今は無い国
冗談半分で『廃墟』には行ってはいけない。
やれ、心霊スポットだの、廃墟の写真を撮る為など、理由は様々だろうが、放置されて何十年。
あちこち足場が壊れていていつ崩れてもおかしくない。
途中で車が故障しようが、圏外で連絡手段も無い。
まだ私有地である場合があり、無許可で立ち入った場合、不法侵入にあたる。
など理由は様々だが、一番の問題は人ならざるものが本当にいる場合があるということだ。
さて、舞台はいきなりヨーロッパへ、一人の観光客が『古城』めぐりをしていた。ほとんどの場合、観光地化しており城の持ち主が税金対策としてホテルを経営したり、お金を取って見学させているというのが一般的になりつつある。
とにかく大きいので税金もさることながら維持管理にも大変お金がかかるのだ。
男はそんな見かけだけの『古城』には目もくれず、地元民の情報を頼りに森深くにあるという城を目指していた。
「あれか」
男が見上げる小高い丘には石造りのいかにも城という物が見えてきた。城名などわからない。ただ、地元民ですらあそこにあるのは知っているが、城主も歴史もわからないという。近くの図書館にいったが、結局わからず。とりあえず管理している町の許可は下りたので来てみた。
当時は立派な城、だったのだろう。近づくにつれて荒れ放題であちこちが崩れて見るも無残な建物になっていた。いったい何世紀前なのだろう。それにしてもこれだけの城がありながらどの歴史書にも載っていないというのは不思議だ。
ま、大方、管理しきれなくなって手放したというのが普通だが、ただ、老人が一人だけ「近寄るな」とまるで苦虫を潰したように語ったのが引っかかっていた。
「これは」
中はよりひどい荒れようだった。天井は落ち、かつての豪華絢爛であっただろうエントランスは見る影もなかった。と、普通の人ならがっかりして帰るだろう。
ただ、男は違った。これこそ彼が求めていたもの、滅びの美学! やがて自然へ還る過程をみることができる喜び。男は夢中でカメラのシャッターを切った。崩れ落ちた柱、階段、もう二度と火が灯らないシャンデリア……。2階へとつづく階段をどうにか登り、何かに導かれるように奥へ奥へと入っていった。
「しまった……」
気が付けば外は薄暗くなってきていた。当然食料等はあるが、日帰りを予定してた男はあまりにも夢中になり過ぎていた自分を責める。
森は奥深い。足元は悪く、無事に町に帰る自信は無かった。最初こそはGPSで現在地はわかっていたものの、電池切れ、カメラもすでに電池切れ、まさかこんな時間になるとは思ってなかったため他の灯など用意していない。
気が付けば完全に暗闇の中に居た。
「ねえねえ、おにーさん」
ぼんやりと白い靄のようなものが見えたと思った時だった。
「ねえってば!」
「うわっ!」
目の前には少女が居た。真っ白。それが最初の印象。
「やっと気が付いてくれたね。わたしの言葉わかる?」
ふわふわと漂うように、というか実際空中に漂い男に巻き付くように白い影が
近づく。
「ああ、君は」
「良かった。久しぶりに人を見たわ。わたしはえっと、誰だったっけ?」
ふよふよと漂いながら少女がうーんと考え込む。
男は冷静だった。彼女のような人ならざる幽霊はよくこの手の城で何度も見かけていたからだ。しかし、こんな会話が成立するような自我を保った幽霊というのは初めてだ。大抵は会話というものが成立しない。外国語は覚えたが、みな風景のように動かなかったり、支離滅裂な言葉を永遠に繰り返すだけの幽霊しか少なくとも男は出会ったことが無かった。
「すごいね。君」
「なんでー、だってわたし、死んじゃっているんでしょ。つまらないわ」
「俺も驚いている。死を自覚しているのか、……ここの城の関係者かな?」
「わかんない」
男の隣にふわりと降りるとうーんとまた考えだす少女。
「それより、一緒に踊りましょう」
「え」
その手はすっと男の体をすり抜けてしまう。それでも少女の気持ちが伝わったのか男が立ち上がる。
「くるくるくる〜」
「え、ちょっと」
信じられなかった。シャンデリアには灯がともり、部屋は黄金色に輝いている。倒れた柱もくずれた壁も元通り。
男と少女は音楽に合わせて踊っていた。というかほとんど少女がリードして、男はやっとの思いで踊りについていく。お互いに触れられないのでぎこちないものだったが……
