ノンカラーリスト
拝啓 麗しきデルエラ様
あなたがお調べになっている二人組みのことですが、少しの事が分かりました。いえ、少し、というよりこれで調べられる事の全てかもしれません。申し遅れましたが、私の名前はバナチェフ。人間であった頃は特務暗殺者として活動していました。すでにご存知かと思いますが、特務暗殺者とは教会お抱えの暗殺集団とは違い独立しているいわばギルドのようなものです。ただし、暗殺に特化し、裏世界にも幅を利かせていますが。その中でも私は上位5位に入る実力を持っていました。そのために教会に雇われ、魔王城に潜入し、妻と出会ったわけですが。
話が逸れてしまいましたね。また話が逸れるようですが重要なのでご確認下さい。賞金首、というものはご存知でしょう。これもすでにお分かりのように一般の賞金首から極悪な程、脅威な程ランクが上がっていき、賞金首専用の『店』などでは色別にリストが配置されています。まずはホワイトリスト、一番低い、といってもしっかり罪を犯していますが、白い紙に人相書と身長や体重などの基本情報、備考欄が載っています。そして次にブルーリスト、次にレッドリスト、最後にブラックリストがくるわけです。もちろん、それぞれの色に対応している紙付きで。しかし、ここからの事は誰も、侮辱しているわけではありませんが魔王様も、その夫君の勇者様でさえもご存じないでしょう。
このリスト、実はもう一段階上があるのです。それが、ノンカラーリスト。
これはかなり特殊でまず紙で伝えられません。口伝で伝えられます。さらに介入者もかなり限定されており、我々のギルドでは上位5位までしかその存在も内容も公開されません。おそらく他の闇社会に溶け込んでいる者達も、そうとう根を深く張っていない限り伝えられてないと思われます。話にあがったこともないでしょう。それほど極秘なのです。どこから私の長が情報を入手してくるのか分かりませんが、それはもう私では分かりません。知っているのは長だけでしょう。
このノンカラーリスト。特殊な点は3つ。まず、口伝えだということ。
次に、紙の人相書が一枚だけ長により直接見せられ所持は不可、ただし、普通の人相書とは違い、基本情報や備考がなく、全て顔だけで判断しなければなりません。慎重に、と言う意味なのか。それ程強いと言う意味なのか。顔が分かっている限り情報はあると思いますが、仲間が問いかけたところ、これに関しては一切疑問を持つなという言葉を返されました。長が言う事は絶対です。私達はすぐに頭からその選択肢を払いました。
最後は、その者を見かけた場合の対処です。驚く事に近くに魔族やブラックリストがいたとしてもその者を追跡し、殺せ。という者なのです。つまりこの世の何よりも優先される命令です。当時私は、いえ、今でもこの者達はそれ程危険な存在だと思っています。
そんな折なので、デルエラ様から顔と名前が送られてきたときには少し時間がかかりましたが、分かりました。以下が私の知っている全ての情報です。おそらくこれ以上の情報は、私の長か、それに横付けする地位の者でないと持ってないかと思われます。ただ、これは私の推測ですが、長もそれ以上の情報は人相書以外持っていないかと思われます。何やら深く黒い者を感じるのです。
以下にその情報を載せます。非常に少なく、役に立たないと思われますがこれで全てです。
ラクル・カーラマント
発見次第殺せ
カミヤ・セト
発見次第殺せ
魔王城勤務 バナチェフ・セントス
カサ
今しがた再度読んだ手紙を机に置く。
すでに内容は朝礼の緊急会議で城内に行き渡っている。おそらく昼頃には市外にも広まるのではないだろうか。
「……」
情報を流した事を軽率だとは思っていない。誰かが知りたいと思えば教えるのが一番だろう。まああの二人には迷惑がられるだろうが。
たとえそれにより敵が来たとしても、それはそれで
「おもしろい」
より夫が増える事を楽しみにするデルエラだった。
緊張する。
私はラクルとセトが泊まらされている借家の扉の前に立っていた。
「がんばって!大丈夫よ!愛があればどんな困難も乗り越えられる!」
そうノーラは言ってくれたが本当に大丈夫だろうか。
何より、私自身が不安だ。
昨日ラクルのあの姿を見て、私は驚いた。それだけならいい。だが、私は彼らが立ち去ろうとしたときに引き止められなかった。怖かったわけではない。
ただ、近づいていいのかどうか分からなかったのだ。母とウィルマリナさん、そして父が動いていなければもう二度と会えなかったかもしれない。
それを思うと少しは安堵する。
それに、私は見られている。国が彼らに注目しているのだ。デルエラ様の命により私と接触するときの様子を見れるように城内には水晶が配置されている。それを思うとラクルを裏切っているようでなんだか胸が痛い。
だが、これも国のため……だめだ、割り切れない。
そう逡巡していると、
ガチャ
「お、やっぱパルメだったか」
ラクルが出てきた。
「だ、誰か分かったのか」
「ああ、土の這う音であんただって分かったよ。何で入ってこないんだろうなあ、と思ってな」
「そ、そうか」
「ああ、なるべく覚えれるもんは覚えるようにしてんだ」
少し嬉しくなりかけたが、ガックリきた。私だから分かったのかと思ったのに。
「で、……話があるんだろ?」
「ああ」
「ん、今セトが寝てるからな外で話そう」
「そうか、分かった」
チラリと中を覗く。
「大丈夫だって、どっちも逃げねえよ」
「い、いやそういう意味では…」
「あははっ、分かってるよ」
笑顔に空気が和らいだ。ああ、私を理解してくれている。ますます愛しくなる。
「それじゃあ、軽く歩くか」
「ああ」
少し問題はあるが、デートのようで楽しみだ。
「セトの事じゃあ謝らなくていいぜ、あいつにも問題があるんだ」
先手を越された。
「って、やらかした側が何言ってんだ、だがな」
「いいや、そんなことはない」
ああ、そんなことはないとも。
「ま、謝るときには抽象的にやってくれ」
「ああ、そうする。それにしてもあいつは強いな」
「ああ、まあな」
「私の友達のカサナ、ドラゴンなのだが惚れてしまったようだったぞ」
昨日の夜カサナが眠っているセトを赤い顔でチラとみていた。
初めて見る蕩けた顔だった。そのあとサラムにいじられていた記憶がある。
「ああ、そうか…」
すこし悲しそうな口調だった。
なんだ?まさか、カサナに興味があるのか!?まさか…。
「あいつは……愛せないからな…」
?愛せない?
