前編:続く悪夢、罪悪感
時は魔王が代替わりしてからはや数年。
魔は人類の敵から隣人となり、さらには伴侶となった。
だが、全ての魔物が完全に人類の隣人になれたかと言うと、そういうわけでもなかったりする。
ここで一つ勘違いしないでいただきたいことは、隣人になっていない魔物=人を性的な意味ではなく襲う魔物と言うわけではないと言うことだ。
まぁつまりどういうことかと言うと、これは実例を見たほうが早いだろう。
この物語のヒロインはとある親魔物領の街に住むサキュバス。
人として生まれ、魔物化したサキュバスではなく、生まれたときからの生粋のサキュバスだ。
※ ※ ※
朝、目が覚めるたびに私がまずいの一番に感じるのは、拭いきれぬほどの罪悪感だ。
あの日、魔王が代替わりし、魔物と言う存在が根底から変わったあの日から、私はこの罪悪感にさいなまれ続けている。
重い体をなんとか引きずり、洗面所に向かった私は、鏡に映る自分の顔を見て一言。
「……酷い顔」
魔物と言う特性上、目の下に酷い隈があったり肌が荒れに荒れているというわけではないが、目の光は濁り気味だ。
目もここの所半開きの状態しか見たことが無い。
昔はもう少し目はしっかりと開かれ、瞳もきらきらと輝いていただろう。
だというのに、今の私ときたら……
じっと鏡を見ていたところで憂鬱になるだけなので、冷水で手早く顔を洗う。
残念ながら、顔を洗ったところで酷い顔が治ったりはしなかった。
むしろ冷水の冷たさに顔がしかめられ、先ほど以上に酷いことになっている。
顔をタオルで雑に拭き、キッチンへ向かった私は、かごの中にあるコップに水を注ぎそれを一口で飲み干す。
一息つくと、もう一度コップに水を注ぎ、キッチンの脇にあった瓶から錠剤を3粒取り出し、口に放り込み、水で流し込んだ。
……味気ない、というか不味い。
分かりきっていたことだが、毎回思う。
酷い味だ、と。
今飲んだ錠剤はサバトが開発した精の補給剤。
魔物の力の源は精だ。
それは決して自分の体の中では作り出せず、食物でもそうそう補給できるものではない。
精とは言えば男の精液を経口なり経膣なりの方法で胎内に取り込むことにより補給することが出来るものだ。
では、精液を提供してくれる相手……恋人なり夫なりがいない魔物はどうやって活動しているのか?
その答えがこの錠剤である。
この錠剤は精を凝縮し、錠剤の形にしたもので、これを飲むだけで精が補給できるという優れものだ。
ただ、世の中うまいだけの話など無い。
この補給剤で取り込んだ精は、酷く味気ないのだ。
まるで長時間煮込み、それをさらに水で極限まで薄くしたおもゆの上澄みを飲むが如く味気ない。
人間が食事の際味も楽しむように、魔物は精の味も楽しむもの。
これはその楽しみを一切省いた、まさに精を補給するためだけの物だ。
私の知り合いもこれを飲んでいる魔物が多くいるが、その誰もがこの味気なさを感じるたび、絶対伴侶を見つけてやる! と言う気になっているらしい。
もしかしたら、その思いを喚起させるという目的もあって、わざとこのような味気ない調合をしたのかもしれない。
もっとも、私は例え味気なかろうと、この補給剤以外で精を取り込むようになることは無いだろうと確信めいた予感を持っているが。
「そう言えば、今日も仕事あったっけ……嫌だけど、いかなきゃ……」
どんよりとした空気を纏わせながら、私は味気ない補給を終え、身支度を整えると家を出た。
※ ※ ※
自分では酷いと思っているこの顔は、しかしながら世間ではなぜか高評価を受けていたりする。
なんでも「陰のある女はいいものだ」だそうだ。
……くだらない。
昔の私であればそのような言葉に一喜一憂していたのだろうが、今の私はそんな言葉に心を躍らせるほど余裕が無いのだ。
だが、余裕が無いとはいえ生きるためには先立つものが必要。
それは今では人も魔物も同じだ。
よって、魔物である私も働かなければならない。
