一日の安息
「……むう……」
気持ちの良い朝(魔物にとって)とは正反対に呻き声の様なものがあがる。
「…どうしたの?パルメちゃん?」
ノーラが怪訝に尋ねる。
ノーラだけではなくパルメの主だった友人、知り合いもちろん家族までのほとんどがその場に集合していて同じく不思議そうだった。
先程までの場の空気と比べると、水を差されたような気分に思える。
そう、先程は大変な状況だった。
なにせパルメが好きな人と一夜を寝床にしたのだ。処女は奪われたが愛し合うものと交わる事は何もかもが頭に入らない程だという。そこでパルメがどんな風に乱れ、どんな甘い言葉を交わしたのか皆興味津々だったのだ。
「……私は美人よね…?」
ようやく話したパルメの言葉は暗かった。
「え?うんうん、美人よ」
「じゃあどうしてよ!!」
爆発したように声を荒げる。
「な…なに、どうしたの?」
「……とりあえず先に言うと…昨日は何もなかった。……できなかったの」
「……え?」
「そんな〜!私とお母さんとお姉ちゃん、それにお父さんまで加えてつれていったじゃな〜い!」
「ああ、連れて行ったまでは良かった。だが!昨日の夜は!」
前夜の回想
ふふ……。
私は浮かれていた。もうすぐ風呂に入ったラクルが来る。
その後は……フフ。考えただけで体が火照る。
待ちに待った初の……まあ処女は奪われてしまったが…、愛しい人との交わりなのだ。それは気合も入るだろう。
ガチャ
「来たか!」
溜まらず抱きつく。
「うわお!」
ラクルは面食らったようだ。かまわずベッドまで引きずり、押し倒す。
ドサッ!
「うわっ」
「……ラクル…」
すでに私の目は潤んでいる事だろう。ああ、早くシたい。
「ちょ、ちょっと待て!その……するのか?」
「?ああ、当然だろう」
「いや、待て。やめよう、それは」
何?
「何故だ!…まさか、他の女に心を奪われて…!」
殺気が少し漏れる。
「違う違う!お前が一番だ!この先変わる事はねえ!」
「そうか、なら……」
「けど、そんなことじゃねえんだ…」
「な、……なんなんだ…」
「…悪い…」
グイ、と体が押し上げられる。
ハッとしたときにはすでにラクルは窓から飛び出していた。
「…なんなの、一体…」
前夜の回想終了
う〜〜〜〜ん
辺りは疑問の唸り声が充満していた。
「アタックが弱かったんじゃない?」
ノーラ。
「何言ってるの!魔力も充分に発散させたし、いつもより露出の高い服を来たのよ!それが…」
「第一の理由は話し方じゃないか?」
と、カサナ。
「話し方?」
他の皆はああ、確かに、といった風に頷いている。
「お前は気付いてないかもしれないが、会ってから間もない人と知り合いとではガラリと話し方が変わるんだ」
「…嘘」
「ホントだ」
「そうね。そうだったわ。私にも最初は堅物のような話し方だったけど気付かないうちに女の子になってたわね」
「そうだったの……」
「じゃあ、もっと女の子らしさを出しちゃえばいいじゃない。彼、身構えてるのかもよ」
そうだそうだ、とさっそく身につけるアクセサリーや言葉遣いについて論議しあいそだったが、
「俺はそれだけじゃないと思うな」
お父さんが口を開いた。
「……他に何かあるの?」
「う〜ん、ラクル君もパルメを愛しているんだろう?だとしたら言葉遣いも理解したうえでのはずだ。その後話す機会があったんだからね。だから…俺はそれよりも彼自身の体質に関係していると思っている」
「……体質…」
だが、私はもうラクルの事を理解している。
「彼は体を変えることによって毒などを排出できる。だから魔力にも当てられなかった。でも、感情はある。だとすれば魔力に当たらなかったのは自分の意志だ。好きな女の子から言い寄られて身を引く程の意思。これが分からない限り解決はできないんじゃないかな」
…言われてみれば…。
「でも、そんな事どうすれば…」
「確かに、ラクル君は自分から話しそうに無いよね」
ここまでか…と止まりかけたところ、
「あら、じゃあ盗み聞きすればいいじゃない」
デルエラ様…!
