焔薙ぐ風、風追う焔
今から大体……どれくらいだったかな?
まぁ、んなこたどうでもいい。
とにかく、昔のことだ。
で、いきなりで悪いが……
そのとき、私は負けた。
いや、正確には引き分けだったのかもしれないな。
でも、私はあの勝負は負けたと思ってる。
なんせ、こっちがへろへろで立てなかったのに、あいつは平然と立って、スタスタと立ち去っちまったからな。
ほんとにいきなりすぎて悪いな。
つまり何が言いたいかってぇと……私はそのときの男を捜してる。
なんでかって?決まってるだろう?
「あいつを私のツガイにするために決まってるだろうが!」
とある貿易都市。
海に面し、大きな港を持つその街は、貿易都市の名のとおり、貿易によってここまで発展してきた。
そして、発展した街には多くのものが集まってくる。
それは、あらゆる物品であったり、あらゆる職種の人であったり、そんな人たちを狙う魔物であったり。
他には……いろんな情報、とかさ。
「……つーわけだ、コイツを見たことはあるかい?おっさん」
「んー……ワリィな嬢ちゃん。見たことも聞いたこともねぇや。こんだけ目立つナリしてりゃ、目立つと思うんだけどな……」
「そうかい……酒飲みの邪魔しちまったな。じゃあな」
「おう」
そういうわけで私はその街で情報を探している。
それはある人物についての情報。
しかし、進展は思ったように無く、こうして酒場での情報収集も無駄足だったってわけだ。
「たくよぉ、どこに行っちまったんだよ、コイツは」
そういいながら、自分の手のひらの上にある水晶から映し出される映像を見やる。
パッと見、これといって特徴の無い、強いて言うなら長身がやや目立つか?と言った風貌の男。
しかしよく見ると、その顔の右頬に刻まれた十字の傷が異様な存在感を放っていることが分かるだろう。
名前は知らない。どこの生まれかも知らない。
ただ分かるのが、コイツは風みたいな奴だ、と言うこと。
私と出会ったときだってそうだった。
風のようにフラリと現れ、そして戦いが終わったら風のようにフラリと去っていく。
今でも昨日のように思い出すことができる、あの太刀筋。
それは魔物の中でも武闘派に区分されるであろう私のような奴でも、一瞬の恐怖を感じてしまうほど美しい、冴え渡った一筋の光。
それを思い出すたび、私の胸の奥は熱くなり、私の尻尾の炎も燃え滾るってモンだ。
「……とと、やばいやばい、街中で燃やすわけにはいかんだろう」
しかし、はたと冷静になりあわてて心を落ち着かせる。
と言っても、日に日に勢いを増す炎を鎮めることは並大抵のことではないが。
それでも、下手なことして牢屋にポイッとされてしまえば目も当てられない。
根性で何とか鎮めることに成功した。
「ふぅ……早く会いたいな……」
長いこと胸の奥にくすぶり続ける炎は日に日に勢いを増していく。
はぁ……このままじゃ根性で抑えてられるのも時間の問題だぞ……
そうため息をつく。
まったく、サラマンダーなんて魔物に生まれちまうと、どうにもこういうところが不便でしょうがないね。
「……ん?なんか騒がしいな」
と、そこでなにやら広場のほうが騒がしいことに気がつく。
「……何かあるのか?祭りごととか」
もちろんそんなわけは無いのだが、何があったのか気になるのは事実なので、人の流れに逆らわず騒がしい方へといってみる。
「ん?あー……喧嘩か?こんな真昼間から」
広場にできた人だかりを掻き分け、時には邪魔な奴を尻尾の一撃でぶっ飛ばしながらなんとか人だかりの最前列にたどり着くと、そこには向かい合った二人の人間と、
片方の人間の背中に隠れるようにしているホブゴブリンだった。
背中にホブゴブリンを隠した人間は全身を黒いローブで覆い隠しており、顔も同じ色のフードで覆っているため、性別や体型などが一切分からない。
かたや、その人間と向かい合っているのはいかにも街のチンピラといった感じの男。
正直、こういう馬鹿丸出しがかっこいいと勘違いしてる奴趣味じゃないな。
ここからじゃ聞こえないが、なにやらチンピラの方が何かを叫んでいるようだ。
しかし、ローブの人物はそれを一切合切無視。