現在私が居るのはバイト先。
ちょっと小洒落た喫茶店だ。
私はここでウェイトレスをしている。
ここのほかにもバイト先はあったのだが、ここには先に知り合いが勤めていたから私もここにしている。
別にその知り合いと特別親しいわけではない。
ただ、今の私にはいろいろな意味で私をフォローしてくれる存在が必要なのだ。
私の事情を知っているような。
「お待たせしました」
注文を受けたメニューを客席に運ぶ。
私がメニューを運んだ先に居るのは二人組みの男性。
その男性は、サキュバスである私を熱に浮かれたような視線で見つめる。
まっすぐに、じっとりとした視線で私を見つめる。
普通の魔物であればその視線を向けられれば体が熱くなるのだろう。
しかし、私の体はじょじょに、じょじょに冷たくなっていく。
熱のこもった視線を向けられるたび、私の視界はぐるぐる回る。
ぐるぐると正解が回り、何も入っていないはずの胃が、ありもしない内容物を食道へと押し上げていく。
やばい、今まではここまではならなかったのに、どうして今日はこんなに……
やがて、足に力が入らなくなり、そのばに倒れこみそうになったとき、ふとなにかに支えられる。
「大丈夫ですか?」
「あ……リタ……」
「……大丈夫じゃなさそうですね。顔が真っ青……副たいちょ……じゃなかった、マスター、たいちょ……じゃないって、メリルさんをスタッフルームに連れて行きますね」
「ん? ああ、分かった、頼んだぞ、リタ」
私はリタ……この喫茶店で働いている私の知り合いその一に肩を貸してもらい、スタッフルームへと向かった。
……なんて酷い有様。
自分のこの有様に、私は自嘲めいた笑みを浮かべた。
これだから仕事と言うのは嫌なんだ……
スタッフルームに着いた私は、リタの手を借りて設置されているソファーの上にで横になる。
視界はいまだに不安定にゆれており、この状態から立ち直るにはしばらくかかるだろう。
そんな私を、リタは不安そうに見ている。
「……大丈夫よ、リタ。そのうち治る」
「でも、いつもより酷いですよ、顔色。まるでゾンビみたい」
「……いっそゾンビになれたほうが楽かもね、これじゃ」
軽い冗談を飛ばそうとするが、その冗談を受けてリタは顔をしかめる。
どうやら今の私の状態を見て冗談とは捉えられなかったらしい。
かく言う私も今のは冗談としても無理があると今更になって思い始めた。
どうやら頭も働いていない。
「リタ、メリルの様子はどうだ?」
「あ、副隊長」
しばらく無言の状態が続くかと思われたその時、扉を開けて喫茶店のマスターが入ってくる。
リタはそれに気づき、マスターに声をかけるが、すぐさまその頭にこつんと拳を軽く振り下ろされる。
「もう私は副隊長じゃない。マスターと呼べ」
「うぅ、はい、マスター」
「で、メリルの様子は?」
「あ、はい。なんかいつもより顔色も悪くて……」
「そうか……ちょっと失礼」
マスターはリタにそう声をかけ場所を譲ってもらうと、私の傍で屈み、私の顔を見る。
「……こいつは酷いな。こりゃ今日はもう上がってもらったほうがいいな。リタ、今からホールは一人だが、大丈夫か?」
「あ、はい! 任せてください副隊長!」
「副隊長じゃないと言っているだろうに」
マスターは私の顔を見るとリタにそう言い放ち、リタはその言葉を受けて腕に力瘤を作ってスタッフルームから出て行く。
残ったのは私とマスター。
「……ごめんなさい、アネッタ」
「やっぱり、まだ駄目ですか? 男」
「そう……みたいね。まだ駄目みたい」
私の自嘲めいた言葉に、マスター……アネッタは顔をしかめる。
「……隊長、もう昔の事なんですよ? 忘れてしまったほうがいいじゃないですか……そんな苦しい記憶なんて……」
「そうね……でも、忘れられたら苦労は無いのよ……」
私は、元魔王軍第18部隊副隊長にして元部下。そして現上司にそう答えた。
※ ※ ※
魔王の代替わり前のサキュバスには、主に二つのタイプがいた。
