相変わらず下らないな、…お前は…
「アーヴェント様!」
「アーヴェント様!」
困ったなあ…。
次々と話しかけてくる人々に笑顔を送り、軽く応対する。
まだ城にも入っていないというのにこんなに人が集まっては進む事ができない。
「道を開けよ!アーヴェント様はつい先程戦闘をなさってお疲れだ!」
急いで衛兵や番兵が人々を押し返す。
(あ…)
人がもみくちゃになっている中、一人の子供が人波に埋もれている。
(いけない!)
このままでは潰されてしまいそうだ!
咄嗟に馬から降り、人ごみを押し出す。
何とか幅をつくり、抱え込んだ。
「アーヴェント様!」
衛兵が人を押し戻しながら近づく。
「大丈夫だったかい?」
「……うん」
子供は少し涙目になっている。苦しかったのだろう。
そのまま子供を抱えながら、馬の上に一瞬で跳び上がり、直立する。
ワーーーーーーー!!
歓声があがる。
それに対してアーヴェントは、
静かにしてください!!
そう叫んだ。
途端に辺りは静かになる。
「……皆さんが僕を歓迎してくれることには非常に感謝しています!ですが…」
そこで子供を少し前に掲げる。
「この子はそのために押しつぶされそうになりました!」
「「「「「…………………」」」」」
「僕はあながたのために、この世界の平和のために!何よりも主神のために今まで戦ってきました!しかしこのような祝いの場で人の命が消えるというならば……僕は勇者をやめます!!」
「ええ…」「そんな…」「勇者様…」
あちこちで戸惑いの声が上がる。
「……皆さんがいつも僕のことを歓迎してくださるのは嬉しいです。それが僕の力です!ですが、どうか……、どうか限度と言うものを考えてください!僕は人の命のために戦っているのです!!」
そうして勇者は子供を降ろした。
「……ごめんね」
「ううん、勇者様!僕のほうこそ…」
勇者がその頭に手を載せる。
「いや、僕のせいだ。元々僕が早く鎮めるべきだったんだ。怖い思いをさせたね」
「……」
「さ、もうお行き」
子供が隊列から離れると、行く手を塞いでいた人々が静かに道を開けた。
「ありがとうございます」
会釈をし、鐙を動かして馬を進ませる。
先程の喧騒が打って変わり、厳かな行進だった。
しかし黙って勇者を見送る人々には先程より深い尊敬と感謝をその胸に刻んでいた。
「流石アーヴェント!やるじゃない」
同期の勇者であり、幼馴染のフィオーネが馬を横に並べて話しかける。
「別に……それに、本当の事だし…」
「もう!照れ屋さんなんだから!」
「そこまでにしておけ」
左側に同じく同期であり勇者且つ幼馴染のデュアンが馬を並べる。
「人が見ている。あまりそうくっつくな」
「もう!硬いわね!」
「……これから何があるか分かって言ってるのか?」
「分かってるわよ。勇者会議でしょ?」
「そうだ。伝説の勇者であるアーヴェントが呼ばれただけで俺たちはあくまでもお付なんだ。なにせ教団の中では新米だからな」
「ふん!実力も分かってくれないんだから」
「先輩方をなめるな。実際アーヴェントだけが飛び抜けているだけだ。俺たちはまだまだ中堅といったところだ」
「そうだけど〜」
「わざわざこんな時期に主力が集まってくださるんだ。せめて気楽な雰囲気は出さないようにするのが礼儀だろう」
「……分かったわよ」
「まあまあ二人とも……あっ」
教団一の、つまり教団の中心部の地セーイジェンの城内に着いた頃。
アーヴェントの驚く声につられて二人が視線を追った。
そこには……
「…ん」
「あ、あいつ…」
ボサボサの黒髪。このような場所には似つかわしくない薄汚れた茶色いケープ。
「エルド……」
アーヴェントが複雑な心境を表すかのように目を泳がせる。
フィオーネは少し敵意を抱いているかのような目で睨みつけている。
デュアンはただ淡々と見つめているだけという三者三様の視線を知ってか知らずか、エルドは大階段を上り、城の横手の神殿に入っていった。
「……行こう」
デュアンが淡々と話す。
「ああ」
三人はそこで隊列と別れ、会議が開かれる神殿に入っていった。
「だからこそ!我々は一拠点に集中して打って出なければならんのだ!」
「だがその間に他がやられたらどうする!兵力を集中させるのはあまりにも愚策だ!」
会議はこれから魔物にどのようにして対峙するかが論点となった。
すでに二時間が経っているが、主に二つの意見に分かれ、どちらも同程度の人数が支持しているので未だに決まりそうに無い。
どちらにも長所と短所があるのだ。
戦力を一点に集中し反撃を一気に進める案。押しは強そうだが他の場所が狙われる。
戦力を分散させ守りに徹し、機を窺う案。一見現状維持のように見えるが、小競り合いで兵力を削られるより完全な守りに徹すると同時に兵の質を高めることができる。ただし、魔族が強力だった場合は脆いという弱点がある。
先程から言葉は変えながらも同じような意味ばかりなので事態は熱を帯びたままだ。
ダン!!