「まあ、だが、つええ奴が好みなら間違ってねえよ」
「そうか。あんなに強かったものな」
「いや、あれは弱い」
「え?」
「普通のときの方が強いし。あと怒ったときが一番つええ」
「だが、昨日は…」
「昨日は怒ってるっていうより、ちょっとトラウマに当たって爆発したもんなんだよ」
「そうか、アレより強いのか」
これは取り合いになりそうだ。なにせ強い男を選ぶ魔物はたくさんいる。昨日あんな光景を見せられたら堪らないだろう。
いつの間にか川辺に至っていた。魔界の川なので、妖しい色に澄んでいる。
そんな光景にも関わらず楽しそうに川を覗いている。
「お前達は、何者なんだ?」
本題に入る。デルエラ様や他の人も待ち望んでいるはずだ。
「答えられない」
「む」
やはりそうか。でなければ昨日あんな事があったのにさっさと帰らないはずだ。それが帰ろうとした。何かを隠すように。
「それでは、お前達は兄弟か?」
「いや、ああ、まあ〜義理のな」
「では親父というのは……」
「俺達を拾ってくれた人だ」
「ではその父は、人間か?全て知っているのか」
「ああ」
「では何故我々に教えてくれないのだ。人間より私たちの方が「親父は強い」
「何?」
「親父は強いんだよ。……こう言っちゃあ悪いが、あんたの父さんの嫁さん達が束になってもヘッちゃらな人だ」
「な!」
嘘だ、と思う。だが、ラクルの目は真剣だった。
「だから、あんたらじゃあ……教えれねえ」
「だが!」
「てか」
そこで悲しそうに
「教えたくねえ…」
…ずるい。そんなことをそんな風に言われると…、何も聞けないではないか。
「正直、感謝してるんだ。俺達のことを、特に俺の事を化け物なんていわずにいてくれる集団なんて。だから、あんたらに教えて、巻き込みたくねえ」
「……」
「セトが起きたら、出発する。……止めないでくれ」
そのまま後ろを向き、元来た道を戻る。
「待て!」
止まらない。
「待ってくれ!」
急いで飛びつき、抱きつく。
止まったが、振り向かない。
長髪が浮き上がるほど魔力を拡散する。
「俺には魔力は効かねえぜ。一応俺も人間だが、精神が強いとかそんな問題じゃなくてな。セトも人間だが、効かねえ。あいつは精神面が問題だ。強い、がそれ以前に過去のトラウマが理性と外界とを無意識に切り離すんだ」
だから魔力が効かないのか。
「たぶん魔王様とやらがやっても無駄だ。言ったろ?」
そこで首を後ろに向けてくれる。
悲しそうに笑いながら、
「俺達は、『特殊』なんだ」
「特殊でもいい!!」
どうして私を思ってくれない。
「特殊でもいい!お前は魔力は効かないといった!なら、感情は動くんだろう!!」
そうして私は胸をはだけ、押し付ける。
「どうだ!いいだろう!」
なぜだ、なぜそんな顔のままなんだ。なんで苦しそうに笑うんだ!
「私をどう思う!」
「美人だ」
「そうじゃなくて!」
私は押し倒す。
「私を!どう思う!!」
しばらく無言が続く。
私の荒い息遣いと、川のせせらぎの音しか聞こえない。
「……堪らないほどいい女だ」
「そうだろう。なら、私を「もういいか?」
!!
「私はお前が好きだ!」
起き上がろうとした彼をもう一度押し倒す。
「好きだけじゃない!愛してる!欲しい!!」
「ああ、俺もだ」
……え?
「俺もだよ。堪らないほどな。嘘じゃない。俺も一目惚れしてた。セトが呆れてたもんだ」
な……なら…。
「だが」
グン
と起き上がる。私が想像した事もない力だ。
私は地に転がった。
「駄目だ……。俺は、お前を守れない。守りきる自信がない」
あ……。
「……じゃあな」
あ……。
追いかけなければ、だが、動けない。あんな目をされたら……ずるい…。
「クッ……」
屈辱ではなかった。ただ、悲しい、悔しい。
彼についていけない私が……。。なんて、無様な……。
「ウ……クフッ…ウウ」
嗚咽が漏れる。たまらない。半身が引き裂かれたようだ。
誰かの手がそっと背中をさする。
「大丈夫よ。大丈夫」
ノーラ……。
「お姉ちゃん……」
アル。
「……」
「あらら、残念。もう少しだと思ったのになあ」
カサナ、サラム…。
大切な者が慰めてくれる。
私はまた気付いた。私と違い、彼は最初は仲間なんていなかったのでは、と。
じゃあその彼がせっかくできた大切な者が死んでしまったらどれ程悲しくなるか、と。弱い。なんて弱い。だが、分かる。私も友達を、家族を無くしたくない。きっとラクルは多くのモノを無くしてきたのだ。
それを思うと安易に愛だけ叫ぶ自分が惨めに思えてきた。
捨てた。何を言ってやがる。彼女が自分のものだったつもりか?