一つが魔物は魔物の如くあれ。
ようは人を襲い、対象の命をの炎をけそうとも精を奪い取る従来のサキュバス。
そしてもう一つはサキュバスは人と共にあれ。
つまり人を殺さず、自分は精をもらい、相手を殺さず、快楽を与えるという対等な立場として人間と付き合い、あまつさえ人を愛するサキュバスの二つ。
当然、魔王は後者のサキュバスであった。
そして私はと言うと……前者のサキュバスだ。
『魔王軍第18部隊隊長』メリルローゼ。
それがかつての私の肩書きであり、部隊の副隊長がアネッタ。
そしてリタは部隊員の一人だった。
やりたい放題やっていた。
精がほしければ吸い尽くし、快楽が欲しければ相手が枯れようとも求め続けた。
果たして、私が吸い殺した人間はどれほどだろうか。
それを私は思い出すことが出来ない。
出来ないほど私は多くの人間をすい殺していたのだ。
もっとも、その頃は私たちはそうあることが当たり前で、自分の行いになんら疑問を抱かなかった。
だってそうだろう。
私たちはサキュバス。
人を誘惑し、堕落させ、甘い蜜で出来た糸で少しずつ、少しずつ捕らえ、そして吸い殺す。
私たちはそういう者だった。
人を愛するサキュバスを、淫魔の誇りを忘れた愚か者と見下したことも指で数え切れないほどだ。
しかし、そんな私も、前魔王が倒れ、現魔王が即位すると同時に変わった。
人を吸い殺す凶悪な魔物から、人を愛し、共に歩む魔物へと。
だが、そう変わった私に襲い掛かったのは、これから出会うであろう伴侶を思う熱に浮かされた感情ではなく、今までにそんな愛すべき存在を数多く殺してしまったという罪悪感だけだった。
その日から、私の悪夢は続いている。
魔は人類の敵から隣人となり、さらには伴侶となった。
だが、全ての魔物が完全に人類の隣人になれたかと言うと、そういうわけでもなかったりする。
ここで一つ勘違いしないでいただきたいことは、隣人になっていない魔物=人を性的な意味ではなく襲う魔物と言うわけではないと言うことだ。
まぁつまりどういうことかと言うと、これは実例を見たほうが早いだろう。
この物語のヒロインはとある親魔物領の街に住むサキュバス。
人として生まれ、魔物化したサキュバスではなく、生まれたときからの生粋のサキュバスだ。
※ ※ ※
朝、目が覚めるたびに私がまずいの一番に感じるのは、拭いきれぬほどの罪悪感だ。
あの日、魔王が代替わりし、魔物と言う存在が根底から変わったあの日から、私はこの罪悪感にさいなまれ続けている。
重い体をなんとか引きずり、洗面所に向かった私は、鏡に映る自分の顔を見て一言。
「……酷い顔」
魔物と言う特性上、目の下に酷い隈があったり肌が荒れに荒れているというわけではないが、目の光は濁り気味だ。
目もここの所半開きの状態しか見たことが無い。
昔はもう少し目はしっかりと開かれ、瞳もきらきらと輝いていただろう。
だというのに、今の私ときたら……
じっと鏡を見ていたところで憂鬱になるだけなので、冷水で手早く顔を洗う。
残念ながら、顔を洗ったところで酷い顔が治ったりはしなかった。
むしろ冷水の冷たさに顔がしかめられ、先ほど以上に酷いことになっている。
顔をタオルで雑に拭き、キッチンへ向かった私は、かごの中にあるコップに水を注ぎそれを一口で飲み干す。
一息つくと、もう一度コップに水を注ぎ、キッチンの脇にあった瓶から錠剤を3粒取り出し、口に放り込み、水で流し込んだ。
……味気ない、というか不味い。
分かりきっていたことだが、毎回思う。
酷い味だ、と。
今飲んだ錠剤はサバトが開発した精の補給剤。
魔物の力の源は精だ。
それは決して自分の体の中では作り出せず、食物でもそうそう補給できるものではない。
精とは言えば男の精液を経口なり経膣なりの方法で胎内に取り込むことにより補給することが出来るものだ。
では、精液を提供してくれる相手……恋人なり夫なりがいない魔物はどうやって活動しているのか?
