中編
その日から俺は毎日足繁く彼女の元へと足を運んだ。
そこまでやったら普通なら変質者呼ばわりされても仕方なかったんだろうが、俺には彼女とのつながりはそれしかなかったのだ。
そして、彼女は初めの頃は今までのように拒絶の雰囲気を纏っていたのだが、やがて俺のしつこさに折れたのか、今ではそこそこの会話を交わすようになっていた。
「よっ」
「今日も来たの? 暇なんだね」
「ひどい言いようだな、おい。まぁあながち間違ってないか。件の盗賊が見当たらなきゃ対処しようがない」
そう、俺の当初の滞在目的である盗賊なのだが、今のところ俺はそいつらの姿を見ていない。
そして略奪などの被害も最近無くなっているのだ。
だったら俺も御役御免かと最初は思ったのだが、今はなくてもいずれ再び被害にあうかもしれないという不安から、まだしばらくは俺の滞在期間は延びそうだ。
まぁ俺にとっちゃそれはまさに願ってもないことだ。
既に滞在する用事がなくなってしまえば、それこそ彼女とはそれまでなのだから。
(不謹慎だが、盗賊に感謝かな?)
ちなみに、あの日から俺と彼女の関係はこうした話友達程度からまったく変わってなかったりする。
当然、告白なんてしてるはずなし。
……意気地なしとか言うな。告白を受けてくれるかは一世一代の大博打みたいなもんなんだ。
そうそう簡単に告白なんざできっかよ。
結局今日も取り留めのない雑談を交わし、最後に彼女の歌を聞いて分かれるという、いつも通りの展開で終わった。
ちくせう。次こそは……
「……はぁ、こうやって帰り道でそう思うのも最早何回目なのやら」
帰り道の途中、それすらも習慣となってしまった言葉を呟きながら心なしかしょぼくれた足取りで俺は宿に帰っていった。
※ ※ ※
変な人。
彼に最初会った時はそんな印象だった。
真夜中に反魔物領と親魔物領の間の海岸と言う危険地帯で歌っている私に声をかけてきたのだから。
何でも、彼は旅人だとの事。
そんな彼でさえ驚いていたのだから、私がどれだけ危険なことをしているのだろうということが容易に想像できる。
もっとも、私は何を言われようとここで歌うことをやめない。
だって、約束したんだから。
あの日、ここで……
彼が立ち去った後、私は自分の腕を見る。
いや、それを腕と呼んでいいのだろうか。
そこにあるのは端から見れば何を掴めるんだといわれそうな物……そう、翼だ。
そして、実際にこの翼は何も掴めやしない。
人間のように五本の指があるわけでもない故に大雑把にしか物をつかめないこの翼は、一番大事なときに大事な物をつかめなかった。
それ以来、私は大事な物を作るのをやめた。
悲しみの最大の回避方法は、悲しみの原因を一つでも減らすという物だから。
「……もし、もしも私のこの翼が人間みたいな腕だったら……」
ちゃんと掴んであげれたのかな……
頭の中で、幼い少年の声が何度も木霊した。
『お姉ちゃんはずっとここで歌っててね? 僕、お姉ちゃんの歌が大好きなんだ!』
「ごめんね……ごめんね……っ!」
誰も居ない海岸で、私は月夜に歌を歌う、
月の光を涙に反射させながら。
その光が天に届けと言わんばかりに。
その歌は悲しい歌。
二度と大事な物を無くしたくないと願い、
大事な物を作らなくなった人の歌。
翌日も、彼は私のところへとやってきた。
何でもこの辺りに盗賊が住み着いたから見回りをしているとの事。
それを聞いたとき、私の心によぎったのは……悲しみ。
(ねぇ、ここはこんなに危険になっちゃったんだよ……昔は私と君の秘密の場所だったのにね)
でも、涙は出さなかった。
少なくとも、この旅人の前では。
今日も一言二言言葉を交わし、彼は立ち去っていく。
そして私は歌を歌う。
それは今までどおりの光景だった。
それが変わったのはその翌日。
彼は三度私のところへとやってきたのだ。
昨日、あれほどそっけなく突き放したというのに、だ。
「また来たの?」
「ほっとくのは後味悪いって言ったろうに」
出来れば私は放っておいてくれたほうがいい。
だってそうしてくれたら、私は彼にこんなひねくれた態度を取らなくてもいいからだ。
そう、別に彼が嫌いだからこうした態度を取っているのではない。
むしろ、彼の優しさには好感が持てると言ってもいい。
だが、怖かったのだ。
彼がいずれ、私の大事な物になってしまうのではないかと。
妄想などではない。
なぜなら、私は既に自覚しているのだ。
優しい彼に、少なからず惹かれているという実感を。
