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【挿話】二人の勇者

私が目を覚ました時、最初に目にしたのは白い天井だった。
夢の続きかなと思ったけど、良く見ると天井の白には長い年月を思わせるくすみが浮かんでいる。
体を起こして周りを見る。
ベッドが二つ、机が一つ。
そして旅行に使うザックが2つ。
私は宿屋の一室にいるみたい。
部屋にあるもう一つのベッドでセイバ君が寝ているから、まだ朝の早い時間帯かな。
セイバ君、朝にすっごく弱いから。

カーテンを開ける。
窓の外を見ると、朝靄に包まれた建物が見える。
町の様に密集していなくて、ぽつんぽつんとあちこちに家が建っている。
ここは村。
北の地にある村。
山から下りてくる冷たい空気で村一面が霧に包まれる、どこにでもある山のふもとの村。
「でも、普通じゃないんだよね。確か」

私がこの村に来た理由。
私と似ていない少年と二人きりで旅をしてきた理由。
ベッドの傍に、自分でも似合わない剣が置いてある理由。
それは、私とセイバ君が勇者で、この村に現れるドラゴンを討伐しにやって来たから。
魔物が出てきても私たちなら撃退できる、はず。
この村に着くまでの間は、騎士団の人たちが護衛をしてくれたから、魔物にも出会わなかった。
魔物がいい人か悪い人かなんてわからない。
私に分かるのは、あの町を突然襲いかかって、突然飛び去ったというドラゴンの爪跡だけ。
誰も亡くなっていないし、怪我した人も逃げている間にこけた位だって聞いたけど。
町を壊すなんて、やっちゃいけない事だよね。
だから私は、討伐するためにやってきたんだ。
「……負けちゃったけどね」
私はドラゴンの洞窟に入った時の事を思い出す。


私もセイバ君も、洞窟の入り口に来た時は、よしやるぞ!と勢いが付いていた。
洞窟の中には光が差さないから、暗くなったら火をつけようとカンテラを持って入って行ったんだけど、結局使わなかったなぁ。
足元にも壁にも、天井にも、天然の明かりが灯っていたから。
明かりを灯す魔界の植物が生えた洞窟の中は幻想的で、綺麗だった。
あちこちに生えた小さな植物の白い花びらが、ほんのりと緑の色に灯っていたんだ。
私もセイバ君も、あんまりにも綺麗だから暫くの間見とれちゃっていた。
私たちが見たことも無い綺麗な花。
どうして私たちはこんなにも綺麗な花を知らなかったのか。
少しの悔しさと大きな喜びが胸の中を満たしていて、どうして見た事が無かったのかを考える余裕なんて無かった。

小さな光る花は、洞窟の奥へ行けば行くほど増えていった。
ドラゴンが住んでいる場所が近いのかなぁと呟いたら、セイバ君が慌てて周りを警戒し始めた。
「どうかしたの?」
「え? どうしてって。だって、他の魔物が現れる可能性があるじゃないですか!」
セイバ君に怒られちゃった。
私はセイバ君を落ち着かせようと、頭を撫でてあげた。
「その心配だけは無いよ。ドラゴンは怖いから、他の魔物は巣の入り口に近づく事も出来ないんだってさ。
「そういうもの、なんですか」
「そうらしいよ」
セイバ君は分かってくれたみたいで、少しだけ落ち着いていた。

洞窟の天井は高くて、大きなドラゴンがのっしのっしと歩いていけるほど、通路は広かった。
槍の穂先がぎりぎり天井に届くくらいかな。
ドラゴンの足跡は無いみたい。
もしドラゴンが歩いていたら、この小さな花は潰されちゃいそう。
もしかしたら、大きなドラゴンはこの小さな花を潰さないように気をつけて歩いているのかも知れない。
そう思ったら不思議とドラゴンが可愛らしく思えてきたんだ。
「どうしたんですか。急に笑ったりなんかして」
「ううん。何でもないよ」
私は気を楽にして歩きながら、そんな風に色々と考えていた。

ドラゴンの声が聞こえてきた時、私とセイバ君は思わず剣を抜いてしまった。
私たちに話しかけているのかと思ったけど、違うみたい。
セイバ君と目配せをして、静かに走り出す。
この洞窟の通路は一本道だから迷う事が無い。
次第にドラゴンの声が大きくなると、小さな子供の声も聞こえてきた。
一瞬だけ、セイバ君と目を見合わせてしまった。
私たちの知っている声だったから。
「無茶だ! アイツじゃ勝てない!」
「ドラゴンと本当にお話をしているみたいだけど。危険だよ」
私たちは小さくて不思議な少年を助けるべく、地面を蹴った。

洞窟の奥、一際明るい場所に出た。
教会の中の様に広い場所の入り口に少年が立っていた。
そして、その奥、巣の中心にドラゴンがいた。
私たちに気づいたドラゴンが身を起こす。
私は地面を蹴り、ドラゴンに飛び掛る。
ドラゴンの尻尾が私を天井に叩きつける。
痛い。
怖い。
ドラゴンは私を見ていない。
でも凄く強い。
早く倒さないといけない。
だって、魔物だから。

