失われたモノ、残された少女
「ダメです。こちらからの魔力制御を受け付けません!」
「システムオールレッド!!」
「冷却、間に合いません!!! サブ魔力ユニット沈黙!」
空中には魔力によって投影された動く絵に読めない赤い文字が見える。
鳴り響く無機質なビー、ビー、という音。
白い服を着た人たちが慌てている様子から、それが異常事態だというのがわかる。
「魔力の取り出しを強制終了させるんだ!!」
「はい!」
男が杖をかざして何事かを詠唱する。
やはりどの術式にもあてはまらない。未知の魔法……。
「ダメです! 完全に制御不能です! 自らを繋げて無理やり魔力を製造しています!!!」
「再起動失敗! こちらもダメです!!」
『シンマリョクブンレツハンノウ、ゲンカイテントッパ、オンドキュウジョウショウチュウ、ダイ3、ダイ4、マリョクボウヘキ、ユウカイ、ケイコクシマス、ショクインハタダチニタイヒシテクダサイ、クリカエシマス……』
人間では無い不思議な声が響く。
「予備魔力回路に切り替わります。このままでは」
「バイパスでなんとか持たせるんだ!」
「やってます。ですが………」
詠唱が止まる……。
鳴りやまない音と声の中、ついに一人の男が動いた。
「わかった。全員退避するんだ。これは命令だ!!」
「「「「博士!!」」」」
「早く逃げなさい。そしてこの技術は永遠に封印するんだ!」
「全員聞いたか! 君たちにはその資格がある。頼むっ!!!」
しばらくハカセと呼ばれた人との別れを惜しむ声が響く。
それを邪魔するかのように無機質な音が大きくなる。
「行くんだ。みんな、生きてくれ!!!!」
投影された動く絵には、白い服を着た人々が一斉に部屋から逃げ出す様子がうかがえる。
「くそっ! 何が無限の魔力製造技術だ!! やはり我々人間がこれを操り、ましてや、管理するなんてできなかったんだ」
取り残された男がなおも魔法の詠唱を続ける。
その瞬間、ものすごい勢いで動く絵が切り替わり続ける。
「せめて最小限に!!」
鳴り響く音の中、最後の力を振り絞るようにして男は詠唱を続けた……そして、片隅に写った動く絵を見てニヤリと笑う。
「よし、全員、研究所から逃げたようだな……あとは…を…ぐっ」
絵が別の部屋に切り替わる。
「たったの……ガガッ…で……このザマだ。……ザザッ、壁なんていくら……て…む……」
途切れ途切れになる動く絵。男の声がだんだん聴きとれなくなる。
そして、何かを外している音が聞こえだした。
「希望がない……ザザッ…パンドラのはこを……開け……」
『シュツリョク、イチハチハチマルマルトウタツ』
たくさんの細い色とりどりのロープで繋がれた〇〇が無機質に言う。
「今までありがとう。君も逃げるんだ……ザザッ……」
〇〇は首をふる。
『ダメデス。ハヤクタイヒシテクダサイ』
「断る。さあ自由だ……。そして君も伝えてくれ。あの……ガガッ……魔……法技術を封印するんだ……この……シェルターは…元々きみのものだ…ざざっ…私には小さすぎる……」
『ソレハメイレイデスカ』
「そうだ……ザザッ…君にしかできない…」
『……』
「頼んだ」
ガチャ
くずれていく部屋。
最後までほほ笑むハカセと呼ばれた男……。
そこでこの動く絵は終わった。
「これが私に記録されたすべてです」
小さな少女がかざしていた手を引っ込める。消える動く絵。
少女といっても奇妙だった。動く度になにかウィィィンという聞き慣れない音がかすかに聞こえてくる。関節からは例の細いヒモのようなものが見える。
最初は天使が居たと思った。
綺麗な不思議な色の長い髪、光輝く瞳……。それに加えて均整のとれた顔。時々首を傾げたりして、無表情だが、その仕草のどれを見ても美しい。ある意味、動く芸術品のようだ。
気が付けば、俺はこの美しい少女に心奪われていた。
まるであの映像の最後にあった人形のように……。人形といってもたくさんの細いロープで繋がれていて同じ彼女とは思えなかったが……。
いや、あれはやはり少女なのだろう。
初めてこの洞窟で彼女を見かけた時、紹介された名前はセイゾウバンゴウ、シーニーマルオーエヌゼットワイユーゼロとかいう意味のわからない名前だった。
俺は教団で魔法技術を研究している者だ。勢力拡大を狙う魔物に対抗すべく『呪われた地』と語り継がれる秘境中の秘境へ、遠い過去に失われたという巨大な力を求めてやってきた。
それは恐れ多くも『神』の力だと言う。
そして、この地へと単独で派遣され、彼女と出会った。
いきなり手をつかまれて指をしゃぶられて『認証登録』とかいうのには驚いたが……。
