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赤錆びた外套 |
○種族:フェアリー
○特徴:虫の羽を持つ妖精の一種。 人に似た姿を持つが、その体格は子供よりも小さい。 集団行動をすることもあるが、危険性は低い。 ある晴れた昼下がり。 晴天の空の下、振り下ろされる大斧。 剣よりもまさかりよりも凶悪で、相手の防御ごと叩き割る威力を持つ。 剣で受けても駄目。兜を装着していても駄目。 分厚い鉄の塊。大質量と丈夫さを重視した厚みで岩さえも裂く。 「当たったら死ぬよなぁ。毎回思うけど。」 髪をかすらせ、地面にめり込んだ斧を見下ろす。 これにかかれば人間なんて、薪割り同然に真っ二つだな。 「避けるのは上手いが、それだけじゃ勝てないぞ?」 「わーってるって。」 だらりと下げた切っ先。下段構え、というにはちょいと雑な構え方。 手にある武器はナイフではなく、標準的な形状のショートソード。 これを片手で振り回せたら良いんだけど、持つだけで精一杯。 「ふっ!」 両手で持ち直し、下ろしたままの切っ先を振り上げる。 首を狙っての一撃は読まれていて、既に相手は一歩下がっていた。 一歩分、いや半歩だけ下がっても相手の攻撃は当たらなくなる。 基本的に振り回す攻撃はそうやって対処できる。 「この!」 なら突き刺す攻撃はどうか。 これも読まれている。半歩横に動かれ、何も無い空間を切っ先が通過する。 振り払う。斧で受け止められる。 突く、払う、振り下ろす。 ことごとく防がれる。 そもそも斧という武器は防御には向いていない。 だから防がれるってのはつまり、それだけ俺の剣術がダメダメってことだ。 「さーて。そろそろ飯の時間だな。」 「おっけー。じゃ、いくぞ?」 大きく息を吸って、大きく吐く。 短く息を吸って、短く吐く。 2呼吸の間に意識を切り替える。 真昼間の世界に、ただ自分の中にだけ夜を呼び込む。 相手が気を引き締めたのを感じながら、すぐさま興味を失う。 互いの距離は剣の距離ではなく、槍の距離。 剣の距離に入るには、斧の距離に入るという事。 大きく足を開き、肩口に斧背を乗せるような小さな構え。 生半可な攻撃は斧の重量を利用した牽制で弾かれる。 短く持っていても人の骨を断つぐらいは可能。 むしろ斧頭で突きこまれる方が危ない。骨が折れる。 以上、状況把握。 いつもするように音を立てないよう静かに歩く。 目の前に居る相手に、既に見つかっているのに、見つからないようにして歩く。 チャンスは一度。 ソレを逃さないように心を沈めて、機を待つ。 「はぁ!」 動いた。熊の様に大きな体が、馬鹿みたいに力を込めて踏み込み、最低限の動きで斧を突き出してきた。 右に動くも左に動くも間に合わず、防いでも押し負ける。 だから大きく後ろに跳びながら剣の腹で受け止める。 殺しきれない衝撃が肩に響く。 「ぉおおお!!」 大きく空いた距離を、また相手の方から詰めてくる。 長く下段に構えた斧を振り上げる。 大きく跳び下がる。 振り上げた斧を、振り下ろす。 横跳びに回避。 掠めた髪が鈍い刃に引っかかって、引きつるような痛みが走る。 痛みに顔をしかめた、その隙を狙って横薙ぎに斧が襲い掛かってくる。 剣で受けながら跳んで衝撃を殺すも、やはり殺しきれない衝撃が体に響く。 加減されている。 元々戦闘が得意じゃない俺がまだ無事なのは、加減されているから。 相手には俺を殺す気は愚か、怪我をさせるつもりさえ無い。 舐められている訳じゃない。 単に実力の差が開きすぎているだけ。 だから、隙が生まれる。 太陽の光が目に入るその瞬間、人間は誰しも目を細める。 