元々何も無かった。それでいい。それでいいんだ。
隠そうともしない魔力と殺気が前方から感じ取れる。だが、足を進む。これでいい。
見えた先にはエキドナがいた。パルメの母親だろう。
「よう」
「どうも」
「さっそくだけど一発殴らせろ」
返事をする暇も無く殴られる。
左に飛ばされ、木にぶち当たる。
「水晶で見てたぜ」
でしょうね。俺も魔力がチラチラ渦巻くのを感じていた。何のことはない。『いつもの』事だ。まあ今回はちょっと違うが。
「あたしは自分の娘が大事だ」
近づいてくる。俺は立ち上がって見据える。
「だから、その未来の婿も大事だ」
そうですか。夫婦って言ってくれるんですか。
「夫婦間の問題に暴力でかたをつけるのも間違っていると思う、けどな」
魔力が発散される。
「流石に手が出ちまうだろ!」
ゴアン!
木が折れる。
「あたしはあいつに!」
ガン!
「幸せに!」
ガン!
「なって欲しかったんだ!」
ガン!
連続で顔面を叩かれる。
「だから!あいつにはいい妻になるように!」
そのまま持ち上げられ、
「女として楽しめるように!教えたんだ!」
思い切り地べたに投げられた。
「それを!お前!」
もう一度手が振り上げられた。
「やめなさい!」
その手が掴まれる。
「ウィルマリナ……」
手を掴んだのはウィルマリナだが声を発したのは、
「デルエラ……様」
それだけではない、パルメのお父さんとその嫁や娘達が集合していた。
いつでも飛び出せるように構えている。
その中には自分の娘の姿もあった。
「お客さんにお痛はだめよ。それにパルメが心配してるじゃない」
「……パルメ、あたしは」
サーシャとその娘が急いで治癒をしようとラクルに駆け寄る。
エキドナに本気でやられたのだ。事実、肉がひしゃげ、骨が見えたりしていた。
だが、
「あヴぁ、いいっすよ、じぇんじぇんもんだいないっす」
口の周りの骨が変形したのだろう、変に言葉が漏れる。気絶するほどの痛みのはずなのに普通にしゃべっている事に驚いた。
だが、それだけではなかった。
「おヴぉ、なひょってきた治ってきた」
裂けた肉が自動で結合し、露出した骨が元の軟骨と繋がり始めた。
クキッ ッキュ コキリ ゴリッリリ
なんだこれは、
「ああ、大丈夫っす。俺は『こういうため』にできてるんで」
思わずメルセが後ずさる。
「……ふ〜、完了…。……それじゃあ皆さん、ありがとうございました」
そう言って何事も無かったかのように進み始めた。
「待ってくれ!」
パルメが叫ぶ。
「それでも私はお前が好きだ!!お前は、たかが化け物だろう!私と同じだ!!」
一瞬止まり、口を開く。
「餞別代りです。ヒントでもあります。俺は化け物のように見えるが、世の中意外と俺みたいなもんはいるもんです。ヤバイ奴はホントに化け物だ」
そこで後ろ振り向く。
「まあ何が言いたいかっていうと、デルエラさん。魔物の皆さん。人間ってのはそういつまでも同じ指導者にくっついているほど馬鹿じゃないってことですよ。気をつけてください」
そういって去っていった。
キイ
扉が開く。
開く前から分かっていた。ラクルだ。気分が沈んでいるようだな、と足音から判断する。
「ハア〜」
ドッカと椅子に座り、ため息をついた。
「どうした?」
「起きてたか」
「ああ」
「聞いてくれよお、俺、初恋おじゃん……」
「……」
「……」
「ハア〜」
それに対しセトは何も言わずただ淡々と窓の外だけを見る。
「気が済んだら、出発だな」
「……ああ」
「お前も気付いてるだろう。すでにそれらしき奴らに入り込まれている」
「ああ」
「初恋なんだろう?しっかり巻き込まれないようにしなくてはな」
「ああ、わーったよ」
そうして二人は瞬く間に準備をして出て行った。
「この国に手出しはさせねえ」
「……同感だ」
「どうする?ついていく?」
ノーラが聞いてくる。
「お姉ちゃん行っちゃうの?」
アルが寂しそうに言う。
「今お姉ちゃんは大事な恋のアタックをかけているの」
「む〜」
ホントにどうしようか。
迷う。ついてくるなと言った。だが、ますます思いが募る。
どうしよう。離れたくない。
それぞれが行動を開始していた頃、景色は魔界の夕暮れへと変わっていた。
大通りから少しはずれた酒場に男が入ってきた。
帽子を深くかぶっていて、インキュバスか人間か分からない。
「いらっしゃい、お客さん」
「どうも」
ハキハキと応えた。
「何にしましょうか?」
「シングスのフォルトを」
「ああ、ちょうどありますよ」
そういってマスターがグラスを持ってくる。
「どうぞ」
「ああ、いい香りだ」
まずは一献、と飲み干す
「お客さん人間かい?」
「ああ」
「これはこれは、いいのかい?魔界に来て?」
「はは、嫁探しだよ。実家から苦情がきてね」
「なるほど〜、どうだい、紹介してやろうか?」
「自分で探すよ」
「そうか、だが気をつけろよ。この町の、いや全ての魔物は好色だ。選択権なんてねえかもよ」
「かもな、だがヤられるのも嫌いじゃない」
「ハッハッハ!気をつけろよお、俺なんかそこのハーピーに襲われて貞操をなくしたんだ」
給仕をしていたハーピーを目で指し示す。
「あら、抱きついてきたのはあなたじゃない」
「高いところでいったい何に抱きつきゃあいいんだ」
「仲がいいよ、あんたら」
華やかな笑い声が場を彩る。
「そういえばマスター」
「なんだい?」