「強力な魔物が集まって何をしてるのか気になって来たら、面白い話をしてるじゃないの」
「そ……それはその、あ、盗み聞きとは、どういう意味ですか?」
「簡単よ。ここにいる人の魔力を使って遠くの場景を見るの。出力は私がするわ。フフ。おもしろそう」
「でも……それは…」
「大丈夫よ。バレないから。まあでもバレたとしても……彼は許してくれるんじゃないかしら?」
それは、そうかもしれないが…。
「はい!決まりね。それじゃあ皆集めて集めて〜」
そうしてデルエラ様はどこからか水晶を取り出し、なにやら紋様を描き始めた。
「それじゃあこれから魔力を流して探すわね………」
時が流れていく。
「…いたわ、映すわよ」
そういうと水晶に景色が浮かび上がってきた。
「ここは……」
「私達のお城ね。それも頂上」
たしかにそうだ。特有のステンドグラスが瞬いている。
「でも、こんな高いところで一体何を…」
「見てなさい。女は我慢強くもあるべきよ」
はい、と答えまた見入る。
…!ラクルが跳んでてっぺんに辿りついた。
「やっぱここにいたか」
「…ああ」
ラクルの視線の先にはセトが片膝を折り曲げて眼下を見下ろすように座っている姿があった。
「よっこらせっと」
隣にラクルが座る。
「……いいな」
「ああ。敵が来てもすぐに分かる」
どうやら景色を見ていたようではないようだ。
「…昨日はどうだった」
いつもとは異なり、セトが口を開く。
「ああ……ああ、昨日ね…何もなかったよ」
チラとセトが横を見る。
「何故だ?」
「…わからねえのか?」
「……まあ分かる気はする」
「だろ?……それに、親父が認めてくれるかどうかも…」
「心が不安定なときに言葉は出すものではないな…。お前もしってるだろう?親父は認めるんじゃない。喜ぶ」
「…ああ、まあな」
「番になればいいじゃないか」
「まあ、いいんだが」
「……子供か?」
「……流石だ」
「……」
「結婚も、ましてや交わりもしないチキン野郎が何を言ってんだ、と普通は思うんだろうけどな」
「怖いのか」
「こええよ。どんなガキが生まれてくるか…いっとっけど、パルメじゃねえぜ、俺が原因で、だ」
「……」
「ガキがこええんじゃねえ。そのガキの生き方がどうなるかこええのさ。周りとなじめなかったらどうする」
「……」
「つくらなければいいが、……ヤッてればいつかはできるし、パルメもそれを望んでると思う。けど、何より……」
少し言葉を切る。
「俺も欲しいってのが……イラつく…」
「……」
「学習できてねえよな。……俺は、自分が普通じゃねえって…これほど思ってるのに、普通を望んでるのが……ウゼエ…」
「……忘れてるぞ」
「…ん?」
「忘れてる。親父が言った事を忘れたか?」
「……」
「『せっかくの人生だ。好きに生きろ。大丈夫だ。もしもの時は片方が止める。二人ともヤバかったら俺が止める。どうだ。信頼できるだろう。だから安心して盗みでもなんでもしろ!ま俺がその前に止めてやるがな』」
「……ああ、笑ったな、あれは」
「…ああ、止める以前にそんな事を言ってはだめだろう」
「ハハ……」
「…俺は止めない」
「……」
「俺の言ってる事が分かるな」
「……」
「親父はたぶんこういう意味だったんだと思う。お前らのうち片方が判断できなかったら、片方が決めろ、とな」
「……ああ」
「……じゃあもうためらう必要はないな…」
「…ああ」
「ここは任せろ。何かあればすぐに知らせる。その時は飯を食べていようが情事に耽っていようがお前を止めて前線に引っ張り出すがな」
「…ああ、よろしく」
「……じゃあ」
「…ああ、サンキューな」
