「おじーちゃん、これ、なーに？」
「これは堤燈っていうんだよ」
小さな子供の頃、俺はじいちゃんっ子だった。
じいちゃんの家に遊びに行っては色んな話をねだった。
じいちゃんの胡坐の上に座って不思議な話を聞くのが好きだった。
「ちょーちん？」
「そうだよ。ほら、中が空洞になっているだろう。このお皿の部分に蝋燭を立てて、火をつけるんだよ」
「燃えちゃわない？」
「確かに落として火がついてしまう事もあったのだろうけどね。要は落とさなければいいんだよ。どんな道具でも扱い方を間違えれば危ないのだから」
「ふーん」
じいちゃんの家には物置ぐらいのサイズの蔵があって、その中には古い古い物が詰まっていた。
昔は他にも蔵があったらしいけど、俺がじいちゃんの家に遊びに言った頃にはそれしかなかった。
「わぁ、明るい！」
「私は古い人間でね。この堤燈の明かりが昔から好きで、今でもたまにこの堤燈を蔵から出して使っているのだよ」
「でも、かいちゅうでんとーの方が明るいでしょ」
「そうだね。でもね、おじいちゃんはこの控えめな明るさが好きなんだ」
「ふーん？」
俺はじいちゃんの言葉の半分も理解できていなかった。
だけどじいちゃんがとても大事にしているのはわかったので、こんな事を言った。
「じゃあさ。じいちゃんが使わなくなったら、この堤燈、おれにちょうだい！」
「こんな古いのが欲しいのかい」
「うんっ。だって、じいちゃんが好きなものなら、おれだって好きになるもん！」
じいちゃんは嬉しそうに目を細めて、俺の頭を撫でてくれた。



目を開ける。
視界に広がる天井はマンションの無機質な白色の壁紙ではなくて、懐かしい木目の天井だった。
「そうか。じいちゃんの家に来ているんだったよな」
懐かしいじいちゃんの顔を思い出す。
あの頃は本当に幸せだった。
じいちゃんも幸せだったのだと思いたい。
「久しぶりだな。この家に来てじいちゃんの夢を見るなんて」
布団を畳みながら理由を考えて、思い当たる節に行き着く。
「じいちゃんの家とも、今日でお別れだからな」
畳んだ布団を押入れに仕舞わず、足で襖を開けて外へと持ち運んでいく。
庭には白い軽トラックが一台停まっている。
俺は軽トラの荷台に畳んだばかりの布団を載せる。
そして、諦めの心地で庭の向こう側を見る。
この家を破壊する工作機械が並んでいた。

じいちゃんが最後まで大事にしていたこの家は、今日、取り壊される。
葬式をして、遺産相続を済ませた親戚たちは、ただ古いだけのこの家をどこぞの不動産屋に売った。
不動産屋はただ古いだけの家など要らないから、取り壊してコンビニか何かを建てるらしい。
何を建てるかなんて親戚の誰も興味はない。
土地を売った金をどう分配するのか、じいちゃんの遺産を誰が何割取得するのかとか、そういう話しかしていない。
大学生の俺にはまだ遺産とか相続の話はよくわからないし、そもそも相続の話に加えて貰えない。
ついでに言えば興味もない。
ただじいちゃんの思い出が両親を含めた親戚一同にとって「どうでもいい」のだと知って、ああやっぱりなと思った。
じいちゃんは古い人間だ。
お金よりも思い出、権利よりも義理人情が好きな人だった。
けどじいちゃんの子供たち、俺の親や叔父さん達は全くの正反対で、よくじいちゃんとは言い争いになっていた。
だから親戚の誰もじいちゃんが死んでも悲しまなかったし、待ってましたとばかりに遺産相続の話を進めていったらしい。
そして俺は、じいちゃんの家が取り壊されるまでの間、じいちゃんの家に住む事にした。
誰もすまなくなった家は直ぐに傷んでしまうからという理由と、不審人物の住処にさせたくないと言う世間体から、誰からの反対意見もなくすんなりと話が通った。
運良く夏休みに入っていたので、俺はバイトも全部休んでじいちゃんの家で暮らす事にした。
交通の便は悪く、車で１時間ほど走らせたスーパーで食料品を買わないと生活も出来ない。
オートバイは持っていたけど、買い物には都合が悪かったので地元で中古の軽トラを買った。
最初の内は苦労したけど、次第に田舎町特有のゆったりとした時間の流れを堪能できるようになっていった。
そんな日々も、過ぎ去ってしまえばあっという間。
昨日の内に業者さんが機材を持ってきた。
今日の昼ごろには工事を開始すると言う。
最後の思い出を噛み締めるべく、室内を歩いて回る。
親戚が集まる場所だった広い座敷。
何度も破ってしまって怒られた障子。
かくれんぼに最適で、逆に見つかりやすかった押入れ。
壁の傷の一つ一つを確かめてく。

