怪談学校の僕と君

冬の空は冷たくて。
晴れ渡った空からはホワイトクリスマスの期待なんて感じない。
僕は今日も、一人寂しく街を歩く。
デートの相手もいないまま。




商店街のアーケードを歩くと、クリスマスソングが流れている。
デートの人もいれば、仕事終わりで仲間と飲みに出かけている人もいる。
家族連れの人もいるし、客を呼び込む人もいる。
人それぞれ、楽しさもカラ元気もある。
邪推するなら、今日ホテルに泊まるカップルの内、何組が受胎するのだろうかという話。
聖夜君だか聖夜ちゃんだか知らないけど、逆算して今日が生まれの子供なんかはさぞかし困るだろうな。
もっとも、今日の「事」が原因で生まれたとしても、誕生日は10月とかその辺りだろうから関係ないけど。

暖かな空気は、少し苦手。
僕は彼ら彼女たちから逃げるように、人のいないほうへと歩いていく。
賑やかな場所と言うのは一部であり。
少し道をそれるだけで、人気の無い静かな道に入りこむ。
明るいアーケードとは打って変わって暗い路地。
寂しさと居心地の良さを感じる。

都心や都会何かだと、路地裏を抜けると大抵は大きな道路やアーケードにたどり着く。
けれど都会から離れた街なんかだと、場所にもよるけど人気が無い住宅地が広がる。
つまり、ずっと暗いまま。
地方に行けば畑の比率が増えるらしいけど、細かいことは知らない。
僕はずっとこの街で育ってきた。
ほかの場所を知らない。




「今晩は。今日は良い夜だね」
目的無く歩いて、人気の無くなった学校が目に入ったとき。
不意に声をかけられた。
声の主は、すぐ傍にいた。
ぼぅと歩いていたからかもしれないけど、気づかなかった。
声の主は、壁に背中をつけるように座っていた。
フードを被った、若者。
アルトの声音からは分かり辛いけど、パーカーを内側から押上げる胸のボリュームを考えれば、女性だろう。
彼女は顔を隠すように深くフードを被り、携帯用の小さないすに腰掛けていた。
「良い夜、かな? 個人的にホワイトクリスマスが良いんだけどね。クリスマスっぽいじゃないか」
「はは。確かに、『ホワイト』クリスマスは、いいよね」
妙に、ホワイト、の部分だけ含みを持たせて彼女は笑う。
なんとなく、夜の街のお姉さんみたいだ。
ここまで大人びた人は珍しいだろうけど。
いやまぁ、言うほどそう言う事に詳しくないんだけどね。

「寒くない?」
「寒さには強いから。気にならないよ」
彼女はどうやら、露天をしているらしい。
こんな人の通らない場所で何をしているんだろう。
それ以前に、フリーマーケットの様なものは実施する場所が決まっていて、申請が必要だったはず。
僕の考えを読んだように、彼女は大げさに肩をすくめる。
「ただの気晴らし。注意されたらとっとと引き上げるんだよ」
気晴らし。
ストンと腑に落ちた。
僕のこの散歩も、ただの気晴らし。
彼女のこの露天商も気晴らし。
だから僕は財布を取り出した。
「幾らかな」
「どれでも1つ百円。セット物なら全部合わせて二百円だよ」
お得だね。
僕は笑って、セット物の人形を買った。




「ただいま」
誰に言うでもなく、僕は自室に戻るとひとりごちる。
僕は机の上に買ったばかりの人形を置く。
正確には、人形が入った箱だ。
箱を開けると大小さまざまな人形が並んで入っている。
親指ほどの小さな物、鶏卵ほどのサイズの物。
色も形も様々な人形たちは全部合わせると23個。
これで二百円は安いと思う。
僕は飾り気のない棚に人形を並べていく。
紫の太った人形。
青色の細い人形。
白色の人形。
灰色の人形。
一つ一つ摘まんで並べていく。