「何と言うことは無い」
そして二人は分かれた。
「えっと〜……」
またしても場は静まり返っていた。
「これ、見なかったほうがいいんじゃないですか?結局自分で解決しちゃったし」
ノーラが言う。
「何言ってるの、おかげで二人の新しい一面がまた見れたじゃない」
デルエラが胸を張って答える。
そんな中、
「私は……駄目な女ね」
パルメがどんよりと言う。
「ちょ、ちょっとどうしたのよ」
サラムが慌てる。
「だって、結局私は私のことしか考えていなかった。子供も欲しいし、彼もほしいけど……その後のことなんて…」
「馬鹿ね」
デルエラが優しく微笑む。
「いい?魔物になってから忘れがちだけど本来男が女を守ってきたのよ。今は魔物である女の方が大概強いから女性が守る、って事になってるけど、それだって全部が全部女性がしているわけじゃないでしょ。あなたのお父さんは料理もするし本も読んでくれる。町の見回りもするし話もする。ね?ただちょっと女の方が強くなったからバランスが違うだけ。つまり、魔物より強い男が現れて伴侶になったら、女が全てを考えて守る必要がないの。バランスが変わるだけ。今だってそうよ。ラクル君が強いかどうかは置いといてラクル君にはラクル君だけにしか考えなければならない事があるし、見えないものもある。それを全て理解するには時間がかかるわ。だから今はそれでいいの。ね?」
……デルエラ様の言葉は心に直に響いてくる。
「幸いラクル君は自分で問題を解決したようだし、思いっきり甘えてきなさい」
「……はい!」
「うん、じゃあ皆、今日はここで解散ということで!」
…いつの間にか後からきたデルエラ様が仕切っていたが誰も文句は言わなかった。というより言う必要がなかった。
「ラクル!」
「お!パルメ!」
匂いを辿っていたら驚いた。なんとラクルが私の家の前に立っていたのだ
「悪いな、昨日は……その…無視したようになっちゃって」
「ううん、いいの」
「……あれ?なんか口調が…」
「これは、私と知り合いになったっていう証。私、口調が初めての人だと変わっちゃうらしくて」
「そうか…」
「……嫌?」
「んなわけあるか」
そういいながら彼は抱き寄せようとする。
「待って!」
彼から離れる。
「ん?ど、どうした?」
「私……謝らなきゃいけない…」
「?何で?」
「…私、見てたの…」
そうして先程ラクルとセトとのやり取りを話した。
「……そうか」
「…ごめんなさい」
「いいよ。こっちこそ、変に心配かけてすまない」
私は抱きしめられた。
「……入ろ?」
「あ、…ああ」
二人で家に入り、部屋に入る。
ドサッ
今度は私が押し倒された。
「…先に言っとく。俺は……疫病神だ」
「……うん」
「…お前の両親や、大切な人を……俺が入ればこれからも危険にさらすかもしれない」
「うん」
「……子供も…できるかもしれない…」
「うん」
「もしもの時はここから離れるかもしれない。お互い会えなくなるかもしれない」
「うん」
「……それでも…………俺を愛してくれますか」
「……はい、…愛します」
「…俺も、…愛します」
誰に言うでもなく二人は愛を誓う。
その最初の証は口付けから始まった。
場所は変わり、レスカティエ城の頂。
「……」
セトが黙して町並みを見下ろしている。
バサッバサッ
翼を持った人影がセトに近づく。そのまま着地し、セトの横に座った。
「……私だと分かったのか?」
「ああ」
カサナだった。
「そうか」
少し頬に赤みがさす。
「……二人は、交わったようだ」
「そうか」
その後無言が続く。
「そ、その……私は…」
「俺の馬鹿な勘違いならいいが、もし俺を好んでいるなら……攻略は難しいぞ」
