連載小説
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後篇
人っ子一人いない浜辺で、私とマリナが向かい合う。マリナの顔は熱した鉄の様に赤く、瞳には涙を溢れんばかりに溜め込み、今にも決壊しそうだった。
気持ちはわかる。あれだけの自慰を見られたら誰だって泣きたくなるだろう。
気まずい空気が流れる。出来れば逃げ出したかったが、彼女は今の私の生命線だったので、その気持ちを必死にこらえた。
しかし、このまま静寂が続けば、居辛くなった彼女は何処かへ行ってしまうかも知れない。私は心の中で激しく悩んだ。悩んだ末……
「あ、あの……」
「…………はい」
「い、いい天気ですね……」
見なかった事にした。
「そ、そうですね……」
マリナもぎこちなく相槌を打った。ここには私と彼女だけ。両者の同意が得られれば、何でもありなのだ。今ここに薄暗い不可侵条約が結ばれた。
「………………」
「………………」
「……だってしょうがないじゃないですか!!」
意外にも彼女の方から条約を破棄した。
「何処へ行っても儀式儀式で忙しくて恋人作る暇ないですし!目の前で性交見せつけられますですし!とにかく欲求不満なんですよ!」
彼女は溜め込んでいた感情を、というか劣情を爆発させるように、怒鳴りつけるように私にぶちまける。
「それなのにあんな小説見ちゃったら……!!もう!人間の小説があんな破廉恥だなんて知りませんでした!」
「でも、結構楽しそうに読んでたじゃないですか」
思わず口に出してしまう。
しまった。と思った瞬間、マリナは脇に抱えた石板を振り回す。目の前を横切る風圧で前髪が揺らめく。当たったら死んでた。
本だってものによれば武器になるというのに、石板なんて凶器そのものじゃないか。細身な見た目に反して力持ちなのかもしれない、と右へ左へと体を振りながら私は思った。


マリナの猛攻を避けながら必死にどうどうとなだめ、彼女も攻撃の手を休め始めた頃。
私は頃合いと思いマリナにどうすればいいのか相談した。この無人島から抜け出す方法を、だ。マリナの怒りもどうやら収まったようで、肩で息を切らしながら私の話を聞いた。
「早く帰る方法、ですか……。あ……」
と、彼女は何か閃いたようで、しかしすぐに顔を赤らめて俯く。
「なにか、いいアイディアがあるんですか?」
「ある事は、あるんですけど……」
何処か躊躇うような口振りで答える。
「どんな方法でも構いません。私に出来る事があればなんでもします」
最早手段は選べない状況だ。彼女の気が変わる前に一刻も早く帰還せねばならなかった。
「本当に、ですか?」
「男に二言はありません。遠慮なさらないで下さい」
マリナは少し考えた後、何か決心したように真剣な面持ちで私を見た。
「それならば」
私の目の前に両手を突き出す。その手には、私の小説。
「これと、同じことをして下さい!私と!!」


砂浜に、落ちていた布を敷き詰めて作った絨毯に二人で向かい合って座る。彼女は小説を開く。
「では、始めます」
マリナは絨毯に寝そべり、私はマリナにのしかかる様に上になった。
「まず……」
マリナ顔を赤らめながら、開いた小説に目をやる。
「熱い接吻を交わす、ようです」
そう聞いた私は、ゆっくりと彼女の唇へ近づく。マリナは恥ずかしいのか、目をつむっている。
どちらが先でなく、唇を重ねる。
「ん……ちゅ……ふ……あむぅ……」
柔らかなマリナの唇をこじ開け、私の舌が侵入する。マリナの舌と私の舌が絡み合い、まるでそれが一つの性交である様にみっちりと、絡みついてた。
「ん……ぷはぁ……」
ゆっくりとと口を引くと、唾液の糸がたらりと二人の唇に橋をかけていた。
「あ……えと……次は……」
マリナは本に目をやり、ページをめくっている。


