「 旦那さんとワームさんは今日もラブラブです 」 |
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魔物に関する言葉や、種族に関する言葉は、あくまでも取材をしている担当記者の知識ベースです。 ある町の、ある新聞記事の一つが大反響を起こした。世界全体からすれば些細なことだが、その町にとってはとても大きな切っ掛けを、その記事は齎した。 場所は親魔物領の一つ、マノトルというそこそこの規模の町。その町では新聞が無料配布されている。町の教会のお蔭で識字率も高く、多くの人が新聞を受け取り町の近況を知ることが出来ていた。親魔物領となってまだ数年。この町の人たちにとって魔物とは、やはり怖いものなのだろう。魔物が発行する新聞記事に目を通し、魔物の社会を知ろうとしている。 魔物が襲ってくるから怖いのではない。魔物が分からないから怖いのだ。見た目が恐ろしいから近づきたくない人もいるのは確かだ。だが、多くの人々は襲ってこない事が分かっている。というか性的に襲っている所ばかり見るので、そういう物かと馴染んできたとも言える。だから町の人達は魔物たちを隣人として認めている。それでも。ああ、それでも。やはり同じ人間相手でさえ性格が分からない考えていることが分からないと、距離を置くのもまた事実だ。だからこそ、魔物相手にはその距離が人間よりも空いてしまうのは仕方がないと言える。 新聞の無料配布は、そうした魔物への無知を減らすために行われた。町の方針などを簡易な言葉を使って公知する方法として新聞は適していた。魔物たちが作る、魔物たちの話題中心の新聞なのだ。当然、猥談めいたものが多く掲載され、性的興奮、平たく言えばオナニーのおかずとしても評判は大きかった。 愛妻日記とは、その新聞に掲載されている特集記事だ。町の夫婦に情報提供をしてもらい、その内容を記事に起こした物だ。魔物から聞いた話、旦那の方から聞いた話、あるいはその両方を赤裸々に書き綴る。なぜその特集記事を書こうとしたのかと言えば、魔物と添い遂げたいと思っているが今一歩踏み込めない人たちのためだ。彼らに対して、実際に結婚するとこんな風に幸せに過ごされていますよと実例を挙げていくことで、その一歩を手助けする事が出来ないだろうか。 そうして始まった愛妻日記は、やはり魔物たちの性質上仕方のないことだが、夫婦の営みが大部分を占めていた。それはそれで好評ではあったし、この記事を読んで結婚に踏み込んだ男性も何名かいた。けれど、この特集記事の担当者であった人物は悩んでいた。記念すべき50回目は、初心に戻ってもいいんじゃないだろうかと。 そうして担当記者は町を歩き情報ネタを探すことにした。この町の法律で、男性の合意が無ければ魔物は人に触れてはいけないし、魅了してもいけないと決まっている。だから担当記者は独身男性でありながらも、落ち着いて魔物たちのいる町を歩いていける。襲いたくてたまらない顔をした魔物たちの微妙な緊張感を感じながら町を観察する。公共の場ではキスまでなら問題なし、抱き着くまでなら問題なしとしている中、ギリギリのラインを攻めている魔物の姿がちらほら見える。それとは別に人間の男女のカップル、独身の男性女性の姿もある。積極的な人は恋人作りに関係なく他種族交流を行っているし、そうでない人は嫌うではないにしても魔物と距離を取って歩いている。 初めて魔物が町にやって来たのが10年ほど前。親魔物領になったのは4年ほど前。この町は、4年前から当たり前のように魔物が歩くようになっている。だから魔物と人間の夫婦も少しずつ増えてきている。愛妻日記は魔物夫婦への差別意識を無くす意味でも必要だと感じていた。取材を受けた夫婦から、愛妻日記のお陰で風当たりが弱くなった、あるいは職場の空気が和らいだと言った話を聞いている。 「もっとみんな注目するような記事じゃないと影響が出ないのか。