「あんた、何色が好きだい?」
「色?」
「ああ、話の種を広げるときには身近なものから、ってのが俺の流儀だ」
「おもしろい流儀だ、そうだなあ、おれは青だな」
「ほう」
「あら、あたしも青が好きよ」
「フフ。分かったよ、あんたらホントに仲がいいよ」
「ありがとよ。そういうあんたはなんだい」
「そうだなあ、俺は『無色』が好きだ」
「無色?」
「そう、透明なのが好きなんだ」
「へえ、無色か〜」
「新鮮ね」
「そうかい?ありがとよ」
「ほほう、あんたも『無色』が好きかね?」
突然カウンターの男から二席空けて座っている老人が話した。
「ああ」
「わしもだ。昔は『黒』が好きだったんだがなあ、いやああの頃は若かった。いまじゃあ透き通るものに心が洗われるよ」
「そうかい。そういう見方もあるな」
「それだけではありませんよ」
今度は斜め後ろでギターを弾いていた旅芸人が話に乗ってきた。
「『無色』は何色にも染まらない。俗に白や黒が究極の色だと言われていますが、私から見るとあれもただの色です。白は何かを混ぜていくといつかは黒く、黒は白を混ぜていくといつかは白くなります。でも、無色は違う。無色には色をつけられないそうでしょう?なぜなら無色と言うのは無なのですから」
「これはこれは、あんたの流儀は大分人を集める様だな」
「はっはっは、だろ?しかしこんなに『無色』好きがいたとはなあ。驚きだ」
「そうだなあ、ああ、いかん自己紹介をしなくては。わしの名前はディオ・サント、『植物学者』だ」
「これは、僕の名前はテオ・マケル。『吟遊詩人』です」
「なんだ?俺か。俺の名前はレクソ・バーティン。しがない『平民』だ」
そうして三人は夢中でおしゃべりを始めるかのように見えたが、
「おっと、しまった。俺はまだ宿を取ってなかったんだ。マスター悪いがいい店教えてくれるか?」
「ああ、いいぜ」
「どれ、わしも教えてもらおうか」
「では、ボクもご相伴に預かるとしましょう」
「なんだ?俺ら宿無しか?」
ひとしきり笑いあった後、
「それじゃあマスター、一本しか買わなくて悪いな」
「いやあ、いいよ。おもしろい話を聞かせてもらった」
「それじゃ」
「どれ、わしもとりにいくか」
「それでは僕も」
そうして三人が出て行った。
「面白い人たちだったな」
「ええ。でも珍しいわね、こんなに人間が集まるなんて」
「ああ、そういえばそうだな……」
「すごい偶然ね、こんなところに、それも無色が好きな人が」
「……ああ、……」
この時マスターは少し変な予感がした。代々酒場をしていた経験からいろんなことを知っているのだ。たとえば、同じグループが集まったり、時には何らかの目的で偶然同じグループが集まったり。大抵そんなときは嫌なことが起きたものだ。
故に王城に直接出向き事情を話した事は決して間違ってはいなかっただろう。
これが若い男女の人生の分け目、さらに言えば世界の運命の分け目だったのである。
宿から出た三人は教えてもらった宿屋へは行かず、城を出るところだった。
「ふん、こいつはすげえな。『毒使い』に『呪言師』とは、マイナーだが強力な輩が来たもんだぜ」
「それを言うならお互い様じゃろう、『アサシン』」
「まだ『平民』という隠語を使っているんですか?」
「古臭いって言うなよ、何事も先人の知恵は敬うもんだ。これが一番溶け込みやすいんだよ」
「それは言えている。まったくいまいましい魔族共め、女なんぞになったおかげでマンドラゴラを採り難くなったわい。おかげで20のレパートリーが消えおった」
「そいつは残念だ。まあ、それは俺らにも言えることだがな。戦法が変わってめんどくさくなってる」
「僕は対して変わりませんね。全力で呪うだけです」
「そうだな。……さて、もう言うまでもがねえが狙いは同じだろ?」
「ああ、『無色』じゃろ」
「ノンカラー……懐かしいです」
「なんだ?会った事あるのか?」
「ええ、5年前に。師クラスに入ったペイペイだったんですぐにやられましたが」
「ふん。つええのか。俺は初めてだ」
「わしは二回目だ。どちらも失敗しておる」
「で、ガキにリベンジか」
「まあそんなところですね。ですが、それ以前にノンカラーにされた子供の実力はどうか見極めたい、という点が大きいです」
「わしもだ」
「そうかい。それじゃあ俺も気を引き締めるとするか…」
あなたがお調べになっている二人組みのことですが、少しの事が分かりました。いえ、少し、というよりこれで調べられる事の全てかもしれません。申し遅れましたが、私の名前はバナチェフ。人間であった頃は特務暗殺者として活動していました。すでにご存知かと思いますが、特務暗殺者とは教会お抱えの暗殺集団とは違い独立しているいわばギルドのようなものです。ただし、暗殺に特化し、裏世界にも幅を利かせていますが。その中でも私は上位5位に入る実力を持っていました。そのために教会に雇われ、魔王城に潜入し、妻と出会ったわけですが。
話が逸れてしまいましたね。また話が逸れるようですが重要なのでご確認下さい。賞金首、というものはご存知でしょう。これもすでにお分かりのように一般の賞金首から極悪な程、脅威な程ランクが上がっていき、賞金首専用の『店』などでは色別にリストが配置されています。まずはホワイトリスト、一番低い、といってもしっかり罪を犯していますが、白い紙に人相書と身長や体重などの基本情報、備考欄が載っています。そして次にブルーリスト、次にレッドリスト、最後にブラックリストがくるわけです。もちろん、それぞれの色に対応している紙付きで。しかし、ここからの事は誰も、侮辱しているわけではありませんが魔王様も、その夫君の勇者様でさえもご存じないでしょう。
