サタンの悪戯 |
ある日、あるとき、ある場所で。
悪魔が召喚された。 人々を惑わし、堕落させ、その魂を奪い去る悪魔が召喚された。 彼女は嬉しそうに顔を歪めて笑う。 召喚したのは誰だろう。 どのように堕落してやろうか。 召喚光が収まり、悪魔の少女は目の前にいるだろう召喚者へと声をかける。 「私を呼び出したのは貴方?」 その答えを待つ間、召喚者の顔をじっくりと眺めてやろう。 そう考えた悪魔の顔は、すぐに怪訝な表情へと変わる。 おかしなものを見たように眉をひそめる。 召喚者は彼女をじっと見ていた。 召喚者は、笑顔で彼女にこう言った。 「わぁ、青いサンタさんだ!」 悪魔の少女は、困惑した。 召喚者は小さな少年だった。 少年は一人ぼっちだった。 広い屋敷の中で一人きり。 使用人は家に帰り、少年がいる部屋だけに明かりがついている。 「何度も言ってるでしょ。私はサンタじゃないの。トトって言うの。悪魔なのよ?」 「でも、サンタさんだよね?」 「ちーがーうって」 少女は脱力して肩を落とす。 部屋のベッドに腰掛け、隣に座る少年の頬をつつく。 「デ・ビ・ル! 悪魔なの! わかった?」 「デビルって名前のサンタさん?」 「ちーがーう! 私の名前はトト!」 「僕の名前はロイだよ。よろしくね」 「うん。こちらこそよろしく、ってだから、あー、もう」 話が噛み合わない。 悪魔の少女は尻尾でベッドを叩きながら少年を見る。 柔らかそうな栗毛。 ふっくらとした頬。 年齢は10に満たない、4歳か5歳くらいの幼子。 少女は悪魔としての生は短いが、人間に比べれば長く生きてきた。 少年が孤独を感じているだろうと予測している。 サンタと間違えられた理由は、『サンタを呼ぶ本』を開いていたためだろう。 とても残念なことなのだが、『サタンを呼ぶ魔術書』の魔法陣では悪魔しか呼べないだろう。 というか何故サタンなどという大物を呼ぶ魔術書があるのだろう。 少女は痛む頭を押さえながらも、仕事を進めることにした。 「私の名前はトト。デビルよ。契約に基づいて、あんたの願いを一つだけかなえてあげるわよ」 「けーやく?」 「約束よ。あんたの願い事の大きさに比例して魂を貰うわ。よーく考えて願いなさい」 少年は不思議そうな顔をしている。 「私の言ったこと、わかってる?」 「わかんない」 再び頭が痛くなってきた、と少女は深いため息をつく。 30分ほどかけて入念に説明した結果、少年にも伝わったらしい。 「すごい! サンタさん、すごい!」 少年は画用紙に描かれた絵を見て喜んでいる。 悪魔の少女は絵を書きながら説明したのだ。 「そう。私はすごいのよ」 悪魔の少女は自慢そうに胸を張るが、内心ではやっと理解してもらえたと安堵している。 一度召喚されると、契約が履行されるまで彼女はこの世界に束縛される。 子供の遊び相手は早く終わらせたい。 彼女の思いはそれだけだった。 「じゃあね。じゃあね」 「うんうん」 「お友達になって!」 「うんうん……え?」 少女は惰性で頷いた後、少年の『お願い』を心中で繰り返して、絶句した。 まさか、悪魔を呼んでおいて、友達になってほしいなどと言われるとは思っても見なかったのだ。 だから彼女は、自分が致命的なミスを犯していることに気づいていなかった。 召喚者が『お願い』をして、彼女は『頷いた』。 「あれ、本が光ってる」 「あ、え、や、やば、ちょ、マジ!? まさか、今のって『あり』なの!?」 そう。 契約が成立したのだ。 召喚の魔術書が光り始め、宙に浮く。 悪魔の少女が何事か付け足そうと口を開くが、小さな破裂音と共に光は収まり、本は床に落ちた。 慌てて少女が自身の小指を見る。 彼女の細い小指には指輪を嵌めたかのように、複雑な文字が折り重なって描かれている。 契約成立の刻印。 何度も見て来たソレを目の当たりにして、彼女は完全に脱力した。 「うそぉ」 力の抜けた体は柔らかなベッドに倒れ込む。 洗濯して日干しされたベッドは、とても優しく彼女を受け止めた。 「うそでしょぉおおおお!?」 尻尾も翼も全力全開で伸ばしながら絶叫する少女と、不思議そうに少女を見つめる少年。 この二人の物語は、まだ始まったばかりだった。 |
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