その態度に我慢がならなかったのか、チンピラはローブの人間に向かって突進していく。その手にはナイフが握られていた。
小さいものだが、人を殺めるのには十分すぎる得物だ。
しかし、如何せん街のチンピラ。
その扱いは粗雑そのもの。
現に、チンピラの攻撃はローブの人間にヒラリヒラリとかわされ、空を切る。
しかも、ローブの人間は背後にホブゴブリンをかばいながらというハンデがある。
それでいて、かわし、時にいなしてホブゴブリンに被害が及ばないようにもしている。
「……あいつ、できるな。只者じゃあない」
業を煮やしたのか、チンピラが腰だめにナイフを構え、突進していく。
が、相手に刺さる範囲外からナイフを突き出すように腕を伸ばしている。
ありゃだめだ。仮にあたったとしても、ロクに痛手を与えられるモンじゃない。
そもそも、それなりの腕がある奴には見切られちまうぞ。
思ったとおり、伸びきった腕をローブの人間に掴まれる。
そのままローブの人間は相手に背中を向けるようにし、懐に入り込む。
そして左手はチンピラの手首を掴んだまま、右手を相手の肘にそえる。
そのまま、チンピラの突進の勢いを使い、そいつに背負い投げをかました。
ローブの男は地面にたたきつけられ、うめいているチンピラに近づく。
途中でチンピラが使っていたナイフを拾い、倒れている男の首筋に刃を当てながら、何かをじゃべっているようだ。
するとチンピラは顔を真っ青にして抜けた腰に鞭を打って何とかその場から逃げ出した。
こうやって見てるだけでもその鮮やかな手つきに見とれてしまうぐらいだ。
「……実際戦ったら、どうかな?」
あの十字傷の男に及ぶかは分からないが、少なくともあのローブの人間は相当な実力者。
十字傷の男に会うまでの戦闘欲の解消ぐらいにはなるだろう。
「やべぇ……ちと燃えてきた……!」
尻尾の炎の勢いが多少強くなる。
ローブの人間は、いつの間にかかばっていたホブゴブリンの隣に来ていた青年に礼を言われている。
どうやらあのホブゴブリンのパートナーらしい。
しばらくして、二人が立ち去り、人だかりが散っていく頃に、そいつもすたすたと立ち去ろうとしていた。
「ちょいと待ちな!」
「……なんだ?」
そこで立ち去られては元も子も無いので、声をかける。
すると向こうから返事が返ってきた。
声からして男だが……どっかで聞いたことある声だな。
「あんた!なかなか強そうだな!一つ私と手合わせしてくれないかい?」
「……はぁ、またお前か」
また?どういうことだ?
「これで分かるか?」
私が小首をかしげているのを見て、男はフードを払いさる。
「あ……ああああああああ!?お前!」
そして露になった顔の頬には、忘れもしない十文字の傷。
意外な場所での再会だった。
で、あれから数分後。
私たちが何をしているかというと……
「……と、言うわけだ。おとなしく私のツガイになれ」
「断らせていただく」
「うがーーー!なんでだよ!?」
あの広場の近くにあるレストランで食事を取っていた。
何でかって?
腹が減ったら何もできんだろうが。戦だろうが、何だろうがさ。
というわけで、食事ついでに私のツガイになるように要求したところ、即答で断られた。
「せめてもう少し悩むそぶりを見せてくれよ!なんか私が惨めに思えてくるだろ!?」
「ふむ……やはり断らせていただく」
「うがーーーーーー!!!?」
「何に文句があるんだ?きちんと悩むそぶりを見せただろうに」
さっきからこんな感じで、どうにものらりくらりと断られてしまう。
というか、こいつもしかして天然なだけじゃないのかよ?
「なんだ?私ってそんな魅力ないか?」
「いや、そもそもそういう色事に興味が無いだけだ」
「うわ!そういう個人の趣向とか興味とかを超越するのが私たち魔物だってのに!平然と興味ない言ってきたよコイツ!!」
いやさ、そりゃ私はサキュバスとかそういったことがお手の物の連中に比べればぶっきらぼうだし、ガサツだって自覚はあるよ?
それにサバトの連中みたいに可愛らしいとも完全無欠に無縁だってことも重々承知だ。
それに……その、なんだ、仲間からも小さい言われたから女としての魅力が薄いのも分かってるんだ。
……なにが小さいかって?