並べ終わって感じたことは。
随分と悪趣味な人形だな、ということだった。
歪な形、或いはきれいな形だけと異形。
一言で表すなら、この人形は全てお化けだ。
紫のゾンビ、白いスケルトン、青色の幽霊、灰色のこれもゾンビかな。
見事にアンデッドパーティだ。
これにカボチャのお化けを足せばハロウィンだ。
「あの人は、分かっていたのかな」
僕がこの人形の箱を手にした時、彼女は笑っていた。
顔も良く見えないのに、なぜか笑っているとわかった。

「どうしたの?」
するりと部屋の中に入ってきた女の子が不思議そうに僕を見ていた。
いや、僕と言うより棚に並んでいた人形を見ていた。
「露店で買ったんだよ」
「え〜。それ、趣味悪い」
「はは。僕もそう思うよ」
僕は長い黒髪が可愛らしい友人の率直な意見に賛成する。
彼女が部屋に入ってきたのを皮切りに、どんどんと女の子が入ってきた。
「おかえり〜」
「うん。ただいま」
「ねーねー、おなかすいた〜」
「すいた〜」
「はいはい。ご飯を作るから待ってて」
僕は部屋に入ってきた彼女たちをソファに座らせて、食事の準備に取り掛かった。




僕は暗い廊下を歩く。
誰もいない。
誰もしゃべらない。
静かな廊下。
僕の住んでいるここは、いずれ取り壊されるだろう。
僕が居なくなるのが先か、取り壊されるのが先か。
どちらにせよ、いつの日か僕はここから出るだろう。
それが、少しだけ悲しい。

僕がここに住むようになってからどれくらい経つだろう。
思いだそうとして、諦める。
きっと、意味がない。
僕たちはきっと、意味がないことをしているんだ。
ガラスの窓から外を見る。


広い、広い地面。
人のいないグラウンドは、どうしてこうも空虚なんだろう。
かつては沢山の子供たちが遊んでいた、という事を覚えているからかもしれない。
みんなで遊んだグラウンドも、人がいなければ墓場と同じ。
僕はグラウンドを見ながら廊下を歩く。

視線は様々な遊具に移る。
みんなでどちらが先に端までたどり着くか競争して、手の豆をつぶしながら笑い合った雲梯(うんてい)。
立漕ぎや勢いをつけて誰が一番遠くまで飛べるか競争したブランコ。
ジャングルジムは色んな遊びに使ったなぁ。
他の遊具も、沢山の思い出が詰まっている。
その全てが風雨に晒されてボロボロになっていたとしても、それらに結びついた思い出は色あせない。
太陽のような輝きを伴って、胸の内から出てくる。
「太陽の様な」
口にして、笑いが込み上げてきた。
太陽。
ほんと僕には似合わない。


もう、何年も、日の下に出てきたことのない僕には。




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「その人形を買うのかしら」
僕が人形を手に取ると、彼女は楽しげに笑った。
そうだよ、と答える。
「不思議ね」
何が?と問い返す。
「貴方にその人形が必要なのかしら」
一瞬、心臓がどくんと脈打った、気がした。
「せっかくだから、これもおまけするわ」
渡されたのは、箱の人形とは全く違った、変わった人形。
彼女は笑いながら、蓋をした人形の箱の上に、その変わった人形を置いた。
「貴方にはきっと、こちらの方がいいと思うのよね」




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僕の手の中には、変わった人形が一つ。
その人形は、ボウリングのピンに似た形をしていた。
底の部分を掴み、頭を持ち上げる。
すると、人形が二つに分かれて。
空洞になっていた人形の中から、まったく同じデザインの、それでいてやや小さな人形が姿を現す。
マトリョーシュカ。
遠い北国の人形らしい。
サイズ違いの人形が幾つも中に納まっている、不思議な工夫が施された人形。
僕が手にした人形は、4つの人形が重なっていた。

「まるで、大人と子供だ」
小さな子供が成長しても、思い出という形で小さな子供時代の自分が入っている。
マトリョーシュカとしての特徴を露天商の女性から見せられた時に、僕はそうつぶやいた。
これが一体何になるんだか。
「僕は大人にならないって言うのにね」
僕は『十年前』からずっと変わらない自分の手を見る。


