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朝方、屋敷内の住民がまだ眠っている時間に一部屋だけ明かりが灯っている部屋があった。 その部屋の中を、子供くらいの大きさの人影が行ったり来たりしている。 部屋からは、何かを探すかのような音と何かを書くような小さな音が聞こえてくる。 やがてその音が止んだ時、落胆したような溜息が人影から発せられた。 「アルトよ、何か悩み事でもあるのかの?」 「ふぇ?そ、そんなことないよ…」 「その反応は悩んでいるようにしか聞こえんぞ。」 朝起きてみると、部屋にアルトの姿が無い事に気づいた。 どこへ行ったのかと探してみたら、ソファーの上で死んだように眠っておった。 確かに昨夜はちと搾り取り過ぎたかもしれんが…逃げなくてもいいじゃろうに… 「その…昨夜のことなら謝る、じゃから機嫌を直してくれぬか?」 「その事じゃないよ、確かに昨日のアレはきつかったけど…」 その事ではない?他に何かあったじゃろうか…? 「…アルトの楽しみにしていたアイスを食べてしまった事かの?」 「それでもないよ…って、あのアイス食べたのアイリスか!」 しまった…余計な事を言ってしもうたか… 「…まぁ、アイスはまた買ってくればいいか…買えるものならね…」 「む?どういうことじゃ?」 次の瞬間、ワシは、衝撃的な言葉を耳にする事となった。 「実はね…資金が底を尽いたんだ…」 「何じゃと!?それは本当か!?」 「と言っても、尽きたのは、僕個人の資金なんだけどね。」 「む、そっちの方か。」 「もしかして、全体の資金だと思ってた?」 「いや…あの……少しな?」 勘違いに気づき、視線を逸らしながらぎこちなく答える。 しかし…資金が底を尽くほどの事があったのじゃろうか…? 「そんなに金を使うような事なんてあったかの?」 「皆で食事に行ったり、買い物に行ったり、壊れた物の修理頼んだり、武器を鍛え直したり、とにかくいろいろ。」 「ん?修理費とか食費はワシの金を使わなかったのか?」 「あー…何だか申し訳ない気がしちゃってね…全部、僕のお金で済ませたんだ…」 なるほど、通りで金の減りが少ないと思ったわけじゃ。 「そんな事せんでも、十分過ぎるほど金は持っているのじゃがの。」 「家族まで住まわさせてもらっている身で、何もしないって言うのもどうかと思ってね。」 「まったく…そんな事をいちいち気にせんでもよい。」 「でも…」 「それにな、ワシは、アルトや皆に頼って貰える方が嬉しいのじゃ。」 「アイリス……」 「じゃから金のことは心配いらん、安心するのじゃ。」 「……ありがとう…」 そう言って、抱きついてくるアルトを優しく撫でてやる。 こういう時は、歳相応に可愛らしい姿や仕草が見れるのじゃが…本当に、偶にしか見れん… まぁ、普段のアルトも、戦っている時のアルトも、二人っきりの時のアルトも、皆含めて好きなのじゃがな。 「これから仕事とかどうしようかな…」 「ん?アルトは行商人をやっているのではないのか?」 「あー…最近、いい商品を仕入れれなくなってきたし、売りに行く回数もだいぶ減ったからね…いい機会だし、転職でもしようかなと。」 「…そんな簡単に職を変えていい物ではないじゃろう…」 「武器の修理とか整備とかそれだけでも凄いお金が掛かるんですよ…市販している武器じゃないから尚更ね…」 どこか、悲しさの混じった笑顔をワシに向けてくる。 将来ワシ等の夫になる男じゃ…妻として、助けてやらぬとな。 「それなら、皆と話し合った方がいいかの。」 「父さん達と?」 「クリスや竜姉妹、後は…あのカラステングかの。」 「…やっぱりやめない?情けない姿を見せてしまう事になりそうだしさ…」 「残念だが、既に全員集まっているぞ。」 声のした方を向くと、皆がそこにいた。 