……女の尊厳故に絶対言えないところだ、察せ。
閑話休題
とにかく、他の魔物に比べたら私なんか戦うしか能のない、所謂『戦闘バカ』ってのは分かりきってるんだ。
でもさ、でもよぉ……
「私がアンタを想ってる気持ちってのは……誰にも負けないって自負してんだよぉ……」
いや、こういったことは相手の気持ちも考慮しなきゃならないから、いくら自分が相手を想っていたところで、相手が想っていてくれなければ意味が無いってのは当たり前だ。
それでも、こうもあっさり断られると、ちょっと……いや、かなり悲しいものがある。
「……すまない」
向こうも、私の気持ちを汲んでいるのか、すまなそうな表情で謝罪してくる。
「……よせやい、なんか謝られると私が惨めに思えてくる……」
「……そうか」
そうとだけ言うと、男は伝票を持って席を立った。
せめてもの、ってところだろうか。
「……はぁ」
普通のサラマンダーだったら、それでも追いかけるんだろうが、今の私はいろいろと打ちのめされた気分なのでそうはしなかった。
……周りの哀れみの視線が痛ひ。その視線やめれ、というかこっちみんな。
ちくしょう。
「あのサラマンダーには悪いことをしたか……」
あれから俺は街を彷徨っていた。
理由は簡単、今日の宿を取るためだ。
まだ夜には程遠いが、これくらい早い時間に宿を取っておかないと、いざ夜になったときに宿は満室だったってことになりかねない。
「……ふむ、それで隠れているつもりか?」
ふと、隠す気のさらさらない視線を感じ、そちらに声をかける。
「へ、へへ……さっきはよくもやってくれたな、おい」
すると現れたのは先ほど叩きのめしたあの男だった。
そして、その男は近くを通りかかったであろうアリスを抱えていた。
そのアリスの首筋に刃物をあてがいながら。
「で、何のようだ?また叩きのめされにきた、とでも?」
「んなわけあるか!……あれだけ痛い目にあわされたんだ。きちんと落とし前はつけてもらわねぇとなぁ!」
「……その理論で言うなら先ほどのあれはお前の行為に落とし前をつけさせたことになるのだが」
「うるせぇ!」
そういっていきり立つ男。
ふむ、こちらから喧嘩を仕掛ける気はさらさらないが、向こうが牙をむき出しにしてきたというのなら……
「相手になってやってもいいがな」
そういって腰に佩いている刀……はるか東にある島国、ジパングで使われている刃物に手を伸ばす。
「おっと、そうはいかねぇよ!それ以上動いてみろ?この魔物のガキがどうなってもいいのか?」
「……ちっ」
男がアリスの首筋に刃物をさらに食い込ませる。
「下種どもが……」
その光景を見て、俺は刀にかけた手をおろすしかなかった。
「さぁて……お前ら!やっちまえ!!」
男の号令に従い、数人の男が現れた。
「……はっ、どこまでも下種な奴だな、貴様」
男たちが、一斉に飛び掛ってきた。
「あ〜あ、これからどうすっかな……」
男と別れてから早数分。
私は行くあてもなくふらふらと街を彷徨っていた。
私の意気消沈ぶりに、先ほどまで燃え盛っていた尻尾の炎も最早消えかけていた。
「こんなことなら姉さんにきちんと家事とか習っておくべきだった……そうすればもっと魅力あったかも……ああああああ……」
考えども、考えども、頭を埋め尽くすのは後悔というか、そういう負の感情ばかり。
はぁ、仲間の強引さが羨ましい。
「……ん?喧嘩か?」
しばらく彷徨っていると、近くの路地裏からやけに騒がしい声が聞こえる。
そして聞こえてくる、何かを殴る音。
「…………」
チロリ、と尻尾の炎が燃えた。
「……悪いねぇ、喧嘩の場面を私に聞かれちまったことを後悔するんだな」
完全に八つ当たりだった。
「ん?」
声がするほうへ向かっていると、一人の少年が私と同じ方向を目指していた。
「……お前さん、何してんだい?」
「へ?あ、あなたは……」
「私かい?……ま、通りすがりさ」
「そうですか」
そこまで言うと、少年は声がするほうを向いた。
「母と一緒に買い物に来たんですが……母とはぐれてしまいまして、探してるところなんですよ」
「へぇ……で、なんで母親探すのにこんな物騒な音が聞こえるほうを目指してるんだい?」
「……俺の母、常人離れしてますから、父さん以外の人が気安くナンパしようとして触ると、母が……」
「そうかい」
つまり少年はこの物騒な音を自分の母が発生させてるのではないか?と思っているらしい。
……どんな母親持ってるんだ、この少年は。
思わず冷や汗が流れた。
「で、あなたは?」
「私?……八つ当たりかな?虫の居所が悪いんだ」
「そうですか」
こうして雑談をしながら進んでいくと、現在進行形で喧嘩が起こっている場所にたどり着いた。
「……ざっと見たところ、女はあの男に抱えられてるアリスしかいないねぇ……」