大きな音がした。
アーヴェントは神殿の広間より一段上の枢機卿の座を見た。10人が座していて、さらにもう一段上に教皇が座している。
音は枢機卿の一人、ベルヘント様が錫を石畳に打ち付けたものだった。
「……一旦静まれ」
すでに喧騒は止んでいる。
「先程から、年季の入ったものしか意見していないようだが……、お主達はどう思う?」
アーヴェント達の方を見据える。現在ここには全て、であれば防備に問題が賞知るが、かなりの勇者達が集まっていた。年季の入ったものから前へと詰めているのだが、アーヴェントはまだ新入りなので最後列に近い位置に座っていた。
「ん?どうだ、伝説の勇者」
ザワザワとかすかに話し声が上がる。
「あれが伝説の勇者…」「すでに魔族領で戦果をあげているとか…」
「たいした若者だ…」
顔が火照る。
「いえ!」
思わず立ち上がる。
「その、伝説と言っても…先祖が伝説であって僕自身ではありませんし…、何よりも…二人がいたからこそです」
「ああ、報告は聞いた。そこの二人もお主には劣るかもしれんが中々だとか」
それを聞きフィオーネや、珍しい事に冷静なデュアンまで目を輝かせる。
「「ありがとうございます!」」
「期待している。…して、アーヴェント。先祖が伝説の勇者であれ今はお主が伝説の名を持っている。この意味が分かるな?」
「ハイ!」
「よろしい、ならば胸を張って答えたまえ」
「……」
アーヴェントはしばらく考え、
「おそらく皆さんの中にもすでに同じ考えを持っている方がいらっしゃると思いますが、まずは防備を集中、同時に兵の鍛錬を行い攻撃力を一点集中させ魔族領を各個撃破していくことが最善かと思われます」
それを聞き、初めから主戦論の勇者達は顔をしかめたが、枢機卿の何人かは各々目を合わせ頷きあっていた。
「やはり、その策が一番安全か」
「うむ」
「攻撃も重要だがまずは備えがあってこそ」
あちこちでざわめきが起こる。
「…ところでアーヴェント、貴様勝手に軍を動かしたらしいな」
突然の声に一同が黙る。特別声が大きかったわけではない。だがその声はその場にいる全員に染み渡った。まるで恐怖のように…。
アーヴェントは声のした方を見る。
勇者を取り巻くよう座している大司教の集団の中にその人はいた。
レデンソ。
現在枢機卿に最も近い存在として位置する大司教だ。理由は良く分からないが、彼の属する領内は彼の政策により潤っている…らしい。あくまでもうわさだからどうか分からないが。枢機卿の信頼もかっている。
だがその高圧な雰囲気と言動によりこの場にいるものはあまり快く思っていなかった。もちろん城下の民や兵にも。
「あいつ嫌い」
隣でフィオーネが呟く。
「……ハイ」
アーヴェントは珍しく声を低くしながら答えた。伝説の勇者でもこの大司教は苦手のようだ。
「理由は?」
「近くの民家から子供が魔族に攫われたという報告を聞いたので……」
「たったそれだけの理由で一軍隊を許可なしに動かしたのか?」
瞬間アーヴェントの顔が怒りに染まる。
「たったそれだけの理由とは!子供が攫われたのですよ!」
「そんなものは世界中にたくさんいる。今も攫われているだろう」
アーヴェントが反論を言おうとしたのを片手をあげて制し、続ける。
「第一、それが罠だとは考えなかったのか?魔族が大勢いたとは思わなかったのか?その子供は本当に魔族に攫われたのか?…どうだ…?」
「……罠の場合は僕達三人がいれば抜けられると思いました。大軍だった場合もそれなりの兵数が整えば安全と思いましたし、何よりあの村の近辺にはまだ魔族領があるとの報告がありませんでした。そのため数も少ないと判断しました。その子供については……見つかりませんでした…より遠くに攫われたか…」
「……下らんな。貴様の言っている事は自信だけで行動をしたということだ。何一つ明確な根拠が無い。成功への予測が立てられるのならなぜ失敗した場合の予測もたてんのだ?最悪、もし貴様が負けていれば全てが全滅していた可能性もある、と言えるのだぞ」
「ですがそれでは…」
「何も出来ない?なら何もするな!ガキ一人探してこれん奴が自信なぞ持つな!結局きさまがしたことは『おまけ』!肝心の子供を見失っては意味がない!……大減点だな」
「……」
その通りだった。結局子供は見つからなかったのだ。
「せめて思う、ではなくできる、で答えれるようにしろ」
悔しさに唇を噛む。
フィオーネが溜まらずに口を開こうとすると、
「まあまあ、レデンソ。結果、勝ち、魔族の侵攻を止めたのは立派な事だ。その心意義もな。それに……あそこの勇者かどうかよく分からん奴よりは遥かに。いや、比べるべくも無いほどましだろう」
ヘルベルトの視線の先を追うと、そこには…
「……」
沈黙しているエルドがいた。
「…?」
アーヴェントは最初何がヘルベルトの気に障ったのか良く分からなかった。
ちゃんと座っているし、身だしなみはともかく、目も……
(あれ?)
違和感に気付いた。そして分かった。
「ちょっ!あれ寝てるんじゃないの?」
フィオーネが思わず言う。
「……まぶたに、描いているな」
デュアンもあきれたように呟く。
たしかにエルドのまぶたには目が『描かれて』あった。
誰もがそのことに気付き、あまりのことに声も出せない。
この神聖な場で……重大な会議中に…。
「……こら、そこの?起きているか?」
ヘルベルト様の声にも反応しない。
「……」
ヘルベルトが一喝しようと立ち上がろうとしたとき、
「もう良いでしょうヘルベルト様。放っておきましょう」
以外にも規律を遵守するレデンソが遮った。
「世の中には注意すべき輩と注意すべきでない輩がいます。別に後者は自由を満喫しろと言うことではなく、単に言っても聞かない輩の事、ゆえに時間を潰すだけです」
「……なるほど」
「一旦ここでお開きにしては?すでにかなりの時間が流れています。このままでは防備にも問題が生じるでしょう」
「ふむ。そうしよう」
そこで教皇が立ち、防備に対する指針を述べ、会議は終わった。
「あ〜!!恥ずかしい!なんなのよあいつは!!」
フィオーネが歩きながら呟く。
「あれじゃあ私達もどう思われるか!」
「……少し落ち着け」
デュアンがたしなめる。
「落ち着けられないわよ!あのグズ!変人!!」
「フィ、フィオーナ。いくらなんでも友達をそう言うのは…」
そう、おそろしい事にエルドとこの三人は幼馴染であり、友人であった。
「何?誰が友人!?あんな奴私達の中に途中で入ってきただけじゃない」
「そんな……6歳の頃だよ…。途中だなんて…」
どうやらエルドは初めから三人とつるんでいたわけではないようだ。
「それに、君も一緒に遊んで笑っていたじゃないか」
「それは!……むううううう!」
フィオーナがうなりだす。
(でも確かに…)
エルドはいい奴だけどどこか違っていた。
幼い頃アーヴェント、フィオーナ、ヂュアンの三人は一緒の町に住んでいた。アーヴェントは勇者の家系として、フィオーネは貴族の家系として、デュアンは騎士の家系として。ある日三人が町から少し離れた村に遊びに行くと、そこの教会から司教と一人の子供が出てきた。
