雨が降る夜には、傘を差そう

古い物は捨てられる。
新しいものが生まれて古いものが残っていれば、新しいものの居場所がない。
時代は流れるものであり、古いものはやがて消えていく定めにある。
着れなくなった洋服。
遊ばなくなったおもちゃ。
そして。
使わなくなった傘。
それらは使える間は使い、やがて捨てられる。


今、そんなことが頭をよぎったのは、なぜだろう。
少し考えてから、ああ、と自分で納得する。
「あの傘か」
俺は帰り道の途中で見かけた、一風変わった傘を思い出していた。




「唐傘、ですか」
小さな顔についているまんまるの大きな目を瞬きさせ、一風変わった半纏を着た小さな少女がおうむ返しに聞いてきた。
「そうなんだ。珍しいからよく覚えているよ」
「そうですね。古いもんはすぐ捨てられる世の中ですし、その傘もよぉ頑張っていはったんでしょうね」
少女は少しだけ寂しそうに目を細め、見た目を裏切る大人びた微笑みを浮かべる。
ただの傘に、まるで旧来の友の様に感慨を持つこの少女は、懐古趣味を持っているわけではない。
彼女は、「かつての自分を見る」ように遠くに捨てられているだろう唐傘へ視線を向けている。
この小さな少女にとっては、決して他人事ではなかったからだ。
そして、唐傘は彼女にとって、まさに友であったのだろう。
時代の流れをただ眺める老人の様に、諦めが表情に交じっている。
「火花(ほのか)の友達だったかもしれないわけか」
「あははは。それはありゃしません。いったいどれほどの傘が、そして『提灯』が作られはったとお思いですのん?」
ホノカと呼ばれた少女は半纏の袖で口元を隠し、声を出して笑う。
「うちらはそりゃもう沢山作られたんどすぇ。旧来の友など、あるはずもありゃしませんよ」
そう、かつては人に使われた「物」だった少女は笑う。
彼女は人に見えるが、人ではない。
付喪神と呼ばれる妖怪の一種。
提灯お化けと呼ばれる付喪神だ。


古い物には神が宿る。
かつてはシャモジや柄杓にも神は宿ったらしい。
コメの一粒にも神が宿ると考えられていた時代、物を捨てるという事はよほどのことでもない限り無いことだったという。
「それが今じゃ、これか」
俺は道端に捨ててある黒いごみ袋を見る。
あの一抱えもある袋の中に、たっぷりとゴミが詰まっている。
現代人は大量生産の大量消費。
ゴミの量はかつての比じゃない。
それが文明進化に必要だといわれても、俺は納得できなかった。
納得はできない。
でも、どうしようもないことだってある。
「唐傘、かぁ」
俺は自分の手の中にあるワンプッシュ式のジャンプ傘を見る。

小さな子供のころ、雨の日は黄色いレインコートと長靴を身に着けて、同じく黄色の傘を差して歩いていた。
その傘の骨が折れ曲がった後は、別の傘を買った。
成長するにつれて子供っぽい傘を使わなくなり、傘を何本も買い換えた。
骨が曲がれば補強して、穴が開いたら当て布をしてふさいだ。
それでも傘は消耗品という考えが、どうしても頭をよぎってしまう。
それに。
「唐傘を差して歩くのって、結構気合が要るよなぁ」
テレビでも町を歩く人も、洋傘しか持っていない。
いや、傘といえば洋傘で、区別するために和傘や唐傘と呼ぶだけだ。
和傘なんて使うのは京都の花魁さんや芸者さんくらいなものだろう。
俺が使うのかと聞かれると、やはり少し悩んでしまう。

ホノカとの出会いは、大好きだったじいちゃんの住んでいた家にあった蔵の中だ。
じいちゃんとの思い出を無くしたくなかった俺は、その提灯を手に家に帰り、部屋の中で楽しむ分にはいいだろうと火をつけ。
そして、人の姿になったホノカと出会った。
それから、まぁいろいろあったわけだけど、今ではすっかり俺の世話をしてくれている。
だからと言って捨ててあるものすべてを拾う、なんてわけにはいかない。
ホノカもそのあたりは俺以上に理解があり、むしろ安易に拾ってこないようにと注意してくるほどだった。
じいちゃんが生まれるより前から提灯をしていたホノカは、俺よりもずっと現実的だった。