「そうですか……ったく、あの母親はどこ行ってんだか……」
「……!あいつは!」
そして一方的に殴られてる奴の顔を見ると、それはついさっき別れた男だった。
「知り合いですか?」
「へ?あ、ああ……一応」
自分で一応とつけてへこんだ。
「そうですか。なら、助けます?」
「そうだね……袖触れ合うも他生の縁って言うしねぇ……」
「んじゃ、行きますか」
そういって少年はすたすたと喧嘩の現場へ向かっていった。
「っておいおい!大丈夫なのかい?」
「大丈夫ですよ。いまや鳶が鷹を産む時代ですよ?鷹の子が鷹じゃない理由はありませんって」
「へぇ……名前は?」
「カルです」
カルと名乗った少年の隣に並び、私は愛用の剣を肩に担いだ。
「そうかい、それじゃ……行きますか!!」
私たちは、喧嘩の中に突っ込んでいった。
「ぐぎゃ!?」
ふと、今ままで俺を殴っていた男の一人が悲鳴ともつかない声をあげて左へ吹き飛んだ。
「お早い再会だったね!大丈夫かい!?」
「お前は、さっきのサラマンダーか……」
声がしたほうをむくと、先ほど食事処で別れたサラマンダーがそこにいた。
「しっかし、こんな三下になすがままって、どうしたんだい?」
「……アリスを人質にとられた」
「なるほど……おいカル!聞いたかい!?」
「もう救出できましたよ!」
サラマンダーが声をかけたほうをむくと、まだ若い少年が人質にされていたアリスを救出していた。
アリスに刃物を向けていた男は顔面をへこませ、鼻血を出しながら地面に倒れていた。
「そっちに気が行ってたらしくて、近づくの余裕でしたよ。……というかリィナさんに比べたらチンピラなんてさ……」
最後のほうの言葉は聞こえなかったが、とにかくこれで足枷はなくなったようだ。
「ふぅ……さて、因果応報だ。悪く思うなよ?お前ら」
人質が解放されたと知って蜘蛛の子を散らすように逃げている奴らにそう言い放った。
もっとも、聞こえてないだろうが。
「私も、虫の居所が最悪なんだ……無事に逃げれると思うなよ?」
俺の隣では、サラマンダーが腰を落としていつでも走り出せる状態でいた。
翌日。
私はあの男といた。
と言うのも、あの後チンピラどもを全員のして警邏に突き出してたら、この男が宿を取れなかったと言ったのだ。
で、私はすでに宿を取ってたわけで、そこで一緒にとまらないかと提案した。
最初は渋っていた男も、今の時間だとすでにどこの宿もいっぱいだと言うことに思い当たったのか、渋々頷いた。
二人用の部屋を取っておいてよかったよ。
私は毎回二人用の部屋を宿に取ってる。
何でかって?どこでコイツに会ってもいいようにだよ。
で、今はコイツの怪我の手当て中。
昨日は大丈夫といっていたのだが、今日になってみてみると殴られていた場所が紫色とヤバイ色になっていたので、無理やり手当てを受けさせてる。
ちなみに、カルは母親と再会し、帰っていった。
でも驚いた。いつの間にやらチンピラ討伐に参加してたんだもんよ、カルの母親。
本人曰く、
「私は女の子の味方よ〜」だそうだ。
息子から事の顛末を聞いて参戦したらしい。
で、あのアリスはカルに懐いたようで、帰る方向も同じだったらしく、カル達と一緒に帰っていった。
「これでよしっと……手当てぐらい自分でできるようにしときなよ」
「すまないな。基本、こういうのはほっとくからな」
「ほっとくな、怪我を」
「むぅ」
私の言葉に神妙に唸る男。
こんなんでよく今まで生きてこれたな……
「……お前、このままじゃいつか死ぬぞ?」
「それもまた一興」
「おいおい……」
はぁ、こんな奴に惚れちまったんだよなぁ、私。
そうため息をつきながら、私は口にした。
「お前さんがどう思おうが勝手だけど、私としてはアンタに死なれたら困るんだ。惚れた相手に死なれたらさ」
「…………」
「と、言うわけだ、私はお前についていくことにしたよ」
「なにが『と、言うわけ』なんだ」
「うるせぇ!私が勝手についていくんだ!どうでもいいだろ!?」
「いや、意味が分からない」
このときはこんな風に言い合ったものの、結局私はコイツについていった。
それからしばらくして、ジンとナナリーと言う人間とサラマンダーのコンビが有名な冒険者として人々に伝えられていった。
まぁ、んなこたどうでもいい。
とにかく、昔のことだ。
で、いきなりで悪いが……
そのとき、私は負けた。
いや、正確には引き分けだったのかもしれないな。
でも、私はあの勝負は負けたと思ってる。
なんせ、こっちがへろへろで立てなかったのに、あいつは平然と立って、スタスタと立ち去っちまったからな。
ほんとにいきなりすぎて悪いな。
つまり何が言いたいかってぇと……私はそのときの男を捜してる。
なんでかって?決まってるだろう?