彼女は私との性交を要求した。それも、官能小説を再現するように、というマニアックな条件を付けて。
本を内容に追従する理由はともかく、魔物娘と肉体関係を持つことがどういう意味を持つかのか。私は知らないわけじゃない。
覚悟していた。いや、むしろ望んでいたと言っていい。それが事務的だったとしても、それが彼女達シー・ビショップの習性だったとしても、私を助けてくれたマリナの優しさにいつの間にか心を奪われていたのだ。
世間一般には、彼女らは人類の敵だ。国を挙げて魔物を滅ぼそうとする国もある。しかしここは無人島。人もいなければ常識もルールもない、私とマリナだけの世界。私がマリナを拒絶する理由は、無かった。
「次に、お互いの服を……脱がします……」
彼女は私のシャツのボタンに手を掛ける。一つ、また一つと器用に外していき、私は胸を露見させた。まじまじと見られるのはなんだか恥ずかしかった。
私も負けじと彼女の服を脱がす。胸の蝶結びになっている紐をつまむと、ゆっくり引っ張る。
するすると音を立ててほどけると、マリナのたわわな胸がさらけ出された。
二つの膨らみの頂きで桃色に張りつめた突起。思わず目が追ってしまう。
「脱がした後は、その……ご奉仕します……胸で」
自分のモノを、マリナの二つに挟み込む。もっちりとした感触と、温かい温もりに包まれる。その快感に思わず蠢いてしまう
「あ、つ…い……」
彼女は蕩けた瞳でペニスを凝視している。そして、左右から胸に手を当てて寄せる。圧迫する感触に私はビクリと跳ねた。
緩やかに圧迫を続けながら、マリナは乳房を上下に動かし始める。
「ん…ん……ん……」
あまり経験はないのだろうか、その動きはどことなくぎこちない。しかし、その不規則さを逆に心地よく感じている。
ゆったり、激しく、時には左右交互に、そして、思い出したかの様にペニスを舐める。鼓動が高鳴り、射精感がこみあがる。
「あ、あの、マリナさん。もう、出そう……」
「え?あ、す、すみません。思わず夢中になっちゃって。この小説だと、ここでは出さないんですよね」
寸止めですね、といい、ペニスを圧迫から解放する。
「出すのは、こちらで……ね?」
指で下の口を広げ、私を誘惑した。そっと、私の張りつめたそれを近づけると、まるで丸呑みするかの様にくわえ込まれた。
「あ……んんぅ……!!」
「うぅ……!」
先程の柔らかな刺激とはまた違う。ギュウギュウに締め付けられるような快楽に、私は声を上擦らせてしまう。頭が真っ白になりそうな気持ちよさだった。
ペニスはズブズブと彼女の中へと入り込み、やがて根本まで全てのみこまれてしまった。
「男性は……腰をゆっくりと振り始めます……」
彼女に言われるがまま、腰を引き、また押し込む。
「あん…っ!」
彼女は体をそらせ、甘い声をあげた。私もその一振りで果ててしまいそうになる。
しかし、ここで終わらせてはならない。最後まで、本の通りにこなすのだ。私は動きながらも彼女の言葉を待った。
「最初はゆったりと、徐々に動きが早くなって……っ!!」
動作がスムーズになると、ピストン運動もスピードがついてくる。断続的に、リズミカルに、彼女に腰を打ち付けた。
「あ、さ…最、後は、あぁっ……っ!!」
声を震わせ、口元を涎で濡らしながらマリナは話す。
「な…か…に……いぃ…っ!!」
「っ……!!」
マリナの中で、私が膨張するのを感じた。その瞬間。
彼女の膣内で、暴発した。彼女の奥に叩きつけるように白濁を何度も吐き出す。
「んあ、ひああああああぁ……!!」
身を震わせ、私とマリナは、ゆったりと体を預けるように寄せ合う。
「あの……」
「うん……。何かな、マリナさん」
「マリナ、って呼んでください」
「……マリナ」
「それと……もう一回……」
「……え?……」
その後、スイッチが入ってしまった彼女は、長年の鬱憤を晴らす様にひたすらに腰を振り続けた。
私達は時間も忘れて行為に耽った。彼女の体の火照りがさめたのは、日が沈んでの事だった。


