私はあなたが好き
「せっちゃん…あはは、まだ寝てる♪」
なんだ、声が聞こえる…もう朝なのだろうか?もう少し寝ていたい
「ん〜…可愛い寝顔、もうちょっと観察してよっかな♪」
「…もう朝、か?」
「あは、せっちゃん起きた?」
目を開けるとそこには見慣れた女の子の顔が間近に写っていた、青く長い髪を左右で小さく括っているまだ幼さが残る顔立ちの彼女は俺の上に乗っているようでそれ相応の重さがある
「…うみ、重いから退いてくれない?」
「えー?そんな重くないでしょ、せっちゃんなら大丈夫大丈夫♪」
「大丈夫じゃないの、重いの。はい退いた退いた」
「ぶー」
しぶしぶと這うように俺の上から彼女が退いた、そしてベッドから降りるとそこにある車椅子に乗った
彼女は別に足が不自由だから、とかそういうわけではなく…彼女の場合足と呼んでいいのだろうか?本来足が伸びる下半身は鱗に覆われた魚の尻尾になっている
そう、彼女はマーメイド…所謂「人魚」と呼ばれる魔物だ。本来海に住む彼女は陸では自由に動くことが出来ないので、車椅子に乗ることで陸での生活に適応しているのだ
「あーあー、もうちょっとせっちゃんの寝顔見たかったなぁ」
「俺、お前に起こされたんだけど」
俺、高橋(たかはし)セイヤがマーメイドの彼女…水島(みずしま)うみは、まぁ幼馴染ってやつだ
俺がまだ小さい頃に、隣にうみが引っ越してきて…それまではただのご近所さんの付き合いだったんだけど、ある日を境に俺とうみはいつも一緒にいるようになった
魔物であるうみは人とは異なった姿で…幼い頃は人とは違う見た目だからと言って周りからいじめられていたのだ
それを幼い頃の俺は、特に何も考えずに間に入ってうみを庇った…あぁ、お隣さんでよく顔を合わせるし話したりもするから〜って言うのはあったかもしれないな
それから何故かうみはいつも俺にくっついて行動するようになった、周りからはよくからかわれたが…まぁうみがいじめられることは無くなったので特に気にしてはなかった
そしてある程度の年月が経った今ではこうして勝手にうみが部屋に出入りするようにまでなっている
「つーかこんな朝早くから何しに来たんだよ、今日は学校無いだろ」
「せっちゃんいるところに私在りって言うじゃない、私とせっちゃんはいつも一緒なの!」
「お前なぁ…わざわざ車椅子に乗ってまで朝から来るかよ普通、家のプールにいたほうが楽だろうに」
「最近の車椅子はハイテクになってるからそこまで大変じゃないもん、それにプールよりせっちゃんの側にいたいんだもん」
こういってうみはいつも朝から俺の側にいる、いくら家が隣だからって面倒くさいはずなんだがなぁ
「まぁいいか、朝ごはんは食うだろ?」
「うん!せっちゃんの作った美味しい料理食べたいな♪」
「はいはい…」
俺はベッドから出て、うみの乗っている車椅子を押してリビングまで連れて行く。彼女の今の車椅子は自動でも進むのだが、昔の自動ではなかった頃から押してあげていたせいか、押すことが普通になっている
「じゃあさっさと作るから、大人しく待ってろ」
「私はいつでも大人しいよぉ〜」
「さぁどうだか」
俺は棚から二人分の食器を用意する、その途中で最近新しく買い換えた俺の箸が無くなっていることに気づいた
「…またか、うーみー?」
「な、なぁにせっちゃん?」
「最近新しく買い換えた筈の俺の箸が無いんだけどさー、何か知らないかなー?」
「な、なん、ん〜?」
「こら、お前隠し事苦手なんだから隠そうとするなよ」
「はい…」
全くなんでうみは毎回俺の箸を持っていくんだ、箸に困っているようには思えないんだけど
「なんで箸なんか持ってくんだよ、別に箸に困ってないだろ」
「いやぁ折角せっちゃんの涎が染み込んでるのに、使わないのは勿体なくて…」
「朝からナニ言ってんだお前は、頭ハッピーセットかよ」
「えへへへ」
朝から反応しにくいギャグをかましてくるなぁ、たぶん本人はギャグじゃないんだろうけど…てか今じゃ慣れたけど魔物とはいえ本能に忠実過ぎなんだよなぁ
まぁまだ一線は越えてないからいいとして、お互い年頃の男女なわけだから何か間違いがあったら困るだろ…と思ったが、うみは俺にヤバいくらいの好意を示してくるし俺自体…まぁうみの事は好きではあるから問題ないのかもしれないが
本人の前で言ったら問答無用に押し倒されそうだから言わないけど…あれ、人魚は穏やかな魔物だから無理やり人間は襲わないと聞いたんだけどなぁ
「毎回無くなるごとに箸を買い換えるのは面倒だしもう徳用の割り箸買ったほうがいいのかも」
「あっ、そしたらせっちゃんのエキスが染み込んだメンマが作れるね!」
「なんで持ってくこと前提なんだよ、てか割り箸からメンマは作れねーよ!」
「え、メンマの原料って割り箸じゃないの!?」
「ちげーよ!」
いかん、朝からうみのテンションについて行ってはバテてしまう…大人しく料理を作ってしまおう
「エプロンエプロン…」
(はぅ…せっちゃんのエプロン姿、いつ見てもカッコイイなぁ…♪ふふっ、コレを見れるのは私だけ、せっちゃんを他の女になんて渡さないんだから…あぁ、せっちゃん裸エプロンしないかなぁ…ふふふふふ♪)
後ろで何かいけないヤバい気を感じるが、冷静に料理を作ろう…深呼吸深呼吸
「あぁ、せっちゃんが私の息をした空気を深呼吸してるよぉ♪もうこれってOKってことだよね、えへへ♪」
ちょっと後ろを見てみると、うみが激しく手をバタつかせて何か騒いでいた
「何アホなこと言ってんだ、ご飯抜きにするぞ」
「えぇ!せっちゃんの愛がこもった朝ごはんが食べられないだなんてやだよぉ!」
「じゃあ大人しくしてろって、車椅子から転倒したりしたら危ないだろ」
「や、やだぁ…せっちゃんったら心配してくれてるの?心配しなくても大丈夫だって、なんなら結婚する?」
「まったく意味が分からんぞ…ほら、出来たから大人しく食えよ」
うみの目の前に出来たベーコンエッグの皿を置く、するとうみが目を輝かせて箸を手に取る…あ、アレ俺の箸じゃん
「う〜ん、せっちゃんのエキスが染み込んだ箸でせっちゃんの愛がこもった料理を食べれるなんて幸せだなぁ」
「もう何も突っ込まないからな、俺も飯食うか…」
自分の分のベーコンエッグを机に置き、俺も食べるとしよう…箸はお客様用のでいいか
「相変わらずせっちゃんの料理は美味しいね」
「そりゃどーも…てか、料理ならお前もできるだろ?」
なんせわざわざ俺がうみに料理を教えたのだ、元々器用なやつだったからすぐに上達した
「え?せっちゃんったら私をお嫁さんに迎えて毎日お味噌汁を作ってほしいって?やだもうせっちゃんったら、それならそうと早く…」
