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闇への誘い

 ある朝、食費の足しにしようと川釣りをしていると、後ろから声をかけられた。
「あのさ。ちょっと来てくれない?」
 幼い子供の声に振り向いて、僕は唖然とした。
 彼女は物凄い薄着だった。
 恥ずかしそうにマントで体を隠しているが、鎌を持っているため下着同然の服装を隠しきれていない。
 手に持っている鎌も物凄い大きさで、草刈鎌というより死神の鎌に近い。
 そして何より僕を驚かせたのは、その少女の頭に生えている角。
 頭のてっぺんから2本の角が生えている。
 先端がやや丸まっているソレは、ヤギか羊の角に見える。
「どうしたの? ちょっと、人の話、聞いてるの?」
 外見的特徴を確認して、少女が魔物だと言う事に思い当たる。
 いやまぁ角の時点でわかっていたけど、驚きのあまり頭が回っていなかった。
 魔物と会話をするのは初めて、というか女の子に声をかけられたのは初めてでどうしていいかわからない。
「ちょっと、ねぇ、あんまりじろじろ見ないでよ」
 恥らう姿は普通の女の子みたいだな。
 というか恥ずかしいなら何でそんな格好をしているんだろう。
 というかコレって僕が幼女誘拐犯的な犯罪者に見らえているんじゃないかな?
「見ないでっていってるでしょ!」
「うわぁっ!?」
 ドスンと目の前に大鎌が現れた。
 見ると、彼女の持っている鎌が深々と地面に突き刺さっている。
「な、危ないじゃないか!」
「もう、私の話を聞いてっていってるでしょ! さっきから何をぼーっと見てるのよ」
「え、いや、ごめん、っていうか恥ずかしいならそんな格好しないほうが良いんじゃないか」
「う〜〜〜! 私の服のことは今は良いでしょ!」
 よくわからないけど話をしないとたたっ斬られそうなので、僕はこくこく頷いた。


「と言う事なんだけど、どう?」
 話し終わった彼女、バフォメットのレオナは、僕の反応を伺うようにじぃっと見つめてくる。
 さて。レオナから聞いた話を纏めると、こうだ。
 1.自分はバフォメットという魔物
 2.黒ミサというお祭りがあり、自分はその纏め役を任されている
 3.黒ミサとは小さな女の子魔物である魔女と一緒にするお祭り
 4.小さな女の子大好きの男性募集中
「なんだそりゃ」
 魔物について詳しく知らないからわからないけど、何でロリコン推奨されているんだろう、僕。
 俺は別にロリコンじゃないし。
「う、なによその目」
「よくわからないからなぁ。少女趣味って」
「なによ。女の子は好きじゃないの?」
 むくれた顔で怒られた。
 その表情がとても可愛かったけど、ロリコンになるというのも気が進まない。
「いやいやいや、好きとか嫌いとかじゃなくて、私はロリコンですってのは、ちょっとね」
「うぅ〜! 私に魅力がないからでしょ、そうなんでしょ!」
「いやいやいや、そういうわけじゃないって」
 まいった。
 どうもこの子(魔物?)は僕の話を聞いていないみたいだ。
 いじいじと地面を鎌で掘りながらいじけてる。
 ちょっと悪い気がするけど、僕も今後の人生がかかってるから軽い返事は出来ない。
 ロリコンってだけで後ろ指差されたり、陰口を言われたり、終いには街から姿を消してしまうようになるのは誰だって嫌なんだ。
「第一さ、見たこともないのに悪いって決め付けるのはよくないと思わないの!?」
「え、あー。それを言われると、ちょっと弱いかな」
「でしょでしょ? じゃ、いこ? ほら、はやくはやく!」
「わわ、ちょっと、手を引っ張らないでって!」
 途端に元気になったレオナは僕の手をとると物凄いスピードで走り出した。
「って、うわぁっ、浮いてる、僕の体浮いてるよ!?」
 馬よりも速いんじゃないかって位、レオナの走る速度は速い。
 そして僕はと言うと、空を飛んでいるみたいになっている。
 ジパングからやってきた旅芸人が持っていた、「フキナガシ」みたいに体が地面と平行になって宙に浮いているんだ。
「へへーん。このまま空だって飛べるんだよ」
「ちょ、まえ、まえ見てよ!! ぶつかっちゃうよ!」
 ホロのついた荷馬車の後姿が見える。
 このままのスピードでぶつかったら荷馬車が大変な事になってしまう!
「レオナ、まえ、危ないって!」
「だーいじょうぶだって。ほら、いくよ!」
 自信ありげにレオナが笑うと、トーンと高く飛び上がった。
「うそぉぉぉ!?」
 僕は、荷馬車を見下ろしていた。
 レオナは荷馬車をジャンプして超えてしまったんだ。
「きゃっほぉ♪」
「うわぁああああっ!!」
 ずしゃあと土煙を上げながら着地すると、またレオナは物凄いスピードで走り出した。