三人は良くこの村に遊びに来ていたので、その司教とも顔見知りであり、見慣れない子をつれているのに興味がわいた。話を聞けば教会の前にうずくまっていたのだと言う。捨て子か迷子かは分からなかった。
それがエルドと三人の最初の交流である。
それから三人が村へ行ったり、司教が町へ来るたびに四人で集まった。
エルドは時々大地や植物に異様な関心を持つ素振りがあった。思えばその時からだったか、フィオーナが変人と言い出したのは。
(まあ、冗談半分だったろうけど)
そして次第にエルドを除く三人は勇者になるために修行にのめり込んでいった。三人は同じ町なので顔を合わせる機会があったが、エルドとは疎遠になった。ある日、偶然にも三人が共に暇な時間ができたので久しぶりにエルドに会いに行ってみることにした。
だがいなかった。親代わりの司教によれば、旅に出たらしい。
その年で…、と三人とも思ったものだ。10歳の頃だったろうか。まあ自分達もその年で勇者への鍛錬をしていたので同じかもしれない、が。いつ魔族に襲われるか分からないのに旅なんて…三人とも心配したものだ。
それからは会うことは無かったが三人が勇者になった時、セーイジェンでの受賞式にひょっこりエルドが現れた。その時からボロボロのケープを着ていた。だがすぐに分かった。驚いた事に彼も勇者なのだという。
四人は再会を喜び合った。
だが、エルドは……変人になっていた。
戦のときは常に最後尾。時々隊を抜け出す。支給された服はいつの間にかなくしている。
いつしかエルドは勇者であって勇者でない、誰からも意識されないし業績も無いので覚えられてもいない。そんな凡人以下の人間になっていた。実際彼が戦闘したところを見たことが無い。
アーヴェントや他の二人が尋ねても答えをはぐらかしたりいつの間にか話題を変えている。
そんな折、部隊の兵隊からフィオーナがこんな事を耳にした。
『おい、知っているか?勇者エルド様』
『ああ、あの駄目人間ね。それがどうした?』
『なんでもアーヴェント様やフィオーナ様の同期で、友人らしい』
『えっ?』
『驚きだろ?』
『じゃあアーヴェント様たちも…』
『馬鹿!んなわけあるか!そういう話じゃねえよ。あんな友人がいたら地位向上にも影響がでるんじゃって話だ』
『……あ、確かに』
『だろ?あんな変人がいりゃあ上もためらうよ』
それからフィオーナのエルドに対する態度が変わった。
デュアンもあまり話さなくなり…
(そして僕も…)
心の中ではどうなってるか分からない。だが昔のようではないのは確かだ。
「……なんであいつ勇者やってるんだろ」
「……」
確かにその通りだが、誰も答えられない…。
神殿内は静まりかえっている。今は勇者も、大司教も誰もがいなかった。
いや、いた。
未だ眠っているエルドと、
「……起きているだろう、エルド」
レデンソ大司教だった。
パチリ、と『目』が上に閉じて目が現れる。
「いや〜あいかわらずキツイっすねえ」
「フン」
エルドが立ってレデンソに近づく。
「お前の友達は馬鹿だな」
「そう言わないくださいよ。純粋なだけです」
「純粋は危ない。…純粋な水は時間をかけるとあらゆるものを崩す」
「……」
「まあ、それよりも危ない輩はごまんといるがな」
「そうっすねえ……そういえばさっき話題に上がってた子供、こっちで回収しておきました」
「…どこで見つけた?」
「近場の攫い屋を当たっていたらいました。もちろんそいつらはボコボコにしときましたよ」
「そうか。……流石だな。口先と行動が速いだけで何もできない輩共より数倍ましだ」
「ハハ、そういわないでくださいよ」
「……それで、本題だ。どうだった?」
「魔物は急進派がブイブイいわせているってわけじゃありませんでした。なんつーか、自由なんですよ」
「欲求に素直に、か。くだらんな。まあ今の人間のギスギスした社会よりは遥かにましだが…」
「……問題が?」
「貴様ももう分かっているだろう?魔物の社会には穴がある」
「……」
「魔王と元最強の勇者が作った構想……、ご大層なものだがこんなものはなんでもない。逆に穴があるのを仄めかすようなものだ」
「所詮は魔王と勇者の考え、ってわけですか」
「魔王が人間の仕組みを知っているか?勇者が人間の奥深くを本当に理解しているといえるのか?人間社会の底辺もろくに知らない二人組みが作ったものなぞすぐとは言わんがいつかは喰われる。より深く、より暗い闇にな」
「……今の人間みたいに、ですか」
「そのために私が動いている」
レデンソが正面からエルドを見据える。
「……お前もな」
「……」
「私は魔物の社会は好ましくは思わないが、より良いものは残したい。みすみす闇に飲み込ませたりなぞせん」
レデンソが話は終わったかのようにエルドの横を通り過ぎるとき、エルドの手に何かを握らせた。
エルドもそれを予期していたかのように自然に、素早く握る。
エルドも神殿をでて城下にでる。裏路地に入りそこで握り締めたものを開いた。
それは紙切れだった。
『夜にまた神殿に来い。極秘任務だ』
そう書かれていた。
そのまま歩き出す。
しばらく歩くと華やかな壁から煤けた壁に変わり、腐臭や汚水の匂いがし始めた。
ここはセーイジェンの暗い部分。ホームレスや身寄りの無い子供。流石に犯罪者はいないがいろんな意味で危ない子供や柄の悪い傭兵などがたむろしたりする。
横手の酒場に入り時間をつぶそうとすると、横にうずくまっている子供が目に入る。
「おい、ガキ」
虚ろな目をこちらに向けてきた。
「どうした?」
「……」
答える気がないのか、答える事もできないのか。
「……」
エルドは今日の酒代と準備していた金を子供膝に置いた。
「……好きに使え」
バッと、子供は金を取ると気力が無かったように見えたのが嘘のような速さで走って消えた。
「……」
エルドが消えた後のほうを見ていると、
「…相変わらずだな」
後ろのほうから声が聞こえた。
エルドは気付いていたのか振り向かない。声だけで分かる人物か。
「…何のようだ、フェルシュ」
「別に、お前がいたので付いてきてみただけだ」
フェルシュタインと呼ばれた青年は肩まで自由に伸ばした青髪に青目、教団が使用する白い服を着ている。
フェルシュ・テルテイン
それが現在最強の勇者と言われている男の名前だった。
「…ストーカー趣味か?」
「ある意味ではそうともいえる」
軽口に軽口で応えたかどうか分からない口調で話す。
「所詮追走劇や逃亡劇なぞストーカーの広義に当てはまるものだ」
本気で言っているようで少し怖い。
「……」
「…行ってしまったな」
先程の子供の事を言っているらしい。
「…相変わらず汚い場所だ」
その言葉に初めてエルドが反応した。目を閉じた。
「……」
「不満か?事実だろう。ゴミの中にゴミ以下の人間」
「うるせえ」
「ゴミだろう。社会の底辺に行く者は全て理由がある。下らない理由だ」
「うるせっつってんだろ」
「ハイリターンを追いながらローリスクを期待する馬鹿。生まれや環境が悪いからと挫折するゴミ」
「うるせえ!!」
「正直、同じ空気を吸っていると考えただけで、捨てられた我々の残飯を食らっている姿を見るだけで斬りつけたくなる」
ドン!!