静かな海中を泳いでいる。いや、海底に足をつけ、ゆっくりと歩くように進んでいる。
すぐ隣で魚たちが、桃色の珊瑚の周りで元気に泳いでいた。同じ世界とは思えないほど幻想的だった。海の中がこんなにも美しいとは……
「変な感覚になっていると思いますが、直に慣れてきますよ」
マリナは私の手を取り、ゆるりと引っ張る様に泳いでいる。
どうやらマリナは性行為の間にポセイドンの儀式を執り行っていたらしく、そのおかげで私は海に適応した肉体に作り変えられていたようだ。
「しかし、それなら本の通りにエッチしなくても良かったのでは?」
「それにしてもあなたがこの本書いたなんて驚きでした!他にも色々書かれてるんですか?」
と、マリナは小説を広げ、質問してくる。話をすり替えられた気がする。因みに小説が海中でふやけないのはこれまたポセイドンの力だそうだ。
「ええまあ。ジャンルは全部官能小説なんですけどね」
「……他のジャンルは書かれないんですか?」
その質問に、思わず立ち止まってしまった。
「あ……ごめんなさい。変な質問をしてしまって……」
何かを察したのか、マリナは心配そうに私を伺う。
「ああ、いえ。大丈夫です」
自分でも掘り返したくない話だが、それでもマリナには話したかった。
「最初の頃は、色々書いてたんですよ」
私は、マリナに話しながら、ゆっくりと懐かしくもほろ苦い思い出を追憶した。

そこそこ良家の家柄に生まれた私は子供の頃、運動が得意ではなかった。そのせいか、周りの子たちが外ではしゃぎ回ってる時も、家の中で本を読み耽っている事が多かった。
本の中で大冒険を繰り広げる主人公に胸ときめかせ、時には食事も睡眠も忘れてページをめくっていた。
私には弟がいる。弟は明るい性格で活発な、私とは真逆、光と影のような関係だった。それでも兄弟仲は良かったのは、弟の人懐っこさのおかげだろう。
母親はよく私達を対比した。弟のように外に出なさい、子供は外で元気に遊ぶものです。そうよく怒られたものだ。
それでも私は本を読んだ。大きくなるにつれ、母も口うるさく言う事はなくなった。
私はある夢を抱いた。作家になって、かつての自分のように誰かを感動させるような本を世に送る事。
作家になる事は難しい事じゃない。本を作って売ればそれで作家だ。親の資産もあり、製本に関して苦労することは無かった。
最初のうちは色々なものを書いていた。恋愛小説や怪奇小説、推理小説、子供向けの冒険物語なんかも。
しかし、真面目に文豪ぶって書いたそれらよりも男女の情事を綴った、淫らな挿絵が何枚もついた小説ほうがはるかに売れた。
それが分かって以降、私は官能小説だけを書いていた。大好きだった小説は、いつしかつまらない仕事に代わってしまった。
今更他の仕事が見つかるわけもなく、私は作家を続ける他なかった。性欲を持て余すが、女を買う金もないし魔物娘は恐ろしい。そんな若者たちの為に、私はひたすら書き続けた。
良い事もあった。なんと、公にはされてないが教団が補助金を出してくれた。どういう理由なのか、詮索することは残念ながら出来なかった。しかしおかげで私は生活で困らない程の収入を得ることが出来た。
決して官能小説が悪いと言っているのではない。ただ、自分の夢と世間が求めるもの、その深い溝を見せられた私は、知らぬ間に絶望していた。未来に希望を抱く若者にはよくある事だった。