「そうか、これが真実か……」
俺は座り込む。こんなの無理じゃないか、少なくともあの動く絵を見せられてから絶望が大きくなる。
「それでここらあたりは草木も生えない砂漠だったわけだな」
実は動く絵には続きがあった。彼女に出会う前の道で同様の動く絵を見たのだ。
空からここと思われる場所で起きた悲劇を同様の動く絵が教えてくれた。どうやって空からこの地を見ることができたかはわからないが……。とにかく彼女のキロクという物を見たことで先ほどの絵との繋がりがわかったという訳だ。
最初に目もくらむ光。
すさまじい膨大な魔力の暴走と爆発。
草木は一瞬で蒸発して、後には何も残らない。
一体何百年…いや、もしかしたら何千年も前のものかもしれないが、これで地図に刻まれた丸い砂漠の謎が解けた。
「あのマスター?」
「ああ、ごめんごめん、考え込むとどうも長くてね……」
少女が隣に腰掛ける。彼女の正体は魔物娘だ。これでも魔力の流れに関しては敏感だ。あふれでる魔力……さきほどの理解できない技術との融合体。
確か、何体か違う場所でも発掘されていた『オートマトン』とかいう存在だ。
以前の彼女だったらどうだかわからなかったが、魔物娘が人を傷つけないということは魔力や魔法に関する最新の勉強をした奴なら知っている。
ま、上の教団の奴らは認めないがな。
言ったところで、研究論文が握りつぶされる。そして最悪、魔物に取り付かれた。とか言われて俺は消されるだろう。
「マスター?」
「ん、もしかして、そのマスターって俺のことか?」
「はい、わたしを見つけてくれた、マスターがわたしのマスターです」
なにが嬉しいのか俺の手を握り締めてくる。冷たいと思った彼女の手は柔らかく暖かかった。
「さて、これからどうしようか」
もう教団には帰る気はしなかった。親魔物領に行くのがいいだろう。そこの方が俺の研究もつづけられるし、……そして何よりも優先すべきことができた。
「?」
この子も連れて行ってあげないとな。こんな寂しい所でずっと一人でここを守っていた少女。魔物化してもあのハカセの想いを忘れなかったのだろう。
そして、彼女は自らを“壊れている”と言っていた。見かけではわからないが、“めんてなんす”という作業が必要らしい、これも親魔物領へ行けばきっと彼女をめんてなんすできる手掛かりがつかめるに違いない。
「一緒に来てくれるか?」
「はい、……ですが。ここは」
少女の頭を撫でながら言う。
「大丈夫だ。ここのことは誰にも言わないし。元々立ち入り禁止だったんだ。俺が国に帰らなければ尚のことここに近づく人間は居なくなる」
送り出されるときわかっていた。失われた技術なんてそんなモンだ。教団が『神』の名の元に、神の力を使い出すなんて考えただけでもゾッとする。少なくともあの破壊しか生み出さない魔法技術は封印されたのだ。あんな悲惨な過去を繰り返してはいけない。もし……アレが復活したらきっと、魔物も人もみんな滅びるだろう。
何も残らない。
そもそもここを掘り返しても何もできないだろう。すべてはみんな彼女を残して壊れたに違いない。
「過去のあんたらに希望は無かったかもしれないが、少なくとも……彼女は無事だぁぁ!!!」
俺は洞窟の奥に向かって叫ぶ。
「行こうか?」
「はい!」
俺が立ちあがると少女が腕を絡ませてくる。無表情だけど嬉しそうだ。
少女を見ると目から涙をこぼしていた。
「泣いているのか」
「わかりません。冷却機関に問題が生じています……この機能は……いえ、やはり、わたしは壊れているんです。冷却水が溢れてきます。止まりません……ぐすっ…」
少女の髪をくしゃっと撫でる。
「ううっ……わたしはわたしは…」
「悲しい時は泣くもんだ……その、最初はとまどうかもしれないが」
抱きしめ合う二人、いままで抑えていた感情がいっきにあふれたのだろう。
大声でかつてキカイだった彼女は泣いた。魔物へと生まれ変わったとしても消えることのない記憶。
それは、何千年の孤独の中でやっとひとりでは無くなったことへの喜びか、ハカセを助けることが出来なかったことへの償いか……。
わからない。
でも、ようやく少女は出られるのだ。この暗く冷たい洞窟から、太陽は彼女の瞳にどのように映るのだろう……。すっかり変わった世界がせめて少女にとって幸せでありますように……。
「どうだ、落ち着いたか」
「はい……」
やがて泣き止んだ少女の手を取る男。
いや、必ず幸せにしてみせる。
「行こうか」
「はい! マスター」
そして、少女と男の旅が始まった。