土が弾けた。
エルドが地を踏んだのだ。
「そうだろう。汗水流してできた残り物をただ匂いと体調に注意するだけでもらえるんだ」
エルドが拳を握る。
「……そんな価値の無いもののためにお前はいつまでも自分を磨り減らすのか?」
「そんな状況に追い込んだのは誰だよ…」
ゴッ!!と辺りを気が荒れる。
エルドが振り向いた。その顔は無表情に近かったがいつ爆発するか分からない爆弾のような危うさを秘めている。
「戦争だけじゃねえ、政治なんかで搾取し続け、捨てていった野郎共が何をいってやがる」
「政治に関しては同意見だ。いずれ関連者全員消してくれる。だが戦争は違う。理由があるからこそ戦うのだ」
「……今の魔物は昔と違う」
「だからなんだ?俺のほうも愛に生きる魔物、という情報ぐらいは入る」
「……」
「では何故戦うか?奇異だな。お前こそなぜそんな考えをもつ。人間の男は生まれずに消えていくんだぞ」
「神の力より強くなったらまた生まれんだろ」
「お前らしくないな。そんなものは予想だ。予想なぞに期待して一種族が滅亡するかどうかを決めるなぞ愚の骨頂」
「……」
「神に勝つ?それでどうする。その神も愛と欲の化身になるのか?成るほどそうなれば男も産まれるだろうが世界は情欲にまみれただけのものになるだろうな」
「……」
「俺はそんな世界は嫌いだ。だから戦う。まっとうな理由だろう?意見と意見が合わなければ無視しあうか、戦うかだ。だが奴らは無視しなかった。レスカティエも陥落された。もう戦うしかなかろう」
「……そのために親魔族派を殺すのか」
「親魔族派はこう言うだろう。昔のような魔族じゃない。もっと理解しろ、と。……意味が分からん。なら昔と今の魔族の違いはなんだ?今の魔族を理解するのならなぜそいつらは旧魔族を理解して自ら進んで食べられに行かなかった」
フン、とあざけるように言う。
「答えは簡単だ。己が痛くないからだ。逆に気持ちが良いのだろう。無論平和を愛する者達もいると思うが俺からするとそいつらも馬鹿だ。所詮他人の予想に振り回される自分で動こうとしない腐った連中だ。違うか?平和を愛するならなぜ旧魔族と話そうとしなかった。まあしても喰われただろうがな」
「……」
「珍しいな。反論しないのか?」
「意見の合わない奴はお互い無視しあうか、戦うんだろう…」
「これは一本取られたな。まあ、そういうことだ理想に燃えるのはいいがほどほどにしろ。お前は『純粋』ではないぶん多くのことを見る。正直キツイだろう。賞賛に値する精神だ」
「……そうかい」
「…今でも、昔の思いは変わらんか」
「ああ、ただし少し目的が違う。神じゃない。『お前ら』に唾を吐いてやる」
「……相変わらず下らないな、…お前は…」
「結構だ」
「……」
「……」
二人はそのまま数秒見つめあい、
「それでは俺はここで失礼しよう、これより作戦会議があるのでね」
「……おう」
フェルシュと分かれたエルドは今にも崩れそうな民家に入っていった。
「あ、エルド!」
中には子供がボロボロの茣蓙をかけて冷たい床に寝ていた。
「よう」
「久しぶり、ッ!ゴホッ!ゴホッ!」
「大丈夫か?」
「大丈夫……。お母さんや他の人はもう少しで帰ってくるよ」
「ああ、そうか」
ちょうどその時数人の男女が入ってきた。
「あら、エルドさん」
子供の母がエルドに気付く。
「こりゃあ、エルドさん。久しぶりで」
ごま塩頭の老人がカゴを棚に置く。
「エルドさん!また来てくれたの?」
兄らしき少年がしゃべる。
「ああ、久しぶり」
「ちょっと待っててくださいよ。今すぐになんかつくりますんで」
「ああ、いや、この子の様態を見に来ただけだ」
「いやいや、エルドさんには何からに何まで迷惑かけちまって」
そのときシャッと家の戸代わりの布を横にめくり男が入ってきた。
「お〜いチー坊にいいもん持ってきたぞ〜って、あり?エルドさん」
「おう」
「お〜い!!エルドさんが来たぞ〜〜!!」
途端に辺りの瓦礫や布を家にしている人達が飛び出てくる。
「おう!エルドさん!」
「勇者様!」
「エルドさんだ!」
ワラワラと子供や大人が群がってくる。
「おいおい……」
困ったようにエルドが笑う。
「ゆうしゃさま〜、またたかいたかいして〜」
舌ったらずの子供がケープを引っ張ってくる。
周りでは…
「おう、ペンじい。あんたまだ生きてたのか」
「やかましい!わしゃまだまだ生きるわ!」
「ガキの食料のためにさっさとどっかいけよ〜」
「兄ちゃんこれ何?」
「これは……ササムっていって……」
「おめ……そうなん…ああ、そう…」
辺りがざわつくために話し声が聞こえなくなる。
子供を高い高いしてやりながらエルドは辺りを見て思う。
(…何がゴミだ…)
「ハッハッハッハッハ!そうかい!」
「ああ、そう」
(……何が価値がないだ……)
「それちょっととってくれる〜」
「つ〜かよお、塩が足りねえんだよな」
「うわお!びっくりした」
(見ろ……見捨てられても、搾取され続けても…ここはこんなにも…)
綺麗だ
「アーヴェント様!」
困ったなあ…。
次々と話しかけてくる人々に笑顔を送り、軽く応対する。
まだ城にも入っていないというのにこんなに人が集まっては進む事ができない。
「道を開けよ!アーヴェント様はつい先程戦闘をなさってお疲れだ!」
急いで衛兵や番兵が人々を押し返す。
(あ…)
人がもみくちゃになっている中、一人の子供が人波に埋もれている。
(いけない!)
