中編:悪夢は徐々に現実へ
男の体の上で、私は跳ねる。
あえぎ声を上げながら、悦楽の中にも命を削られていく苦しみを交えた声をBGMに。
私が腰を上げ、そしてその男に打ち付けるたび、苦悶の声を上げて男は腰を痙攣させる。
既に脳は人外の快楽に焼ききれているだろう。
理性などというものは、既にこの男には無い。
だがしかし、理性を焼ききられ、残された本能が男の中で騒ぐのだろう。
このままでは自分は死んでしまう、と。
故に、本能は体を動かすが、それを私は腰の動き一つで押さえ込んでしまう。
難しいことではない。
サキュバスとはそういう生命体だ。
向こうが本能で生き延びようとするのなら、こちらは理性と本能で相手を吸い殺しにかかる。
「んぅ……ねぇ、どう? 命が削られる悦楽は? まっすぐに死に向かうというのにひたすら快楽を与えられるという苦痛は? 最高でしょう?」
私は男の顔に自身の顔を近づけそう問いかける。
返答は……無い。
「ふふふ……もう答える余裕も無いのね。まぁ、それでもあなたは並みの人間よりは楽しめたわ。だって、並の人間だったら一回腰を振っただけで死んじゃうんですもの」
そういうと、私は腰の動きを早める。
それを感じて、私は思わず叫んだ。
やめて! そんな事しないで!!
しかし、私の声は届かない。
男の命は最早風前の灯。
そんな状態なのにサキュバスの本気の性交をやってしまったら……
「それじゃあ、さようなら、おじさま。恨むのでしたら、私たちに手を出した己を恨んでくださいな」
だめ、殺しちゃだめ……! やめて……やめてぇ!!!
私の叫び声と同時に、男は最後の精を放つ。
ろうそくが燃え尽きる直前、一際大きく燃え上がるように、最後の精ゆえに濃厚で熱い精液が胎内に広がっていく。
私はそれを感じて……
「あは、あはははははははは!!」
いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!
笑っていた。/泣いていた。
※ ※ ※
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「っ!? 隊長!?」
誰かの声が聞こえた気がしたが、私にはそんな事を気にしている余裕は無かった。
また殺してしまった、また私が殺してしまった。
「やだ! やだぁ!! なんで、どうしてぇ!!?」
「落ち着いてください隊長! 隊長!!」
誰かが私の体を押さえ込む。
しかし、その手を振り払い、私はのたうちまわる。
「いやぁ!! もういやなのぉ!! 殺したくないのぉ!! 殺したくないのに……! 殺したくないのにぃ!!!」
「メリル!!」
パシンッ
「……あ」
「落ち着きました?」
「私、また殺して……?」
「殺してませんよ。だから落ち着いてください……もっと早く起こしておけばよかったですね。またあの夢ですか?」
「……違う夢。でも内容は同じ。私が吸って殺す夢」
頬から伝わる熱を帯びた痛みが私を冷静にさせる。
周りを見渡せばそこはスタッフルーム。
しかし、窓から差し込む日の光は既に橙色に染まっている。
「あの後、寝ちゃったんですよ。具合が悪そうでしたし、起きるまでそっとしておこうとしたんですが……」
「いえ、いいの。ありがとう」
寝る前より視界は安定しているが、しかし背筋の寒気が収まらない。
あの夢を見たときはいつもこうなる。
立ち上がろうとするのを、アネッタに止められた。
「今日はうちに泊まっていってください。その状態で帰るの、辛いでしょう?」
「……そう、ね。でもいいの?」
「ええ。どうせ私も独り身ですし。それに隊長も誰か傍にいたほうがいいと思います」