「最後に、蔵のほうを見てくるか」
この家に住んでから、蔵には一度も立ち寄っていなかった。
蔵の中の物は全て親戚たちが根こそぎ取り出し、売れるものは全て売ってしまった。
親戚たちの嫌な一面を思い出してしまうから、なるべく足を向けないようにしていた。
だから今日の夢を見るまで、蔵の事はすっかり忘れていた。
家の裏口から出て歩いた先に、昔と変わらずに蔵は建っていた。
黒ずんだ木の壁、重々しいカンヌキ。
じいちゃんの話だと、家は一度改築した事があったけど、この蔵は昔のままだという。
古い建物が持つ重みを味わいながら、堅い木のカンヌキを引き抜く。
さび付いた金属の音を立てながら扉を開くと、古臭い空気が鼻につく。
中は真っ暗で、何が置いてあるのかわからない。
扉を全開にすると日差しが入り込み、中の様子が露わになる。
土以外何もない、とても空っぽな蔵の中。
思い出の品なんて親戚たちには関係がなかったのだろう。
夢に出てきたあの堤燈も、やはり捨てられてしまったのか。
落胆の気持ちを抱きながら、最後の見納めだと蔵の中を歩く。
見事なまでに何もない。
売れるなら蔵の屋根瓦まで売ってしまったんじゃないかと思うくらい何もない。
思い出がゴミ箱に捨てられてしまったような気がして、俺は叫んだ。
「ちくしょう！　あいつら、このいえを、じいちゃんの思い出を何だと思ってやがるんだ！」
わぁんと狭い室内に俺の声が響いた。
後に残るのは静寂と、俺の息遣いだけ。
他は何もない。
「なにやってるんだか。早く出ないと」
やるせない気持ちを抱きながら蔵から出ようとして、何かが頭に当たった。
「何だ？」
落ちてきた何かを拾い上げて、俺は思わず固まってしまった。
それはじいちゃんが大事にしていた、あの夢の中にも出てきた堤燈だった。
堤燈は蛇腹上に開いた状態ではなく、収納しやすいように小さく畳まれていた。
「天井にあったのか」
じわじわと湧き上がる喜びを噛み締めながら、俺は頭の中で親戚たちに「ざまーみろと」と笑ってやった。
俺とじいちゃんの思い出の勝ちだ。


じいちゃんの家が取り壊されるのを見届けてから、俺は家に帰った。
鍵を開けてマンションの無機質な1LDKの部屋に入る。
部屋の明かりをつけて、じいちゃんの思い出の品をじっくりと見る。
記憶の中にあった物より古びている気がするけど、間違いなくあの堤燈だ。
堤燈を縦に広げると、昔見たのと同じ「火の用心」という墨の文字が書いてある。
「懐かしいな。そういえば、一度つけた堤燈を見たことがあったっけ」
じいちゃんと二人で堤燈の明かりで照らしながら夜道を散歩した事を思い出す。
「そうだ。せっかくだから点けてみるか」
堤燈を床に置いて立ち上がる。
あの時に使っていた棒はないけど、蝋燭なら家にあったはずだ。
一人暮らし用の室内でも使っていないスペースくらいある。
防災グッズごと放り込んでいる段ボール箱を開けて中を探る。
「あった。マッチも一緒に置いてある」
道具一式を手に取ると堤燈にセットする。そして電灯を消してマッチの火を蝋燭に灯し、堤燈の蛇腹を広げる。
現代的な家具が並ぶフローリングの床の上に、時代劇で出てきそうな堤燈が明々と点いている。
何とも不思議な光景だけど、俺は妙に気に入ってしまった。
「換気とかしないとな。あと、火の用心」
堤燈の文字を見てから、おかしくって仕方なくてこみ上げてくる笑い声を押し殺す。
「ま、なんにせよ。これからもよろしくな」
俺は鼻をつつく要領で堤燈の文字を突付く。
「はい。これからも、末永く、お使いください」
すると、女の子の声で返事が返って来た。
へ？と周囲を見回していると、堤燈の明かりが急に増してきた。
「な、なんだ！？」
眩しさに目を細める。
光が収まると、先ほどまで堤燈を置いていた床に女の子が座っていた。
古めかしい半纏みたいな、露出度の高い服を着ている。
ついでに、お腹の中がなにやら燃えている。
「え、ええ、なに、君なに！？」
「ウチは堤燈おばけです。堤燈が化けて出てきた、妖怪なんです」
「妖怪？」
「はい。ですからこうして話も出来るんですよ」
触る事も出来ますよ、と俺の手を両手で握手してくる。
柔らかい女の子の手の感触だ。
「えーっと。ツクモガミとかそういうの？」
「はい、その通りです。さすが、幹継さんと一緒に暮らしていただけはありますね」
「幹継っていうと、じいちゃんか」
聞きなれないじいちゃんの名前をあっさり口にするこの女の子は、やっぱり人じゃなくてあの堤燈なんだな、と納得してしまう。
「じいちゃんの時もこうして人の姿になっていたのか？」
「いいえ。でも幹継さんも、貴方みたいにまるで人に接するように私に接してくれました」

