連載小説
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前編
『……え? あ、ひ、引越し、しちゃうんだ』
『べ、別にっ! そうね、アンタがいなくなってせいせいするわ!』
『だから……どこへなりともさっさと行っちゃいなさいよ、この馬鹿!!』


「……また、あの時の夢かよ」

星空の下、ふと俺は目を覚ます。
場所はうっそうと木々が生い茂る森の中。
その中でも木が生えず、星空を円形のパノラマのように切り取っている場所。
その場所に魔物避けの魔力がこめられた護符を設置し、寝袋で俺は寝たいたのだ。
明日から立ち入る場所は今のうちからしっかりと体を休めておかなければならないから。

しかし、それからしばらく目を瞑り、体を横たえていてもいっこうに眠気はやってこない。
諦め悪くそれからさらにしばらく目を瞑っていたが、結局眠気はやってこなかったため、俺は起き上がり、少し悩んだ後、火打石を使って火種を作り、あらかじめ集めておいた薪を組んで、火種を放り込んだ。
やがて薪が燃え上がり、いったいを赤々と照らし始める。
その明かりが放つ光と熱を体に受けながら、俺は手近においておいた背嚢から地図を取り出し、これから目指す場所をもう一度確認する。
もっとも、今から向かう場所に向かうのに、地図と言うものは俺には必要はないが。
まぁ、儀式……みたいなものなんだろうな、こいつは。

ゆっくりと、現在地と目的地の間を指でなぞる。

ここら辺いったいは非常に不思議な土地である。
森を目的地方向に抜けると山があり、その山のちょうど頂上から今俺がいる側……南半分は暖かく、目的地側……北半分がまるでそこから別世界のように雪に閉ざされているのだ。
この頂上から半分と言う区切りが非常にはっきりしており、頂上にたどり着けばその異様さがよく分かる。
なにせ頂上に上った瞬間、目の前に雪が降っているのだから。
しかも、北側半分の雪や寒さが南側にもれてくることは一切無く、逆に南側の暖かさが北側に漏れることも無い。
まるで山の頂上の中心を境に二つの世界が隣り合っているかのようでもある。
故に、その山に付いた名前が『境界山』と言う。
なぜ境界山がこんな奇特な気候をしているのかは誰もわからない。
一説によれば北側にいる雪の女王とその精霊達が何かをしたらしいが、誰も詳しいことは分かっちゃいない。
南側の住人はもちろん、北側の住人さえも。

俺が向かうのは、そんな北側の領域にあるそこそこ大きな町。
……俺の生まれ故郷だ。


※ ※ ※


俺は境界山の北側……雪に閉ざされた領域にある町で生まれた。
その町では人と魔物の交流が盛んだ。
寒さ厳しい雪国の暮らし、人は魔物の知恵や力を借りなければまともに生活が出来ないのだ。
主に食料的な分野で。

極寒の地で育つ植物などはごくわずかで、大抵は近くにある湖、ないし少し遠出して氷塊が浮かぶ極寒の海に出て魚介類を取らねばならないのだが、しかしいくら人間が防寒対策したとはいえ、長時間の活動は出来ない。
そこで、魔物がとってあまった食料売りに来て、それを必要な住人がを買い取ると言う形で人々が暮らしていた。

そんな町で、俺は生まれ育ち、そして彼女に出会ったのだ。

彼女は、町に食材を売りに来るセルキーと言う魔物と人間の男性の夫婦の間に生まれた娘だった。
であったのは偶然。
たまたま俺の家族が彼女の両親が売りに来た食材を買うために話していたため、それぞれ親についてきた俺と彼女は出会ったのだ。
もっとも、そんな初対面の彼女にかけた俺の第一声は、俺がガキだった事を考慮してもバカだったと思えるくらい恥ずかしい物だったが。

