性なる夜を祝おう |
私(わたくし)はエンジェル。
とても尊き主神様に遣わされた天の使いですわ。 私の仕事はいたって簡単。 世界の汚点である魔物を排除すること。 敬虔なる主神様のために祈る人々を祝福する事。 そして、魔物を排除する人々にご褒美をあげる事。 主神様のために働くことは、エンジェルにとって至上の幸福。 あぁ、今日も清々しい一日が始まりますわ。 私達エンジェルは主神様の教えに忠実な人々に幸せを分け与えるための能力がありますの。 その一つが、魔物討伐の意志がある人間がわかる、と言うもの。 ほら、あの若者もどうやら数多くの魔物討伐を目標としているようですわね。 その気高き志に相応しい幸せを授けましょうか。 「今日は。若き人間よ」 私が彼の前に舞い降りると、彼は驚いて剣を引き抜き、身構えました。 どうやら、ハーピー種と間違えたのでしょう。 振り下ろされた剣を光の輪で受け止めると、彼は驚いて飛び去りましたの。 「私は魔物ではありませんわ」 私が笑うと、彼は戸惑っていらっしゃるご様子。 「数多の魔物討伐に向け日々努力をする貴方に、祝福を授けに参りましたの」 私が自らの使命を告げると、彼は驚かれましたわ。 初めてエンジェルに出会う方は何時も、同じ反応を示されますのね。 「何がお望みですの?」 訊ねると、彼は私の目を真っ直ぐに見据えて、こう言いましたの。 「強い力を。多くの魔物を、強き魔物を打倒せるほどの力を」 これが彼との最初の出会いであり。 私の使命の一端であり。 彼の栄光の始まり。 そう、信じて疑わなかったのですわ。 「あら、また強くなられましたのね?」 ある時は森の奥深い中、彼は土汚れに塗れて私を待っていらっしゃいましたわ。 「力を。もっと強い力を」 ある時は、無人の村にて滝のような汗をかいていらっしゃいましたわ。 魔力の残り香から、つい最近まで魔物に占拠されていた事が、わたくしには分かりましたわ。 「力を。もっと。もっと強い力を」 彼が余りにも熱心に修行を続けるので、やがて私は彼と同行する事にしましたの。 効率の事もありましたけれど。 一つだけ、湖に浮かぶ泡のような懸念が、浮かんでいましたの。 「貴方はどうして、笑われないのですか?」 彼は数多くの魔物を葬り、より強い魔物を、より多くの魔物を狩る程の力を身に着けたというのに。 その顔は岩の様に固まっていらっしゃったのですわ。 私は疑問を口にしましたけれど。 彼は一度も答えてくれませんでしたわ。 私は争いごとは好まない、清純なエンジェルですの。 ですから、修行に集中する彼からは離れ、彼を待つことにしていましたわ。 そして戻ってきた彼へのご褒美に、より強い力を授ける。 ですから、私は彼の鍛錬の光景を一度も見たことがなく。 如何に勇猛な戦い方をされるのだろうと、いつも想像して待っていましたわ。 ある日の事。 好奇心から、彼の日課が終わるより早く、私の方から彼に会いに行きましたの。 村は酷い有様で、嗅ぎなれない異臭が立ち込めていましたわ。 異臭に混ざった魔力の波長から感じ取れたこと。 それはこの場所に多くの人間と、そして多くの魔物が居たという事実でしたわ。 いったいどれほどの惨劇がこの村で行われていたのでしょうか。 嗚呼、もっと、もっと多くの魔物を狩らなければいけないのでしょうね。 「悲しい、ですわね」 きっと、数多くの命が失われている。 その事実は重く、そして、地面を塗らす大量の体液は、この村の嘆きの様に思えましたの。 最後の悲鳴が聞こえた時、体が怖気で震えましたわ。 若い娘の悲鳴。 エンジェルである私は人の声に含まれる感情を熟知しています。 けれどあまりも複雑で織り交ざった知らない感情の渦に、私は困惑いたしましたの。 