「ありがとう……それと、私はもう隊長じゃないわ。むしろあなたが上司でしょうに」
「……そうでしたね」
そこまで言うと、アネッタは立ち上がり、扉へと向かう。
「……メリル、私が戻ってくるまでそこで休んでること。いい?」
「……分かりました、マスター」
その言葉をきっかけに、私とアネッタの関係は元上司と元部下の関係から部下と上司の関係になる。
そのほうが自分にとっては気が楽だ。
軍と言う場所いれば、かつてやってきたことを思い出して辛いからという理由で軍をやめ、逃げ出した私にとっては、そのほうが楽だった。
窓を見ると、次第に夕日も沈んでいった。
※ ※ ※
私は夜が嫌いだ。
いや、嫌いとは違うだろう。
私は夜が怖いのだ。
だって、夜は寝なければならないから。
寝たら、あの夢を……かつての私が人を殺す夢を見ることになってしまうから。
だから私は……夜が怖い。
アネッタの家は喫茶店の二階にある。
彼女の部屋のベッドを背もたれに、私はただただじっと床に座り込み、眠気に対抗していた。
「……まだ起きてたんですね」
先ほどまで帳簿やその他のこまごまとした書類の仕事をしていたアネッタが部屋に入るなり、私の現状を見てため息をついた。
私はアネッタに気が付くと、ほっと安堵のため息をつく。
「あの泣く子も黙る夜の女帝も、ずいぶん可愛らしくなってしまいましたね」
「……その呼び方は止めて」
夜の女帝とは、かつての私の二つ名みたいな物だった。
立ちふさがるものをなぎ払い、一度目を付けられた人間に未来は無い。
その絶対的な力故に、私はそう呼ばれていた。
昔はそれが誇らしかったが、今はそれを聞いても頭が痛くなるだけだ。
現に、今もガンガンと頭は金槌で殴られているかのように痛む。
すみません、と私に軽く謝ったアネッタは、私を連れてベッドへと入る。
私は、それに抵抗しない。
「今日はもう疲れたでしょう? もう寝てしまいましょう。大丈夫、私が一緒にいます」
「……うん、ありがとう」
母の胸に抱かれる安心感という物は、きっと今自分が感じているような物だろう。
柄にも無いことを考えながら、私は目を閉じた。
やはり、その日もあの夢を見た。
もっとも、叫びながら飛び起きるということは無かったが。
※ ※ ※
今日も今日とて生きる糧を得る為の労働を終え、私は家路へとつく。
そんな私の視界に映るのは、町のあちこちで己の伴侶と幸せそうにしている魔物や、まだ見ぬ伴侶を求めて道を行き交う魔物。
もちろん、羨ましいとは思う。
私だって幸せを手に入れたいのだ。
でも、私の心がそれを許さない。
周りに何も悪くないといわれようと、私の心が私を裁く。
責められず、裁かれない故に永遠に私を縛り付ける罪の鎖。
だから私は自分の幸せを求めるための行動を起こさない。
それでいいのだと言い聞かせながら。
苦しむのがお似合いだと自分に言い聞かせながら。
そうして家にたどり着いたとき、ふと私は家の前に誰かが立っていることに気が付いた。
暗がりで見えないが……多分、男。
男からの視線を受けると気持ち悪くなるというのに、自分が男を察する感覚がなくなっていないことに自嘲しながら、家の前にずっといられるのも迷惑なので、なんとかこらえて声をかけることにした。
「……あの」
「へ? あ、何ですか?」
振り向いた男の顔を見て、多少ふらつきながらも、私は言葉を続ける。
「あの、私の家に……なにか?」
「……ここ、あなたの家ですか?」
ふと、男から放たれる空気が変わる。
その空気に、私の背筋は凍りついたかのように冷たくなる。
けど、これはいつものように男の視線を受けて冷たくなるというようなものではない。
これは……恐怖?