『……ぶくぶくもこもこしてて、なんか太ってるみてぇ』

当時、彼女らの毛皮がそう見えて仕方なかった俺は、馬鹿正直にもそれを口に出してしまったのだ。
当然、いきなり太ってるみたいだという失礼なことを言われた彼女は大激怒。
それにより取っ組み合いのけんかになり、事情を聞いた親父も大激怒。
所謂黒歴史と言う奴である。

もっとも、それがきっかけとなって彼女とたびたび一緒に行動するようになったってのは、皮肉なのか、はたまた奇跡なのか、あるいは必然だったのか……
まぁどれでもいいか。
三つのうちどれであろうと何かが変わるわけじゃないし。



そこまで考え、ふと先ほどまで見ていた夢の内容を思い出す。

「……やめやめ、今度こそ寝よ」

しかし俺は思い出すことを途中でやめた。
諦めたではない、やめたのだ。
思い出せば出しただけ、いやな気分になるだけだ。

……女の泣き顔ほど、人に罪悪感を与えるような物も無いだろうよ。


※ ※ ※


俺が13歳になったときに来たそれは、まさに突然の知らせだった。

親父が死んだ。
海に出た際、船が転覆。
他の乗組員は偶然近くにいた魔物に助けられたりしていたが、親父だけは……

こんな厳しい自然だ。
死なんてそれこそ親しいご近所さんのようにすぐそばにいる。
けど、その死が自分の肉親に来るなんて、誰が予想してるんだよ。
今でもはっきりと思い出せる。
親父が死んだと伝えに来た船の乗組員の無念そうな声、自分達だけ助かって申し訳ないと謝る、謝罪の声。
そして、助けれなくてごめんなさいと謝る魔物たちの後悔の声。

それはよかったんだ。
いや、よくは無いか。
とにかく、別に残された俺も母親も、乗組員の人たちも魔物たちも恨む気などさらさら無かった。
むしろ、彼らが助かってよかったと言う気持ちのほうが強かった。

ただ、この土地で女手一つで子供を育てることなど、どだい不可能だ。
故に、俺と母親はこの町を出て、南側に行くことになった。
少なくとも、南側はこの土地よりも厳しくは無いから。

それから、南側へ向かう荷造りをしているとき、俺は偶然彼女に出会った。
いや、たぶん俺達が南側へ行くと聞いて来てくれたのだろう。
うぬぼれかも知れないけど、彼女と一番親しかったのはたぶん、俺だから。

ただ、なぜ南に行くかの理由は言わなかった。
なぜ言わなかったのか、その頃は分からなかった。
でも、今思えばそれは同情されることを嫌がったと言う、なんとも子供じみた感情ゆえだったのだろう。
その結果が、あの夢の彼女である。


ふと目を覚ますと、既に太陽は昇り、森の木々の間から光を降り注がせている。
どうやらいつの間にか寝てしまって、しかも夢で過去を回想していたらしい。
寝落ちし、変な体勢で寝ることになったため体があちこち痛い。
ガチガチになった体を少しずつほぐし、俺は朝食の準備に取り掛かった。


※ ※ ※


生まれ故郷までの道中は時たまグラキエスとすれ違う以外特に問題は無かったため、割愛する。
いくらこの土地から離れて7、8年とはいえ、13年もこの土地で暮らしてきているのだ。
どのように歩けばもっとも体力消費が小さいかなどは体がしっかり覚えていた。

「……懐かしいな」

たどり着いた故郷は、多少建物が増えたり減ったりしていたが、昔と大して変わっていなかった。
相変わらず人と魔物が入り混じり、生活を営んでいる。
胸に去来する懐かしさをそのままに、俺は町の中をある場所を目指して歩き続ける。
さすがに離れてから7、8年も経っているのだ。
俺の事を知っている人はそうそういないだろう。
そうしてたどり着いたのは、昔、俺の家があった場所。
そこには相変わらず一軒の家があり、主がいなくなった寂しさを漂わせている。

