向日葵と日陰

あなたはひまわりがとても好きな人です。
大輪に咲き誇り見る人の心を明るくさせる花のようなあの人のことが好きで、でもその心をひっそりと隠している。
自分には不釣合いだと諦め、何か悪いことがあってはいけないと見守り、けれど近づかない。
私は、そんな貴方の事が好きです。



私が最初にあなたを見かけた時、あなたは怪我をしている魔物の手当てをしていました。
魔物はきっとあなたに襲い掛かって、でも失敗して怪我をしてしまったのでしょう。
しきりに謝って、そしてお礼を言っていました。
お礼代わりにと押し倒された時はとても困った顔をしていました。


次に見かけた時、あなたは汗をかいていました。
馬車から大きな荷物を受け取って背負い、建物に運び、また馬車に戻って荷物を受け取り、背負い、運ぶ。
私は飽きもせず、ずっとあなたの姿を見ていました。
肌に浮かぶ汗が太陽の光を受けてきらきらと輝いていました。


それからずっと私はあなたを見ていました。
エール酒片手に友達と楽しく騒いでいる時も。
仕事疲れでぐったりとベッドに横たわっている時も。
ずっとずっと傍で見ていました。

けれど誰も私には気づかない。
私は日陰の魔物、ドッペルゲンガー。
日の当たる所には出られない、弱い魔物。













































私は彼の事が好きになってしまって、どうしても離れたくなくなってしまった。
でも私は日陰の魔物、彼に会うことは出来ない。
彼のようにきらきらと輝く所へは出て行けない。
だから私はひまわりになることにした。
彼の大好きなひまわりになることにした。































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そうして私はハース君と会うようになったんだ。
仕事をしているハース君を見るのが好きでたまらないから、サンドウィッチをバケットに入れていつも会いに行く。
サンドウィッチの具は彼が大好きなスモークサーモンとチーズ。
それからトマトとサラダの入ったヘルシーなサンドウィッチの2種類。
ハース君の事は何でも知っているから、私は彼の大好きな料理をたっくさん作っていくんだ。


あ、今日もやっぱりハース君ったら輝いているね。
まだ私が来たことに気づいていないみたい。
よーし、それならこのひえひえのお水を、それっ!
あははっ、驚いてる驚いてる。
どう、びっくりした?
今日は特製サンドウィッチだからね、早く仕事終わらせちゃっていっしょにごはん食べようよ。
ほら、私も手伝うからさ。
大丈夫大丈夫、私こうみえて結構力持ちなんだよ?
え、見たまんまだって?
こらー、それ、どういう意味!
こら、まちなさーい!


ねぇ、ハース君。
君とこうして一緒になってからどれくらい経ったかな。
私が君に会いに行って、一緒にいる時間を増やしていったんだよね。
一緒にご飯を食べて、一緒に湖を見て、一緒の布団に包まってさ。
ああ、もちろん、一緒に気持ちよくなって、ね。
ふふ、赤くなっちゃって、本当にハース君はかわいいね。
あ、また元気になってるよ。
ほらほら、そんな顔しないでよ。
私だって、ほら、ね?
さ、もっかいだけ、しよ?



































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あなたと一緒にいる間はとても楽しくて、とても切ないです。
私はあなたと共にいる時間が待ち遠しくてたまらなくて、でもあなたは私を見ていない。
うれしくて涙がこぼれそうなほどうれしくて、あなたの笑う顔が見たくて、あなたの照れくさそうな顔が見たくて、私はひまわりの陰からあなたの顔を覗き込む。
でもあなたは大好きなひまわりを見ている。
私はどこにもいない。
ひまわりの陰でひっそりとあなたを見ているだけ。



































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ハース君は私に結婚しようって言ってくれた。
とてもうれしくて私は思わず涙が出てしまって、でもハース君はそんな私を優しく抱きしめてくれた。
うれしくて涙が止まらなくて、私は大切なハース君を離したくなくて、ぎゅっと抱きしめ返す。


でも、私は知っていた。
私は気づいていた。
たまにひまわりがハース君に会いに来ていること。
今はまだ私を見ていないけど、いつか彼女が私を見てしまう日が来るということ。
そしてひまわりが私を見てしまえば彼女は私になって、私はずっと日陰に隠れていなければいけないということ。
ハース君のひまわりは本物になって、私は日陰に戻ってしまうということ。
だから私は泣いていた。
せっかく手に入れた幸せを離したくなくて、ぎゅっと抱きしめていた。





























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いつからだったのか、私は知らない。
私はいつもあなたを見ていた、あなただけを見ていた。
だからひまわりがあなたを見ていたことに気づかなかった。
細かいことを気にしない彼女は、親しく接するあなたに好意を抱いた。
あなたの優しさに気づいて、抱かれるようになった。

私は少しずつ、日陰に戻っていった。



























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私はハース君と離れるなんていやだ、いやだ、いやだ!
会えなくなるならいっそのこと、私と彼女がひとつになって二人でハース君を愛するほうがいい!
もう一人になんてなりたくない!
もう、本当に私を愛してくれなくてもいい、本当の私のことを一生見てくれなくたっていい。
ハース君のいない人生なんて、もう考えられない!
そりゃ、私が彼女の時にしか見てくれなくて、愛してくれないのはさびしいよ。
でも、それでもさ。
ハース君の事を取られちゃう位なら、ハース君と会えなくなる位ならさ。
この寂しさも切なさも、悲しさもつらさも、全部受け止める。
月の夜だけは本当に辛くて辛くてたまらないけど。
もう、いいんだ。
私はもう決めたよ。

































