連載小説
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後編
その日は、いつもと違っていた
いつものように、俺が彼女の元へと足を運ぶと、確かにいつものように彼女はそこにいた。
しかし、今までは俺がこうして足を運ぶ時間にはいつも歌を歌っていたのだ。
けど、今日の彼女は歌を歌っていなくて、真剣な表情で俺のほうを見つめている。

「よ、よう」

その真剣さゆえ、俺もいつものように挨拶をすることが出来なくて、やや言葉に詰まったように挨拶をする。
え、でもこれ近づいてもいいのか?
なんかじっとこっちを見てるんだけど、嫌われたとかじゃないよな?
だとしたら泣くぞ、ガチで。

「いつまでそこにいるの? こっちに来たらいいのに」

あ、別にそっち行っちゃ駄目じゃなかったのな。
そのことに一安心……と行きたいが、未だにじっと見られてるため安心できねー。
とりあえずいつものように彼女の隣に腰掛ける。
しかし、いつものように会話が交わされるわけじゃない。
彼女が俺を見て、俺は彼女の眼力の強さに、ただ海をみつめるだけである。

「…………」
「…………(き、気まずい)」

えっと、こういう時はどないせぇっちゅうねん。
や、やっぱ嫌われた? なんか粗相をやらかした? 昨日。

「……ねぇ」
「ひゃい?!」

そうやって悩んでるときに声をかけられたため、へんな声を上げてしまった。
あぁ、さっきまでとはまた違った目つきで俺の事見てる……
「何こいつ」見たいな目で見てる……
そんな俺の内心など分からない彼女は、俺に向かってこんな言葉を投げかけてきた。

「ねぇ、もう一度聞くわ。なんで私に話しかけるの?」
「……いや、だからあんたが心配だから……」
「なんで?」

いや、何でといわれると……その、答えにくい。
そもそもその理由が一目ぼれだからで、けどそのことを伝えられないからこうして毎夜毎夜悩んでいるわけで、つまりその問いかけには答えられないというかなんと言うか……

「私みたいな奴を心配してもあなたが損するだけよ。悪いことは言わないわ、あなたのためにも……もう私にかまうのはやめたほうがいいわ」

……私みたいな?
その自分を卑下するような言い方に、俺はカチンと来たね。
これが身勝手な怒りだって言うのは重々承知だ。
でも、俺が一目ぼれした相手が、自分を卑下している様を見るのは非常に不愉快だ。
なぜなら、相手にそのつもりがなくても、それはその相手にほれた人への冒涜につながってしまうから。
つまり、それは俺への冒涜になる……っ!

「お断る」
「っ?!」

キレた。完全に頭来た。
こうなったらやけくそだ。
居直った人間甘くみんな魔物娘共ーーーフゥーーハハハーーー!!

「あんたが自分をどんな存在と見てるか知らねぇけど、そんなの関係ないね。こうなりゃ、明日も明後日も来てやる」

一歩間違えばストーカー発言である。
だが、俺にそのような気持ちは毛頭ない。
ただ単純に、俺が一目ぼれするくらいの笑顔を出せる彼女が、自分を私なんかと卑下している姿に腹が立っているのだ。
だから俺が教えてやる。
あんたは、俺をこんなに虜にするぐらいすげぇ奴だってことを叩き込んじゃる!!

「それがあなたのためなのよ!? 私なんかと一緒に居たら、あなたは絶対後悔するわ! 『ああ、何であんなやつと関わり合いを持ったのか』って!」
「どやかましい! 何が俺のためかを決めるのはあんたでも誰でもない! 俺だ!! その俺があんたと居たいって思ってここに居るんだ! 俺のためなんていって俺を遠ざけようったってそうはいかねぇぞ?!」
「え、私と居たい……? それって」
「……あ、えっと、その」

やべぇ、勢いで言っちまったよ!
今のって明らかに告白に近いんですけど!?
……はぁ、もう言っちまったし、隠しようないかぁ。

「そのままの意味。最初はただ純粋に心配だったから話しかけてたさ。でも、今は違う。その……ほれたあんたが心配だから、こうして会いに来てたんだよ……」

うわ、はずっ!
そして俺のキャラじゃないって、これ!
俺こんな事言うようなキャラ違うって!!