「言ってないからね?一言もそんなこと言ってないからね!?」
いかん、うみに付き合ってるとのんびり朝ごはんも食べれないぞ…まぁ、無視してもいいんだがするとマジ泣きするからなぁ…
「ごちそうさませっちゃん、美味しかったよ♪」
「はいはいお粗末様」
「そうだせっちゃん、今日休みで暇なら私の家のプールで遊ばない?」
「え、まぁいつものことだからいいけど…水着持って来るからちょっと待ってろ」
俺とうみは基本的に遊ぶ時はうみの家のプールだ、うみの家はマーメイドの家系なので室内に大きなプールがある
温室だったり思い切り泳げるくらい広かったりとかなり設備がいい、うみの家は俺の家と違ってお金持ちで豪邸なんだ
「あ、大丈夫だよ?せっちゃんの水着なら私が持ってるから」
「なんでだよ!」
「ちゃんと着替えとかもあるから、安心してね!」
「もしかして色々服とか下着がいくつか無くなってるの犯人お前か!」
「大丈夫大丈夫、せっちゃんが普段からあまり着ないの持って行ってるから服には困ってないでしょ?」
「まぁ確かに…ってそういう問題じゃないだろ?な?」
「まぁ細かいことは気にしない気にしない、ほら私の家に行こ?」
俺はうみに促されるままに車椅子を押してお隣であるうみの家まで向かった、隣なのですぐにうみの豪邸が見える
「はぁ…今日おばさん達は?」
「ん〜、パパとママはまた音楽のお仕事で朝早く出かけたよ?夕方に帰ってくるって」
うみの両親は音楽業界の重鎮であるという、父親は指揮者で母親はマーメイドで歌手を務めているのだとか…仕事は忙しそうだが、色々と時間を作ってうみには寂しい思いをさせないようにしているようだ
まぁうみは両親がいてもいなくても俺の側にいることの方が多いから、あまりそういう家庭環境での問題はないようだ
「さ、早くプールに行こ?」
「はいはい」
俺はうみをプールの脱衣所の前で車椅子を止める、ここは男女兼用なので一人ずつ着替えなければならない
「せっちゃん先着替える?」
「いや、うみが先でいい。俺が先だとお前が途中で乱入してくるから」
「ちっ、仕方ないなぁ…あ!覗いたくなったらいつでも覗いていいからね?」
「うるせぇ、はよ着替えんかい」
「ふぁーい」
ブツブツ言いながら車椅子を引いてうみが脱衣所に入っていった、俺はうみが終わるまで待っていよう
「せっちゃん次いいよー」
「おっけー、今行く」
うみが着替え終わったようで、すぐに俺に順番が回ってきた。女の子は着替えに時間がかかると言うが、うみの場合は下半身に着る必要が無い為その分早いのだ
「水着はうみが用意してくれてるからな」
俺もうみを待たせないためにさっさと着替えて、脱衣所から繋がっているプールへと行く。この家のプールは学校のプール並みの大きさがあり、思い切り泳ぎ回れて、そして飛込み台やスライダーなども完備している
「せっちゃんせっちゃん!はやく泳ごうよ!」
「待て待て、準備運動くらいはさせろよ」
俺は軽く準備運動をしてから水の中に飛び込む、うみはすいすいとこちらの周りを遊泳している
「ふぅー、つめてぇー」
「えへへぇ、じゃああっためてあげよっか♪」
水の中で後ろから急に抱きつかれた、水着だと色々と直に触れ合ってヤバい…反応するとうみに何をされるかも分からないし
「ええいひっつくな、泳げないだろうが」
「んふーっ、せっちゃんの背中大きいね…ドキドキしちゃうよぉ」
「興奮してんじゃねーよ」
「あ…この腕の傷…」
うみの指先が俺の腕に走る傷跡に触れた、これは昔…俺がうみを助けた時の傷が残ってしまったやつだったか
「せっちゃん…ごめんね、ごめんね…私のせいでこんな傷が残っちゃって…」
「お前いつの話してんだよ、もう昔の話だろうが…」
えー、もうほとんど覚えてないくらいの昔だ…小さい頃から俺は料理とか家事がそつなくこなせていた
それに対抗心だかなんだかを燃やしたうみが料理中に台所に割り込んできて、手伝おうとしたのか包丁を手に取り…まぁうみは使い慣れていなかった包丁を見事に落とした
その包丁がうみの下半身に刺さりそうだったから俺は自然と遮るように腕を出して…それでついたのがこの腕の傷だ
意外と深かったようで今も傷跡が残っている、そのことを今でもうみは後悔しているみたいで…
「ごめんね…ごめんね…」
「気にすんなっての」
「せっちゃん…」
明るいように見えて結構ナイーブだからなぁ、こいつは…
「ったく…」
「わっ…せっちゃん?」
俺はションボリしたうみの頭を撫でてやる、小さい時からこうするとうみは泣き止んで元気になる
「…えへぇ♪」
「…気にすんなよ、マジでさ。この傷は、俺がうみを守れた勲章みたいなもんだから…」
「うん…♪せっちゃんはいつも優しいね…」
「…そうかよ」
「…時々ちょっといじわる」
それはうみが変なことするからなんだけどなぁ…
「ねぇ…せっちゃん、もうちょっとだけ…こうしててもいい…?」
「年中ひっついてるくせに何言ってんだよ。…ちょっとだけな」
こういうのを受け入れるのも男の甲斐性というやつだろう、俺はうみを胸元に抱きしめてやる。
「せっちゃん…♪」
しかし…こうやって俺にひっつくのが好きなうみだが、もう少しくらいは男女というものを意識してくれてもいいんじゃないかねぇ…
「…んぅ…はぁ〜…♪」
「…うみ?」
「すぅ〜…♪はぁ〜…♪んぁ…っ…♪」
「離れろ」
俺はぴったりとくっついて、胸元顔を埋めてなぜか深呼吸をしていたうみを引き剥がした
引き剥がしたうみの表情は幸せそうに蕩けさせており、ヤバい薬をキメたようになっている
「あぁっ!私のエデン!」
「男の体臭に興奮すんな」
「興奮するのはせっちゃんの体臭だけだもん!」
「変態かよ…」
「変態じゃないもん!せっちゃんが好きなだけだもん!」
「…あぁそうかよ」
自然とうみから告白するような言葉が飛ぶ、もう毎日言われてるのであまり気にしたことじゃないが…乙女の恥じらいを少しだけ持ってほしい
「せっちゃん好き好きぃ〜♪」
「だーっ、ひっつくのはおしまい!もう元気出ただろうがよ!」
「まだ足んないよ〜ナデナデして〜」
「ファービーかよ!あーもー、離れろー!」
ひっつくうみから逃げるように俺はプールを泳ぎだした、しかし相手はマーメイドなのですぐに追いつかれてしまう
「残念!水の中じゃ私には勝てないんだなぁ♪」
「マジで水を得た魚だからなぁ…全く、はしゃぎ過ぎて疲れたから俺は上がるぞ…少しだけプールサイドで休憩するわ」
「えー?じゃあ私も〜♪」
「もう好きにしろ…」
…
私がせっちゃんと出会ったのは、10年くらい前の話かな?
