連載小説
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わ、私は…貴族なのだ…
夜、神殿内部は火による明かりが昼間のように照らし出されている。
柱に隠れるように人影が一つ、そしてもう一つが近づいた。
いたのはレデンソ、やってきたのはケープに何故かマントを重ね着しフードを目深に被った、
「来たか」
「うい」
エルドだった。
「歩くぞ」
そのまま二人は外へ出る。
「何の用なんで?」
「少し前だが、魔界に入った軍が全滅したらしき報告が入ったろう。その時に魔界に入らなかった別部隊が魔界から出てきた子供のヴァンパイアを捕まえていたのだ」
「へえ、やりますね」
「勇者が二人もいたのでは子供の魔力ごときには当てられんだろう。そこでだ、ヴァンパイアは今でも重要な地位を占めている。子供でも何かは知っているだろう。誰が誰の伴侶かぐらいはな。さっそく情報を抜こうとしたのだがこれがなかなか固い。どうやらバフォメットの魔法が脳から情報を取れないようにしているようだ」
「……で?」
「貴様の想像している通り、拷問が行われようとしている」
「……ガキに?」
「そう、子供にだ」
「それで?」
「私の権限があればお前を拷問官と変えることぐらい出来る。……情報を引き出せ」
「…『引き出せ』ね」
「貴様ならできるだろう」
「まあ、ヴァンパイアは人に近いッすからね」
「頼むぞ。この年になって子供が泣き叫ぶ姿なぞ見たくないのでな」
「……う〜、威厳がありながらも優しさがあるなんて、かっこいい〜」
「……」
「…すいません」
「…その後だ、お前が脱獄させろ」
「…いいんすか?」
「構わん。情報を聞き出せば魔界に戻れるような魔法がかかっていたと言えばいい」
「でもそれじゃあ何で取られる前に逃げなかったんだって話になりますよ」
「先に転移の魔法がないか調べてある。だが、なんらかの言葉に反応して起こる魔法であればいわゆるトラップだ。バフォメットクラスならば肌についたほくろよりも目だたなくできるだろう。なにせトラップには魔力が無いからな」
「起動系の魔法、ですか」
「そうだ。なんとでも言える。なにせ魔物自体の情報がないからな」
「……死なないでくださいよ」
「…事後の事か?心配するな、まだ私は死ねん。裏切りと思えるような行動派一切しておらん」
「あくまで、神に基づいた行動…」
「そうだ…。嘘か嘘じゃないかなど所詮は人の意識の問題だ」
その後会話がきれ、しばらくするとある扉の前でレデンソが止まった。
「ここだ」
「魔力に当てられて俺が帰ってこなかったらどうします?」
「ほざけ。貴様がそんなタマか」
「ま、そっすけどね」
そうして二人は中へ入っていった。




「お譲ちゃん、いい子だから教えて頂戴?」
そこは暗く、ジメジメしていた。ほんの少しの明かりが逆に精神を蝕む。
(ウウ…)
小さなヴァンパイアの子供が鎖につながれていた。
まったく動けない。
(母上…)
「お譲ちゃん?聞いてるかな?」
鉄の仮面に素顔を隠した男が聞いてくる。
怖い。でも私は魔族だ。そして貴族なのだ!こんな人間に泣き言をいうなどありえない。
「……ハア、俺たちはな、この道のプロなんだよ」
ガチャン!と工具の置かれる音がする。
もう一人の男が横に置いたのだ。
「ホラ、これ」
男が箱の中から何かを取り出す。
「これはな、一見ペンチのように見えるけどちょっと違うんだ。たしかにペンチだよ、でもね…」
ガン!!
と突然男がペンチで石畳を叩く。
「ホラ、叩けるんだよ」
「……」
ヴァンパイアは何も言わない。
「ね?他のやつもそう。ここにあるものは全部。『拷問器具』なんだ。難にでも使える。つまり何が来るか分からない。…怖いだろう?」
ヴァンパイが少し震える。息も早くなる。
「……話す気になった?」
「……」
「…しょうがない。じゃあまずは…」
男が髭剃りに使う薄く小さいナイフを取り出す。
「子供だからね。とりあえず『血管』がでるまで肌を剃っていこうか」
普通に言った事により逆に恐怖が増す。
「ハア……ハア……」
「怖い?大丈夫。『結構痛い』から。すぐにしゃべって解放されるよ」
「ハア、ハア、ハア」
「興奮してるのかい?マゾだと難しいかもね」
そんな軽口を叩いて始めようとした時、