「く、日差しか。」 当たりだ、と心の内で返事をする。 目が一瞬だけ眩んだ隙に、死角へと入り込む。 そして接近。 「させるかぁ!」 残念だが、今度は俺の方が読んでいる。 牽制に突き出した切っ先は勢い良く弾かれるが、予想済みの行動なので手に響く衝撃は少ない。 引いた剣を戻す動きのまま首を狙う。 払う切っ先を、首を反らしながら回避する相手になお接近し、背後に回る。 相手の背後を取っても足を止めず、振り向こうとする相手の背後へと回る。 半周回ってまた半周、つまり俺にしてみれば1周回る。 「な、いない!?」 俺はまだ相手の背中を見ている。 背中と言うのは無防備の証。 切っ先構えて突き刺すもよし、頭目掛けて振り下ろすもよし。 「舐めるなぁ!」 ただし、向こうからやってくる場合は除く。 「勝てねぇなー。」 「はっはっは。人の背後を盗った位で安心するようじゃ、まだまだだなぁ。」 「背後取った相手に、背中でボディプレスなんて誰が想像つくんだよ。」 釣った魚と森の幸で舌鼓ってのも、1ヶ月目となりゃちょっと飽きる。 商人から色んな食べ物を買ったりしているから良いものを、そうじゃなけりゃ街に出かける事になっていたぞ。 「気配を断つのは上手い。しかしだ、それだけじゃやっぱだめだぞ?」 「つーかさ、おっさんが強いんじゃないか。」 「それは当然だ。なんせ、樵だからな!」 「いみわからねぇ。」 むさっくるしい男二人で昼食を突付く。 この小屋には他にも3名かばかし住人が居る。 蛞蝓さかなに子鬼。要するに魔物だ。 庭には一花、もとい人花もいたりする。 3人(とおまけ1名)は魔物でありながら恐ろしい外見はしておらず、むしろ人間の女性(または少女、あるいは幼女)に良く似た姿をしている。 下半身が魚だったりナメクジだったり、頭に角が生えていたりするが殆ど人だ。 会話も出来るし握手も出来る。なんなら、いや、これはいいや。どうせ身をもって思い知るんだし。 閑話休題。 この小屋の俺ら以外の連中は今、元アリの巣の集会所で話し合いをしているんで、俺らは留守番というわけだ。 元アリの巣、ってのは、えーっとなんだっけ。 元々はジャイアントアントの巣だったけど、「新しい女王に譲るわー」と女王が部下たち連れて旅立ってしまって、かなり大部分に空きスペースが出来てしまった。 その空いているスペースを改造した共用スペースの一つが、集会所ってことだ。 ちなみに、元アリの巣って言い方からわかるようだけど、新しい女王の巣との間に壁を作っているんで、殆ど別宅状態になってる。 理由は至極簡単。ジャイアントアントのフェロモンに他の魔物たちが当てられないようにするため。 俺も森を歩いている時に食らった事があるからわかるけど、ありゃ強力だ。 お陰で頭が痛かった。一応、加減はしてくれたみたいだなっていうか、加減してくれなきゃ死んでるぞ、あれ。 別に安全圏まで引っ張ってくれるだけでいいのにとか思いつつ、その晩は大変盛り上がりました。 閑話休題。 空いた時間を折角だからってことで、こうやって訓練に費やしているわけだ。 コリンやマリンが居る前じゃ出来ないような特訓も出来るので、さっきみたいになったわけだ。 キノコサラダを突付いていると、おっさんが不思議そうな声を出す。 「にしても。一度スイッチが入ると恐ろしいほど気配が無くなるもんだな。」 「その、気配って何だよ。俺は自覚が無いからわからんけど。」 「前に言っていたアレか。『見つからないようにする』ってのか。色々と聞いたが、やっぱありゃすげえわ。」 「じいさんもすごいって言ってたっけ。」 「ん、師匠が居るのか。」 「あったりまえだろ。俺に暗殺のいろはを教えたのはそのじいさんだ。」 