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「すぅ・・・すぅ・・・」 微かな寝息の音が聞こえる 日は既に昇っており、表通りには人影が見え始めている 「ん・・・ふあぁぁ・・・」 大きなあくびと共に小さな子供が起き上がる 眠そうに目を擦り大きく伸びをしている 「もう少し寝たいなぁ・・・」 子供の口からそんな言葉が漏れ出す 口ではそんなことを言いつつも身支度を済ませているあたり、二度寝はしないつもりらしい パジャマから着慣れた普段着へと着替え、長い髪を後ろで縛り、歯磨きを済ませ、荷物をまとめる 「・・・よし・・・もう行こうかな」 そういいつつ彼、アルトは部屋を後にした 「うーん・・・今日はトーストセットにしようかな」 「はいよ、トーストセットだな?少し待ってくれよ」 この宿屋は昼にカフェ、夜は酒場もやっている 僕はここの常連でここのマスターとも結構親しくなっている ここのワインはおいしい、気が付いたらボトル3本も飲んでいたなんてこともあったけど 「トーストセットできたぞ」 「それじゃあいただきます♪」 サクサクとしたパンにバターを塗ってかぶりつく、香ばしい香りが口の中一杯に広がる パンを平らげた後は紅茶を飲む、レモンと言われる果実の汁を入れて飲むのが僕のマイブームである ただ・・・猫舌なので少しずつ冷まして飲まないと舌が火傷してしまう 「マスターの入れる紅茶はいつもおいしいねぇ」 「気に入って貰えたんならうれしいぜ」 「これでお嫁さんを貰えれば完璧なんだけどねぇ・・・」 「お前にだけは言われたくねえなその言葉は」 マスターも僕と話すときは砕けた話し方をしてくれている、それだけ信頼してくれていると言うことだろう ちなみにマスターは今も恋人募集中である 「そういえば明け方に教団の騎士が来てたな・・・」 「教団の騎士が?何の目的でだい?」 「どうやらアルト、お前を探していたらしい」 「僕を・・・?」 「お前さんまた何かやらかしたのか?」 「うーん・・・」 原因になりそうなものを思い出してみる・・・ 思い出していたのだが20を越えたあたりで面倒になって考えるのを放棄した 「原因らしい原因と言えば昨日のあれかな・・・」 「一体何をやらかしたんだ?」 「教団の騎士団が少女を3人がかりで襲っていたから軽くお灸をすえた」 「・・・そりゃ騎士団のほうが悪いかもしれないが手を出すのは不味かったんじゃないか?」 「手を出してなかったら今頃ゴーストになってここにいたかも知れないけどね」 「お前も運がない奴だ・・・」 「同情するならトーストもう一枚無料でくれ」 しょうがないなといいつつもトーストを作ってくれる、本当に嫁がこないのが不思議だ そう思いつつ待っていると隣の席に誰かが座った 僕よりほんの少し小さいほどの身長、モフモフの手足、ヤギのようなたくましい角、そして露出の多い服装・・・どう見ても昨日の少女だった 「む?おぉ!誰かと思ったらお主か」 「やぁ、またあったね」 「ん?いらっしゃい、アルトの知り合いかい?」 「彼女が昨日教われてた・・・えっと・・・」 「そういえばワシはまだ名を名乗っておらんかったの」 「今教えてもらったらどうだ?お近づきになれるかも知れないぞ?」 「いい案だけど一言余計だね、そんなんだから嫁を貰えないんだよ」 「だからお前にだけはそれを言われたくないと何度言ったら・・・」 「・・・そろそろ名乗っていいかの?」 「「あ・・・どうぞ」」 「ワシの名はアイリス、アイリス=フランベルジュじゃ」 バフォメットの少女、アイリスは得意げに自己紹介をする マスターは少し驚いたような表情をしているが僕にはなぜ驚いているのかがわからなかった 「マスター、なぜ驚いているんだ?」 「アイリスって言ったらこのあたりでは結構有名な魔物だぞ?」 「どんな風にだい?」 「何百年も前からこの地方に住んでいて、次々と襲ってくる勇者を返り討ちにして森に素っ裸にして放り出したりしていたという話があるほどだからな」 「ちょっとばかり普通の人間より強いからといってワシに挑みかかってくる愚か者共が多くての、興味もないから他の魔物にくれてやったわ」 いまいち凄さが伝わってこない気もするけど・・・ それでも神の加護を受けて常人離れした強さを持つ勇者を軽く倒してしまうほどの力がどれくらい凄いかは僕でもよくわかる 以前勇者と成り行きで模範試合をしたことがあるが、相手は本気を出してなかったというのに本気で挑んでも勝てなかったほどだ・・・ ・・・僕が助けなくても彼女なら平気だったのかもしれない・・・ 「そんなに凄い人だったのか・・・」 「このあたりではかなり有名だぞ?