これで、アルトは引き下がれなくなったの。 「今、お湯を沸かしているので、少し待っていてくださいね。」 「最近、やっと紅茶の淹れかたを覚えてな、雑談でもしながら待っていてくれ。」 「アルトさんに合いそうな仕事、探してきましょうか?」 「…お兄様…元気出して…」 「………ありがとう皆…心配しなくても大丈夫だよ。」 必死に涙を堪えて、笑顔を作るアルト。 泣きたい時は無理せずに泣けばよいものを…可愛い奴じゃ。 「熱いので気をつけてくださいね。」 「ありがとう……熱っ!」 「あらら…気をつけてくださいと言ったばかりですよ?」 「ほ、ほんなにあふいほはおもふぁなふぁっは。」 注意したばかりですのに…本当に困ったご主人様です。 そこがご主人様の可愛い所なのですが。 「あぅ…まだヒリヒリする…」 涙目になりながら、舌を出して、手でぱたぱたと仰いでいるアルト様。 こんな…こんな可愛い所を見せられたら… 「私が、冷やして差し上げますね。」 「え?いや、大丈夫だか…んぅ!?」 …我慢出来なくなって、口付けをしてしまいました… アルト様の口内に舌を潜り込ませると、甘い声を上げて、私の舌を受け入れて下さいました。 舌同士を触れ合わせると、アルト様の手が私の首の後ろに回され、さらに強く抱きついてきました。 ですが、あまり長くやってしまうと皆さんに申し訳ないので、名残惜しいですが口を離します。 私とアルト様の口を、互いの唾液が混ざって出来た糸が繋ぎ、ゆっくりと落ちていきました。 「…熱いのは治りましたか?」 「…うん…ありがとう。」 頬を赤らめて、私にお礼を言って下さるアルト様。 …そんな顔をしないで下さい…我慢できなくなってしまいますよ…? 「いちゃいちゃするのもいいが、本来の目的を忘れぬようにな?」 「あ…申し訳ありません…」 「ご、ごめん…」 「ワシじゃって、今すぐにでもアルトを押し倒して1日中繋がっていたい気持ちを抑えておるのじゃ、じゃからお主も我慢せんか。」 「アイリス…言っている事が滅茶苦茶だと思うんだけど…」 すっかり失念してしまっていました…今は、アルト様の未来に係わる重要なお話の最中でした… 皆さんだって我慢してるんです…私も気合を入れないと! …私が気合を入れても、アルト様の決断が変わるわけではないのですけどね… あ、琥珀さん達が帰ってきたみたいです。 「おかえり、何か良い仕事は見つかったか?」 「近場で出来そうなのがいくつかありましたよ。」 「…お兄様芸達者だから…出来そうな仕事結構見つかった…」 テーブルの上に乗せられた文字の一杯書いてある紙… あぅ…難しい事ばかり書いてあって、何が何だか私にはさっぱり分からないです… 「それじゃあ、説明していきますね。」 変化の術を使い、人間の姿になった琥珀さんが書類を手に取る。 本当に上手に変化するなぁ…今度、僕も教えてもらおうかな…? 「一つ目は…道具屋さんの店員ですね、イルちゃん達が働いている所ですよ。」 「あそこか…ワシはお勧めできんと思うぞ。」 「?どうして?」 「あそこの店主の男…妙な性癖があると聞いたからの…アルトが汚されるのを見たくないのじゃ…」 「確かにそれは嫌ですね、と言うわけでこれは無しです。」 意見を言う間もなく話が進んでいき、無かった事にされてしまった。 前に会った時は普通の人に感じれたけど…一体どんな性癖なんだろうか… 「次は…鍛冶屋さんですね。」 「…お兄様鍛冶出来たよね…?」 「少しならね…力が弱いからあまり大きな物とか作れないけど。」 「鍛冶は危険が多いと聞いた、私としてはあまり危険を伴う仕事はしてほしくないのだが…」 「私も同意見です、アルト様の傷ついた姿は出来る限り見たくないです…」 「と言うわけで、これもだめじゃな。」 「え?