「システムオールレッド!!」
「冷却、間に合いません!!! サブ魔力ユニット沈黙!」
空中には魔力によって投影された動く絵に読めない赤い文字が見える。
鳴り響く無機質なビー、ビー、という音。
白い服を着た人たちが慌てている様子から、それが異常事態だというのがわかる。
「魔力の取り出しを強制終了させるんだ!!」
「はい!」
男が杖をかざして何事かを詠唱する。
やはりどの術式にもあてはまらない。未知の魔法……。
「ダメです! 完全に制御不能です! 自らを繋げて無理やり魔力を製造しています!!!」
「再起動失敗! こちらもダメです!!」
『シンマリョクブンレツハンノウ、ゲンカイテントッパ、オンドキュウジョウショウチュウ、ダイ3、ダイ4、マリョクボウヘキ、ユウカイ、ケイコクシマス、ショクインハタダチニタイヒシテクダサイ、クリカエシマス……』
人間では無い不思議な声が響く。
「予備魔力回路に切り替わります。このままでは」
「バイパスでなんとか持たせるんだ!」
「やってます。ですが………」
詠唱が止まる……。
鳴りやまない音と声の中、ついに一人の男が動いた。
「わかった。全員退避するんだ。これは命令だ!!」
「「「「博士!!」」」」
「早く逃げなさい。そしてこの技術は永遠に封印するんだ!」
「全員聞いたか! 君たちにはその資格がある。頼むっ!!!」
しばらくハカセと呼ばれた人との別れを惜しむ声が響く。
それを邪魔するかのように無機質な音が大きくなる。
「行くんだ。みんな、生きてくれ!!!!」
投影された動く絵には、白い服を着た人々が一斉に部屋から逃げ出す様子がうかがえる。
「くそっ! 何が無限の魔力製造技術だ!! やはり我々人間がこれを操り、ましてや、管理するなんてできなかったんだ」
取り残された男がなおも魔法の詠唱を続ける。
その瞬間、ものすごい勢いで動く絵が切り替わり続ける。
「せめて最小限に!!」
鳴り響く音の中、最後の力を振り絞るようにして男は詠唱を続けた……そして、片隅に写った動く絵を見てニヤリと笑う。
「よし、全員、研究所から逃げたようだな……あとは…を…ぐっ」
絵が別の部屋に切り替わる。
「たったの……ガガッ…で……このザマだ。……ザザッ、壁なんていくら……て…む……」
途切れ途切れになる動く絵。男の声がだんだん聴きとれなくなる。
そして、何かを外している音が聞こえだした。
「希望がない……ザザッ…パンドラのはこを……開け……」
『シュツリョク、イチハチハチマルマルトウタツ』
たくさんの細い色とりどりのロープで繋がれた〇〇が無機質に言う。
「今までありがとう。君も逃げるんだ……ザザッ……」
〇〇は首をふる。
『ダメデス。ハヤクタイヒシテクダサイ』
「断る。さあ自由だ……。そして君も伝えてくれ。あの……ガガッ……魔……法技術を封印するんだ……この……シェルターは…元々きみのものだ…ざざっ…私には小さすぎる……」
『ソレハメイレイデスカ』
「そうだ……ザザッ…君にしかできない…」
『……』
「頼んだ」
ガチャ
くずれていく部屋。
最後までほほ笑むハカセと呼ばれた男……。
そこでこの動く絵は終わった。
「これが私に記録されたすべてです」
小さな少女がかざしていた手を引っ込める。消える動く絵。
少女といっても奇妙だった。動く度になにかウィィィンという聞き慣れない音がかすかに聞こえてくる。関節からは例の細いヒモのようなものが見える。
最初は天使が居たと思った。
綺麗な不思議な色の長い髪、光輝く瞳……。それに加えて均整のとれた顔。時々首を傾げたりして、無表情だが、その仕草のどれを見ても美しい。ある意味、動く芸術品のようだ。
気が付けば、俺はこの美しい少女に心奪われていた。
まるであの映像の最後にあった人形のように……。人形といってもたくさんの細いロープで繋がれていて同じ彼女とは思えなかったが……。
いや、あれはやはり少女なのだろう。
初めてこの洞窟で彼女を見かけた時、紹介された名前はセイゾウバンゴウ、シーニーマルオーエヌゼットワイユーゼロとかいう意味のわからない名前だった。
俺は教団で魔法技術を研究している者だ。勢力拡大を狙う魔物に対抗すべく『呪われた地』と語り継がれる秘境中の秘境へ、遠い過去に失われたという巨大な力を求めてやってきた。
それは恐れ多くも『神』の力だと言う。
そして、この地へと単独で派遣され、彼女と出会った。
いきなり手をつかまれて指をしゃぶられて『認証登録』とかいうのには驚いたが……。
「そうか、これが真実か……」