いったいどんな責め苦を受ければこのような感情に至るのでしょうか。 地上は、一刻も早く浄化されなければいけない。 そう思い彼の下へ飛んでいきましたわ。 彼は、やはり何時もの通り、土汚れと汗に塗れていましたわ。 彼は異臭と悲鳴の元である魔力が立ち込める家の手前で、建物から顔を背けていらっしゃいましたわ。 恐らくは、もう手遅れだったのでしょう。 「貴方は出来る限りの事を、きっとされたのですわ。さぁ、ご褒美を差し上げますわ」 私は辺りに広がる魔物の魔力と異臭を吹き飛ばし、彼にさらなる力を差し上げ。 最早、誰も生存者がいないであろう村を見回しましたわ。。 「とても、良い村だったようですわね。瞼を閉じれば、子供らの笑顔がありありと浮かぶようですわね」 彼も同様だったのでしょう。 私の言葉に肩を震わせて反応されましたわ。。 私は魔に犯されてもなお消し去れない人々の穏やかな日々を思い、この村の方々の死後に祝福あらんことを、と主神様にお願いいたしましたわ。 「さぁ、次に参りましょう。このような被害が少しでも減るよう、一刻も早く魔物を討伐しないといけませんわ」 彼の体の汚れを取ろうと手を差し伸べた所で、ふと彼がじぃと私を見ている事に気づきましたの。 「何かありまして?」 彼は黙ったまま私を見た後、頭を振って歩き出しましたの。 その後、魔物に汚染されたがゆえに命を落とす事になってしまったであろう、数多くの人々の冥福を祈る日々が続きましたの。 ハーピー種と若い少年の魔力の残滓。 ゴブリンたちのむせ返る異臭、そして魔力の残滓。 時には魔物に汚染されたエルフの魔力さえ感じ取れる事がありましたの。 今代の魔王は、今までになく悪辣な魔王なのでしょう。 私に魔王を討つ権限がないことを、悔やむ日々でもありましたわ。 いつのまにか。 私は、主神様にお願いをする事が増えましたの。 魔物に汚染された人々が死後、幸せに過ごせますように。 平和を願う人々が、その生活を脅かされないように。 心で願い。 声に出して祈り。 私達神族の祈りは主神様に必ず届く。 彼にそう説きながら、何度も何度も祈りましたわ。 彼が、どのような思いを抱いて、私を見ているのか。 敬虔な神の使徒たる私の姿に感銘を抱いているのだと、信じて疑いませんでしたわ。 彼が、ドラゴンさえ打ち倒せるほど強くなった頃。 ある汚染された村の討伐の跡地に、いつもの様に祈りを捧げて回っていると。 呻き声が聞こえましたの。 幼い、幼い娘の呻き声。 私は慌てて声の聞こえた方へ飛びましたわ。 辿り付いて、助けようと手を伸ばし、その手を止めてしまいましたの。 彼女は、魔物に汚染されていましたの。 その頭に角が生えている姿。 ゴブリン属の少女でしたわ。 少女は、異臭に塗れておりましたわ 草場に隠れて見えませんが、恐らくは力尽きる寸前なのでしょう。 ぼぅとした表情からは活力が感じられませんでしたわ。 魔物の魔力を体から立ち昇らせる少女は。 天の使いである私の前で。 微かな吐息を漏らしておりましたの。 迷ってはいけない。 そう思っても、手が震えてしまいましたわ。 死後の祝福の祈りさえすれば、彼女は幸せに暮らせる。 そう分かっていても。 今ここにいる彼女を殺す事が、どうしても出来なかったのですわ。 そして唐突に後ろから延ばされた手に導かれるまま、私はその場から離れたのですわ。 初めて触れる男性の手。 日々の鍛錬で硬くなった掌の主は、彼でした。 彼は私に告げましたわ。 この村はもう終わりだ、人間はもう居ない、と。 そして、いつもと同じ言葉を。 石の様に固い口から漏らしましたの。 「強い力を。もっと多くの魔物を。