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今日はまた月が隠れてしまった。
この所、彼女は魔物にでもなってしまったみたいに彼と共に寝ている。
もしかするといつの時か、彼女は私を見てしまっていたのかもしれない。
空はどんよりと曇っていて厚い黒雲が月も星もすべて隠している。
日陰の私は闇に融けて、ただただ明かりを眺め続ける。





































切ない。
さびしい。










































雨が降っている。
叩き付けるような雨が私の涙なら、土砂と共に押し流してくれればいい。
私は日陰の魔物。
日の当たる場所を夢見たことが間違いなら、日の当たらない場所へと流れてしまえばいい。
雨は冷たくて、魔物の私でも、このまま冷たさのあまり死んでしまうのではないかと思うほど、冷たくて、辛い。
アンデッドも心が死んでしまえば滅んでしまうのだろうか。
それでも、もうかまわない。


私は日陰の魔物。
月のない夜は、闇に融けるだけの魔物。










































だから、彼が近づいて来た時は、死の間際に見る夢だと思った。
ぼぅとする頭で、なぜ彼が来たのだろうと考えて、ああそういえば私はひまわりの陰に隠れていたんだと、ひまわりになっていたのだと思い出した。
今はもう月は出ているのかなと思って、近づいてくる彼に歩みよろうと足を踏み出して、すぅと辺りが暗く落ちてしまった。




パシャンと頬に何か冷たいものが当たった。
ひやりと冷たくて気持ちがいいなと、思った。







































「ああ、起きたかい?」

声に気づいて私は体を起こす。
見慣れた天井、使い慣れたベッドの上。
ああ、私はここに帰ってこられたんだと、やっと月が昇ってくれたんだと空に感謝した。

「大丈夫だった? こんな雨の中でさ。」

雨?
言われて窓の外を見て、声を失う。
雨はまだ降っていた。
窓の外は暗く、闇が笑うように雨音を奏でている。
身動きひとつ取れなくなってしまった。
朝になっていなかった。
空は晴れていなかった。

「どうかした?」

何でもない。
そう告げる事さえ出来ない。
私はあなたを騙していました。
あなたが愛していた彼女は、実は私でした。
そのような事を口にできるはずもなく、また絶対に知られてはいけない秘密でもある。
しかし目を合わせれば、知られてしまうかもしれない。
恐ろしくて体は震え、体は窓に向けたまままったく動かない。
しかしこのまま朝になれば私はどうなるのか。
彼女になるのか、なってしまっていいのか。
今この姿を晒していることはとても辛くて悲しくて、でも彼の前で彼女になることは出来なくて。

「寒いのかい。あったかいスープを作っているから、ちょっと待っててね。」

いいえ、寒くはありません。
悲しいのです。
辛いのです。











叩き付けるように強い雨は降り止まず、私は彼の厚意に甘えてまだ彼の家にいる。

「この雨じゃ近くの川が氾濫するかもしれないし、雨がやむまでうちにいればいいよ。」

雨はただただ強く降り注ぎ、私は彼の家から離れることが出来ないでいる。
彼の笑顔が、本当の自分に注がれていることがうれしくてたまらなくて。
でも彼を騙している私がそんな幸せを感じていいのかと悩み。
本当の自分の体で、本当の自分の感情と声で彼と話をする喜びに胸が踊り。
嘘で塗り固めた自分の後ろ暗さに胸が重くなる。



私は、日陰の魔物。
誰かに陰に隠れ、何かの陰に隠れる魔物。
彼の笑顔が余りにまぶしくて、私は彼の顔をまともに見ることが出来ないでいる。



















ある日、彼女がやってきた。
会いたくて仕方がなかったのだと、ずぶぬれのまま笑っていた。
彼女は濡れてなお力強く明るいひまわりで、あなたも釣られて明るく笑っていた。
それを見て、私は、今まで目をそらしていた現実を思い知らされた。
今の私は彼女を引き立てることさえ出来ない、ただの影。



私は日陰の魔物。
日の当たる場所に出てしまえば、日に焼けて消えてしまう弱い存在。





























雨は上がった。
彼は私を送ってくれると言ってくれたけど、私は出来るだけ失礼がないように断る。
もう私が彼に会うことはない。
彼が会うのはひまわりだけ。
もう私は私でなくていい。
もうこの私があなたと会うことはありません。









さようなら。
最後まであなたは私に優しくしてくれた。
それだけで私は幸せです。






















































あれ、どうして。
彼女になることが出来ないの?

「えっと、その、ごめん。」
「いいって。でも、私はまだまだ諦めないからね?」




--作者より

ブランクがあるってレベルじゃないので、変則的な短文を(’’
次に書くときはもう少し読みやすい文体にしたいなぁと思ってます(。。





ドッペルって本来の姿の彼女を愛してあげたら、ものすごくうれしそうに笑うと思うんだ(。。




11/05/17 00:18 るーじ

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