「あいつを私のツガイにするために決まってるだろうが!」
とある貿易都市。
海に面し、大きな港を持つその街は、貿易都市の名のとおり、貿易によってここまで発展してきた。
そして、発展した街には多くのものが集まってくる。
それは、あらゆる物品であったり、あらゆる職種の人であったり、そんな人たちを狙う魔物であったり。
他には……いろんな情報、とかさ。
「……つーわけだ、コイツを見たことはあるかい?おっさん」
「んー……ワリィな嬢ちゃん。見たことも聞いたこともねぇや。こんだけ目立つナリしてりゃ、目立つと思うんだけどな……」
「そうかい……酒飲みの邪魔しちまったな。じゃあな」
「おう」
そういうわけで私はその街で情報を探している。
それはある人物についての情報。
しかし、進展は思ったように無く、こうして酒場での情報収集も無駄足だったってわけだ。
「たくよぉ、どこに行っちまったんだよ、コイツは」
そういいながら、自分の手のひらの上にある水晶から映し出される映像を見やる。
パッと見、これといって特徴の無い、強いて言うなら長身がやや目立つか?と言った風貌の男。
しかしよく見ると、その顔の右頬に刻まれた十字の傷が異様な存在感を放っていることが分かるだろう。
名前は知らない。どこの生まれかも知らない。
ただ分かるのが、コイツは風みたいな奴だ、と言うこと。
私と出会ったときだってそうだった。
風のようにフラリと現れ、そして戦いが終わったら風のようにフラリと去っていく。
今でも昨日のように思い出すことができる、あの太刀筋。
それは魔物の中でも武闘派に区分されるであろう私のような奴でも、一瞬の恐怖を感じてしまうほど美しい、冴え渡った一筋の光。
それを思い出すたび、私の胸の奥は熱くなり、私の尻尾の炎も燃え滾るってモンだ。
「……とと、やばいやばい、街中で燃やすわけにはいかんだろう」
しかし、はたと冷静になりあわてて心を落ち着かせる。
と言っても、日に日に勢いを増す炎を鎮めることは並大抵のことではないが。
それでも、下手なことして牢屋にポイッとされてしまえば目も当てられない。
根性で何とか鎮めることに成功した。
「ふぅ……早く会いたいな……」
長いこと胸の奥にくすぶり続ける炎は日に日に勢いを増していく。
はぁ……このままじゃ根性で抑えてられるのも時間の問題だぞ……
そうため息をつく。
まったく、サラマンダーなんて魔物に生まれちまうと、どうにもこういうところが不便でしょうがないね。
「……ん?なんか騒がしいな」
と、そこでなにやら広場のほうが騒がしいことに気がつく。
「……何かあるのか?祭りごととか」
もちろんそんなわけは無いのだが、何があったのか気になるのは事実なので、人の流れに逆らわず騒がしい方へといってみる。
「ん?あー……喧嘩か?こんな真昼間から」
広場にできた人だかりを掻き分け、時には邪魔な奴を尻尾の一撃でぶっ飛ばしながらなんとか人だかりの最前列にたどり着くと、そこには向かい合った二人の人間と、
片方の人間の背中に隠れるようにしているホブゴブリンだった。
背中にホブゴブリンを隠した人間は全身を黒いローブで覆い隠しており、顔も同じ色のフードで覆っているため、性別や体型などが一切分からない。
かたや、その人間と向かい合っているのはいかにも街のチンピラといった感じの男。
正直、こういう馬鹿丸出しがかっこいいと勘違いしてる奴趣味じゃないな。
ここからじゃ聞こえないが、なにやらチンピラの方が何かを叫んでいるようだ。
しかし、ローブの人物はそれを一切合切無視。
その態度に我慢がならなかったのか、チンピラはローブの人間に向かって突進していく。その手にはナイフが握られていた。
小さいものだが、人を殺めるのには十分すぎる得物だ。
しかし、如何せん街のチンピラ。
その扱いは粗雑そのもの。
現に、チンピラの攻撃はローブの人間にヒラリヒラリとかわされ、空を切る。