この街に引っ越してきて、その時のお隣さんがせっちゃんだった…初めて顔を合わせて挨拶をした時は、ただ隣には男の子が住んでるんだ〜程度の認識だった
お隣さんで、しかも年が同じだから自然と話をするような仲になっていて…その時から多分小さな淡い恋心が芽生えていたんだと思う
でも私がせっちゃんのことを本当に好きになったきっかけは、それから少し後のこと…私はマーメイドで周りの子たちとは姿が違ったから、近所に住む悪戯な子たちからいじめられた
その頃の私はまだせっちゃんにくっついていたわけじゃなかったし、引っ越したばかりで友達もいなかったから一人で公園とかに遊びに行くことが多かった
誰にも頼れずに、複数の知らない子たちにいじめられていた時に
「お前たち!寄ってたかって女の子をいじめて何してるんだ!」
そう言って、私の王子様がいじめっ子たちの前に立ちはだかった
その頃のせっちゃんはまだ私よりも背が小さくて、いじめっ子たちは反対に体格の良かった子たちにだった
それなのにも関わらず、一切の怯えすら見せずにいじめっ子たちの前にせっちゃんは立ちはだかった…まだ大して仲の良くなかったはずの私のために
当然いじめっ子たちはせっちゃんを標的にして、囲んで暴力を振るい始めた…でも
「か弱い女の子を囲んでいじめるようなやつらに俺は負けない!」
そういってあっという間にいじめっ子たちを叩きのめしてしまった、せっちゃんが強かったのか、いじめっ子たちが弱かったのか分からないけど…私の目にはもうせっちゃんしか映ってなかった
「大丈夫だった?お隣の、うみちゃんだったよね!もうあいつらにはちょっかい出させないから安心してよ!」
地面にへたり込んだ私にせっちゃんが手を伸ばす、この時から私はせっちゃんのことだけしか頭に無くて…それ以外のこと全てがちっぽけなものにしか感じられなくなって…
せっちゃんという存在が私の世界を全て変えてしまった
「ふふ、せっちゃ〜ん♪」
「な、なんだようみちゃん…その呼び方は」
「せーやだから、せっちゃん!」
「な、なんか変だなぁ…まぁいいけどさ」
それから私はせっちゃんの側を離れなくなった、いつも側にいてせっちゃんだけを見るようになった。
成長して大きくなって、今までずっと…これからもずっと私はせっちゃんの側にいたい
せっちゃんと、結婚したくなって…子作りもしたくなって…私の「魔物」としての本能が目覚めるようになった
それが、私がせっちゃんの側にいる理由。
あ、後もう一つ!せっちゃんのことを、更に更に好きになった話があるの!
せっちゃんの腕の傷の話、私は今でも凄い後悔してるけど…同じくらい、ううん!それ以上にせっちゃんへの愛が深くなった話!
せっちゃんってね、昔から何でも出来てて…特に料理が凄い上手だったの
でも私だって女の子だから、好きな男の子に料理の腕が劣るのはなんか嫌で…せめてお手伝いができるようにって、せっちゃんが料理をしているところによく割って入って手伝ってた
今思うと、手伝ってたというより邪魔しかしてなかったんだけど…
ただせっちゃんに相応しい女の子になりたくて、それだけの一心で頑張っていた
でもまだ包丁の扱いすら慣れていない時に、無理やり材料を切ろうとして…私は手から包丁を滑らせて落としてしまった
落ちる先は、私の下半身の方で私はこれからくるであろう痛みに目を瞑った
「うみっ!」
しかし痛みはこなかった、身体に落ちるはずだった包丁は遮るように伸ばしたせっちゃんの腕に深々と突き刺さっていた
「せっちゃん!せっちゃん!?」
「大丈夫かよ、うみ…怪我はしてないよな」
「私よりもせっちゃんでしょ!?血が…」
深々と刺さった包丁からは鮮血が溢れ血溜まりを作り私の下半身をびちゃりと濡らした
「あー、ごめん…汚しちゃった」
「そ、そんなのどうでもいいからぁ…!血を、止めないと…!」
「救急箱、たしかリビングの戸棚に…」
「っ!取ってくる、取ってくるから動かないで!」
「慌てなくても大丈夫だっつの…大丈夫だから…」
「ぅ…あぁっ…!」
きっと激痛に耐えていて顔を歪ませているせっちゃんを見ていたら、私は情けなくて、申し訳なくて…
初めてその時に、せっちゃんに泣き顔を…それも生まれてから今までで一番の大号泣を晒した
ひたすら謝って、ごめんなさい、ごめんなさいって言って…何もかも垂れ流して…床に座り込んで…ただひたすらに謝り続けた
そこで今の大好きなせっちゃんが、私の王子様が…あの時の私が一番欲しかったせっちゃんが
ただ抱きしめて…こういった
「お前はいつもみたいに笑ってろ、それが一番似合ってる」
もうこの上無く…せっちゃんが好きになった
大好きだと、何千回、何万回、何億回叫んでも足りないくらい
痛みに耐えてるはずなのに、私を宥める為に、優しい笑顔だった
もうそれがすっっっっごいカッコ良かったの!
