あくまでおともだち |
悪魔は契約に縛られる。
それは地球で良く語られる悪魔の性質の一つだ。 悪魔は召喚者の魂と引き換えに何でも願いを叶えるという話もある。 「まー、デビルの私には関係ない話なんだけどね」 そのはずだけど、と青い肌の少女がガラス越しに青空を見上げる。 彼女の名前はトト。 異界の中級悪魔である彼女が召喚されてから、数日が経過していた。 何度か召喚されてはささやかな「報酬」を受け取って遊んでいた彼女は、ある日とある少年のお友達になった。 彼女からすれば交通事故の様な、降って沸いた不運だ。 召喚者の名前はロイ。 絵本が大好きな、4〜5歳程度の、幼児から少年になったばかりの幼い子供だ。 どんな奇跡が起こったのか、あるいは絶望的な不運が重なったのか。 少年はまがい物ではない、悪魔を本当に召喚できる魔術書をたまたま手にしていた。 細かな事情は幾つもあるにせよ、召喚者ロイとの契約によりトトは彼とお友達になったのだ。 ロイは、不幸な少年だった。 物心つく前に両親を亡くし、児童養護施設を経由して今の両親に引き取られた。 富豪であり、夫婦ともに仕事で夜遅くまで帰宅しない。 家事全般は2人のハウスキーパーが行っている。 ロイは幼いながらも両親の迷惑にならないよう気を付けているため、使用人に対してもわがままを言う事はなった。 少年が最初にした我儘が、「サンタさんにお友達になってもらう」だった。 「ほ〜んと。これって虐待だよねぇ」 地球文化に慣れているトトが呆れ声を漏らす。 積極的な虐待ではない、不干渉による虐待と言う物がある。 無論、本来のネグレクトは食事も与えず何も許可しない、必要な学習など教育を放棄するなどを意味する。 その点で言うなら、ロイは両親とのコミュニケーションこそ少ない物の、食べ物には困らず服も新しい物を身に着けている。 教育に関しては養子になってまだ2か月ほどであり、義務教育の年齢でもないため何とも言えない。 しかしトトは、虐待と断言する。 「この年の頃って本当に愛情に飢えるんだからね」 トトはベッドで眠るロイを見下ろす。 ふかふかの羽毛布団に埋もれる穏やかな寝顔。 「さすがに私もさ、自分より小さすぎる子相手にどうこうは、ねぇ」 トトはロイを嫌っているわけじゃない。 純粋で、笑顔がカワイイ。 トトはロイの事が好きだ。 しかし、ちょめちょめをじゅるじゅるじゅぱんな関係を望むかと言われたら、まだ早すぎるのだ。 「せめて精通する年齢にならないと、ヤるものもヤれないんだよねぇ」 呟いて漏れるため息だが、トトはまだ希望を捨てていない。 ちょっと時間はかかるものの、ロイを理想の少年、あるいは青年に育て上げればいいのだ。 「私が積み上げた大人の階段、登ってもらわないとねぇ♪」 日本の古典小説にも似た話があったと思う。 マスタードの効いたサンドウィッチを齧るトトは、機嫌よく尻尾を揺らした。 ロイは幼いながらも、簡単な読み書きが出来た。 これはロイの両親が、ハウスキーパーに追加のアルバイトとして1時間の家庭教師を任せているためだった。 今はまだ絵本を読み聞かせたり、ロイに絵本に書いてる単語を書かせたりしている。 基本的な教育方針も両親が立てたものに従っている。 「こうして、プーキーは2人の兄弟と一緒に仲良く暮らしましたとさ」 「わ〜♪」 絵本に描かれた大きなパンケーキを見て、ロイが涎を垂らしそうな笑顔になる。 トトは仕方ないなぁと小さく笑う。 「今日のお昼ご飯、何が良い?」 「パンケーキ!」 「ジャムは何にする?」 「ママレード!」 トトの予想通りの答えに頷いて了解する。 ロイが開いて見せた絵本のページには、ママレードジャムがたっぷりとかかったパンケーキが描かれていた。 「ぱんぱんぱんぱんパンケーキ♪」 「ぱんぱんぽんぽん膨れてって♪」 「ぱんぱんぽんぽん膨れたら♪」 「マーマレードを塗っちゃおう♪」 「たっぷりたっぷり塗っちゃおう♪」 「たっぷりたっぷり塗ったなら♪」 「ふわふわあま〜いクリームだ♪」 「ふわふわあま〜いクリームだ♪」 絵本で3匹の子豚が歌っていたパンケーキの歌を二人で口ずさむ。 甘い物が大好きなロイ少年がどんなカワイイショタになるのだろう、あるいはすらりと背の高い青年になるまで待つべきか。 実に魔物らしい爛れた考えを巡らせつつも、トトは手際よくパンケーキを焼いていく。 フライ返し片手にフライパンを跳ね上げて、お手玉の様に高くパンケーキを宙に浮かべフライパンで受け止める。 その度にロイは目をキラキラと輝かせて歓声を上げる。 デビルの性質として、男性をとことんまで甘やかしたくなる。 トトはすっかりロイの期待に応えるべく、何度も何度もパンケーキを高く飛ばしたのだった。 パンケーキを食べた後は広い庭でボール遊び。 ロイの頭ほどの柔らかいビニールボールを使って、キャッチボールに似た投げ合いをする。 トトからすればまさに子供だましなお遊びだが、ロイにすれば楽しい楽しいお遊びになる。 おっかなびっくりボールを取りに行き、ボールを落とさないように受け止め、相手に届く様に投げる。 一つ一つの動作が拙く、その全てを一生懸命に行う。 「母性本能が刺激されるぅ♪」 問題は胸とおまたがきゅんきゅんしても、今のロイ相手では何も出来ないという点だ。 「笑うとすごく愛嬌があって可愛いから、ほんと、年齢! 年齢だけが!」 ロイが不自然に思わない程度の音量に抑えつつ、トトはにこやかにボールを投げ返す。 「文武両道で優しく勇敢な少年、または青年に育て上げるんだ。それが今の目標」 心の中で決意を固めつつ、そろそろ眠気に負けてきたロイに近づいてボール遊びを終わらせる。 今日の昼寝は一段と気持ちよくなりそうだとロイを抱き上げると、姉になったような気分でロイの背中を軽く叩いてあやし、部屋へと戻っていった。 なんだかんだと、トトは今の状況に順応している様であり。 今までの異世界旅行の中でも一番楽しそうに笑っていた。 |
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