いやいや、初心に戻るって決めただろう。ああ、でも、50回目なんだからやっぱり普通のネタじゃダメだ」 締め切りまでまだ余裕はあるが、つい何時もの様に、いやいつも以上に迷走してしまっている。その自覚があるからこそ、悩みは深まるばかりであった。 町を歩いていた担当記者は、唐突に、空を飛んだ。強い衝撃と共に。 「あれ〜?」 「リリルル! いま、人を撥ねちゃったよ!」 目を白黒させていた担当記者が宙に浮いて状況把握をしている間に、何かが素早く近づいてきた。それは蛇の様に長い体を持ち、竜の膂力と鱗を持った魔物。 「つーかまーえたー!」 「加減はしなきゃだめだよ!」 ワームと、その旦那。ある意味で運命的な出会いであった。 落ち着いて話をするべく、二人の家に案内してもらった担当記者は、内心で喜びを隠せなかった。亜種とはいえドラゴンだ。記念すべき50回目に相応しい話題性がある。それにこの夫婦はとても仲が良さそうだ。何より、この天真爛漫な奥さんを軸にすれば、人間の住民にも受けがいいはずだ。担当記者は様々な打算を巡らせながら二人に取材を依頼した。ワーム夫婦は快く引き受けてくれた。 まぁ、ワームの性欲とかその辺りを知らなかった彼は、やや想定とは違う現実を目の当たりにし、取材記事をまとめるのに苦労したという。 取材1日目 約束の時間になったのでお家へお邪魔すると、さっそく交わっていた。凄く濃厚に。旦那の方(以下、旦那さん)は昨日の落ち着いた様子とは大きく違っていて、快楽に翻弄されていた。ただ愛おしそうにワームの奥さん(以下、ワームさん)の頭を撫でたりしているので、慣れてきてはいるのだろう。逆にワームさんは一心不乱に旦那さんの体を舐めまくっている。旦那さんは少年と言って差し支えの無い年齢ではあるので、口を閉じていれば妙齢の美女であるワームさんを性的に食べている構図になっている。妖しい淫靡さは、あまりない。ワームさんが無邪気すぎるためだ。今も、そうだ。 「にひひひ〜。どうだ〜、ぺろぺろだ〜!」 幼い子供の様な口調と声音で、ぺろぺろ攻撃と言わんばかりに執拗に舐めていく。表情も幼さが残って見える。あるいは精神年齢で言えばワームさんの方が幼いのかもしれない。ギャップ萌え。そういうジャンルがあるらしいとは担当記者も聞いている。これは思った以上に良質のネタだと、メモを取る手に力がこもる。ワームさんは見られていることに気づいていないのか、強く旦那さんを抱きしめたり、顔を寄せて頬ずりをしたり、はたまた舌を絡ませる深いキスをしたり、旦那さんの下腹部を舐め回したりしている。やがてワームさんも堪え切れなくなったか、旦那さんを抱きしめたまま近くのベッドへ飛び込み、伸し掛かる様にして交わり始めた。長い下半身をくねらせて、男女の立場が逆転した激しい攻め方だ。まさにドラゴン。 早くも1発目が出たようだ。空腹時に焼き立てのステーキを食べたようにご満悦のワームさん。わずかな余韻の後、また再開した。激しい上下運動、腰を押し付けてくねらせる動き。長い下半身で旦那さんの足を拘束して、全身を密着させての交わり。実に多彩だ。ただ、合間合間で旦那さんが飲んでいるのは、脱水予防の水分ではなく治癒薬だ。特に密着した今の状態は、力の加減を間違えると大変なことになる。密着して数回果てた後、ようやく旦那さんは解放された。 「あ、そう言えば。取材でしたね」 「何話す〜? エッチなこと話す〜?」 お互い慣れたもので、目の前で濃厚なセックスをされた後に会話を進める。なお取材中に出会った頃の事を思い出して、再度ワームさんが旦那さんとベッドインしたため、会話による取材はここで終わりとなった。 取材2日目 今度は町でのデートをしながらの取材だ。ワームさんは基本的に旦那さんの傍が良いようで、旦那さんを抱きかかえたまま町を練り歩いている。ぬいぐるみを抱えた幼い少女の様だ。