堤燈おばけは、じいちゃんとの思い出を色々と話してくれた。
その中には俺とじいちゃんとの話も入っていた。
「幹継さんは私が捨てられないようにと、蔵の天井に隠してくれました」
「そっか。ずっと見つけられなくてごめん」
「いえ。貴方はこうして私を見つけて、そして必要としてくれました。現代には私よりもずっと便利で扱いやすい明かりがあるのに、わざわざ火を灯してくれました。私には、それだけで十分です」
堤燈おばけはどこかじいちゃんを思い出させる細い眼をしていた。
「ですから、無理をしないで下さい。堤燈はもう時代遅れなんです。わざわざ使う事なんてないんですから」
小さな子供を諭すように、ゆっくりとした口調で語る堤燈おばけ。
俺はその手をぎゅっと握り返す。
「だったら、今頃世の中からは堤燈なんて消え去ってる。要るから堤燈は今でも残ってるんだ。だったら、物好きが部屋の明かりに堤燈を使ってもいいじゃないか」
我ながら随分ときざっぽい言い回しだなと頭の中で自分に突っ込みを入れる。
居心地の悪い沈黙。
つっこみを入れるなら入れてくれと堤燈おばけを見て、再びぎょっとする。
堤燈おばけが目に涙を浮かべていた。
「え、何か俺、悪い事言ったっけ！？」
「いいえ、違うんです。うれしぃんですよ。ウチら物が変化した妖怪っちゅうのは、人に必要とされなくなったらタダのガラクタなんです。だから、嘘でもそんな風に言ってくれて、とてもうれしぃんです」
「いや、嘘じゃないし」
俺が何を言っても、堤燈おばけは頭を横に振る。
「時代の流れですよ」
「いや、でも」
俺と堤燈お化けが言い争っていると、不意に堤燈おばけが俺のほうに倒れこんできた。
「ど、どうしたの？」
「時代の流れ、というのは言い訳です。もう、私は長くないのですから」
「そんな、どうして！？」
「妖力と呼べば良いのでしょうか。それが尽きて、もう話す事もままならないのですよ」
「どうすればいいんだよ。せっかく話も出来たって言うのに！」
悔しさや悲しさが、じいちゃんの時のことを思い出して、感情があふれ出してきた。
「泣かないで下さい。私は、人に仕え、人に使われるだけの存在なんですよ」
「でも、でもっ」
「それでは、最後に一つだけ、私のお願いを聞いてくれますか？」
「え？」
「私に、最後のご奉仕をさせて下さい」



