ドタバタ会議
「……」
部屋の男が目を覚ました。
朝日が眩しいかのようにまだ目を細めている。
そこに横から女が離しかけた。
「起きたか」
「……カサナか」
ドラゴンの瞳が男の目に映る。
「……何日経った?」
「昨日の今日だ」
「一日か……短いほうだったな」
「そのようだな。ラクルとお父上もそのように言っていた」
「そうか……父上?」
「あ、いやそう言う意味ではなくてだな!」
途端にカサナの顔が赤くなる。
「……そういう意味とはどういう意味だ?」
「え!……いや…」
「どういう意味だ?」
「い、いやその、だな。き、気にするな…」
「…?ほんとにどういう意味だ?」
意外としつこいうえに鈍い。
「…む、その、……ダーーーーー!!」
バフン!
カサナが壊れたような顔でベッドを叩いたのだ。
「……き、気にするなといえば!気にするな!分かったな!」
「お、おう…」
セトの顔も赤くなっている。
今度はカサナがいぶかしむ番だったがすぐにその理由に気付いた。
顔が、近づきすぎた。どうやら力が入りすぎて顔まで下がったらしい。
「!!」
さすがに唇と唇が、とまではいかないがやはり近い。
「ぁ…」
「……」
どちらも硬直したまま遅く時が動く。
先に目と顔をそらしたのはセトだった。
「む……その…なんだ、うん」
「あ、ああ」
慌ててカサナも顔を離す。
「……」
「……」
お互い気まずく、目を合わせては違う方向を見つめる。
逆に言えばそれ程目を合わせているのだが二人がその意味にいつ気付くのかは分からない。
そんな二人をどこからか温かい目が見つめている。
「ああん、おしい〜」
「もうちょっとだったのに〜」
毎度おなじみの魔物フレンズが集合していた。
「つかいいのか、こんなところで見ちゃって」
新顔のラクルまで混ざっている。
「いいのよ〜、むしろそれがイイ!」
ノーラが感極まったかのような声を発する。
「それにあんな初々しいのを見ていると…」
ラクルに擦り寄っていく。
「体もいちば〜ん初めのように熱くならない?」
フ〜と耳に息をかける。
「う、な、なにすんだよ」
「ノーラ!!」
慌ててパラメが抱き寄せる。
「あん」
「何やってるの!」
「え〜んいい雰囲気だったのに〜」
「まったく!ラクルも!何で固まってたの!」
「いや、そりゃあそうだろう」
「どういうこと!?」
「いや!別に変な意味じゃねえぞ!急にあんなことされたらだれだって…」
「固まっちゃうよね〜、『アソコ』も♪」
「な、ななな」
「お、おい!違うぞ!別にそんなことしてねえぞ!」
「いいじゃな〜い隠さなくたって」
「だから違うって!」
「ラクル〜……」
「おい待て!いい年して誘導されてんじゃねえ!」
「そう、私のような年はもう女と見ないわけ……そう…」
「は!?何言ってんだ!」
「ああ、これが世に言う夫婦喧嘩なのですね。なんと仲睦まじい」
ダークプリーストらしくアルノーが聖印をきりながら憧れの表情を描いている。
そんな爆弾が爆発寸前の様相を呈している場所から少し離れたところに同じくセト達を覗いている姿があった。
「ノオオオオ!なにやってんだあいつら!なんであそこでチューしねえんだ!チュー!」
「ほんとに何考えているのかしらね。初々しいのはいいけどもっとこう燃え上がらないと」
「まったくまったく」
セトの父親とデルエラが熱く語り合っていた。それをメルセやウィルマリナなどレスカティエの主要人物達が見ている。
「ええ、ほんとに。これだから……」
「ったく〜、これだから……」
二つの声が重なる。
「男の人は」
「女ってのは」
が、意思疎通の結果は違ったようだ。
ん、とおたがい顔を見合わせる。
「……何言ってるの?この場合男が悪いんじゃない。せっかく女が好意を抱いてくれてるのに。息子だからって甘く見すぎじゃない」
「何言っちゃってんのこの人は?どうみても女がダメだろ。好きなんなら適度に攻めなきゃ。男がアタックし続ける時代なんて一度もなかったんだぞ〜。そっちこそ身内だからって甘いんじゃねえのか?」
「ぜんっぜんロマンが分かっていないわね。私はこの通り強引なのが好きだけどやっぱり女の人にとってはリードされるのはまんざらでもないのよ。カサナはその典型ね」
「い〜や、たしかにそれもあるかもしれねえがやっぱ基本は女が動かねえとな。特にセトは『待ち』の典型的な人間だからな」
「あ〜らいいのそんな事言っちゃって。自分の女いない暦を見せているものよ。あんた女と付き合ったこと無いでしょ」
「あ〜らそっちこそいいんですか〜そんな事言っちゃって。男いない暦を暴露しているものですよ〜魔王の娘さん」
カチン、と音が聞こえた。
「……へえいいの?そんな事言っちゃって。魔王の娘よ。リリムよ。誰に喧嘩うってんのかわかってるんでしょうねえ!この童貞実子無し親父!!」
またカチン、と音が聞こえた。
「はい?何?リリムが何?いや別に俺はリリムがどうこう魔王がどうこうとかじゃなくてあなたに言ってるんですけど〜レズリリム。お、いいねこの語感!レズリリム!」
「ああ!?なによそれ!レズバカにしてんの!?」
「べっつに〜馬鹿にしてませんよ?あれ?何かやましい事でもあんの?いやいいですよ君が誰と寝ようが。でもね〜やっぱ男知らないのに男語るなんてだめでしょ。愚の骨頂でしょ」
「言うわね〜この彼女なし!」
「さっきからうっせえぞ!なんだ!彼女がいないのが悪いのか!言っとくけどなあ、これでも女の知り合いは結構いるんだぞ!ただちょっとおかしい奴らもいるから距離置いてるだけだからな!つくろうと思えばつくれるんだからな!」
「フッ!負け惜しみね。そう、もう負け犬と言うのがピッタリだわ!」
「うるせえ!お前だって彼氏いないんだろ!あ!?この独身魔物!」
その言葉にいつの間にか立ち上がって騒いでいたデルエラがクラッとなる。
「あっ!」「デルエラ様!」
駆け寄ろうとする魔物たちを片手で制し、もう片方の手をうつむいた顔に当てる。
「…独身、独身ね…。そうよ!独身よ!それが何か駄目なわけ!?いい男がいないからじゃない!」
「うるせえ!んなことなら俺もいい女がいなかったからだわ!」
「よりによって……よりによってそんな言葉を……確かに女しか触った事無いけど…だからってええええ!」
「で、デルエラ様!落ち着いてください!」
「そうです!大丈夫ですよ!こんなにも美しいのですからいつかお似合いの君と会えますよ!」
「まそれまで独身だわな。理想が高すぎて身を腐らす典型的なタイプだわ。処女は破れてんだろうに」
「あなたは黙っていてください!!」
ゴアッ!と魔力が渦巻く。
「デルエラ様!そ……そんなに魔力を発散したら、ああ!体が火照って…」
「が、我慢できない!あなたーーー!」
「うわっ!」
局地的に魔力が濃密になり辺りの魔物達が次々と交わり始める。
「フフ、……ウフフフ。犯してあげるわ。あなた。犯してあげるからそこにいなさい!!」
なにやら見てはいけない顔をしたデルエラが叫ぶと同時に飛び掛る。しかし……
「ははん!その言葉は聞き飽きたぜ!この俺の女から逃げる技術をなめるな!」
そんなことを言いながら化け物かと言う速度で男が走って消えた。
「くっ!速い!」
相手が消えたからかすぐに魔力が治まる。
ふとデルエラが辺りを見回すと近衛隊までピンクに染まっていた。
あるいみ阿鼻叫喚だった。
「……ちょっと大人気なかったかしら…」
ポツリとつぶやいた。
昼間のセト盗み見事件から夫と共に思わぬ『収穫』を得た魔者達はいつもより楽しげだ。
ガキイイイ……
玉座の間の扉が開く重い音がする。
昨日は新生レスカティエの歴史に残る程の状態だったため新顔の紹介が無かったのだ。
その新顔が顔を見せた。
昨日一部の魔物達が見たラクル達の父と弟が今日の主題だった。
「……ご機嫌麗しゅう、デルエラ様」
ラクルの父が口火を切った。
皮肉にもありきたりなお世辞にも聞こえる言葉にデルエラは先程の一件もあってか微妙な顔をする。
「こんにちは、デルエラ様」
明るい声を上げたのはタマン。ラクル達の弟分ということだ。
「こんにちは、可愛い坊やね」
「ありがとうございます」
「どこが可愛いんだこんなガキ」
この場でそんな事を言うか、という視線が男に刺さる。
「なんだよ皆して、冗談だお」
…………………………………………。
「あ、気にしなくていいっすよ。親父は時々マジだけど普段は変なんで」
「…それは逆じゃないの」
「いえ、これで合っています」
「おいおい、お前らそれでも俺のガキかひどいワン」
…………………………………………。
「ちなみにわざとやっている場合も素でやっている場合もあるんで無視するのが一番です」
「そう、忠告してくれてありがとう」
「ひどいワン」
「いや、これ重要ですから」
「ひどいワン」
「まあでも人はいいんでムカついても殺さないでくださいよ」
「ひどいワン」
「あら、私達は殺さないわよ」
「ええ、でもときどき殺意が沸いてくるんですよ。これが」
「ひどいワン!」
「「うるせえ!!」」
ラクルとセトが同時にそれぞれ父親の顔と腹を殴る。
「グフッ!」
そのまま盛大に後ろに吹っ飛び倒れた。
「例えば今みたいにです」
「そ、そう……」
(確かにうざかったけど…)
義理とはいえ父をぶっ飛ばしたのに二人ともケロッとしている。
タマンはといえば、
「あはははははは!また吹っ飛ばされてる!」
わざわざ指までさして笑っていた。
「……お、お父さまとしての威厳は?」
たまりかねてサーシャが言う。
「「「時々です」」」
「……いいわ。まずはその子、タマンについて聞かせてもらおうかしら」
「あい。いいですよ。僕の名前はタマン・ビロント。こう見えても王族です.