キイ

少し向こうで扉の開く音がした。
「?」
今日ここには関係者もこないはずだった。
誰だろう?間違って入ってきたのだろうか?
振り向くと、
「レデンソ様……」
規律と厳粛で有名な大司教がそこにいた。
「悪いが、計画変更だ。情報はこいつが引き出す」
レデンソは目で横に立つ人物を紹介する。
フードとマントで男か女かも分からない。
「しかし…」
「貴様らには悪いと思っている。が、これは私の命令だ。分かるな」
「……」
二人の男は黙って従い、出て行った。
「……済ませろ」
その声でフードの男が動いた。

(何があったんだ……)
ヴァンパイアは事態がよく分からなかった。が、状況が好転したわけでもなさそうだった。
恐怖は取り除かれたが、またいつ増すか…。
男がフードを脱ぐ。
ボサボサの黒髪に黒目だ。
「……」
男は何も言わずに手を伸ばしてきた。
「……!」
キッと目をそらさずに男を見据える。
男の手は少女の手に触れ、手錠を解除した。
「?」
次々と鎖や錠を解除していく。
そうしてヴァンパイアは自由になった。
「……」
いぶかしげに男を見る。
「…初めまして、お名前は?」
「……何故貴様に答える必要がある」
「おう!聞いた?レデンソさん、貴様って言われたよ」
レデンソは何も言わない。
「……」
「名前は答えられない、か」
「まずは聞いた側から教えるのが筋だろう」
「そうだな……え〜、でも〜どうしよっかなああ〜」
チラ、とヴァンパイアの目を見る。
「教えて欲しい?」
「……」
「そうかそうか、そんなに教えて欲しいか〜いいぜ、教えてやるよ」
聞いていない…。
「俺の名前はエルド」
「……答えん」
「残ね〜ん」
すこし静けさが戻る。
「君が知ってる事、話してくれる?」
「……フン」
「何でもいいんだよ」
「……教えるか」
「それじゃあ俺も最終手段に出るしかないんだけどな」
私はチラ、とまだ置かれている工具に目をやる。
「…好きにしろ」
「ブハッ、す、好きにしろだなんて、そんな、お前…子供を…ブ!」
…何をどう解釈したんだ…。
「む!子供だと!無礼な!私はヴァンパイアであるぞ!」
「そいじゃあさっさとやるか」
無視された…。
男の手が伸びる。
…来るか!
男は左手を私の額に、右手を私の手に触れた。(手は握った)
「な…」
「俺はな、プロかどうかは知らねえが人から話を聞くことは得意、と思っている」
男は場所を確認するかのように手の位置を変えていく。
(ムウウ……)
男の外気に触れていた冷たい手の感触に少しビクビクしてしまう。
「ただし、拷問なんてしねえ。あんなん使ったってこっちがまいるし、たのしくもねえ」
ちょうどいい場所が見つかったのか男の手が止まる。
「どうせなら楽しまなきゃな。お前もそう思うだろ?」
男はニッと笑った。
「……」
私は無言で見据える。気付けばもうにらんではいなかった。
「今日の朝何食べた?」
は?
「……朝?」
「そうそう」
「…味気の無いミルクとパンだ」
「おう、そんなんで大丈夫か?」
「そんわけあるか。今もかなり衰弱しているのだ」
「なるほどなるほど」
「何度も日の光にどんなに私が……ええいいまいましい!」
「おおう、そんな暴れるなよ」
「フン」
「そんじゃあ、捕まえられる前に何食べた?」
「…血だ」
「人間の?」
「そうだ」
「今欲しいか?」
「……」
「欲しけりゃやるよ」
「…ッいらん!」
危ない、何をされるか分からんぞこやつ。
「そう。そんじゃあ何で魔界から出ようと思ったんだ?」
「…私は貴族だ。貴族はあらゆるものを知っていなくてはならない。くだらん事はともかくな」
「で?」
「外の世界がどういうものなのか見に行ったのだ」
「ふむふむ。で、感想は?」
「まあ、綺麗だな。魔界も綺麗だが…」
「そりゃあ、良かった」
「うむ。花も初めて見るのが多かったし、空気も…」
「ほうほう」
気付けば私が話していた。今までに話しかけてきた奴はいたが人間などと話すのは屈辱だと思っていた。だがこの男には気付けば話していた。そしていつしか自分からも時折話を振っていた。
「それで、その友達は早く恋人を見つけろといったわけだ」
「そうだ。失礼なやつめ。私は貴族だぞ。ふしだらに男と、それも人間と関係してたまるか」
「なるほど〜、ま、まだ子供だしな」
「子供ではない!」
ゲシッ
男の脛を蹴る。
いつの間にかいつもの調子に戻っていた。まだ体はダルイが。
「いでっ!」
「すぐに人間は子供子供と騒ぐ。私は貴族だ!」
「いや、魔物もそう言うんじゃねえの」
…そういえばそうかもしれない。
「と、とにかく子供ではない」
「ふむ。それじゃ、お嬢さん。あんたの家族構成は?」
「お嬢さんか、まあ良かろう。家族は母とち…」
ハッとした。父が元は名のある英雄だということを思い出し、そういえば私は情報を抜き取るためにつれてこられたのだ、ということを自覚した。
「……」
「おりょ?どうした?」
「話せん」
「…話せないか〜、残念。それじゃあ知り合いの事を教えてくれ」
話せん、と言おうとしたが、止めた。
これを利用できないだろうか?
仮に私が嘘の情報を言っても相手は分からないし判断できない。つまり偽の情報に踊らされるだけだ。
なら……
「…私の知り合いの事を話せば…見逃してくれるか…」
「……どうした?急に?」
しまった。性急過ぎたか。
「私は、……貴族だ。仲間は売れん。家族も売れない。でも…家には帰りたい」
「……」
「してくれるか?」
男は後ろの大司教を見る。
大司教は頷いた。
「……ああ、いいぜ」
「…ありがとう。私の知り合いはアラクネで居場所は……」
私は嘘ばかり並べ立てた。
それに対し男はずっと頷いていた。
騙されやすい……、いや、この場合はそれしか手段がないか。
「………これで終わりだ」
「ふんふん。ありがとう。良く分かった」
やっと終わったか。
「よし、そんじゃ出るぞ」
男は私から手を離しまたフードを被りなおした。
そして懐から頭巾のようなものを出すと私に被せた。
「な、何をする!」
「町の人に見られても迷惑なだけだろ」
それもそうか。
出口まで来た。やっと出ていける。
それじゃあ、死ぬなよ、と男と大司教が言い合うのが聞こえる。
死ぬ?
そんな疑問は男が扉を開けたことにより消えた。
ああ、久しぶりの空気だ。それも夜。清清しい。
男はそのまま大門まで向かうと思ったが、大司教だけが向かい、男は留まった。
なんだ?
大司教が門の見張りを呼ぶ。
そこに警備の穴が空いた。
ダッ!
うわっ!
男が私を抱え挙げて走る。すごい速さだ。
あっという間に大門を抜ける。
そのまま城下町の裏路地に入る。
「な、なぜ城門から出ないのだ?」
男は何も言わない。
私は下ろされた。
その時、鐘が鳴った。それにつられて一斉に数々の鐘が鳴らされる。
なんだ?
横で男が、まあこんなタイミングか…。
と呟いていた。
なんだ?何のタイミングだ?
男は路地から大通りに出ようとしたがふいに足を止めた。
ザッザッザッザッザッザッ
複数の足音が聞こえてくる。
「いたか?」
「いや、いない!」
「どうなっている!」
なんだ?兵か?
「早くヴァンパイオの子供を捜せ!」
「重要な情報源だ」
な……に…?
「隊長、一応そのヴァンパイアからは情報は取れたんですよね?なぜ探すんですか?」
「ああ?当然だろう。魔物だ。殺すに決まっている。まあ枢機卿の方々は脳を弄繰り回すとおもうがな」
「……うっ…」
「なんだ?想像したのか?やめろやめろ、するだけ無駄だ。どのみち捕まった時からこうなることぐらい俺は分かってたんだよ」
「でも……」
「!!新入り、黙れ」
そんな…殺す、私を…。
向かい側に新たに一人の男が現れた。
「見つかったか?」
「いいえ、まだです」
「そうか、ここは私の管理下に入る。異存は無いな」
「ハ」
殺す……私が…。
脳裏に家での光景が浮かぶ。温かな食事に、父と母。
ッ!だめだ!嗚咽が抑えられない…!
ギュッと誰かが片腕で抱きしめてくれる。
「チッ、将軍級まで出やがったか」
…そうだ、この男…。
なぜ私を見逃してくれるなど…。この男もやつらの仲間なのではないのか?
疑問に思う私にさっきのやりとりが浮かび上がる。