急に変わった男の様子に、私が何の行動も起こせずにうこけずにいると、ふと放つ空気を緩めて、男はにこやかな笑みを浮かべてて口を開いた。
「すみません、ここにいては邪魔ですよね。それじゃ、僕はこれで」
そういうと、男は立ち去って言った。
何をされたわけでもない。
ただ声をかけられただけ。
だというのに、私は男が立ち去り、男の足跡が聞こえなくなると、その場にへたり込んだ。
「…………」
口の中がからからに乾き、唇もパサパサになる。
原因は、先ほど感じた空気ももちろんある。
しかし、もっとも決定的なのは……
私を見つめる顔に浮かぶ、あの笑みだった。
あの顔を私は知っている。
なぜなら他でもない、私があのような顔を何度もしていたから。
獲物を見つけたときに浮かべる、そんな笑みが浮かんだ顔を。
あえぎ声を上げながら、悦楽の中にも命を削られていく苦しみを交えた声をBGMに。
私が腰を上げ、そしてその男に打ち付けるたび、苦悶の声を上げて男は腰を痙攣させる。
既に脳は人外の快楽に焼ききれているだろう。
理性などというものは、既にこの男には無い。
だがしかし、理性を焼ききられ、残された本能が男の中で騒ぐのだろう。
このままでは自分は死んでしまう、と。
故に、本能は体を動かすが、それを私は腰の動き一つで押さえ込んでしまう。
難しいことではない。
サキュバスとはそういう生命体だ。
向こうが本能で生き延びようとするのなら、こちらは理性と本能で相手を吸い殺しにかかる。
「んぅ……ねぇ、どう? 命が削られる悦楽は? まっすぐに死に向かうというのにひたすら快楽を与えられるという苦痛は? 最高でしょう?」
私は男の顔に自身の顔を近づけそう問いかける。
返答は……無い。
「ふふふ……もう答える余裕も無いのね。まぁ、それでもあなたは並みの人間よりは楽しめたわ。だって、並の人間だったら一回腰を振っただけで死んじゃうんですもの」
そういうと、私は腰の動きを早める。
それを感じて、私は思わず叫んだ。
やめて! そんな事しないで!!
しかし、私の声は届かない。
男の命は最早風前の灯。
そんな状態なのにサキュバスの本気の性交をやってしまったら……
「それじゃあ、さようなら、おじさま。恨むのでしたら、私たちに手を出した己を恨んでくださいな」
だめ、殺しちゃだめ……! やめて……やめてぇ!!!
私の叫び声と同時に、男は最後の精を放つ。
ろうそくが燃え尽きる直前、一際大きく燃え上がるように、最後の精ゆえに濃厚で熱い精液が胎内に広がっていく。
私はそれを感じて……
「あは、あはははははははは!!」
いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!
笑っていた。/泣いていた。
※ ※ ※
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「っ!? 隊長!?」
誰かの声が聞こえた気がしたが、私にはそんな事を気にしている余裕は無かった。
また殺してしまった、また私が殺してしまった。
「やだ! やだぁ!! なんで、どうしてぇ!!?」
「落ち着いてください隊長! 隊長!!」
誰かが私の体を押さえ込む。
しかし、その手を振り払い、私はのたうちまわる。
「いやぁ!! もういやなのぉ!! 殺したくないのぉ!! 殺したくないのに……! 殺したくないのにぃ!!!」
「メリル!!」
パシンッ
「……あ」
「落ち着きました?」
「私、また殺して……?」
「殺してませんよ。だから落ち着いてください……もっと早く起こしておけばよかったですね。またあの夢ですか?」
「……違う夢。でも内容は同じ。私が吸って殺す夢」
頬から伝わる熱を帯びた痛みが私を冷静にさせる。
周りを見渡せばそこはスタッフルーム。
しかし、窓から差し込む日の光は既に橙色に染まっている。
「あの後、寝ちゃったんですよ。具合が悪そうでしたし、起きるまでそっとしておこうとしたんですが……」
「いえ、いいの。ありがとう」
寝る前より視界は安定しているが、しかし背筋の寒気が収まらない。
あの夢を見たときはいつもこうなる。
立ち上がろうとするのを、アネッタに止められた。
「今日はうちに泊まっていってください。その状態で帰るの、辛いでしょう?」
「……そう、ね。でもいいの?」
「ええ。どうせ私も独り身ですし。それに隊長も誰か傍にいたほうがいいと思います」
「ありがとう……それと、私はもう隊長じゃないわ。むしろあなたが上司でしょうに」
「……そうでしたね」