ワームさんの豊満な、そして服嫌いのため素肌直接で味わう巨乳だ。旦那さんがインキュバスになっていなかったら、散歩だけで何発も射精してしまう事だろう。 仲睦まじい夫婦だ。二人の表情からは恋を知らない幼いカップルに似た甘酸っぱさのある笑顔が見える。二人の中ではまだまだ新婚なのかもしれない。ワームさんがあれ食べたい、これ食べたいと屋台を巡り、旦那さんがお金を払って二人分の料理を受け取り、旦那さんがワームさんに食べさせてあげる。旦那さんは幼く見えるが、あれでなかなかに腕のいい商人だ。大人社会に揉まれてきた分、落ち着きがあるのだろう。ワームさんの顔に着いたタレを拭いてあげる所は、夫婦というより仲のいい兄妹にも見える。 「今日は、ちゃんとした服を買おうね」 「え〜。服、なんかや〜。きゅうきゅうする〜」 なんとかワームさんを宥めすかして服屋に入る二人。上手い事服を買ったようだが、旦那さんが言うには「もって数日でしょうね」とのこと。 「アラクネ縫製の物じゃないと、強度面でも特性の面でも足りないんですよ。アラクネ縫製なら使えば使うほど肌に馴染むので、良いんですけどね」 話によると、他にも魔物用に作られた服は多くあるようだ。この町にはまだ無いため、今は服を着る練習をしているだけだという。旦那さんの将来を見据えたデートに、独身男性である担当記者は苦笑いしか浮かばなかった。これが独身と既婚者の違いか、と。 「ねーねー。次はどこ行く〜? 楽しい所〜?」 「町の外を散歩しようか」 「うん〜〜〜!」 会計を済ませて店を出ると、元気よく返事をしたワームさんが爆走し始めた。もちろん、追いつけるはずもなく、通りすがりのケンタウロスに手伝ってもらって追いかけることにした。 地面を削る程の大爆走の跡を追いかけると、膝程の草が生え並ぶ草原で二人を見つけた。元気よく発情したワームさんが昨日と同じように元気よく旦那さんにのしかかっていた。担当記者は素早くケンタウロスに礼を言うと、ケンタウロスから離れた。ケンタウロスも瞬時に状況を理解し、素早く町へと帰っていった。後はもう、昨日と同じ。 違うところと言えば、屋外という事もあってワームさんの動きがより一層激しくなったという事だ。爆走しながら腰を打ち付けるとか、何をやっているんだろう、ワームさんは。今までの取材でも聞いたことが何度かあったが、運動した後のセックスは燃え上がると言う。ワームさんは本能でそれを理解して行っているのだろう。無尽蔵の体力とは時に恐ろしいプレイを生み出す。 「あ〜〜〜!」 「わ〜〜〜!」 あ、盛大に転んだ。 取材3日目 今日は旦那さんの職場での取材となった。新体制の夫婦手当だけでも暮らしていけるが、旦那さんはこの町をより良くしたいという思いで今でも商売を続けている。旦那さんが力を入れているのは、魔界産の物品の取り扱いだ。魔界の物品は扱い方を間違えると大きな騒ぎになるという。例えばの話、魔界のワインをひと瓶飲むだけで魔物になる、という事もあるらしい。恐ろしい話だと、魔物に慣れた私でも思ってしまった。 ただ旦那さんの話によれば、多くの人間を魔物に変えてしまおうという過激派が用意したワインならそういう事もあり得るが、普通の魔界産ワインなら魔物にはならないらしい。精々、数本飲んでいくうちにサキュバスになるくらいだという。……結局魔物になるんだな、と思わずつぶやいてしまい、旦那さんの苦笑を貰ってしまった。 旦那さんは商人仲間と話し合い、主に足りないものを補充する方向で今は動いているとか。いち担当記者の推察ではあるが、ワームさんが好んで着るような衣服の調達のためではないだろうかと思う。上手く仲間を説き伏せ自分の目的を達成させようとする当たり、高い商才を感じさせる。 話もひと段落ついて次の話題に移るか、というタイミングで入り口のドアが吹き飛んだ。