このままでは潰されてしまいそうだ!
咄嗟に馬から降り、人ごみを押し出す。
何とか幅をつくり、抱え込んだ。
「アーヴェント様!」
衛兵が人を押し戻しながら近づく。
「大丈夫だったかい?」
「……うん」
子供は少し涙目になっている。苦しかったのだろう。
そのまま子供を抱えながら、馬の上に一瞬で跳び上がり、直立する。
ワーーーーーーー!!
歓声があがる。
それに対してアーヴェントは、
静かにしてください!!
そう叫んだ。
途端に辺りは静かになる。
「……皆さんが僕を歓迎してくれることには非常に感謝しています!ですが…」
そこで子供を少し前に掲げる。
「この子はそのために押しつぶされそうになりました!」
「「「「「…………………」」」」」
「僕はあながたのために、この世界の平和のために!何よりも主神のために今まで戦ってきました!しかしこのような祝いの場で人の命が消えるというならば……僕は勇者をやめます!!」
「ええ…」「そんな…」「勇者様…」
あちこちで戸惑いの声が上がる。
「……皆さんがいつも僕のことを歓迎してくださるのは嬉しいです。それが僕の力です!ですが、どうか……、どうか限度と言うものを考えてください!僕は人の命のために戦っているのです!!」
そうして勇者は子供を降ろした。
「……ごめんね」
「ううん、勇者様!僕のほうこそ…」
勇者がその頭に手を載せる。
「いや、僕のせいだ。元々僕が早く鎮めるべきだったんだ。怖い思いをさせたね」
「……」
「さ、もうお行き」
子供が隊列から離れると、行く手を塞いでいた人々が静かに道を開けた。
「ありがとうございます」
会釈をし、鐙を動かして馬を進ませる。
先程の喧騒が打って変わり、厳かな行進だった。
しかし黙って勇者を見送る人々には先程より深い尊敬と感謝をその胸に刻んでいた。
「流石アーヴェント!やるじゃない」
同期の勇者であり、幼馴染のフィオーネが馬を横に並べて話しかける。
「別に……それに、本当の事だし…」
「もう!照れ屋さんなんだから!」
「そこまでにしておけ」
左側に同じく同期であり勇者且つ幼馴染のデュアンが馬を並べる。
「人が見ている。あまりそうくっつくな」
「もう!硬いわね!」
「……これから何があるか分かって言ってるのか?」
「分かってるわよ。勇者会議でしょ?」
「そうだ。伝説の勇者であるアーヴェントが呼ばれただけで俺たちはあくまでもお付なんだ。なにせ教団の中では新米だからな」
「ふん!実力も分かってくれないんだから」
「先輩方をなめるな。実際アーヴェントだけが飛び抜けているだけだ。俺たちはまだまだ中堅といったところだ」
「そうだけど〜」
「わざわざこんな時期に主力が集まってくださるんだ。せめて気楽な雰囲気は出さないようにするのが礼儀だろう」
「……分かったわよ」
「まあまあ二人とも……あっ」
教団一の、つまり教団の中心部の地セーイジェンの城内に着いた頃。
アーヴェントの驚く声につられて二人が視線を追った。
そこには……
「…ん」
「あ、あいつ…」
ボサボサの黒髪。このような場所には似つかわしくない薄汚れた茶色いケープ。
「エルド……」
アーヴェントが複雑な心境を表すかのように目を泳がせる。
フィオーネは少し敵意を抱いているかのような目で睨みつけている。
デュアンはただ淡々と見つめているだけという三者三様の視線を知ってか知らずか、エルドは大階段を上り、城の横手の神殿に入っていった。
「……行こう」
デュアンが淡々と話す。
「ああ」
三人はそこで隊列と別れ、会議が開かれる神殿に入っていった。
「だからこそ!我々は一拠点に集中して打って出なければならんのだ!」
「だがその間に他がやられたらどうする!兵力を集中させるのはあまりにも愚策だ!」
会議はこれから魔物にどのようにして対峙するかが論点となった。
すでに二時間が経っているが、主に二つの意見に分かれ、どちらも同程度の人数が支持しているので未だに決まりそうに無い。
どちらにも長所と短所があるのだ。
戦力を一点に集中し反撃を一気に進める案。押しは強そうだが他の場所が狙われる。
戦力を分散させ守りに徹し、機を窺う案。一見現状維持のように見えるが、小競り合いで兵力を削られるより完全な守りに徹すると同時に兵の質を高めることができる。ただし、魔族が強力だった場合は脆いという弱点がある。
先程から言葉は変えながらも同じような意味ばかりなので事態は熱を帯びたままだ。
ダン!!
