あなたの目に釘付け |
「何をのんびりしてるの。ほら、早く起きなさい!」
寝起き頭に怒鳴り声が響く。 目を擦りながら体を起こすと、胸の前で腕を組んでいる女の子が見下ろしていた。 髪の代わりに生えてる蛇たちがチロチロと舌を出して威嚇している。 「アンタのせいで朝ごはん食べそびれたらどうするのよ」 「一人で食べたら良いだろ」 「代金は誰が払うと思ってるの?」 「……はぁ」 「じゃ、早く着替えて降りてきなさいよ」 話はもうお終いと背を向けて、彼女はズリズリと部屋を出て行く。 「あー、はいはい」 念を押すように揺れた蛇に軽く手を振る。 閉じられたドア。こきりと首を鳴らす。 「いい加減に仕事を見つけてこないと、メイラに石にされちまいそうだ」 機嫌の悪い三白眼を思い出すと眠気を覚ます代わりに欠伸した。 今日もギルドの掲示板は張り紙で埋もれている。 小さな物は落し物探しや薬草採り。大きな物は遠征軍への参加や護衛。 酒場の喧騒を聞きながら仕事を物色する。 「フン。仕事のえり好みをしている立場じゃないでしょ?」 後ろやや上から声が降って来た。 確認するまでもなく、メドゥーサのメイラだ。 下半身と髪の先端が蛇になっている魔物で、見た者を石化させる能力を持つ。 まぁそれだけじゃないんだけどさ。 「私が貸したお金、何時になったら返してくれるのかしらね」 サラリと髪を撫でながら辛らつな言葉をぶつけてくるメイラ…お嬢様。 彼女の言うとおり、俺はメイラに借金をしている。 とある事情で俺は無一文になった挙句大怪我をしてしまい、そこを彼女に助けてもらったのだ。 後はご想像通りだが、借金を返すまでずっと彼女に付きまとわれるようになってしまった。 「借金を返すために仕事を探しているんだよ」 「頑張りなさいよ。なにせ借金は増えていくばかりなんだから」 ちなみに、宿代や食事代も全部彼女に出してもらっている。 多少仕事が見つかっても精々宿代程度しか稼げないので、借金が減らない。 このままずっと付きまとわれるのかと思うと気が滅入る。 「もういい加減諦めたらどう? 私の下僕になるなら、借金はチャラでいいのよ」 「いや、その選択肢はあり得ないだろ。あと、蛇を何とかしてくれ」 首に絡まってきた蛇の頭を突付く。 指の感触が気に入ったのか、蛇は自分から指の腹に頭をこすり付けてくる。 「蛇は私の意志で動かないんだから仕方ないのよ」 「あっそ。ああもう、この仕事で行くか」 掲示板から一枚の張り紙を手に取る。 「マスター。この依頼受けるぞ」 「ついでに酒でも飲んでいけ。ここをどこだと思っている」 「仕事の斡旋所。こちとら金欠なんだよ」 「しけた顔するな。蛇は金運のご利益があるっていうだろう?」 「ええ、そうよ。私のお金のお陰でアンタは生活できてるんだから、感謝しなさいよ」 「あぁあぁわかったから依頼を受託してくれ」 俺の催促に、ずぃと琥珀色のアルコールが入ったグラスが突き出された。 「金はねぇぞ」 「飲め。俺の奢りだ」 は?と疑問を浮かべた俺にマスターが顔に似合わない愛嬌たっぷりの笑みを浮かべる。 「俺の仕事は、酒を売る事じゃねえ。シケた顔を無くす事だ」 おまけとばかりに受託印が押された依頼書が渡される。 「ふ〜ん、気前がいいのね、おじさん」 「嬢ちゃんも一杯やるか?」 「いいわよ。私はちゃんとお金を払うけどね」 依頼内容は護衛。 依頼者はフラベル=アンドルリートという学者なんだそうだ。 「じゃ、行きますよ」 「あぁ」 「さっさと終わらせましょう」 目的は隣町までの護衛。 どうもこの学者さんは魔物の研究をしているんだが、異端として教会に追われているらしい。 教会相手に敵対するなんて正気の沙汰じゃないが、話によると最近の教会は表立って「異端狩り」をしていないんだとか。 だから襲い掛かってくるのは金で雇われた野党や盗賊連中で、撃退しても教会を敵に回すわけじゃないらしい。 「以前は魔物と一緒に歩いているだけで石を投げられた物ですよ」 「そうなんですか。以前って、どれくらい前なんですか」 「そうですね。