…あの…」 有無を言わさず却下されてしまった… …この話し合いに僕って必要なのだろうか…? 「ねぇ…どんな仕事なら良いの?」 「そうじゃなぁ…やはり戦ったりとかそういうものがいいかの?」 「戦ったら怪我するじゃないか。」 「私達を打ち負かした程の実力があるじゃないか、その辺の傭兵程度では捉えることもできんだろう。」 「実際に、私達でもアルト様を捉えるのにとても苦労しましたから。」 「魔法とか使われたら、足掻く間もなくやられると思うんだけど…」 「…大丈夫…一緒に特訓してあげるから…」 「いっその事、魔を跳ね返す結界を貼る修行でもしてみますか?」 「僕は古代魔法以外に適性が無いんだけど…」 「適正をつけるのも修行の内じゃよ…この際、さまざまな魔法を使えるようになる修行もやってみるかの?」 「…一応聞くけど…どんな修行なの?」 「心配するな、1日たったの15時間やるだけの簡単な修行じゃよ、内容はちときついがの。」 「15時間って時点で、一瞬で無理だと悟ったんだけど。」 アイリスの感覚絶対おかしい…15時間の修行を簡単だなんて… ……無理にでも行商人続けていればよかったなこれ… 「頑張ってくださいねアルト様。」 「そんなこと言わないで助けてよ…」 「安心しろ、修行で心身共に疲れたとしても、私達が全身を隅々まで丹念に揉み解してやろう。」 「あ、それいいな…って、違う!」 リーラの甘い誘惑の前に、危うく流されそうになってしまった… だって、リーラとミーヤのマッサージは凄く気持ち良いのだもの… 「ぼ、僕はどんな誘惑にも屈しないからね!」 「残念じゃのう…その日の修行が終わったら、ワシがアイスを食べさせてやろうと思ったのじゃがの…」 「うー……」 「…頑張ったら…ぎゅーってしてあげるよ…?」 「そ、それは……」 「特別に、私の翼を好きなだけ触らさせてあげようかと思ったんですが…残念ですね…」 「あぅぅ……」 「嫌だと言うなら仕方が無い、この話は無かった事に…」 「分かったよ…頑張るから…うぅ…」 気持ちを抑えきれなくなり、涙が溢れ出してくる。 だって仕方が無いじゃないか…どれも、僕の好きな事ばかりなのだもの… 「むぅ…流石に意地悪しすぎたかの…」 「…お兄様…泣かないで…」 「ど、どうしましょう…泣き止みませんよ…?」 「アルト様…どうか泣き止んでください…」 「やりすぎた事は謝る、だから泣き止んでくれ…な?」 「………グスン…」 「15時間と言うのは冗談のつもりだったのじゃ…本当にすまないのじゃ…」 そう言って僕を抱きしめ、頭を優しく撫でてくる。 「………」 「やっと泣き止んでくれたの…」 「……もう少し…」 「む?」 「もう少しだけ…このままで…」 「…うむ。」 僕がそう頼むと、アイリスは優しく僕を抱きしめていてくれた。 誰かに甘えていたいと思ったのは何年ぶりだろうか… とっくの昔に甘えると言う事を忘れた筈なのに、アイリスに抱きしめられた瞬間、もっとして欲しいと思ってしまった。 年を取らなくなるということは、外見だけでなく精神面でも成長しないという事なのだろうか…? ……こればかりは、父さん達に聞いてみないと分からないね… 「…お兄様…私にも甘えて…?」 「アイリスさんばかりずるいですよ、私達にも慰めさせてくださいよ。」 「戦っている時の男らしいアルトもいいが、子供っぽく甘えてくるアルトもなかなかいいものだ。」 「さぁアルト様、私達の胸に飛び込んできてください。」 あっという間に、彼女達の中に埋もれてしまう。 …あれ?凄く幸せだけど、何か嫌な予感が… ……!?い、いつの間にか服が無くなってる!? え!?朝からそんな…ひゃぅ!?そこはやめ…うわぁぁぁ…… 彼女達の宴は夜遅くまで続き、終始一人の少年の悲痛な叫び声が響き渡る事となるのだった… 「あー月が綺麗だなー。」 屋根の上に腰かけ、ぼんやりと月を眺める僕。 