大きな音がした。
アーヴェントは神殿の広間より一段上の枢機卿の座を見た。10人が座していて、さらにもう一段上に教皇が座している。
音は枢機卿の一人、ベルヘント様が錫を石畳に打ち付けたものだった。
「……一旦静まれ」
すでに喧騒は止んでいる。
「先程から、年季の入ったものしか意見していないようだが……、お主達はどう思う?」
アーヴェント達の方を見据える。現在ここには全て、であれば防備に問題が賞知るが、かなりの勇者達が集まっていた。年季の入ったものから前へと詰めているのだが、アーヴェントはまだ新入りなので最後列に近い位置に座っていた。
「ん?どうだ、伝説の勇者」
ザワザワとかすかに話し声が上がる。
「あれが伝説の勇者…」「すでに魔族領で戦果をあげているとか…」
「たいした若者だ…」
顔が火照る。
「いえ!」
思わず立ち上がる。
「その、伝説と言っても…先祖が伝説であって僕自身ではありませんし…、何よりも…二人がいたからこそです」
「ああ、報告は聞いた。そこの二人もお主には劣るかもしれんが中々だとか」
それを聞きフィオーネや、珍しい事に冷静なデュアンまで目を輝かせる。
「「ありがとうございます!」」
「期待している。…して、アーヴェント。先祖が伝説の勇者であれ今はお主が伝説の名を持っている。この意味が分かるな?」
「ハイ!」
「よろしい、ならば胸を張って答えたまえ」
「……」
アーヴェントはしばらく考え、
「おそらく皆さんの中にもすでに同じ考えを持っている方がいらっしゃると思いますが、まずは防備を集中、同時に兵の鍛錬を行い攻撃力を一点集中させ魔族領を各個撃破していくことが最善かと思われます」
それを聞き、初めから主戦論の勇者達は顔をしかめたが、枢機卿の何人かは各々目を合わせ頷きあっていた。
「やはり、その策が一番安全か」
「うむ」
「攻撃も重要だがまずは備えがあってこそ」
あちこちでざわめきが起こる。
「…ところでアーヴェント、貴様勝手に軍を動かしたらしいな」
突然の声に一同が黙る。特別声が大きかったわけではない。だがその声はその場にいる全員に染み渡った。まるで恐怖のように…。
アーヴェントは声のした方を見る。
勇者を取り巻くよう座している大司教の集団の中にその人はいた。
レデンソ。
現在枢機卿に最も近い存在として位置する大司教だ。理由は良く分からないが、彼の属する領内は彼の政策により潤っている…らしい。あくまでもうわさだからどうか分からないが。枢機卿の信頼もかっている。
だがその高圧な雰囲気と言動によりこの場にいるものはあまり快く思っていなかった。もちろん城下の民や兵にも。
「あいつ嫌い」
隣でフィオーネが呟く。
「……ハイ」
アーヴェントは珍しく声を低くしながら答えた。伝説の勇者でもこの大司教は苦手のようだ。
「理由は?」
「近くの民家から子供が魔族に攫われたという報告を聞いたので……」
「たったそれだけの理由で一軍隊を許可なしに動かしたのか?」
瞬間アーヴェントの顔が怒りに染まる。
「たったそれだけの理由とは!子供が攫われたのですよ!」
「そんなものは世界中にたくさんいる。今も攫われているだろう」
アーヴェントが反論を言おうとしたのを片手をあげて制し、続ける。
「第一、それが罠だとは考えなかったのか?魔族が大勢いたとは思わなかったのか?その子供は本当に魔族に攫われたのか?…どうだ…?」
「……罠の場合は僕達三人がいれば抜けられると思いました。大軍だった場合もそれなりの兵数が整えば安全と思いましたし、何よりあの村の近辺にはまだ魔族領があるとの報告がありませんでした。そのため数も少ないと判断しました。その子供については……見つかりませんでした…より遠くに攫われたか…」
「……下らんな。貴様の言っている事は自信だけで行動をしたということだ。何一つ明確な根拠が無い。成功への予測が立てられるのならなぜ失敗した場合の予測もたてんのだ?最悪、もし貴様が負けていれば全てが全滅していた可能性もある、と言えるのだぞ」
「ですがそれでは…」
「何も出来ない?なら何もするな!ガキ一人探してこれん奴が自信なぞ持つな!結局きさまがしたことは『おまけ』!肝心の子供を見失っては意味がない!……大減点だな」
「……」
その通りだった。結局子供は見つからなかったのだ。
「せめて思う、ではなくできる、で答えれるようにしろ」
悔しさに唇を噛む。
フィオーネが溜まらずに口を開こうとすると、
「まあまあ、レデンソ。結果、勝ち、魔族の侵攻を止めたのは立派な事だ。その心意義もな。それに……あそこの勇者かどうかよく分からん奴よりは遥かに。いや、比べるべくも無いほどましだろう」
ヘルベルトの視線の先を追うと、そこには…
「……」
沈黙しているエルドがいた。
「…?」
アーヴェントは最初何がヘルベルトの気に障ったのか良く分からなかった。
ちゃんと座っているし、身だしなみはともかく、目も……
(あれ?)
違和感に気付いた。そして分かった。
「ちょっ!あれ寝てるんじゃないの?」
フィオーネが思わず言う。
「……まぶたに、描いているな」
デュアンもあきれたように呟く。
たしかにエルドのまぶたには目が『描かれて』あった。
誰もがそのことに気付き、あまりのことに声も出せない。
この神聖な場で……重大な会議中に…。
「……こら、そこの?起きているか?」
ヘルベルト様の声にも反応しない。
「……」
ヘルベルトが一喝しようと立ち上がろうとしたとき、
「もう良いでしょうヘルベルト様。放っておきましょう」
以外にも規律を遵守するレデンソが遮った。
「世の中には注意すべき輩と注意すべきでない輩がいます。別に後者は自由を満喫しろと言うことではなく、単に言っても聞かない輩の事、ゆえに時間を潰すだけです」
「……なるほど」
「一旦ここでお開きにしては?すでにかなりの時間が流れています。このままでは防備にも問題が生じるでしょう」
「ふむ。そうしよう」
そこで教皇が立ち、防備に対する指針を述べ、会議は終わった。
「あ〜!!恥ずかしい!なんなのよあいつは!!」
フィオーネが歩きながら呟く。
「あれじゃあ私達もどう思われるか!」
「……少し落ち着け」
デュアンがたしなめる。
「落ち着けられないわよ!あのグズ!変人!!」
「フィ、フィオーナ。いくらなんでも友達をそう言うのは…」
そう、おそろしい事にエルドとこの三人は幼馴染であり、友人であった。
「何?誰が友人!?あんな奴私達の中に途中で入ってきただけじゃない」
「そんな……6歳の頃だよ…。途中だなんて…」
どうやらエルドは初めから三人とつるんでいたわけではないようだ。
「それに、君も一緒に遊んで笑っていたじゃないか」
「それは!……むううううう!」
フィオーナがうなりだす。
(でも確かに…)
エルドはいい奴だけどどこか違っていた。
幼い頃アーヴェント、フィオーナ、ヂュアンの三人は一緒の町に住んでいた。アーヴェントは勇者の家系として、フィオーネは貴族の家系として、デュアンは騎士の家系として。ある日三人が町から少し離れた村に遊びに行くと、そこの教会から司教と一人の子供が出てきた。