「なんだ、ありゃ?」

 ぽかんと口を開けていた御者の人の、そんな一言が聞こえた気がした。



「ついたよ。ここが、黒ミサをしてる洞窟だよ!」
 僕が連れてこられたのは山の断崖に開いた大きな穴。
 人が開けたんじゃない、自然に出来上がった洞穴だった。
「ぜぇ、ぜぇ、やっと、ついたん、だね」
「なんで君が息切れしてるの。走っていたのは私だけだよ」
「いや、ものすごく、怖かったんだよ、ああ、ぼく、いま、地面に立ってるんだ」
 物凄く格好悪い事に、僕は今レオナにしがみつく様な形で立っている。
 こうしてないと地面にへたり込んでしまいそうなんだ。
 地面のありがたさを今ほど強く感じた事はない。
 ああ、地面、ありがとう!
「もう。いい加減離れてくれる?」
「え、や、だって、今手を離したら僕、倒れちゃうって」
「……私が今、倒れそうなんだけど」
「え、なにが?」
 レオナが何かぼそぼそ呟いたけど、良く聞こえなかった。
「とにかく。座ってていいから離してって!」
「うわぁっ」
 いきなり乱暴に振りほどかれて、僕はその勢いのまま地面に倒れこんでしまう。
「あいたた」
「あ、ごめん! ね、大丈夫?」
「う、うん。大丈夫。怪我はしてないし、問題ないよ」
 ちょっと体が痛いけど心配そうな顔をしているレオナを見ているとそうも言ってられない。
 彼女を安心させようとにっこり笑ってみせる。
「ここが君の家なんだね」
 息も落ち着いてから改めて洞窟を見る。
 崖に開いた穴はとても大きい。
 馬に乗ったままでも楽々通れそうだ。
「私の家って言うか、黒ミサのアジトなんだけど」
「細かい事はいいじゃないか。入り口だけ見てもすごい立派で、僕なんか圧倒されちゃうよ」
「ふふん、驚くのはまだ早いよ。黒ミサはこの中のほうがもっと凄いんだから」
 レオナがぺったんこの胸を反らして自慢そうに笑う。
「んー、いま変な事考えなかった?」
「い、いや、気のせいだよ、気のせい」
 ジトリと睨まれて慌てて誤魔化す。
 ふぅ、危なかった。
 やっぱり胸のことは気にしてるのかな。
「じゃ、中に入ろう」
「うん」
 僕は差し出されたふかふかの手を握り返して、レオナと一緒に洞窟の中へと入っていく。

「うわぁ、大きい、広い! あ、声が響くよ!」くよ!」
「洞窟の中に入るのは初めて?」
「うん、初めてだよ!」だよ!」
 僕の声が後から遅れて聞こえてくる。
 ウワンウワンと変な響きもある僕の声が面白くて、僕は大きな声で意味の無いことを口にし続ける。
 洞窟の中は本当に広い。
 ごつごつと硬い岩肌の地面と同じ様に硬そうなでこぼこの壁と、天井。
 触ってみるとやっぱり硬くて、ひんやりと冷たい。
 後ろを振り向けば小さな円状に、外の景色が見える。
 不思議な光景だ。
「そんなに楽しいの?」
「こんなの見たことないんだ。あ、向こうに皆が集まってるんだよね!」
「あ、ちょっと、あんまり走ると…あーあ、言わんこっちゃない」
 僕は照れくささを誤魔化すように勢い良く立ち上がる。
 洞窟の奥に行けば行くほど暗くて足元が見えない。
 またこけたらどうしようと思っていると、急に明るくなった。
「何してるの。ほら、いくよ」
「あ、うん」
 レオナの頭ぐらいの位置で何かが光っている。
 その明かりは暗かった周囲を照らし出している。
「それも魔法なの?」
「さぁ」
「え、さぁって」
「明るくなーれって思って、こう……ああ、もう。いいじゃない、どうだって」
 レオナは説明しようと手をばたつかせていたけど、急にやる気をなくしてしまった。
 もしかしたら何となくで魔法を使っているのかもしれない。
「なに? 私が馬鹿だとか思ってる?」
「いやいやいや、そんなこと思ってないよ」
「思ってるでしょ。どうせ私の頭なんて寝起きのスライム並だっていうんでしょ!」
「そんなの思ってないって!」