「ん、そうか。」 急に口数が減る。なんか勘違いしているのかな、色々と。 「別にじいさんは死んで無いぞ。殺しても死なないようなタフなじいさんだったし。」 「暗殺を教わったって言ったが、その、あれだ。んー、ん、ん。」 「何馬鹿やってるんだ。言っとくが、10人くらいは普通に殺してるぞ。数えてないけど、100はいってない。」 「ひゃ、ちょ、おまえ。」 「別にいいだろ。コリンもマリンもいないんだし。」 熊みたいなおっさんがうろたえてもみっともないだけだな。 これがマリンなら微笑ましいし、コリンなら可愛らしいのに。 ネイルは、うろたえる事あるのか? ルーネに至っては正直わけがわからん。まだまだ子供なんで感情の起伏が育っていないとか。 見た目よりも子供だって聞いているけど、いったい生後何年だよおい。 「……随分と簡単に殺すって言うもんだな。」 「殺すのが嫌なら、暗殺者なんて土台無理な話だろ。」 「やっぱり、あの噂は本当だったのか。……『影無し』ってのは。」 「勘違いしてるようだけど、『影無し』はじいさんだぞ。俺はあくまでも『レックス』だ。」 「む? なんだそりゃ。」 やっぱり勘違いしてる。そりゃそうか。 傘の広いキノコを突き刺してくるくると回す。 「元々は『影無しとレックス』なんだよ。古くから怪談話みたいに伝わってるのはあくまでも『影無し』だ。」 「あーなるほど。それが噂で流れるうちに、『影無しのレックス』になったのか。」 「それもちょいと違う。じいさんから別れてからも俺は暗殺をやっててな。そんときは名乗りもしなかったけど、気づけば『影無しのレックス』が広まってたってわけだ。」 「名乗りもしないでか。そういえば一つ気になっているんだが、『影無しとレックス』ってのは名乗っていたのか?」 「ああ。名乗るとかっこいいからって、じいさんがいきなり名乗りを上げたのが始まりだ。」 「か、かっこ、いい?」 「詳しい理由を聞きたかったらじいさんに聞け。あいにく俺はソレしか聞いてない。」 実際、『影無しとレックス』の最初の仕事は殺す前に名乗りをあげていた。 『影無し』のネームバリューが凄かったからか知らないけど、あっという間に広まったっけ。 後々になって思ったのは、なんで暗殺者が目立つような事をするのかって事だけど、あちこちで噂になっているのが面白くって俺も仕事の時は一緒になって名乗りを上げていたっけ。 俺も若かったなぁ。 「しかし、あの伝説の暗殺者に教わっていた、にしては、なぁ。」 「なんだよそれ。どうせ俺はふつーの暗殺者だよ、ったく。」 腹いせにキノコをかぶりつく。 「ふつーのってそれもまた変な話だな。冒険者じゃなくて、暗殺者をしていたのか。」 「りょーほーだ。冒険者をする傍らで暗殺者してた。コリンと会う前には、仕事の依頼も全然だったから冒険者ばかりだったけど。」 クルクルとナイフをまわして、今度は傘の小さなキノコを刺す。 なぜかおっさんの肩がびくりと震えた。 「あの嬢ちゃんには、言ってねぇんだな。」 「わざわざ言って回るような事じゃあないけど。それでも一応、最初に会った時に色々と話はした。」 「名前を呼ばないことも、か。」 「そういうこった。」 おっさんはえろボケの様でいて、実は察しがいい。 えろボケ脳とそうじゃない脳が素早く切り替わっているのかもしれない。 手持ち無沙汰なナイフで、ざくざくとキノコを突き刺す。 なぜかおっさんの顔が引きつっている。顔が引きつるような話の流れだったか? 「コリンと一緒に旅してからは仕事もとっていないから、コリンと会ってからは誰も殺してないな。」 「それが一番だ。ガキが早々人殺しなんて、するもんじゃねえよ。」 