ちなみに6歳、彼女募集中です」
「あら、そんなかわいい顔してそんなこと言っちゃっておませさんね♪まあ」
「えへへ。そう見えます?」
「それって素なの?」
「素です!」
元気良く答える姿からセトに目を移す。
「素ですよ。こいつは」
「わお」
「ちなみに僕にはお父さんが二人います」
「一人は、まあそこに倒れているヤツね。もう一人は…王様?」
「あい」
「へえ、それって王様が認めてるの?」
「うん」
「あら!王族にしてはまともな人のようだけど……どうして?」
元勇者であったためいろいろ軋轢を生じていたウィルマリナにとっては驚く話だろう。
「それは……僕の命の恩人みたいですから」
「どういうこと?」
「僕も良くわかんないんです。なんか昔僕が死にそうだったときがあったようなんですけど……僕は覚えていなくて。初めて会った時にも誰か分からなかったし…。でも、なんでかな〜。お父さんやお母さんがすごく感謝していたんですよね。あ、このお父さんは王様ね。だから良く分からないけど…どっちも自慢のお父さんです!」
「ふ〜ん自慢ね…」
デルエラが冷ややかな目を無様に倒れている男に向ける。
「……起こしなさい」
「はい」
ガスッ
躊躇無くラクルが腹に肘鉄を食らわせた。
「グフッ!」
「……あなた達ほんとに父親と思ってるの?」
「それとこれとは別です」
「あいだだ」
「やっとお目覚めね」
「くそ〜こいつら日に日に容赦なくなってきやがる」
「そう、大変ね。頑張ってラクル君」
「はい」
「俺じゃないのかい!」
「さて次はあなたの番よ」
「無視かい!」
「何?じゃあどうすればいいのかしら?」
「俺の名前はエルド・アングー。万屋をしている」
「な……」
いきなり始めるのかよ!、という文句が一同に流れる。
エルドはデルエラの顔を見てしてやったりという顔をしている。
「……フフ、さっきの続きがしたいようね…」
「デ、デルエラ様、落ち着いてください!」
「お宅意外とノせられやすいね」
「……むっ」
高まる魔力が消える。
「……ノせてきた奴が言う台詞、それ?まあいいわ、続き」
「え?続き?」
「何?じゃそれで終わりなの?」
「いや、別にこれでもいいんじゃないすか?」
「ダメよ。まだ経歴聞いていないじゃない」
「え〜んなこといったら神秘的キャラの立ち居地がなくなるじゃーん」
「…あなたそんな事考えてたの?」
「え?違う?」
その場の全員が首を横に振った。
「……。でも!俺の事はヒ・ミ・ツ♥ってことにしてちょうだい」
「……」
「……」
静かに視線が交錯する。
デルエラは静かに。エルドは笑いながらこちらもまた静かに。
「……いいわ。誰にだって言いたくないことはあるでしょう」
「……恩に着る」
エルドは改めて姿勢を正し、最敬礼をした。
「…ほんとだったみたいね、あなたの息子達が言ってた事」
「何の事?」
「あなたが時々ホンキになる事」
「ふ〜んそんな風に見えました?」
「……クス、そういうことにしておきましょうか。とりあえず昨日のお礼は言っておくわ。ありがとう」
「なんのなんの。これでも俺強いし」
「そのようね。あまりにも他のインパクトが強すぎて忘れていたわ」
「…なんだよ、まだ根に持ってんのかよ」
「……してないと思う?」
にっこり笑う姿はどこか凶悪的だ。
「……ほんじゃあ俺は町に下見に行ってくるわ。ほんじゃあそれでオーケイ?オーケイ?」
言うが早いか返事も聞かずに出て行った。
「……逃げたわね…」
「あの、デルエラ様」
ラクルが訊ねる。
「さっきのことって……親父が何か…」
「ええ言ったわ、私の事を独身って」
『…………………………………………』
「その、えと、すいません」
「いいのよいいのよ。……ホントにいいのよ…」
全然よくなさそうだ。
「まあその他にもいろいろ戯言をね。あなた達のお父さんが意外と女にもてるとか」
「……」
「……なに?その目は。…もしかしてホントの事!?」
「え、ええ、まあ。な、セト」
「な、俺に振るか!?」
ガタン!