「ふふふふふ〜、楽しい」
「おいおい、俺、踊りなんて」
「いいのよ。楽しければいいの」
にっこりとほほ笑む少女は本当に楽しそうだった。ふわりと少女のスカートが花のように広がる。
その時、壁に掛けられた油絵が見えた。小さなティアラを頭に乗せほほ笑む少女の絵。
まさしく今男が一緒に踊っている少女だった。
音楽が止まる。
「ありがとう」
カーテシーをして少女が下がる。
男も頭をかきながらなんとか踊り終えたことに安堵した。
「ねえ、おにーさん」
ずいっと顔を近づけて少女が首をかしげる。さっきの絵画……いや、それ以上に魅力的だった。
「ごめん。俺踊りなんてやったことなくて」
「ううん、違うの。とっても楽しいわ」
「それならよかった」
こんな不思議な状況が続いているのに男はやけに冷静だった。
「次はかくれんぼしましょう」
相変わらず少女ペースで誘われるままに遊びに付き合う男。
「ばぁー! みーつけた!」
「そりゃ、俺、この城の中わかんないし」
すっかり元通りになった廊下で少女に捕まる。というかさっきから何処に隠れてもすぐに見つかる。
「次はおにーさんがわたしを見つけてね」
「あ、ああ」
フヨフヨと消えていく少女。
でも、楽しい。まるで童心に帰ったように男はこの状況をすっかり楽しんでいた。
「おーい、ここかな」
「ざんねーん。見つかっちゃったわ」
少女が隠れていた部屋は全体がピンクだった。壁も扉も小物も全部。
「あ、ここわたしの部屋だわ」
「記憶が戻ったのか」
ふるふると少女が首をふる。
「そうか、ま、いいじゃないか」
「そうね」
これまたピンクの天蓋付きのベッドにゴロゴロとしながら少女が軽く言う。
「それにしてもピンク一色だな」
「うん、好き」
それから少女の話が続いた。季節になると庭一面がピンクの花でおおわれること。よく色んな人と踊ったり歌ったりしたこと。楽しい思い出が語られるのをベッドの隅で腰かけた男は時々相槌を打ちながら聞いた。
肝心の名前等の記憶は戻らないままだったが。
「そろそろ眠るわ」
「そっか、じゃ俺は違う部屋に……って!」
少女が抱き着いてくるが、無情にも体がすり抜ける。
「いや、一緒に寝て」
「男だし」
「いいじゃない。わたし死んでいるんだし。それに私たち触れ合えないじゃない」
「俺が落ち着かない」
「あ、そっか私が傍にいると冷たいわよね……それに幽霊だし」
あわてて、ベッドの隅でうずくまる少女。
「あー、もうわかったよ」
「え、いいの」
冷たい空気が男に体を覆う感触がする。びくっと震えるが嫌な気持ちはしない。
「ありがとう……」
よほど疲れていたのか、すぐに寝息を立て始める男をじっと見ながら、少女はとっくに止まった自分の心臓が再び動き出すのを感じる。
「なんだろ……この気持ち」
胸に手をあてるがやはり心臓は動いていない。でも、暖かい気持ちが少女の中で生まれつつあった。
「ま、いいわ。おやすみのキス」
頬にキスをされた男がぶるっと震える。実際には触れていないのに。
「ふふ、面白い人」
寄り添うようにして少女も眠る。
「おはよう。夜よー」
「って、俺一日中寝ていたのか、なんかすごい疲れた」
窓からの景色は暗闇だった。
「うん、気持ちよさそうに眠っていたから起こさなかったわ。……ふふ」
少女の顔が少し赤いが気のせいだろう。ましてや夢で少女と裸で抱き合っていたなんて言えない。あれはなんだったのか……。
それよりも
「なんてこった。もう帰らないと」
男のパスポートの期限が迫っていたのだ。もともと長く滞在はできなかった。
「え」
少女の顔が凍り付く。なんとなく直感でこの愉快な男が居なくなってしまうということに気が付いたのだ。
「いかないで……」
「ごめん、また金を貯めて旅行に来るから」
「いや」
「ごめんな……」
男は慌てて旅支度を始める。夜の暗闇はともかく、早く出国の手続きをしないと大変なことになる。
少女はずっと泣いていた。
男は無言で頭を撫でて抱き寄せる。実際は仕草をしただけだが、少女が男の腕の中にすっぽり収まる。
なぜだか夢で見た淫らな光景が思い浮かぶが、男が首を振りその妄想を頭から追い出す。
「じゃあ、また」
「うん、またね」
男がいよいよ。城を出ようとした時だった。
「!?」
「え??」
なにかパリンという音が聞こえたと思ったら、少女が男の隣に立っている。