100年以上前でしたか」 「うええ? えっと、マジで? でも、その」 「人魚の血でしょ」 俺の戸惑いを解決する声が聞こえた。 メイラだ。 「あはは、バレましたか」 「全く、人魚の血の事が知れたら神殿騎士が出てくるわよ」 「そこは注意してます」 ご安心を、と柔らかく笑うフラベル。 ちなみに女性だ。 「けど不思議ね。同じ延命するなら魔物になったほうが早いでしょうに」 「最終的にはそうなるでしょうけど。今はまだ教会が怖いもので」 「まるで蝙蝠ね」 「ワーバットに失礼ですよ」 何だろう。 メイラ、俺、フラベルの横並びで歩いているわけだが。 さっきからずっとメイラの蛇が俺に絡み付いて仕方がない。 というかこの蛇、フラベルを威嚇してないか? 「メイラさんとの付き合いは長いのですか?」 「へ? ああ、何だかんだで1月以上はずっと一緒に行動してますね」 「なるほど。苦労するのはこれから、と」 「ちょ、いきなり何を!?」 くすくすとおかしそうに笑うフラベル(依頼人)。 隣からは不満そうなオーラが溢れてきているし、もうなんだよ今回の依頼。 「いえね。ラミア種はみなさん、とても嫉妬深くて、おまけに執念深い性格なんですよ」 フラベルが蛇の頭を撫でようとして、危うく噛み付かれそうになる。 「あらあら。嫌われてしまっていますね」 「フラベルさん、危ないですって! メイラの蛇は勝手に動くんですから」 「ええ、わかっていますよ」 「うぅ〜」 なにやら楽しそうなフラベルとご機嫌斜めのメイラに挟まれた俺はどうすれば良いんだ。 「というか、依頼人が道の端側に歩いているっておかしいじゃないですか!」 「どこが?」 「いや、護衛するなら道の中央側に歩いてもらった方が安全なんですよ! 護衛され慣れているならわかるでしょ!?」 「そうでもないですよ。片側に護衛をしてもらった方が、反対側だけに意識を集中できますし」 「それに私は護衛じゃないわよ」 「いやもう、なんていえばいいんだか」 「このままでいいんですよ」 「このままで問題ないのよ」 ……俺、間違ったこと言ってないよな? 「さぁさぁ現れましたよ盗賊が!」 「な、こいつ何者だ!?」 「いえ、ご自分で仰っていたように盗賊でしょう?」 「アンタ、さっきの自己紹介を聞いてなかったの?」 唐突に現れた怪しいつるっぱげのおっさんに突っ込みを入れた俺は、ステレオで突っ込まれた。 「第一、おっさんのこの格好おかしいだろ! 何で裸エプロンなんだよ! 「盗賊♪」の刺繍もおかしいだろ!」 「盗賊さんでしょう」 「わかりやすくていいじゃない」 「あぁもうお前らそういう問題じゃないだろう!! アレは盗賊じゃなくてただの変態だろう!」 「否! ワタクシは盗賊ですよ! ほら、書いているじゃないですか」 「っるせぇ、黙れ!」 「ごはぁっ!!」 可愛らしいピンクの丸文字刺繍を指差すおっさんを殴り倒す。 「お強いですね」 「一応、護衛で飯食ってるんで」 「ところでこの盗賊(?)さん、動かないよ」 「おい、いまの疑問符はなんだ。やっぱりメイラも変だと思っていたんじゃないか?」 「盗賊(笑)さんの顔にめり込んだ痕があります。金属製の手甲を嵌めた拳で殴られたような痕ですね」 「フラベルさんもなにその「かっこわらい」は!?」 「かっこわらい? なんですかそれは」 「ちょっとアンタ、言いがかりはよしなさいよ」 「いえいえ。ところでこの盗賊(へんたい)さんはどうしましょう?」 「いま、明らかに変態っていったよな?」 「言いました?」 「言ってないわよね。ちゃんと盗賊(ばか)って言っていたでしょ」 ……納得がいかない。 仕方ないので八つ当たりとして、盗賊(はげ)の盛り上がった股間を蹴り飛ばした。 「二人目は俺だぁ、がはっ!」 「三人目を忘れるな、ぎゃあっ!!」 「本当にお強いですね」 「いやああも隙だらけに真正面に現れたら強いも弱いもないでしょう」 というかこの辺りには変態しかいないのか。 裸ネクタイ(パンツ付き)とかバニー(編みタイツ)とか。 俺にトラウマを負わせる気かと言うくらい変態が集まっている。 「次の街まであとどれくらいなんだろ」 「ざっと3日ですね」 「みっかぁ!? それ馬車で行ったほうが良いじゃないですか!」 