騎士の魂 |
騎士とはかくあるべし。
一つ、騎士とは忠義を尽くし主を守る盾となれ。 一つ、騎士とは暴虐なる敵を打ち倒す剣となれ。 一つ、騎士とは自制の意志をあらわす兜となれ。 一つ、騎士とは強固なる忍耐力を示す鎧となれ。 場を圧する声が連なり、広い筈の訓練場がビリビリと震える。 ここは魔界。 サキュバスの姫を中心に堕とされた、魔力の満ちる大地。 森にはマンドラゴラの様な植物系魔物が溢れていて、花も多くはアルラウネへと変貌している。 紫色の沼地はダークスライムの巣で、森の一角にはダークエルフが集落を作っている。 魔界の内側に飲まれた墓地からはゾンビやスケルトン達が生み出され、教会ではダークプリーストが淫楽の教義をレッサーサキュバスに説いている。 フェアリーの代わりにインプやピクシーが飛び回り、町にも森にもデビルバグがちらほらと姿を現す。 魔王とは別の、力あるサキュバスがデュラハンやダークスライムたちを連れて国を陥落させた、もとい歓楽に堕とした。 その成果が今この場所で展開されている、魔王の次に巨大な魔界だ。 もっとも、真面目なデュラハンや暇つぶしについてきた魔女が積極的に動いた事と、城を責め落とした時に誕生した数多くのサキュバスの成果であり、サキュバスの姫の成果かといえば甚だ疑問がある。 彼女は元々「一目ぼれした王子様」が欲しくて城に飛んで行っただけなのだ。 慌てて追従したデュラハンと好奇心旺盛なダークスライム他魔物、折角だからとついていった魔女が勝手に動いて魔界が出来上がっただけなのだ。 「まぁ姫と言っても、そう呼ぶに相応しい高貴なお方であり、魔王様の血縁というわけではないのだがな。」 というのはデュラハンの共通見解。 だがしかし、ついていった魔物たちと魔女の場合はちょーっとばかり違う。 「単なる色ボケの脳内花畑娘。」 当の本人が聞けば怒り心頭になる、かと思えばそうでもない。 なぜなら彼女は既に夢の住民。 愛する王子様(はぁと)との不眠不休の交わりにより王子様は半日でインキュバス化。 それからは寝ても覚めても、ベッドの上でも食堂でも屋根の上でも水中でも、ずっと交わり続けている。 元々が好きモノだったこともあって魔力はだだ漏れ。 結果としては、この魔力と溢れ出る「王子様好き好き〜♪」ぱわーによって城が陥落した。 だからサキュバスの姫自体は魔界とかそういうのはどうでもよかった。 とゆーか、彼女は王子様まっしぐらで、城のサキュバス化は彼女について行った他のサキュバスがやったとか。 閑話休題。 ともかく、そういった様々な経緯で発生した魔界には実直な騎士、デュラハンが王城に詰め掛けている。 魔界となった国に攻め入る人間など要る筈も無いだろうが、それでも神の尖兵を警戒するデュラハンは警備と訓練を怠らない。 剣技において魔物でも随一、しかも強い魔力と弛まぬ努力。 騎士としての忠誠も高く磐石の守りとも言える。 だぁが、しかぁし。 デュラハンにはある致命的な弱点があった。 「んん、はぁ、ねぇ、動いてよ、ねぇ♪」 「はぁん、そこ、いいぃ♪」 答え:首が取れると発情する。 悪戯好きで好色なサキュバスがちょっと突風で頭を飛ばすだけで、この様なのだ。 何名かは盾で風を防ぐなどして事なきを得たが、残念な事に他は頭が飛んでしまった。 インキュバスになった兵士達に跨り、自らの頭を片手に抱えて腰を振る。 自らの接合部を見て興奮しながら、男に抱きついて腰を振る。 屈強で精強な騎士団は、そこかしこで男に甘えたり貪欲に絡みついたり、はたまた熱烈な愛の告白をするデュラハンまでいる。 「今回はまた、盛大にやられた物だな。」 「全くです。貴族の方々も戯れが過ぎる。」 ちなみにデュラハンは魔王を王とし、サキュバスは貴族とか姫とかと呼んでいる。 自制を旨とするデュラハンとしては欲望のままに男と交わるのは悪い事なのだが。 「あぁ、やっぱり首無しがいいよぉ〜!」 