30年目のメリークリスマス |
今日も憂鬱な日がやって来た。
ジングルベル。 町のあちこちにはイルミネーションが輝き、どの店を覗いてもクリスマス関連の商品が並んでいる。 俺はこの日が嫌いだ。 小さな子供の頃は、うれしかったけど。 あの日を境に嫌いになった。 彼女が死んでからは。 俺はクリスマスが誕生日という、悲しい少年時代を過ごしていた。 誕生日にサンタさんが来るというのが、俺の子供時代のクリスマスだった。 小学生時代では羨望のまなざしを受けた。 中学生以降では「プレゼントが減った悲しい奴」扱いをされた。 まぁ、どうだっていいか。 俺はカップルを見ると殺意を覚える。 独身、童貞。 良くいる冴えない男の属性を持っている俺だが、他の奴らとは違うことがある。 俺は明確な殺意を抱いているという点だ。 一時期はナイフを懐に忍ばせてクリスマスの夜を練り歩いたこともあった。 さすがに30にもなれば、落ち着いて来たが。 楽しげに笑う親子。 デートの締めに告白をするつもりなのか、妙に顔が固まっている少年と、純粋にデートを楽しんでいる少女。 カラオケの呼び込みをしている男性はカップルを見るたびに積極的に声をかけに行っているが、あれはデートを応援しているのか語らいを邪魔しているのかどっちなんだろう。 空はうっすらと雲が広がり、地上はこれでもかとばかりに明るく光る。 なぜ俺がこんな寒い中、見たくもないカップルたちが集まる街中を歩いているのか。 単純な話だ。 家に居たくないだけだ。 どうせまた、気を遣われる。 だから家族にはいつも、クリスマスは外で楽しんでくるとだけ言っている。 真意を見透かされていようが関係ない。 この方が互いにとっていいんだ。 大通りを歩いていると、ふと脇道に妙なものを見つけた。 誰かが布を地面に広げて商品を並べている。 露天商? こんな寒い中で? まぁ、お祭り気分だからこそ買う人もいるのかもしれない。 俺は冷やかし気分で、露天商の前までやって来た。 パーカー姿の人物はフードを被っていた。 黒のジーンズと英語ともつかないロゴの入ったパーカー。 如何にも怪しい露天商という格好だ。 いや、ストリート系というやつか。 ひじ掛けほどの高さのいすに腰掛け、やる気も無さそうに足を組んでいる。 「いらっしゃい。どーぞ」 声を聞いて、思わず露天商の顔を見る。 声の主は女性だった。 銀髪に黒目。 どことなく光を放っていそうなほど白い肌。 病的な色合いなのに肌艶がいい、というのだろうか。 なんだそれ、と心の中で自分に突っ込みを入れる。 あまりに彼女の顔を見ていたからか、クスリと音を立てて彼女が笑う。 「私は商品じゃないよ。商品は、こっち」 細い指で並んでいる商品を示され、慌てて視線を商品に向ける。 商品を見て思ったこと。 良く言えばバザー。 悪く言えば要らない物市。 出来の悪い木彫りのクマ、目玉のとれた鳥のぬいぐるみ、角の欠けた鬼の人形。 どれもこれも、壊れた玩具にしか見えない。 「よくまあ、これだけたくさんあるもんだ」 思わず声に出してしまうほど、数多くの壊れた玩具が並んでいる。 全て違う種類のものばかり。 色違いや微妙に形の違うものもあるが、まったく同じものが無い。 「種類が多いのが取り柄でね」 彼女は褒められたと思ったのか。 妙に機嫌よさそうに体を揺らしている。 結局、俺は人形を一つ買うことにした。 値段は百円。 缶コーヒーを買う代わりに人形を買ったと思えば、まぁ得したかな。 珈琲よりは長く使いそうだ。 「毎度ありー」 やる気無さそうに間延びした声で露天商が百円を受け取る。 俺が買ったのは、一際壊れた人形だ。 壊れたというよりは、元からそういうデザインなのかもしれない。 何故か俺はその壊れた人形が、「ゾンビ」を模していると感じていた。 「何でそれを買ったのか聞いてもいーい?」 頬杖をついて前かがみになった露天商が聞いて来た。 妙に彼女の服装に似合うだらけた笑顔付きで。 「クリスマスって、どこぞの聖人が復活するーとかいう日だろ。だったらそいつはきっと、ゾンビなんだろうさ」 腐った体で信者の元へたどり着いた聖人は、いったいどんな扱いを受けるのだろう。 それを想像して、少しだけ笑う。 「再会したいと思った人なら、歓迎するんじゃないかなー」 露天商の気の抜けた声に、心臓が跳ね上がる。 再会したいと思った人なら。 その言葉に、思わず露天商を見る。 「んー?」 「なんでもない」 だらけた笑顔から目を反らす。 「じゃあな。風邪、引くなよ」 俺は露天商から逃げるように、大通りへ戻っていった。 