やめて、私にこれ以上近づかないで。
でも、そんな願いは叶わなかった。
「……んなすまなそうな顔するくらいなら、拒否ってますオーラは収めてもらいたいもんなんだがね」
「っ!」
言われてしまった。
言われてしまったのだ。
決定的なその一言を。
私の虚勢の大元を断ち切るその言葉を。
ただ拒否しないでくれと言われたならましだった。
しかし、私がすまなそうな顔をしているとはっきりといわれてしまったのだ。
「……っ。だったら何ですか?」
思わず涙が出てきそうだった。
けど、次の彼の台詞でその涙もどこかへ去ってしまった。
「いや、相談事があるならしたほうが楽になれるんじゃないかなぁって言うおせっかい?」
なんと、彼はそんな事を言ってきたのだ。
それもなんと言えばいいのだろうか?
その真剣さがむしろ情けないと評価できそうな表情で。
「……もしかして、口説いてます?」
まるで聞いてもらえるか不安で、だからこそ真剣な表情で言ったといわんばかりのその表情に、思わず私はそう呟いてしまった。
「いや、口説いてるって訳じゃないんだけど……何? 俺そんな軟派な男に見えちゃう?」
「少なくとも、見知らぬ女の横に座ってなれなれしく話しかける人は硬派な人じゃないと思いますよ?」
「ありゃ、こいつぁ一本取られた」
そう言って胸に手を当ててうめきだす彼。
……なんだかおもしろいかも。
「でもさ、おとといも昨日もちゃんと声かけたし、完全に見知らぬ人って訳じゃないと思うんだけどな」
「……やっぱり軟派な人じゃないですか」
「俺は軟派じゃねー」
そう言って、彼は再びうずくまった。
先ほどよりもダメージは大きいみたいだ。
……やっぱり、この人って変な人。
そう思ったときの私の表情が何だったのか、私は分からない。
ただ、彼が私の顔を見てぼけっとしているのはなんとも滑稽なものだった。
「……? どうかしましたか?」
「……へ? あ、いや、なんでもない、はず」
「変な人」
本当に彼は変な人だ。
結局、その後は彼がふらふらとおぼつかない足取りで帰っていって、その日は終わった。
そして、私の中での彼の評価は変な人からすごい変な人に変わることとなる。
それから彼は毎日足繁く私の下へ通うようになった。
本人は何で来るのかとたずねると見回りの一環だと答えるが、明らかにそれとは違う意図が見え隠れしている。
なぜなら、会話の最中もちらちらこちらを見ては何かを言おうとし、結局いえないから落ち込むというしぐさを何度もしているからだ。
これで気が付かないほうがむしろおかしい。
ただそれを無理に聞き出そうとは思わなかった。
言わないのならそれほど重要でもないのだろうと、そのときは思っていたからだ。
だが、今思えばそれは彼から自発的に言って欲しかったと、心のどこかで私が思っていたからなのかもしれない。
そして今日も彼は意気消沈して帰っていく。
それに対し、私がどうこうできる事はないだろう。
結局は彼自身の問題だ。
しかし、今日の彼の話はなかなかに楽しいものだった。
この大陸からはるか東の国、ジパング。
そこに住む人々は魔物と共存し暮らしているらしい。
もちろん魔物を倒す人もいるらしいが、それほど数は多くなく、その誰もが魔物に一種の敬意を持って倒すらしい。
教会のように、主神の教えを盲目的に信じ、悪ゆえに殺すなどと言うことはないようだ。
「もし、そこで君に出会えてたら、君は死ななくてすんだのかな?」
今日も、脳裏には幼い少年の姿がちらついた。
そこまでやったら普通なら変質者呼ばわりされても仕方なかったんだろうが、俺には彼女とのつながりはそれしかなかったのだ。
そして、彼女は初めの頃は今までのように拒絶の雰囲気を纏っていたのだが、やがて俺のしつこさに折れたのか、今ではそこそこの会話を交わすようになっていた。
「よっ」
「今日も来たの? 暇なんだね」
「ひどい言いようだな、おい。まぁあながち間違ってないか。件の盗賊が見当たらなきゃ対処しようがない」
そう、俺の当初の滞在目的である盗賊なのだが、今のところ俺はそいつらの姿を見ていない。
そして略奪などの被害も最近無くなっているのだ。
だったら俺も御役御免かと最初は思ったのだが、今はなくてもいずれ再び被害にあうかもしれないという不安から、まだしばらくは俺の滞在期間は延びそうだ。
まぁ俺にとっちゃそれはまさに願ってもないことだ。
既に滞在する用事がなくなってしまえば、それこそ彼女とはそれまでなのだから。
(不謹慎だが、盗賊に感謝かな?)