その答えがこの錠剤である。
この錠剤は精を凝縮し、錠剤の形にしたもので、これを飲むだけで精が補給できるという優れものだ。
ただ、世の中うまいだけの話など無い。
この補給剤で取り込んだ精は、酷く味気ないのだ。
まるで長時間煮込み、それをさらに水で極限まで薄くしたおもゆの上澄みを飲むが如く味気ない。
人間が食事の際味も楽しむように、魔物は精の味も楽しむもの。
これはその楽しみを一切省いた、まさに精を補給するためだけの物だ。
私の知り合いもこれを飲んでいる魔物が多くいるが、その誰もがこの味気なさを感じるたび、絶対伴侶を見つけてやる! と言う気になっているらしい。
もしかしたら、その思いを喚起させるという目的もあって、わざとこのような味気ない調合をしたのかもしれない。
もっとも、私は例え味気なかろうと、この補給剤以外で精を取り込むようになることは無いだろうと確信めいた予感を持っているが。
「そう言えば、今日も仕事あったっけ……嫌だけど、いかなきゃ……」
どんよりとした空気を纏わせながら、私は味気ない補給を終え、身支度を整えると家を出た。
※ ※ ※
自分では酷いと思っているこの顔は、しかしながら世間ではなぜか高評価を受けていたりする。
なんでも「陰のある女はいいものだ」だそうだ。
……くだらない。
昔の私であればそのような言葉に一喜一憂していたのだろうが、今の私はそんな言葉に心を躍らせるほど余裕が無いのだ。
だが、余裕が無いとはいえ生きるためには先立つものが必要。
それは今では人も魔物も同じだ。
よって、魔物である私も働かなければならない。
現在私が居るのはバイト先。
ちょっと小洒落た喫茶店だ。
私はここでウェイトレスをしている。
ここのほかにもバイト先はあったのだが、ここには先に知り合いが勤めていたから私もここにしている。
別にその知り合いと特別親しいわけではない。
ただ、今の私にはいろいろな意味で私をフォローしてくれる存在が必要なのだ。
私の事情を知っているような。
「お待たせしました」
注文を受けたメニューを客席に運ぶ。
私がメニューを運んだ先に居るのは二人組みの男性。
その男性は、サキュバスである私を熱に浮かれたような視線で見つめる。
まっすぐに、じっとりとした視線で私を見つめる。
普通の魔物であればその視線を向けられれば体が熱くなるのだろう。
しかし、私の体はじょじょに、じょじょに冷たくなっていく。
熱のこもった視線を向けられるたび、私の視界はぐるぐる回る。
ぐるぐると正解が回り、何も入っていないはずの胃が、ありもしない内容物を食道へと押し上げていく。
やばい、今まではここまではならなかったのに、どうして今日はこんなに……
やがて、足に力が入らなくなり、そのばに倒れこみそうになったとき、ふとなにかに支えられる。
「大丈夫ですか?」
「あ……リタ……」
「……大丈夫じゃなさそうですね。顔が真っ青……副たいちょ……じゃなかった、マスター、たいちょ……じゃないって、メリルさんをスタッフルームに連れて行きますね」
「ん? ああ、分かった、頼んだぞ、リタ」
私はリタ……この喫茶店で働いている私の知り合いその一に肩を貸してもらい、スタッフルームへと向かった。
……なんて酷い有様。
自分のこの有様に、私は自嘲めいた笑みを浮かべた。
これだから仕事と言うのは嫌なんだ……
スタッフルームに着いた私は、リタの手を借りて設置されているソファーの上にで横になる。
視界はいまだに不安定にゆれており、この状態から立ち直るにはしばらくかかるだろう。
そんな私を、リタは不安そうに見ている。
「……大丈夫よ、リタ。そのうち治る」
「でも、いつもより酷いですよ、顔色。まるでゾンビみたい」