デルエラが玉座から勢い良く立ち上がる。
「ありえない、ありえないわ!どうしてあんな奴が……どうして、どうして!?この私でさえ……」
「あいや、その!デルエラ様!そのモテてるっていうか、ま、確かにそうなんですけど…」
「俺達の親父に付き合う気はないというか、なんというか」
珍しくラクルとセトが慌てている。
「…どういう意味でしょうか?」
サーシャが場を代弁する。
「その、まずモテてるっていてもほんの一部、それこそ2人ぐらい。3人目を数えていいかどうか…」
「しかも、その、……女性の事をこう言うのは躊躇うのですが、かなり特殊な方々で…」
「変な人達なんだよね!」
「た、タマン!」
「変?」
「うん、会えば分かりますよ!すっごい変だから」
「まあその、確かにそれはそうで…」
「見てるとおもしろいよ」
「いや確かにおもしろいけどな」
「……あんな男を好む女…見てみたいわね」
「いや〜見ないほうがいいかと…」
「いいわ。それじゃあ今日の会議はこれで…」
「デルエラ様!まだ教団との会見についての議題がのこっています」
「あ、そうだったわね〜おもしろくない!」
「ですが…」
「分かった分かった。じゃあラクル君達は出て行っていいわよ。つまんないんだろうし」
「こんなんで良かったのか?」
「うん♪」
様々な露店が並ぶ商店街にラクルとパルメがいた。
目下2人はいわゆるデート中である。
パルメの首にはまだ新品のネックレスがきらめいている。
「わりいな、そんな金持ってるわけでもないんだ」
「分かってる。逃亡用がほとんどでしょ?」
「流石…」
「フフフ。当然!私は妻じゃない!」
「あ、ああ///」
「お熱いわね〜」
「うわっ!」「きゃっ!」
「ごめ〜んお邪魔しちゃった」
「デルエラ様……」
「うふふ。ごめんなさいちょっとからかいたくなっちゃった」
「からかうって……もしかして気にしてます?」
「……何を?」
「…いや、何をって……なにもありません」
「よろしい」
「……ところで、何してるんですか?こんなところで」
「こんなところだからいるんじゃない。城の中でにゃんにゃんするのもいいけど私はほとんど見ているだけだからね〜」
「せ、赤裸々ですね…」
「あら、気になる?」
「いや!そういうわけではなくて!」
「んふふ。実はもう一つ理由があるのよね」
「「?」」
デルエラが指差した先に二人が釣られて見ると、
「これこれ、これ買って!」
「ふざけんなあああ!お前てめえさっきも饅頭食ったばかりだろうがああああ!」
「いい大人が金欠自慢するってシャレになんないよ」
「こ…このガキィィ、誰のせいだと思って」
「まあまあ、そこまでポケットマネーがないわけではないじゃないですか」
「ないないうるせえ!簡潔に言え!」
「やれやれ老体にムチ打ってくれば子供のお守りとは……ワシももう歳かの〜」
「自分で老体って言ってんじゃねえか!」
暗殺者三人組とタマンがてんやわんやの騒ぎをしていた。
「……何してるんですか?あれ」
「とりあえず観光ってことで連れ出したのよ」
そこでラクル達に気付いたのか騒がしい集団が寄ってくる。
「よう」「こんにちは」「ふむ」
「どうも……つかいいんですか?こんなところにいちゃって。魔界ですよ」
「別にどうでもいいわ。金のために動いてるんだからな。それに相手が強かったらあきらめて退くかもっと強くなるかお近づきになるっきゃあねえだろ」
「ずいぶんポジティブな考え方ッスね。特に最後らへん」
「気にすんな。まあ言うまでも無いがこの業界は大部分が名誉とかんなもんのために死ぬ輩は少ねえ。あくまでも利己的に動くのがベストなのさ」
「それで子供に言いようにあしらわれていると」
「な!…うるせえ!大体考えて見ろ!何だお前の親父は!?あれはもう強いとかそんな次元飛び越してるだろ!!」
「確かに、驚きましたよ。搬送中に生きているかどうか話し合っていたらいつの間にか戻っていたんですよね」
「あれには驚いた。まさかあれ程早くあの『化け物』を殺すとは……いやはや世界は広いものじゃ」
「つまりだ!このガキになんかあった場合今度は俺らの番になる可能性も大だってこった」
「う〜んまあ確かに命のやり取りがあった場合は親父も動くだろうけど……基本的に冗談とか理不尽とかは分かってる人ですからね〜」
「………よし降りろクソガキ」
「あだっ」
レクソは気が抜けたように肩に乗っかっていたタマンを地べたにはたきつけた。
「ひどい!」
「うるせえ!俺がさっきからどんなに……どんなに…クフッ…」
泣き始めた。
「…タマン」
「別に遊びで浪費しただけだよ」
「遊びで……はあ、そういうところは親父に似るなよな」
「でもお父さんかっこいいときあるじゃん」
「真摯さや清廉さで言えば確実にお前の実父が勝つ」
「え〜そうだけどさ〜」
タマンは手持ち無沙汰の片手をフラフラ動かすとレクソの足を掴み、
ブチッ!
「いでええ!」
脛毛を抜いた。
「何しやがる!」
「いや、だって暇だったから」
「だって…どこがだってだ……こ、このグァキィ〜!」
「はいはいそこまで。まだまだ案内するところはあるからついてきなさ〜い。それじゃラクル、パルメ。どうぞデートを満喫しなさいね」
デルエラは涙目になっているレクソを引っ張り向かいの角に消えた。
それに続いた三人も消える。
「あ!タマンの奴まだタカるつもりかよ…」
「…ちょっと腹黒い子供ね」
「いや、あれはあれで純粋なんだよ。まあさっきはふざけていただけだな」
「そうなの?」
「ああ、ちゃんと限度は分かっているし、まあ親父を真似しているってのもふざけ具合が大きいだろ」
「お前の、……うん、その……お義父さん、はいつもふざけてるってこと?」
「……よく分かんね」
「?どういうこと?」
「俺達の親父は……よく分かんねえんだ。いつも自分を見せているような気がする。でも、時々、ほんとに時々でしかも微かだけど親父が……俺達の知らねえ顔をするんだ。何か遠くを見てるような……つってもすぐに消えるんだけどな」
「何か隠してるってこと?」
「それも分からねえ。隠してるのか、それともいつもの親父がほんとの親父でそのときに見せる親父がただの憂鬱な親父だったら、っていう場合もあるだろ?……分かんねえんだ、俺達には」
「家族でしょ?聞いてみたら?」
「したことある…でも、はぐらかされたような…妙な感じだった。それ後も聞いたりするんだけど……やっぱり妙な感じだった」
「……」
「勘違いするなよ。いい親父だ。何か隠してるってのも俺達の勘違いかもしれねえ」
「…それでも、何か隠してるとしたら?」
「……それでも、親父は親父だよ」
「…そう、じゃあいいお父さんなのね。だってそんなに愛されてるんだもの」
「…ああ。ほんとに、いい親父だ。…もちろん!……ん、お前に…とってもな///」
「ッ、えへへ///」
「……そ、そんじゃあ!もう少しそこら辺見ていくか!」
「う、うん!」
ぎこちないうごきが雑踏の中に混じっていった。
「ふ〜今日の仕事はこれで終わり?」
「はい。そうです」
「ありがと。それじゃあこれで解散としましょ。そろそろあなたの『番』だろうし<♥>」
「あ、ありがとうございますデルエラ様!」
そう言うとすぐにウィルマリナは扉から出て行った。
「…ふ〜」
デルエラも肩をほぐしながら外へ出る。
すでに辺りは夜で夜気に包まれる。
少し肌の温度を下げてくるので人肌が恋しくなる。
……ァ……ァァ…。
「フフ」
薄く開いた窓から、あるいは閉じられた扉から幸せそうな声が漏れ聞こえる。
それを聞くだけで楽しい気分になってくる。
「……」
だが今日はすこしいつもとは違う。
(…独身ね…)
昼間の事が思い出される。確かに自分は女が好きだが一魔物として男も好きだ。と言っても、まだそのような男に会ったことがないのだが。
気まぐれにいつもとは違い遠回りに、ちょうど城を一周するルートを選んで散歩する。
(確かに男はまだいないけど…レズ、か)
別に女が嫌いではないし、女が女を好むのもありといえばあり、と思っている。やはりそこは魔物らしく男を求めるという本能が働いているからか。
しかしレズ、と言われると複雑だ。自分だって…
(男ぐらいは……いつかは見つけたいわね〜)