教団の連中に指名手配されているくらいだしな」 「ふん!たかが金貨200枚如きの賞金額などでは満足出来んわ」 「・・・昨日助けた意味はあったのだろうか・・・」 金貨200枚・・・その額がどれくらい凄いかというと、その金額でこの町の漁港や市場を買い取ることが出来るくらい凄い 30年は遊んで暮らせるような大金がかけられていると言うのにそれでも満足しないとは・・・ 「自分で何とか出来たにしろ守ってくれたのは嬉しかったぞ、ありがとうなのじゃ」 「あぅ・・・改まって言われると恥ずかしいなぁ・・・」 「おぉ、熱い熱い」 「マ、マスタートーストはどうしたの?」 「ん?・・・!しまった!」 マスターが慌ててパンを取り出す・・・予想通りにパンは真っ黒に焦げている 「しょうがないなぁ・・・ちょっとそのパンを貸して」 「ん?これを食うのか?」 「食べるけどこのままでは食べないよ」 「じゃあどうするんだ?」 「・・・こうするのさ」 頭の中で強くイメージする・・・すると焦げていたパンが少しずつ黒くなくなっていき、やがておいしそうな小麦色に戻っていった 「おぉ!パンが見る見るうちにうまそうな焼け具合に!?」 「パンの時間を巻き戻したんだ、パンがもっともおいしく食べれるところまで戻したからこれで食べれる、うんおいしい♪」 「ふむ・・・なんとも不思議な・・・見たこともない魔法じゃのう・・・」 幸せ一杯の笑顔でトーストを食べている僕の隣でなにやら考え込んでいるアイリス、理由は大体想像が付く 「この魔法がどんなものか気になるの?」 「む?ワシの心が読めるのか?」 「そういうわけじゃないけど大体の人は僕の魔法を見たときに今のアイリスと同じ反応をするからね」 「そうなのか・・・それでどんな魔法なのじゃ?」 「この魔法は古代魔法といって遥か昔に作られた魔法なんだ」 「古代魔法・・・?」 「うん、説明はどこかですると思うから皆さん待っててくださいね」 「何処を見て言っているのじゃ?」 「細かいことは気にしたらいけないよ」 「うーむ・・・まぁいいかの」 「ところで偉大なるアイリス様は何を御飲みになるのですか?」 「ワシも紅茶を貰おうかの、それとアルトと話すときのような話し方をしてもらえると嬉しいのじゃが」 「分かりまs・・・分かった、紅茶だな」 程なくしてアイリスの方にも紅茶が運ばれてくる、アイリスはモフモフの手で器用にカップを持ち、紅茶を飲んでいる ・・・たまにはこんなのんびりとした朝も悪くないかな そう思いながら紅茶を飲んでいると突然後ろから声を掛けられた 「おい、そこのお前」 「ん?僕ですか?」 「こいつか?」 「あぁ・・・間違いないな」 「えっと・・・僕に何の用でしょうか?」 「アルト=V=ラグナロック、お前を連行する」 突然のことに飲みかけていた紅茶を噴出してしまう 「いきなり驚かさないでくださいよ、ビックリするじゃないですか」 「そんなことは私達には関係の無い事だ、おとなしく付いてきてもらおうか」 「大体なんで僕が連行されなきゃ行けないんですか、その理由を聞かせてもらいたいのですか」 「これを見てもそんな事が言えるのか?」 男が一枚の紙を見せる、そこに書かれていたのは・・・ [指名手配犯 アルト=V=ラグナロック 賞金銀貨50枚] 「・・・え?何で僕が指名手配されているんですか?」 「昨日の昼ごろに我らの邪魔をしたばかりか魔物を庇ったそうじゃないか」 「それだけで指名手配されるんですか、酷い話だ」 「もう少しであのアイリス=フランベルジュを捕まえれたと言うのに・・・それを邪魔した罪は重いぞ」 「ワシを捕まえるじゃと?笑わせてくれるのう」 今まで静かに紅茶を飲んでいたアイリスが口を開く、喋り方から察するに少し機嫌が悪そうな気がする 「何!?お前はアイリス=フランベルジュ!何時からここに居た!」 「何時から・・・と言うよりもお主達が来たときからここに居るのじゃが?」 「調度いい・・・今ここで貴様達を神の名の元に葬ってくれる!」 「仕方がないのう・・・ここだと狭い、外に出るのじゃ」 アイリスがそう言うと騎士達は何も言わずに店を出て行く 「何をしておる、アルトも来るのじゃ」 「えぇ!?ぼ・・・僕もですか?」 