ちなみに、あの日から俺と彼女の関係はこうした話友達程度からまったく変わってなかったりする。
当然、告白なんてしてるはずなし。
……意気地なしとか言うな。告白を受けてくれるかは一世一代の大博打みたいなもんなんだ。
そうそう簡単に告白なんざできっかよ。
結局今日も取り留めのない雑談を交わし、最後に彼女の歌を聞いて分かれるという、いつも通りの展開で終わった。
ちくせう。次こそは……
「……はぁ、こうやって帰り道でそう思うのも最早何回目なのやら」
帰り道の途中、それすらも習慣となってしまった言葉を呟きながら心なしかしょぼくれた足取りで俺は宿に帰っていった。
※ ※ ※
変な人。
彼に最初会った時はそんな印象だった。
真夜中に反魔物領と親魔物領の間の海岸と言う危険地帯で歌っている私に声をかけてきたのだから。
何でも、彼は旅人だとの事。
そんな彼でさえ驚いていたのだから、私がどれだけ危険なことをしているのだろうということが容易に想像できる。
もっとも、私は何を言われようとここで歌うことをやめない。
だって、約束したんだから。
あの日、ここで……
彼が立ち去った後、私は自分の腕を見る。
いや、それを腕と呼んでいいのだろうか。
そこにあるのは端から見れば何を掴めるんだといわれそうな物……そう、翼だ。
そして、実際にこの翼は何も掴めやしない。
人間のように五本の指があるわけでもない故に大雑把にしか物をつかめないこの翼は、一番大事なときに大事な物をつかめなかった。
それ以来、私は大事な物を作るのをやめた。
悲しみの最大の回避方法は、悲しみの原因を一つでも減らすという物だから。
「……もし、もしも私のこの翼が人間みたいな腕だったら……」
ちゃんと掴んであげれたのかな……
頭の中で、幼い少年の声が何度も木霊した。
『お姉ちゃんはずっとここで歌っててね? 僕、お姉ちゃんの歌が大好きなんだ!』
「ごめんね……ごめんね……っ!」
誰も居ない海岸で、私は月夜に歌を歌う、
月の光を涙に反射させながら。
その光が天に届けと言わんばかりに。
その歌は悲しい歌。
二度と大事な物を無くしたくないと願い、
大事な物を作らなくなった人の歌。
翌日も、彼は私のところへとやってきた。
何でもこの辺りに盗賊が住み着いたから見回りをしているとの事。
それを聞いたとき、私の心によぎったのは……悲しみ。
(ねぇ、ここはこんなに危険になっちゃったんだよ……昔は私と君の秘密の場所だったのにね)
でも、涙は出さなかった。
少なくとも、この旅人の前では。
今日も一言二言言葉を交わし、彼は立ち去っていく。
そして私は歌を歌う。
それは今までどおりの光景だった。
それが変わったのはその翌日。
彼は三度私のところへとやってきたのだ。
昨日、あれほどそっけなく突き放したというのに、だ。
「また来たの?」
「ほっとくのは後味悪いって言ったろうに」
出来れば私は放っておいてくれたほうがいい。
だってそうしてくれたら、私は彼にこんなひねくれた態度を取らなくてもいいからだ。
そう、別に彼が嫌いだからこうした態度を取っているのではない。
むしろ、彼の優しさには好感が持てると言ってもいい。
だが、怖かったのだ。
彼がいずれ、私の大事な物になってしまうのではないかと。
妄想などではない。
なぜなら、私は既に自覚しているのだ。
優しい彼に、少なからず惹かれているという実感を。
やめて、私にこれ以上近づかないで。
でも、そんな願いは叶わなかった。
