたのかな……」
私は振られた時の事を思い出してまた泣いてしまう。
涙が収まらぬまま、私は考えを放棄するようにベッドで横になり、そのまま疲れて寝てしまった。
GWが明け、わたしは何事も無かったかの様に登校した。
下駄箱で偶然吉野君と出会う。
彼はわたしの姿を見ると、そのあまりの変わりように驚きすぎて硬直してしまっている。
わたしはそんな面白い状態の吉野君に声を掛ける。
「どうしたの吉野君、あなたがわたしに言ったように髪を整え化粧して、変身した姿がそんなに可笑しい?」
吉野君はわたしの言葉に顔を真っ赤にして俯いてしまう。
吉野君の反応はわたしの想定どおりだ、彼は私を振るときに『こんな野暮ったい彼女は嫌だ』と私を振ったのだから。
だけどわたしは知っている、彼がGW前に私の事を振ったのは恥ずかしかったからで本心ではない事、そして……彼自身も私に言った言葉を後悔している事も。
「影野……この前はごめんな」
それだけ言うと、吉野君はわたしの前からそそくさと逃げていってしまう。
わたしは表情はそのまま、内心は舌なめずりをする。
今はわたしから逃げてくれてもいい、いずれ彼からわたしに会いに来て、今度は彼から告白してくるはずだ。
わたしはその幸福な瞬間を想像し一通りときめくと、遅刻しないように教室へと移動していく。
私はGWが明けても自室に引きこもったままだ。
学校に行って彼と会わせる事から逃げ、楽な道へと進んでいる。
冷凍庫の中には大量の冷凍食品を買い込んである、しばらくは外に出なくても餓える事は無い。
他の友達達が心配で電話してくれるかと思っていたが、今のところ電話が鳴る気配は無い。
「私の事に本気で心配してくれる人なんて、最初からいなかったんだな……」
ますます自己嫌悪に陥っていく私、食べ終えた冷凍のグラタンを片付けると、特に意味も無くテレビをつける。
テレビを見てはいるが、私の頭の中には内容が全然入ってこない。
吉野君に振られたショックと、GW明けさっそく欠席した私を心配して連絡をくれない友達、私は今日も考えを放棄して泣いたままベッドに横になる。
「このまま学校に行かなくても、誰も気づいてくれないのかな……ハハハハ」
私の心が軋み、徐々に壊れていくのが自分でも分かる。
でも、私はこんな時どうすればいいのか分からない、誰も私の事を助けてくれる人はいないんだ。
わたしはとある放課後、吉野君に体育館の裏に手紙で呼び出された、実に分かりやすい行動だ。
当然彼の用件は私への謝罪と私への告白だろう。
彼は何回か深呼吸すると意を決したようにわたしに話しかけてくる。
「影野……この前は野暮ったいお前は嫌だなんて言って本当にごめん」
「でも、俺は本当は今までのお前でも好きだったんだ」
「本当に好きな女の子から告白されるのなんて始めてで、ついひどい事を言ってしまった」
「すごく都合がいい事を言っていると思うけど、まだお前が俺の事を好きなら……どうか付き合って欲しい」
彼はわたしへの謝罪と告白を終えると、今度は俯かずわたしの顔をじっと見ている。
人によっては、絶好の復讐の機会だと思うだろう。
わたしは彼の理想の私に変身して彼の心を奪った、ここでわたしが彼を振り返せば、彼も相当ショックを受けるだろう。
でも、わたしは彼の事を気に入っているし、わたしには大きな気がかりがある。
「いいよ吉野君、許してあげる」
「それに、わたしがかわいくなったのは吉野君の為なんだから、吉野君は何も気にしなくていいんだよ?」
わたしがかわいい姿の私になったのは、吉野君の理想とする私の姿が身だしなみを整えたものだったからだ、本当に彼が『野暮ったいままの私』でも好きなのかは少々疑問だったが今は考えなくてもいい事だ。