…まぁそんなこともあり、後悔することもあったけど…それ以上に私がせっちゃんへの深い愛情を抱いたの
「…zzz」
「えへへ、疲れて寝ちゃったんだ…子守唄歌ってあげるね…♪」
プールサイドに上がって座り込んだせっちゃんは、朝早く起こしたこともあり、遊び疲れて静かな寝息を隣で立てていた
こう見えてマーメイドだから歌には自信がある、せっちゃんの愛を歌に乗せてせっちゃんの側で静かに囁くように子守唄を歌う
「〜…♪」
「ん…?」
「あ、起こしちゃったかな…うるさかった?」
「ん、いやそんなことはない…プールサイドで寝てたのか俺、風邪引くぞ…」
「部屋の温度調節は完璧だし、引かないように側で温めててあげたから大丈夫♪なんならまだ寝る?膝枕してあげようか?また子守唄歌う?」
「遠慮しとく、さぁせっかくだし眠気覚ましにひと泳ぎすっかなぁ」
そういってせっちゃんは伸びをする、その姿すら私には愛おしく思える
「あのね、私…せっちゃんが好き」
「それいつも言ってんだろうがよ、わかったわかった」
いつもそうだ、せっちゃんは昔から好きって言っても…のらりくらりとすり抜ける。この10年くらい、ずっと…多分せっちゃんも私の気持ちに流石に気づいているはず
「うん、いつも言ってるくらいせっちゃんが好きなの。異性として、男の子として、雄として…あらゆる気持ちでせっちゃんが好き。」
「うみ…?」
「今まで言ってきたけど、せっちゃんは私との関係を進めようとしなかった…私たちはまだ仲のいい幼馴染のままなんだよ?せっちゃんだって、私の気持ち…分かってたでしょ?」
もう限界だ、いつも私はせっちゃんにモーションをかけてきた…せっちゃんからの、返事がほしい
たとえそれが、私にとって最悪な返事だったとしても…だ
「…」
「だからもう、私から関係を進めようと思う。無理に進めてせっちゃんに嫌われるのは…嫌だけど、自分の気持ちをこれ以上抑えられないの。だってそうでしょ?いくら温厚なマーメイドだからって、私は魔物なんだから…」
「あの…な?うみ、これから言うことをちゃんと聞いてほしい」
「ん…?なぁに、せっちゃん…」
「さすがに…まだ早いと思うんだ…俺らは、まだ未成年だし…なんというか…ちゃんと、責任が取れるようになったら…」
「私じゃダメ…?私以外に好きな人がいる?」
「ばっ、ちげぇよ!別にお前の告白を断るって事じゃない、今までだってうみの言葉に否定なんかしてなかっただろ?俺が責任を取れる男になったら、いつか、絶対俺から言うから…そん時まで、待っててくれないか…?」
「…まだ、なんだ」
「ごめんな…」
「…ううん、いいの!…せっちゃんのそんな所も、私は大好きだから」
「そ、それじゃあ…?」
「とりあえず恋人として…ううん、恋人じゃダメ!私とせっちゃんは、超超超仲睦まじい、恋人以上夫婦未満だから!」
「〜ッ!お、お前は小っ恥ずかしいことを…」
「あ、でもぉ…♪」
「ぁ…ッ!?」
ちゅっとせっちゃんの唇に、私の唇を重ねた
優しい味、せっちゃんの味がする
せっちゃんは驚いたような顔をしたけど、決して私を拒絶しなかったのが嬉しい
「生殺しにさせるんだから、これくらい無いと耐えられないんだからね…♪」
「…ッ…お前…俺が、やられたらやりかえす主義だとわかってんだろうな…?」
「えへへ、もちろん…♪」
私の肩を掴んで…せっちゃんが抱き寄せてきた、せっちゃんの唇が私の唇に重なる
凄い近くにせっちゃんの顔があって、心臓の動悸が止まらなかった
それはせっちゃんも同じみたいで、せっちゃんの方が顔を真っ赤にして、心臓の音を大きくさせていた
「えへへ、せっちゃん…照れてるんだぁ♪」
「うっせ…お前だって顔赤いぞ」
「せっちゃんは耳まで真っ赤だよ♪」
そんなせっちゃんが可愛くて、とても愛おしくなって…思わず勢いでせっちゃんに抱きついてしまった
急な衝撃に身構えていなかったせっちゃんは私に押し倒される形になる、身体が密着してせっちゃんの全てが私に伝わってくる
それは、せっちゃんが男の子の部分を大きくしてることも自然に分かってしまう
「あの…うみ、は、離れて…」
「…せっちゃん♪」
「な、なんだよ?…い、今はまじでヤバいから…!」
「もう、言ってくれれば…いつでも…好きにしていいのにぃ…♪」
「え、あ…その…」
「…♪」
「う…」
恥ずかしそうにせっちゃんが顔を逸らした、まるで女の子のような反応に私の思考回路はショート寸前になっていた
「…せっちゃん…♪」
「うひゃうぅ!?」
更に身体を密着させると、せっちゃんが素っ頓狂な声を上げる
「せっちゃん…?」
「…っ」
胸元から見上げるように上目遣いでせっちゃんを見つめる、せっちゃんの男の子の部分が更に大きくなっていくのがよく分かる
「うみ…正直、その…さっきの、どーでもよくなってきたんだけど…」
「私は最初からどーでもいいよ?」
「…でも、ゴメン、一度言った事は、守りたい…」
「…カッコいいなぁ…もう…♪」
「カッコつけさしてくれ…女の子の前では無条件でカッコつけたいんだよ、それが好きなヤツなら、なおさら」
せっちゃんがそんなことを言った、ただでさえカッコいいのに、そんなことを言われたら私は…
「…まぁ、カッコつけるとか、そんなんじゃなくて、たんなるポリシー…かな?ほら、意地があるんだよ男の子には…」
「もぉせっちゃんったら、カッコ良すぎだよぉ!」
「う、うっせぇよ…ほら、そろそろ昼だろ?飯作ってやるから行こうぜ」
そういってせっちゃんは私をお姫様抱っこして車椅子まで運んでくれた、別にわざわざ運んでくれる必要はないのだけど、こういうことを無意識に出来ちゃうのがせっちゃんのカッコいいところだ
「あ、お昼ご飯なら私作るよ?朝ご馳走になったし…」
「んなこと気にすんな、俺が作ってやりたいだけだし」
「えー?…じゃあ、一緒に作ろっか♪」
「…そうだな、そうするか」
私はせっちゃんが好き
今はまだ、せっちゃんとえっちなことが出来ないのは残念だけど…こういったもどかしい気持ちなのも青春なのかなぁって思うとそれも悪くない
だから今は我慢する。
「せっちゃん、私せっちゃんが好き♪だ〜い好き♪」
「…そうかよ」
「…せっちゃんは?」
「それ言わせるのかよ」
「うん!」
「俺も、うみが好きだよ…大好きだ」
「えへぇ♪知ってるぅ〜♪」
私、せっちゃんがちゃんとプロポーズしてくれるまでずっと待ってるからね?
