草木も枯れる砂漠地帯にも町はある。
　カサカサ枯れ草が風に吹かれるような場所にも町はある。
　町があれば人はいるし、人が居れば市がたつ。
　市がたつなら商人がいるし、旅人がいるなら宿が建つ。
　一人だけなら寂しいが、二人いるならその分楽しい。
　一人だけなら考え方は一通り。
　二人いるなら考え方は二通り。
　三人いるなら考え方は六通り。
　考え方が違えば諍いの種が生まれる。
　人が増えれば自分の取り分が減る。
　諍いの種から争いが芽吹き、悲惨で鮮やかな血の花が咲く。
　そうならないために、人は法を敷き、ルールに則って自らの行いを律する。
　血の花が咲かないようにと作られたルールは、法律と呼ぶ。

「だから法律を守る事は大事なんだよ。動物にだってルールはある。動物に守れるルールなら、人間にだって守れるだろう？」
　問いかけた声は、雑談の波に儚く消えていく。
　数名の生徒は真面目にノートへ羽根ペンを走らせているが、他の生徒は教師の事などそっちのけで右見て左見て後ろ見てと好き勝手にしている。
　一冊の本を手に生徒たちに向き直っていた彼は、大きく息を吸って怒りを撒き散らす。
「くぉおおおらあああああ！！　先生の話をきけぇええええ！！」
　教室に若い男教師の声が響く。
　窓の無い教室のため、隣三軒にまで彼の声は届く。
　町の人たちは同情しながらも微笑ましく笑う。
　あの熱血先生がまた頑張ってるな、と。
　しかし町の人と違い、生徒達の反応は酷い物である。
「えー。だって、つまらないしー。」
「そうだよー。せんせーのおはなしはたいくつー。」
「ぐ、この。外の町じゃ、お前達くらいの年齢にもなれば親の仕事の手伝い位してるんだぞ！」
「この町じゃしなくていいから、やらないー。」
「仕事をしない代わりに勉強をしなくちゃいけないんだよ！」
「やだー。つまらないよー。」
　年若い少女達は口々に不満を並べる。
　気温以外の理由で顔を真っ赤にする彼に冷たい水の様な声が響く。
「先生。幾らなんでも、私たちの教育水準で法律の話は難解すぎますよ。」
「む、そ、そうか？」
「はい、そうです。私たちに水準を合わせては、逆に問題があります。」
　淡々とした口調で彼を諭したのは、黒髪に黒い肌の少女。
　服装は他の少女達と大差は無いが、いくつかの特徴においてこの少女は他の生徒達とは違っていた。
「イリス、やりー！」
「そうだそうだー、むずかしいぞー。」
「いまイリスがいいこと言った。」
　やんややんやと彼女を褒める声が沸き起こり、彼女は黒い耳を機嫌良さそうにピクピクと揺らす。
　ふさふさの黒い尻尾もパタパタと動いている。
「まぁ、アヌビスのレベルに合わせては問題があったか。すまないな。」
　教師としてのプライドを痛く傷つけながらも、彼は自分の非を認める。
　しかし彼を置いてけぼりですっかり少女達はイリスと呼ばれたアヌビスを取り囲んで褒め続ける。
　そうこうしている内に、遠く塔の方から角笛が鳴り響く。
「それでは、僕の講義は以上だ。みんな、次はもう少し真面目に話を聴いてくれよ。」

