口下手な槍虫は突撃する |
魔物は多種多様。
剣技を好む魔物のリザードマンはよく知られているが、戦いに秀でた魔物はほかにも数多く存在する。 しかし、「軍勢」としての戦いに秀でた魔物と言われると、途端に数が減る。 戦いを好む魔物は強く、そのため群れる必要がない。 さて。 では、群れでの戦闘を好む魔物と言えば、どのようなものか。 「戦闘に特化した部隊を持つ大型の群れ、ってことなんだろうなぁ」 俺は背後に迫りくる群れを眺めながらため息をつく。 群れと聞いてピンとくるのが、ゴブリンであったりジャイアントアントにハニービーなど、単体では弱い魔物だ。 単体で弱いから群れる。 分かりやすい話だ。 じゃあ、強いのに群れるって、どうなんだろう。 魔物にも軍隊があって、そこのエリートたちが軍を作っている、という噂はある。 「でもなぁ、あれはなんか違うだろう」 後ろから迫りくるのは、端的に言えば鎧を着こんだ巨大な魔物。 具体的に言えば、乗り物持参で武器と鎧を着こんだ「様に見える」魔物だ。 人形なのか、装備しているのか、はたまた魔術で編み込んでいるのか。 よくわからんが分かりたくもない。 「何でただの商人に、いかにも強そうな魔物の群れが襲ってくるんだ?」 足の速さだけが自慢の行商人に、立ち向かうなんて無理。 俺は森の中をただひたすら走り続けた。 「ぜぇ、ぜぇ、げふ、ぜぇ」 吐き気が出るほど走って、崩れるように座り込む。 追手はいない。 どうやら振り切ったらしい。 途中で川を渡ったのが効いたらしい。 正確には、川を渡ろうとして下流の方まで流された、だけど。 危うく溺れて死ぬところだった。 「とにかく、なんか飲まないと」 先ほどまで死ぬほど水が飲める状態だったが、水を飲む余裕なんてなかった。 川まで戻って見つかるのも馬鹿らしいので、水筒の水を飲もうとする。 しかし、俺は気づいてしまった。 荷物を詰め込んだサックに、穴が空いていた。 中身? 空っぽだよ。 搾ればサック味の水が出てくるくらいだ。 「うわぁ」 少量ながらも高値で売れる香辛料と薬草、なけなしの金。 行商人として旅をするうえで持ち歩いていた全財産が無くなっていた。 もう死ぬかもしれん。 すくなくとも、商人としての再起は望めそうにない。 「終わった」 体の力が抜けて、倒れ込む。 やる気が起きない。 このまま死んでもいいか、と思うほど力が抜けた。 「のど、かわいたなぁ」 声が掠れている。 どれくらい倒れたままでいたのか、分からない。 日が沈んでいないなら、まだそれほど時間が経っていないだろう。 ため息をつく力もない。 目を開けるのも億劫になり、目を閉じた。 次に目を開けた時は、あの世かもしれないなぁ。 そんなことを考えていると。 顔に冷たい何かが落ちてきた。 その何かは液体だ。 喉の渇きを思い出した俺は口を開ける。 冷たい液体が口の中に入りこむ。 それは、良く冷えた水だった。 水は上から少量ずつ流れ落ちてくる。 喉を潤し、僅かばかりの活力が戻ってくる。 いったい何が起きているのか。 誰が助けてくれているのか。 目をうっすらと開ける。 「……」 目を開けて、また閉じた。 今、何か見えてはいけないものを見た気がしたのだ。 気のせいだろうと心を落ち着かせてから、目を開ける。 「……」 俺を見下ろすようにして、魔物が立っていた。 立っているというか、腰かけて見下ろしているというか。 そいつは黒光りする硬質の乗り物に腰かけて、俺を見下ろしていた。 乗り物と同色の鎧と槍、盾で武装しているそいつは、無表情に俺を見ていた。 「……」 よく見ると、そいつの持っている盾が濡れている。 あの盾で水を運んできたのか? 何のために? 疑問を抱きながら、俺は魔物を見上げ続ける。 「……」 魔物は何もしていない。 敢えて言うなら、俺を観察している。 互いに言葉を発せず、無言が続く。 ひりつく沈黙に耐え切れず、俺は咳き込む。 すると魔物は乗り物ごと向きを変えて、移動を開始した。 「助かったのか?」 去りゆく魔物の後姿を眺めていたが、少し経ってからそれは間違いだと気づく。 魔物は帰ってきた。 魔物がもつ盾は甲虫の羽の様に丸みを帯びた楕円形をしている。 その楕円形の盾を籠の様に下げて、魔物は近づいてきている。 遠目にもわかる。 あの盾の中に水が入っている。 魔物は俺の傍まで近づくと、盾を傾けて俺の上に水を垂らし始めた。 水を飲もうと口を開く。 冷たい水が俺の口の中へ落ち、乾いた口内を潤す。 喉を鳴らして飲み込めば、冷たさが喉を通過して胃の中へと落ちていく。 盾の中身が空になるまで水を飲んだ後、俺は体を起こした。 「助かった。ありがとう」 理由はどうあれ、この魔物のお蔭で体を起こすぐらいには復活していた。 俺が礼を言うと、魔物は微かに頷いた。 「どうして俺を助けたんだ?」 俺は当然の疑問を口にする。 先ほどまで追いかけて来ていたのに、今度は助けている。 矛盾している。 魔物は返事をせず、かすかに首をかしげている。 「いや、さっきまで俺を追っていたのだろう。集団で」 魔物が微かに頷く。 「じゃあなんで助けたんだ?」 魔物が微かに首をかしげる。 「……喋れないのか?」 魔物が微かに首を動かす。 左右に。 「……」 軽く息を吸う。 「じゃあ喋れよ!」 魔物は驚いたように、僅かばかり乗り物ごと下がった。 槍を持った不思議な魔物に助けられてから、数日が経過していた。 