『それじゃあ』
『死ぬなよ』

馬鹿な!まさか私を…脱出させようしてるのでは、なぜ!
「お嬢さん、しっかり捕まってろ」
男は片腕で私を抱き上げ、また路地を駆ける。
涙が溢れてくる。夜なのに、星が瞬いているほど清清しいのに……。
「大丈夫か?」
答えることもできない。
男は立ち止まる。
城門だ。
今正に跳ね橋が上がろうとしている。
「行くぞ!」
男はそのまま走る。
「!!何だ!止まれ!」
男は制止する兵を片腕で掴み、投げ飛ばした。
「「グワッ!!」」
もう一人の警備が巻き込まれる。
「止めろ!奴を止めるんだ!」
男は門の前にあった松明を取り、それを端に投げる。と同時に素早く懐から小瓶を取り出し、松明が跳ね橋に当たる瞬間に合わせ投げた。
ゴッ  ……ボオオオオオオオオオ!
橋が燃えていく。
男は構わず走り、途中まであがった燃えている橋を駆け上がる。
そして……跳んだ。

「なんて奴だ……」
当直の兵士は驚きの声を上げる。
半分しか上がっていないとはいえ堀にも落ちずに飛び越すとは。
「くっ、急いで将軍に通達しろ!」
(こんな夜に……なんてこった!)