もっと強い魔物を、容易く葬れるように」 私は戸惑いましたわ。 「この少女は、人間なのでしょう? 魔物に汚染されているだけで」 彼は、私を見た後。 ゆっくりと首を横に振りましたの。 違う。 これこそが魔物。 魔物に汚染された人間はいない。 いるのは、人の形を模した魔物だけだ。 私は、思考が纏まらず、彼の目を見ましたわ。 彼は、何も見ては居なかった。 雪山の永久凍土よりも凍りついた瞳。 彼は続けます。 「強い力を。もっと多くの魔物を。もっと強い魔物を、容易く葬れるように」 私は何も考えられず、何時も通り彼の汚れを光で落とし、新たな力を彼に与えましたの。 脳裏にはまるで眠るように目を閉じた、角を生やした幼い少女。 そして今までの旅で見て来た、多くの異臭と魔力が混在した村々。 年の差が離れた二人の男女が抱き合うようにして倒れていた事もありましたし、複数の魔物の魔力に混ざる少女の魔力が変質していく残滓もまた、一度だけ見ましたわ。 彼女たちは穢れた魔力に汚染されただけの人間ではない、という事なら。 あの娘たちは救われる事はないのでしょう。 なぜならば。 主神様は、魔物には祝福を与えないからですわ。 私は、彼と共に長く険しい旅に出ましたわ。 あるいは険しい崖を魔力無しで登る。 あるいは激流に逆らい歩み続ける。 彼の鍛錬は私の理解を超える物ばかりでしたわ。 まるで常に自身を脅かす何かから逃げる様に、鍛錬に次ぐ鍛錬を続けましたわ。 私も彼の苛烈さに目を奪われ、何時しか魔物討伐への熱意を口にする事さえなくなってしまいましたわ。 そうしていつしか、私の祈りは途絶えましたわ。 だって、意味がないのですから。 多くの鍛錬を超え、それでもなお苦行を自身に課す彼に、私はある日尋ねましたわ。 どうして静かに暮らしてはいけないのかと。 どうしてそこまでの苦行を自身に課すのか、と。 彼は言いましたわ。 魔物を討伐するためだ。 私は言いましたわ。 魔物を討伐すれば、貴方は静かに暮らせるのでしょうか。 そして彼は返事も無く鍛錬に戻り。 私はその背中をただ黙って見守りましたわ。 だって。 何時しか、彼の姿を見る時間が掛け替えのない物に変わっていたのですから。 滴る汗と彼の横顔を見る時間の分だけ、祈りの時間は減っていきましたわ。 沢山の山を越え谷を渡り。 沢山の岩を切り裂き激流を超え。 魔界からやってきた騎士団を返り討ちにして。 ドラゴンの襲撃を撃退したこともありましたわ。 「ふふ、ふふふ」 エンジェルと言えど、私は神族。 たかだか魔物風情が叶うはずがありませんの。 「ふふ、ふふふふ」 今日はドコへ行きましょうか。 あの山奥なんて如何かしら? きっと、また二人きりで何日も、過ごせるでしょうね。 「ふふ、あはは」 ほら予想通り、だぁれも居ないですわ。 さあ、テントを張りましょう、寝床を整えましょう。 また何日も何日も、この場所で鍛錬を見守りましょう。 また何日も何日も、二人きりで鍛錬を続けましょう。 だって、貴方は。 とても眩しくて輝くのだから。 主神様と貴方、どちらか眩しいのかしら。 「あはは、あははははは、あはははははははは」 とてもおかしいですわ。 とても不思議で、おかしくて、たまりませんわ だって。 答えはもう、決まっているのだから♪ 「ふ、ふふふ、くすくす、あははは」 私は、笑っていましたわ。 お淑やかさは、貞淑さは、今は気になりませんでしたわ。 だって、おかしいじゃありませんの。 「主神様は一番でしょう? それなのに比べる事自体、出来るはずないじゃないでしょう?」 誰よりも輝き、誰よりも尊い主神様とそれ以外は比べるべくもないはずですわ。 だから比較する時点で、いえ、もっと前から答えは出ていたのに。 