「……母さん、帰ってきたよ。この町に」

俺は背嚢から一つの入れ物を取り出すと、それを抱えてかつての我が家を見つめる。
それに入っているのは、俺の母親。
まぁ、女手一つで子供を育てると言う苦労があったにもかかわらず、幸いにも母親も天寿を全うしたのだ。
もちろん母親が死んだことは悲しんだ。
でも、母親の死に際が余りに穏やかで、悲しさも当然あるが、どちらかと言えばあぁ、よかったと言う安堵の気持ちのほうが大きかったりもする。

今回、俺がこの町に戻ってきたのも、大きな理由は母親の遺言だったりする。

『私が死んだら、あの人と一緒の場所で眠りたいわ……』

あの人……俺の親父の事だ。
だから、俺はそんな母親の遺言を果たすため、母親の遺骨を持って再びこの町に戻ってきたのだ。

こうして小さくなってしまった母を抱えて家を見ていると、かつての生活が思い出されてくる。
思わず、目から涙がこぼれ出た。
涙など、母親の葬式の前に出きったと思っていたのだが、案外残っているものらしい。

「……誰!?」

しかし、その涙も一人の女性の声で止まってしまう。
声がしたほうを見ると、そこには一人の女性がいた。
しかし、普通の女性ではない。
下半身は毛皮に包まれているが、上半身がほぼ裸と言う格好で出歩ける人間など、いるはずも無いからだ。
彼女はセルキーだった。
きぐるみのような毛皮をその身に纏う、人魚の仲間。
……彼女と同じ種族の魔物。

「……えっと、すいません。昔住んでた家を見て、懐かしいなぁとか思ってたもので」

このまま不審者扱いされてはたまったものではないので、とりあえずどうして俺があの家を見ていたのかをさらっと説明する。
すると、その言葉を聞いた彼女は大きく目を見開いて、俺を見つめる。
……なんだ?

「……もしかして、あなた、ラルフ?」
「ヘ? あ、はい。そうですけど……」

やがて彼女は俺の名前を言う。
彼女の問いに答えながらも、俺は内心首をかしげていた。
なぜ彼女は俺の名前を知っているのだろうか? と。

そんな俺の様子を見て、彼女は大きなため息をつく。
そしてそのややつりあがった勝気そうな目をこちらに向けて、口を開いた。

「あらあらまぁまぁ。薄情にも私の事を忘れたってわけ。初対面の人様に太ってるとか言っちゃたことも忘れちゃったわけ?」
「……あ、もしかして……ミルファ?」
「そ。あんたに太ってる言われた、可愛い可愛いミルファちゃんよ」

思っても見ない再会だった。


※ ※ ※


俺は親父が眠っている墓を掘り返し、その中に母親の遺骨が入った容器を収めると、再び地面を埋めなおした。
その際、起こして悪かったな、と聞いてるはずも無い親父に謝りながら。

「……おばさん、死んじゃったんだ」
「まぁ、女手一人で俺を育ててたからな。へんな病気も無く、体を壊すでもなく天寿を全うできたんなら、きっと幸せだろうよ」

少なくとも、苦しまないで済んだんだし。

「しっかし、別に付いてこなくてもよかったんだぜ? これは俺の家族の事なんだし」
「そういわれてもね。ほら、私もおばさんとかおじさんには結構お世話になったしね」

そういやミルファはよく親父や母親になついてたっけか。
などと思いながら、埋め終わった墓にもう一度手を合わせておく。

「……上(天国)で、親父と会えるかな」
「会えるわよ。あんなに仲のいい夫婦だったんだもの」
「だと……いいな」

あわせていた手を下ろし、俺は空を見上げた。

見上げた空は、相変わらずの雪空だった。
13/02/25 00:26更新 / 日鞠朔莉
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■作者メッセージ
ふとクロビネガを見ると、見た事が無い魔物が!!
こいつぁ書くしかねぇ!! と言うことで書きました。
今回はしっとりとした雰囲気のお話を目指してます。
……現時点でしっとりとはかけ離れてる気がするけど、キニシナイ。

今のところ魔物娘分は少ないですが、後編でちゃんと魔物娘分はいれるので、お許しを。

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