「……」
先手をきられた。
「俺は、女にトラウマがある。といっても女が何かをする事にじゃない。俺が女にする事がトラウマなんだ。交わるだけじゃなく、触れる事も、……話す事も怖い。俺がどうなってしまうか怖いんだ」
「……父親を見たからか」
「ああ」
「……気長に待つ」
「……」
「ドラゴンの寿命は長いんだ」
「……好きにしろ。…死んでもしらないぞ」
「……死んでもいい」
そのままカサナは頭をセトの肩に乗せる。
セトは一瞬ピクリ、となったが何もせず、ただ前を見る。ただし、今は下ではなく、空を見ている。辺りは夕焼けに包まれていた。
「あ〜!カサナ何してるの!フライング〜〜!!」
サラムが城を登ってきた。
バッとカサナは身を正す。
「な…なな、何がだだ?」
「む〜やるわね、まさかカサナがここまで積極的になるなんて!私もうかうかしてられないわ!ね〜セト〜」
ヒシッと抱きつく。
「大丈夫だった?凶悪なドラゴンに脅迫されなかった?」
「誰が凶悪だ!というより離れろ!」
「な〜によお!あなたも頭寄せてたじゃない」
「そ、それは、とにかく離れろ!」
「も〜う、そればっかり。語彙力が少ないんだから。ねえねえやっぱり、脳筋はだめよね。やっぱり知性がなきゃあ、ほら、わ・た・し見たいにね?」
「だれが脳筋だあああ!!」
ワーキャーと騒ぐのにまったく意を介さずセトは前を見続ける。
後ろの二人が落ちないか気にしながらも見続ける。
(感じる)
肌が騒ぐ。
(あいつだ)
脳裏に母が浮かぶ。
(あいつが近づいている)
目の前に『あいつ』が浮かぶ。
『あいつ』が笑う。
その目をキッと睨み返す。
昔とは違う。
肩に置かれた手はお前じゃない。
後ろに浮かんでいるはずの親父を背にして思う。
もうお前の息子じゃない。
気持ちの良い朝(魔物にとって)とは正反対に呻き声の様なものがあがる。
「…どうしたの?パルメちゃん?」
ノーラが怪訝に尋ねる。
ノーラだけではなくパルメの主だった友人、知り合いもちろん家族までのほとんどがその場に集合していて同じく不思議そうだった。
先程までの場の空気と比べると、水を差されたような気分に思える。
そう、先程は大変な状況だった。
なにせパルメが好きな人と一夜を寝床にしたのだ。処女は奪われたが愛し合うものと交わる事は何もかもが頭に入らない程だという。そこでパルメがどんな風に乱れ、どんな甘い言葉を交わしたのか皆興味津々だったのだ。
「……私は美人よね…?」
ようやく話したパルメの言葉は暗かった。
「え?うんうん、美人よ」
「じゃあどうしてよ!!」
爆発したように声を荒げる。
「な…なに、どうしたの?」
「……とりあえず先に言うと…昨日は何もなかった。……できなかったの」
「……え?」
「そんな〜!私とお母さんとお姉ちゃん、それにお父さんまで加えてつれていったじゃな〜い!」
「ああ、連れて行ったまでは良かった。だが!昨日の夜は!」
前夜の回想
ふふ……。
私は浮かれていた。もうすぐ風呂に入ったラクルが来る。
その後は……フフ。考えただけで体が火照る。
待ちに待った初の……まあ処女は奪われてしまったが…、愛しい人との交わりなのだ。それは気合も入るだろう。
ガチャ
「来たか!」
溜まらず抱きつく。
「うわお!」
ラクルは面食らったようだ。かまわずベッドまで引きずり、押し倒す。
ドサッ!
「うわっ」
「……ラクル…」
すでに私の目は潤んでいる事だろう。ああ、早くシたい。
「ちょ、ちょっと待て!その……するのか?」
「?ああ、当然だろう」
「いや、待て。やめよう、それは」
何?