「馬車賃が足りないんです」 「いや、何も頑丈な護衛車じゃなくても普通の馬車で良いじゃないですか」 「普通の馬車だと危ないんですよ」 「何が?」 「こういうのが」 言いながらフラベルが足元の石を前方に投げる。 コン、と硬い音が地面から聞こえた、と思ったら大きな火柱が立ち上がった。 「うぇええええ?! ちょ、なにいきなり本格的な罠が!?」 「気づいてなかったの? この女、ここに来るまでの間に幾つモノ罠を解除しながら歩いていたのよ」 「ええええええ!?」 気づかなかった。 普通に話をしながら歩いていると思ったのに、まさか罠があったなんて。 しかもこの暢気な依頼主が実はその罠を全部解除していたのか。 「ノンビリしててもこれくらいの罠はお茶の子さいさいなんですよ」 俺の心を読んだようにフラベルが付け足す。 「ほら、次来たわよ」 「ひゃーはっはっははっは! 俺様は、げぶっ!!」 「盗賊、だろ。この馬鹿」 革の下着と白いマントしか身につけていないやせぎすの男を蹴り転がす。 マントの刺繍は当然のように「盗賊(えむ)」。 もう突っ込む気も起きない。 「こうやって焚き火をしていると思い出すことがあるんですよ」 日が落ちたので薪を集めて肉を焼く。 焼けた肉を齧りながら空腹を満たしていると、口を開いた。 「私は昔、お父さんと一緒に旅をしていたんです」 「それって一体どれくらい昔の話よ」 「おい、メイラ。別にいいだろ、そんなの」 「ふふ、そうですね。どれくらい昔だったか……覚えていないですね。のんびりしていたら年月の流れについていけなくて。気がついたら1年過ぎていた、なんてよくあることです」 「いやそんなにないですよ、それはのんびりしすぎでしょう」 フラベルが語った話は簡単だった。 昔、父親と旅をしていたが、野党に襲われてしまった。 悲惨な結末を迎えるかと思っていたが、助けがやってきた。 ハーピーとミノタウルス。 魔物が来たことで彼女はパニックに陥ってしまったが、魔物はそんな彼女など気にも留めずに野党を退治してしまった。 「今でも覚えてます。一仕事終えた彼女が笑って『魔物に助けられるのもたまにはいいだろう?』と頭を撫でてくれました。その日から私は、魔物たちの事をもっと知りたくなったんですよ」 火の明かりに照らされた彼女は懐かしそうに目を細めている。 「魔物の研究と言っても大したことはしていないんです。彼女達の話を聞いて、共に暮らしているだけです。学者なんてのは、それと知られないための方便ですよ」 「……それってまるで、魔物と仲良くなりたい様に見えるけど?」 「まるで、ではなくて真実そのまま、仲良くなりたいんですよ」 もちろん貴女とも。 小さく付け足すフラベルと、素早く視線を外すメイラ。 会話が消えて、パチパチと薪が爆ぜる音だけが聞こえる。 「私はアンタと仲良くする気なんてないわよ」 メイラの蛇はいつもと同じ様にチロチロと舌を出していた。 二日目は何事もなく進んだ(罠は沢山あったらしいが俺にはわからなかった)。 そして三日目。 「ちっ、こいつら数だけは多いな!」 「数だけでも、ないわよ!」 盗賊が大勢現れた。 しかも今まで出てきたような(笑)的な盗賊じゃなく、弓の不意打ちから始まる殺す気満々の連中だ。 武器も服装も不揃い。 しかし攻め手の連携だけは揃えて襲ってくる。 「俺の武器は防ぐように出来てないんだよ!」 硬い音を立ててロングソードを弾くと、空いた腹を蹴り飛ばす。 俺の持っている武器はでかい透明な石が付いたワンド。 金属製の武器を弾き続けているせいで何本もの傷が刻まれていく。 「ああもう、こいつらちょろちょろと鬱陶しい!」 メドゥーサの石化は相手を凝視しなければ効果を発揮しない。 入れ替わり立ち代りの目まぐるしい動きをされては石化出来ないのだ。 「なんなのこいつら、あぁもう!」 メイラのライトボルトが地面に爆ぜる。 簡易魔法で距離を稼いでいるが、懐に入られてしまってはメイラになす術はない。 「護衛はもっと多いほうが良かったですね」 自前の長杖を振り回して応戦するフラベルだが、普段のノンビリも強張っている。 