ゾンビになってでも再会したい人。 俺には、いる。 手の中にあるキーホルダータイプのゾンビ人形を弄りながら、俺は思い出す。 幼馴染。 幼稚園の頃からずっと一緒だった女の子。 中学二年の時。 無茶をしてインフルエンザから結核を引き起こし、クリスマスを祝う前に死んだ。 恋人にし損ねた、女の子。 死んで初めて好きだったのだと気づいた。 気づいて、心が壊れるかと思った。 いや。 その時に心は壊れたんだと思う。 あれからずっと俺は、独りだ。 クリスマスを祝う気にもなれない。 家の近所には公園がある。 ブランコにシーソーにジャングルジムまでそろった、典型的な公園。 砂場だってある。 ブランコに乗ってはどっちが高くまで上がるか競争した。 シーソーに乗っては笑い声を上げて互いに地面を蹴った。 ジャングルジムでは鬼ごっこをしたんだっけ。 足を滑らせてけがをした時、こっちが驚くほど泣いていたっけ。 砂場では色々作った。 俺は山とか川を作っていたけど、あいつは家を作ってばかりだった。 川を作る邪魔だーと言って俺が家を壊し、あいつと喧嘩するのはいつものことだった。 この公園には、幸せだったころの日々が残っている。 今の時代、子供は公園であまり遊ばない。 そのせいで公園は少しずつ減ってきている。 遊具で怪我をする子供への配慮、なんていう親たちの我が儘でも公園は減っている。 だから。 この公園も、いつまでも残っているわけじゃない。 いつかは無くなるんだ。 何時だって大事なものは、手元には残らないんだ。 公園のベンチに座っていても、体は冷えるだけだ。 公園の自販機であったかい缶コーヒーでも買うか。 そう思って立ち上がろうとして、誰かの足音が聞こえた。 舗装されていない、土の地面を歩く音。 クリスマスの夜に公園に来るなんて物好きが他にもいたんだな。 わざわざ見る必要もないので、自販機まで歩く。 どの缶コーヒーにするか。 数種類あるコーヒーを前に指を動かしながら悩む。 どうでもいいか。 適当に選ぼうとして、不意に後ろから伸びてきた手が自販機のボタンを押した。 冷たいカルピスジュースのボタンを。 ガコン、と缶ジュースが落ちた。 「……は?」 何でいきなり押すんだ。 俺はふざけたことをやらかしたやつの顔を拝んでやろうと振り返る。 「……、は?」 さっきと同じ言葉が口から出る。 理解出来ない、という点では同じだ。 問題は、先ほどよりもより一層訳がわからない、ということだ。 「……」 「……」 互いに見つめ合う。 お釣りが落ちる音が聞こえる。 冬の風が公園の木を揺らす。 俺の目の前にいたのは、死んだはずの少女。 俺の幼馴染だった。 「よし、おちつこう。まずは糖分を頭に入れないと。あと、体を暖めないとな」 俺は買ったばかりのホットココアをちびちび飲む。 はっきり言おう。 現実逃避だ。 いや、戦況分析のためのクールタイムと言ってもいい。 ああ、思考がめちゃくちゃだ。 隣を見る。 彼女は両手で缶ジュースを持ち、ちびちびと飲んでいる。 血色は悪く、白かった肌は蝋人形めいた浅黒いものになっている。 死んだあの時と全く同じ姿で、死んだときと同じパジャマを着ている。 快活だった目は覇気がない。 敢えて言おう。 ゾンビみたいだと。 「うん。きっと人形を買ったからこいつが蘇ったんだな」 有り得ないことだが、細かいことは気にしない。 こいつはパニック映画みたいに襲ってくるわけじゃない。 生前に好きだったカルピスを飲んでいるだけだ。 ああ、そう言えば。 こいつは俺がジュースを買おうとしていると、後ろから勝手にボタンを押してくるやつだった。 と言うことは、他人の空似とかではなく、本人なんだろう。 長い黒髪はやや乱れている。 表情は無い。 死臭とか腐臭そういうのはないが、動く死体と言っていい。 でも、こいつだ。 俺の幼馴染だ。 たぶん死んだままなんだろうけど、再会出来た。 そう。 再会出来たんだ。 「あきら」 名前を呼ぶと、あきらは俺の方を向いた。 両手で缶ジュースを持ったまま。 「やっぱり、あきらなんだな」 返事はない。 瞬き一つしない眼が俺に向けられている。 「俺の事、覚えているか?」 反応は無い。 「まだ、カルピス好きなんだな」 返事はない。 「久しぶり、だな」 反応は無い。 再会出来てうれしかった思いは、急速に冷えていく。 ああ、死人なんだな。 何故か納得してしまった。 全く反応を示さないあきらの頭に手を伸ばす。 くしゃくしゃになったあきらの頭を撫でる。 中学生になってから頭をくしゃくしゃにするとえらい剣幕で怒られたので、あきらの髪を触るのは小学校以来だ。 