俺は座り込む。こんなの無理じゃないか、少なくともあの動く絵を見せられてから絶望が大きくなる。
「それでここらあたりは草木も生えない砂漠だったわけだな」
実は動く絵には続きがあった。彼女に出会う前の道で同様の動く絵を見たのだ。
空からここと思われる場所で起きた悲劇を同様の動く絵が教えてくれた。どうやって空からこの地を見ることができたかはわからないが……。とにかく彼女のキロクという物を見たことで先ほどの絵との繋がりがわかったという訳だ。
最初に目もくらむ光。
すさまじい膨大な魔力の暴走と爆発。
草木は一瞬で蒸発して、後には何も残らない。
一体何百年…いや、もしかしたら何千年も前のものかもしれないが、これで地図に刻まれた丸い砂漠の謎が解けた。
「あのマスター?」
「ああ、ごめんごめん、考え込むとどうも長くてね……」
少女が隣に腰掛ける。彼女の正体は魔物娘だ。これでも魔力の流れに関しては敏感だ。あふれでる魔力……さきほどの理解できない技術との融合体。
確か、何体か違う場所でも発掘されていた『オートマトン』とかいう存在だ。
以前の彼女だったらどうだかわからなかったが、魔物娘が人を傷つけないということは魔力や魔法に関する最新の勉強をした奴なら知っている。
ま、上の教団の奴らは認めないがな。
言ったところで、研究論文が握りつぶされる。そして最悪、魔物に取り付かれた。とか言われて俺は消されるだろう。
「マスター?」
「ん、もしかして、そのマスターって俺のことか?」
「はい、わたしを見つけてくれた、マスターがわたしのマスターです」
なにが嬉しいのか俺の手を握り締めてくる。冷たいと思った彼女の手は柔らかく暖かかった。
「さて、これからどうしようか」
もう教団には帰る気はしなかった。親魔物領に行くのがいいだろう。そこの方が俺の研究もつづけられるし、……そして何よりも優先すべきことができた。
「?」
この子も連れて行ってあげないとな。こんな寂しい所でずっと一人でここを守っていた少女。魔物化してもあのハカセの想いを忘れなかったのだろう。
そして、彼女は自らを“壊れている”と言っていた。見かけではわからないが、“めんてなんす”という作業が必要らしい、これも親魔物領へ行けばきっと彼女をめんてなんすできる手掛かりがつかめるに違いない。
「一緒に来てくれるか?」
「はい、……ですが。ここは」
少女の頭を撫でながら言う。
「大丈夫だ。ここのことは誰にも言わないし。元々立ち入り禁止だったんだ。俺が国に帰らなければ尚のことここに近づく人間は居なくなる」
送り出されるときわかっていた。失われた技術なんてそんなモンだ。教団が『神』の名の元に、神の力を使い出すなんて考えただけでもゾッとする。少なくともあの破壊しか生み出さない魔法技術は封印されたのだ。あんな悲惨な過去を繰り返してはいけない。もし……アレが復活したらきっと、魔物も人もみんな滅びるだろう。
何も残らない。
そもそもここを掘り返しても何もできないだろう。すべてはみんな彼女を残して壊れたに違いない。
「過去のあんたらに希望は無かったかもしれないが、少なくとも……彼女は無事だぁぁ!!!」
俺は洞窟の奥に向かって叫ぶ。
「行こうか?」
「はい!」
俺が立ちあがると少女が腕を絡ませてくる。無表情だけど嬉しそうだ。
少女を見ると目から涙をこぼしていた。
「泣いているのか」
「わかりません。冷却機関に問題が生じています……この機能は……いえ、やはり、わたしは壊れているんです。冷却水が溢れてきます。止まりません……ぐすっ…」
少女の髪をくしゃっと撫でる。
「ううっ……わたしはわたしは…」
「悲しい時は泣くもんだ……その、最初はとまどうかもしれないが」
抱きしめ合う二人、いままで抑えていた感情がいっきにあふれたのだろう。
大声でかつてキカイだった彼女は泣いた。魔物へと生まれ変わったとしても消えることのない記憶。
それは、何千年の孤独の中でやっとひとりでは無くなったことへの喜びか、ハカセを助けることが出来なかったことへの償いか……。
わからない。
でも、ようやく少女は出られるのだ。この暗く冷たい洞窟から、太陽は彼女の瞳にどのように映るのだろう……。すっかり変わった世界がせめて少女にとって幸せでありますように……。
「どうだ、落ち着いたか」
「はい……」
やがて泣き止んだ少女の手を取る男。
いや、必ず幸せにしてみせる。
「行こうか」
「はい! マスター」
そして、少女と男の旅が始まった。
18/07/10 21:28更新 / ロボット4頭身