結
次にエバが目を覚ました時、外では既に朝日が顔を覗かせていた。窓から朝日が差し込み、それがベッドの上の二人を照らし出していた。
「ううん……」
陽光を浴び、覚醒したエバが起き上がる。眠たげに目を擦り、座り込んだまま大きく伸びをする。そして隣に目をやり、未だ眠りこけている男に視線を移す。
「起きて。もう朝だよ」
そしてそう言いながら、肩に手を当てて優しく揺り起こす。男はすぐにそれに反応し、身じろぎしながら目を開け起床する。
起床後、寝転んだまま男がエバを見る。二人が視線を重ね、二人揃って笑みを浮かべる。
「おはよう」
好きな人が近くにいる。それがたまらなく嬉しい。そんなことを感じながら、エバが男に声をかける。
おはよう。男も同じ言葉を返し、上体を起こす。二人並んでベッドに座り、仲良く朝日を背中に浴びる。
「結局熟睡しちゃったね」
男の肩に頭を載せ、エバが困ったように告げる。男も苦笑し、寝ちゃったなーと呑気に返す。
二人とも仮眠を取る気でいたが、本気で寝込んでしまったことに少し驚いていた。しかしこれはこれで素敵な時間だったので、嫌と言うわけではまったくなかった。
「普通に寝すぎたなあ……なんかすっごい贅沢した気分だね」
日常を忘れ、愛する人と肉欲に溺れ、思う存分楽しんだ後は惰眠を貪る。普通の人間の常識からは考えられない爛れた生活。
しかし今はそれが許されている。むしろそれを推奨すらされている。堕落の味の、なんと甘美なことか。
堕ちてよかったと、この時二人は心から思った。
「ねえねえ、落ち着いたらまたやろうよ。他にも衣装は色々あるからさ」
そしてエバの欲望はまだ収まっていなかった。彼女はまだまだ精を搾り取る気でいた。
対する男も、あの程度では全然満足していなかった。もっとエバを味わいたいと、目覚めた脳味噌が盛んに訴えていた。愛し合うアルプとインキュバスは、ここで再び心を通わせ合った。
しかしそこで、二人の肉欲に水を差される。
「あっ」
まったく唐突に、男の腹が鳴り出したのだ。どこまでも欲望に正直な肉体である。
自分の意志と無関係に空腹を訴えた己の体を恥じ、男が顔を赤くしてそっぽを向く。しかしエバはそれを受け流そうとはせず、意地悪そうにクスクス笑って男に問いかけた。
「お腹すいたんだ?」
男が固まる。しかしすぐに肩の力を抜き、小さく首を縦に振る。
欲望に正直であった。しかしエバはそれを悪いとは思わなかった。つまらないプライドに囚われて意固地になるより、正直に自分の感情を曝け出してくれる方がずっと嬉しかった。
そんな気持ちになりながら、声のトーンを和らげてエバが続けて言った。
「それじゃあ僕が何か作ってあげる」
えっ。即座に男が反応する。反射的に男がエバの方を向き、二人の視線が再び交錯する。
驚いた男の顔を見ながら、微笑みを浮かべてエバが続ける。
「本気だよ? 僕だってやる時はやるんだから」
それは男も承知していた。彼が驚いたのはそこではない。
わざわざ自分のために彼女が料理を作ってくれる。男はそこに驚き、感激したのだ。
「そんな大袈裟だなあ。これくらい当然だよ」
しかしエバは、正直に自分の気持ちを明かした男に向かって、そうあっさり返した。これくらいやって当然である、彼女は本気でそう思っていた。
だがこの時、男は釈然としないものを抱えていた。エバだけに全部任せるのは男が廃る。彼はそう考えていた。
だから彼は、その気持ちも正直に伝えた。
「お節介だね。大丈夫だって言ってるのに」
それに対し、エバは言葉ではそう反応した。しかしその表情は嬉しさで輝いていた。口調も朗らかに弾み、喜んでいたのは自明だった。
男が自分を労わってくれる。その気遣いに感激しない道理は無かった。そうして笑顔を見せたまま、エバが男に言った。
「それじゃ、一緒に作ってくれる? 一人より二人でした方が速いだろうし」
もちろん。男はすぐに首肯した。エバもつられて頷き、二人同時にベッドから降りる。
直後、思い出したようにエバが言う。
「そうだ、服着ないと」
油が跳ねて肌に飛んで来たら大変である。エバはその危険性に気づいたのだ。男もエバの意図を察し、二人はすぐにクローゼットへ足を向けた。
男がエバを呼び止めたのは、その直後だった。
「えっ、どうしたの?」
既にクローゼットで服を見繕うつもりでいたエバは、男からのいきなりの制止に戸惑った。そしてその場で足を止め、不思議そうにこちらを見つめるエバに向けて、男が一つ提案をした。
せっかくだから、借りてきた服を着て料理してみないか?