「でも」
唐傘の話をした時、ホノカは寂しそうな顔をしていた。
時代に取り残される側だったホノカは、やはり捨てられる側の気持ちになってしまうんだろう。
「……よし。決めた」
ホノカの悲しそうな顔を思い出した俺は、決意を声に出して歩き出した。




「ただいま」
「おかえりなさい旦那様……?」
俺を出迎えてきたホノカが、不思議そうに俺が手に持っているものを見る。
そして、怒った。
「もぅ、旦那様! 使えないものを持って帰ってきてはいけないと、あれほど言ったではないですか!」
腰に手を当てて小さな子供を相手にするようにして、見て目はどう見ても幼い少女のホノカは母親の様に怒った。
でも、怒る前のほんの一瞬だけ、ホノカは泣きそうな顔をしていたのを、俺は見逃さなかった。
だから、俺はにっこりと笑って持っていた唐傘をホノカに差し出す。
「さ、一緒に直そう。ホノカなら直し方もわかるだろ?」
「そ、そりゃあ、知っとりますけど」
ホノカは小さい子供がするように、口をへの字にして唸り声を出す。
それでも俺が引かないと悟り、はぁとため息をついた。
「わかりました。ウチは補修用に和紙やらなんやらを買(こ)うて来ますから、それまでゆっくりくつろいでいてくださいな」
「うん。お願いね」


ホノカは近くのスーパーで買ってきた道具を元に、手際よく唐傘の補修を始めた。
開いた唐傘は竹の骨組みが折れていたり、破けて穴が開いていたりとボロボロになっていた。
それでも、この傘を使っていた人は本当に大事に使っていたんだと、素人の俺でもわかった。
傘の骨は何本かほんの少しだけ他の骨と色が異なっていた。
おそらく、折れて使えなくなった骨の代わりに別の竹を用意してきたのだろう。
和紙の部分も何度か張替えをしたようで、骨の部分にノリをはがした跡が少しだけ見えた。
俺は見ているだけで何もできなかったので、代わりにホノカにお茶を入れてあげた。

「あ、そうだ」
お茶を飲みながら、俺は冷蔵庫から和菓子を取り出してきた。
それだけでホノカは意図を理解したようで、くすくすと半纏で口元を隠して笑う。
「座布団を用意して来ますぇ」
「うん、お願い」
他に何かいるかなと思いだそうとすると。
「他のものも用意いたしますぇ」
とホノカが付け足した。



小さなちゃぶ台の上に固定された唐傘が垂直に固定されて立っている。
傘は開いていて、ちゃぶ台は赤いバンダナを敷いてある。
ちゃぶ台の上には和菓子とお茶。
どれもこれも間に合わせのものばかりだけど、形だけは何とかなったみたいだ。
「現代風の野点なら、これでかまへんでしょう」
「そういうもの?」
「時代どすぇ」
くすくすとホノカが笑っている。
昔と今を比較しているのか、「現代風もええもんやねぇ」と呟いている。

野点というのは、外で行う茶会、みたいなものだ。
さすがに茶道具もないし、というか今は雨が降っているんだから外に出るのもまずいし。
そういうことで、「室内の野点」を急遽でっち上げたわけだ。
俵状に底の深い湯呑でお茶を飲みながら、和菓子をつまむ。
隣にはまっすぐ背筋が伸びたホノカが湯呑を手にしてくつろいでいる。
なんとなく、昔の人はこんな風にしてお茶を楽しんでいたのかな、と思った。