しかも、ローブの人間は背後にホブゴブリンをかばいながらというハンデがある。
それでいて、かわし、時にいなしてホブゴブリンに被害が及ばないようにもしている。
「……あいつ、できるな。只者じゃあない」
業を煮やしたのか、チンピラが腰だめにナイフを構え、突進していく。
が、相手に刺さる範囲外からナイフを突き出すように腕を伸ばしている。
ありゃだめだ。仮にあたったとしても、ロクに痛手を与えられるモンじゃない。
そもそも、それなりの腕がある奴には見切られちまうぞ。
思ったとおり、伸びきった腕をローブの人間に掴まれる。
そのままローブの人間は相手に背中を向けるようにし、懐に入り込む。
そして左手はチンピラの手首を掴んだまま、右手を相手の肘にそえる。
そのまま、チンピラの突進の勢いを使い、そいつに背負い投げをかました。
ローブの男は地面にたたきつけられ、うめいているチンピラに近づく。
途中でチンピラが使っていたナイフを拾い、倒れている男の首筋に刃を当てながら、何かをじゃべっているようだ。
するとチンピラは顔を真っ青にして抜けた腰に鞭を打って何とかその場から逃げ出した。
こうやって見てるだけでもその鮮やかな手つきに見とれてしまうぐらいだ。
「……実際戦ったら、どうかな?」
あの十字傷の男に及ぶかは分からないが、少なくともあのローブの人間は相当な実力者。
十字傷の男に会うまでの戦闘欲の解消ぐらいにはなるだろう。
「やべぇ……ちと燃えてきた……!」
尻尾の炎の勢いが多少強くなる。
ローブの人間は、いつの間にかかばっていたホブゴブリンの隣に来ていた青年に礼を言われている。
どうやらあのホブゴブリンのパートナーらしい。
しばらくして、二人が立ち去り、人だかりが散っていく頃に、そいつもすたすたと立ち去ろうとしていた。
「ちょいと待ちな!」
「……なんだ?」
そこで立ち去られては元も子も無いので、声をかける。
すると向こうから返事が返ってきた。
声からして男だが……どっかで聞いたことある声だな。
「あんた!なかなか強そうだな!一つ私と手合わせしてくれないかい?」
「……はぁ、またお前か」
また?どういうことだ?
「これで分かるか?」
私が小首をかしげているのを見て、男はフードを払いさる。
「あ……ああああああああ!?お前!」
そして露になった顔の頬には、忘れもしない十文字の傷。
意外な場所での再会だった。
で、あれから数分後。
私たちが何をしているかというと……
「……と、言うわけだ。おとなしく私のツガイになれ」
「断らせていただく」
「うがーーー!なんでだよ!?」
あの広場の近くにあるレストランで食事を取っていた。
何でかって?
腹が減ったら何もできんだろうが。戦だろうが、何だろうがさ。
というわけで、食事ついでに私のツガイになるように要求したところ、即答で断られた。
「せめてもう少し悩むそぶりを見せてくれよ!なんか私が惨めに思えてくるだろ!?」
「ふむ……やはり断らせていただく」
「うがーーーーーー!!!?」
「何に文句があるんだ?きちんと悩むそぶりを見せただろうに」
さっきからこんな感じで、どうにものらりくらりと断られてしまう。
というか、こいつもしかして天然なだけじゃないのかよ?
「なんだ?私ってそんな魅力ないか?」
「いや、そもそもそういう色事に興味が無いだけだ」
「うわ!そういう個人の趣向とか興味とかを超越するのが私たち魔物だってのに!平然と興味ない言ってきたよコイツ!!」
いやさ、そりゃ私はサキュバスとかそういったことがお手の物の連中に比べればぶっきらぼうだし、ガサツだって自覚はあるよ?
それにサバトの連中みたいに可愛らしいとも完全無欠に無縁だってことも重々承知だ。
それに……その、なんだ、仲間からも小さい言われたから女としての魅力が薄いのも分かってるんだ。
……なにが小さいかって?