「そうに決まっておるじゃろう、ほれ行くぞ」 「いやだぁぁまだ死にたくないぃぃ」 「・・・アルト、本当に運のない奴だなお前は・・・」 少年が少女に引きづられて宿屋から出て行く・・・ マスターは少年に同情しつつカップを片付け始めた 「とは言ったものの・・・面倒じゃな・・・」 「何処からでも掛かって来い!」 「・・・よし、アルトお主がいってくるのじゃ」 「・・・え・・・イマナントオッシャイマシタカ?」 「アルトが奴らを蹴散らして来いと言ったのじゃ」 「それは僕に死ねと言っているのですか?」 「安心せい、ピンチのときは助けてやるぞ」 「うぅ・・・その言葉、信じましたからね?」 「うむ、思いっきり暴れてくるのじゃ!」 「何でもいいから早くしろ!それとも私達が怖いとでも言うのか?」 「なぜ僕がこんな目に遭わなきゃならないんだ・・・」 諦めて戦闘体制に入る 懐から鞭を取り出して一振りする、手に吸い付くようによく馴染む・・・今日も具合はいいようだ 「行くぞ!」 「リングショット!」 「!?」 相手が動き始めたと同時に魔法弾をばら撒いて牽制をする しかし彼らの持っていた盾によって弾は防がれてしまう 「飛び道具を使うとは卑怯だぞ!」 「命が掛かっているのに卑怯も何もないでしょうに・・・」 「貴様のような奴は生かしておけん!この場で斬り捨ててくれる!」 「そんなむちゃくちゃな・・・」 いきりたって剣で斬りつけてくるがギリギリのところで回避する もう少し・・・もう少しで・・・ 「もらったぁ!」 「な!?」 魔力を貯めることに集中しすぎて回避が疎かになってしまい、その隙をつかれて懐に潜り込まれてしまった この間合いでは致命傷は避けれないか・・・無念だ・・・ 「ぐおっ!」 「っ!?・・・え?」 「諦めるにはまだ早いぞ?」 「あ、ありがとう」 「これで昨日の借りが返せたの」 「くっ!・・・油断したか・・・だがまだまだこれからだ!」 「残念だけど・・・ゲームオーバーだよ・・・」 「何!?」 「古代兵器の力・・・その身をもって味わうがいい!」 「いかなる攻撃をもってしても我らの守りは崩せん!神の加護を受けたこの盾がある限りな!」 「吹き飛べぇ!!」 貯めていた魔力を相手に向かって撃ちだす 凝縮され撃ち出された弾は、蒼く輝きながら高速で突き進み相手の盾を弾き飛ばす しかし、弾き飛ばしただけで相手自身に効果は及ばなかったようだ 「弾いただけか・・・予想以上に強い力が籠められていたのか・・・」 「馬鹿な・・・弾かれた・・・だと・・・」 「あれ・・・もしかして精神的に効いてる・・・?」 「た、盾が無くとも我らには剣g」 「させない!」 すかさず鞭を振るい剣に巻きつけて一気に引っ張る 油断していたのか知らないが相手の手の中から剣が抜け、僕の足元に突き刺さった 他の騎士の剣も同様に奪っていく、三本の剣が僕の足元に突き刺さったころに相手は丸腰の状態になった 「さて・・・頼みの綱の剣も貴方達の手元には無いですがどうしますか?これでも続けますか?」 「くそ・・・今に見ていろ・・・貴様達には必ずや神の裁きが下るだろう・・・」 捨て台詞を残して騎士達が去っていく 僕は久しぶりにたくさん動いたこともあって力が抜けてしまい、その場に座り込んでしまう 「立てるかの?」 「あ・・・ありがとう」 アイリスが手を貸してくれた、彼女の手はモフモフとしていて柔らかくプニプニした肉球がついている様だ 「あ、あんまりプニプニするでない!き、気持ちよくなってしまうではないか」 「あ・・・ごめん」 「触りたいなら・・・その・・・言ってくれたらさわらさせてやるぞ」 「え?」 「ワシはお主の事が気に入った、ワシの婿候補にしてやろう、ありがたく思うのじゃ」 「えっと・・・これは嬉しいこと・・・なのかな?」 「何を言っておる、このワシ直々に婿候補に選んでやったのじゃ、これほど光栄なことは無いじゃろう」 「うーん・・・ここはありがとうございます・・・でいいのかな?」 「うむ、それでいいのじゃ♪」 半ば強引に婿候補に選ばれたが可愛いから許す! ・・・でもこれからは多少魔物寄りの中立になりそうだなぁ・・・ 「さて、早速我が家に向かうとするかの」 「え?ちょ、ちょっと待って!お持ち帰りされるんですか!?」 「そうに決まっているじゃろう、我が家にてたっぷりと特訓し、ワシに相応しい男になってもらわねばならんからの♪」 「あぅぅ・・・僕は何処で道を間違えたのだろうか・・・」 引きずられながら考えたが、思い当たる節は見つからなかった・・・ そのうちに、僕は考えるのをやめた・・・
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