このリスト、実はもう一段階上があるのです。それが、ノンカラーリスト。
これはかなり特殊でまず紙で伝えられません。口伝で伝えられます。さらに介入者もかなり限定されており、我々のギルドでは上位5位までしかその存在も内容も公開されません。おそらく他の闇社会に溶け込んでいる者達も、そうとう根を深く張っていない限り伝えられてないと思われます。話にあがったこともないでしょう。それほど極秘なのです。どこから私の長が情報を入手してくるのか分かりませんが、それはもう私では分かりません。知っているのは長だけでしょう。
このノンカラーリスト。特殊な点は3つ。まず、口伝えだということ。
次に、紙の人相書が一枚だけ長により直接見せられ所持は不可、ただし、普通の人相書とは違い、基本情報や備考がなく、全て顔だけで判断しなければなりません。慎重に、と言う意味なのか。それ程強いと言う意味なのか。顔が分かっている限り情報はあると思いますが、仲間が問いかけたところ、これに関しては一切疑問を持つなという言葉を返されました。長が言う事は絶対です。私達はすぐに頭からその選択肢を払いました。
最後は、その者を見かけた場合の対処です。驚く事に近くに魔族やブラックリストがいたとしてもその者を追跡し、殺せ。という者なのです。つまりこの世の何よりも優先される命令です。当時私は、いえ、今でもこの者達はそれ程危険な存在だと思っています。
そんな折なので、デルエラ様から顔と名前が送られてきたときには少し時間がかかりましたが、分かりました。以下が私の知っている全ての情報です。おそらくこれ以上の情報は、私の長か、それに横付けする地位の者でないと持ってないかと思われます。ただ、これは私の推測ですが、長もそれ以上の情報は人相書以外持っていないかと思われます。何やら深く黒い者を感じるのです。
以下にその情報を載せます。非常に少なく、役に立たないと思われますがこれで全てです。
ラクル・カーラマント
発見次第殺せ
カミヤ・セト
発見次第殺せ
魔王城勤務 バナチェフ・セントス
カサ
今しがた再度読んだ手紙を机に置く。
すでに内容は朝礼の緊急会議で城内に行き渡っている。おそらく昼頃には市外にも広まるのではないだろうか。
「……」
情報を流した事を軽率だとは思っていない。誰かが知りたいと思えば教えるのが一番だろう。まああの二人には迷惑がられるだろうが。
たとえそれにより敵が来たとしても、それはそれで
「おもしろい」
より夫が増える事を楽しみにするデルエラだった。
緊張する。
私はラクルとセトが泊まらされている借家の扉の前に立っていた。
「がんばって!大丈夫よ!愛があればどんな困難も乗り越えられる!」
そうノーラは言ってくれたが本当に大丈夫だろうか。
何より、私自身が不安だ。
昨日ラクルのあの姿を見て、私は驚いた。それだけならいい。だが、私は彼らが立ち去ろうとしたときに引き止められなかった。怖かったわけではない。
ただ、近づいていいのかどうか分からなかったのだ。母とウィルマリナさん、そして父が動いていなければもう二度と会えなかったかもしれない。
それを思うと少しは安堵する。
それに、私は見られている。国が彼らに注目しているのだ。デルエラ様の命により私と接触するときの様子を見れるように城内には水晶が配置されている。それを思うとラクルを裏切っているようでなんだか胸が痛い。
だが、これも国のため……だめだ、割り切れない。
そう逡巡していると、
ガチャ
「お、やっぱパルメだったか」
ラクルが出てきた。
「だ、誰か分かったのか」
「ああ、土の這う音であんただって分かったよ。何で入ってこないんだろうなあ、と思ってな」
「そ、そうか」
「ああ、なるべく覚えれるもんは覚えるようにしてんだ」
少し嬉しくなりかけたが、ガックリきた。私だから分かったのかと思ったのに。
「で、……話があるんだろ?」
「ああ」
「ん、今セトが寝てるからな外で話そう」
「そうか、分かった」
チラリと中を覗く。
「大丈夫だって、どっちも逃げねえよ」
「い、いやそういう意味では…」
「あははっ、分かってるよ」
笑顔に空気が和らいだ。ああ、私を理解してくれている。ますます愛しくなる。
「それじゃあ、軽く歩くか」
「ああ」
少し問題はあるが、デートのようで楽しみだ。
「セトの事じゃあ謝らなくていいぜ、あいつにも問題があるんだ」
先手を越された。
「って、やらかした側が何言ってんだ、だがな」
「いいや、そんなことはない」
ああ、そんなことはないとも。
「ま、謝るときには抽象的にやってくれ」
「ああ、そうする。それにしてもあいつは強いな」
「ああ、まあな」
「私の友達のカサナ、ドラゴンなのだが惚れてしまったようだったぞ」
昨日の夜カサナが眠っているセトを赤い顔でチラとみていた。
初めて見る蕩けた顔だった。そのあとサラムにいじられていた記憶がある。
「ああ、そうか…」
すこし悲しそうな口調だった。
なんだ?まさか、カサナに興味があるのか!?まさか…。
「あいつは……愛せないからな…」
?愛せない?