「こいつら、盗賊じゃない。傭兵だ」 傭兵。 金を代価にどこへでも顔を出す戦闘集団。 「教会もいよいよ本腰ですね」 「けどこいつら、強いって言うよりややこしいだけじゃない!」 「こっちの実力を確かめているだけだ。攻撃に回られたら一気に全滅するぞ!」 手斧を飛びのいてかわす。 ショートスピアの矛先を弾く。 「何で一気に来ないのよ! いやさ、攻めて来いって訳じゃないけど!」 尻尾攻撃も通じない相手に戸惑いながらのメイラから少しだけ本音が漏れた。 まぁ、相手が攻めてこない一番の理由は、「ワンドを持ちながら魔法を使わない」俺なんだろうケド。 「どうしましょう。私、魔法が使えないんですよ」 「ちょ、フラベルさん!?」 そういえばフラベルさんって魔法使っているところ、見たことない。 「というかそんな事を口にしたら不味いでしょう!」 「不味いんですか?」 「ああもう、途端に俺への攻撃が酷くなってきたし!」 お一人様追加〜。 多数の有利って言う兵法の基本を知っているか? 敵が一人増えるだけで勝率がガクっと下がるんだぜ。 「ちょっと!」 「なんだ!」 「大きいのやるから私を守りなさい!」 「なんだと!? おい、ああ、くそっ!」 俺が護衛の仕事をしているって言うのにさらにもう一人守れだと? 「畜生、やってやる!」 ダガーを手甲で弾き、シタールを屈んでかわし、手斧を仰け反ってかわす。 ロングソードが肩を裂く、ショートスピアがわき腹を掠める、ダガーが首の皮を裂く。 「正直無茶だぞおいってお前魔法使うのかよ!?」 ダメージが蓄積してきていつ致命傷を負っても不思議じゃない時に、ショートスピアを持っていたやつが矛先に雷を集め始めた。 「多勢に無勢でおまけに魔法かよ!」 雷の魔法なんて食らったら痺れて動きが止まる。 動きが止まれば訓練場の案山子同然に切り裂かれる。 「きゃああっ!!」 「フラベルさん!?」 声に反応して顔を向けると、フラベルが長杖を地面に放り出して倒れている。 その先には剣を振りかぶる男の姿。 「ちっ!」 俺とメイラの周囲には敵が何名もいる。 おまけに雷の魔法は発動寸前。 「考えている間はねぇな!」 ワンドを魔法使いへ投げつけ、ダガーは無視して殴りつけつつダガーを奪い取る。 腹が痛いが気にせず、ロングソードを振りかぶる姿を見ながらダガーを構えて、フラベルに襲い掛かる男へと投げつける。 肩が痛いが気にせず、振り向きざまに殴りつける。 もう片方の腕で殴ろうとしたが動かないのでそのまま蹴り飛ばす。 手斧を掴んで止めて、空いた腹を蹴りつける。 蹴った足は分厚い掌に止められた。 「まずい!」 手斧が振り上げられる。 視界の端ではロングソードの切っ先がメイラの腹目掛けて突き出されている。 絶体絶命の連続で笑えてくる。 「舐めんなよ!」 掴まれた足を支点に体を移動させメイラの前へと出る。 間に入った俺の腹が貫かれる前に掌を盾代わりに構える。 と同時に、掌に魔力を集める。 魔力で補強したハンドグローブが淡く光り、鋭い剣の先端を掌で受け止める。 「馬鹿な!?」 「こいつ、魔法を使うのか。だが、片腕ではこれは防げないだろ!」 驚きの声と勝利を確信した声。 脳天に振り下ろされる手斧に舌打ちをして、口を開く。 「アンタたち、覚悟なさい」 声を出す、その前に氷みたいに冷えた声が後ろから聞こえた。 メイラの声だと気づいた直後、轟音が響き青白い蛇の大群が傭兵達に襲い掛かる。 「いや、雷撃か」 爆ぜる音と肉の焦げる匂い。 絡み付く雷が蛇に似ているのは魔術の特性か、それともラミア種の特技か。 「私のアレンジだけど?」 漏れた呟きに答えが降って来た。 周囲を見回すと、傭兵は全員雷撃で戦闘不能になっていた。 「な、ちょっと、アンタ何ソレ!? 大丈夫、いえ、動かないで!!」 「いや、無理。済まんが、休ませてくれ」 メイラに背中を預けると俺は目を閉じた。 痛みは酷かったが、失血のお陰で意識は容易く闇に落ちた。 声が聞こえる。 誰かが言い争っている声が聞こえる。 「だから言ったじゃない。私は追われている最中だって」 「でも、ああなる前にアンタが魔法を使えばよかったじゃないの!」 