「つっても下手な兵士よりかは大分人を殺してるけどな、既に。」 ぐりぐり、ザクザク。 キノコを弄り倒しながら目を閉じる。 「軽々しく、殺すとか言うもんじゃない。」 「そーか? 人を殺した事が無いやつは変に敏感になるけど、そんな大層なもんじゃないだろ。」 「殺されたやつの家族とか、考えた事はあるか?」 「戦争でそんなの考えるやつはいないだろ。それともさ、おっさん。誰かと戦う時、いつもソレ考えてるのか?」 「……お前はやっぱり、まだまだ小僧だな。」 「ついでに人を殺しすぎてる、ってな。」 弄り倒したキノコを抓んで、引き裂く。 裂いたキノコを片方ずつ食べていく。 「殺さなきゃ殺される。そういう状況になっても殺さないで居られるのは、強いやつだけだろ。」 「……そうだな。」 皿の上はもう空っぽになった。 フォークを置いて席を立つ。 「おっさん。皿洗い頼んだぞー。」 「ん、ああ。」 「さてと。どうするかなー。」 青い空、白い雲。 いい天気だってのはわかるけど、ソレは問題じゃない。 問題なのは、俺の前方の連中の事だ。 「わざわざお前の方から来てくれるとは思わなかったぞ。」 「まさか普通に街で買い物しているとは、俺も思わなかったぞ。」 西の森最寄の町でなんか買って来ようかなと思ったら、敵の中ボスがそこに居た。 よりにもよって、ファンシーなぬいぐるみの店だ。 「あんた。とうとう男をやめたn、え、ちがう?」 厳しい顔で睨んでいたそいつは、大粒の涙を眼に溜めて必死に否定してきた。 もう、声にもならない声というか、周囲の視線が痛いくらいだ。 「あいつらもここには来ないからな。」 「あーなるほど。」 遠い、とてつもなく遠い目だ。切実過ぎる。 なんていうか、背後を気にしなくて良いというのはよほど安堵に満ち溢れた世界なんだろうな。 「じゃ、そういうことで。」 「ああ、じゃなくてだ!」 「こら手を離せ。対象年齢を引き下げても良い事は無いぞ、総受け。」 「黙れぇええ! きさま、ここで切り捨ててやろうか!」 「うわぁすっげえ迷惑な客だな。回り見てみろよ。女性客が引いてるぞ。」 「黙れだまれだまれぇええ! ここで切り捨てて全てを無に帰してやる!」 「うーわ。あんた、女にもてないだろう。」 直後、どでかい馬上槍で何かを貫いた音が聞こえた、気がした。 さっきまで顔を真っ赤にしていた中ボスが、ぴたりとその動きを止めている。 「んー、あんたもしかして独身か?」 今度は何か、ガラスみたいなのが割れる音が聞こえた、気がした。 幻聴か。ちょっと帰ったらマリンに診てもらわないと。 「キ、キサ、マ、コ、コロ、コロ。」 「落ち着けっての。そんな必死すぎるからもてないんだよ。」 コリンはどれが好きそうかなーとぬいぐるみを見て回る。 「キサマニ、ナニガ、ワカル。」 「お礼の気持ちを表すためにぬいぐるみを買いに行くくらい、かな。」 ん、また割れた音か。 店のガラスも割れて無いし、外の音でも無いし。 本格的に耳がイカれたか。 「ショ、ショセン、マモノ、ダロウ。」 「何故さっきから片言なんだ。あとさ、あれだ。人間なら男相手でも良いってのか?」 「チ、チガ、ウ。」 こいつ、さっき真っ赤になったと思ったら、いまは真っ青で汗だくだくだ。 本当に大丈夫かこいつ。 「現実を見てみろよ。俺とアンタ、どっちが幸せそうなんだ?」 バキン、と大きな音が聞こえたような気がしたが、やっぱり気のせいなんだろうな。 周りの女性客も聞こえてないようで、っていうかあれ拍手? 「良いわねぇ、若いって素晴らしい!」 「頑張って! 私たちは応援してるから!」 「愛の逃避行。人と魔物の許されざる恋。