ずっと、ずぅ〜っと♪
…
なんだ、声が聞こえる…もう朝なのだろうか?もう少し寝ていたい
「ん〜…可愛い寝顔、もうちょっと観察してよっかな♪」
「…もう朝、か?」
「あは、せっちゃん起きた?」
目を開けるとそこには見慣れた女の子の顔が間近に写っていた、青く長い髪を左右で小さく括っているまだ幼さが残る顔立ちの彼女は俺の上に乗っているようでそれ相応の重さがある
「…うみ、重いから退いてくれない?」
「えー?そんな重くないでしょ、せっちゃんなら大丈夫大丈夫♪」
「大丈夫じゃないの、重いの。はい退いた退いた」
「ぶー」
しぶしぶと這うように俺の上から彼女が退いた、そしてベッドから降りるとそこにある車椅子に乗った
彼女は別に足が不自由だから、とかそういうわけではなく…彼女の場合足と呼んでいいのだろうか?本来足が伸びる下半身は鱗に覆われた魚の尻尾になっている
そう、彼女はマーメイド…所謂「人魚」と呼ばれる魔物だ。本来海に住む彼女は陸では自由に動くことが出来ないので、車椅子に乗ることで陸での生活に適応しているのだ
「あーあー、もうちょっとせっちゃんの寝顔見たかったなぁ」
「俺、お前に起こされたんだけど」
俺、高橋(たかはし)セイヤがマーメイドの彼女…水島(みずしま)うみは、まぁ幼馴染ってやつだ
俺がまだ小さい頃に、隣にうみが引っ越してきて…それまではただのご近所さんの付き合いだったんだけど、ある日を境に俺とうみはいつも一緒にいるようになった
魔物であるうみは人とは異なった姿で…幼い頃は人とは違う見た目だからと言って周りからいじめられていたのだ
それを幼い頃の俺は、特に何も考えずに間に入ってうみを庇った…あぁ、お隣さんでよく顔を合わせるし話したりもするから〜って言うのはあったかもしれないな
それから何故かうみはいつも俺にくっついて行動するようになった、周りからはよくからかわれたが…まぁうみがいじめられることは無くなったので特に気にしてはなかった
そしてある程度の年月が経った今ではこうして勝手にうみが部屋に出入りするようにまでなっている
「つーかこんな朝早くから何しに来たんだよ、今日は学校無いだろ」
「せっちゃんいるところに私在りって言うじゃない、私とせっちゃんはいつも一緒なの!」
「お前なぁ…わざわざ車椅子に乗ってまで朝から来るかよ普通、家のプールにいたほうが楽だろうに」
「最近の車椅子はハイテクになってるからそこまで大変じゃないもん、それにプールよりせっちゃんの側にいたいんだもん」
こういってうみはいつも朝から俺の側にいる、いくら家が隣だからって面倒くさいはずなんだがなぁ
「まぁいいか、朝ごはんは食うだろ?」
「うん!せっちゃんの作った美味しい料理食べたいな♪」
「はいはい…」
俺はベッドから出て、うみの乗っている車椅子を押してリビングまで連れて行く。彼女の今の車椅子は自動でも進むのだが、昔の自動ではなかった頃から押してあげていたせいか、押すことが普通になっている
「じゃあさっさと作るから、大人しく待ってろ」
「私はいつでも大人しいよぉ〜」
「さぁどうだか」
俺は棚から二人分の食器を用意する、その途中で最近新しく買い換えた俺の箸が無くなっていることに気づいた
「…またか、うーみー?」
「な、なぁにせっちゃん?」
「最近新しく買い換えた筈の俺の箸が無いんだけどさー、何か知らないかなー?」
「な、なん、ん〜?」
「こら、お前隠し事苦手なんだから隠そうとするなよ」
「はい…」
全くなんでうみは毎回俺の箸を持っていくんだ、箸に困っているようには思えないんだけど
「なんで箸なんか持ってくんだよ、別に箸に困ってないだろ」
「いやぁ折角せっちゃんの涎が染み込んでるのに、使わないのは勿体なくて…」
「朝からナニ言ってんだお前は、頭ハッピーセットかよ」
「えへへへ」
朝から反応しにくいギャグをかましてくるなぁ、たぶん本人はギャグじゃないんだろうけど…てか今じゃ慣れたけど魔物とはいえ本能に忠実過ぎなんだよなぁ
まぁまだ一線は越えてないからいいとして、お互い年頃の男女なわけだから何か間違いがあったら困るだろ…と思ったが、うみは俺にヤバいくらいの好意を示してくるし俺自体…まぁうみの事は好きではあるから問題ないのかもしれないが
本人の前で言ったら問答無用に押し倒されそうだから言わないけど…あれ、人魚は穏やかな魔物だから無理やり人間は襲わないと聞いたんだけどなぁ
「毎回無くなるごとに箸を買い換えるのは面倒だしもう徳用の割り箸買ったほうがいいのかも」
「あっ、そしたらせっちゃんのエキスが染み込んだメンマが作れるね!」
「なんで持ってくこと前提なんだよ、てか割り箸からメンマは作れねーよ!」
「え、メンマの原料って割り箸じゃないの!?」
「ちげーよ!」
いかん、朝からうみのテンションについて行ってはバテてしまう…大人しく料理を作ってしまおう
「エプロンエプロン…」
(はぅ…せっちゃんのエプロン姿、いつ見てもカッコイイなぁ…♪ふふっ、コレを見れるのは私だけ、せっちゃんを他の女になんて渡さないんだから…あぁ、せっちゃん裸エプロンしないかなぁ…ふふふふふ♪)
後ろで何かいけないヤバい気を感じるが、冷静に料理を作ろう…深呼吸深呼吸
「あぁ、せっちゃんが私の息をした空気を深呼吸してるよぉ♪もうこれってOKってことだよね、えへへ♪」
ちょっと後ろを見てみると、うみが激しく手をバタつかせて何か騒いでいた
「何アホなこと言ってんだ、ご飯抜きにするぞ」
「えぇ!せっちゃんの愛がこもった朝ごはんが食べられないだなんてやだよぉ!」
「じゃあ大人しくしてろって、車椅子から転倒したりしたら危ないだろ」
「や、やだぁ…せっちゃんったら心配してくれてるの?心配しなくても大丈夫だって、なんなら結婚する?」
「まったく意味が分からんぞ…ほら、出来たから大人しく食えよ」
うみの目の前に出来たベーコンエッグの皿を置く、するとうみが目を輝かせて箸を手に取る…あ、アレ俺の箸じゃん
「う〜ん、せっちゃんのエキスが染み込んだ箸でせっちゃんの愛がこもった料理を食べれるなんて幸せだなぁ」
「もう何も突っ込まないからな、俺も飯食うか…」
自分の分のベーコンエッグを机に置き、俺も食べるとしよう…箸はお客様用のでいいか
「相変わらずせっちゃんの料理は美味しいね」
「そりゃどーも…てか、料理ならお前もできるだろ?」
なんせわざわざ俺がうみに料理を教えたのだ、元々器用なやつだったからすぐに上達した
「え?せっちゃんったら私をお嫁さんに迎えて毎日お味噌汁を作ってほしいって?やだもうせっちゃんったら、それならそうと早く…」