「……んなすまなそうな顔するくらいなら、拒否ってますオーラは収めてもらいたいもんなんだがね」
「っ!」
言われてしまった。
言われてしまったのだ。
決定的なその一言を。
私の虚勢の大元を断ち切るその言葉を。
ただ拒否しないでくれと言われたならましだった。
しかし、私がすまなそうな顔をしているとはっきりといわれてしまったのだ。
「……っ。だったら何ですか?」
思わず涙が出てきそうだった。
けど、次の彼の台詞でその涙もどこかへ去ってしまった。
「いや、相談事があるならしたほうが楽になれるんじゃないかなぁって言うおせっかい?」
なんと、彼はそんな事を言ってきたのだ。
それもなんと言えばいいのだろうか?
その真剣さがむしろ情けないと評価できそうな表情で。
「……もしかして、口説いてます?」
まるで聞いてもらえるか不安で、だからこそ真剣な表情で言ったといわんばかりのその表情に、思わず私はそう呟いてしまった。
「いや、口説いてるって訳じゃないんだけど……何? 俺そんな軟派な男に見えちゃう?」
「少なくとも、見知らぬ女の横に座ってなれなれしく話しかける人は硬派な人じゃないと思いますよ?」
「ありゃ、こいつぁ一本取られた」
そう言って胸に手を当ててうめきだす彼。
……なんだかおもしろいかも。
「でもさ、おとといも昨日もちゃんと声かけたし、完全に見知らぬ人って訳じゃないと思うんだけどな」
「……やっぱり軟派な人じゃないですか」
「俺は軟派じゃねー」
そう言って、彼は再びうずくまった。
先ほどよりもダメージは大きいみたいだ。
……やっぱり、この人って変な人。
そう思ったときの私の表情が何だったのか、私は分からない。
ただ、彼が私の顔を見てぼけっとしているのはなんとも滑稽なものだった。
「……? どうかしましたか?」
「……へ? あ、いや、なんでもない、はず」
「変な人」
本当に彼は変な人だ。
結局、その後は彼がふらふらとおぼつかない足取りで帰っていって、その日は終わった。
そして、私の中での彼の評価は変な人からすごい変な人に変わることとなる。
それから彼は毎日足繁く私の下へ通うようになった。
本人は何で来るのかとたずねると見回りの一環だと答えるが、明らかにそれとは違う意図が見え隠れしている。
なぜなら、会話の最中もちらちらこちらを見ては何かを言おうとし、結局いえないから落ち込むというしぐさを何度もしているからだ。
これで気が付かないほうがむしろおかしい。
ただそれを無理に聞き出そうとは思わなかった。
言わないのならそれほど重要でもないのだろうと、そのときは思っていたからだ。
だが、今思えばそれは彼から自発的に言って欲しかったと、心のどこかで私が思っていたからなのかもしれない。
そして今日も彼は意気消沈して帰っていく。
それに対し、私がどうこうできる事はないだろう。
結局は彼自身の問題だ。
しかし、今日の彼の話はなかなかに楽しいものだった。
この大陸からはるか東の国、ジパング。
そこに住む人々は魔物と共存し暮らしているらしい。
もちろん魔物を倒す人もいるらしいが、それほど数は多くなく、その誰もが魔物に一種の敬意を持って倒すらしい。
教会のように、主神の教えを盲目的に信じ、悪ゆえに殺すなどと言うことはないようだ。
「もし、そこで君に出会えてたら、君は死ななくてすんだのかな?」
今日も、脳裏には幼い少年の姿がちらついた。
12/06/29 14:44更新 / 日鞠朔莉
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