わたしは気に入った男性の思い描く理想の女性に変身するのだから……
わたしは吉野君を軽く抱きしめて軽くキスをする。
彼はいい返事が貰えると思っていなかった上に、まさかキスをされるとは思っていなかったようだ。
しばらく呆然と立ち尽くしていたが、キスされた事を認識すると一気に耳まで真っ赤になった。
わたしはそんな初心な彼との幸せな未来を想像しながら、大きな気がかりを解決するために、彼に教室で待っているようにお願いする。
彼の承諾を得ると、わたしは体育館の裏を後にして、私の家へと向かっていく。
私が不登校になってから一体何日経っただろう。
相変わらず私は家に引き篭もり、吉野君の事を考えている。
吉野君との出会い、楽しかった学校生活……そして告白して振られた事。
何度も何度も繰り返し楽しい思い出だけを思い出そうとするが、最後には必ず振られた日の悲しい出来事を思い出す。
私の心は本当に限界なのかも知れない。
ここ数日私は食事もまともにせず、化粧台の前に座り、俯きながらずっと動いていない。
そんな私の手には数日前から包丁が握られている。
自分の手で自分の人生を終わらせ楽になる、それが私の出した答えだった。
「どうせ、私が死んでも誰も悲しまない……天国に行けば両親も待ってるかも知れない」
私は自分の人生を、自分の手で終わらせる事を何度も自分に納得させ、今度こそ手に持った包丁を使おうとする。
私は最後に自分のひどい顔を見ようと顔を上げると、鏡に不審な影が映っている事に気づいた。
「え……幽霊?」
私はいつの間にか後ろに立っていた人影に、鏡越しに声を掛ける。
怪しい人影は鏡越しに私に笑顔らしき表情を向けると、突然部屋の電気を点ける。
部屋全体に蛍光灯の明るい光が広がり、思わず私は俯く。
私は恐る恐る鏡に映っていた人影の方向へ振り向いて、驚きのあまり包丁を落としてしまった。
そこに立っていた人影は女の子で、しかも双子のように私に似ていたのだ。
違うのは私のように髪はぼさぼさ、目にクマが出来たひどい格好ではなく、ちゃんと化粧をして髪も整え、幸せそうな表情をしているところだ。
「初めまして淋さん」
喋り掛けて来た女の子の声は、不思議な事に声まで私とそっくりだった。
呆然とする私に対して、私に似た女の子がさらに声を掛けてくる。
「突然自分に似た女の子が現れてびっくりする気持ちは分かります」
「この姿はあなたの想い人、吉野涼太君が思い描く、『理想とするかわいい貴女の姿』です」
話を終えると、私に似た女の子は、静かに私が事態を認識するのを待っている。
私の頭が、『吉野君の理想の私』の姿をした女の子の言葉を認識し始めると、私の身体に異常が訪れる。
身体全体がどこと無くむず痒い、自分の身体に何が起こっているのか確かめようと、私は化粧台の鏡を覗き込む。
いつの間にか私の髪型と私の顔が、鏡に映る『吉野君の理想の私』という女の子と同じ姿になっていた。
きっと私の身体は、隅々まで彼女と同じように変わっているのだろう。
「無事にわたしと同調が出来たみたいですね」
「貴女がまだ、吉野君の事を好きなままで良かった」
わたしが私に声を掛けてくる。
すると私の頭の中に、わたしがここ数日体験した事が流れ込んでくる。
吉野君がわたしに告白したときの事、そして彼とのキスの感触が私を襲う。
幸せな感情が、悲しい事ばかり思い出していた私の頭の中を支配していく。
「さぁ、わたし達二人で吉野君の事をいっぱい愛しましょう」
私はわたしの提案に快く承諾をすると、わたしのお勧めの服に着替え、一緒に吉野君が待つ教室へと向かっていく。
吉野君は突然現れた二人の『私達』に腰が抜けるほどにビックリした様子だったが、わたしから事情の説明を受けると、以外にもあっさりと私達を受け入れてくれた。