「何故だ!…まさか、他の女に心を奪われて…!」
殺気が少し漏れる。
「違う違う!お前が一番だ!この先変わる事はねえ!」
「そうか、なら……」
「けど、そんなことじゃねえんだ…」
「な、……なんなんだ…」
「…悪い…」
グイ、と体が押し上げられる。
ハッとしたときにはすでにラクルは窓から飛び出していた。
「…なんなの、一体…」
前夜の回想終了
う〜〜〜〜ん
辺りは疑問の唸り声が充満していた。
「アタックが弱かったんじゃない?」
ノーラ。
「何言ってるの!魔力も充分に発散させたし、いつもより露出の高い服を来たのよ!それが…」
「第一の理由は話し方じゃないか?」
と、カサナ。
「話し方?」
他の皆はああ、確かに、といった風に頷いている。
「お前は気付いてないかもしれないが、会ってから間もない人と知り合いとではガラリと話し方が変わるんだ」
「…嘘」
「ホントだ」
「そうね。そうだったわ。私にも最初は堅物のような話し方だったけど気付かないうちに女の子になってたわね」
「そうだったの……」
「じゃあ、もっと女の子らしさを出しちゃえばいいじゃない。彼、身構えてるのかもよ」
そうだそうだ、とさっそく身につけるアクセサリーや言葉遣いについて論議しあいそだったが、
「俺はそれだけじゃないと思うな」
お父さんが口を開いた。
「……他に何かあるの?」
「う〜ん、ラクル君もパルメを愛しているんだろう?だとしたら言葉遣いも理解したうえでのはずだ。その後話す機会があったんだからね。だから…俺はそれよりも彼自身の体質に関係していると思っている」
「……体質…」
だが、私はもうラクルの事を理解している。
「彼は体を変えることによって毒などを排出できる。だから魔力にも当てられなかった。でも、感情はある。だとすれば魔力に当たらなかったのは自分の意志だ。好きな女の子から言い寄られて身を引く程の意思。これが分からない限り解決はできないんじゃないかな」
…言われてみれば…。
「でも、そんな事どうすれば…」
「確かに、ラクル君は自分から話しそうに無いよね」
ここまでか…と止まりかけたところ、
「あら、じゃあ盗み聞きすればいいじゃない」
デルエラ様…!
「強力な魔物が集まって何をしてるのか気になって来たら、面白い話をしてるじゃないの」
「そ……それはその、あ、盗み聞きとは、どういう意味ですか?」
「簡単よ。ここにいる人の魔力を使って遠くの場景を見るの。出力は私がするわ。フフ。おもしろそう」
「でも……それは…」
「大丈夫よ。バレないから。まあでもバレたとしても……彼は許してくれるんじゃないかしら?」
それは、そうかもしれないが…。
「はい!決まりね。それじゃあ皆集めて集めて〜」
そうしてデルエラ様はどこからか水晶を取り出し、なにやら紋様を描き始めた。
「それじゃあこれから魔力を流して探すわね………」
時が流れていく。
「…いたわ、映すわよ」
そういうと水晶に景色が浮かび上がってきた。
「ここは……」
「私達のお城ね。それも頂上」
たしかにそうだ。特有のステンドグラスが瞬いている。
「でも、こんな高いところで一体何を…」
「見てなさい。女は我慢強くもあるべきよ」
はい、と答えまた見入る。
…!ラクルが跳んでてっぺんに辿りついた。
「やっぱここにいたか」
「…ああ」
ラクルの視線の先にはセトが片膝を折り曲げて眼下を見下ろすように座っている姿があった。
「よっこらせっと」
隣にラクルが座る。
「……いいな」
「ああ。敵が来てもすぐに分かる」
どうやら景色を見ていたようではないようだ。
「…昨日はどうだった」
いつもとは異なり、セトが口を開く。
「ああ……ああ、昨日ね…何もなかったよ」
チラとセトが横を見る。
「何故だ?」
「…わからねえのか?」
「……まあ分かる気はする」