ああ、私もそんな恋がしてみたい!」 「いや女性が魔物と仲良くって、無茶でしょう。」 よくわからんが俺はもうすっかり有名人らしい。 たぶん似せ絵が出回っているからか。 「自分の女のために無茶を承知で街までやってくる。いいね、気に入ったよ! どれでもいい、好きなのを持ってきな!」 「いよっ、マーシャ! 太っ腹!」 「二重の意味で!」 「そこ、一言多いよ!」 「あー。一応、マリンの分も買って来たいし、そもそも他の連中の分となると、ああ、持って帰りづらいな。」 「任せな! 西の森の入り口までなら私たちだって運べるさ!」 「それより、貴方と一緒ならそのマリンさんたちとも話が出来るの?」 「いやーまぁ、話すくらいなら出来るだろうケドさ。」 「よし来た! お菓子持ってくるからそこ動くなよ!」 「私はシチュー持ってくるよ!」 ……何なんだこの祭りは。 俺と燃え尽きた灰みたいになってる中ボスは、店で数少ない男客として暴風雨に巻き込まれていった。 「で、どうしてこうなった。」 周囲には質の良さそうな兵士。 一定距離を保って槍を構えている姿は、以前森で見かけた「なんちゃって兵士」とは全く別物だ。 あちこちに賞金目当ての連中が追ってくるので、連中が居なさそうな所から森に入ろうとした。 誰もいないと思っていたら、なんと森に隠れていた兵士が居たわけで。 気づいたらすっかりと包囲されていた。 「観念する事ね。命の保障だけはしてあげるわよ。」 森側の兵士の後ろから声が聞こえる。 青いショートの若い女性。身なりからすれば高い身分の人間なんだろう。 「つまり人質って事か。」 「かなりの高待遇を約束しましょう。なんなら、10人の兵士を持つ隊長に任命してもいいのよ。」 「任命、ね。生憎だけど、兵士より弱い隊長なんてまっぴらごめんだ。」 「才能があれば武力なんて要らない。今の私がそうであるようにね。」 なるほど、と雑な相槌を打つ。 右も左も後ろも前も、全方向から槍の穂先が向けられている。 逃げるのも無理。槍のかいくぐって、なんて凄技はできない。 隠れる場所も無いのに全方位囲まれた状態で「隠れる」のも無理だ。 「早く答えを出してくれるかしら。槍を構えているのも疲れるのよ。」 「あんたは構えて無いだろうが。」 「日が暮れるまで待つつもりは無いということよ、『影無しのレックス』さん。」 思わず舌打ちをする。 確かに日が沈めば逃げ切れるだろうが、俺が思いつくより先に敵が思いつくのは酌に障るし、何よりも敵将の頭は俺以上に良く回るらしい。 どうするかと考え巡らせているうちに敵は次の行動に移っていた。 「では、私と一騎打ちして勝てば見逃してあげましょう。」 兵士が道を譲る中、細身のレイピアを引き抜いて敵将が前に出てきた。 不味い。もはや選択の余地無く人質作戦を推し進める気だ。 逃げられない状態にして、人が困っているうちにどんどんと自分に都合のいい方向へと物事を動かしていく。 最悪の相性だな。 「俺が生きていても死んでいても、交渉に使えるってわけか。」 「察しが良いようで助かるわ。」 半身にレイピアを構える敵。腰からナイフを引き抜き、似た構えを取る俺。 あいつは武力なんて要らないとか言っているが、自分から前に出る以上はそれなりに出来るはずだ。 あるいは、一騎打ちと見せかけて槍が襲ってくるかもしれない。 俺の逡巡を見て取ったか、敵はおかしそうに笑う。 「心配しなくて良いわよ。彼らは精鋭の特殊部隊。言う事は守るわよ。」 「同時に、隊長だかが危なくなったらいつでも助けるって事か。」 「そこまでは知らないわ。私が鍛えたわけじゃないから。」 片手で呆れるジェスチャーをする余裕まであるのか。 