　言って彼が教室の外へ出ようとして、出口に立つ女性に気づく。
　土色のターバンと同色のガラベーヤ（ワンピースみたいな服）に身を包んだ彼女だが様子がおかしい。
　目に力はなく、ぼぅとした表情のまま彼へと近付いてくる。
　事情を察した少女達が、わぁと何かを期待するように歓声を上げる。
「へ、あの、ちょっと、一応生徒の前ですよ！？」
　まだこの町の習慣に慣れていない彼が抵抗しようとするが、無駄だった。
「んんむ、ちょ、あのっ！」
　まるで彼一人しか教室にいないかのようにキスをし、物欲しそうに彼を見つめる。
　必死で女性を引き剥がそうとする彼だが、その成果は芳しくない。
　見つめるだけなら彼もここまで慌てなかっただろう。
　しかし女性は彼の下腹部に手を添えて、絶妙な力加減でさすり上げていた。
「せ、せめてひとめのないところ、どわっ！？」
「だめ。もう、がまんできないの。」
　彼を床に押し倒した彼女は、艶っぽく彼の胸元で囁いて衣服を脱がせにかかる。
　見た目以上に力のある彼女は抵抗する教師を押さえつけたまま、露出した肌にキスをし、あるいはねっとりと舐め上げる。
　荒い息と共に熱烈な愛撫。
　そして生徒達の眼前で行為を迫られている。
　彼は理性を保つ事が困難となっていたが、乱れた彼女の衣服から垣間見える包帯と、濃い色の紋様を見てしまった。
　女性が彼に襲い掛かる理由を思い出してしまった。
「入れたい。ちょうだい、せーえき、ちょうだいよぉ。」
　普段は理知的な相貌にあられもない欲情が浮かんでいて。
「ちょうだ、ひゃうんっ♪」
　彼は理性が飛び、この町に相応しい行動に出た。
　この町の住民としての責務を果たす。
　平たく言えば、男性が女性と交わる事だ。
「や、もっと胸、触って、んぁうんっ！」
　包帯を解いて彼女の素肌に直接触れる。
　強すぎる刺激に涙が溢れ、口からは涎が垂れる。
　二人の接合部分から甘い蜜が溢れ、教室中にその匂いが満ちていく。
「うわぁ、すごい。」
「先生っておっきんだぁ。」
　匂いと光景に当てられた少女達も、じぃと実演されている「性教育」に釘付けとなる。
　じゅぷじゅぷと激しい水の音。
「ああ、ああああああっ！！」
「ん、むぅ。やはりマミーの乱れようは凄まじいな。」
　絶頂の悲鳴を上げる彼女から視線を外すイリス。
　他の少女達同様に顔を上気させながらも、一歩引いた位置に離れている。

　アヌビスは砂漠の管理者である。
　ファラオが治める国の住民、マミーを管理する魔物である。
　管理する者は自らをも管理する。
　自己管理の出来ない魔物に他者を管理する事など出来ないと言うのが、アヌビス理論だ。
　故に、授業をそっちのけで淫行に耽ってはいけない。
　ましてや興奮のあまり自慰などしてはならない。
「くぅ、きゅぅぅん。」
　気づけば周りの少女達はそれぞれがキスをし、絡み合って欲望のままに動いている。
「ん、いいよぉ。」
「ぺちゃ、ぺちゃ、んっ。」
「クリちゃん擦って、ん、そう、もっと強くつねってぇえええ♪」
「はっ、はっ、くぅ、また出る、出るぅうう！！」
　ごぽりと何度目かの精液が溢れる音がする。
　どろりと結合部分から白い精液が溢れ、教師の太ももに垂れる。
「うぅ、く、負けるな、負けるなイリス！」
　人より高い聴力が快楽の声を拾い、人より高い嗅覚が苦く芳しい精液の匂いをかぎつけてしまう。
「せんせ、もっと、もっと頂戴！」
「わ、わかりました！」
「せんせー、わたしたちもー。」
「こら、私が先だよ！」
「子供たちはまだ早いわよ！　せんせ、もっと、胸噛んで！」
　アヌビスの少女、イリスの苦悩はそれから１時間も続いた。