「フ〜〜〜」
ここはとある森の中、すでに城からは大分離れている。
が、まだ安心はできない。
「……お嬢さん?こっから自力で魔界に帰れるか?」
「……あ、ああ。たぶん」
「…そうか、たぶん追っ手が来る。俺が撒くから、逃げな」
えっ?
「そんな…」
私……一人で…。
「やっぱ心配か?人間の村もあるしな〜」
そんなことではない!
「……な、なにを!できるとも!私は貴族だ!」
「…貴族ってそういう役割もできるんだっけ…」
「できるとも……うむ」
そんなことではなにのに…。
「…そうか…」
そういうと男はスッと手を差し出してきた。
「飲め」
一瞬何を言っているか分からなかった。
「血だよ」
…そうか、もう丸一週間飲んでいなかったのだ。
「……」
気付けば私の顔は赤くなり咄嗟に男の腕を掴んでいる。
「ハア、ハア、だが、…ハア…私が吸ったら…」
「遠慮なく飲め、俺はそれぐらい耐えられる。ま、俺も『一般人』じゃないからな」
私は男の手首に顔を近づける。
そして噛もうとするが……。
(もっと……)
もっと上へ行きたい。そう本能が告げる。
顔を男の手首から腕、首へと上げていく。
「っ、おいおい」
私はたまらず首筋にかぶりついた。
「うわおっ、……む……」
「………っ!…っ!っ!」
たまらず吸い上げる。
同時にとてつもない快楽が波打ってくる。
今まで何度も吸ってきたが、こんなのは……初めてだ…!!
「……っ……っ…」
永遠ともいう時間が過ぎてゆく。
私の体はもう絶好調になっていた。
「プハ」
だが……もっと欲しい。もっと、血じゃなく、もっと、熱く、生命の源を…!
チラ、と男の顔を見上げる。
男も顔を紅潮していた。
「ハア、ハア」
たまらず私が男の服を脱がそうとすると、
ガシッ
男に手を掴まれた。
「もう……行け…」
「ハア……ハア」
私もそうしたい、だが今はそれよりもっとこの快楽に身を任せたいという気持ちが勝る。
私は……貴族なのだ…。こんな、こんな感情…。
「……貴族なんだろ?はしたねえぞ」
私も分かっている!だが、耐えられん…、耐えられんはずなのに…。
…気付けば私の高鳴りも静まりつつあった。
命を狙われているからこそ止められた。だが普段であればどうなっていたことか…。
「よし、もう行け」
男はもう行こうとしている。
「待て!」
男が振り向く。
とっさに口が開いたが、何を話そう。何を何を何を…
「私の話!あれは全部嘘だ!!」
……なんでこんな話なのだ。
「…ああ、あれか」
「ああ、それだ」
「知ってたよ」
え?
「俺がお前の額と手に自分の手を当ててただろう?あれはお前の身体状況を測るためにしていたんだ。お前が嘘ついてたときはこういう反応か、とかな」
そのための会話か…。
「おっと勘違いすんなよ。あくまでもこれは測ることが後だ。まずは話をするのが大前提なんだよ。実際思いついたのも何年か前に山賊と話していたときだったし」
…そうか。
「……よし、お嬢さん。今度こそ本当にお別れだ。元気で」
「私の名前はリルサ、リルサ・アネストだ」
いきなり出た。
男は何も言わない。
「……覚えておけ、貴族の名だ」
「……覚えておきますよ、お嬢さん」
「私も、覚えておく。エルド」
男は笑いながらお辞儀をして森の中に消えていった。
……改めて一人になるとなんだか物足りない感じがする。
だが、私は歩まなければならない。
貴族だからだ。
11/12/23 15:39更新 / nekko
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■作者メッセージ
いつも書きながら思うこと、これ誰かの内容と被ってないだろうか?
どうしようどうしよう、と思いながら書いていく。
時間があれば他の方々の作品を満遍なく見てみたいが、見れない!数が多い!
なら書く時間を減らせ!という至極まっとうな意見が出そうだが…。
いやだいやだいやだ!と駄々をこねる。…頭の中で。
そんなチキンなnekkoです。

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