「……いっそゾンビになれたほうが楽かもね、これじゃ」
軽い冗談を飛ばそうとするが、その冗談を受けてリタは顔をしかめる。
どうやら今の私の状態を見て冗談とは捉えられなかったらしい。
かく言う私も今のは冗談としても無理があると今更になって思い始めた。
どうやら頭も働いていない。
「リタ、メリルの様子はどうだ?」
「あ、副隊長」
しばらく無言の状態が続くかと思われたその時、扉を開けて喫茶店のマスターが入ってくる。
リタはそれに気づき、マスターに声をかけるが、すぐさまその頭にこつんと拳を軽く振り下ろされる。
「もう私は副隊長じゃない。マスターと呼べ」
「うぅ、はい、マスター」
「で、メリルの様子は?」
「あ、はい。なんかいつもより顔色も悪くて……」
「そうか……ちょっと失礼」
マスターはリタにそう声をかけ場所を譲ってもらうと、私の傍で屈み、私の顔を見る。
「……こいつは酷いな。こりゃ今日はもう上がってもらったほうがいいな。リタ、今からホールは一人だが、大丈夫か?」
「あ、はい! 任せてください副隊長!」
「副隊長じゃないと言っているだろうに」
マスターは私の顔を見るとリタにそう言い放ち、リタはその言葉を受けて腕に力瘤を作ってスタッフルームから出て行く。
残ったのは私とマスター。
「……ごめんなさい、アネッタ」
「やっぱり、まだ駄目ですか? 男」
「そう……みたいね。まだ駄目みたい」
私の自嘲めいた言葉に、マスター……アネッタは顔をしかめる。
「……隊長、もう昔の事なんですよ? 忘れてしまったほうがいいじゃないですか……そんな苦しい記憶なんて……」
「そうね……でも、忘れられたら苦労は無いのよ……」
私は、元魔王軍第18部隊副隊長にして元部下。そして現上司にそう答えた。
※ ※ ※
魔王の代替わり前のサキュバスには、主に二つのタイプがいた。
一つが魔物は魔物の如くあれ。
ようは人を襲い、対象の命をの炎をけそうとも精を奪い取る従来のサキュバス。
そしてもう一つはサキュバスは人と共にあれ。
つまり人を殺さず、自分は精をもらい、相手を殺さず、快楽を与えるという対等な立場として人間と付き合い、あまつさえ人を愛するサキュバスの二つ。
当然、魔王は後者のサキュバスであった。
そして私はと言うと……前者のサキュバスだ。
『魔王軍第18部隊隊長』メリルローゼ。
それがかつての私の肩書きであり、部隊の副隊長がアネッタ。
そしてリタは部隊員の一人だった。
やりたい放題やっていた。
精がほしければ吸い尽くし、快楽が欲しければ相手が枯れようとも求め続けた。
果たして、私が吸い殺した人間はどれほどだろうか。
それを私は思い出すことが出来ない。
出来ないほど私は多くの人間をすい殺していたのだ。
もっとも、その頃は私たちはそうあることが当たり前で、自分の行いになんら疑問を抱かなかった。
だってそうだろう。
私たちはサキュバス。
人を誘惑し、堕落させ、甘い蜜で出来た糸で少しずつ、少しずつ捕らえ、そして吸い殺す。
私たちはそういう者だった。
人を愛するサキュバスを、淫魔の誇りを忘れた愚か者と見下したことも指で数え切れないほどだ。
しかし、そんな私も、前魔王が倒れ、現魔王が即位すると同時に変わった。
人を吸い殺す凶悪な魔物から、人を愛し、共に歩む魔物へと。
だが、そう変わった私に襲い掛かったのは、これから出会うであろう伴侶を思う熱に浮かされた感情ではなく、今までにそんな愛すべき存在を数多く殺してしまったという罪悪感だけだった。
その日から、私の悪夢は続いている。
13/04/28 01:18更新 / 日鞠朔莉
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