「――ああ」
聡い軍師はすぐに彼の言葉の意味を理解した。エバの視線が衣装の入った袋に向けられ、そこに男の視線も刺さる。
「いいね、それ」
エバの顔に笑みが浮かぶ。何の逡巡も躊躇もせず、彼女は男の提案に心から賛同した。
「うん、やろう! 面白そうだ!」
即断即決。気持ちのいい返事である。迷いのないエバの返答を受け、男も自然と頬が緩む。
彼を差し置いて、エバが早速行動に移る。一人袋の元へ向かい、中を覗いて適当なものを物色していく。まるでショッピングを楽しむかのように、彼女は軽やかな気持ちでコスプレ道具を探していった。
「これとかいいかも」
数十秒後、適当なものを見つけたエバが声を上げる。そして着てみるから後ろを向いてと男に告げ、注文通り男が後ろを向く。
男の背後で布の擦れる音が響く。何を着てくるのか気になり、男の期待が否が応でも膨らんでいく。
「こっち向いていいよ」
許可が下りる。男がすぐに振り返り、そしてそこにあるものを見て目を丸くする。
「えへへ。どうかな」
そこにいたのは、メイド服を身に着けたエバだった。それもエロスを求めた過激なものではなく、機能性と見栄えを重視した露出皆無のロングスカートタイプであった。ヘッドドレスも当然装着済みであり、更にアクセントとして伊達メガネもかけていた。
仕事人が良家で雑務をこなすために纏う作業着。エバが着ていたのは、まさにそれである。
「ミニスカートのやつもあったんだけど、今回は敢えて普通のやつでいってみようと思ったんだ」
その場で一回転し、丈の長いスカートを翻らせながら、エバが愉しげに言う。そして一回転し終わった後、前かがみになって男を見ながらエバが重ねて問う。
「どうかな? 変じゃないかな?」
最高だよ。考えるより前に口が動いた。条件反射であり、男のウソ偽りない本心である。
「本当? やった! 褒めてくれて嬉しい!」
一方、男の答えを聞いたエバも嬉しそうに歯を見せて笑った。自分の格好を褒められるのはこれでもう何度目かわからないが、それでも嬉しいものは嬉しいのだ。
「――それではご主人様、早速ご飯を作りに行きましょう」
嬉しさを噛み締めながら、襟元を正したエバがそれっぽい所作で男に告げる。既にプレイは始まっていた。男もそれに頷き、そそくさと服を着て身だしなみを整え、改めてエバと向き合う。
「さあ、手を」
メイド姿のエバが静かに手を差し出す。男が手を伸ばし、エバの手を優しく握り締める。
二人の指が絡み合い、互いの手をしっかり握り合う。そこから二人横並びになり、仲良くキッチンへ歩き出す。
「そうだ、ご主人様」
歩く中でエバが声をかける。すぐに男が応じ、エバが続けて口を開く。
「もし僕が上手に料理を作れたら……その時は、ご褒美をいただいても、いいでしょうか?」
言いながら、上目遣いでエバが見つめてくる。自分のメイドが何を求めているのか、男はすぐ察した。
察した上で、男はそれを拒まなかった。エバの手を強く握り、もちろんと言い切る。
直後、エバの顔がぱあっと明るくなる。
「――えへへ♪」
太陽のように眩しい笑顔だった。心から喜びを見せるエバの姿に心打たれ、男の体が一気に熱くなっていく。本当に太陽の傍に立っているかのようだった。
だが、悪くない。むしろ最高だ。男は心からそう思った。
「腕によりをかけて作りますから、楽しみにしててくださいね!」
そこにエバの言葉が割り込んでくる。このタイミングでそんなことを言われれば、否が応でも期待が高まるというものだ。食事も、その後のデザートも、心ゆくまで楽しませてもらおう。男は本当に主になったかのように気持ちを昂らせ、エバと共に歩を進めた。
夜を越え、日を跨いでも、二人の爛れた時間はまだまだ終わらなかった。
「ううん……」
陽光を浴び、覚醒したエバが起き上がる。眠たげに目を擦り、座り込んだまま大きく伸びをする。そして隣に目をやり、未だ眠りこけている男に視線を移す。
「起きて。もう朝だよ」
そしてそう言いながら、肩に手を当てて優しく揺り起こす。男はすぐにそれに反応し、身じろぎしながら目を開け起床する。