一切合財を話した後、マリナは呟くように
「そうだったんですね……」
とだけ言った後、しばらく黙り込んでいた。短い静寂の後
「私、考えたんですけど」
マリナが口を開いた。
「作ればいいんじゃないでしょうか、自分の本」
一瞬、何を言っているのか分からなかったが、私に対する助言だとわかり、黙って彼女の話に耳を傾けることにした。
「お金が沢山貰えるからって、無理して好きじゃない本を作る事はないと思います。もっと直に生きたらいいんじゃないですか!夢を諦めるのはよくありませんよ!」
「私に例えるならですね、人を助けたり、儀式を執るのは種族としての個性、仕事のようなものです。本が好きだったり、誰かを愛したりするのは私の個性、自由なんです。貴方も言ったように、作家の仕事は本を作って売る事です!何を書くかはあなたの自由なんですよ!」
話すにつれ、マリナの語気は強くなっていた。仕事の中にも自由はある、もう少し柔軟になれ。そう言いたいのだろうか。話を聞くうち、私の中で何かがふつふつと音をたて初めた。
「簡単に言いますけどね、誰も読まない本なんて紙の無駄なんです!作る意味なんてないんですよ!」
「だったら売れるようにもっと面白く書けばいいんですよ!」
「マリナさんは他人事だからいいですけど、私はお金がなきゃ生きてけないんです!魔物じゃないんだから!」
「他人事じゃありません!!」
今までで一番力のこもった言葉に、私も思わず口を噤んだ。
「私、決めました。一生貴方と添い遂げます!もしひもじい思いをしたら、またお魚取ってきます!だから心配いりません、思い切り自分の書きたいものを書いて下さい!」
私はいつの間にやら愛の告白を受けていた。彼女に似合わずなんとも男らしいと思った。
頭はパニックでこんがらがる。どうしてこんなにも勝手なのか。初めて会った時からそうだ!ホイホイと一人で話を進めるし!かと思えば次の日来ないし!本読みながらオナニーするむっつり人魚だし!
………………
こんな、こんな私の事なんて、気にする事ないのに……
「なんで……」
自然と震えた声が出てしまった。目頭も熱い。海中だから分からないが、私は泣いているようだった。
「なんで、そこまで私に優しくしてくれるのですか?」
「それは」
マリナが私にぐいと顔を近づける。
「私が貴方の大ファンだからです」
彼女は私の手を取り、にっこりと微笑んだ。
「…………………」
とにかく私は、情けない思いでいっぱいになっていた。だから、せめて返事はしっかりしたくて、現状思いつく限り最高の言葉を選んだ。
「……何かと迷惑をかけるかもしれません。苦しい思いをさせるかもしれません」
「それでももし、こんなダメな男を許してもらえるのなら……」
けれども、感情でいっぱいになった頭では月並みな言葉しか出てこなかった。私は顔をくしゃくしゃに歪めて、マリナの手を強く握りしめた。
「どうか、私と一緒にいて下さい……」
私は、彼女のプロポーズを受け、静かに唇を寄せた。


その後……
無事帰路に着いた私は、正式にマリナと婚約した。それと共に、これからの為にある準備を始めた。
有り金をはたいて、大きな船を一隻こしらえたのだ。私達の新たな住居だ。大きな水槽もあり、マリナとはいつも一緒にいられる。
魔物と契りを交わした事を知った教団は支援を打ち切り、私たちは追われる身となった。
船を作った理由がこれだ。教団は海の魔物たちを恐れ、海へ逃げた連中を深追いしないのだ。
おかげで私も執筆作業に没入する事が出来る。スランプは解消され、今では驚くほどスラスラと書けてしまう。
今書いているのは長編のシリーズ小説だ。主人公が魔物娘と共に財宝を求めて世界中をめぐる話。笑いあり、涙あり、そして濡れ場もある。自分でいうのは恥ずかしいが、傑作になりそうな気がする。
「このお話、一体どんなラストになるんですか!?」
マリナは私のサポート兼、ファン第一号(自称)として、いつも隣で私が書いた原稿を読んでいる。今まで見た事がない速度で尾ひれを振り回している。
「まだ秘密」
「愛する妻に隠し事ですか!?」
「物はいいようですね」
彼女がこうして楽しく読んでくれている事が何よりの励みなのだ。教えるわけにはいかなかった。
それに主人公がどんな冒険をするか、全て考えているわけでは無いのだ。ただ、一つだけ決めていることがある。


結末はハッピーエンド。それだけは外せない。
14/04/19 18:45更新 / 牛みかん
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■作者メッセージ
最後まで読んでいただきありがとうございました。
シー・ビショップの説明と違い積極的に見えるのは彼女の性格ということで一つ。

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