怖い。
怖い。
私は地面を蹴り、邪魔な物を蹴り飛ばし、地面から生えている突起を踏みしめてドラゴンへ飛び掛る。
ドラゴンは動かない。
私はドラゴンの頭を切りつけ、鼻先を踏み台に背中へと飛び乗る。
落下する勢いを載せて背中へと剣を突き刺すのと、ドラゴンが地面に倒れるのは同時だった。
ドラゴンを倒した。
魔物を倒したんだ。


覚えているのはここまで。
私は勝ったのかな。
首を傾げてから、否定する。
私の体のあちこちが痛い。
今の記憶どおりなら、天井に叩きつけられた時の痛みだと思うけど。
どうしてだろう。
私にはどうしても、ドラゴンを討伐できたように思えないんだ。

私はドラゴンの事を思い出す。
何でだろう。
ドラゴンは、じっと私を見ていた様な気がした。
森で出会った鹿がじっと私を見る感覚に似ているようで、何か違う。
何か、何かよくわからないけど、あの目が忘れられない。
私はドラゴンのことが怖かった。
怖かったんだ。
でも。
あの目は、どうしてか怖いとは思えないんだ。
まるで、私が良く知っている人が、ドラゴンになって私を見ているような気分。
あり得ないよ、そんな事。

セイバ君が目を覚ましたので、宿屋でご飯を食べてから村を出発した。
セイバ君も洞窟の中での出来事はあまり覚えていないみたいだったけど、私がドラゴンを倒したんだって言ったら凄く喜んでいた。
「これからどうしましょうか」
セイバ君が尋ねてきたから、逆に質問する。
「セイバ君は何も聞いていないの?」
セイバ君が頷く。
教会の人はセイバ君のことを私に任せるって言っていた。
まさか、ドラゴン退治の後も私に任せるって事なのかな。

「ちょっとのんびりしよう」
「のんびり!? 魔物はどうするんですか」
「のんびりしながら修行するんだよ。セイバ君、みっちり稽古をつけるから、覚悟してよね」
「え? こ、光栄です! リナリア様と手合わせ願えるなら、これ以上のことはありません!」
同じ勇者なんだから様をつけないでって言っているのに、セイバ君は私のことを『リナリア様』って呼ぶ。
どうしてなんだろう。
「ドラゴンとの戦いでは一撃でやられてしまいましたので。次からはあのような事が無いようにします!」
「一撃で。……セイバ君、体は大丈夫!?」
慌ててセイバ君の体を触る。
「や、えっと、大丈夫です!」
少し戸惑ったけど、セイバ君はきちんと答えてくれた。
「そ、そこは駄目です!」
「え? もしかして、凄い怪我をしているの!?」
「ち、ちがいます! 怪我はしていないので、触らないで下さい!」
「どうして!」
「い、いえませんよ!」
「なんで!?」
「恥ずかしいからです!」
どうして、ともう一度訊ねようとして、ふと私が触ろうとしていた『部分』を見る。
そしてセイバ君の顔を見る。
セイバ君の顔は真っ赤だった。

……私は全力でセイバ君に謝った。




「セイバ君。忘れ物は無いよね」
「はい。……むしろ、リナリア様は余分な荷物があるようですけれど」
「ああ、これ? いいじゃない。ちょっと荷物が増えたくらい」
「ちょっと、でしょうか?」
セイバ君が私の背中を見る。
私の背中には、私よりも大きいんじゃないかって言う大きな剣が提げられている。
「それに」
「ああ、これはいいじゃない。ドラゴンの巣の戦利品、でしょう」
「とても高価なものには見えませんが。それに」
「いいじゃない。ほら、行くよ」

セイバ君は私の腰に吊るしている、2本目の剣を見ていた。
私も、どうしてこれを持っているのかわからない。
気になったから貰った。
それだけなんだ。
「さ、行くよ。まずはドラゴンに襲われた町の復興を手伝わないとね」
「はい!」


私とセイバ君は大きく手を振って歩き出す。
背中には大きな、大きな剣。
腰には教会から貰った剣と、お守りが一つ。
背中にある大きな剣は、見ただけでいい剣だと分かったから、誰かに上げようと思っている。
私にも使えるけど、私には教会から貰った剣があるから使わないしね。


こうして。
私は自分でも良く分からない直感に従って、町の復興を手伝いながらセイバ君の特訓をしていった。
あの大きな剣は使える人がいないから、それまでは私が預かる事になった。
今日も私は特訓が終わって、明かりを消した部屋のベッドに寝転がる。

傍には教会から貰った剣と、何の価値も無いお守り。
簡素な鞘に納まっている、一振りのショートソード。
魔法の何も掛かっていない、折れて使えなくなった剣だけ。

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13/07/28 10:43 るーじ

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