私はこれからの幸せな学園生活に思いを馳せながら、わたしと共に吉野君の手を取り教室を後にする。
数年後私は大きくなったお腹を擦りながら、居間に飾ってある写真を見つめていた。
そこにはタキシードを着て顔を真っ赤にした愛しい涼太の姿と、彼と腕を絡め合い、おそろいのウエディングドレスを着た私達が写っている。
「涼太が待ってるわよ、早く病院に検診に行きましょう」
後ろから声を掛けられ私が振り向くと、同じようにお腹を膨らませたわたしが少々怒った顔で待っていた。
「ごめんごめん、つい結婚式の写真に見惚れちゃって」
私は足早にわたしに近づくと、私はわたしの手を取って、愛する涼太の下へ歩み出した。
天国の両親に、『私達』はこれからも幸せに生活していきますと、心の中で報告をしながら……
当然世界各地は大混乱に陥ったが、意外と早く混乱は収束していく。
魔物達は私達人間が本で見ていたような恐ろしい姿をしておらず、むしろかわいらしく魅力的な女性の姿だった。
世の中の男性達はそんな魅力的な彼女達に最初こそ抗っていたが、徐々に恋仲になっていく。
それは日本でも同じ事で、魔物達が社会に浸透し、数十年経った今では一夫多妻が認められている。
私、影野淋(かげのりん)は魔物達と共学の学校に通う高校2年生。
人間の両親から生まれ、魔物化する事もなく健康に育ってきた。
両親が突然の交通事故で亡くなってしまい天蓋孤独の身となってからも、両親が残してくれた遺産のおかげで、食べ物等に不自由なく生活できている。
私に問題があるとすれば、冴えない容姿とネガティブな思考だろう。
野暮ったいメガネ、ぼさぼさ伸び放題の頭髪、もちろん化粧なんて一回もした事が無い。
当然、彼氏いない暦=年齢だ。
好きな男の子はいたが、GW前に告白してあっけなく振られている。
吉野涼太(よしのりょうた)君……クラスの誰とも友達になれず、孤立していた私の友達になってくれた優しい男の子。
彼のおかげで私の暗く寂しい高校生活は少しずつ明るくなっていった。
彼と関わった事で、彼の事を好きな女子達から嫌がらせはされたけど、そんな彼女達とも和解し、一部とは今では良い友達だ。
「GWが明けたら……彼と顔を合わせないといけないのか……」
私は泣き腫らした目蓋を擦りながら鏡を見て呟いた。
鏡の前には、一回も使った事の無い化粧道具がずらりと並ぶ。
女の友達が私の為にと用意してくれた物だ。
「彼なら貴女のそのままを受け入れてくれるかも知れないけど、努力はしたほうがいいんじゃない?」
私はサキュバスの友達の言葉を思い出す。
「ちゃんと化粧を練習して、容姿も中身も変わっていたら、彼とお付き合い出来ていたのかな……」
私は振られた時の事を思い出してまた泣いてしまう。
涙が収まらぬまま、私は考えを放棄するようにベッドで横になり、そのまま疲れて寝てしまった。
GWが明け、わたしは何事も無かったかの様に登校した。
下駄箱で偶然吉野君と出会う。
彼はわたしの姿を見ると、そのあまりの変わりように驚きすぎて硬直してしまっている。
わたしはそんな面白い状態の吉野君に声を掛ける。
「どうしたの吉野君、あなたがわたしに言ったように髪を整え化粧して、変身した姿がそんなに可笑しい?」
吉野君はわたしの言葉に顔を真っ赤にして俯いてしまう。
吉野君の反応はわたしの想定どおりだ、彼は私を振るときに『こんな野暮ったい彼女は嫌だ』と私を振ったのだから。
だけどわたしは知っている、彼がGW前に私の事を振ったのは恥ずかしかったからで本心ではない事、そして……彼自身も私に言った言葉を後悔している事も。
「影野……この前はごめんな」