そこまで言うと、アネッタは立ち上がり、扉へと向かう。
「……メリル、私が戻ってくるまでそこで休んでること。いい?」
「……分かりました、マスター」
その言葉をきっかけに、私とアネッタの関係は元上司と元部下の関係から部下と上司の関係になる。
そのほうが自分にとっては気が楽だ。
軍と言う場所いれば、かつてやってきたことを思い出して辛いからという理由で軍をやめ、逃げ出した私にとっては、そのほうが楽だった。
窓を見ると、次第に夕日も沈んでいった。
※ ※ ※
私は夜が嫌いだ。
いや、嫌いとは違うだろう。
私は夜が怖いのだ。
だって、夜は寝なければならないから。
寝たら、あの夢を……かつての私が人を殺す夢を見ることになってしまうから。
だから私は……夜が怖い。
アネッタの家は喫茶店の二階にある。
彼女の部屋のベッドを背もたれに、私はただただじっと床に座り込み、眠気に対抗していた。
「……まだ起きてたんですね」
先ほどまで帳簿やその他のこまごまとした書類の仕事をしていたアネッタが部屋に入るなり、私の現状を見てため息をついた。
私はアネッタに気が付くと、ほっと安堵のため息をつく。
「あの泣く子も黙る夜の女帝も、ずいぶん可愛らしくなってしまいましたね」
「……その呼び方は止めて」
夜の女帝とは、かつての私の二つ名みたいな物だった。
立ちふさがるものをなぎ払い、一度目を付けられた人間に未来は無い。
その絶対的な力故に、私はそう呼ばれていた。
昔はそれが誇らしかったが、今はそれを聞いても頭が痛くなるだけだ。
現に、今もガンガンと頭は金槌で殴られているかのように痛む。
すみません、と私に軽く謝ったアネッタは、私を連れてベッドへと入る。
私は、それに抵抗しない。
「今日はもう疲れたでしょう? もう寝てしまいましょう。大丈夫、私が一緒にいます」
「……うん、ありがとう」
母の胸に抱かれる安心感という物は、きっと今自分が感じているような物だろう。
柄にも無いことを考えながら、私は目を閉じた。
やはり、その日もあの夢を見た。
もっとも、叫びながら飛び起きるということは無かったが。
※ ※ ※
今日も今日とて生きる糧を得る為の労働を終え、私は家路へとつく。
そんな私の視界に映るのは、町のあちこちで己の伴侶と幸せそうにしている魔物や、まだ見ぬ伴侶を求めて道を行き交う魔物。
もちろん、羨ましいとは思う。
私だって幸せを手に入れたいのだ。
でも、私の心がそれを許さない。
周りに何も悪くないといわれようと、私の心が私を裁く。
責められず、裁かれない故に永遠に私を縛り付ける罪の鎖。
だから私は自分の幸せを求めるための行動を起こさない。
それでいいのだと言い聞かせながら。
苦しむのがお似合いだと自分に言い聞かせながら。
そうして家にたどり着いたとき、ふと私は家の前に誰かが立っていることに気が付いた。
暗がりで見えないが……多分、男。
男からの視線を受けると気持ち悪くなるというのに、自分が男を察する感覚がなくなっていないことに自嘲しながら、家の前にずっといられるのも迷惑なので、なんとかこらえて声をかけることにした。
「……あの」
「へ? あ、何ですか?」
振り向いた男の顔を見て、多少ふらつきながらも、私は言葉を続ける。
「あの、私の家に……なにか?」
「……ここ、あなたの家ですか?」
ふと、男から放たれる空気が変わる。
その空気に、私の背筋は凍りついたかのように冷たくなる。
けど、これはいつものように男の視線を受けて冷たくなるというようなものではない。
これは……恐怖?
急に変わった男の様子に、私が何の行動も起こせずにうこけずにいると、ふと放つ空気を緩めて、男はにこやかな笑みを浮かべてて口を開いた。
「すみません、ここにいては邪魔ですよね。それじゃ、僕はこれで」
そういうと、男は立ち去って言った。
何をされたわけでもない。
ただ声をかけられただけ。
だというのに、私は男が立ち去り、男の足跡が聞こえなくなると、その場にへたり込んだ。
「…………」
口の中がからからに乾き、唇もパサパサになる。
原因は、先ほど感じた空気ももちろんある。
しかし、もっとも決定的なのは……
私を見つめる顔に浮かぶ、あの笑みだった。
あの顔を私は知っている。
なぜなら他でもない、私があのような顔を何度もしていたから。
獲物を見つけたときに浮かべる、そんな笑みが浮かんだ顔を。
13/05/17 23:36更新 / 日鞠朔莉
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