特段こういう男が良いと願った事も無いがなぜかこれ!、とくる男がいなかった。まだ現れていないだけなのだろうか。それとも…
(異世界でもいかなきゃだめかしら)
すでに異界へと続く道は作られていると母や父から聞いた。というよりも、元からそのような道は合ったらしい。ただし、片鱗と呼ぶにもおこがましいほどの微かさだけだったが、近年それを再構築できるようになった。まだ試すまでの道のりには長い年月がかかるようだが。
(そりゃあ帰って来れなくなったら……いや、でも『相手』が見つかるとそんな気持ちもなくなるのかしら…)
気付けばもう庭を通り越していた。
そしてその事に気付くと同時にもう一つのことに気付いた。
気付いた、というよりは見えた。
(あれは…)
エルド…。
倉庫の屋根に座り町並みを見ているようだ。
自分も屋根に飛び上がる。
「何してるの?」
「おう、デルエラ……か」
「?どうしたの?」
「何が?」
「今口ごもったじゃない」
「ああ。ちょっとな、敬称つけるべきか悩んだんだ」
「?今頃?」
「そう言うなよ。最初は掴みが肝心って言うだろ?だからちょっとさっきはハッチャケたのさ」
「掴み…というか今もじゃない」
「うん。ちょっと対応できなかった」
「……以外ね、そんな事に気が回るなんて」
「おいおい。俺だって公私混同ぐらいは避けるさ」
「さっきのは『公』じゃないの?」
「いや、…まあ……最初だか…ら?」
「…こっちに聞いてどうすんのよ」
「そだな」
「……」
「……」
そのまま町並みを見る。
「何を見てたの?」
「町、それと人と魔物。人っつーかほとんどインキュバスだな」
「ええ、魔界だから」
「……悪いな、遅れちまって」
「ん?」
「…いや、セトの件だよ。ちょっと別件ができたんでな」
「…ああ、そのこと。どうしてあなたが謝るのかしら?」
「そりゃあ俺のあいつが俺のガキだからさ。身内の問題はなるべく身内で片付ける。これ基本」
「そうね。でも協力も必要でしょ?」
「お〜やおや。この国を強引に転覆したお方の言葉とは思えないな」
「そりゃあ強引にもなるわよ。基本的に私達魔族の方が分が良いけど。まったく人間に差をつけているってわけじゃないんだから。……あなたには気分が悪い考え方かしら?」
「確かに、常人にとっちゃあ嫌だろうな。けど俺は普通じゃねえ」
「…どういう事?まあ少なくともあなたは普通には見えないけど」
「…グスッ」
「嘘泣きはやめなさい」
「んだよ、包容力がねえな」
「時と場合によるでしょ。今のは度外視が正解よ」
「断定かよ…まあそうだけど」
「それで、なんで普通じゃないの?」
「…俺は小さい頃から考え方がちょっと変わってた。つってもそれなりに成長してからな。ある日でかい町の教会で命の講義があったんだ。虫や他の動物にも魂がありますよ〜ってな。そんときゃあただ聞き流してただけだったんだけどよ、帰り道に落ち葉を踏んだんだ。そん時にパパッて思いついたんだ。もしこの落ち葉にも命があったらどうしよう。痛くないかな。後で恨まれないかな。…ってな」
「アハハ!何それ?」
「笑えるだろ。けど帰り道それを思い出してからず〜っと足元に気をつけていた。落ち葉を踏まないようにな。友達に変な顔されたよ。まあでも俺の話を聞くとそいつらも真似したんだけどな」
「罰とかが怖かったのかしら」
「そうだったのかもしれない。んで命があろうがなかろうが結局気にしたってしょうがねえものはしょうがねえって思い始めたのは少し経ってからだった。けど、勘違いするなよ。俺は命なんざどうでもいいんだって思ったことはねえ。ただ世の中にはどうしても気にかけることと気にかけても大差ないことがあることを自覚した。……変だろ?まだ毛も生えてねえガキがんなことかんがえるんだぜ?哲学者かよ。まあそれで俺はいろいろピキーンって来るときがあるんだ。それも問題を解決するとかそんな能力じゃねえ。哲学に近い普通には使えそうに無い自論だ」
「それで?」
「だからお前のような強硬派についてはこう考えている。どうせ強硬だって狩りみたいなものだ。ただ人間が狩られる側になってる……ってちょっと狩りじゃおかしいな。悪い」
「クス。構わないわ。まあ確かに狩りといえば狩りだし」
「でもな〜何か違うだろ」
「…その言葉だけで分かるわ」
「理解力があって助かるね」
「つまり、俺にとっちゃあ自分勝手だな〜とは思うが別に気分も何も悪くならないってことだ」
「……確かに、ちょっと変わってるわね。普通の人だったらそこまで考えることはおろか、考えても気持ち悪いでしょうね」
「まあ、魔物は人間にとっちゃあ敵だからな」
「あなたにとってはどうなの?」
……すぐに答えは返ってこなかった。
「……」
「……」
「俺は……世界の味方だ」
「……つまり、神の味方というわけ?」
「……ちょっとニュアンスが、いや、根本的に意味合いが俺とお前とで違うが。……まあそういう事だ」
「……」
表面は静かだった。…だが内面はそうでもなかった。
(……なにかしら?)
少し自分が憤っているように感じる。いや、どこか残念だったり、哀しかったり。反論したい、という気持ちまであるようだ。
(何に反論するというわけ?)
今の言葉に反論がどうのとできる余地はない。意思に反論なんて。
「おい、勘違いするなよ。俺は世界の味方だ」
神にだなんて。
「だから何?」
「……ん」
よりにもよってどうして神なんかに。
「いいじゃない。誰がどういう主義を持ってるかなんて。でもこれだけは言っておくわ。……私達に手を出せばひどいことになるわよ。主に貞操の危機がね」
「……お前が考えている意味と俺のとでは違う」
何をいまさら。
「だからいいって言ってるじゃない」
「俺が言ってるのは「構わないって言ってるでしょ!」
……驚いた。自分自身に。まさかこうも……大声が出るとは。
「……仮に意味が違うとしたら、どう違うのかしら?神の味方なんでしょ、まさか嘘だなんて言わないわよね」
「……ああ」
何?どうしてそんな微妙な表情をしているの?
「じゃあ何!?何が違うの!?」
「…俺は、…嘘はつかない…」
そんな顔をしていいのは今は私のほうでしょ!
「だから意味が違うというのも信じろというわけ?お笑いね。何がどう違うのかまったく分からないわ」
「…ああ、……俺も…そう思う」
「!!あなたっ!」
ふざけているの、もっと大きな声が出ると思ったが意外にもそこで止まった。
そして急激に下がっていった。
「……」
黙って立ち上がる。
そのまま背を向けて帰ろうとする。
「ちょっと待て」
その声に動きが止まる。
「……会見、あるんだろ。教団と」
「……」
「気をつけろ。…本題の俺が遅れた理由、まだ話してなかったろ。ちょっと聞いてけ」
座らずに立っておく。
「…ラクルから聞いたんだが、山賊がサバトを攻撃したらしいな。まあその事はこっちに向かってる途中に村人から聞いたんだが。そこでバフォメットが負けたらしいな」
「……」
そういえば…。確かにそのような報告は聞いた。だがその当のバフォメットは何も覚えていないという。
「魔物に穏健派や強硬派があるように。教団にも派閥がある。まあ結果的に世界を変えようという点では魔物のばあい二つの派閥は推進速度が違うだけだが。教団内部はもう少し複雑で魔物と共に歩もうとする奴や逆に殲滅を願う奴、魔物と線引きして不可侵条約を結ぼうとする奴、まあだいたいこの三つに分かれる。言うまでも無く表面上はお互いに曝けず、さらに大部分が殲滅を願う派でバランスが取れていない。つまり殲滅派はいくらでも資金投資が可能だ。だがそれだけじゃない。後ろで操っている奴がいる。そいつは強大だ。それこそあんたの親父、元最強の勇者が挑んでも無理、って奴だ。バフォメットの件もそいつ、もしくはそいつらが絡んでいるかもしれない。だとすれば会見の時が一番まずい。何故とか誰とか何でそういうことを知っているかとかは訊くな。……あんたじゃあ手に負えない。…それだけだ。気分悪くして悪かったな。お休み」
何故、と訊こうとして振り向くともうその姿は町並の中に溶けていくところだった。
しばらく棒立ちになる。ほんとうに珍しい事に。
(なぜ、そんな事が分かるの)
なぜ教団の表面上に出ていない事が分かるのか。それだけじゃない。
(後ろで操る?)