ちらりと彼女を見る。
こっちを驚いた表情で見つめてくる。
ま、そうだよなぁ。いきなり告白されたんだし。

「……嘘」
「嘘じゃねぇよ」
「嘘、嘘だよ、だって、私、その、そんな風に思われていいような奴じゃないし」

まだ自分を卑下するか、こやつは。

「あんたがどんな奴だろうが関係ないね。俺があんたに惚れた。それだけで十分だろ」
「でも、でも……っ!」

けれども、頑なに拒んでくる彼女。
自惚れじゃなければ、それは嫌いだから拒否しているのではなく、なにか『自分は愛されちゃいけない』と思い込んでいるような感じでもある。

「なぁ、何でそんなに自分を卑下するんだ? なんで自分はそんな風に思われちゃいけないって思うんだ?」

俺は真剣な表情で彼女を見つめる。
彼女は最初は顔をそらしたりと何とか話をかわそうとしたが、俺は彼女を逃がさない。
やがて、根負けしたのかぽつぽつと語り始めた。


※ ※ ※


その言葉を聞いたとき、私の中に駆け巡ったのは、どうしようもないほどの歓喜だった。
私と居たい。
その言葉がどれほど嬉しかったか。
直前にやっていた言い合いの勢いで出てきた言葉、それゆえに彼の本心からの言葉。
嬉しくないはずがない。
でも、私の脳裏に幼い少年の姿がよぎる。
大好きだった。
男と女の関係としてではない、姉と弟……ようは家族みたいな関係として、私はその少年が大好きだった。
でも、その少年はもう居ない。
その少年は、数年前、この場所で……




その少年と出会ったのは今から数年前。
私が一人前になり、自らの伴侶を探すためにあっちへ飛んでこっちへ飛んでとさまざまな土地をめぐっていた時だった。

空を飛んでいると、ふとどこからか泣き声が聞こえる。
周りを見渡すと、そこにその少年は居たのだ。

「ねぇ君、どうしたの?」
「ひぃ!?」

最初、そうやって心配だから声をかけたのに、余計泣かれちゃって慌ててしまったっけなぁ
なんとか泣き止ませようと、私は彼に歌を歌って聞かせて……それから、その少年との日々が始まる。

彼は、この近くの親魔物領にすんでいる子だった。
あそこで泣いていたのは、家族と喧嘩し、家を飛び出したが迷子になってしまったから。
その子はいつも私の歌を楽しみにしてくれたっけ。
その子が私のところに来て、私が歌を歌う。
たったそれだけの関係だった。

「お姉ちゃん、歌が上手なんだね!!」
「当然よ。私はセイレーンなんだから」

その子とすごす日々は、なんとも心地よいものだった。
本来の目的である伴侶探しを忘れ、私は彼に歌を聞かせるために、ここにとどまり続けた。
私の歌をほめてくれるその子が、私は大好きだった。
ただ、男としてよりむしろ可愛い弟として私はその子を見ていた。あまりにも幼かったというのもあったのかもしれない。
その子が大人になったらどうなったかは分からなかったが……今では確認のしようがない。
心地よい日々は、突然崩れ去ってしまったから。

その日、いつものように私のところに来たその子は、しかしいつに無くおびえているように思えた。

「どうしたの? そんなに怯えて」
「うん、お父さんから聞いたんだけど、この辺りに盗賊さんが出るから気をつけてって言われたから……」

それを聞いて、私はその子に家に帰るように言った。
私は魔物だ。そう簡単にやられはしない。
いざとなれば空を飛んで逃げればいい。
けど、この子はただの人間、それも子どもだ。
盗賊にあったらひとたまりも無いだろう。

でも、既に遅すぎた。

私の耳が、草を掻き分ける音を捉えた。
それがあちらこちらから。
そして草を掻き分けてきたのは……

「なんだぁ? ガキがやけに慌てたように走ってるから何があるかと思えば……魔物かよ」


※ ※ ※


「そうして私たちは盗賊に襲われたの。私はその子を掴んで飛んで逃げようとしたわ。周りは囲まれちゃってたから。でも、奴らは弓矢を持ってたのよ。いくら子どもとはいえ、人を掴んで飛んでたらそんなに速く飛べない。私は盗賊の矢にあたっちゃって……あの子を上空から落としてしまった。もちろん私も空から落ちたわ。ただ、その時はあの子の事しか頭に無かった」


そう語る彼女は、ひどく辛そうだった。
自分から聞き出しておいてなんだが、その顔をみて何度も俺は止めようとした。
けど、彼女は頑なに話をやめようとはしなかった。

「その子は傍にいたわ。でも、その子が落ちた場所が悪かったのね。その子が落ちたのは……」

そういってその翼で一点を指差す。
そこは、この海岸の中で一際高い、切り立った崖だった。
ここから距離が多少離れているため、実際の高さは分からないが、あそこから落ちたら人間などひとたまりもなさそうだ。

「あの崖の先端。ただでさえもろい崖の先端に、子どもとはいえ数十キロの物体が落ちてきたのよ。当然、そのままその子は崩れる足場と共に海へ落ちていったわ。でもね、そのときあの子は私の羽を掴んでいたのよ。私が伸ばした翼に、必死に腕を伸ばしてくれたのよ。でも、私のこの腕は翼。指があるわけじゃないわ。いくら羽を掴んだって、落下の際の勢いで抜けて、それでおしまい」