尖った小剣の先端が目に痛い。 必要最低限の動きで急所を貫き絶命させる、突剣剣術。 攻撃は防がず、最小限の動きでいなし、隙を狙って目を喉を心臓を刺す。 俺が取る手立ては一つ。 死なないように相手の懐に入り込んで、ころす。 いや、殺さないで人質にとったほうが良いか。 「やれやれ。随分とレベルの高いクエストだな。」 取れる手段は全部取る。 大きく息を吸い、大きく吐く。 短く息を吸い、短く吐く。 「腕の中にあるソレ、下ろさなくて良いの?」 大きく息を吸い、大きく吐く。 「余計なお世話だ。」 雲も吹き飛ぶほどの晴天。 開始の合図は、視線がかち合ったときだった。 剣戟の音が響く。 片や小剣を構える若い娘。 片や短剣を構える若い少年。 年齢の差はさほど無いように見えるが、実力の差は歴然としている。 小剣が空を裂くたびに少年の血しぶきが舞う。 致命傷を負っていないのが不幸中の幸いと言いたいが、娘の顔にはまだ余裕がある。 娘はただの一度も傷を負わず、一方的に攻撃し続けている。 少年は知らないが、彼女には「勝つ」為の方法が幾つも存在している。 たとえ1対1で敗れたとしても勝つことの出来る状況こそが、彼女の余裕の証だ。 小剣の切っ先が少年の目を狙う。 吸い込まれるような軌道で切っ先が少年の目へ。 そのまま刺さるかと思えた切っ先は、しかしこめかみを僅か傷つけるだけだった。 娘の目に僅かな苛立ちが浮かぶ。 またなのだ。 彼女には少年を殺すつもりがない。 せいぜい失明させておけば後々に役立つと思って目を狙った。 2度3度はまだ納得が出来る。 だが、これですでに10度目。 幾ら殺さない様に調節しているとしても、10度も試して失明どころが目蓋を切ることさえ出来てないのはおかしい。 いやそれだけではない。 武器を無効化しようと手を狙っても、足を止めようを狙っても、軽微な傷しか付けられない。 このまま一方的に攻撃し続ければやがて傷を負い体力の消耗した少年が倒れる。 現状維持が最も安全で確実な方法だとしても、思った通りに事が運ばないため彼女は徐々に苛立ちを積もらせていく。 手を狙えばナイフで弾かれ、足を狙えば軽微な負傷。 そして少年の方からの攻撃は殆ど無い。 精々、思い出した様に小剣を持つ手を狙うぐらいだ。 まさかこの硬直状態を日没まで続けるつもりなのかと思うほど、少年に目立った動きは無い。 落ち着きなさい。焦れて無謀な行動に出れば厄介な事になってしまう。 心の中で自分を叱咤し、冷静さを取り戻す。 「……え?」 もう一度相手を見据えた時、少年は居なかった。 少なくとも彼女にはそうとしか思えなかった。 「隊長、下です!」 兵士の声に大きく跳び下がる。 視線を地面に向けるが、やはり誰もいない。 いや視界の端に少年の姿があった。 そこに居るのに、見て初めて彼の存在に気づく。 ぞくりと背筋に冷たい物が走る。 これが伝説の暗殺者『影無しのレックス』。 遮蔽物の無い昼間という条件下であっても、その姿を一瞬でも見失ってしまった。 これが夜の森の中であったならと思うと、言い知れない何かが胸を騒がせる。 「甘い!」 追撃してくる少年の顔を狙う。 彼はそれを読んでいた様に、地面すれすれまで体を前に倒してなお近付いてくる。 着地と彼の接近。 完全に後手に回った。 「ふっ!」 小剣での迎撃は間に合わない。 吐く息と共に膝を叩き込む。 にぶい衝撃が膝に返り、やっと直撃したという安堵に浸る。 彼の顔が大きく反らされて、ダメージの深さを物語る。 少しだけの間、一帯の時が停止したかのようにその場の全員の動きが止まる。 自分の間合いに戻ろうと一歩引く彼女に、少年は追いすがる。 「く、しつこい!」 