神の事だろうか?だとすればそんなことは百も承知だが…。
(分からないことだらけね…)
もしかするとさっき怒鳴った仕返しに話をでっちあげてからかっているのかもしれない。でも…。
『俺は嘘はつかない』
……複雑な心境のまま部屋に戻った。
部屋の男が目を覚ました。
朝日が眩しいかのようにまだ目を細めている。
そこに横から女が離しかけた。
「起きたか」
「……カサナか」
ドラゴンの瞳が男の目に映る。
「……何日経った?」
「昨日の今日だ」
「一日か……短いほうだったな」
「そのようだな。ラクルとお父上もそのように言っていた」
「そうか……父上?」
「あ、いやそう言う意味ではなくてだな!」
途端にカサナの顔が赤くなる。
「……そういう意味とはどういう意味だ?」
「え!……いや…」
「どういう意味だ?」
「い、いやその、だな。き、気にするな…」
「…?ほんとにどういう意味だ?」
意外としつこいうえに鈍い。
「…む、その、……ダーーーーー!!」
バフン!
カサナが壊れたような顔でベッドを叩いたのだ。
「……き、気にするなといえば!気にするな!分かったな!」
「お、おう…」
セトの顔も赤くなっている。
今度はカサナがいぶかしむ番だったがすぐにその理由に気付いた。
顔が、近づきすぎた。どうやら力が入りすぎて顔まで下がったらしい。
「!!」
さすがに唇と唇が、とまではいかないがやはり近い。
「ぁ…」
「……」
どちらも硬直したまま遅く時が動く。
先に目と顔をそらしたのはセトだった。
「む……その…なんだ、うん」
「あ、ああ」
慌ててカサナも顔を離す。
「……」
「……」
お互い気まずく、目を合わせては違う方向を見つめる。
逆に言えばそれ程目を合わせているのだが二人がその意味にいつ気付くのかは分からない。
そんな二人をどこからか温かい目が見つめている。
「ああん、おしい〜」
「もうちょっとだったのに〜」
毎度おなじみの魔物フレンズが集合していた。
「つかいいのか、こんなところで見ちゃって」
新顔のラクルまで混ざっている。
「いいのよ〜、むしろそれがイイ!」
ノーラが感極まったかのような声を発する。
「それにあんな初々しいのを見ていると…」
ラクルに擦り寄っていく。
「体もいちば〜ん初めのように熱くならない?」
フ〜と耳に息をかける。
「う、な、なにすんだよ」
「ノーラ!!」
慌ててパラメが抱き寄せる。
「あん」
「何やってるの!」
「え〜んいい雰囲気だったのに〜」
「まったく!ラクルも!何で固まってたの!」
「いや、そりゃあそうだろう」
「どういうこと!?」
「いや!別に変な意味じゃねえぞ!急にあんなことされたらだれだって…」
「固まっちゃうよね〜、『アソコ』も♪」
「な、ななな」
「お、おい!違うぞ!別にそんなことしてねえぞ!」
「いいじゃな〜い隠さなくたって」
「だから違うって!」
「ラクル〜……」
「おい待て!いい年して誘導されてんじゃねえ!」
「そう、私のような年はもう女と見ないわけ……そう…」
「は!?何言ってんだ!」
「ああ、これが世に言う夫婦喧嘩なのですね。なんと仲睦まじい」
ダークプリーストらしくアルノーが聖印をきりながら憧れの表情を描いている。
そんな爆弾が爆発寸前の様相を呈している場所から少し離れたところに同じくセト達を覗いている姿があった。
「ノオオオオ!なにやってんだあいつら!なんであそこでチューしねえんだ!チュー!」
「ほんとに何考えているのかしらね。初々しいのはいいけどもっとこう燃え上がらないと」
「まったくまったく」
セトの父親とデルエラが熱く語り合っていた。それをメルセやウィルマリナなどレスカティエの主要人物達が見ている。
「ええ、ほんとに。これだから……」
「ったく〜、これだから……」
二つの声が重なる。
「男の人は」
「女ってのは」
が、意思疎通の結果は違ったようだ。
ん、とおたがい顔を見合わせる。
「……何言ってるの?この場合男が悪いんじゃない。せっかく女が好意を抱いてくれてるのに。息子だからって甘く見すぎじゃない」
「何言っちゃってんのこの人は?どうみても女がダメだろ。好きなんなら適度に攻めなきゃ。男がアタックし続ける時代なんて一度もなかったんだぞ〜。そっちこそ身内だからって甘いんじゃねえのか?」
「ぜんっぜんロマンが分かっていないわね。私はこの通り強引なのが好きだけどやっぱり女の人にとってはリードされるのはまんざらでもないのよ。カサナはその典型ね」
「い〜や、たしかにそれもあるかもしれねえがやっぱ基本は女が動かねえとな。特にセトは『待ち』の典型的な人間だからな」
「あ〜らいいのそんな事言っちゃって。自分の女いない暦を見せているものよ。あんた女と付き合ったこと無いでしょ」
「あ〜らそっちこそいいんですか〜そんな事言っちゃって。男いない暦を暴露しているものですよ〜魔王の娘さん」
カチン、と音が聞こえた。
「……へえいいの?そんな事言っちゃって。魔王の娘よ。リリムよ。誰に喧嘩うってんのかわかってるんでしょうねえ!この童貞実子無し親父!!」
またカチン、と音が聞こえた。
「はい?何?リリムが何?いや別に俺はリリムがどうこう魔王がどうこうとかじゃなくてあなたに言ってるんですけど〜レズリリム。お、いいねこの語感!レズリリム!」
「ああ!?なによそれ!レズバカにしてんの!?」
「べっつに〜馬鹿にしてませんよ?あれ?何かやましい事でもあんの?いやいいですよ君が誰と寝ようが。でもね〜やっぱ男知らないのに男語るなんてだめでしょ。愚の骨頂でしょ」
「言うわね〜この彼女なし!」
「さっきからうっせえぞ!なんだ!彼女がいないのが悪いのか!言っとくけどなあ、これでも女の知り合いは結構いるんだぞ!ただちょっとおかしい奴らもいるから距離置いてるだけだからな!つくろうと思えばつくれるんだからな!」
「フッ!負け惜しみね。そう、もう負け犬と言うのがピッタリだわ!」
「うるせえ!お前だって彼氏いないんだろ!あ!?この独身魔物!」
その言葉にいつの間にか立ち上がって騒いでいたデルエラがクラッとなる。
「あっ!」「デルエラ様!」
駆け寄ろうとする魔物たちを片手で制し、もう片方の手をうつむいた顔に当てる。
「…独身、独身ね…。そうよ!独身よ!それが何か駄目なわけ!?いい男がいないからじゃない!」
「うるせえ!んなことなら俺もいい女がいなかったからだわ!」
「よりによって……よりによってそんな言葉を……確かに女しか触った事無いけど…だからってええええ!」
「で、デルエラ様!落ち着いてください!」
「そうです!大丈夫ですよ!こんなにも美しいのですからいつかお似合いの君と会えますよ!」
「まそれまで独身だわな。理想が高すぎて身を腐らす典型的なタイプだわ。処女は破れてんだろうに」
「あなたは黙っていてください!!」
ゴアッ!と魔力が渦巻く。
「デルエラ様!そ……そんなに魔力を発散したら、ああ!体が火照って…」
「が、我慢できない!あなたーーー!」
「うわっ!」
局地的に魔力が濃密になり辺りの魔物達が次々と交わり始める。
「フフ、……ウフフフ。犯してあげるわ。あなた。犯してあげるからそこにいなさい!!」
なにやら見てはいけない顔をしたデルエラが叫ぶと同時に飛び掛る。しかし……
「ははん!その言葉は聞き飽きたぜ!この俺の女から逃げる技術をなめるな!」
そんなことを言いながら化け物かと言う速度で男が走って消えた。
「くっ!速い!」
相手が消えたからかすぐに魔力が治まる。
ふとデルエラが辺りを見回すと近衛隊までピンクに染まっていた。
あるいみ阿鼻叫喚だった。
「……ちょっと大人気なかったかしら…」
ポツリとつぶやいた。
昼間のセト盗み見事件から夫と共に思わぬ『収穫』を得た魔者達はいつもより楽しげだ。
ガキイイイ……
玉座の間の扉が開く重い音がする。
昨日は新生レスカティエの歴史に残る程の状態だったため新顔の紹介が無かったのだ。
その新顔が顔を見せた。
昨日一部の魔物達が見たラクル達の父と弟が今日の主題だった。
「……ご機嫌麗しゅう、デルエラ様」
ラクルの父が口火を切った。
皮肉にもありきたりなお世辞にも聞こえる言葉にデルエラは先程の一件もあってか微妙な顔をする。
「こんにちは、デルエラ様」
明るい声を上げたのはタマン。ラクル達の弟分ということだ。
「こんにちは、可愛い坊やね」
「ありがとうございます」
「どこが可愛いんだこんなガキ」
この場でそんな事を言うか、という視線が男に刺さる。
「なんだよ皆して、冗談だお」
…………………………………………。
「あ、気にしなくていいっすよ。親父は時々マジだけど普段は変なんで」
「…それは逆じゃないの」
「いえ、これで合っています」
「おいおい、お前らそれでも俺のガキかひどいワン」
…………………………………………。
「ちなみにわざとやっている場合も素でやっている場合もあるんで無視するのが一番です」
「そう、忠告してくれてありがとう」
「ひどいワン」
「いや、これ重要ですから」
「ひどいワン」
「まあでも人はいいんでムカついても殺さないでくださいよ」
「ひどいワン」
「あら、私達は殺さないわよ」
「ええ、でもときどき殺意が沸いてくるんですよ。これが」
「ひどいワン!」
「「うるせえ!!」」
ラクルとセトが同時にそれぞれ父親の顔と腹を殴る。
「グフッ!」
そのまま盛大に後ろに吹っ飛び倒れた。
「例えば今みたいにです」
「そ、そう……」
(確かにうざかったけど…)
義理とはいえ父をぶっ飛ばしたのに二人ともケロッとしている。
タマンはといえば、
「あはははははは!また吹っ飛ばされてる!」
わざわざ指までさして笑っていた。
「……お、お父さまとしての威厳は?」
たまりかねてサーシャが言う。
「「「時々です」」」
「……いいわ。まずはその子、タマンについて聞かせてもらおうかしら」
「あい。いいですよ。僕の名前はタマン・ビロント。こう見えても王族です.