……女の尊厳故に絶対言えないところだ、察せ。
閑話休題
とにかく、他の魔物に比べたら私なんか戦うしか能のない、所謂『戦闘バカ』ってのは分かりきってるんだ。
でもさ、でもよぉ……
「私がアンタを想ってる気持ちってのは……誰にも負けないって自負してんだよぉ……」
いや、こういったことは相手の気持ちも考慮しなきゃならないから、いくら自分が相手を想っていたところで、相手が想っていてくれなければ意味が無いってのは当たり前だ。
それでも、こうもあっさり断られると、ちょっと……いや、かなり悲しいものがある。
「……すまない」
向こうも、私の気持ちを汲んでいるのか、すまなそうな表情で謝罪してくる。
「……よせやい、なんか謝られると私が惨めに思えてくる……」
「……そうか」
そうとだけ言うと、男は伝票を持って席を立った。
せめてもの、ってところだろうか。
「……はぁ」
普通のサラマンダーだったら、それでも追いかけるんだろうが、今の私はいろいろと打ちのめされた気分なのでそうはしなかった。
……周りの哀れみの視線が痛ひ。その視線やめれ、というかこっちみんな。
ちくしょう。
「あのサラマンダーには悪いことをしたか……」
あれから俺は街を彷徨っていた。
理由は簡単、今日の宿を取るためだ。
まだ夜には程遠いが、これくらい早い時間に宿を取っておかないと、いざ夜になったときに宿は満室だったってことになりかねない。
「……ふむ、それで隠れているつもりか?」
ふと、隠す気のさらさらない視線を感じ、そちらに声をかける。
「へ、へへ……さっきはよくもやってくれたな、おい」
すると現れたのは先ほど叩きのめしたあの男だった。
そして、その男は近くを通りかかったであろうアリスを抱えていた。
そのアリスの首筋に刃物をあてがいながら。
「で、何のようだ?また叩きのめされにきた、とでも?」
「んなわけあるか!……あれだけ痛い目にあわされたんだ。きちんと落とし前はつけてもらわねぇとなぁ!」
「……その理論で言うなら先ほどのあれはお前の行為に落とし前をつけさせたことになるのだが」
「うるせぇ!」
そういっていきり立つ男。
ふむ、こちらから喧嘩を仕掛ける気はさらさらないが、向こうが牙をむき出しにしてきたというのなら……
「相手になってやってもいいがな」
そういって腰に佩いている刀……はるか東にある島国、ジパングで使われている刃物に手を伸ばす。
「おっと、そうはいかねぇよ!それ以上動いてみろ?この魔物のガキがどうなってもいいのか?」
「……ちっ」
男がアリスの首筋に刃物をさらに食い込ませる。
「下種どもが……」
その光景を見て、俺は刀にかけた手をおろすしかなかった。
「さぁて……お前ら!やっちまえ!!」
男の号令に従い、数人の男が現れた。
「……はっ、どこまでも下種な奴だな、貴様」
男たちが、一斉に飛び掛ってきた。
「あ〜あ、これからどうすっかな……」
男と別れてから早数分。
私は行くあてもなくふらふらと街を彷徨っていた。
私の意気消沈ぶりに、先ほどまで燃え盛っていた尻尾の炎も最早消えかけていた。
「こんなことなら姉さんにきちんと家事とか習っておくべきだった……そうすればもっと魅力あったかも……ああああああ……」
考えども、考えども、頭を埋め尽くすのは後悔というか、そういう負の感情ばかり。
はぁ、仲間の強引さが羨ましい。
「……ん?喧嘩か?」
しばらく彷徨っていると、近くの路地裏からやけに騒がしい声が聞こえる。
そして聞こえてくる、何かを殴る音。
「…………」
チロリ、と尻尾の炎が燃えた。
「……悪いねぇ、喧嘩の場面を私に聞かれちまったことを後悔するんだな」
完全に八つ当たりだった。
「ん?」
声がするほうへ向かっていると、一人の少年が私と同じ方向を目指していた。
「……お前さん、何してんだい?」
「へ?あ、あなたは……」
「私かい?……ま、通りすがりさ」
「そうですか」
そこまで言うと、少年は声がするほうを向いた。
「母と一緒に買い物に来たんですが……母とはぐれてしまいまして、探してるところなんですよ」
「へぇ……で、なんで母親探すのにこんな物騒な音が聞こえるほうを目指してるんだい?」
「……俺の母、常人離れしてますから、父さん以外の人が気安くナンパしようとして触ると、母が……」
「そうかい」
つまり少年はこの物騒な音を自分の母が発生させてるのではないか?と思っているらしい。
……どんな母親持ってるんだ、この少年は。
思わず冷や汗が流れた。
「で、あなたは?」