「ちゅ、ちゅる、んっ」
小さな口が俺の男性器を咥えている。
見た目が小さな子供の堤燈お化けが、俺のモノに手と口を使って懸命に奉仕している。
じいちゃんとも仲がよかったんだろう堤燈お化けにこんな事をさせている後ろめたさもあるし、見た目は小学生くらいの女の子に性的な奉仕をさせている背徳感もあって、最初は抵抗していた。
でも堤燈お化けの「最後のお願い」を無碍に断る事も出来ず、こうして奉仕してもらっている。
「だ、だめだ。もういいから、顔を離してくれ！」
「出るのですか？　では、ご随意に」
離してくれと行っているのに、堤燈お化けはちゅうと吸って止めを刺してきた。
「う、くぅっ」
もちろんそれに耐え切れるはずもなく、俺は堤燈おばけの口に大量の精液を放ってしまう。
「ん、んぷっ！」
飲みきれなかった精液が堤燈おばけの顔を白く汚してしまう。
「たくさん出ましたね。気持ちよかったですか？」
「あ、ああ」
「まだ私は動けるようです。では、続けますね」
なおも口での奉仕を続けようとする堤燈おばけを抱き上げる。
「え、あの？」
「最後だっていうんなら、俺の願いも聞いてくれるよな」
ベッドに横たえると、意図を察した堤燈おばけがにこりと笑う。
「はい。是非、私をお使いください」
「わかった。じゃ、目を閉じて」
「？　はい、わかりました」
小首をかしげて目を閉じる堤燈おばけの頬に手を添えて、キスをする。
「んむ、ん？」
キスをされると思っていなかったみたいで、堤燈おばけは驚いている。
俺は気にせず堤燈おばけの口の中に舌を入れて、彼女の舌に絡める。
「んちゅ、ん、ん」
最初こそは戸惑っていた堤燈おばけも、次第にコツを掴んだようで積極的に舌を絡めてきた。
俺はキスをしながら堤燈おばけの服に手をかけ脱がせながら、幼い体を手で愛撫する。
薄い胸を撫でると気持ち良さそうにぴくんと体を震わせる。
小ぶりなお尻を撫でるとくすぐったそうに、でも甘えるようにお尻を摺り寄せてくる。
そして既にぬれているぷっくりと膨らんだ花弁に手を添えると、堤燈おばけと目を合わせる。
「はい。どうぞ、私の中で楽しんでください」
返事の代わりに俺はモノを突き入れる。
堅いゴムの中みたいにきつい締め付けに声が漏れる。
愛液のぬめりを使い無理やり奥へと入り込む。
小さな体を壊す様にモノを押し込め、根元まで入れきった所で息をつく。
「はぁ、はぁ」
「根元まで、入りましたね」
「きつくないか？」
「だいじょうぶ、です。体は不慣れですが、とても幸せです。どうぞ、存分に」
「ああ。きつかったらいつでも言えよ」
俺は小さな体を抱きしめると、腰を動かす。
最初は堤燈おばけを気遣っていたが、次第にそんな余裕も消し飛んだ。
気持ちよくて、自分が気持ちよくなるために腰の動きを激しくする。
それこそオナニーの道具の様に、乱暴に堤燈おばけの腰を掴んで、その中を蹂躙する。
ぐちょぐちょと溢れ出る愛液でシーツが濡れることも構わず腰を動かす。
「出る、出ちまう！」
「中に、私の中に注いでくださいっ」
ぎゅうと互いの体を抱きしめて、俺は精液を堤燈おばけの体の奥に放った。

はぁ、はぁ、はぁ。
互いの荒い息遣いが部屋に響く。
おかしい、どうしてこうも体が熱いのだろう。
「熱い、熱いです」
「俺もだよ。ねぇ」
期待を込めて堤燈おばけの顔を見る。
彼女もまた期待するように潤んだ瞳を向けて、頷く。
そして俺は彼女の体を抱き起こして向かい合うように座りなおし、彼女の体を縦に動かして彼女の体を貪った。




堤燈おばけとの行為が何回だったか、俺は既に覚えていない。
ただ、空腹に目を覚ませば外はすっかり夕暮れに染まっていた。
「それにしても、随分と気持ち良さそうに寝ているなぁ」
俺の隣で寝ている彼女の髪を撫でる。
口からはだらしなく涎が垂れていて、俺は苦笑しながら彼女の涎を拭う。
結論から言えば、堤燈おばけの最後の約束は、最後にならなかった。
俺が精液を流し込むたびに彼女は元気になり、彼女のお腹の炎は激しくなった。
結局、俺の体力が尽きるまで延々と交わり続けていた。
今も彼女のお腹の炎は小さいながらも力強く灯っている。
「ん、あ、お早うございます」
「お早う」
二人で顔をあわせて、それから耐え切れずに吹き出す。
「はははっ、なんだ簡単な事じゃないか。妖力の補充ってのはさ」
「ふふっ、ええ、そうですね。私も昨晩初めて知りました」
俺と堤燈おばけは二人して笑い続ける。
「ああ、そうだ。これからも一緒に過ごすんだから、名前が要るよな」
「え、そんな。私に名前だなんて」
夕暮れに負けず顔を真っ赤に染める堤燈おばけを見て、彼女の半纏を見てからピンと閃いた。
「火の用心だからな。防火で、守花（もりか）かな？」
「や、やだ。ウチに花なんて、そんな」
「花火だって花だろ。俺にとっては、いつまでも咲き続ける綺麗な火の花だよ」
「そんなぁ。ウチ、照れてしまいます」
「ん、そうだな。だったら守花じゃなくて火花（ほのか）だな。うん、決定」
「え、ええ！？」
照れて真っ赤になった顔を小さな両手で隠す火花の頭を撫でる。
「これからもよろしくな、火花」
「……はい。旦那様♪」
俺は古くて新しい恋人を抱き寄せると、その小さな唇にキスをした。