足は無いが……。
「あれ、わたしここから出られないって思ってたのに」
そうなのだ。実はかくれんぼの時、見えない壁のようなものが少女の前に現れ、庭に隠れていた男の傍にはいけなかった。窓も通り抜けることができなかった。
早い話、彼女はずっとこの城から出られなかったのだ。
「どうして」
「わからん。もしかして、俺にとりついた……とか」
「え、ええっ!?」
顔を真っ赤にして涙をこぼす少女。
「えーと、これからよろしく?」
返事の代わりに男に少女が抱き着いて唇を塞ぐ。
「ちゅ……あれ? わ、わたし触れられる」
「ほんとだ。冷たいけど確かに感触が、っていきなりキスとか」
男も少女も真っ赤になる。
「い、行こうか」
「うん♪」
ごまかすように手を引く男。嬉しくて泣きながらほほ笑む少女。
そして、やっと繋がる二人の手。
城を離れると同時に、城は元の廃墟へと戻った。たくさんの人がこれから旅立つ“王女”へ向かって手を振っていたのには二人は気が付かなかった……。
……
このように『廃墟』には軽い気持ちで行ってはいけない。
「何書いてるのー?」
原稿用紙から横でニコニコと笑う少女に視線を向ける男。
「大したものじゃない」
ふーん、といいつつ男の手を取る少女。
「ねえ、それより踊りましょう!」
壁には少女の肖像画、もちろん男が描いたものだ。今は写真よりも絵を描いている。結局少女の正体はわからなかった。絵を売ってお金を貯めては、少女と共に世界中で絵を描く男、隣には彼専属のモデル、いや妻となった少女。
一晩中、踊ったり、かくれんぼしたり、最後には昼と夜が逆転する生活になってしまうからだ。
これを読んだ皆様もどうぞ、ご用心を……。
エピローグ
「次はどこに行きましょうか。あなた」
「そうだな……」
くるくると踊りながら答えにつまる男。
「あなたと一緒なら、わたしはどこだっていいわ」
「というか、俺たち離れられないだろ」
男の腰に腕をまわしてほほ笑む少女。
「それもそうね♪」
どちらとも唇を重ねる二人。
くるくるまわるたびに花のように広がる少女のスカート。
庭にはそろそろ一面にピンクの花が咲く。
やれ、心霊スポットだの、廃墟の写真を撮る為など、理由は様々だろうが、放置されて何十年。
あちこち足場が壊れていていつ崩れてもおかしくない。
途中で車が故障しようが、圏外で連絡手段も無い。
まだ私有地である場合があり、無許可で立ち入った場合、不法侵入にあたる。
など理由は様々だが、一番の問題は人ならざるものが本当にいる場合があるということだ。
さて、舞台はいきなりヨーロッパへ、一人の観光客が『古城』めぐりをしていた。ほとんどの場合、観光地化しており城の持ち主が税金対策としてホテルを経営したり、お金を取って見学させているというのが一般的になりつつある。
とにかく大きいので税金もさることながら維持管理にも大変お金がかかるのだ。
男はそんな見かけだけの『古城』には目もくれず、地元民の情報を頼りに森深くにあるという城を目指していた。
「あれか」
男が見上げる小高い丘には石造りのいかにも城という物が見えてきた。城名などわからない。ただ、地元民ですらあそこにあるのは知っているが、城主も歴史もわからないという。近くの図書館にいったが、結局わからず。とりあえず管理している町の許可は下りたので来てみた。
当時は立派な城、だったのだろう。近づくにつれて荒れ放題であちこちが崩れて見るも無残な建物になっていた。いったい何世紀前なのだろう。それにしてもこれだけの城がありながらどの歴史書にも載っていないというのは不思議だ。
ま、大方、管理しきれなくなって手放したというのが普通だが、ただ、老人が一人だけ「近寄るな」とまるで苦虫を潰したように語ったのが引っかかっていた。
「これは」
中はよりひどい荒れようだった。天井は落ち、かつての豪華絢爛であっただろうエントランスは見る影もなかった。と、普通の人ならがっかりして帰るだろう。
ただ、男は違った。これこそ彼が求めていたもの、滅びの美学! やがて自然へ還る過程をみることができる喜び。男は夢中でカメラのシャッターを切った。崩れ落ちた柱、階段、もう二度と火が灯らないシャンデリア……。2階へとつづく階段をどうにか登り、何かに導かれるように奥へ奥へと入っていった。
「しまった……」