ちなみに6歳、彼女募集中です」
「あら、そんなかわいい顔してそんなこと言っちゃっておませさんね♪まあ」
「えへへ。そう見えます?」
「それって素なの?」
「素です!」
元気良く答える姿からセトに目を移す。
「素ですよ。こいつは」
「わお」
「ちなみに僕にはお父さんが二人います」
「一人は、まあそこに倒れているヤツね。もう一人は…王様?」
「あい」
「へえ、それって王様が認めてるの?」
「うん」
「あら!王族にしてはまともな人のようだけど……どうして?」
元勇者であったためいろいろ軋轢を生じていたウィルマリナにとっては驚く話だろう。
「それは……僕の命の恩人みたいですから」
「どういうこと?」
「僕も良くわかんないんです。なんか昔僕が死にそうだったときがあったようなんですけど……僕は覚えていなくて。初めて会った時にも誰か分からなかったし…。でも、なんでかな〜。お父さんやお母さんがすごく感謝していたんですよね。あ、このお父さんは王様ね。だから良く分からないけど…どっちも自慢のお父さんです!」
「ふ〜ん自慢ね…」
デルエラが冷ややかな目を無様に倒れている男に向ける。
「……起こしなさい」
「はい」
ガスッ
躊躇無くラクルが腹に肘鉄を食らわせた。
「グフッ!」
「……あなた達ほんとに父親と思ってるの?」
「それとこれとは別です」
「あいだだ」
「やっとお目覚めね」
「くそ〜こいつら日に日に容赦なくなってきやがる」
「そう、大変ね。頑張ってラクル君」
「はい」
「俺じゃないのかい!」
「さて次はあなたの番よ」
「無視かい!」
「何?じゃあどうすればいいのかしら?」
「俺の名前はエルド・アングー。万屋をしている」
「な……」
いきなり始めるのかよ!、という文句が一同に流れる。
エルドはデルエラの顔を見てしてやったりという顔をしている。
「……フフ、さっきの続きがしたいようね…」
「デ、デルエラ様、落ち着いてください!」
「お宅意外とノせられやすいね」
「……むっ」
高まる魔力が消える。
「……ノせてきた奴が言う台詞、それ?まあいいわ、続き」
「え?続き?」
「何?じゃそれで終わりなの?」
「いや、別にこれでもいいんじゃないすか?」
「ダメよ。まだ経歴聞いていないじゃない」
「え〜んなこといったら神秘的キャラの立ち居地がなくなるじゃーん」
「…あなたそんな事考えてたの?」
「え?違う?」
その場の全員が首を横に振った。
「……。でも!俺の事はヒ・ミ・ツ♥ってことにしてちょうだい」
「……」
「……」
静かに視線が交錯する。
デルエラは静かに。エルドは笑いながらこちらもまた静かに。
「……いいわ。誰にだって言いたくないことはあるでしょう」
「……恩に着る」
エルドは改めて姿勢を正し、最敬礼をした。
「…ほんとだったみたいね、あなたの息子達が言ってた事」
「何の事?」
「あなたが時々ホンキになる事」
「ふ〜んそんな風に見えました?」
「……クス、そういうことにしておきましょうか。とりあえず昨日のお礼は言っておくわ。ありがとう」
「なんのなんの。これでも俺強いし」
「そのようね。あまりにも他のインパクトが強すぎて忘れていたわ」
「…なんだよ、まだ根に持ってんのかよ」
「……してないと思う?」
にっこり笑う姿はどこか凶悪的だ。
「……ほんじゃあ俺は町に下見に行ってくるわ。ほんじゃあそれでオーケイ?オーケイ?」
言うが早いか返事も聞かずに出て行った。
「……逃げたわね…」
「あの、デルエラ様」
ラクルが訊ねる。
「さっきのことって……親父が何か…」
「ええ言ったわ、私の事を独身って」
『…………………………………………』
「その、えと、すいません」
「いいのよいいのよ。……ホントにいいのよ…」
全然よくなさそうだ。
「まあその他にもいろいろ戯言をね。あなた達のお父さんが意外と女にもてるとか」
「……」
「……なに?その目は。…もしかしてホントの事!?」
「え、ええ、まあ。な、セト」
「な、俺に振るか!?」
ガタン!