魔物は不思議な存在で、共に生活をすればするほど、わけがわからなくなった。 分かることは、以下の3つ。 1.この魔物は乗り物も鎧も槍も盾も全部が体の一部である。 2.体には柔らかい部分と硬い部分があり、甲虫に近い特徴を持っている。 3.この魔物は何故か俺の世話をしてくれている。 ちなみに、言語を理解していて喋ることは可能なはずなのに、俺は未だにこいつの声を聞いた事がない。 不思議で仕方がない。 だが、こいつが俺の命の恩人であり、今現在も助けてくれていることには変わりがない。 こいつがいなければ、俺は森の中で餓死しているか獣のえさになっていた。 こいつは火は扱えないものの、獣を狩ったり、美味い果物の生る木を探したりと、食べ物の調達をしてくれている。 たまに、樹液を滴らせて俺に飲ませようとしてきたときは、うん、正直有難迷惑だった。 樹液の味に関しては、命がかかっているなら飲んでも構わない程度だったと言うことにしている。 名前がないと呼ぶのも疲れる。 だから俺は、この魔物を「ランシア」と呼ぶことにした。 槍を扱うのでランサーとしたいのだが、味気ないので少しだけ変えたのだ。 なにせこいつは、その、あれだ。 認めるのも癪だが、実に可愛らしい姿をしているのだ。 薄く紫がかった銀色の髪を肩まで垂らしていて、病弱とも思える色白の肌は黒曜石色をした目を際立たせる。 頭から生える角も虫みたいな目も人間離れしていて奇妙だったが、数日も経過すれば慣れてくる。 そうなると気になってしまうのは、女性らしい柔らかな胸や腹部だ。 その部分だけは硬質の鎧(外殻?)がなく、素肌ではないにせよ薄い膜だけが覆っている。 つまり、目を凝らすまでもなく、いろいろ丸見えなのだ。 股間部分は甲殻で覆われているのは幸いと言えば幸いだった。 「ランシア」 ランシアは俺が名前を呼ぶと必ず振り向く。 そして俺の手が届く距離まで近づいてくる。 乗り物というか、巨大な甲虫めいた半身に小柄な人間部分が乗っているような状態だが。 その半身の腹が地面につくほど姿勢を低くし、俺と視線の高さを合わせてくる。 「飯にしよう。鍋の準備をするから、食べ物を頼む」 ランシアは頷いて、俺から離れていく。 ここ数日で俺も役割分担が出来てきた。 行商人とはいえ、一人旅をしてきた俺には簡単ながらも料理を作る技術がある。 ランシアは闘う技術はあるらしいが基本的に生のまま丸かじり。 だから、ランシアが集めて俺が料理する、というスタイルになった。 「ランシア。相変わらず、お前は喋らないんだな」 ランシアは首をかしげる。 「いや。俺はお前の声を聞いたことがないぞ」 ランシアは首をかしげる。 商人は、人との会話ややりとりから、相手の性格を割り出す技術が必要となる。 相手は自分をだまそうとしているのか。 取引としては問題ないが相手はこちらの想像以上の利益を得ようとしているのではないか。 そういった腹の探り合いが必須となる。 その経験から、ランシアは困った時にも首をかしげているのでは、という推察が出来た。 だから、質問を変えることにする。 「お前は俺と会話したくないのか?」 ランシアは首を横に振る。 「会話したいのか?」 ランシアは首をかしげる。 「俺と一緒に行動したいのか?」 ランシアは頷くか首をかしげるか、あいまいな動きを取る。 「俺と離れて行動したいのか?」 ランシアは首を横に振る。 こう言ったやり取りを経て分かるのは。 ランシアは自分の意思で俺と行動していて、危害を加えるつもりはないらしい。 まったくわけがわからない。 商人は利益を追求する生き物だ。 だから、利益を得ようとしないランシアが理解出来ない。 いや。 俺と共に行動すること自体が、利益なのか? 答えにたどり着けそうな気がしたが、日が落ちて眠気も出てきたので、寝ることにした。 さて。 これはいったいどういう状況だ。 俺の疑問は、目の前にいるランシアの状態にある。 なんというか、半裸だ。 胸や腹部を覆っていた薄い膜は無く、股間を覆う甲殻もなかった。 そして、ランシアの顔はかなり低い位置にあった。 端的に言えば、俺の股間の上にあった。 状況がわからん。 だが、ランシアが相当混乱しているらしいことはわかった。 ランシアは無表情で全く動かないことも多いが、今の状態は動いていないというより「硬直している」という表現が似合う。 「ランシア。何してるんだ?」 無言。 首をかしげることさえしない辺り、ランシアは混乱しているんだろう。 「ランシア」 もう一度名前を呼ぶと、ランシアは大きく距離を取り。 「……」 逃げだした。 一目散に、俺に背を向けて。 半身の巨大な虫脚を使い、全力で走っていった。 それを追う気力も運動能力もなく、俺は見送った。 その数十秒後、ランシアが全力で戻ってきた。 そして、寝ていた俺の上に小柄な方の半身が覆いかぶさってきた。 「スキ。ケッコン、シタイ。シテ? ケッコン」 鼻がこすれ合いそうな距離で、ランシアは初めて喋った。 気づいたら、キスをしていた。 |
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さすが槍兵。
一撃の重さが違う。 どうでもいいけど、ソルジャービートルって誘い受けな気がするんだけど。 愛してあげたらすっごく甘えてきそうなんだよね(。。 不器用そうだけど(_’ 15/08/13 00:47 るーじ |