僕は十年前、ここで死んだ。
その事故が切っ掛けでこの学校は閉鎖され、みんないなくなった。
『十年前の事故で死んだ僕たち』を除いて。
以来、僕たちはそれぞれ自分の好きな場所を自分の部屋にして、過ごしている。
日差しが苦手な子はずっと部屋に籠り切りで。
僕みたいに多少日差しに慣れている子は、僕を含めて2人しかいないけど、カーテンのかかった窓ガラス越しにその明るさを眺めている。
夜になると学校中を練り歩いて、或いは飛びまわって遊ぶ。
比較的人の形を保っている子は学校の外に出たりもする。
お蔭でこの学校は怪談話が尽きない。
本物が居るんだから当たり前だけどね。

そんな風にして、十年間過ごしてきた。
でも、静かで穏やかな日々もきっと長く続かない。
頻繁に外の世界を歩いていた僕は、他の子たちよりも現実を知っている。
この学校は近いうちに取り壊されるだろうって。
そうなったら、僕が他の子たちを連れてどこかに行かないといけない。
僕は他のみんなと比べると、凄いことをいろいろできる。
透明な手を出したり、皆より深く考えたり、皆が元気になれるように『力』を分け与えたり。
昔は引っ込み思案でみんなに付いて行ってたのに、今じゃ僕がみんなを引っ張っている。
不思議な気分。

色々出来たって意味がないのにね。
だって、僕には新しい場所を見つけることなんて出来ない。
僕たちには成長が無いから、将来が無い。
だから。
僕たちはこの学校を最後に、夜から夜を歩いていくしかない。
奇跡なんて、起きない。
僕たちはずっと、小さいままの人形なんだ。
マトリョーシュカのように大きくなれない。

僕は苛立ちに任せて、マトリョーシュカを投げた。
一度死んでから強くなった僕の力は、野球選手の投げる球みたいに凄い速さで人形を投げた。
軽い木で出来ていたマトリョーシュカは、壁にぶつかって壊れた。
乾いた音を立てて散らばる破片を見て、僕は悲しくなった。
「何をしているんだろう」
意味がないことをしている。
人形に罪は無いのに。
八つ当たりをしてしまった。
何をしているんだろう。
ぐちゃぐちゃと、考えがまとまらない。

「片づけよう」
みんなを引っ張るリーダーが学校を散らかしてちゃいけない。
僕はノロノロ歩いて、破片に近づく。
廊下に落ちた破片を拾おうと身を屈めて手を伸ばす。
けど、拾おうとした破片は、横から伸びてきた手に拾われた。
「え?」
意味のない疑問の声が口から洩れた。
T字路になっていた廊下の曲がり角に誰かがいた。
大きな大人の手。
「……え?」
彼と目が合った。
彼は、大人の男の人だった。
一番外側のマトリョーシュカの頭を手にしている彼は、不思議そうに、或いは怯えるようにこちらを見ている。
「どうして。君は、確かあの時、死んだはずじゃ」
瞬きをする。
この人は、僕を知っている?
「君は?」
「俺は……」




僕は知らなかった。
神様は奇跡を起こさない。
でも、お節介な誰かが通りすぎたなら。
奇跡を力技で起こす誰かが近くにいたなら。

未来の無い死者にも、幸せな夜が訪れるんだって。
僕は、その時まで知らなかった。

「みんなー! 同窓会だよ!」
「どーそーかい?」
「あれ、その人なんか知っている男の子に似てるね」
「おいしそう♪」
「たべちゃっていい?」
「ひ、ひぃぃいい!?」

聖なる夜は性なる夜になって、とろっとろのホワイトクリスマスになったとか。

「ということで、君の家に居候するね。全員」
「え、えええええ!?」
「やった〜、ごはんげっと〜」
「お邪魔するね♪」
「僕が正妻なのは譲らないけどね♪」
「え、えええ!?」
「あ〜、ずるいーい」
「ごはんくれるなら、なんでも〜」


幸せな雪を積もらせながら(。。

16/12/25 23:29 るーじ

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