気が付けば外は薄暗くなってきていた。当然食料等はあるが、日帰りを予定してた男はあまりにも夢中になり過ぎていた自分を責める。
森は奥深い。足元は悪く、無事に町に帰る自信は無かった。最初こそはGPSで現在地はわかっていたものの、電池切れ、カメラもすでに電池切れ、まさかこんな時間になるとは思ってなかったため他の灯など用意していない。
気が付けば完全に暗闇の中に居た。
「ねえねえ、おにーさん」
ぼんやりと白い靄のようなものが見えたと思った時だった。
「ねえってば!」
「うわっ!」
目の前には少女が居た。真っ白。それが最初の印象。
「やっと気が付いてくれたね。わたしの言葉わかる?」
ふわふわと漂うように、というか実際空中に漂い男に巻き付くように白い影が
近づく。
「ああ、君は」
「良かった。久しぶりに人を見たわ。わたしはえっと、誰だったっけ?」
ふよふよと漂いながら少女がうーんと考え込む。
男は冷静だった。彼女のような人ならざる幽霊はよくこの手の城で何度も見かけていたからだ。しかし、こんな会話が成立するような自我を保った幽霊というのは初めてだ。大抵は会話というものが成立しない。外国語は覚えたが、みな風景のように動かなかったり、支離滅裂な言葉を永遠に繰り返すだけの幽霊しか少なくとも男は出会ったことが無かった。
「すごいね。君」
「なんでー、だってわたし、死んじゃっているんでしょ。つまらないわ」
「俺も驚いている。死を自覚しているのか、……ここの城の関係者かな?」
「わかんない」
男の隣にふわりと降りるとうーんとまた考えだす少女。
「それより、一緒に踊りましょう」
「え」
その手はすっと男の体をすり抜けてしまう。それでも少女の気持ちが伝わったのか男が立ち上がる。
「くるくるくる〜」
「え、ちょっと」
信じられなかった。シャンデリアには灯がともり、部屋は黄金色に輝いている。倒れた柱もくずれた壁も元通り。
男と少女は音楽に合わせて踊っていた。というかほとんど少女がリードして、男はやっとの思いで踊りについていく。お互いに触れられないのでぎこちないものだったが……
「ふふふふふ〜、楽しい」
「おいおい、俺、踊りなんて」
「いいのよ。楽しければいいの」
にっこりとほほ笑む少女は本当に楽しそうだった。ふわりと少女のスカートが花のように広がる。
その時、壁に掛けられた油絵が見えた。小さなティアラを頭に乗せほほ笑む少女の絵。
まさしく今男が一緒に踊っている少女だった。
音楽が止まる。
「ありがとう」
カーテシーをして少女が下がる。
男も頭をかきながらなんとか踊り終えたことに安堵した。
「ねえ、おにーさん」
ずいっと顔を近づけて少女が首をかしげる。さっきの絵画……いや、それ以上に魅力的だった。
「ごめん。俺踊りなんてやったことなくて」
「ううん、違うの。とっても楽しいわ」
「それならよかった」
こんな不思議な状況が続いているのに男はやけに冷静だった。
「次はかくれんぼしましょう」
相変わらず少女ペースで誘われるままに遊びに付き合う男。
「ばぁー! みーつけた!」
「そりゃ、俺、この城の中わかんないし」
すっかり元通りになった廊下で少女に捕まる。というかさっきから何処に隠れてもすぐに見つかる。
「次はおにーさんがわたしを見つけてね」
「あ、ああ」
フヨフヨと消えていく少女。
でも、楽しい。まるで童心に帰ったように男はこの状況をすっかり楽しんでいた。
「おーい、ここかな」
「ざんねーん。見つかっちゃったわ」
少女が隠れていた部屋は全体がピンクだった。壁も扉も小物も全部。
「あ、ここわたしの部屋だわ」
「記憶が戻ったのか」
ふるふると少女が首をふる。
「そうか、ま、いいじゃないか」
「そうね」
これまたピンクの天蓋付きのベッドにゴロゴロとしながら少女が軽く言う。
「それにしてもピンク一色だな」
「うん、好き」
それから少女の話が続いた。季節になると庭一面がピンクの花でおおわれること。よく色んな人と踊ったり歌ったりしたこと。楽しい思い出が語られるのをベッドの隅で腰かけた男は時々相槌を打ちながら聞いた。
肝心の名前等の記憶は戻らないままだったが。
「そろそろ眠るわ」
「そっか、じゃ俺は違う部屋に……って!」
少女が抱き着いてくるが、無情にも体がすり抜ける。
「いや、一緒に寝て」
「男だし」