「メイラがもたもたしていたからでしょ」 酷い眠気で、もう一度眠りに落ちたい。 だが二人の言い争いを止めないといけない。 重い瞼を無理やりこじ開ける。 「けど、彼って魔法を使えないのかな……あれ?」 目を開くと言い争いをしていた片方、フラベルと目が合った。 「ちょっと、どこを見てるの!?」 「彼、起きたみたいよ」 「え!?」 メイラが俺の方に振り向き、蛇身を伸ばして俺の傍まで顔を寄せてきた。 「大丈夫? ねぇ、大丈夫!?」 「大丈夫だから耳元で騒がないでくれ。頭にガンガン響く」 「え、あ、ご、ごめ……もう、心配させないでよ!」 心配されているんだか怒られているんだかわからず、頬を掻こうとする。 「動かない方がいいですよ。まぁ、動けないでしょうけど」 自分の体を見て、なるほどと納得する。 肩や腕には包帯をきつく巻きつけられていて、しっかりと固定されている。 「ねぇ。何で魔法を使わなかったのよ」 レモン色の瞳に浮かぶ瞳孔が威嚇する様に細くなる。 ネコ科や蛇科の魔物は目を見れば感情がわかる。 そんな豆知識が脳裏をよぎるが、俺は別のことで驚いていた。 「俺はワンドは持っているが、魔法なんて使えないぞ」 「え、なにそれ。どういうことよ」 「言った通りそのままだ。魔法は使えないんだよ」 メイラ(と彼女の蛇たち)が困惑するのも無理はない。 ワンドは魔法を補助する為の道具で、武器じゃない。 殴る武器が欲しいなら世の中にはバトルハンマーやメイス等の打撃武器がある。 「じゃあなんであんなのを持っているのよ!」 「フェイク」 ワンドを持っていれば魔法を使う。 そう思った相手は必ず近距離戦闘に持ち込んでくる。 「まぁそうはいっても俺はそんなに強くない。チンピラを2,3人相手するのがやっとの、ちょっと腕が立つ程度の冒険者だ。傭兵を相手にしてこの程度で済んでいるのはむしろ幸運なぐらいだ」 また借金が増えるな。 そう言って笑うと、メイラが背を向けて遠ざかっていく。 蛇たちの機嫌も悪そうで、だらりとしな垂れている。 「こんなのじゃ、借金を返す前に死んじゃうじゃない」 「だな。やっぱ護衛なんて仕事はやめにして、地道に返す事にするか」 「……勝手にしなさい」 バタンとドアの閉まる音が聞こえた。 どうやらメイラは部屋から出て行ったらしい。 遠ざかる擦り音を聞きながら俺は起きてからずっと気になっていた疑問を口にする。 「そういえば依頼はどうなったんだ?」 「ここがどこだか気にならないのですか?」 「この辺り一帯で宿のある場所といえば、目的地の町ぐらいなもんだ」 「それもそうですね」 陽気に笑う声。 一呼吸、間を置いて彼女が続ける。 「依頼は完遂されました。依頼の途中で貴方は倒れてしまいましたが、私はこうしてこの町に辿り着く事が出来ました。だから、依頼は完了ですよ」 「そうか」 借金の返済は少しだけ楽になった。 確認して気が緩むと、痛みがぶり返してきた。 早く寝て傷の回復を待とうと目を閉じる。 「ところで、私からも一つ質問があるのですが、よろしいですか?」 「ん、ああ」 眠る前に一つくらい質問に答えてもいいか。 軽い気持ちで承諾する。 「どうして魔法を使わないのですか」 「あのなぁ、俺とメイラの会話を聞いていただろう」 呆れを混ぜたため息をつく。 「ええ。けど貴方は魔法が使えるのでしょう。あの剣を受け止めた時、貴方は魔法を使っていました」 「……見ていたのか」 「いいえ。けど、剣を受け止めたはずの貴方は、掌に全く傷を負っていませんでした」 「なるほど。他には?」 「グローブに金属を仕込んでいる訳でもなく、何かで防いだわけでもありません。また、彼が仰っていたでしょう。『こいつ、魔法を使うのか?』と」 「グローブを見たならわかるだろう。アレは魔術具だ。魔力を通せば効力を発揮する魔術学の産物で、多少の練習をすれば誰でも使える代物なんだよ」 「ええ、見ましたよ。だからこそ、不思議なんですよ」 「一体何が気になっているんだ」 淡々と説明するフラベルの口調に嫌な予感が湧き上がってきた。 まさか、いや、ありえない。 