起床後、寝転んだまま男がエバを見る。二人が視線を重ね、二人揃って笑みを浮かべる。
「おはよう」
好きな人が近くにいる。それがたまらなく嬉しい。そんなことを感じながら、エバが男に声をかける。
おはよう。男も同じ言葉を返し、上体を起こす。二人並んでベッドに座り、仲良く朝日を背中に浴びる。
「結局熟睡しちゃったね」
男の肩に頭を載せ、エバが困ったように告げる。男も苦笑し、寝ちゃったなーと呑気に返す。
二人とも仮眠を取る気でいたが、本気で寝込んでしまったことに少し驚いていた。しかしこれはこれで素敵な時間だったので、嫌と言うわけではまったくなかった。
「普通に寝すぎたなあ……なんかすっごい贅沢した気分だね」
日常を忘れ、愛する人と肉欲に溺れ、思う存分楽しんだ後は惰眠を貪る。普通の人間の常識からは考えられない爛れた生活。
しかし今はそれが許されている。むしろそれを推奨すらされている。堕落の味の、なんと甘美なことか。
堕ちてよかったと、この時二人は心から思った。
「ねえねえ、落ち着いたらまたやろうよ。他にも衣装は色々あるからさ」
そしてエバの欲望はまだ収まっていなかった。彼女はまだまだ精を搾り取る気でいた。
対する男も、あの程度では全然満足していなかった。もっとエバを味わいたいと、目覚めた脳味噌が盛んに訴えていた。愛し合うアルプとインキュバスは、ここで再び心を通わせ合った。
しかしそこで、二人の肉欲に水を差される。
「あっ」
まったく唐突に、男の腹が鳴り出したのだ。どこまでも欲望に正直な肉体である。
自分の意志と無関係に空腹を訴えた己の体を恥じ、男が顔を赤くしてそっぽを向く。しかしエバはそれを受け流そうとはせず、意地悪そうにクスクス笑って男に問いかけた。
「お腹すいたんだ?」
男が固まる。しかしすぐに肩の力を抜き、小さく首を縦に振る。
欲望に正直であった。しかしエバはそれを悪いとは思わなかった。つまらないプライドに囚われて意固地になるより、正直に自分の感情を曝け出してくれる方がずっと嬉しかった。
そんな気持ちになりながら、声のトーンを和らげてエバが続けて言った。
「それじゃあ僕が何か作ってあげる」
えっ。即座に男が反応する。反射的に男がエバの方を向き、二人の視線が再び交錯する。
驚いた男の顔を見ながら、微笑みを浮かべてエバが続ける。
「本気だよ? 僕だってやる時はやるんだから」
それは男も承知していた。彼が驚いたのはそこではない。
わざわざ自分のために彼女が料理を作ってくれる。男はそこに驚き、感激したのだ。
「そんな大袈裟だなあ。これくらい当然だよ」
しかしエバは、正直に自分の気持ちを明かした男に向かって、そうあっさり返した。これくらいやって当然である、彼女は本気でそう思っていた。
だがこの時、男は釈然としないものを抱えていた。エバだけに全部任せるのは男が廃る。彼はそう考えていた。
だから彼は、その気持ちも正直に伝えた。
「お節介だね。大丈夫だって言ってるのに」
それに対し、エバは言葉ではそう反応した。しかしその表情は嬉しさで輝いていた。口調も朗らかに弾み、喜んでいたのは自明だった。
男が自分を労わってくれる。その気遣いに感激しない道理は無かった。そうして笑顔を見せたまま、エバが男に言った。
「それじゃ、一緒に作ってくれる? 一人より二人でした方が速いだろうし」
もちろん。男はすぐに首肯した。エバもつられて頷き、二人同時にベッドから降りる。
直後、思い出したようにエバが言う。
「そうだ、服着ないと」
油が跳ねて肌に飛んで来たら大変である。エバはその危険性に気づいたのだ。男もエバの意図を察し、二人はすぐにクローゼットへ足を向けた。
男がエバを呼び止めたのは、その直後だった。
「えっ、どうしたの?」
既にクローゼットで服を見繕うつもりでいたエバは、男からのいきなりの制止に戸惑った。そしてその場で足を止め、不思議そうにこちらを見つめるエバに向けて、男が一つ提案をした。
せっかくだから、借りてきた服を着て料理してみないか?