「言ってないからね?一言もそんなこと言ってないからね!?」
いかん、うみに付き合ってるとのんびり朝ごはんも食べれないぞ…まぁ、無視してもいいんだがするとマジ泣きするからなぁ…
「ごちそうさませっちゃん、美味しかったよ♪」
「はいはいお粗末様」
「そうだせっちゃん、今日休みで暇なら私の家のプールで遊ばない?」
「え、まぁいつものことだからいいけど…水着持って来るからちょっと待ってろ」
俺とうみは基本的に遊ぶ時はうみの家のプールだ、うみの家はマーメイドの家系なので室内に大きなプールがある
温室だったり思い切り泳げるくらい広かったりとかなり設備がいい、うみの家は俺の家と違ってお金持ちで豪邸なんだ
「あ、大丈夫だよ?せっちゃんの水着なら私が持ってるから」
「なんでだよ!」
「ちゃんと着替えとかもあるから、安心してね!」
「もしかして色々服とか下着がいくつか無くなってるの犯人お前か!」
「大丈夫大丈夫、せっちゃんが普段からあまり着ないの持って行ってるから服には困ってないでしょ?」
「まぁ確かに…ってそういう問題じゃないだろ?な?」
「まぁ細かいことは気にしない気にしない、ほら私の家に行こ?」
俺はうみに促されるままに車椅子を押してお隣であるうみの家まで向かった、隣なのですぐにうみの豪邸が見える
「はぁ…今日おばさん達は?」
「ん〜、パパとママはまた音楽のお仕事で朝早く出かけたよ?夕方に帰ってくるって」
うみの両親は音楽業界の重鎮であるという、父親は指揮者で母親はマーメイドで歌手を務めているのだとか…仕事は忙しそうだが、色々と時間を作ってうみには寂しい思いをさせないようにしているようだ
まぁうみは両親がいてもいなくても俺の側にいることの方が多いから、あまりそういう家庭環境での問題はないようだ
「さ、早くプールに行こ?」
「はいはい」
俺はうみをプールの脱衣所の前で車椅子を止める、ここは男女兼用なので一人ずつ着替えなければならない
「せっちゃん先着替える?」
「いや、うみが先でいい。俺が先だとお前が途中で乱入してくるから」
「ちっ、仕方ないなぁ…あ!覗いたくなったらいつでも覗いていいからね?」
「うるせぇ、はよ着替えんかい」
「ふぁーい」
ブツブツ言いながら車椅子を引いてうみが脱衣所に入っていった、俺はうみが終わるまで待っていよう
「せっちゃん次いいよー」
「おっけー、今行く」
うみが着替え終わったようで、すぐに俺に順番が回ってきた。女の子は着替えに時間がかかると言うが、うみの場合は下半身に着る必要が無い為その分早いのだ
「水着はうみが用意してくれてるからな」
俺もうみを待たせないためにさっさと着替えて、脱衣所から繋がっているプールへと行く。この家のプールは学校のプール並みの大きさがあり、思い切り泳ぎ回れて、そして飛込み台やスライダーなども完備している
「せっちゃんせっちゃん!はやく泳ごうよ!」
「待て待て、準備運動くらいはさせろよ」
俺は軽く準備運動をしてから水の中に飛び込む、うみはすいすいとこちらの周りを遊泳している
「ふぅー、つめてぇー」
「えへへぇ、じゃああっためてあげよっか♪」
水の中で後ろから急に抱きつかれた、水着だと色々と直に触れ合ってヤバい…反応するとうみに何をされるかも分からないし
「ええいひっつくな、泳げないだろうが」
「んふーっ、せっちゃんの背中大きいね…ドキドキしちゃうよぉ」
「興奮してんじゃねーよ」
「あ…この腕の傷…」
うみの指先が俺の腕に走る傷跡に触れた、これは昔…俺がうみを助けた時の傷が残ってしまったやつだったか
「せっちゃん…ごめんね、ごめんね…私のせいでこんな傷が残っちゃって…」
「お前いつの話してんだよ、もう昔の話だろうが…」
えー、もうほとんど覚えてないくらいの昔だ…小さい頃から俺は料理とか家事がそつなくこなせていた
それに対抗心だかなんだかを燃やしたうみが料理中に台所に割り込んできて、手伝おうとしたのか包丁を手に取り…まぁうみは使い慣れていなかった包丁を見事に落とした
その包丁がうみの下半身に刺さりそうだったから俺は自然と遮るように腕を出して…それでついたのがこの腕の傷だ
意外と深かったようで今も傷跡が残っている、そのことを今でもうみは後悔しているみたいで…
「ごめんね…ごめんね…」
「気にすんなっての」
「せっちゃん…」
明るいように見えて結構ナイーブだからなぁ、こいつは…
「ったく…」
「わっ…せっちゃん?」
俺はションボリしたうみの頭を撫でてやる、小さい時からこうするとうみは泣き止んで元気になる
「…えへぇ♪」
「…気にすんなよ、マジでさ。この傷は、俺がうみを守れた勲章みたいなもんだから…」
「うん…♪せっちゃんはいつも優しいね…」
「…そうかよ」
「…時々ちょっといじわる」
それはうみが変なことするからなんだけどなぁ…
「ねぇ…せっちゃん、もうちょっとだけ…こうしててもいい…?」
「年中ひっついてるくせに何言ってんだよ。…ちょっとだけな」
こういうのを受け入れるのも男の甲斐性というやつだろう、俺はうみを胸元に抱きしめてやる。
「せっちゃん…♪」
しかし…こうやって俺にひっつくのが好きなうみだが、もう少しくらいは男女というものを意識してくれてもいいんじゃないかねぇ…
「…んぅ…はぁ〜…♪」
「…うみ?」
「すぅ〜…♪はぁ〜…♪んぁ…っ…♪」
「離れろ」
俺はぴったりとくっついて、胸元顔を埋めてなぜか深呼吸をしていたうみを引き剥がした
引き剥がしたうみの表情は幸せそうに蕩けさせており、ヤバい薬をキメたようになっている
「あぁっ!私のエデン!」
「男の体臭に興奮すんな」
「興奮するのはせっちゃんの体臭だけだもん!」
「変態かよ…」
「変態じゃないもん!せっちゃんが好きなだけだもん!」
「…あぁそうかよ」
自然とうみから告白するような言葉が飛ぶ、もう毎日言われてるのであまり気にしたことじゃないが…乙女の恥じらいを少しだけ持ってほしい
「せっちゃん好き好きぃ〜♪」
「だーっ、ひっつくのはおしまい!もう元気出ただろうがよ!」
「まだ足んないよ〜ナデナデして〜」
「ファービーかよ!あーもー、離れろー!」
ひっつくうみから逃げるように俺はプールを泳ぎだした、しかし相手はマーメイドなのですぐに追いつかれてしまう
「残念!水の中じゃ私には勝てないんだなぁ♪」
「マジで水を得た魚だからなぁ…全く、はしゃぎ過ぎて疲れたから俺は上がるぞ…少しだけプールサイドで休憩するわ」
「えー?じゃあ私も〜♪」
「もう好きにしろ…」
…
私がせっちゃんと出会ったのは、10年くらい前の話かな?