「いいじゃない。わたし死んでいるんだし。それに私たち触れ合えないじゃない」
「俺が落ち着かない」
「あ、そっか私が傍にいると冷たいわよね……それに幽霊だし」
あわてて、ベッドの隅でうずくまる少女。
「あー、もうわかったよ」
「え、いいの」
冷たい空気が男に体を覆う感触がする。びくっと震えるが嫌な気持ちはしない。
「ありがとう……」
よほど疲れていたのか、すぐに寝息を立て始める男をじっと見ながら、少女はとっくに止まった自分の心臓が再び動き出すのを感じる。
「なんだろ……この気持ち」
胸に手をあてるがやはり心臓は動いていない。でも、暖かい気持ちが少女の中で生まれつつあった。
「ま、いいわ。おやすみのキス」
頬にキスをされた男がぶるっと震える。実際には触れていないのに。
「ふふ、面白い人」
寄り添うようにして少女も眠る。
「おはよう。夜よー」
「って、俺一日中寝ていたのか、なんかすごい疲れた」
窓からの景色は暗闇だった。
「うん、気持ちよさそうに眠っていたから起こさなかったわ。……ふふ」
少女の顔が少し赤いが気のせいだろう。ましてや夢で少女と裸で抱き合っていたなんて言えない。あれはなんだったのか……。
それよりも
「なんてこった。もう帰らないと」
男のパスポートの期限が迫っていたのだ。もともと長く滞在はできなかった。
「え」
少女の顔が凍り付く。なんとなく直感でこの愉快な男が居なくなってしまうということに気が付いたのだ。
「いかないで……」
「ごめん、また金を貯めて旅行に来るから」
「いや」
「ごめんな……」
男は慌てて旅支度を始める。夜の暗闇はともかく、早く出国の手続きをしないと大変なことになる。
少女はずっと泣いていた。
男は無言で頭を撫でて抱き寄せる。実際は仕草をしただけだが、少女が男の腕の中にすっぽり収まる。
なぜだか夢で見た淫らな光景が思い浮かぶが、男が首を振りその妄想を頭から追い出す。
「じゃあ、また」
「うん、またね」
男がいよいよ。城を出ようとした時だった。
「!?」
「え??」
なにかパリンという音が聞こえたと思ったら、少女が男の隣に立っている。
足は無いが……。
「あれ、わたしここから出られないって思ってたのに」
そうなのだ。実はかくれんぼの時、見えない壁のようなものが少女の前に現れ、庭に隠れていた男の傍にはいけなかった。窓も通り抜けることができなかった。
早い話、彼女はずっとこの城から出られなかったのだ。
「どうして」
「わからん。もしかして、俺にとりついた……とか」
「え、ええっ!?」
顔を真っ赤にして涙をこぼす少女。
「えーと、これからよろしく?」
返事の代わりに男に少女が抱き着いて唇を塞ぐ。
「ちゅ……あれ? わ、わたし触れられる」
「ほんとだ。冷たいけど確かに感触が、っていきなりキスとか」
男も少女も真っ赤になる。
「い、行こうか」
「うん♪」
ごまかすように手を引く男。嬉しくて泣きながらほほ笑む少女。
そして、やっと繋がる二人の手。
城を離れると同時に、城は元の廃墟へと戻った。たくさんの人がこれから旅立つ“王女”へ向かって手を振っていたのには二人は気が付かなかった……。
……
このように『廃墟』には軽い気持ちで行ってはいけない。
「何書いてるのー?」
原稿用紙から横でニコニコと笑う少女に視線を向ける男。
「大したものじゃない」
ふーん、といいつつ男の手を取る少女。
「ねえ、それより踊りましょう!」
壁には少女の肖像画、もちろん男が描いたものだ。今は写真よりも絵を描いている。結局少女の正体はわからなかった。絵を売ってお金を貯めては、少女と共に世界中で絵を描く男、隣には彼専属のモデル、いや妻となった少女。
一晩中、踊ったり、かくれんぼしたり、最後には昼と夜が逆転する生活になってしまうからだ。
これを読んだ皆様もどうぞ、ご用心を……。
エピローグ
「次はどこに行きましょうか。あなた」
「そうだな……」
くるくると踊りながら答えにつまる男。
「あなたと一緒なら、わたしはどこだっていいわ」
「というか、俺たち離れられないだろ」
男の腰に腕をまわしてほほ笑む少女。
「それもそうね♪」
どちらとも唇を重ねる二人。
くるくるまわるたびに花のように広がる少女のスカート。
庭にはそろそろ一面にピンクの花が咲く。
18/07/01 01:18更新 / ロボット4頭身