壁に叩きつけられたドアを尻目に、ワームさんが旦那さん目掛けて突撃、そのまま壁を縁抜いて外に出て行ってしまった。 「わ〜〜〜〜! わ〜〜〜〜〜〜〜!」 「ああ、もう。こんなに泣いちゃって。寂しかった?」 「わ〜〜〜〜〜〜〜!」 大涙で号泣するワームさんが、旦那さんの問いかけに何度もうなずいて、旦那さんの胸に顔を摺り寄せている。後で聞いた話だが、旦那さん的にも常に一緒では今後の生活に支障をきたすだろうという事で、少しずつ離れている時間を増やそうとしているのだそうだ。この日は今までより少し長く離れていた方だったとか。 余談だが、寂しさを埋める様に暴走したワームさんは、町中にも関わらず旦那さんをひん剥いて性行為を開始し、治安部隊を押しのけながら延々交わり続けた。精を補給し続ける亜種ドラゴンの力を抑え込める戦力は、どうやらこの町には備わっていなかったようだ。 余談の余談だが。豪快ながらも甘々なセックスに当てられて、多くの魔物たちが夫や恋人と町中で交わり始め、さらには普段から素行の悪い魔物が混乱に乗じて狙っていた男性を押し倒すなど大きな騒ぎになった。この大乱交事件は他の記者が書くことが決まっているので、詳細は割愛させてもらう。 取材4日目 厳重注意を受けて落ち込んでいるワームさんは、旦那さんをぬいぐるみ抱きしている。すっかり定位置の旦那さんは、失敗しちゃいましたと困ったように笑っている。 「僕たち夫婦も、もう一緒になって2年になります。種族の違いで困ることもありますけど、小さな問題ですね」 旦那さんにも色々過去があるのだろう。詳しく聞いて良い話ではないだろう。担当記者は特に追及はしなかった。 「あのねー。きしゃさん〜」 静かに話をしていると、ワームさんが珍しい事に、自分から話題を切り出してきた。 「わたしね〜。あばれんぼうなの〜。ん〜、ってなっちゃうと、いろんなものをこわしちゃうの〜」 力の強いドラゴン種と、それを扱う幼い心。原種のドラゴンでも力加減には苦労するらしい。そう伝えても、ワームさんの表情は浮かない。 「なんでなんだろ〜。なんで〜」 魔物ではない担当記者は、少しの間言葉を迷う。それから、二人を見て。ごく自然と浮かんだ言葉を告げた。 「僕たち二人なら解決できる、ですか。ふふ、ありがとうございます」 「ありがと〜?」 夫婦の問題は夫婦にしか解決できない。他の誰であっても、手助けしかできない。だから、旦那さんとワームさんの抱える問題は気にする事ではないのだ。なぜならば。 「愛し合う二人ならどんな問題でも超えられる、ですか。貴方が独身なのは不思議、ああ、いえ。そういう事ですね」 何かを納得した旦那さんの様子に、担当記者とワームさんは揃って首をかしげる。 「いえ。良い言葉をいただきました。解決するのは確かに夫婦です。ええ、けれど、近くにいる誰かの手助けは、宝石にも近い価値があると、僕は思っています」 商人らしい上手い言葉の使い方で誉められ、担当記者は照れ臭そうに笑う。記事の内容は大筋も含めて決まった。後は素案を作って、細部を詰めて、最後に確認作業をするだけだ。取材の終了と記事完成までの大きな流れを伝え、取材に協力してもらった礼を告げる。 「良い記事にしてくださいね。お約束言葉ですが」 良い記事にしますよ。約束します。そう告げて去る担当記者。おそらくはあの夫婦は、今日も激しいセックスをするのだろう。最初はあやす様に旦那さんから動いて、次第に熱がこもるといつもの調子に戻ったワームさんがのしかかって激しく攻め立てるのだろう。良い詩を読んだ後の満足感に似た気持ちで、担当記者は社屋へと戻っていった。 後日。愛妻日記50回目の記事が載った新聞が発行された。記事のタイトルは太字で大きく、こう書かれていた。 「 旦那さんとワームさんは今日もラブラブです 」 |
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