デルエラが玉座から勢い良く立ち上がる。
「ありえない、ありえないわ!どうしてあんな奴が……どうして、どうして!?この私でさえ……」
「あいや、その!デルエラ様!そのモテてるっていうか、ま、確かにそうなんですけど…」
「俺達の親父に付き合う気はないというか、なんというか」
珍しくラクルとセトが慌てている。
「…どういう意味でしょうか?」
サーシャが場を代弁する。
「その、まずモテてるっていてもほんの一部、それこそ2人ぐらい。3人目を数えていいかどうか…」
「しかも、その、……女性の事をこう言うのは躊躇うのですが、かなり特殊な方々で…」
「変な人達なんだよね!」
「た、タマン!」
「変?」
「うん、会えば分かりますよ!すっごい変だから」
「まあその、確かにそれはそうで…」
「見てるとおもしろいよ」
「いや確かにおもしろいけどな」
「……あんな男を好む女…見てみたいわね」
「いや〜見ないほうがいいかと…」
「いいわ。それじゃあ今日の会議はこれで…」
「デルエラ様!まだ教団との会見についての議題がのこっています」
「あ、そうだったわね〜おもしろくない!」
「ですが…」
「分かった分かった。じゃあラクル君達は出て行っていいわよ。つまんないんだろうし」
「こんなんで良かったのか?」
「うん♪」
様々な露店が並ぶ商店街にラクルとパルメがいた。
目下2人はいわゆるデート中である。
パルメの首にはまだ新品のネックレスがきらめいている。
「わりいな、そんな金持ってるわけでもないんだ」
「分かってる。逃亡用がほとんどでしょ?」
「流石…」
「フフフ。当然!私は妻じゃない!」
「あ、ああ///」
「お熱いわね〜」
「うわっ!」「きゃっ!」
「ごめ〜んお邪魔しちゃった」
「デルエラ様……」
「うふふ。ごめんなさいちょっとからかいたくなっちゃった」
「からかうって……もしかして気にしてます?」
「……何を?」
「…いや、何をって……なにもありません」
「よろしい」
「……ところで、何してるんですか?こんなところで」
「こんなところだからいるんじゃない。城の中でにゃんにゃんするのもいいけど私はほとんど見ているだけだからね〜」
「せ、赤裸々ですね…」
「あら、気になる?」
「いや!そういうわけではなくて!」
「んふふ。実はもう一つ理由があるのよね」
「「?」」
デルエラが指差した先に二人が釣られて見ると、
「これこれ、これ買って!」
「ふざけんなあああ!お前てめえさっきも饅頭食ったばかりだろうがああああ!」
「いい大人が金欠自慢するってシャレになんないよ」
「こ…このガキィィ、誰のせいだと思って」
「まあまあ、そこまでポケットマネーがないわけではないじゃないですか」
「ないないうるせえ!簡潔に言え!」
「やれやれ老体にムチ打ってくれば子供のお守りとは……ワシももう歳かの〜」
「自分で老体って言ってんじゃねえか!」
暗殺者三人組とタマンがてんやわんやの騒ぎをしていた。
「……何してるんですか?あれ」
「とりあえず観光ってことで連れ出したのよ」
そこでラクル達に気付いたのか騒がしい集団が寄ってくる。
「よう」「こんにちは」「ふむ」
「どうも……つかいいんですか?こんなところにいちゃって。魔界ですよ」
「別にどうでもいいわ。金のために動いてるんだからな。それに相手が強かったらあきらめて退くかもっと強くなるかお近づきになるっきゃあねえだろ」
「ずいぶんポジティブな考え方ッスね。特に最後らへん」
「気にすんな。まあ言うまでも無いがこの業界は大部分が名誉とかんなもんのために死ぬ輩は少ねえ。あくまでも利己的に動くのがベストなのさ」
「それで子供に言いようにあしらわれていると」
「な!…うるせえ!大体考えて見ろ!何だお前の親父は!?あれはもう強いとかそんな次元飛び越してるだろ!!」
「確かに、驚きましたよ。搬送中に生きているかどうか話し合っていたらいつの間にか戻っていたんですよね」
「あれには驚いた。まさかあれ程早くあの『化け物』を殺すとは……いやはや世界は広いものじゃ」
「つまりだ!このガキになんかあった場合今度は俺らの番になる可能性も大だってこった」
「う〜んまあ確かに命のやり取りがあった場合は親父も動くだろうけど……基本的に冗談とか理不尽とかは分かってる人ですからね〜」
「………よし降りろクソガキ」
「あだっ」
レクソは気が抜けたように肩に乗っかっていたタマンを地べたにはたきつけた。
「ひどい!」
「うるせえ!俺がさっきからどんなに……どんなに…クフッ…」
泣き始めた。
「…タマン」
「別に遊びで浪費しただけだよ」
「遊びで……はあ、そういうところは親父に似るなよな」
「でもお父さんかっこいいときあるじゃん」
「真摯さや清廉さで言えば確実にお前の実父が勝つ」
「え〜そうだけどさ〜」
タマンは手持ち無沙汰の片手をフラフラ動かすとレクソの足を掴み、
ブチッ!
「いでええ!」
脛毛を抜いた。
「何しやがる!」
「いや、だって暇だったから」
「だって…どこがだってだ……こ、このグァキィ〜!」
「はいはいそこまで。まだまだ案内するところはあるからついてきなさ〜い。それじゃラクル、パルメ。どうぞデートを満喫しなさいね」
デルエラは涙目になっているレクソを引っ張り向かいの角に消えた。
それに続いた三人も消える。
「あ!タマンの奴まだタカるつもりかよ…」
「…ちょっと腹黒い子供ね」
「いや、あれはあれで純粋なんだよ。まあさっきはふざけていただけだな」
「そうなの?」
「ああ、ちゃんと限度は分かっているし、まあ親父を真似しているってのもふざけ具合が大きいだろ」
「お前の、……うん、その……お義父さん、はいつもふざけてるってこと?」
「……よく分かんね」
「?どういうこと?」
「俺達の親父は……よく分かんねえんだ。いつも自分を見せているような気がする。でも、時々、ほんとに時々でしかも微かだけど親父が……俺達の知らねえ顔をするんだ。何か遠くを見てるような……つってもすぐに消えるんだけどな」
「何か隠してるってこと?」
「それも分からねえ。隠してるのか、それともいつもの親父がほんとの親父でそのときに見せる親父がただの憂鬱な親父だったら、っていう場合もあるだろ?……分かんねえんだ、俺達には」
「家族でしょ?聞いてみたら?」
「したことある…でも、はぐらかされたような…妙な感じだった。それ後も聞いたりするんだけど……やっぱり妙な感じだった」
「……」
「勘違いするなよ。いい親父だ。何か隠してるってのも俺達の勘違いかもしれねえ」
「…それでも、何か隠してるとしたら?」
「……それでも、親父は親父だよ」
「…そう、じゃあいいお父さんなのね。だってそんなに愛されてるんだもの」
「…ああ。ほんとに、いい親父だ。…もちろん!……ん、お前に…とってもな///」
「ッ、えへへ///」
「……そ、そんじゃあ!もう少しそこら辺見ていくか!」
「う、うん!」
ぎこちないうごきが雑踏の中に混じっていった。
「ふ〜今日の仕事はこれで終わり?」
「はい。そうです」
「ありがと。それじゃあこれで解散としましょ。そろそろあなたの『番』だろうし<♥>」
「あ、ありがとうございますデルエラ様!」
そう言うとすぐにウィルマリナは扉から出て行った。
「…ふ〜」
デルエラも肩をほぐしながら外へ出る。
すでに辺りは夜で夜気に包まれる。
少し肌の温度を下げてくるので人肌が恋しくなる。
……ァ……ァァ…。
「フフ」
薄く開いた窓から、あるいは閉じられた扉から幸せそうな声が漏れ聞こえる。
それを聞くだけで楽しい気分になってくる。
「……」
だが今日はすこしいつもとは違う。
(…独身ね…)
昼間の事が思い出される。確かに自分は女が好きだが一魔物として男も好きだ。と言っても、まだそのような男に会ったことがないのだが。
気まぐれにいつもとは違い遠回りに、ちょうど城を一周するルートを選んで散歩する。
(確かに男はまだいないけど…レズ、か)
別に女が嫌いではないし、女が女を好むのもありといえばあり、と思っている。やはりそこは魔物らしく男を求めるという本能が働いているからか。
しかしレズ、と言われると複雑だ。自分だって…
(男ぐらいは……いつかは見つけたいわね〜)
特段こういう男が良いと願った事も無いがなぜかこれ!、とくる男がいなかった。まだ現れていないだけなのだろうか。それとも…
(異世界でもいかなきゃだめかしら)