それだけ言うと、吉野君はわたしの前からそそくさと逃げていってしまう。
わたしは表情はそのまま、内心は舌なめずりをする。
今はわたしから逃げてくれてもいい、いずれ彼からわたしに会いに来て、今度は彼から告白してくるはずだ。
わたしはその幸福な瞬間を想像し一通りときめくと、遅刻しないように教室へと移動していく。
私はGWが明けても自室に引きこもったままだ。
学校に行って彼と会わせる事から逃げ、楽な道へと進んでいる。
冷凍庫の中には大量の冷凍食品を買い込んである、しばらくは外に出なくても餓える事は無い。
他の友達達が心配で電話してくれるかと思っていたが、今のところ電話が鳴る気配は無い。
「私の事に本気で心配してくれる人なんて、最初からいなかったんだな……」
ますます自己嫌悪に陥っていく私、食べ終えた冷凍のグラタンを片付けると、特に意味も無くテレビをつける。
テレビを見てはいるが、私の頭の中には内容が全然入ってこない。
吉野君に振られたショックと、GW明けさっそく欠席した私を心配して連絡をくれない友達、私は今日も考えを放棄して泣いたままベッドに横になる。
「このまま学校に行かなくても、誰も気づいてくれないのかな……ハハハハ」
私の心が軋み、徐々に壊れていくのが自分でも分かる。
でも、私はこんな時どうすればいいのか分からない、誰も私の事を助けてくれる人はいないんだ。
わたしはとある放課後、吉野君に体育館の裏に手紙で呼び出された、実に分かりやすい行動だ。
当然彼の用件は私への謝罪と私への告白だろう。
彼は何回か深呼吸すると意を決したようにわたしに話しかけてくる。
「影野……この前は野暮ったいお前は嫌だなんて言って本当にごめん」
「でも、俺は本当は今までのお前でも好きだったんだ」
「本当に好きな女の子から告白されるのなんて始めてで、ついひどい事を言ってしまった」
「すごく都合がいい事を言っていると思うけど、まだお前が俺の事を好きなら……どうか付き合って欲しい」
彼はわたしへの謝罪と告白を終えると、今度は俯かずわたしの顔をじっと見ている。
人によっては、絶好の復讐の機会だと思うだろう。
わたしは彼の理想の私に変身して彼の心を奪った、ここでわたしが彼を振り返せば、彼も相当ショックを受けるだろう。
でも、わたしは彼の事を気に入っているし、わたしには大きな気がかりがある。
「いいよ吉野君、許してあげる」
「それに、わたしがかわいくなったのは吉野君の為なんだから、吉野君は何も気にしなくていいんだよ?」
わたしがかわいい姿の私になったのは、吉野君の理想とする私の姿が身だしなみを整えたものだったからだ、本当に彼が『野暮ったいままの私』でも好きなのかは少々疑問だったが今は考えなくてもいい事だ。
わたしは気に入った男性の思い描く理想の女性に変身するのだから……
わたしは吉野君を軽く抱きしめて軽くキスをする。
彼はいい返事が貰えると思っていなかった上に、まさかキスをされるとは思っていなかったようだ。
しばらく呆然と立ち尽くしていたが、キスされた事を認識すると一気に耳まで真っ赤になった。
わたしはそんな初心な彼との幸せな未来を想像しながら、大きな気がかりを解決するために、彼に教室で待っているようにお願いする。
彼の承諾を得ると、わたしは体育館の裏を後にして、私の家へと向かっていく。
私が不登校になってから一体何日経っただろう。
相変わらず私は家に引き篭もり、吉野君の事を考えている。
吉野君との出会い、楽しかった学校生活……そして告白して振られた事。
何度も何度も繰り返し楽しい思い出だけを思い出そうとするが、最後には必ず振られた日の悲しい出来事を思い出す。