もう一度膝を叩き込んでやる。 憤りを込めて膝蹴りを見舞う。 「不味い!」 兵士の誰かが声を上げた。 同時に彼女も気づいた。 少年は足を止めていた。膝蹴りがぎりぎり届かない位置で。 少年はナイフを振り上げていて、切っ先は地面を向いている。 彼は一体何を狙っているのか。 決まっている。彼女と同じ事だ。 人質にとるために、まず動きを封じる事。 少年のナイフが振り下ろされ、赤い赤い血飛沫が彼女の顔にかかった。 「おそい、おそいー!」 ゴブリンのコリンが足をばたつかせて不満を言い続ける。 手にはナイフとフォーク。眼前にはキノコとベーコンたっぷりのスープ。 スプーンは既に半分入っていて、いつでも食べられる状態になっている。 「落ち着いて、コリン。レックスはきっと罠の整備か何かで手間取っているだけなんだから。」 「ぶーぶー。」 マリンが宥めてもコリンは文句を言い続ける。 けどたったの一口も食べないし、食べようともしない。 彼女は大好きなレックスが帰ってくるまで、絶対に何も食べないつもりで居るのだ。 そして帰ってきたら一杯怒って、一杯甘えて、いっぱいえっちをするのだ。 「さて。」 「んー。」 口数の少ないガイツとネイルは、最悪の状況について考えている。 考えながら、これからどうするべきかを悩んでいる。 レックスが勇み足で直接領主の首を取りに行ったのかといえば、その可能性は低い。 少年は楽観的な部分が多い物の、暗殺者としての経験から無理だと知っている。 ならもっと攻勢に出た方がいいと兵士達に攻撃を仕掛けて行ったのか。 はたまた罠にかかったか、気のいい魔物に「連行」されていったか。 一番最後ならある意味おもしろおかしく済ませられる、「良い方の」状況だ。 最悪の状況は、言わずもがな。 「腹が減ったし、ちぃと小僧を見てくる。」 「だめー。つまみぐいはー、禁止ー。」 ガイツの手を押さえるネイル。 眠たそうで退屈そうな顔をしているが、その頭の中では幾つもの考えがかけ巡っているのだろう。 「いいだろう。俺様は人の倍は食べるんだ。」 「いなくなったらー、マリンを食べるー。」 びくりとマリンの肩が震える。 コリンの動きもぴたりと止まった。 以前、ネイルにおいしく「食べられた」事を思い出したのだろう。 不安そうな顔のマリンを見て、ガイツは腰を下ろす。 軽い調子で出かける事が出来なくなってしまった。 少年を探しに行く理由がもっと深刻な内容であれば、「わりぃ、おいしく食べられてくれ。」とでも言えばいいのかもしれない。 だが彼女達2人(主にマリン)を心配させたくないため、ガイツはそれを言い出せない。 そして同様に彼女達2人(やはり、主にマリン)がおいしく「食べられる」の許容するはどこかしら自分の事を許せなくなる。 まさかネイルはこの事を想定していたのか。 ガイツの胸中に浮かんだ想像を消すように、ネイルがガイツの頬に手を当てて顔を近づける。 「ん、なっ!?」 「え、ええええええ!?」 「わー。」 大きく後ろに下がろうとするが、ガイツにはそれができなかった。 既に片方の手は粘液でテーブルにべったりと張り付いていて、動こうとすればテーブルごと動かすしかない。 実際、動こうとしたらガタリとテーブルが動いて、スープが少し零れてしまった。 やられた。思いながら、残った手でネイルの接近を防ごうと肩に手を置く。 ヌルリと手が滑って、残った勢いのまま体が前のめりになる。 「のわぁあ、んむぅ!?」 「えぇえええええええ!?」 「おー。」 キスされるかという所で体が前のめりになれば、当然そのままキスする事になる。 自分の失態に体が硬直している間にネイルは両手を頬に添えてガイツの口内を舌で貪る。 