この街に引っ越してきて、その時のお隣さんがせっちゃんだった…初めて顔を合わせて挨拶をした時は、ただ隣には男の子が住んでるんだ〜程度の認識だった
お隣さんで、しかも年が同じだから自然と話をするような仲になっていて…その時から多分小さな淡い恋心が芽生えていたんだと思う
でも私がせっちゃんのことを本当に好きになったきっかけは、それから少し後のこと…私はマーメイドで周りの子たちとは姿が違ったから、近所に住む悪戯な子たちからいじめられた
その頃の私はまだせっちゃんにくっついていたわけじゃなかったし、引っ越したばかりで友達もいなかったから一人で公園とかに遊びに行くことが多かった
誰にも頼れずに、複数の知らない子たちにいじめられていた時に
「お前たち!寄ってたかって女の子をいじめて何してるんだ!」
そう言って、私の王子様がいじめっ子たちの前に立ちはだかった
その頃のせっちゃんはまだ私よりも背が小さくて、いじめっ子たちは反対に体格の良かった子たちにだった
それなのにも関わらず、一切の怯えすら見せずにいじめっ子たちの前にせっちゃんは立ちはだかった…まだ大して仲の良くなかったはずの私のために
当然いじめっ子たちはせっちゃんを標的にして、囲んで暴力を振るい始めた…でも
「か弱い女の子を囲んでいじめるようなやつらに俺は負けない!」
そういってあっという間にいじめっ子たちを叩きのめしてしまった、せっちゃんが強かったのか、いじめっ子たちが弱かったのか分からないけど…私の目にはもうせっちゃんしか映ってなかった
「大丈夫だった?お隣の、うみちゃんだったよね!もうあいつらにはちょっかい出させないから安心してよ!」
地面にへたり込んだ私にせっちゃんが手を伸ばす、この時から私はせっちゃんのことだけしか頭に無くて…それ以外のこと全てがちっぽけなものにしか感じられなくなって…
せっちゃんという存在が私の世界を全て変えてしまった
「ふふ、せっちゃ〜ん♪」
「な、なんだようみちゃん…その呼び方は」
「せーやだから、せっちゃん!」
「な、なんか変だなぁ…まぁいいけどさ」
それから私はせっちゃんの側を離れなくなった、いつも側にいてせっちゃんだけを見るようになった。
成長して大きくなって、今までずっと…これからもずっと私はせっちゃんの側にいたい
せっちゃんと、結婚したくなって…子作りもしたくなって…私の「魔物」としての本能が目覚めるようになった
それが、私がせっちゃんの側にいる理由。
あ、後もう一つ!せっちゃんのことを、更に更に好きになった話があるの!
せっちゃんの腕の傷の話、私は今でも凄い後悔してるけど…同じくらい、ううん!それ以上にせっちゃんへの愛が深くなった話!
せっちゃんってね、昔から何でも出来てて…特に料理が凄い上手だったの
でも私だって女の子だから、好きな男の子に料理の腕が劣るのはなんか嫌で…せめてお手伝いができるようにって、せっちゃんが料理をしているところによく割って入って手伝ってた
今思うと、手伝ってたというより邪魔しかしてなかったんだけど…
ただせっちゃんに相応しい女の子になりたくて、それだけの一心で頑張っていた
でもまだ包丁の扱いすら慣れていない時に、無理やり材料を切ろうとして…私は手から包丁を滑らせて落としてしまった
落ちる先は、私の下半身の方で私はこれからくるであろう痛みに目を瞑った
「うみっ!」
しかし痛みはこなかった、身体に落ちるはずだった包丁は遮るように伸ばしたせっちゃんの腕に深々と突き刺さっていた
「せっちゃん!せっちゃん!?」
「大丈夫かよ、うみ…怪我はしてないよな」
「私よりもせっちゃんでしょ!?血が…」
深々と刺さった包丁からは鮮血が溢れ血溜まりを作り私の下半身をびちゃりと濡らした
「あー、ごめん…汚しちゃった」
「そ、そんなのどうでもいいからぁ…!血を、止めないと…!」
「救急箱、たしかリビングの戸棚に…」
「っ!取ってくる、取ってくるから動かないで!」
「慌てなくても大丈夫だっつの…大丈夫だから…」
「ぅ…あぁっ…!」
きっと激痛に耐えていて顔を歪ませているせっちゃんを見ていたら、私は情けなくて、申し訳なくて…
初めてその時に、せっちゃんに泣き顔を…それも生まれてから今までで一番の大号泣を晒した
ひたすら謝って、ごめんなさい、ごめんなさいって言って…何もかも垂れ流して…床に座り込んで…ただひたすらに謝り続けた
そこで今の大好きなせっちゃんが、私の王子様が…あの時の私が一番欲しかったせっちゃんが
ただ抱きしめて…こういった
「お前はいつもみたいに笑ってろ、それが一番似合ってる」
もうこの上無く…せっちゃんが好きになった
大好きだと、何千回、何万回、何億回叫んでも足りないくらい
痛みに耐えてるはずなのに、私を宥める為に、優しい笑顔だった
もうそれがすっっっっごいカッコ良かったの!