「……はぁ。」 元々サキュバスは男女関係なく誘惑し、襲ってしまう魔物なのだ。 当然、同じ魔物であるデュラハン相手にもその誘惑は効果を持ってしまう。 そしてデュラハンたちの本音と言えばやっぱり、男の人とえっちがしたい。 だからサキュバスたちの悪戯にやられてしまったデュラハンは、次からの対処に一歩遅れてしまう。 つまり首無しに対抗する意思が弱くなってしまうのだ。 そのせいで徐々に騎士団の質が落ちているんじゃないかと心配で胃が痛くなる団長だった。 「ねぇー、アンダンテ。」 「何ですか、ファーシリア様。」 「もぅ。ファーって呼んでって言ってるじゃない。」 ぷぅと頬を膨らませる少女。 元々背の高いデュラハンの中でもなお背の高いアンダンテ。 彼女と話をするために、ファーシリアは魔力で宙に浮き視線の高さをあわせている。 「貴女はこの国の最初の姫なんですよ。」 「そんなの関係ないよ。単におかーさんがおとーさんとえっちしすぎちゃって子供が生まれたってだけでしょ。」 「経緯はどうあれ、貴女がこの国の女王の娘という事実は変わりません。」 「ぶー。」 ファーシリアが膨れっ面になっても態度を変えず、ぴたりと足を止める。 「それと。あまり騎士団の質を落とすような真似はしないで頂きたい。」 「え〜。なんで〜。」 「有事の際に不都合が起きるからですよ。」 「ゆうじってそんなことよりえっちがだいじでしょ、ってあ、こら〜!」 言いたい事を言い終わった彼女はドアの向こう側へと消えてしまった。 バタンと閉じた音と共に少女は肩を落とし、柔らかな赤い絨毯へと下りる。 「アンダンテの、ばか。」 しょぼんと落ち込んだ少女はとぼとぼと廊下を歩いていく。 その気配を感じながら、ドアに背中を押し付けたままの彼女は深くため息をつく。 「私達が守らなければ、姫様たちは誰が守ると言うんだ。」 頭を僅かに押して頭と胴体の隙間から本音を漏らす。 彼女はとても真面目で、優しい。 だから欲望に忠実になってしまった自分が大好きな姫様たちを蔑ろにする事だけは避けたい。 「でも。」 彼女は漏れ出る本音を抑えきれず、もう一度深いため息をつく。 「私だって、恋をしたいよぉ。」 騎士だって魔物だって女の子。 彼女の耳には、熱烈な愛の告白をした同僚の声がまだ残っているのだった。 昨日行った訓練は今日も行う。 少しずつサキュバスたちの悪戯に耐え切れなくなってきた騎士団だが、それ以外ではごく真面目に訓練や模擬戦に勤しんでいる。 時々「頭を外したまま休暇願いをする」デュラハンがいるくらいで、他は真面目だ。 問題は「頭を外したまま休暇願いをする」デュラハンが増えているくらいなもの。 「とても深刻な問題ではないか。」 「そうは言っても。私たちとて魔物ですし。」 「やはり魔女達に頼んで接合部分の接着をしてもらうしかないか。」 「以前ソレを頼んだら、もの凄く大変でしたが。」 「むぅ。」 頭が外れれば、という事は魔力的な作用で頭が外れないようにすればいい。 至極まっとうな論法だが、弱点があった。 接合していた魔力が尽きると同時に、首が飛んだ。 どうやら普段は僅かに隙間が空いていて、そこから微弱な精が漏れ出ているのだという。 それが完全密閉された為に内部の圧力が増加して、シャンパンの栓みたいに頭をすっ飛ばしてしまったらしい。 ちなみに頭がすっとだそのデュラハンは、通常の三倍顔を赤くして男女(同僚も)構わずに愛を交わして回った。 その「頭すっ飛び事件」でわかったのは、どうにかして少しだけ隙間を空けた状態で接合しないといけないのだが、まぁ色々とあって上手くいかなかった。 「どうするかな。」 「どうしましょうか。」 「恋人を見つけたら良いのよ〜。」 「むっ!!」 甘ったるい、聞けば体の力が抜けてしまう甘い声。 力が抜けてしまう、直後に気を引き締めて盾を構える。 他のデュラハンたちも各々の防具で身を固める。 