仮定を打ち消しながらも、思い出す。 彼女は「長生き」しているのだ。 「この魔術紋様は軍用なんですよね。……しかも、随分と古い」 「軍用も魔術具を知っているなんて大した学者だな」 「いえいえ。なにせ私のお父様は元軍役でしたから」 「軍役か。棒術が様になっていたのはそれが理由か」 「あらあら、お褒めに預かり光栄です」 不意にのんびりとした口調に戻り、部屋の空気が和らぐ。 追及はこれで終わりかと息をつく。 「『火竜』に褒められるだなんて、お父様が聞けば何と喜ぶでしょうね」 「…………は?」 いま、なんて言った、この女。 「嘗ては親魔物派も魔物たちも焼き焦がしたという伝説の英雄。そんな方に出会えるだなんて光栄です」 「ああ、待て待て、それは勘違いだ。俺はあんな英雄じゃないぞ」 「ご謙遜を。彼が軍役を退いて冒険者となったことは一部の人間しか知らないのですが、私のお父様はその数少ない人間の一人なんですよ」 「俺もその一人なんだけどな」 「………は?」 「いや、お互いに勘違いしているから敢えて言っとくとだ。俺もあんたの親父と同じ、特殊兵団の一人なんだよ」 特殊兵団。 「人魚の血を利用し、腕の立つ人間を不老の兵士として鍛え上げ、来るべき大戦に備える」と言う遠大な計画の元に作られた兵団。 剣士、戦士、魔法使い、狩人、盗賊。 どんな職業でどんな武器を使うかは問わない。 善悪さえ問わない。 ただ一つ、ある一点のみを備えていればいい。 「魔物は滅ぼすべき存在である」という理念を抱いていればいい。 その理念さえあれば100年の修練にも耐え、1000年の戦争も続けれる。 「俺はその一人だったわけだ。特殊兵団の連中はあんたも知っての通り、専用の魔術具が支給される。全員同じだ」 「貴方は魔法使いだったのですか」 「まーな。なぜ魔法を使わなかったのかについては、あんたの想像通り」 特殊兵団は既に崩壊している。 魔物相手に戦争をするはずの兵団は、暴走した領主により「魔物に組する者全て」を攻撃対象としていった。 結果、特殊兵団は徐々にその兵数を減らし、やがて自己崩壊した。 人類を守る為に集まった兵士達は、人間を殺すことに強い抵抗を覚えていた。 「逃げるのは当然だよな。あのイカレばばぁの我が侭にはついて行けねぇよ」 「魔法を使わないのも、正体が知られる事を恐れて、ですね」 「あのばばぁが生きている限り、平和なんて訪れねぇよ」 「彼女には悪いですが、同感です」 同じ人物を脳裏に描いて、二人して大きなため息を付いた。 「よし、怪我も治ったし。仕事を探すとするか」 「待ちなさいよ。私がまだ食事中でしょ」 「なに言ってるんだ。ラミア種なんだから丸呑みしたらいいだろ」 「なっ!? ふざけないでよ! なんで私があんな大食いと一緒にさせられなきゃいけないのよ!」 「あのさ、その大食いって私のことよね? わざわざ指差すくらいだし」 「ええ、そうよ。なんなら尻尾で差しましょうか?」 「いい度胸じゃない、そこのアンタ」 「わわわ、ちょ、二人とも、落ち着いて!」 「そうだよ! ああもう、俺が悪いんだな!? 俺が万年アルバイトで花屋のバイトをすれば子供にキャメルクラッチ食らうような駄目男だからいけないんだな!?」 「貴方は黙ってて!」 「ひぃっ!」 ……なんだこのカップル。 というかこの混乱をどう解決したらいいんだ。 「ああもう落ち着けって。メイラ、俺が止めに入るのはいいけど、傷が開いたらどうするんだ」 「だったらそこで座ってて!」 「げ、おま、石化はやめろよ!」 ラミア種のケンカに入れば、ろくな事がない。 俺はたっぷりエール酒の入ったジョッキを持ったまま石化させられ、向こうの相方はなぜかラミアに絞め落とされていた。 「ふん。そっちの相方は随分と情けないわね」 「つまらない事で大怪我をするそっちの相方には負けるわよ」 「……なんて言った? メドゥーサの成り損ない」 「誰が成り損ないよ。この、髪まで蛇化したラミアの成り損ない」 二人とも静かにキレている。 ラミア種は怒ると怒鳴ったりするが、キレると静かになる。 二人とも不機嫌そうだったりなぜか楽しそうだったり、でも瞳孔は細い「威嚇状態」になっている。 