それから、天気のいい日は日干しがてらに唐傘を開いて、一風変わった野点をするようになった。
釜やら屏風やらは無理だとしても、お茶を混ぜる茶筅などは比較的安く売っているので、それらも可能な範囲で買いそろえた。
ホノカはお茶には詳しくないけど、見よう見真似であれこれとお茶を点てていた。
お茶は室内や昼間に点てるもので、提灯の出番はない。
それでも、室内に畳まれた状態で見ることがあったようで、本当かどうか怪しい注釈を添えてホノカはお茶を点てていた。

そんなある日。
ある朝。
「おはようございます。姐さん、兄貴」
知らない若い娘が正座して家の中に座っていた。



「唐傘おばけ、どすなぁ」
「ああ、そうなの?」
「他にはありゃしませんよ」
ホノカは驚いているようで、口元を隠しながら目を大きく開いている。
言われた当の本人も、我が意を得たりとばかりに大きくうなずいた。
「ウチは生まれは京の……店で、育ちは京の……店の、唐傘おばけです! 今後とも、よろしゅうお頼み申します!」
「……」
思わず、ホノカを見る。
ホノカは目を反らした。
いや、なんというか。
自分の生まれや育ちについてあまり詳しくないというあたり、頭の良し悪しについて少々考えてしまった。
ちなみにホノカは、北陸の小さな提灯職人に作られ、さまざまな持ち主の手に渡って最終的に俺の処に来るまでの過程を、こと細かく覚えていた。

唐傘おばけ。
そう自称する彼女は、確かにその特徴を持っていた。
なんといっても最大の特徴は、大きな目玉と舌を備えた唐傘だ。
よく知る昔話なんかの唐傘おばけは棒の部分が足になっていたと思うのだが、彼女の場合は棒の部分は若い娘の姿となっている。
服装は露出の多い、なんとも目のやりどころに困る服を着ている。
体の前を隠す前掛けは首元から膝まで垂れている。
大事な部分はちゃんと隠れているけど、問題は腰に回す帯の役割をする紐がないので、歩くだけでかなり危険だ。
ひらひらとしていて、すごく危険だ。

前掛けの上から羽織るように、外套も一緒に羽織っている。
傘と同じ色の赤銅色に黒の太い縦線が入っていて、どことなく閉じた唐傘を思わせる。
手首の飾りや前掛けの留め具は焦げ茶に金の縁取りがついていて、仏教風とも唐風ともつかない印象を受ける。
足は……これはどういう事なんだろう。
白い布がふくらはぎ辺りに巻き付いている。
「これは、滑り止めの布どすぇ」
「ああ、なるほど」
これじゃ歩けないんじゃないかと思うほど、両足を揃えるように滑り止めの布が巻き付いている。
「跳ねて歩きますんや!」
両足をそろえて跳ねる唐傘おばけ。
その2秒後、天井に頭をぶつけた唐傘おばけは悶絶して床を転がった。


最初、この騒がしくも微笑ましい唐傘おばけとの生活はどうなるものかと悩んでいた。
しかし、彼女の能天気なまでの明るさは救いだった。
ホノカを姐さん、俺を兄貴と呼び、あれやこれやと世話をして回った。
世話をするのは付喪神の性分なのかもしれないが。
「ウチの仕事が、のぉなってしもうた」
と困ったようにホノカが笑っていた。

唐傘おばけに名前がなかったので、今回も俺が名前を付けた。
ミカサだ。
漢字で書くと美傘だ。
和紙に書いた名前を見せると、ミカサは体をくねらせて喜んでいた。
ミカサは意外にあれこれと家事の手伝いを上手いことしていた。
両足を束ねていた滑り止めの布は分離してサポーターの様にそれぞれの足に巻き付け、自由になった両足で室内を駆け回る。
自由に歩けるようになったミカサは、「自由やー!」と大声を出して走れる喜び、そして壁と衝突した激痛を味わっていた。


こんな風に新しく始まった3人の同居生活は、意外な形へと変わっていった。
ある日のこと。
朝から雨が降っていた。
「今日は洗濯物が干せません〜」
ミカサ床にへたり込んでいる。
ホノカも少し慣れてきたけれど、最初の頃はこんな風に困っていたっけ。
そう思い出してホノカを見ると、ちょっとだけ困ったように笑ってこちらを見つめ返してきた。