「あらあら、お堅いわね〜。」 「騎士ですから。」 「アンダンテったら、そうじゃないでしょ〜。」 素肌が透けて見えるピンクのシルクローブに身を包んだサキュバスがアンダンテに近付く。 名指しされた彼女は片手で自分の頭を掴み警戒する。 「何がですか?」 「何時まで独身で居続けるのってことよ〜。」 「っ、く、要らぬ世話です!」 「あら怖い。でも、堅いだけじゃつまらないでしょ? ほら、体の力を抜いて、ね?」 「く、ぅぅっ。」 細く白い指が彼女の頬を撫でる。 完全にサキュバスのペースだと気づきながらも、彼女はわずか後ずさりをする以外に手はなかった。 抵抗しては失礼だからではなく、サキュバスの誘惑に抵抗する気力が削がれている。 頭をつけていてなお、この甘美な誘惑に飲まれたいと思ってしまう、息を呑むほどの淫らな美しさ、愛らしさ。 あとずさりをとめ、自ら頭を外してしまう、その前に抜き身の刃が二人の間に現れる。 「……どういうつもり?」 「だ、団長!?」 「部下相手にお戯れはよしてください。」 「む、私に意見するって言うの?」 目を細めて団長を見据えるサキュバスだが、その顔に恐ろしさなく、愛らしさが前面に押し出されている。 とはいえ騎士が貴族に対してあまりに非礼な行いをした事には変わらない。 彼女は団長の意図が読めずにうろたえる。 団長はと言うと、ごくごく自然な態度でサキュバスと向き合っている。 なんでもない様な顔で、団長は告げる。 「アンダンテには既に思い人が居ます。」 …………。 「なああああああああああああああああああ!?」 「え、えええええええええええええええええ!?」 アンダンテと話をしっかりと聴いていた同僚達が絶叫に近い声を上げる。 「え、えっとー?」 サキュバスも予想外だったらしく、目をぱちくりとさせている。 「ですから、恋はしています。これ以上はあまりにも無粋でしょう。」 「え、ええ、そうね。わかったわ。」 淡々と、冷静に諭されたサキュバスは団長の勢いに押されるままその場を去っていく。 「万事上手く行った。」 「そんな訳ないでしょう団長!! 私が、いつ、なぜ、どのようにして、だれが、恋をしているって言うんですか!?」 「落ち着けアンダンテ。文法エラーを起こしているぞ。」 「落ち着いていないからエラーを起こしているんです!」 至極まっとうでありながら完全に開き直った理屈をこねるアンダンテ。 対する団長は彼女の肩に手を置いて宥めようとする。 「いいか。騎士といえど、たまには自分に素直になることも大事だ。」 「団長! いったい何を………まさか、団長。」 ずさりと後ずさりをして団長から離れるアンダンテ。 彼女の恐れを形にするように、団長はゆったりと微笑む。 「ああ。私も先日、首が取れてしまってな。その勢いのまま、思いを告げてしまったのだよ。」 「な、なな、なななななな!?」 「ちなみにこれで告白も何もしていないのはお前だけになってしまったのだ。」 「ななななななななぁああああ!?」 落ちそうになる頭を抑えながらぐるりと周囲を見渡す。 「あ、あはははは。」 「いや、すまない。」 「私たちも、頑張ったんですよ?」 気まずそうだったり照れたりと色々だが、彼女達の顔を見てアンダンテは青ざめる。 「騎士団はどうするんですか!?」 「色恋も剣もこなしてこそ、精鋭と言えよう。」 「団長!?」 「いい加減諦めろ。こうなることは魔王様の代替わりがあった時から決まっていたようなものだ。」 「団長ぉおおおお!!」 アンダンテは知らなかった。 こんなにも騎士団が、こんなことになっていたなんて。 普通に考えればわかる事だが、サキュバス達は人間の騎士団を1日で壊滅させてしまった。 弱点のあるデュラハン騎士団が陥落するのは、しょせん時間の問題だったのだ。 「うぅ。どうしよう。どうしよう。」 普段の理知的な顔立ちには懊悩と苦悩、ようするに困りに困った表情で一杯いっぱいだった。 