ズリズリと近付いて、顔を至近距離までつき合わせて。 「止めないか二人とも」 「ぎっ!」 「いたっ!」 そのまま額同士がぶつかった。 いや、ぶつけられた。 「いった〜」 「アンタ、何すんのよ!」 「私も店で暴れるのはよしてもらうぞ」 二人の頭を掴んで衝突させた張本人は涼しい顔で二人の睨みを流している。 彼女の浅黒い相貌には魔術紋様に似た模様が浮かんでいる。 「これは私たちのケンカよ! アマゾネスが入らないでよ!」 「そうよ! 私たちにも譲れない物があるのよ!」 「私はどちらが間違っているかわからない。私に出来るのは二人が気絶するまで、喧嘩両成敗をすることだけだ」 もう一度彼女が二人の頭をぶつけようとすると、二人は渋々ケンカを止めた。 フラベルの依頼から1週間が経った。 豊富な薬と質の高い治療で、3日もすれば立って歩けるほどに回復した。 大事をとってさらに4日の経過を待ち、やっと仕事が出来るようになった。 「同じラミア種なんだから少しは仲良くしたらどうなんだ」 「仕方ないでしょ。髪の事を、悪く言ったんだから」 それでも少しは自分が悪いと思っているのか、口を尖らせてそっぽ向くメイラ。 あの一件以来、メイラはこういう表情を見せるようになった。 早く治りなさいと頭を叩かれたり、何時になったら治るのかしらとブチブチ文句を言われたりと散々な目にあっているが、どうにも憎めない。 毎度毎度文句を口にするが、その合間にこうした可愛らしい顔も見せてくれる。 で、じ〜っと見つめていると本当に不機嫌そうに眉をしかめる。 「何よ?」 「いや、なんでもない」 「……変なの」 そしてまたそっぽ向く。 でも蛇は擦り寄ってくる。 最近はこういう事が増えてきた。 前々から思っていたけど、蛇には妙に懐かれている。 事件前と違うのは、メイラの顔をじっと見る時間が増えた事くらいだ。 「何? 私の顔に何かついてるっていうの?」 「付いているって訳じゃないけど」 「じゃあ何よ? 人の顔をじろじろと見て」 「いいだろ別に。意味も無く見ていたいだけだ」 「……っ、な、なによ、この変態!」 顔を赤くしてそっぽ向いた。 ついでに思い切り頬を張り飛ばされた。 俺が一体何をしたというんだ。 焼けるように痛い頬を摩っていると後ろからずぃと褐色の腕が伸びてきて、木製のジョッキが眼前に置かれた。 「ほら、飲め。奢りだ」 振り返らずとも声でわかる。 首を巡らせれば予想通りの女性が立っていた。 この宿の女主人で、先ほど二人のけんかを止めたアマゾネスだ。 自然体で圧力のある笑みを浮かべる彼女は女傑の部類に入るんだろうな。 視線を落とせば、白い泡の立つエール酒。 アマゾネスは「男を養うのが女の甲斐性」が信条の部族で、そういうタイプの魔物だ。 もう一つ、アマゾネスの気質を思い出す。 「アマゾネスの習慣じゃ、女に注がれた酒を男は断っちゃいけないんだったか」 「よくわかっているじゃないか」 満足そうな笑みに肩をすくめる。 彼女の期待に応え様とジョッキに手を伸ばすが、横から伸びた白い手に掻っ攫われてしまう。 「メイラ?」 「ごくっ、ごく、ごくっ、ぷはぁ」 彼女の飲みっぷりを見て思い出した。 遠く離れた異国、ジパングでは蛇の事を「酒好き」の別称として呼ぶという。 それくらい彼女はいい飲みっぷりだった。 「ご馳走様。ちょうど喉が渇いていたのよ」 「ふふ、そうか」 俺に対して出した酒がメイラに飲まれた。 こんな事をされたらプライドの高いアマゾネスは怒るかと思ったが、余裕たっぷりに笑うだけだった。 むしろ面白がっている様で、逆にメイラのほうが不機嫌そうに目つきを尖らせる。 「なによ」 「いや。私が独身だった頃を思い出しただけだ」 「結婚しているのか」 「ああ。ここのコックだぞ」 彼女の自慢そうな返事に納得した。 アマゾネスの集落では、狩りは女、家事全般は男がするのだ。 料理上手な夫を見つけた彼女が自信に溢れているのもその辺りにあるのだろう。 「ちょ、なに、なになに!?」 笑ったままメイラの頭を撫でる女主人。 