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一晩じっくり寝かせてみる |
「いらっしゃーい。何にする?」
宿屋のお姉さんが眠たそうにカウンターに顎を乗せてる。 「あの。宿に泊まりたいんだけど」 「何名様ー?」 「えっと」 「1,2,3,4,5,6,7,8」 「多いねぇ」 私たちを見てからお姉さんが一言。 「ハーレムって。一人身のあたしに対する当て付けかい?」 お姉さんが長い尻尾をうねうねさせる。 「そ、そんな事無いよっ」 「まぁいいけどさ。ようこそ。ラミアの一夜宿へ」 人でも魔物でも関係なく、一晩だけ泊めてくれるお宿。 町と町の間にある小さなお宿だけど。 魔物がやっているお宿は珍しいようでよくあること。 魔界や親魔領でもないのに魔物としての姿を見せているのは珍しいけど。 「次はどこへ行く?」 皆で食堂に集まって話し合い。 山を降りてから買った地図を広げる。 闘技大会のあった町の上に山脈があって、それを迂回するように街道と町がある。 そのさらに北の北のほうにドラゴンの現れる村がある。 でも行き方は色々ある。 真っ直ぐ北に行けば海に出るので、途中で船に乗り帰れば海路で時間短縮が出来る。 海賊が出るかもしれないけど、海の魔物の方が出やすい。 海の魔物に船を沈められても交渉次第で乗せて行って貰えるのであまり問題はない。 海はCの形の湾を作っていて、北へ行くには2本の街道が伸びている。 海側の街道は治安がいいけど、途中で大きな教団の施設のある町を通過しないといけない。 別にその町を通らずに進んでもいいけど、関所があって高い壁が海まで届いてる。 関所を通らないと北には行けなくて、迂回しようとすると色々煩いみたい。 山側の街道は森があったり、森の中を伸びていたりする。 こちらは教団の関所が嫌で冒険者たちが森を通っていくうちに出来た街道なので、教団の影響はあんまりない。 途中に町や村もあるけど、大体がアマゾネスの村だったり親魔な町だったりするので、冒険者は用心しないと食べられちゃう。 ちなみに、ワイバーン宅急便で行くのは無理。 ドラゴンがいる場所にワイバーンが飛んでいったら絶対にケンカになる。 両方とも喧嘩両成敗できるけど、あんまりケンカはしたくない。 だからワイバーン宅急便はやだって言ったらはなくなったけど、みんながものすごく変な顔をしてた。 「どの経路から行くにしても、面倒ごとは避けられないわけか」 リザードマンが地図に書いてある教団の関所を睨んでる。 「まずは検討だ。話はそれからだ」 眼鏡ラージマウスがいつもの様にギチョウを始める。 「まずは海から行く方法だったっけ」 ラージマウスが地図に指を滑らせる。 「海はやだなー。煩いのが飛び回ってるもん」 「セイレーンの事か」 ハーピーが眉をきゅーって寄せる。 眼鏡ラージマウスの話によると、セイレーンは歌うハーピーみたい。 「あいつら、歌がちょっと上手いからって、私たちのことを音痴だってうるさいんだよー」 「そりゃー、茶鳥っちはセイレーンじゃないからねぇ」 金槌リザードマン、フォロー。 「フォローも何も。セイレーンって歌は上手いけど、他はからきしだからね。飛ぶのもハーピー種じゃ一番遅いんじゃないかな」 「そうそう! あいつらのろまなんだよねー」 金槌リザードマンのフォロー成功。 「海って言えば他には海にしか出てこないスライムとか、マーメイド種が有名だよね。後は海の迷惑3連星?」 何ソレ。 「船を沈める魔物、それに便乗して絡み付いてくる魔物、さらに便乗して溺れさせようとする魔物」 「うわぁ。もの凄く危険じゃない、それって」 ラージマウスの話を聞いて少年が怯える。 「いや。全部旦那集めだから。怯えさせるのは魔物を増やすって意味もあるらしいけど」 魔物にも色々。 「海側の街道は安定しているけど、面倒そうだよね」 金槌リザードマンが地図に指を滑らせる。 「人間が多いから、その辺で面倒ごとがあるよ。特に関所とかさ」 「私の幻覚魔法も通じないかも」 ラージマウスの言葉に眼鏡ラージマウスも同意。 「それに、教団の町は嫌だよ?」 「同意だ」 金槌リザードマンと眼鏡ラージマウスの表情が暗い。 ラージマウスもあんまりいい顔をしていない。 「私の魔法で小さくして運べば?」 ピクシーの提案。 「握りつぶされて終わりだと思うよ。物理的に」 ピクシー撃沈。 「森側は逆に魔物が多すぎて面倒そうだ」 眼鏡ラージマウスが地図に指を滑らせる。 「盗賊の類も多いだろう。教団と比べて後々に尾を引かないが、一癖も二癖もある人間や魔物たちが出てくるだろう」 「海で溺れたり、関所の人に頭を悩ませるよりは良さそうだけど?」 少年はこっちの道に興味津々。 「森と言えば、ハニービーやグリズリーの様に森に住む魔物たちに出会う可能性が高いぞ」 リザードマンはどちらかというと森の住民寄り。 「森の中を通る事はお勧めできないな。アマゾネスの集落やダークエルフの集落に迷い込むと、少年が真っ先に狙われるぞ」 「うわぁ」 エルフの集落に行ったら皆が狙われる。 「エルフたちは相変わらずの石頭のようだからな」 「安定性を言えばこの道がいいのだが。先ほども言った様に、元が人の足で踏み固められただけの道だ。整備も当然されていない」 眼鏡ラージマウスがもう一度地図に指を滑らせる。 「また他の経路に比べて大きく曲っているため、もっとも時間が掛かる。場合によっては森を抜けることも考えなければならないぞ」 「どの経路も問題が山積みだね」 魔物も人間も、道行く人を狩るのが仕事。 「どの道を進んでも最終的にはたどり着けるだろう。まぁ、教団側の経路に関してはかなり厳しいがな」 「速さなら海側。安定性なら森側。面倒ごとを切り抜けることが出来るなら教団側ってことだね」 眼鏡ラージマウスの言葉をラージマウスが引き継ぐ。 「今すぐ決める事じゃないし。一晩、それぞれで考えてから答えを出さない?」 そして金槌リザードマンがまとめて、その場は解散になった。 「どの道がいいかなぁ」 少年はベッドに入ってからも悩んでいる。 その顔を両手で挟んでこっちに向ける。 「な、なにするの?」 じぃと目を見る。 この旅は少年から始まってる。 だから少年が決めた事に誰も文句を言わない。 でももし迷うのなら。 一晩寝て起きて、最初に思いついた経路を選べばいい。 「そんな事でいいのかな」 悩んで答えが出ない時はそうすればいい。 父様がそう言ってた。 「そうなんだ。それじゃ、僕もそうしてみよう」 少年は寝息を立てている。 少年の体は小さい。 この小さな体で、たった一人で冒険して、ドラゴンとお話をしようとしている。 ぎゅっと抱き寄せる。 闘技大会が終わってからも特訓は続けているので、少年の体は出会った時に比べてちょっと堅い。 でも、出会った時に比べて強張ってなくて、嫌がりもしない。 少年の肩に顔をこすり付ける。 少年のにおいがする。 旅の終わりが少しずつ近付いてる。 私と少年は、このままどうなるのかな。 それを考えると、眠れる気がしなかった。 |
13/02/20 23:49 るーじ
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