　
　オウルシス。
　十数年前に眠りから覚めたファラオにより、「砂の魔界」に沈んだ町。
　その町にとっての不幸で、ファラオにとっての幸運は、荒れた砂漠を人が住めるように整理しようと多くの人が集まっていた事だ。
　さらに重ねる事に、土木作業が中心となるため屈強で意志の強い男たちが大半を占めていた。
　これによりマミーたちの空腹は解消され、同時にファラオの国を再建する労働力も手に入った。
　アヌビスたちはこれをファラオが持つ天の配剤だと褒め称えた。
　彼らが元々は、「ファラオが眠る墓の財宝を狙う墓荒らし」のために町を造っていた事を踏まると、墓に財宝を詰め込んだファラオの先見の明もさもあらん、ということなのだとか。
　ファラオにしてみれば、いつでもお洒落をしていたいから財宝を詰め込んでもらっただけなのだとか。
　閑話休題。
　ファラオ（というか主にアヌビス）の統治により、オウルシスは瞬く間にその規模を拡大して行った。
　とはいえ、活きのいい若い男性はスフィンクスに持っていかれたり、マミーの栄養補給で一日の大半が費やされたりと障害は大きかった。
　スフィンクスを男という餌で動かさなければ、むしろ衰退していく一方だったんじゃ？と思うほどの有様だったという。
　何はともあれ、アヌビスの健闘の甲斐もあって町には市が立ち、学校も神殿も整備されていった。
　順調に町が作られていく中、ただ一つ、アヌビスがどうしても上手くいかなかった事がある。
　公序良俗、というか所構わずえっちすることだけは止められなかった。
　アヌビスが何度も試みたし働きかけたが、ファラオの「いいじゃん。私もエッチ好きだし？」の一言で一蹴されてしまった。
　法律に準ずる彼女達だが、それが故に「王の命令は最上の法」というルールに従ってしまう。
　王に逆らう管理体制などファラオの王政には存在しない。
　……というのがアヌビス理論だ。
　忠犬ならぬ忠アヌビス。
　お陰でエッチをするときだけは彼女は管理を放棄してしまうという、うれｓ、もとい困った状態になっているという。
　尻尾を揺らしながら文句を言うその姿こそが、彼女達の管理を磐石の物にしているというのが町の男たちの共通見解という。
　閑話休題。
　こう言った事情から、オウルシスではあちこちでえっちをしている光景が見られる。
　例えば、織物を売りに来たとある商人はというと、こうなった。

「ん、んんっ、んんんっ！」
「もっと胸、胸噛んで！」
「そこ、ん、もっと掻き混ぜて！　ぐちゅぐちゅって掻き混ぜて！」
「ちょ、さすがに３Ｐの３連続はちょっと辛いっす！　オウルシス舐めてたっす！」
「私たちも、ちょっとお腹すいてきちゃった。」
「乾いちゃったよー。」
「追加オーダー！？」
　若い商人に衣服も殆ど脱ぎ捨てた包帯姿のマミーたちが群がる。
　彼の背中に豊満な胸をこすりつけるマミー。
　水気を欲するようにただただ彼の胸や首を嘗め回すマミー。
　彼の手を自らの包帯を解いた胸に誘導して、快楽に震えるマミー。
　既に３回は出してもらったマミーは、精液を掻き混ぜるように騎上位で腰を振り続けている。
　下手に都会の女を買うくらいならとやってきた精力自慢の商人だったが、今後はこれにこりて無謀な行いは控えるだろう。
「もうさ、ここに住んじゃってよ。」
「ん、ちゅ、んちゅうぅう。」
「返さない。ずっとここに居て。」
「え、や、えっと、うぁぁぁぁ、どうしよう。」
　もう手遅れかもしれないが、それもまた人生。