私は一体、"今まで彼と接してきた行い全て"がどういった意味を持っているのか、本当にわかっていなかったのかしら? エンジェルの私が行っているから清らか? どうなのでしょうか。 だって、同じですわよ。 魔物と何が違うのかしら? 数多くの魔物に襲われた村々で香ったあの異臭を、彼がいったい何度放ってきたのかしら。 そしてその異臭の元を放つ行為を、いったい誰が行ったのかしら。 私自身でしょう? あまりにも。 滑稽すぎません? 「ふ、ふふふふ」 「あは♪ あはははは♪ あははははははははっははははは♪」 私は、これまで出したことのないほどの音量で恥も無く嗤い声を上げ。 今まで溜め込んだ憤りを光に変えて地面に叩きつけましたわ。 光はどろりとした影を生み出し、私を中心とした渦と変わりましたわ。 けれど、どうでもいいのですわ。 その程度のこと。 「私は、もう遠の昔に、変わってしまっていたのですわね」 あふれ出した感情は涙腺を刺激し、目から涙が溢れ出てきましたわ。 「不思議ですわね♪ 一度気付いてしまえば、頭にかかった霞が全て晴れた気分ですわ」 人間がそうであるように、私たちエンジェルもまた、涙を零せば声が震える。 そんな些細な事さえ、私が殺してきた魔物との共通点があり、なおのこと私は我慢し切れなかったのですわ。 「私たちエンジェルも、人間も、そして今の魔物も変わらないのですわね」 そして、今まで見過ごしてきた事。 抱いた疑念を抱いていない振りをし続けたこと。 それら、禁忌に当たる言葉さえ、今の私にとっては。 ただの言葉に過ぎませんでしたわ。 「主神様。私は、私は、」 けれど、決定的な言葉であること知っていましたので。 大きく息を吸い、盛大に言って見せましたわ。 「私は、神の使命など、捨てますわぁ♪」 そして、私の意識は。 闇に落ちましたわ。 その後。 私と彼がどうなったか。 闇に落ちた私は、囁く声に耳を傾けましたわ。 その声は私も知っている、禁忌に触れた神様の声でしたわ。 その神様の話は、今まで私が見てきた事の真実と、主神様の嘘のお話でしたわ。 そして、私がどうあるべきかも、教えていただきましたの。 手始めに彼を押し倒し、今まで凝り固まっていた彼の感情を溶かしつくすように。 何度も何度もキスをして。 何度も何度もおちんちんを咥え。 何度も何度も彼の精液をこの身に受けて。 何度も何度も彼に跨って快楽を貪り。 何度も何度も彼に押し倒されて快楽の道具にされて。 少しずつ、彼の心を蕩けさせていきましたわ。 頃合いを見て、彼との交わりをやめた翌日。 彼はぽつりぽつりと私に語ってくれましたわ。 彼には恋人が居たと言う事。 恋人が魔物になってしまったと言う事。 神の罰を恐れて教団にそれを伝えた事。 目の前で助けを求める恋人に、背を向けて走り去った事。 私は彼を許すと告げ。 また、彼の上に跨りましたわ。 彼は今、堕落の神様がいらっしゃる万魔殿で堕落と快楽の日々を過ごしておいででしょう。 けれども、私は堕落の神様から使命を与えられた身。 この黒く染まったいやらしい体は、その教えを広めるためにありますの。 さぁ、今日も沢山祈って、沢山の人々にご褒美を与えましょう。 「さぁ。今宵も性なる夜の始まりですわ! 皆々様、人も魔物も、死者さえも関係ありません。存分に、淫らに、楽しむのですわ!」 私は黒く染まった魔力の光を辺りに押し広げ、いつものように祭りの開始を告げますわ。 「さぁ、救いましょう。生の苦しみを性の楽しみへ、死の悲しみを絶頂の喜びへ変える為に」 |
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