「あ〜。う〜」
ミカサは傘を閉じた状態で床の上を転がり始めた。
傘を閉じると、いつの間にか大きくなった傘の部分がミカサの足首まで覆ってしまっていた。
これこそまさに傘だ。
呻きながら転がる等身大の傘を見て、ホラーだなぁとのんびり考える。

ミカサをどうしようかと考えていると、唐突にミカサの動きが止まる。
「ミカサ、どうした?」
返事がない。
ホノカを見ると、彼女も何が起きたかわからないようで、同じように首をかしげている。
「いったいどうしたんだ。ミカサ」
近づいて声をかけると、足首がぬるりとした。
「え?」
「あっ」
ホノカが声を上げたのとほとんど同時に、傘が大きく開いて、俺はその中に引き込まれた。

「えっと?」
再び閉じられた傘の中で、ちょっと困った状態になっていた。
ミカサに思い切り抱き着かれているのだ。
顔を赤くして、発情したように息を乱して、うるんだ瞳で見つめてくるミカサに。
いや、これはもう発情していると言っていい。
経験した女性はホノカしかいないが、それでもわかる。
ミカサは、発情している。

「兄貴ぃ」
「な、なんだ、ミカサ」
「ウチ、ウチ……」
何となく、ホノカと出会ったころを思い出した。
「ウチ。兄貴に、使(つこ)うてほしいねん」
そう言うと、ミカサは大きく、そしてぬるりと滑る舌を使って、彼女の前を覆っている薄布をまくり上げた。


結論から言えば、ミカサは「雨の日に傘として使ってほしい」という本能が刺激されたのだと思う。
火を灯されたホノカが使ってほしいと願ったことに似ているのかもしれない。
「ひゃああんんん♪ ちくび、ええんのぉ♪」
何度目かの精液をミカサの中に放つ。
ミカサの中は熱くぬめっていた。
そしてそれは、体の外側もそうだった。
傘の裏側から生えた大きな舌は終始俺の体を舐め上げ、天然のローションの様な液体をまぶしていく。
この液体のおかげで狭い傘の中でも楽に動くことができ、さらにぬるぬるとして気持ちがいい。
服は、気づいた時には着ていなかった。

「はぁあ、んんん〜〜〜♪」
またミカサはイったらしい。
犯(しよう)されながらも、ミカサは巨大な舌を使って俺に奉仕してくる。
時には背中を、時にはうなじを、大きな舌全体を使って舐めてくる。
俺の体を男根に見立てて、舌で愛撫ををされているような気分だ。
「は、んはぁ♪ あにきぃ、もっと、もっとつかってぇなぁ♪」
ミカサは甘えるように足を絡ませ、さらに口と傘の舌も絡ませてきた。




そして今、俺たちはホノカの前で正座をしている。
ちなみに俺たちは二人とも全裸だ。
「ウチというモノがありながら、旦那様は……」
「ま、まってぇな! うちが、うちが悪いんや!」
「だまらっしゃい!」
口を挟んだミカサだが、ホノカに一喝されて体を縮めこませる。
「ウチは、ウチは……」
感情を押し殺すようにホノカがうつむく。
まさか、自分が要らなくなったと思って出ていくんじゃないだろうな。
俺は嫌な予感がして、思わず立ち上がる。
「ホノカ、いいか、お前は」
「ウチやって、使ってほしいんやぁあああ!」
そして、押し倒された。
ホノカは既に、全裸だった。




それからというもの。
俺は提灯片手に唐傘を差すようになった。
夜には提灯が欠かせないし、雨には傘が欠かせない。

だから、雨が降る夜は、提灯と傘が必需品になるのは、当たり前のことなんだと思った。

雨の日の夜に、何かがやってきたら。
きっとそれは唐傘おばけです(。。

みんなも、風流な夜を過ごしてみませんか?

「ウチ、がんばるでぇ! …あ、でも、初めての夜は、えっと、なぁ///」

傘は必需品です(−−

15/07/02 23:09 るーじ

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