「だろ?……それに、親父が認めてくれるかどうかも…」
「心が不安定なときに言葉は出すものではないな…。お前もしってるだろう?親父は認めるんじゃない。喜ぶ」
「…ああ、まあな」
「番になればいいじゃないか」
「まあ、いいんだが」
「……子供か?」
「……流石だ」
「……」
「結婚も、ましてや交わりもしないチキン野郎が何を言ってんだ、と普通は思うんだろうけどな」
「怖いのか」
「こええよ。どんなガキが生まれてくるか…いっとっけど、パルメじゃねえぜ、俺が原因で、だ」
「……」
「ガキがこええんじゃねえ。そのガキの生き方がどうなるかこええのさ。周りとなじめなかったらどうする」
「……」
「つくらなければいいが、……ヤッてればいつかはできるし、パルメもそれを望んでると思う。けど、何より……」
少し言葉を切る。
「俺も欲しいってのが……イラつく…」
「……」
「学習できてねえよな。……俺は、自分が普通じゃねえって…これほど思ってるのに、普通を望んでるのが……ウゼエ…」
「……忘れてるぞ」
「…ん?」
「忘れてる。親父が言った事を忘れたか?」
「……」
「『せっかくの人生だ。好きに生きろ。大丈夫だ。もしもの時は片方が止める。二人ともヤバかったら俺が止める。どうだ。信頼できるだろう。だから安心して盗みでもなんでもしろ!ま俺がその前に止めてやるがな』」
「……ああ、笑ったな、あれは」
「…ああ、止める以前にそんな事を言ってはだめだろう」
「ハハ……」
「…俺は止めない」
「……」
「俺の言ってる事が分かるな」
「……」
「親父はたぶんこういう意味だったんだと思う。お前らのうち片方が判断できなかったら、片方が決めろ、とな」
「……ああ」
「……じゃあもうためらう必要はないな…」
「…ああ」
「ここは任せろ。何かあればすぐに知らせる。その時は飯を食べていようが情事に耽っていようがお前を止めて前線に引っ張り出すがな」
「…ああ、よろしく」
「……じゃあ」
「…ああ、サンキューな」
「何と言うことは無い」
そして二人は分かれた。
「えっと〜……」
またしても場は静まり返っていた。
「これ、見なかったほうがいいんじゃないですか?結局自分で解決しちゃったし」
ノーラが言う。
「何言ってるの、おかげで二人の新しい一面がまた見れたじゃない」
デルエラが胸を張って答える。
そんな中、
「私は……駄目な女ね」
パルメがどんよりと言う。
「ちょ、ちょっとどうしたのよ」
サラムが慌てる。
「だって、結局私は私のことしか考えていなかった。子供も欲しいし、彼もほしいけど……その後のことなんて…」
「馬鹿ね」
デルエラが優しく微笑む。
「いい?魔物になってから忘れがちだけど本来男が女を守ってきたのよ。今は魔物である女の方が大概強いから女性が守る、って事になってるけど、それだって全部が全部女性がしているわけじゃないでしょ。あなたのお父さんは料理もするし本も読んでくれる。町の見回りもするし話もする。ね?ただちょっと女の方が強くなったからバランスが違うだけ。つまり、魔物より強い男が現れて伴侶になったら、女が全てを考えて守る必要がないの。バランスが変わるだけ。今だってそうよ。ラクル君が強いかどうかは置いといてラクル君にはラクル君だけにしか考えなければならない事があるし、見えないものもある。それを全て理解するには時間がかかるわ。だから今はそれでいいの。ね?」
……デルエラ様の言葉は心に直に響いてくる。
「幸いラクル君は自分で問題を解決したようだし、思いっきり甘えてきなさい」
「……はい!」
「うん、じゃあ皆、今日はここで解散ということで!」
…いつの間にか後からきたデルエラ様が仕切っていたが誰も文句は言わなかった。というより言う必要がなかった。
「ラクル!」
「お!パルメ!」
匂いを辿っていたら驚いた。なんとラクルが私の家の前に立っていたのだ