すでに異界へと続く道は作られていると母や父から聞いた。というよりも、元からそのような道は合ったらしい。ただし、片鱗と呼ぶにもおこがましいほどの微かさだけだったが、近年それを再構築できるようになった。まだ試すまでの道のりには長い年月がかかるようだが。
(そりゃあ帰って来れなくなったら……いや、でも『相手』が見つかるとそんな気持ちもなくなるのかしら…)
気付けばもう庭を通り越していた。
そしてその事に気付くと同時にもう一つのことに気付いた。
気付いた、というよりは見えた。
(あれは…)
エルド…。
倉庫の屋根に座り町並みを見ているようだ。
自分も屋根に飛び上がる。
「何してるの?」
「おう、デルエラ……か」
「?どうしたの?」
「何が?」
「今口ごもったじゃない」
「ああ。ちょっとな、敬称つけるべきか悩んだんだ」
「?今頃?」
「そう言うなよ。最初は掴みが肝心って言うだろ?だからちょっとさっきはハッチャケたのさ」
「掴み…というか今もじゃない」
「うん。ちょっと対応できなかった」
「……以外ね、そんな事に気が回るなんて」
「おいおい。俺だって公私混同ぐらいは避けるさ」
「さっきのは『公』じゃないの?」
「いや、…まあ……最初だか…ら?」
「…こっちに聞いてどうすんのよ」
「そだな」
「……」
「……」
そのまま町並みを見る。
「何を見てたの?」
「町、それと人と魔物。人っつーかほとんどインキュバスだな」
「ええ、魔界だから」
「……悪いな、遅れちまって」
「ん?」
「…いや、セトの件だよ。ちょっと別件ができたんでな」
「…ああ、そのこと。どうしてあなたが謝るのかしら?」
「そりゃあ俺のあいつが俺のガキだからさ。身内の問題はなるべく身内で片付ける。これ基本」
「そうね。でも協力も必要でしょ?」
「お〜やおや。この国を強引に転覆したお方の言葉とは思えないな」
「そりゃあ強引にもなるわよ。基本的に私達魔族の方が分が良いけど。まったく人間に差をつけているってわけじゃないんだから。……あなたには気分が悪い考え方かしら?」
「確かに、常人にとっちゃあ嫌だろうな。けど俺は普通じゃねえ」
「…どういう事?まあ少なくともあなたは普通には見えないけど」
「…グスッ」
「嘘泣きはやめなさい」
「んだよ、包容力がねえな」
「時と場合によるでしょ。今のは度外視が正解よ」
「断定かよ…まあそうだけど」
「それで、なんで普通じゃないの?」
「…俺は小さい頃から考え方がちょっと変わってた。つってもそれなりに成長してからな。ある日でかい町の教会で命の講義があったんだ。虫や他の動物にも魂がありますよ〜ってな。そんときゃあただ聞き流してただけだったんだけどよ、帰り道に落ち葉を踏んだんだ。そん時にパパッて思いついたんだ。もしこの落ち葉にも命があったらどうしよう。痛くないかな。後で恨まれないかな。…ってな」
「アハハ!何それ?」
「笑えるだろ。けど帰り道それを思い出してからず〜っと足元に気をつけていた。落ち葉を踏まないようにな。友達に変な顔されたよ。まあでも俺の話を聞くとそいつらも真似したんだけどな」
「罰とかが怖かったのかしら」
「そうだったのかもしれない。んで命があろうがなかろうが結局気にしたってしょうがねえものはしょうがねえって思い始めたのは少し経ってからだった。けど、勘違いするなよ。俺は命なんざどうでもいいんだって思ったことはねえ。ただ世の中にはどうしても気にかけることと気にかけても大差ないことがあることを自覚した。……変だろ?まだ毛も生えてねえガキがんなことかんがえるんだぜ?哲学者かよ。まあそれで俺はいろいろピキーンって来るときがあるんだ。それも問題を解決するとかそんな能力じゃねえ。哲学に近い普通には使えそうに無い自論だ」
「それで?」
「だからお前のような強硬派についてはこう考えている。どうせ強硬だって狩りみたいなものだ。ただ人間が狩られる側になってる……ってちょっと狩りじゃおかしいな。悪い」
「クス。構わないわ。まあ確かに狩りといえば狩りだし」
「でもな〜何か違うだろ」
「…その言葉だけで分かるわ」
「理解力があって助かるね」
「つまり、俺にとっちゃあ自分勝手だな〜とは思うが別に気分も何も悪くならないってことだ」
「……確かに、ちょっと変わってるわね。普通の人だったらそこまで考えることはおろか、考えても気持ち悪いでしょうね」
「まあ、魔物は人間にとっちゃあ敵だからな」
「あなたにとってはどうなの?」
……すぐに答えは返ってこなかった。
「……」
「……」
「俺は……世界の味方だ」
「……つまり、神の味方というわけ?」
「……ちょっとニュアンスが、いや、根本的に意味合いが俺とお前とで違うが。……まあそういう事だ」
「……」
表面は静かだった。…だが内面はそうでもなかった。
(……なにかしら?)
少し自分が憤っているように感じる。いや、どこか残念だったり、哀しかったり。反論したい、という気持ちまであるようだ。
(何に反論するというわけ?)
今の言葉に反論がどうのとできる余地はない。意思に反論なんて。
「おい、勘違いするなよ。俺は世界の味方だ」
神にだなんて。
「だから何?」
「……ん」
よりにもよってどうして神なんかに。
「いいじゃない。誰がどういう主義を持ってるかなんて。でもこれだけは言っておくわ。……私達に手を出せばひどいことになるわよ。主に貞操の危機がね」
「……お前が考えている意味と俺のとでは違う」
何をいまさら。
「だからいいって言ってるじゃない」
「俺が言ってるのは「構わないって言ってるでしょ!」
……驚いた。自分自身に。まさかこうも……大声が出るとは。
「……仮に意味が違うとしたら、どう違うのかしら?神の味方なんでしょ、まさか嘘だなんて言わないわよね」
「……ああ」
何?どうしてそんな微妙な表情をしているの?
「じゃあ何!?何が違うの!?」
「…俺は、…嘘はつかない…」
そんな顔をしていいのは今は私のほうでしょ!
「だから意味が違うというのも信じろというわけ?お笑いね。何がどう違うのかまったく分からないわ」
「…ああ、……俺も…そう思う」
「!!あなたっ!」
ふざけているの、もっと大きな声が出ると思ったが意外にもそこで止まった。
そして急激に下がっていった。
「……」
黙って立ち上がる。
そのまま背を向けて帰ろうとする。
「ちょっと待て」
その声に動きが止まる。
「……会見、あるんだろ。教団と」
「……」
「気をつけろ。…本題の俺が遅れた理由、まだ話してなかったろ。ちょっと聞いてけ」
座らずに立っておく。
「…ラクルから聞いたんだが、山賊がサバトを攻撃したらしいな。まあその事はこっちに向かってる途中に村人から聞いたんだが。そこでバフォメットが負けたらしいな」
「……」
そういえば…。確かにそのような報告は聞いた。だがその当のバフォメットは何も覚えていないという。
「魔物に穏健派や強硬派があるように。教団にも派閥がある。まあ結果的に世界を変えようという点では魔物のばあい二つの派閥は推進速度が違うだけだが。教団内部はもう少し複雑で魔物と共に歩もうとする奴や逆に殲滅を願う奴、魔物と線引きして不可侵条約を結ぼうとする奴、まあだいたいこの三つに分かれる。言うまでも無く表面上はお互いに曝けず、さらに大部分が殲滅を願う派でバランスが取れていない。つまり殲滅派はいくらでも資金投資が可能だ。だがそれだけじゃない。後ろで操っている奴がいる。そいつは強大だ。それこそあんたの親父、元最強の勇者が挑んでも無理、って奴だ。バフォメットの件もそいつ、もしくはそいつらが絡んでいるかもしれない。だとすれば会見の時が一番まずい。何故とか誰とか何でそういうことを知っているかとかは訊くな。……あんたじゃあ手に負えない。…それだけだ。気分悪くして悪かったな。お休み」
何故、と訊こうとして振り向くともうその姿は町並の中に溶けていくところだった。
しばらく棒立ちになる。ほんとうに珍しい事に。
(なぜ、そんな事が分かるの)
なぜ教団の表面上に出ていない事が分かるのか。それだけじゃない。
(後ろで操る?)
神の事だろうか?だとすればそんなことは百も承知だが…。
(分からないことだらけね…)
もしかするとさっき怒鳴った仕返しに話をでっちあげてからかっているのかもしれない。でも…。
『俺は嘘はつかない』
……複雑な心境のまま部屋に戻った。
12/02/26 17:11更新 / nekko
戻る
次へ