 そうこうしている内に洞窟の奥に大きな鉄製の扉が見えていた。
「あれが黒ミサの会場?」
「そうよ」
 近付いてみると、扉の紋様が見えてきた。
 獣っぽい横顔と頭から生えた角。
「黒山羊紋様。黒ミサの象徴。ホラ、入るよ」

「……うわ、広い!」
 ごつごつした洞窟の通路からは想像も出来ない平らな床が目に入る
 見上げれば高い天井。
 見渡せば沢山の人が入れる大きなホール。
 演説をするのに都合が良さそうな高台もある。
「あれ、でも誰もいないんだね」
「うっ」
 広いホールだけど、がらんとしていて人気がない。
「ミサって、今日はまだしないの?」
「う、あ、あのさ、えっと、その」
「今日も明日も、ずっとないよ」
 歯切れの悪いレオナの代わりに、どこからともなく僕の質問に答える声が聞こえてきた。
 突然ホールの中央で風が吹いたと思ったら紺色の衣装に身を包んだ女の子が現れた。
「リール、来てたんだ」
「人の声が聞こえたからね。ちょっと顔を出しに来たんだ」
 現れた女の子は僕よりも年下みたいで、背も低くて顔も幼い。
 そして可愛らしい丸っこい声なんだけど、何だか、あれ?首を傾げてしまう。
 そんな僕の反応も気にしないで、リールと呼ばれた女の子は僕を頭から足先まで観察していく。
「男の子のお客さんってことは『おにいちゃん』なのかな。うん、初めまして。私はリール。貴方は?」
「え、ぼくは、その」
「そんなに硬くならないで良いよ。黒ミサでは男性は皆お客様、ゲストなんだ。何もないところだけど好きなだけ寛いでくれ」
「も〜、リール! 私がここのマスターなんだから、勝手に仕切らないで!」
 やれやれと肩をすくめるリール。
 どうしてか僕はこの見た目はすごい子供のリールが、年上のお姉さんに思えて仕方ない。
 けど女性に年を聞くのは良くないことだし、ん〜。
「おや、どうやら君は私の年齢が気になっているようだね」
「い、いえ、そういうわけ、じゃ」
「そうだね。君の想像通り、私は君よりも年上だよ。…それ以上は秘密だ」
「リールの年齢はねぇ、えっと、あたっ」
「秘密だ」
 レオナの頭にチョップをすると、笑って人差し指を唇に添えるリール。
 うわぁ、リールって呼び捨てにし辛い。もう、リールさんだよ。
 というか立場上はレオナはリールさんの上司に当たるはずなのに、随分とフレンドリーな接し方をしてるんだなぁ。
「でも、どういうことなんですか? 今日も明日もいないって」
「何故って、あ、えーっと、それはね」
「レオナの部下が私一人だけだからだよ」
「ああ、そうなんだ。それで……えええええええ!?」
 僕は改めて周りを見回す。
「こんなに広いのに?」
「ああ。準備だけは周到でね」
「もう、リール!」
「隠していてもすぐにばれるだろう。それとも、彼に嘘をつきたかったのかな」
「そ、そういうわけじゃ、ないんだけどさ」
 なんとなく二人の力関係がわかった。
 レオナはたぶん見たまんまの女の子で一応リールさんの上司なんだけど、実際はリールさんの方がレオナの世話をしているんだと思う。
 もしかしたらレオナのお姉さん代わりなのかもしれない。
「む、君! その生あったかい視線を止めなさい!」
「いいじゃないか。久しぶりのお客なんだ。盛大に騒ごうじゃないか」
「リールも、勝手に仕切らないで! 私がここのマスターなんだからぁ!」

 こんなノリで僕の最初の「黒ミサ」が始まった。

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「ところでさ。これって続きがあるの?」
「さあ。僕に聞かれてもわからないよ」
「続くか続かないかは作者の気分次第だからね。気長に待つといい」
「それまでに僕の性格が固まると良いけどね」
「うっ、そ、それは」
「ご愁傷様だね」



別の連載に入れようとしたけどやっぱりこっちにいれた。
イナャジンコリロ!!(’’

……しかし何も起きなかった。

10/07/15 22:57 るーじ

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