「まあ、だが、つええ奴が好みなら間違ってねえよ」
「そうか。あんなに強かったものな」
「いや、あれは弱い」
「え?」
「普通のときの方が強いし。あと怒ったときが一番つええ」
「だが、昨日は…」
「昨日は怒ってるっていうより、ちょっとトラウマに当たって爆発したもんなんだよ」
「そうか、アレより強いのか」
これは取り合いになりそうだ。なにせ強い男を選ぶ魔物はたくさんいる。昨日あんな光景を見せられたら堪らないだろう。
いつの間にか川辺に至っていた。魔界の川なので、妖しい色に澄んでいる。
そんな光景にも関わらず楽しそうに川を覗いている。
「お前達は、何者なんだ?」
本題に入る。デルエラ様や他の人も待ち望んでいるはずだ。
「答えられない」
「む」
やはりそうか。でなければ昨日あんな事があったのにさっさと帰らないはずだ。それが帰ろうとした。何かを隠すように。
「それでは、お前達は兄弟か?」
「いや、ああ、まあ〜義理のな」
「では親父というのは……」
「俺達を拾ってくれた人だ」
「ではその父は、人間か?全て知っているのか」
「ああ」
「では何故我々に教えてくれないのだ。人間より私たちの方が「親父は強い」
「何?」
「親父は強いんだよ。……こう言っちゃあ悪いが、あんたの父さんの嫁さん達が束になってもヘッちゃらな人だ」
「な!」
嘘だ、と思う。だが、ラクルの目は真剣だった。
「だから、あんたらじゃあ……教えれねえ」
「だが!」
「てか」
そこで悲しそうに
「教えたくねえ…」
…ずるい。そんなことをそんな風に言われると…、何も聞けないではないか。
「正直、感謝してるんだ。俺達のことを、特に俺の事を化け物なんていわずにいてくれる集団なんて。だから、あんたらに教えて、巻き込みたくねえ」
「……」
「セトが起きたら、出発する。……止めないでくれ」
そのまま後ろを向き、元来た道を戻る。
「待て!」
止まらない。
「待ってくれ!」
急いで飛びつき、抱きつく。
止まったが、振り向かない。
長髪が浮き上がるほど魔力を拡散する。
「俺には魔力は効かねえぜ。一応俺も人間だが、精神が強いとかそんな問題じゃなくてな。セトも人間だが、効かねえ。あいつは精神面が問題だ。強い、がそれ以前に過去のトラウマが理性と外界とを無意識に切り離すんだ」
だから魔力が効かないのか。
「たぶん魔王様とやらがやっても無駄だ。言ったろ?」
そこで首を後ろに向けてくれる。
悲しそうに笑いながら、
「俺達は、『特殊』なんだ」
「特殊でもいい!!」
どうして私を思ってくれない。
「特殊でもいい!お前は魔力は効かないといった!なら、感情は動くんだろう!!」
そうして私は胸をはだけ、押し付ける。
「どうだ!いいだろう!」
なぜだ、なぜそんな顔のままなんだ。なんで苦しそうに笑うんだ!
「私をどう思う!」
「美人だ」
「そうじゃなくて!」
私は押し倒す。
「私を!どう思う!!」
しばらく無言が続く。
私の荒い息遣いと、川のせせらぎの音しか聞こえない。
「……堪らないほどいい女だ」
「そうだろう。なら、私を「もういいか?」
!!
「私はお前が好きだ!」
起き上がろうとした彼をもう一度押し倒す。
「好きだけじゃない!愛してる!欲しい!!」
「ああ、俺もだ」
……え?
「俺もだよ。堪らないほどな。嘘じゃない。俺も一目惚れしてた。セトが呆れてたもんだ」
な……なら…。
「だが」
グン
と起き上がる。私が想像した事もない力だ。
私は地に転がった。
「駄目だ……。俺は、お前を守れない。守りきる自信がない」
あ……。
「……じゃあな」
あ……。
追いかけなければ、だが、動けない。あんな目をされたら……ずるい…。
「クッ……」
屈辱ではなかった。ただ、悲しい、悔しい。
彼についていけない私が……。。なんて、無様な……。
「ウ……クフッ…ウウ」
嗚咽が漏れる。たまらない。半身が引き裂かれたようだ。
誰かの手がそっと背中をさする。
「大丈夫よ。大丈夫」
ノーラ……。
「お姉ちゃん……」
アル。
「……」
「あらら、残念。もう少しだと思ったのになあ」
カサナ、サラム…。
大切な者が慰めてくれる。
私はまた気付いた。私と違い、彼は最初は仲間なんていなかったのでは、と。
じゃあその彼がせっかくできた大切な者が死んでしまったらどれ程悲しくなるか、と。弱い。なんて弱い。だが、分かる。私も友達を、家族を無くしたくない。きっとラクルは多くのモノを無くしてきたのだ。
それを思うと安易に愛だけ叫ぶ自分が惨めに思えてきた。
捨てた。何を言ってやがる。彼女が自分のものだったつもりか?