撫でると言うよりは髪をぐしゃぐしゃにするほど乱暴な手つきだが、不思議と優しさに溢れている。 メイラもソレを感じ取っているんだろう。 戸惑いながらも裏表のない好意を振り払えないまま、されるがままになっている。 「こら、やめないって、髪が乱れるじゃない!」 顔を赤くしながら恥ずかしがっているメイラが可愛くて、メイラ(の怒り)が爆発するまで俺はずっと眺めていた。 山へ入って野草を摘んで帰る。 乾かした薪を回収してギルドに売る。 戦闘が発生しない、ごくごく簡単な仕事をこなし続ける。 傷口が開くからと重労働も出来ない。 思い出した様に発生する酒場のケンカを仲裁したり、幼い魔物を小脇に抱えた男を蹴り飛ばしたりするくらいで、本当に何事もない生活を過ごしている。 大農園を経営しているわけじゃなく、広域範囲の魔法を使えるわけでもない。 子供でも出来る程度の簡単な仕事を淡々とこなす。 今までに何度も経験した事のある起伏の少ない日常。 「ギルドマスターの奥さんから林檎を貰った。いるか?」 「何でアンタから貰わないといけないのよ。ああ、もう。食べないなんていってないでしょ!」 怒り屋のメドゥーサが一緒にいるだけで単調な日常は面白くなっている。 昔、女性は花だと詩人が歌っていた。 花のない日常は乾いて仕方が無い。 潤いを求める為に人は花を探すのだ。 「何これ? 道端に生えていた花じゃない」 「たまには着飾ったらどうだ。いつも蛇の髪留めだけじゃつまらんだろ」 「ふん。こんなすぐ萎びる物を髪に付けて歩くなんて、貧乏ったらしいじゃない」 「確かに。せいぜい今日一日限りの髪飾りだ。一日だけでも我慢しろ」 「……今すぐ捨てたい気持ちで一杯よ」 顔をそっぽ向けるメイラ。 でも頭の花が気になっているみたいで、時々思い出したように花を撫でている。 蛇もなにやら機嫌よさそうだし、気に入ってくれたんだろう。 「何よ」 「何でもねぇよ」 戦闘もなく、大きな騒ぎもなく、日々が過ぎていく。 青空を見上げながら寝転がったり、藁荷の馬車に便乗して乗せてもらったり。 林檎を食べたりパンを齧ったり。 だらだらと雲を眺める日もあれば、汗を流して駆け回る日もある。 変わり映えのないはずの日常。 「何見てんのよ」 「メイラの顔だよ」 「……っ!!」 一人で歩くには長いだけの道のりも、二人で歩けば楽しい。 楽しいと言うより面白い。 鼻歌を歌いたくなるような気分は何時以来だろう。 「……アンタさ、何でいつもいつも私の顔をじっと見るのよ。私の目は相手を石化させるってこと、知っているでしょ?」 石化の目は恐ろしい。 同じ魔物でもそう口にするぐらい、石化は恐ろしい。 例外はメドゥーサ以上の魔力を持つ魔物ぐらい。 なのにこいつは恐れもせず、私の目をじっと見つめてくる。 あまりにも真っ直ぐに見つめてくるから、私ははずかし……気味悪くって顔を反らす。 けれど、いい加減その理由が知りたくなって訊ねてみた。 睨めっこをするように視線を合わせて。 そうしたら、こいつはとんでもない事を言ったんだ。 「ん? ああ、お前の目が綺麗だから、つい見ちまうんだよ。さすが石化の目だな。一度見たら目をそらすことが出来ないな」 頭が真っ白になった。 |
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「ちょ、おい! 気絶するなよ! ああ、もう、何で倒れるんだよ。はー、ったく。こうやって寝ている顔はすげぇ可愛いだけどなぁ」
「(これ以上はやめて! 私が気絶するじゃない!!)」 「息はしている、よな?」 「(駄目、ダメダメ! 顔が近い、顔が近いって! あ、歯、磨いたかな!?)」 「息は……え、してない? ちょ、おい!」 「(早く離れてって! 息苦しいんだから……え?)」 「こうなったら人工呼吸しかないか。はー、ったく。しょうがないやつだ!」 「(え〜〜〜〜〜〜〜〜〜!?)」 ----作者より メドゥーサらしさが書けなかった(。。 どうしてこうなるんだろう。ツンデレって難しい。 ちなみにこの後彼女達がどうなったかは……ご想像にお任せします(。。 10/07/27 23:07 るーじ |