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パン屋クエスト

剣を片手に旅をする。
食べ物は川の魚や森の兎。
村に立ち寄ってクエストを達成して、お金を貰ってパンを買う。

「今日のクエストも難しかったね」
首をかしげる。
今回のクエストは護衛。
荷馬車のない、商品を背負って売り渡る行商人のおじさんの依頼。
おじさんを守りながら次の村まで行くのが仕事。
どんな仕事だったかと、思い出してみる。

村から村への距離は近くて。
朝出発して夕方到着する程度。
おじさんは数日ごとに村と村との間を歩いて、村に必要な物を揃えている。
村にとっておじさんはなくてはならない人。

おじさんがいないと、パンを焼くための粉があっても、パンを膨らませるための粉が手に入らなくなってしまう。
パンが膨らまないとおいしくない。
おじさんの仕事はとても大事。

おじさんは結婚していないと言っていた。
「おじさんは一人で寂しくないの?」
少年が尋ねると、おじさんは笑った。
「私にとって村の人が家族だよ。だから寂しくなんてないのさー」
妙に陽気な人だ。

おじさんは昔、冒険者だったみたい。
若い頃は槍を手にして魔物と戦っていたみたい。
ものすごく似合わない。
そう思って私が見ていると、おじさんがまた笑う。
「おじさんも思うのさー」
変に陽気な人だ。

冒険者としての仕事と言っても、護衛と人探しと物探しばかりやっていたみたい。
戦うのは苦手だから。
魔物に襲われなかったのかな。
「いっぱい襲われちゃったよー。そりゃもう、いっぱいさー」
両手を広げておじさんが笑う。
身振り手振りが大げさ。
でも少年は興味津々に聞いていた。

「おじさんはどうして冒険者をやめちゃったの?」
少年が尋ねた。
「おじさんはね、冒険者よりも商人さんやパン屋さん、宿屋さんや服屋さんのほうがずっとかっこいいと思ったからさー」
首をかしげる。
少年も首をかしげていた。
「きっと君も、そのうちわかるさー」

思い出し終わって、首をかしげる。
結局、おじさんと話をしていたら村に着いていた。
面白い一日だったけど、大変だったかな。
「えぇー。僕、いつ盗賊や魔物が出てくるかって、気が気でなかったんだよ」
おじさんの話に夢中になっていたようだったけど。
「え、そ、そうだった、かな。あはははは」

照れ隠しに少年がパンを齧る。
この村で焼いたというパンはふわふわ。
もぐもぐと食べていると、いつの間にかなくなっている。
ドラゴンの姿をしていた時は全然食べていなかったけど、パンは美味しい。
この村のパンは、とくにおいしい。
「あれ、もう全部食べちゃったの?」
うなずく。

「あはは。食いしん坊だなぁ、ひたたたた」
少年の頬を引っ張る。

「明日は何のクエストをしようかな」
少年がベッドに寝転がる。
私は掲示板からとってきた紙を見せる。
「え、こんなクエストがあるんだ」
少年は驚いていたけど、目が輝いている。

やってみる?
「もちろん!」

翌朝、少年と私はパン屋にいた。
「おぉ、二人も手伝ってくれるのかい? こいつぁいいねぇ」
太いおばさんが陽気に笑っている。

クエストの内容は、「パン屋の手伝い」
パンをこねたり、焼いたり、お店に並べたり、お金のやり取りをしたり。
パン屋のおじさんが腰を痛めてしまったので、手伝いがいるということ。
「金勘定はわからないからね、任せたよ!」
「おばさんはなにをするの、あたっ」
「お姉さん、だろ? あたしはほら、ここの看板娘だからね」

大きくて目立つから?
「格好よくて美人だからさ!」
首をかしげる。

「パンが焼けたよっ」
パンをこねる。
こね過ぎると石みたいに固くなるから、ほどほどに捏ねる。
焼くのは簡単。
チリチリ焼ける竈をじっと見て、焼けたら取り出すだけ。

「はいはい、寄ってきな寄ってきな! ほら、そこのあんた! 今日もウチのパンを食べるんだよね?」
ドンドンとお客さんは入ってくる。
「う、うわ。えっと、これとこれを足して、それから……えっと、おかねいくらなの〜!?」
「やれやれ。物は持てねぇが、数勘定ぐらいはできらぁ。どれ」

おじさんも出てきて店の中は大騒ぎ。
いつのまにかラージマウスがパンを食べようとしていたり。
ワーウルフがお客さんを押し倒していたり。
ラージマウスに仕事を手伝ってもらっていたらゴブリン3姉妹がやってきたり。
ちょっと、お祭りみたいな騒ぎになっていた。

「ふわ〜〜〜。もうつかれたぁ〜」
私もすこし疲れた。
あちこちで騒ぎが起きて目が回る。
「でも、楽しかっただろ?」
店の隅で固まって寝ているゴブリン3姉妹とラージマウス。
ワーウルフは気づいたらいなかった。

「疲れたというか、もう、気づいたら終わってたよ〜〜」
パンが美味しいから問題ない。
「あははは! 嬢ちゃん、タフだねぇ。うちで仕事しないかい?」
首をかしげる。
「パン屋の女に要るのは、腕っ節と愛嬌だよ!」
……、首をかしげる。

私は愛嬌がいいといわれたことがない。
サハギンと同じ位、表情が変わらない。
なのにおばさんは愛嬌があると言う。

「女ってのは、見た目じゃないんだよ。あんた、楽しかっただろ?」
うなずく。
「そうそう、それだよそれ。パン屋の仕事を楽しめるってのは、それだけで一人前なのさ!」
パン屋の仕事。
いつもパンが食べれる。

少年を見る。
パンを齧る。
「おや、おやおや」
おばさんが笑うので、頬を引っ張る。
「あいたたた。あはは、わかったよ。でも気が向いたらいつでも遊びにおいで」
うなずく。

「そいじゃ。今日はありがとうね!」
疲れて寝てしまった少年を背負い、手を振る。
手には冷えて固まったふわふわのパン。
私が捏ねて、少年が焼いたふわふわのパン。

明日の朝ごはんが、ちょっと楽しみ。

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13/01/16 21:26 るーじ

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