彼女は自分の翼を忌々しそうに睨みつける。

「私は後悔したわ。この腕が、翼なんてものじゃなくて人間の腕だったらって。いえ、人間の腕じゃなくていい。せめて他のハーピー属の魔物みたいにしっかりと握って上げれる手があったなら!!」

確かに、ハーピーやブラックハーピーにはまるで鳥の足のような二本指の手に値するものが存在する。
しかし、セイレーンにそれは無かった。

「私と一緒に居ると後悔するって言ったでしょ? あれって違うの。ただ単に、大事な物を失うって言うのはもう嫌だから。でも、そういう以外に人を遠ざける理由が見つからなかったから。他人じゃなくて私が後悔するのがいやだから、だからああいって人を遠ざけてたの」

そこまで聞いて、俺は自分の頭を殴りたくなった。
いくら心配だからって、それは簡単に聞いてはいけなかった彼女の過去。
それを、俺はこんなに無理をさせてまで彼女に語らせてしまったのだ。
彼女の青ざめた表情が、やけに目に焼きついた。

俺が彼女にしてやれることは何だ?
いったい俺は彼女に何をしてやればいい?

結局、その日はそれ以上は何も言葉は無かった。




宿に戻った俺は、未だに悩んでいた。
彼女に出来ることは無いか。それを探しているのだ。
彼女の心に思いを届けるためには、言葉だけじゃ足りないのだ。
それだけじゃ、彼女の鎖でがんじがらめにされた心には届かない。
もっと、彼女に思いを伝えるために。
その少年が死んでしまったのは決して彼女のせいじゃないんだと伝えるために、俺はどうすればいい……?
けれど、どんなに考えてもいい考えは浮かばない。
もはや、思考の迷宮へと俺は迷い込んでいた。

コン、コン

「……ん、だれだ?」

そんな時、部屋のドアがノックされる。
扉を開けるとそこには……

「領主さん?」
「はい、なにやら旅人殿の様子がおかしいとの事だったので、何かあったのかと思いまして」

どうやら、自分が思っている以上に深刻な表情をしていたらしい。

「あぁ、いえ、ちょっと悩み事がありまして」
「悩みごと、ですか……もしよろしければ、ご相談に乗りましょうか?」
「いいんですか? こんな夜中なのに」

俺の問いに、領主さんはもちろんですと答えた。
それならばと、領主さんを部屋にいれ、俺は早速相談することにした。

彼女の事、その彼女が自分の心を縛ってしまっていること。

「ふむ……なるほど……」
「俺、どうすればいいか分からなくて……その、恥ずかしながら恋という経験も初めてなものでして」
「いえいえ、旅人殿はお若い。恋の経験がなくとも仕方が無いことかと。しかし、そうですな……」

しばらく悩み、領主さんはふと思いついたように言う。

「そういえば、セイレーンと言う魔物は、歌に魔力を乗せる魔物ということは知っていますかな?」
「ええ、まぁそれくらいは」
「その魔力とは、まぁいうなればそのセイレーンの思いと同じなのです。愛するものにその気持ちを魔力と言う形でこめた歌を聞かせるのですよ」

? つまり何がいいたんだろうか?

「つまり、セイレーンは歌に思いを乗せている魔物、とも捉えることが出来ます。それ故、歌にこめられた思いには一際敏感なはずです」
「!!」

それは、つまり……!

「旅人殿のその思い、歌という形で伝えてみてはいかがですかな?」

歌で彼女に思いを伝える……か……

「……そうですね、やってみます。あの、ありがとうございます。こんな夜中に相談に乗ってもらっちゃって」
「いえいえ、どうかお気になさらずに。ただの年寄りのおせっかいですよ」
「いや、そんな年じゃないでしょ、あなたは」

去っていく領主さんの背中にそう投げかけながらも、俺の頭の中は歌のことでいっぱいだった。
果たして、自分にそんな歌が作れるのだろうか?

「……ま、やってみるか」

その日、俺の部屋のランプの明かりは消えることは無かった。


※ ※ ※


そして夜になった。
所謂決戦の日である。

「よう」
「あ……今日も来たんだ」
「そりゃな。まだはっきりとした返事、もらってないし」

だから、泣いても笑っても今日が最後。

「隣、いいか」
「……うん」

俺は、彼女の隣にいつものように腰掛ける。
そして、いつものように彼女の歌を聞く。
あの話を聞いてからこの歌を聞けば、この歌に込められた意味がおぼろげながら分かってくる。

これは、諦めの歌だ。
大事な物を失ってしまい、もう大事な物を作ることを諦めた、そんな歌。
二度と作ってなるものかと言う、悲しい歌。

やがて、彼女の歌が終わる。
やるなら今……!