私の心は本当に限界なのかも知れない。
ここ数日私は食事もまともにせず、化粧台の前に座り、俯きながらずっと動いていない。
そんな私の手には数日前から包丁が握られている。
自分の手で自分の人生を終わらせ楽になる、それが私の出した答えだった。
「どうせ、私が死んでも誰も悲しまない……天国に行けば両親も待ってるかも知れない」
私は自分の人生を、自分の手で終わらせる事を何度も自分に納得させ、今度こそ手に持った包丁を使おうとする。
私は最後に自分のひどい顔を見ようと顔を上げると、鏡に不審な影が映っている事に気づいた。
「え……幽霊?」
私はいつの間にか後ろに立っていた人影に、鏡越しに声を掛ける。
怪しい人影は鏡越しに私に笑顔らしき表情を向けると、突然部屋の電気を点ける。
部屋全体に蛍光灯の明るい光が広がり、思わず私は俯く。
私は恐る恐る鏡に映っていた人影の方向へ振り向いて、驚きのあまり包丁を落としてしまった。
そこに立っていた人影は女の子で、しかも双子のように私に似ていたのだ。
違うのは私のように髪はぼさぼさ、目にクマが出来たひどい格好ではなく、ちゃんと化粧をして髪も整え、幸せそうな表情をしているところだ。
「初めまして淋さん」
喋り掛けて来た女の子の声は、不思議な事に声まで私とそっくりだった。
呆然とする私に対して、私に似た女の子がさらに声を掛けてくる。
「突然自分に似た女の子が現れてびっくりする気持ちは分かります」
「この姿はあなたの想い人、吉野涼太君が思い描く、『理想とするかわいい貴女の姿』です」
話を終えると、私に似た女の子は、静かに私が事態を認識するのを待っている。
私の頭が、『吉野君の理想の私』の姿をした女の子の言葉を認識し始めると、私の身体に異常が訪れる。
身体全体がどこと無くむず痒い、自分の身体に何が起こっているのか確かめようと、私は化粧台の鏡を覗き込む。
いつの間にか私の髪型と私の顔が、鏡に映る『吉野君の理想の私』という女の子と同じ姿になっていた。
きっと私の身体は、隅々まで彼女と同じように変わっているのだろう。
「無事にわたしと同調が出来たみたいですね」
「貴女がまだ、吉野君の事を好きなままで良かった」
わたしが私に声を掛けてくる。
すると私の頭の中に、わたしがここ数日体験した事が流れ込んでくる。
吉野君がわたしに告白したときの事、そして彼とのキスの感触が私を襲う。
幸せな感情が、悲しい事ばかり思い出していた私の頭の中を支配していく。
「さぁ、わたし達二人で吉野君の事をいっぱい愛しましょう」
私はわたしの提案に快く承諾をすると、わたしのお勧めの服に着替え、一緒に吉野君が待つ教室へと向かっていく。
吉野君は突然現れた二人の『私達』に腰が抜けるほどにビックリした様子だったが、わたしから事情の説明を受けると、以外にもあっさりと私達を受け入れてくれた。
私はこれからの幸せな学園生活に思いを馳せながら、わたしと共に吉野君の手を取り教室を後にする。
数年後私は大きくなったお腹を擦りながら、居間に飾ってある写真を見つめていた。
そこにはタキシードを着て顔を真っ赤にした愛しい涼太の姿と、彼と腕を絡め合い、おそろいのウエディングドレスを着た私達が写っている。
「涼太が待ってるわよ、早く病院に検診に行きましょう」
後ろから声を掛けられ私が振り向くと、同じようにお腹を膨らませたわたしが少々怒った顔で待っていた。
「ごめんごめん、つい結婚式の写真に見惚れちゃって」
私は足早にわたしに近づくと、私はわたしの手を取って、愛する涼太の下へ歩み出した。
天国の両親に、『私達』はこれからも幸せに生活していきますと、心の中で報告をしながら……
16/04/23 20:42更新 / 富有柿