　彼が今後どうなるかについては、マミーたちだけが知っている。
　さて、他にもマミーの犠牲者は後を絶たない。
　可哀想なのは童貞を奪われてしまった少年達だ。


「ん、ありがと。」
「うん。ねぇ、もっと引っ付いて良いかな。」
「いいわよ。ただ、えっとね。」
「うん、わかってる。ハニービーの蜜ならさ、まだ一杯あるから。」
「ごめんね。他のマミーだったらもうちょっと長持ちするんだけどね。」
「いいよ。僕だって、えっと、好きだからさ。」
「えっちが？」
「う、ぅぅ、ううう〜〜〜〜！」
「ごめんごめん。悪かったって。」
「もう。」
「でもさ、本当に私でよかったの？」
「もう！　それはいいっこなしって言ったでしょ！」
　ぷぅと頬を膨らませる少年。
　幼い仕草がまだ似合う彼はひと時もマミーから離れたくないと、体全体で主張している。
　マミーからしてみれば、つい食べちゃったせいで岡惚れされてしまったような物だ。
　好かれるのは嬉しいが少しフェアじゃない気がする。
　理性のある間は悩んでしまうため、快楽に乱れようと相手を求めてしまう。
　しかし精液を摂れば摂るほど理性が強くなり、悩んでしまう。
　少年から離れればやがて飢えて理性を失うのだろう。
「ふふっ。贅沢な悩みだよねー。」
「ん？」
　マミーは嬉しそうに困ったように笑う。
　これじゃあどっちが捕まっているんだかと笑って、意味が判らないまま少年もつられて笑った。


　マミーは精液を食糧とする性質上、並の女性より遥かにえっちが上手い。
　というか気持ち良い。
　だからマミーに童貞を奪われてしまった少年は、既に好きな人が居ても大抵はマミーに惚れてしまう。
　このせいでかつてのガールフレンドにメイスで殴られた少年が居たという。
　アヌビスが「どこでもえっち憲法（アヌビス談）」で困る理由の一つがこれだ。
　管理すればこの問題が起きなくなるのに、それができないのだ。
　仕方なくアヌビスが本来は不要のはずの警察機構を整備したのも、ここらへんに理由がある。
　あるのだが、その警察機構というのもこれがまた大変なのだ。


「あ？　なんだって？　あ？」
「だ？　んだぁ？　んだ！？」
「お前達何を争っているんだ？」
「あ？　なん、あ？」
「だ？」
「争いはご法度だ。制裁する。」
「ぎゃっあ！？」
「ぎゃっだ！？」
「ふん。マミーたち、私の巣までこいつらを運べ。」
「はーい。」
　尖った尾の毒を拭き取り、彼女はマミーたちに指示を出す。
　のろい動きのマミーに容易く捕まった男たちは、服の上からでもわかるほど男性器を勃起させている。
「せんせー、たべていー？」
「構わん。むしろ盛大に吸ってやれ。ただし、私が来たときは交代するんだぞ。」
「はーい。」
　先生と呼ばれた彼女は、アラクネの亜種であるギルダブル。
　用心棒として生計を立ててい彼女は、たまたま立ち寄ったこの町に居ついて警備を任される事になった。
「お、彼は中々の美丈夫。これは罪だな。重罪だな。」
　顔の半分を隠す布の内側でニマリと笑みを浮かべ、音もなく彼へと近付く。
「この辺りでケンカがあったと思ったんだけどなぁ。」
　奇しくも彼は人間で警備を任されていた、いわば彼女の同僚。
　しかし関係なかった。
　ぶっちゃけ、魔物は大抵、自分勝手なのだ。
「ぎゃっ、え、体が動かないってあの貴女は誰ですか！？」
「君を連行する。罪状は被虐素質十分罪だ。」
「なんですかそれぇええええ！！」
　身動きの取れなくなった彼を肩に担ぐと、ギルダブルがまた布の内側でニマリと笑う。
　ちなみにケンカをしていた二人は、マミーが満足するまで延々と犯されていたとか。


　皆来い来い砂漠町。
　とろりと濡れた潤いが、あなたの渇きを癒やします。
　人間関係に嫌気の差したあなた。
　恋人に振られて失意のあなた。
　ぜひとも、このオウルシスへおいでください。
　私、マミーの案内役があなたを楽土浄土へとお連れしましょう。