「悪いな、昨日は……その…無視したようになっちゃって」
「ううん、いいの」
「……あれ?なんか口調が…」
「これは、私と知り合いになったっていう証。私、口調が初めての人だと変わっちゃうらしくて」
「そうか…」
「……嫌?」
「んなわけあるか」
そういいながら彼は抱き寄せようとする。
「待って!」
彼から離れる。
「ん?ど、どうした?」
「私……謝らなきゃいけない…」
「?何で?」
「…私、見てたの…」
そうして先程ラクルとセトとのやり取りを話した。
「……そうか」
「…ごめんなさい」
「いいよ。こっちこそ、変に心配かけてすまない」
私は抱きしめられた。
「……入ろ?」
「あ、…ああ」
二人で家に入り、部屋に入る。
ドサッ
今度は私が押し倒された。
「…先に言っとく。俺は……疫病神だ」
「……うん」
「…お前の両親や、大切な人を……俺が入ればこれからも危険にさらすかもしれない」
「うん」
「……子供も…できるかもしれない…」
「うん」
「もしもの時はここから離れるかもしれない。お互い会えなくなるかもしれない」
「うん」
「……それでも…………俺を愛してくれますか」
「……はい、…愛します」
「…俺も、…愛します」
誰に言うでもなく二人は愛を誓う。
その最初の証は口付けから始まった。
場所は変わり、レスカティエ城の頂。
「……」
セトが黙して町並みを見下ろしている。
バサッバサッ
翼を持った人影がセトに近づく。そのまま着地し、セトの横に座った。
「……私だと分かったのか?」
「ああ」
カサナだった。
「そうか」
少し頬に赤みがさす。
「……二人は、交わったようだ」
「そうか」
その後無言が続く。
「そ、その……私は…」
「俺の馬鹿な勘違いならいいが、もし俺を好んでいるなら……攻略は難しいぞ」
「……」
先手をきられた。
「俺は、女にトラウマがある。といっても女が何かをする事にじゃない。俺が女にする事がトラウマなんだ。交わるだけじゃなく、触れる事も、……話す事も怖い。俺がどうなってしまうか怖いんだ」
「……父親を見たからか」
「ああ」
「……気長に待つ」
「……」
「ドラゴンの寿命は長いんだ」
「……好きにしろ。…死んでもしらないぞ」
「……死んでもいい」
そのままカサナは頭をセトの肩に乗せる。
セトは一瞬ピクリ、となったが何もせず、ただ前を見る。ただし、今は下ではなく、空を見ている。辺りは夕焼けに包まれていた。
「あ〜!カサナ何してるの!フライング〜〜!!」
サラムが城を登ってきた。
バッとカサナは身を正す。
「な…なな、何がだだ?」
「む〜やるわね、まさかカサナがここまで積極的になるなんて!私もうかうかしてられないわ!ね〜セト〜」
ヒシッと抱きつく。
「大丈夫だった?凶悪なドラゴンに脅迫されなかった?」
「誰が凶悪だ!というより離れろ!」
「な〜によお!あなたも頭寄せてたじゃない」
「そ、それは、とにかく離れろ!」
「も〜う、そればっかり。語彙力が少ないんだから。ねえねえやっぱり、脳筋はだめよね。やっぱり知性がなきゃあ、ほら、わ・た・し見たいにね?」
「だれが脳筋だあああ!!」
ワーキャーと騒ぐのにまったく意を介さずセトは前を見続ける。
後ろの二人が落ちないか気にしながらも見続ける。
(感じる)
肌が騒ぐ。
(あいつだ)
脳裏に母が浮かぶ。
(あいつが近づいている)
目の前に『あいつ』が浮かぶ。
『あいつ』が笑う。
その目をキッと睨み返す。
昔とは違う。
肩に置かれた手はお前じゃない。
後ろに浮かんでいるはずの親父を背にして思う。
もうお前の息子じゃない。
11/12/11 08:46更新 / nekko
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