もう頭が落ちないように抑えているのか、わざとグラグラ揺らして本音を零しているのか輪から無いくらいだった。 落ち着こうと頭を抑えても動揺しているので手元は揺れて、「困った本音」が溢れて動揺する。 「あぁ、でもこうなってしまった以上はもう私だけが仲間はずれになってしまってはよく無いなそもそも団結力や意思の統一からすれば私も皆と同じ境遇にならなければならないし何と言っても団長のお墨付きだから何も問題は無いし(ノンブレス101文字)。」 既に理性的でいようとし続ける理性が折れかかっている。 魔物の本能、もう少し言うなら魔王の本能は恐ろしい。 彼女がどれだけ抗っても、ムダムダムダムダの勢いで彼女は陥落していく。 「アンダンテ、どうしたんだ?」 「ひっ!?」 良く知った声が耳に届いて、思わず飛びのいてしまう。 驚いたのは声をかけた方だ。 「おい、どうしたんだ? 様子がおかしいぞ。」 「な、なななななんでもないから問題ないぞ!」 顔を真っ赤にして狼狽、つまり慌てながら彼から離れようとするアンダンテ。 頭が外れるのは弱点だと聞いているのに、今の彼女は自分から頭を外そうとしているかのように見える。 これで問題が無いといわれても信じようが無い。 「まさかとは思うけど、風邪を引いたのか?」 「か、かぜは引いた! 熱病だ! とても重症だ!」 彼女を気遣って近付く彼に、「素直に」応えてしまう。 「おいおい、全然大丈夫じゃないだろう!」 「いや大丈夫だけど大丈夫じゃなくてそれよりもっと近くにああやっぱりだめだもう頭がうぁああああああ!」 「おい、マジで大丈夫か!?」 大好きな思いが溢れすぎて頭が外れてしまいそうになった挙句、溢れ出る本音に顔が真っ赤になって物理的に熱暴走している(元々暴走はしている)のだ。 大好きな彼に抱きしめられ、ついポロリと頭が外れてしまった。 「うん、大丈夫じゃない。大好き。」 「は?」 そしてつい、ポロリと本音も出てしまった。 呆気にとられた彼に顔を近づけてキスをする。 「ん、んん、〜〜〜っ!」 「ん、ぷはっ、ん、どうした?」 体を震わせた後、くったりともたれかかってきたアンダンテを抱きとめる彼。 彼女は酒に酔ったみたいに顔を赤くして、普段は無い色気溢れる笑みを浮かべている。 「えへへ。キスだけてイッちゃった♪」 「え、ちょ、んんっ!」 またキス。キスをするたびに彼女は小刻みに震える。 「ぷはぁ、んっ。」 「ちょ、ええ、ええええ!?」 そのまま柔らかな絨毯に押し倒される。 「えっと。」 「大好きっ。」 彼はアンダンテの思いの丈を、思う存分受け取ったのだった。 デュラハン騎士団。 ヤンデレとか色々と居る世の中だが。 ツンデレ率が100%の騎士団は世界中どこを見回しても彼女達ぐらいなもんだろう。 「さ、今日も訓練だ!」 「はい!」 「一つ、騎士団はあいす……敬愛する魔王様のために!」 「一つ、騎士団はだいす……団規を守り忠節を違えない!」 最近はツン度が下がって来ているようだが。 それはそれ。 魔物だからいいのだ。 魔物だから問題ないのだ。 |
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「アンダンテ〜♪」
「ファーシリア様。まったく、今日は訓練の日ですよ。」 「ぷぅ〜。また、ファーシリアって!」 「ご勘弁ください。私だって……あ、首が!」 「へへーん。ちょっと叩けば外れる首なんてちょちょいのちょいー。」 「もう。ファー様ったら。今日は一日中、付き合ってあげますよ。」 ----作者より たまには魔物を1種類だけ出そう、と思ったけど。 なんかサキュバスとかサキュバスとか出てきた(’’ だって、色々出すとおもしろいんだもん(。。 ちなみに「サキュバスの姫」は、ただの愛称と思ってください(’’ 10/04/20 22:14 るーじ |