「……〜〜♪」
「?」

彼女の歌が終わり、余韻が消えたところを見計らい、俺は徹夜で考えた歌を歌う。
その歌は、素人の俺が作った故につたなく、粗も多い。
とても誰かに聞かせれる歌ではなかったのかもしれない。
けど、俺は歌った。
決してきれいな声ではない。
やや枯れたような、そんな声で俺は歌う。

最初は俺のほうを驚いた様子で見ていた彼女だったが、いつの間にか目を閉じ、体を少し揺らしながら、俺の歌を聞いていた。
そして、歌は終わりを迎える。

……すっげぇ恥ずかしい。

「ねぇ、この歌はあなたが作ったの?」
「まぁ、な。へたくそだったろ? 声も、歌自体もさ」
「……そうね、決して上手じゃないわね」

自覚はあったが実際にそう明言されると傷つくな。

「でも、上手下手なんてどうでもいいの。あなたがどれほど私を思ってるかって、分かったから」

そういうと、彼女はつぶっていた目を開けて、俺のほうを見た。

「……本当に変わった人。傷つきたくないから、嘘ついてまであなたを突き放そうとしたのに、あなたはこんなにもまっすぐ私を見てくれる」
「惚れた女には一途であれって親父の教えだからな」

俺も、彼女のほうをまっすぐに見つめる。

「……あんたは大事な物をつかめなくて、悲しい思いをしあってのは話を聞いたから分かる。また大事な物を作ったら、それも掴めないかも知れないって怖がるのも分かる」
「…………」
「だから、俺があんたを掴む」
「え?」
「あんたが俺をつかめなくても、俺があんたを掴む。絶対だ」

だから、だからどうか……

「だから、俺をあんたの傍に居させて欲しい。俺をあんたの大事な物にして欲しい」

俺の言葉を聞いて、彼女はしばらく呆然とした後、ぽろぽろと涙を零し始める。
そして、俺にしっかりと抱きついてきた。
今度こそ、大事な物を離さないという決意を表したかのように、しっかりと俺を抱きしめる。

「……ねぇ、もう一度聞かせて? あなたの歌。私のためだけにあなたが作った、世界でたった一つの歌を」

なんとも恥ずかしい頼みである。
けど、俺はその頼みを受け入れた。

再び、つたない声でつたない歌を歌う。
俺の腕の中でその歌を聞いていた彼女は、やがてその口を開き始める。
その開かれた口からこぼれ出てきたのは……歌声。
俺の歌にあわせるように、時に俺の声を引っ張り、時に後ろから支えるように、彼女も一緒に歌い始める。

彼女の声で俺にその歌を捧げ、俺の声で彼女にその歌を捧げる。

魔力の無い歌に、魔力が込められ、そしてこの歌は完成したのかもしれない。

「ねぇ、そういえば忘れてたの」
「なにを?」

やがて、歌が終わった後、彼女が呟く。

「あなたの名前、教えてもらってないわ。それに、私の名前を教えてない」
「……そういやそうだったな」

「私はミオンよ」
「俺はゼノって言うんだ」

いまさらながらそうやって自己紹介する俺達は妙に滑稽で、だから二人して噴出してしまった。

「……これからよろしくね? ゼノ……私の旦那様」
「ああ、よろしくな、ミオン」

もう悲しい歌は響かない。
これから響くのは、優しい歌、幸せの歌だ。




この歌に魔力はないけれど、誰かに思いを届けることは出来る。
そうすれば、歌には自然に魔力が宿るだろう。
12/06/30 13:47更新 / 日鞠朔莉
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■作者メッセージ
……前・中編の二倍の文章量になっちゃった後編でした。
6700字超えですよ。
区切りのいい場所で区切るとどうにもこうなっちゃいました。
何とかしたい……

さて、この話はこんな結末になりました。
ちょっとどころかかなり無理やりな感じがぬぐえないです。
書いた本人にも。
ということは、読者は筆者以上に話に違和感を感じるかもしれない。
でもこれが自分の限界……お許しくださいっ!!
と言うわけで、この話は完結となります、
今までこの小説にお付き合いいただきありがとうございました。

さて、今度は何書こっかな。
個人的には俗天か斬鉄剣のあたらしい話が書きたいです。
でも影繰ifも書きたい……うおおおお、悩む!

あと最後に、いずれ斬鉄剣の話を連載の形でまとめようと思ってます。
いつやるかは未定ですが、そうなってもうちのカルとクゥエルをよろしくお願いします。

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