「私?……八つ当たりかな?虫の居所が悪いんだ」
「そうですか」
こうして雑談をしながら進んでいくと、現在進行形で喧嘩が起こっている場所にたどり着いた。
「……ざっと見たところ、女はあの男に抱えられてるアリスしかいないねぇ……」
「そうですか……ったく、あの母親はどこ行ってんだか……」
「……!あいつは!」
そして一方的に殴られてる奴の顔を見ると、それはついさっき別れた男だった。
「知り合いですか?」
「へ?あ、ああ……一応」
自分で一応とつけてへこんだ。
「そうですか。なら、助けます?」
「そうだね……袖触れ合うも他生の縁って言うしねぇ……」
「んじゃ、行きますか」
そういって少年はすたすたと喧嘩の現場へ向かっていった。
「っておいおい!大丈夫なのかい?」
「大丈夫ですよ。いまや鳶が鷹を産む時代ですよ?鷹の子が鷹じゃない理由はありませんって」
「へぇ……名前は?」
「カルです」
カルと名乗った少年の隣に並び、私は愛用の剣を肩に担いだ。
「そうかい、それじゃ……行きますか!!」
私たちは、喧嘩の中に突っ込んでいった。
「ぐぎゃ!?」
ふと、今ままで俺を殴っていた男の一人が悲鳴ともつかない声をあげて左へ吹き飛んだ。
「お早い再会だったね!大丈夫かい!?」
「お前は、さっきのサラマンダーか……」
声がしたほうをむくと、先ほど食事処で別れたサラマンダーがそこにいた。
「しっかし、こんな三下になすがままって、どうしたんだい?」
「……アリスを人質にとられた」
「なるほど……おいカル!聞いたかい!?」
「もう救出できましたよ!」
サラマンダーが声をかけたほうをむくと、まだ若い少年が人質にされていたアリスを救出していた。
アリスに刃物を向けていた男は顔面をへこませ、鼻血を出しながら地面に倒れていた。
「そっちに気が行ってたらしくて、近づくの余裕でしたよ。……というかリィナさんに比べたらチンピラなんてさ……」
最後のほうの言葉は聞こえなかったが、とにかくこれで足枷はなくなったようだ。
「ふぅ……さて、因果応報だ。悪く思うなよ?お前ら」
人質が解放されたと知って蜘蛛の子を散らすように逃げている奴らにそう言い放った。
もっとも、聞こえてないだろうが。
「私も、虫の居所が最悪なんだ……無事に逃げれると思うなよ?」
俺の隣では、サラマンダーが腰を落としていつでも走り出せる状態でいた。
翌日。
私はあの男といた。
と言うのも、あの後チンピラどもを全員のして警邏に突き出してたら、この男が宿を取れなかったと言ったのだ。
で、私はすでに宿を取ってたわけで、そこで一緒にとまらないかと提案した。
最初は渋っていた男も、今の時間だとすでにどこの宿もいっぱいだと言うことに思い当たったのか、渋々頷いた。
二人用の部屋を取っておいてよかったよ。
私は毎回二人用の部屋を宿に取ってる。
何でかって?どこでコイツに会ってもいいようにだよ。
で、今はコイツの怪我の手当て中。
昨日は大丈夫といっていたのだが、今日になってみてみると殴られていた場所が紫色とヤバイ色になっていたので、無理やり手当てを受けさせてる。
ちなみに、カルは母親と再会し、帰っていった。
でも驚いた。いつの間にやらチンピラ討伐に参加してたんだもんよ、カルの母親。
本人曰く、
「私は女の子の味方よ〜」だそうだ。
息子から事の顛末を聞いて参戦したらしい。
で、あのアリスはカルに懐いたようで、帰る方向も同じだったらしく、カル達と一緒に帰っていった。
「これでよしっと……手当てぐらい自分でできるようにしときなよ」
「すまないな。基本、こういうのはほっとくからな」
「ほっとくな、怪我を」
「むぅ」
私の言葉に神妙に唸る男。
こんなんでよく今まで生きてこれたな……
「……お前、このままじゃいつか死ぬぞ?」
「それもまた一興」
「おいおい……」
はぁ、こんな奴に惚れちまったんだよなぁ、私。
そうため息をつきながら、私は口にした。
「お前さんがどう思おうが勝手だけど、私としてはアンタに死なれたら困るんだ。惚れた相手に死なれたらさ」
「…………」
「と、言うわけだ、私はお前についていくことにしたよ」
「なにが『と、言うわけ』なんだ」
「うるせぇ!私が勝手についていくんだ!どうでもいいだろ!?」
「いや、意味が分からない」
このときはこんな風に言い合ったものの、結局私はコイツについていった。
それからしばらくして、ジンとナナリーと言う人間とサラマンダーのコンビが有名な冒険者として人々に伝えられていった。
11/04/08 16:11更新 / 日鞠朔莉