女の子の髪もやっぱり硬いな、とか思う。 何故か撫でている俺自身が少しだけ落ち着いた。 あきらは、特に反応を示さない。 俺を見ているはずなのに、俺を見ていないような気がした。 気づいた時には、あきらを抱きしめていた。 缶ココアの落ちる音がした。 あきらは、冷たかった。 あきらの体は、柔らかかった。 死後硬直はないらしい。 あっても、俺には関係なかったかもしれないが。 「あきら!」 俺の腕の中にあきらがいる。 そう自覚すると、腕の力を強める。 あきらは、反応しない。 俺はあきらがいることをより強く感じたくて、力の限り抱きしめた。 ひとしきりあきらを抱きしめた後、俺はあきらの手を取って歩き出した。 どこに行くか? わからない。 どこへ行けばいいのかもわからず、俺は人気の無いところをただ歩いた。 あきらは缶を片手に、俺に手を引かれるままついて来た。 気づいた時には、ドアの前だった。 下宿先のアパートにいつの間にか足が動いていたらいい。 鍵を開けて中へ入る。 明かりをつける。 あきらをベッドに座らせて、俺はフローリングに敷いた座布団に座る。 さて、どうしようか。 「あきら。好きだ」 何をしようか。 と思っていたら、何故か告白をしていた。 あきらに反応は無い。 心の中で、何かが落ちた。 きっと、あきらは死んでいる。 生前の行動を少しだけ取る、動く死体なんだ。 あきらは、ここにはいないんだ。 そう思うと、俺はあきらの頬に触れる。 柔らかい。 唇に触れる。 柔らかい。 指を差し入れると、唾液に塗れた舌が柔らかい。 あきらの体は冷たい。 けど柔らかい。 俺は、あきらの体をベッドに押し倒した。 あきらの髪がベッドシーツに広がる。 キスをした。 ファーストキスはカルピスの味がした。 もっと味わいたくて、舌を動かす。 あきらの歯は硬くて、舌は柔らかい。 あきらの反応は無い。 あきらの服を脱がす。 あきらは下着をつけていた。 胸に顔をうずめると、柔らかい。 女の子の匂いがした。 思うさま胸の柔らかさを堪能する。 舌で味わい、吸ってみた。 もっと味わいたくてブラを外す。 外し方がわからずに苦労したが、何とか外せた。 初めて見るあきらの胸は、綺麗だった。 手で揉み、顔で触れ、舌で味わう。 あきらの反応は無い。 胸を堪能した後は腹を。 そして衣服を脱がせながら少しずつ味わい、最終的にあきらの服をすべて脱がせた。 あきらが生きていれば隠したがっていただろう部分は、一通り触れて味わった。 甘かった。 砂糖とも果物とも違う。 味覚としても甘さじゃなくて、「甘い」と感じた。 股間が興奮する「甘さ」だった。 気づけば息が荒かった。 あきらの反応は無い。 だが、俺はもう止まらない。 あきらは死んだんだ。 だけど、もう後悔はしたくないんだ。 心の中で免罪符を並べ、あきらの中へ押し入る。 ……。 精根尽きた。 俺はこんなに勢力旺盛だったか?と思えるほど、何度も果てた。 最高記録だ、間違いなく。 何の気も無しにスマホを見る。 12月25日。 昨日はイブで、今日はクリスマス。 ああ、昨日は一足早いクリスマスプレゼントをもらったんだっけ。 いや、買ったんだっけ? どうでもいいか。 俺は起きて飯を作ろうと体を起こす。 「……は?」 隣に、あきらがいた。 全裸で。 あれ、夢じゃなかったのか? 「え、なに、なにこれ」 さらにあきらは俺に抱き着いていた。 心なしか、肌に生気が宿っている気がしないでもない。 「おい、あきら。起きろって」 まるで寝ているだけのように見えた。 だから揺り動かした。 「んー。あと50分」 間延びした、泣きたくなるほど懐かしい声。 「あきらぁああああああ!!」 俺はあきらに抱き着いていた。 「え? あれ。えーっと。あれ、ここどこ?」 あきらの戸惑う声が聞こえたけど、どうでもよかった。 いや。 どうにもならなかった。 俺は声を出せなかった。 あきらが俺の背中を撫でて宥める中、俺は声にならない声で鳴き続けていた。 |
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Merry
・陽気な、笑いさざめく ・愉快な、面白い ・笑い楽しむ、お祭り気分の なお、この後めちゃくちゃセックスをした模様(_’ だって魔物娘だもん。 「いやー。朝ごはんはミルクに限るよ」 「搾りたてが一番ってか?」 「そうそう」 「親父くさいのも相変わらずだな」 「ひどいなーもう。久しぶりだってのに。この泣き虫君」 「うるせぇ」 15/12/25 22:56 るーじ |