三人は良くこの村に遊びに来ていたので、その司教とも顔見知りであり、見慣れない子をつれているのに興味がわいた。話を聞けば教会の前にうずくまっていたのだと言う。捨て子か迷子かは分からなかった。
それがエルドと三人の最初の交流である。
それから三人が村へ行ったり、司教が町へ来るたびに四人で集まった。
エルドは時々大地や植物に異様な関心を持つ素振りがあった。思えばその時からだったか、フィオーナが変人と言い出したのは。
(まあ、冗談半分だったろうけど)
そして次第にエルドを除く三人は勇者になるために修行にのめり込んでいった。三人は同じ町なので顔を合わせる機会があったが、エルドとは疎遠になった。ある日、偶然にも三人が共に暇な時間ができたので久しぶりにエルドに会いに行ってみることにした。
だがいなかった。親代わりの司教によれば、旅に出たらしい。
その年で…、と三人とも思ったものだ。10歳の頃だったろうか。まあ自分達もその年で勇者への鍛錬をしていたので同じかもしれない、が。いつ魔族に襲われるか分からないのに旅なんて…三人とも心配したものだ。
それからは会うことは無かったが三人が勇者になった時、セーイジェンでの受賞式にひょっこりエルドが現れた。その時からボロボロのケープを着ていた。だがすぐに分かった。驚いた事に彼も勇者なのだという。
四人は再会を喜び合った。
だが、エルドは……変人になっていた。
戦のときは常に最後尾。時々隊を抜け出す。支給された服はいつの間にかなくしている。
いつしかエルドは勇者であって勇者でない、誰からも意識されないし業績も無いので覚えられてもいない。そんな凡人以下の人間になっていた。実際彼が戦闘したところを見たことが無い。
アーヴェントや他の二人が尋ねても答えをはぐらかしたりいつの間にか話題を変えている。
そんな折、部隊の兵隊からフィオーナがこんな事を耳にした。
『おい、知っているか?勇者エルド様』
『ああ、あの駄目人間ね。それがどうした?』
『なんでもアーヴェント様やフィオーナ様の同期で、友人らしい』
『えっ?』
『驚きだろ?』
『じゃあアーヴェント様たちも…』
『馬鹿!んなわけあるか!そういう話じゃねえよ。あんな友人がいたら地位向上にも影響がでるんじゃって話だ』
『……あ、確かに』
『だろ?あんな変人がいりゃあ上もためらうよ』
それからフィオーナのエルドに対する態度が変わった。
デュアンもあまり話さなくなり…
(そして僕も…)
心の中ではどうなってるか分からない。だが昔のようではないのは確かだ。
「……なんであいつ勇者やってるんだろ」
「……」
確かにその通りだが、誰も答えられない…。
神殿内は静まりかえっている。今は勇者も、大司教も誰もがいなかった。
いや、いた。
未だ眠っているエルドと、
「……起きているだろう、エルド」
レデンソ大司教だった。
パチリ、と『目』が上に閉じて目が現れる。
「いや〜あいかわらずキツイっすねえ」
「フン」
エルドが立ってレデンソに近づく。
「お前の友達は馬鹿だな」
「そう言わないくださいよ。純粋なだけです」
「純粋は危ない。…純粋な水は時間をかけるとあらゆるものを崩す」
「……」
「まあ、それよりも危ない輩はごまんといるがな」
「そうっすねえ……そういえばさっき話題に上がってた子供、こっちで回収しておきました」
「…どこで見つけた?」
「近場の攫い屋を当たっていたらいました。もちろんそいつらはボコボコにしときましたよ」
「そうか。……流石だな。口先と行動が速いだけで何もできない輩共より数倍ましだ」
「ハハ、そういわないでくださいよ」
「……それで、本題だ。どうだった?」
「魔物は急進派がブイブイいわせているってわけじゃありませんでした。なんつーか、自由なんですよ」
「欲求に素直に、か。くだらんな。まあ今の人間のギスギスした社会よりは遥かにましだが…」
「……問題が?」
「貴様ももう分かっているだろう?魔物の社会には穴がある」
「……」
「魔王と元最強の勇者が作った構想……、ご大層なものだがこんなものはなんでもない。逆に穴があるのを仄めかすようなものだ」
「所詮は魔王と勇者の考え、ってわけですか」
「魔王が人間の仕組みを知っているか?勇者が人間の奥深くを本当に理解しているといえるのか?人間社会の底辺もろくに知らない二人組みが作ったものなぞすぐとは言わんがいつかは喰われる。より深く、より暗い闇にな」
「……今の人間みたいに、ですか」
「そのために私が動いている」
レデンソが正面からエルドを見据える。
「……お前もな」
「……」
「私は魔物の社会は好ましくは思わないが、より良いものは残したい。みすみす闇に飲み込ませたりなぞせん」
レデンソが話は終わったかのようにエルドの横を通り過ぎるとき、エルドの手に何かを握らせた。
エルドもそれを予期していたかのように自然に、素早く握る。
エルドも神殿をでて城下にでる。裏路地に入りそこで握り締めたものを開いた。
それは紙切れだった。
『夜にまた神殿に来い。極秘任務だ』
そう書かれていた。
そのまま歩き出す。
しばらく歩くと華やかな壁から煤けた壁に変わり、腐臭や汚水の匂いがし始めた。
ここはセーイジェンの暗い部分。ホームレスや身寄りの無い子供。流石に犯罪者はいないがいろんな意味で危ない子供や柄の悪い傭兵などがたむろしたりする。
横手の酒場に入り時間をつぶそうとすると、横にうずくまっている子供が目に入る。
「おい、ガキ」
虚ろな目をこちらに向けてきた。
「どうした?」
「……」
答える気がないのか、答える事もできないのか。
「……」
エルドは今日の酒代と準備していた金を子供膝に置いた。
「……好きに使え」
バッと、子供は金を取ると気力が無かったように見えたのが嘘のような速さで走って消えた。
「……」
エルドが消えた後のほうを見ていると、
「…相変わらずだな」
後ろのほうから声が聞こえた。
エルドは気付いていたのか振り向かない。声だけで分かる人物か。
「…何のようだ、フェルシュ」
「別に、お前がいたので付いてきてみただけだ」
フェルシュタインと呼ばれた青年は肩まで自由に伸ばした青髪に青目、教団が使用する白い服を着ている。
フェルシュ・テルテイン
それが現在最強の勇者と言われている男の名前だった。
「…ストーカー趣味か?」
「ある意味ではそうともいえる」
軽口に軽口で応えたかどうか分からない口調で話す。
「所詮追走劇や逃亡劇なぞストーカーの広義に当てはまるものだ」
本気で言っているようで少し怖い。
「……」
「…行ってしまったな」
先程の子供の事を言っているらしい。
「…相変わらず汚い場所だ」
その言葉に初めてエルドが反応した。目を閉じた。
「……」
「不満か?事実だろう。ゴミの中にゴミ以下の人間」
「うるせえ」
「ゴミだろう。社会の底辺に行く者は全て理由がある。下らない理由だ」
「うるせっつってんだろ」
「ハイリターンを追いながらローリスクを期待する馬鹿。生まれや環境が悪いからと挫折するゴミ」
「うるせえ!!」
「正直、同じ空気を吸っていると考えただけで、捨てられた我々の残飯を食らっている姿を見るだけで斬りつけたくなる」
ドン!!