「――ああ」
聡い軍師はすぐに彼の言葉の意味を理解した。エバの視線が衣装の入った袋に向けられ、そこに男の視線も刺さる。
「いいね、それ」
エバの顔に笑みが浮かぶ。何の逡巡も躊躇もせず、彼女は男の提案に心から賛同した。
「うん、やろう! 面白そうだ!」
即断即決。気持ちのいい返事である。迷いのないエバの返答を受け、男も自然と頬が緩む。
彼を差し置いて、エバが早速行動に移る。一人袋の元へ向かい、中を覗いて適当なものを物色していく。まるでショッピングを楽しむかのように、彼女は軽やかな気持ちでコスプレ道具を探していった。
「これとかいいかも」
数十秒後、適当なものを見つけたエバが声を上げる。そして着てみるから後ろを向いてと男に告げ、注文通り男が後ろを向く。
男の背後で布の擦れる音が響く。何を着てくるのか気になり、男の期待が否が応でも膨らんでいく。
「こっち向いていいよ」
許可が下りる。男がすぐに振り返り、そしてそこにあるものを見て目を丸くする。
「えへへ。どうかな」
そこにいたのは、メイド服を身に着けたエバだった。それもエロスを求めた過激なものではなく、機能性と見栄えを重視した露出皆無のロングスカートタイプであった。ヘッドドレスも当然装着済みであり、更にアクセントとして伊達メガネもかけていた。
仕事人が良家で雑務をこなすために纏う作業着。エバが着ていたのは、まさにそれである。
「ミニスカートのやつもあったんだけど、今回は敢えて普通のやつでいってみようと思ったんだ」
その場で一回転し、丈の長いスカートを翻らせながら、エバが愉しげに言う。そして一回転し終わった後、前かがみになって男を見ながらエバが重ねて問う。
「どうかな? 変じゃないかな?」
最高だよ。考えるより前に口が動いた。条件反射であり、男のウソ偽りない本心である。
「本当? やった! 褒めてくれて嬉しい!」
一方、男の答えを聞いたエバも嬉しそうに歯を見せて笑った。自分の格好を褒められるのはこれでもう何度目かわからないが、それでも嬉しいものは嬉しいのだ。
「――それではご主人様、早速ご飯を作りに行きましょう」
嬉しさを噛み締めながら、襟元を正したエバがそれっぽい所作で男に告げる。既にプレイは始まっていた。男もそれに頷き、そそくさと服を着て身だしなみを整え、改めてエバと向き合う。
「さあ、手を」
メイド姿のエバが静かに手を差し出す。男が手を伸ばし、エバの手を優しく握り締める。
二人の指が絡み合い、互いの手をしっかり握り合う。そこから二人横並びになり、仲良くキッチンへ歩き出す。
「そうだ、ご主人様」
歩く中でエバが声をかける。すぐに男が応じ、エバが続けて口を開く。
「もし僕が上手に料理を作れたら……その時は、ご褒美をいただいても、いいでしょうか?」
言いながら、上目遣いでエバが見つめてくる。自分のメイドが何を求めているのか、男はすぐ察した。
察した上で、男はそれを拒まなかった。エバの手を強く握り、もちろんと言い切る。
直後、エバの顔がぱあっと明るくなる。
「――えへへ♪」
太陽のように眩しい笑顔だった。心から喜びを見せるエバの姿に心打たれ、男の体が一気に熱くなっていく。本当に太陽の傍に立っているかのようだった。
だが、悪くない。むしろ最高だ。男は心からそう思った。
「腕によりをかけて作りますから、楽しみにしててくださいね!」
そこにエバの言葉が割り込んでくる。このタイミングでそんなことを言われれば、否が応でも期待が高まるというものだ。食事も、その後のデザートも、心ゆくまで楽しませてもらおう。男は本当に主になったかのように気持ちを昂らせ、エバと共に歩を進めた。
夜を越え、日を跨いでも、二人の爛れた時間はまだまだ終わらなかった。
18/04/23 20:06更新 / 黒尻尾
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