元々何も無かった。それでいい。それでいいんだ。
隠そうともしない魔力と殺気が前方から感じ取れる。だが、足を進む。これでいい。
見えた先にはエキドナがいた。パルメの母親だろう。
「よう」
「どうも」
「さっそくだけど一発殴らせろ」
返事をする暇も無く殴られる。
左に飛ばされ、木にぶち当たる。
「水晶で見てたぜ」
でしょうね。俺も魔力がチラチラ渦巻くのを感じていた。何のことはない。『いつもの』事だ。まあ今回はちょっと違うが。
「あたしは自分の娘が大事だ」
近づいてくる。俺は立ち上がって見据える。
「だから、その未来の婿も大事だ」
そうですか。夫婦って言ってくれるんですか。
「夫婦間の問題に暴力でかたをつけるのも間違っていると思う、けどな」
魔力が発散される。
「流石に手が出ちまうだろ!」
ゴアン!
木が折れる。
「あたしはあいつに!」
ガン!
「幸せに!」
ガン!
「なって欲しかったんだ!」
ガン!
連続で顔面を叩かれる。
「だから!あいつにはいい妻になるように!」
そのまま持ち上げられ、
「女として楽しめるように!教えたんだ!」
思い切り地べたに投げられた。
「それを!お前!」
もう一度手が振り上げられた。
「やめなさい!」
その手が掴まれる。
「ウィルマリナ……」
手を掴んだのはウィルマリナだが声を発したのは、
「デルエラ……様」
それだけではない、パルメのお父さんとその嫁や娘達が集合していた。
いつでも飛び出せるように構えている。
その中には自分の娘の姿もあった。
「お客さんにお痛はだめよ。それにパルメが心配してるじゃない」
「……パルメ、あたしは」
サーシャとその娘が急いで治癒をしようとラクルに駆け寄る。
エキドナに本気でやられたのだ。事実、肉がひしゃげ、骨が見えたりしていた。
だが、
「あヴぁ、いいっすよ、じぇんじぇんもんだいないっす」
口の周りの骨が変形したのだろう、変に言葉が漏れる。気絶するほどの痛みのはずなのに普通にしゃべっている事に驚いた。
だが、それだけではなかった。
「おヴぉ、なひょってきた治ってきた」
裂けた肉が自動で結合し、露出した骨が元の軟骨と繋がり始めた。
クキッ ッキュ コキリ ゴリッリリ
なんだこれは、
「ああ、大丈夫っす。俺は『こういうため』にできてるんで」
思わずメルセが後ずさる。
「……ふ〜、完了…。……それじゃあ皆さん、ありがとうございました」
そう言って何事も無かったかのように進み始めた。
「待ってくれ!」
パルメが叫ぶ。
「それでも私はお前が好きだ!!お前は、たかが化け物だろう!私と同じだ!!」
一瞬止まり、口を開く。
「餞別代りです。ヒントでもあります。俺は化け物のように見えるが、世の中意外と俺みたいなもんはいるもんです。ヤバイ奴はホントに化け物だ」
そこで後ろ振り向く。
「まあ何が言いたいかっていうと、デルエラさん。魔物の皆さん。人間ってのはそういつまでも同じ指導者にくっついているほど馬鹿じゃないってことですよ。気をつけてください」
そういって去っていった。
キイ
扉が開く。
開く前から分かっていた。ラクルだ。気分が沈んでいるようだな、と足音から判断する。
「ハア〜」
ドッカと椅子に座り、ため息をついた。
「どうした?」
「起きてたか」
「ああ」
「聞いてくれよお、俺、初恋おじゃん……」
「……」
「……」
「ハア〜」
それに対しセトは何も言わずただ淡々と窓の外だけを見る。
「気が済んだら、出発だな」
「……ああ」
「お前も気付いてるだろう。すでにそれらしき奴らに入り込まれている」
「ああ」
「初恋なんだろう?しっかり巻き込まれないようにしなくてはな」
「ああ、わーったよ」
そうして二人は瞬く間に準備をして出て行った。
「この国に手出しはさせねえ」
「……同感だ」
「どうする?ついていく?」
ノーラが聞いてくる。
「お姉ちゃん行っちゃうの?」
アルが寂しそうに言う。
「今お姉ちゃんは大事な恋のアタックをかけているの」
「む〜」
ホントにどうしようか。
迷う。ついてくるなと言った。だが、ますます思いが募る。
どうしよう。離れたくない。
それぞれが行動を開始していた頃、景色は魔界の夕暮れへと変わっていた。
大通りから少しはずれた酒場に男が入ってきた。
帽子を深くかぶっていて、インキュバスか人間か分からない。
「いらっしゃい、お客さん」
「どうも」
ハキハキと応えた。
「何にしましょうか?」
「シングスのフォルトを」
「ああ、ちょうどありますよ」
そういってマスターがグラスを持ってくる。
「どうぞ」
「ああ、いい香りだ」
まずは一献、と飲み干す
「お客さん人間かい?」
「ああ」
「これはこれは、いいのかい?魔界に来て?」
「はは、嫁探しだよ。実家から苦情がきてね」
「なるほど〜、どうだい、紹介してやろうか?」
「自分で探すよ」
「そうか、だが気をつけろよ。この町の、いや全ての魔物は好色だ。選択権なんてねえかもよ」