…まぁそんなこともあり、後悔することもあったけど…それ以上に私がせっちゃんへの深い愛情を抱いたの
「…zzz」
「えへへ、疲れて寝ちゃったんだ…子守唄歌ってあげるね…♪」
プールサイドに上がって座り込んだせっちゃんは、朝早く起こしたこともあり、遊び疲れて静かな寝息を隣で立てていた
こう見えてマーメイドだから歌には自信がある、せっちゃんの愛を歌に乗せてせっちゃんの側で静かに囁くように子守唄を歌う
「〜…♪」
「ん…?」
「あ、起こしちゃったかな…うるさかった?」
「ん、いやそんなことはない…プールサイドで寝てたのか俺、風邪引くぞ…」
「部屋の温度調節は完璧だし、引かないように側で温めててあげたから大丈夫♪なんならまだ寝る?膝枕してあげようか?また子守唄歌う?」
「遠慮しとく、さぁせっかくだし眠気覚ましにひと泳ぎすっかなぁ」
そういってせっちゃんは伸びをする、その姿すら私には愛おしく思える
「あのね、私…せっちゃんが好き」
「それいつも言ってんだろうがよ、わかったわかった」
いつもそうだ、せっちゃんは昔から好きって言っても…のらりくらりとすり抜ける。この10年くらい、ずっと…多分せっちゃんも私の気持ちに流石に気づいているはず
「うん、いつも言ってるくらいせっちゃんが好きなの。異性として、男の子として、雄として…あらゆる気持ちでせっちゃんが好き。」
「うみ…?」
「今まで言ってきたけど、せっちゃんは私との関係を進めようとしなかった…私たちはまだ仲のいい幼馴染のままなんだよ?せっちゃんだって、私の気持ち…分かってたでしょ?」
もう限界だ、いつも私はせっちゃんにモーションをかけてきた…せっちゃんからの、返事がほしい
たとえそれが、私にとって最悪な返事だったとしても…だ
「…」
「だからもう、私から関係を進めようと思う。無理に進めてせっちゃんに嫌われるのは…嫌だけど、自分の気持ちをこれ以上抑えられないの。だってそうでしょ?いくら温厚なマーメイドだからって、私は魔物なんだから…」
「あの…な?うみ、これから言うことをちゃんと聞いてほしい」
「ん…?なぁに、せっちゃん…」
「さすがに…まだ早いと思うんだ…俺らは、まだ未成年だし…なんというか…ちゃんと、責任が取れるようになったら…」
「私じゃダメ…?私以外に好きな人がいる?」
「ばっ、ちげぇよ!別にお前の告白を断るって事じゃない、今までだってうみの言葉に否定なんかしてなかっただろ?俺が責任を取れる男になったら、いつか、絶対俺から言うから…そん時まで、待っててくれないか…?」
「…まだ、なんだ」
「ごめんな…」
「…ううん、いいの!…せっちゃんのそんな所も、私は大好きだから」
「そ、それじゃあ…?」
「とりあえず恋人として…ううん、恋人じゃダメ!私とせっちゃんは、超超超仲睦まじい、恋人以上夫婦未満だから!」
「〜ッ!お、お前は小っ恥ずかしいことを…」
「あ、でもぉ…♪」
「ぁ…ッ!?」
ちゅっとせっちゃんの唇に、私の唇を重ねた
優しい味、せっちゃんの味がする
せっちゃんは驚いたような顔をしたけど、決して私を拒絶しなかったのが嬉しい
「生殺しにさせるんだから、これくらい無いと耐えられないんだからね…♪」
「…ッ…お前…俺が、やられたらやりかえす主義だとわかってんだろうな…?」
「えへへ、もちろん…♪」
私の肩を掴んで…せっちゃんが抱き寄せてきた、せっちゃんの唇が私の唇に重なる
凄い近くにせっちゃんの顔があって、心臓の動悸が止まらなかった
それはせっちゃんも同じみたいで、せっちゃんの方が顔を真っ赤にして、心臓の音を大きくさせていた
「えへへ、せっちゃん…照れてるんだぁ♪」
「うっせ…お前だって顔赤いぞ」
「せっちゃんは耳まで真っ赤だよ♪」
そんなせっちゃんが可愛くて、とても愛おしくなって…思わず勢いでせっちゃんに抱きついてしまった
急な衝撃に身構えていなかったせっちゃんは私に押し倒される形になる、身体が密着してせっちゃんの全てが私に伝わってくる
それは、せっちゃんが男の子の部分を大きくしてることも自然に分かってしまう
「あの…うみ、は、離れて…」
「…せっちゃん♪」
「な、なんだよ?…い、今はまじでヤバいから…!」
「もう、言ってくれれば…いつでも…好きにしていいのにぃ…♪」
「え、あ…その…」
「…♪」
「う…」
恥ずかしそうにせっちゃんが顔を逸らした、まるで女の子のような反応に私の思考回路はショート寸前になっていた
「…せっちゃん…♪」
「うひゃうぅ!?」
更に身体を密着させると、せっちゃんが素っ頓狂な声を上げる
「せっちゃん…?」
「…っ」
胸元から見上げるように上目遣いでせっちゃんを見つめる、せっちゃんの男の子の部分が更に大きくなっていくのがよく分かる
「うみ…正直、その…さっきの、どーでもよくなってきたんだけど…」
「私は最初からどーでもいいよ?」
「…でも、ゴメン、一度言った事は、守りたい…」
「…カッコいいなぁ…もう…♪」
「カッコつけさしてくれ…女の子の前では無条件でカッコつけたいんだよ、それが好きなヤツなら、なおさら」
せっちゃんがそんなことを言った、ただでさえカッコいいのに、そんなことを言われたら私は…
「…まぁ、カッコつけるとか、そんなんじゃなくて、たんなるポリシー…かな?ほら、意地があるんだよ男の子には…」
「もぉせっちゃんったら、カッコ良すぎだよぉ!」
「う、うっせぇよ…ほら、そろそろ昼だろ?飯作ってやるから行こうぜ」
そういってせっちゃんは私をお姫様抱っこして車椅子まで運んでくれた、別にわざわざ運んでくれる必要はないのだけど、こういうことを無意識に出来ちゃうのがせっちゃんのカッコいいところだ
「あ、お昼ご飯なら私作るよ?朝ご馳走になったし…」
「んなこと気にすんな、俺が作ってやりたいだけだし」
「えー?…じゃあ、一緒に作ろっか♪」
「…そうだな、そうするか」
私はせっちゃんが好き
今はまだ、せっちゃんとえっちなことが出来ないのは残念だけど…こういったもどかしい気持ちなのも青春なのかなぁって思うとそれも悪くない
だから今は我慢する。
「せっちゃん、私せっちゃんが好き♪だ〜い好き♪」
「…そうかよ」
「…せっちゃんは?」
「それ言わせるのかよ」
「うん!」
「俺も、うみが好きだよ…大好きだ」
「えへぇ♪知ってるぅ〜♪」
私、せっちゃんがちゃんとプロポーズしてくれるまでずっと待ってるからね?
ずっと、ずぅ〜っと♪
…
16/06/17 02:13更新 / ミドリマメ