土が弾けた。
エルドが地を踏んだのだ。
「そうだろう。汗水流してできた残り物をただ匂いと体調に注意するだけでもらえるんだ」
エルドが拳を握る。
「……そんな価値の無いもののためにお前はいつまでも自分を磨り減らすのか?」
「そんな状況に追い込んだのは誰だよ…」
ゴッ!!と辺りを気が荒れる。
エルドが振り向いた。その顔は無表情に近かったがいつ爆発するか分からない爆弾のような危うさを秘めている。
「戦争だけじゃねえ、政治なんかで搾取し続け、捨てていった野郎共が何をいってやがる」
「政治に関しては同意見だ。いずれ関連者全員消してくれる。だが戦争は違う。理由があるからこそ戦うのだ」
「……今の魔物は昔と違う」
「だからなんだ?俺のほうも愛に生きる魔物、という情報ぐらいは入る」
「……」
「では何故戦うか?奇異だな。お前こそなぜそんな考えをもつ。人間の男は生まれずに消えていくんだぞ」
「神の力より強くなったらまた生まれんだろ」
「お前らしくないな。そんなものは予想だ。予想なぞに期待して一種族が滅亡するかどうかを決めるなぞ愚の骨頂」
「……」
「神に勝つ?それでどうする。その神も愛と欲の化身になるのか?成るほどそうなれば男も産まれるだろうが世界は情欲にまみれただけのものになるだろうな」
「……」
「俺はそんな世界は嫌いだ。だから戦う。まっとうな理由だろう?意見と意見が合わなければ無視しあうか、戦うかだ。だが奴らは無視しなかった。レスカティエも陥落された。もう戦うしかなかろう」
「……そのために親魔族派を殺すのか」
「親魔族派はこう言うだろう。昔のような魔族じゃない。もっと理解しろ、と。……意味が分からん。なら昔と今の魔族の違いはなんだ?今の魔族を理解するのならなぜそいつらは旧魔族を理解して自ら進んで食べられに行かなかった」
フン、とあざけるように言う。
「答えは簡単だ。己が痛くないからだ。逆に気持ちが良いのだろう。無論平和を愛する者達もいると思うが俺からするとそいつらも馬鹿だ。所詮他人の予想に振り回される自分で動こうとしない腐った連中だ。違うか?平和を愛するならなぜ旧魔族と話そうとしなかった。まあしても喰われただろうがな」
「……」
「珍しいな。反論しないのか?」
「意見の合わない奴はお互い無視しあうか、戦うんだろう…」
「これは一本取られたな。まあ、そういうことだ理想に燃えるのはいいがほどほどにしろ。お前は『純粋』ではないぶん多くのことを見る。正直キツイだろう。賞賛に値する精神だ」
「……そうかい」
「…今でも、昔の思いは変わらんか」
「ああ、ただし少し目的が違う。神じゃない。『お前ら』に唾を吐いてやる」
「……相変わらず下らないな、…お前は…」
「結構だ」
「……」
「……」
二人はそのまま数秒見つめあい、
「それでは俺はここで失礼しよう、これより作戦会議があるのでね」
「……おう」
フェルシュと分かれたエルドは今にも崩れそうな民家に入っていった。
「あ、エルド!」
中には子供がボロボロの茣蓙をかけて冷たい床に寝ていた。
「よう」
「久しぶり、ッ!ゴホッ!ゴホッ!」
「大丈夫か?」
「大丈夫……。お母さんや他の人はもう少しで帰ってくるよ」
「ああ、そうか」
ちょうどその時数人の男女が入ってきた。
「あら、エルドさん」
子供の母がエルドに気付く。
「こりゃあ、エルドさん。久しぶりで」
ごま塩頭の老人がカゴを棚に置く。
「エルドさん!また来てくれたの?」
兄らしき少年がしゃべる。
「ああ、久しぶり」
「ちょっと待っててくださいよ。今すぐになんかつくりますんで」
「ああ、いや、この子の様態を見に来ただけだ」
「いやいや、エルドさんには何からに何まで迷惑かけちまって」
そのときシャッと家の戸代わりの布を横にめくり男が入ってきた。
「お〜いチー坊にいいもん持ってきたぞ〜って、あり?エルドさん」
「おう」
「お〜い!!エルドさんが来たぞ〜〜!!」
途端に辺りの瓦礫や布を家にしている人達が飛び出てくる。
「おう!エルドさん!」
「勇者様!」
「エルドさんだ!」
ワラワラと子供や大人が群がってくる。
「おいおい……」
困ったようにエルドが笑う。
「ゆうしゃさま〜、またたかいたかいして〜」
舌ったらずの子供がケープを引っ張ってくる。
周りでは…
「おう、ペンじい。あんたまだ生きてたのか」
「やかましい!わしゃまだまだ生きるわ!」
「ガキの食料のためにさっさとどっかいけよ〜」
「兄ちゃんこれ何?」
「これは……ササムっていって……」
「おめ……そうなん…ああ、そう…」
辺りがざわつくために話し声が聞こえなくなる。
子供を高い高いしてやりながらエルドは辺りを見て思う。
(…何がゴミだ…)
「ハッハッハッハッハ!そうかい!」
「ああ、そう」
(……何が価値がないだ……)
「それちょっととってくれる〜」
「つ〜かよお、塩が足りねえんだよな」
「うわお!びっくりした」
(見ろ……見捨てられても、搾取され続けても…ここはこんなにも…)
綺麗だ
11/12/23 15:39更新 / nekko
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