「んむぅううぅうぅ!!」 何度も体を遠ざけようとするが、ネイルの体は分泌する粘液で滑り、結果的にネイルの服を脱がせてしまった。 「あ、が、がい、つ?」 「んむむぅむくっくうううう(ちがう、ちがうんですマリンさんんんん)!!」 「ちゅ、ちゅぱ、ちゅ、ちゅうう。」 「熱烈ー。ガイツ、ネイルのこともスキー?」 「す、すす、すすすす!?」 「んむうううむむむむむむ(こらコリン何勝手な事を抜かしてやがるんだ)!!」 顔を離そうにもぺったりと粘液で張り付いているため離せず、魔物であるネイルの力に首だけで対抗するのはやや無理があった。 そもそも顔をそらしてもネイルが少し前に動くだけでキスは継続される。 口の端から唾液と粘液が混ざった透明な滴が垂れ落ち、気分が乗ってきたネイルはうっとりと目を細める。 「む、むぅうううううううう(そこは不味い! というかマリンさん、いやコリンでも良いから助けてくれぇええ)!!」 キスを堪能したネイルが片方だけ手を離し、下腹部へと指を這わせていく。 それこそナメクジが動くようにヌタヌタと衣服を濡らしながら。 「あー、おっきくなってるー。」 「ぅ、うそでしょう、ガイツ。」 「んむうううううううううう(誰でも良いから助けてくれえええええ)!!」 ガイツの叫びを聞き届けたのか。 小屋をノックする音が聞こえた。 「あ、レックスー!?」 ガタンと席を立ち急いでドアへと向かうコリン。 一方、ガイツとマリン「で」遊んでいたネイルは一転して普段よりも冷えた目線をドアへと向ける。 「レックス、遅かったよー!!」 「うわっ、え、あ、えっと。」 いきなり抱きつかれた彼は戸惑いながら小屋の中を見渡す。 キスをしようとして頭の位置が違う事に気づき、コリンは不思議そうに見上げる。 「えっと、今晩は。あの、その、今良いですか?」 「よくないけどー、いいよー。」 小屋の中で繰り広げられていた痴態一歩手前に顔を赤くしたが、彼は直ぐに顔を引き締める。 ネイルは彼の事を覚えていた。 以前この場所で「労い」をした商人だ。 「あの、レックス君は、いますか?」 一同の表情に驚きが生まれる。 世間に似せ絵は出回っているが、名前は出回っていない。 「あんた、どっからその名前を知ったんだ。」 マリンの前という事も忘れ、ガイツが低い声音で問う。 脅しの聞いた声に表情を強張らせながら、彼は手に持っていたものを見せる。 「『3日後、最寄の町にて人魚の血を明け渡せ。さもなくば、レックスの命は保障しない』。そう、言伝を頼まれました。」 全員、言葉を失う。 商人の彼が持っていたのはファンシーなぬいぐるみ。 そのぬいぐるみは穴が開いていたり傷ついていたりとボロボロで。 大量の血が外套の様にべったりとぬいぐるみにへばりつき、不吉な色合いを浮かべていた。 |
まったく、手がかかるわね。」
濡れたタオルで顔を拭き取り、彼女は苛立たしさを隠さずに睨みつける。 視線の先には倒れた少年の姿。 「けどこれでようやく『人魚の血』が手に入り、作戦が決行できる。これで、やっと目的が達成できる。」 悲願を達成できるというのに、彼女の表情はさえない。 「その為には、一人や二人くらいの犠牲は、仕方が無いのよ。」 倒れた少年はぴくりとも動かないまま、木目の床に横たわっていた。 ----作者コメント えろしようと思ったらこうなった。 どうしようかな。どうなるかな(’’; やっぱりラストを先に考えちゃあ駄目だなと思った、まる(。。 という事で次が最終話になりそう、というかします。 ……主人公がピンチになるのは厨二設定か、王道か。 どっちなんだろう(・・; 10/04/26 20:57 るーじ |