ひんやりとした風が、僕の体にまとわりつき、過ぎ去っていく。 彼女達が満足する今まで、ずっと彼女達に犯されていた。 自然に立たなくなっても、お尻を刺激されて無理やり立たされた。 ついでに後ろの始めてもリーラの尻尾によって奪われた、流石にクリスの尻尾は無理だったけど… うぅ…まだお尻が痛む… 「風が気持ちいいなー、このまま風に乗って流されて行きたいなー。」 「そんな事をしたら嫁さんが悲しむぞ?」 声のした方を見ると、そこには父さんがいた。 …何故だろう、随分久しぶりに見た気がする。 「今何か失礼な事を考えなかったか?」 「気のせいじゃない?」 「まあいい、隣いいか?」 僕の返答を待たずに、僕の隣に腰掛ける。 マイペースな所は昔と変わってないなぁ…何故か安心した。 「こうして、二人きりで座っていると昔を思い出すな。」 「200年以上も前の事か…うん、今でもはっきり覚えているよ。」 「あの頃のアルトは、父さんの真似をしてよく剣を振っていたな…」 「その割には上達しなかったけどね…」 「ここに移住してから、私達も随分と変わってしまったものだ。」 「だって、魔物化しちゃってるからね。」 「それも含めてだ、他にもいろいろ変わったさ。」 「そっか。」 「一番変わった事は、アルトが素敵な嫁さんを見つけたということか。」 「候補が5人もいる上に、一人は妹ですよ?人間ではありえないことだよね。」 「それだけアルトがモテるという事だろう?この幸せものめ。」 「確かに幸せだけど、今日みたいなのは本当に困るよ…今もお尻が痛いんだ…」 「ドラゴンの尻尾なら、先が細い分まだいいだろう…私なんて、慣らされもせずにいきなり挿入されたぞ?」 「……ご愁傷様です…」 父さんも経験済みだったのか…しかも、僕よりも随分と凄い初体験だったようだ… それだけ、皆が優しいという事なんだろうなぁ…たまには何かお礼をしないと…ね。 「…アルト…一つ聞いていいか?」 「…何?」 突然、何時もの、どこか力の抜けたような笑顔が引き締まり、真面目な表情をして、僕に質問をしてくる。 こんな真面目な顔の父さん…久しぶりに見るな… 「アルトは今の生活でよかったと思えているか?心のどこかで悔やんだりはしていないか?」 …突然何を聞き出すかと思ったら…そんな事か。 もう少し別の質問をするかと思ったんだけどね…仕事とかそういう方向の。 僕の答えは決まっている…この質問をされる前からね。 「僕は今の生活で退屈はしてないよ、手に余るほどの刺激を毎日堪能しているからね。」 「…その言葉を聞いて安心した…強くなったな、アルト。」 「僕はまだまだだよ、もっともっと強くなって、皆を守れるようにならないといけないからね。」 僕と父さんの間を、心地よい風が流れていく。 夜はまだ始まったばかり、もう少し、親子の会話を楽しむのもいいものかも知れない。 僕は行商人をやめる、その事実は変わらない。 その選択が、僕にどんな未来を運んでくるのか…その選択によってどの様な結末を迎えるか… だが、僕は結末を考えて怯えるよりも、今を自由に生きることにした。 その方が、毎日を楽しく過ごす事ができるし、余計な重荷を減らす事もできる。 重荷を下ろして身軽になる事で見えてくる新しい世界…僕にどんなものを見せてくれるのだろうか… 偶然によって得た永き命……まだまだ十二分に楽しめそうだ。 「ところで、何で屋根の上に来たの?」 「あの二人が尻尾を…」 「大体分かった…もう言わなくていいよ…」 「…男って辛いな…今にも心が折れそうだ…」 暗い話題になった途端、心地よかった風が肌に突き刺さるような痛々しいものに感じれた。 自然って厳しいなぁ…はぁ…
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