「かもな、だがヤられるのも嫌いじゃない」
「ハッハッハ!気をつけろよお、俺なんかそこのハーピーに襲われて貞操をなくしたんだ」
給仕をしていたハーピーを目で指し示す。
「あら、抱きついてきたのはあなたじゃない」
「高いところでいったい何に抱きつきゃあいいんだ」
「仲がいいよ、あんたら」
華やかな笑い声が場を彩る。
「そういえばマスター」
「なんだい?」
「あんた、何色が好きだい?」
「色?」
「ああ、話の種を広げるときには身近なものから、ってのが俺の流儀だ」
「おもしろい流儀だ、そうだなあ、おれは青だな」
「ほう」
「あら、あたしも青が好きよ」
「フフ。分かったよ、あんたらホントに仲がいいよ」
「ありがとよ。そういうあんたはなんだい」
「そうだなあ、俺は『無色』が好きだ」
「無色?」
「そう、透明なのが好きなんだ」
「へえ、無色か〜」
「新鮮ね」
「そうかい?ありがとよ」
「ほほう、あんたも『無色』が好きかね?」
突然カウンターの男から二席空けて座っている老人が話した。
「ああ」
「わしもだ。昔は『黒』が好きだったんだがなあ、いやああの頃は若かった。いまじゃあ透き通るものに心が洗われるよ」
「そうかい。そういう見方もあるな」
「それだけではありませんよ」
今度は斜め後ろでギターを弾いていた旅芸人が話に乗ってきた。
「『無色』は何色にも染まらない。俗に白や黒が究極の色だと言われていますが、私から見るとあれもただの色です。白は何かを混ぜていくといつかは黒く、黒は白を混ぜていくといつかは白くなります。でも、無色は違う。無色には色をつけられないそうでしょう?なぜなら無色と言うのは無なのですから」
「これはこれは、あんたの流儀は大分人を集める様だな」
「はっはっは、だろ?しかしこんなに『無色』好きがいたとはなあ。驚きだ」
「そうだなあ、ああ、いかん自己紹介をしなくては。わしの名前はディオ・サント、『植物学者』だ」
「これは、僕の名前はテオ・マケル。『吟遊詩人』です」
「なんだ?俺か。俺の名前はレクソ・バーティン。しがない『平民』だ」
そうして三人は夢中でおしゃべりを始めるかのように見えたが、
「おっと、しまった。俺はまだ宿を取ってなかったんだ。マスター悪いがいい店教えてくれるか?」
「ああ、いいぜ」
「どれ、わしも教えてもらおうか」
「では、ボクもご相伴に預かるとしましょう」
「なんだ?俺ら宿無しか?」
ひとしきり笑いあった後、
「それじゃあマスター、一本しか買わなくて悪いな」
「いやあ、いいよ。おもしろい話を聞かせてもらった」
「それじゃ」
「どれ、わしもとりにいくか」
「それでは僕も」
そうして三人が出て行った。
「面白い人たちだったな」
「ええ。でも珍しいわね、こんなに人間が集まるなんて」
「ああ、そういえばそうだな……」
「すごい偶然ね、こんなところに、それも無色が好きな人が」
「……ああ、……」
この時マスターは少し変な予感がした。代々酒場をしていた経験からいろんなことを知っているのだ。たとえば、同じグループが集まったり、時には何らかの目的で偶然同じグループが集まったり。大抵そんなときは嫌なことが起きたものだ。
故に王城に直接出向き事情を話した事は決して間違ってはいなかっただろう。
これが若い男女の人生の分け目、さらに言えば世界の運命の分け目だったのである。
宿から出た三人は教えてもらった宿屋へは行かず、城を出るところだった。
「ふん、こいつはすげえな。『毒使い』に『呪言師』とは、マイナーだが強力な輩が来たもんだぜ」
「それを言うならお互い様じゃろう、『アサシン』」
「まだ『平民』という隠語を使っているんですか?」
「古臭いって言うなよ、何事も先人の知恵は敬うもんだ。これが一番溶け込みやすいんだよ」
「それは言えている。まったくいまいましい魔族共め、女なんぞになったおかげでマンドラゴラを採り難くなったわい。おかげで20のレパートリーが消えおった」
「そいつは残念だ。まあ、それは俺らにも言えることだがな。戦法が変わってめんどくさくなってる」
「僕は対して変わりませんね。全力で呪うだけです」
「そうだな。……さて、もう言うまでもがねえが狙いは同じだろ?」
「ああ、『無色』じゃろ」
「ノンカラー……懐かしいです」
「なんだ?会った事あるのか?」
「ええ、5年前に。師クラスに入ったペイペイだったんですぐにやられましたが」
「ふん。つええのか。俺は初めてだ」
「わしは二回目だ。どちらも失敗しておる」
「で、ガキにリベンジか」
「まあそんなところですね。ですが、それ以前にノンカラーにされた子供の実力はどうか見極めたい、という点が大きいです」
「わしもだ」
「そうかい。それじゃあ俺も気を引き締めるとするか…」
11/11/27 13:02更新 / nekko
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