連載小説
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Lust duel.「光の中に完結するようなことは別に無かった物語」
 こうして1つのデュエルが終わった。実際は全く進んでいないように見えたが、とにかく終わりは終わりである。最後が今一つ締まりの悪い展開になってしまったようにも見えるが、終わりと言うのは大抵呆気ないものなのだ。
 
「……本当にこれで終わり?」
「はい。結果を言えば私の負けですね」
「なんていうか、淡々としてるな。もっと劇的な終わり方をするかと思っていたが」
「もっと長く続ければそういうことも起きたかもしれませんね。でもほら、これ以上やると体が保ちませんから。だからこれくらいの長さで十分なんです」
「ああ」
 
 アンからの提言に、サイスが思い出したように声を上げる。彼らは今回のデュエルを、小休止込みで半日ほどかけて遊んでいた。これ以上ダラダラ進めるのは、健康的な側面から言って非常によろしくない。この時アンはそう言っていたのである。
 特にサイスは人間だ。魔物と違って、少し無茶をやらせると簡単に壊れてしまう。アンはそのことをよく承知していた。もちろん、さっさと発情させて愛を交わし、インキュバス化させれば万事解決となる案件でもあった。むしろそちらの方がずっと魔物娘らしい解決法である。
 しかし彼女はそんな――非常に個人的な――願望を抑え込み、あくまで彼を「人間」のまま元の世界に帰すことにこだわった。それはつまるところ、「己の暇潰し」という目的のために彼を振り回してしまったことへの申し訳なさから来る、贖罪の念の表れであった。
 
「魔物ってもっと自己中心的なものだと思ってたんだけどな」
「まあそういう方もいるにはいますけれどね。私はこれでも淑女ですから。その辺りはキッチリけじめをつけておきたいんですよ」

 デュエル終了後、召喚器を腕から外しながら問いかけてくるサイスに対し、アンは照れを隠すように笑いながらそう答えた。もっともこの両者のやり取りには、少なからぬ隔たりがあった。サイスはアンの「償いの気持ち」には気付いておらず、故に彼は「自分の身を慮ってくれたこと」に対してそうコメントしたに過ぎなかったのだ。
 それでもサイスがアンを好人物と見ていることは揺るがない事実である。そしてアンもまた、自分に対して素直に感謝してくれるサイスに好意の念を抱き始めていた。ほんの僅かな溝など、1度合体してしまえば簡単に埋まってしまうものだ。
 
「モンスターになってみた気分はどんな感じだった? 面白かった?」
「まあ、そうだな。最初いきなり呼び出された時は『ふざけんなこの野郎』って思ったけど、やってるうちに段々楽しくなってきた感はあるかな」
「もう1回やってみたいって思ったりするんですか?」
「悪い気はしないぜ。でも次はちゃんとアポ取って呼んでほしいってのが本音だな。問答無用で召喚ってのはやりすぎだぜ」
 
 なおこの時、サイスとアンの都合でこちらに連れて来られていた魔物娘達は、その後すぐには帰らず不思議の国に留まっていた。ある者はお茶会の続きを始めたり、またある者は不思議の国の住人とトランプゲームを始めたりしていた。不思議の国の住人に周りを取り囲まれ、彼らから質問責めに遭っている者もいた。
 具体的に言うと、質問責めを食らっていたのはマーシャーク一人だけだった。水槽に入れられ、満足に動けない彼女の存在は、半ばランドマークと化していた。もっともマーシャーク自身も質問を浴びせられること自体に抵抗は持っておらず、方々から投げかけられてくる質問の山を嫌な顔一つせずに順々に消化していった。
 
「失礼します。少々お時間よろしいでしょうか?」

 サイスとアンの元にトランパートの一人がやって来たのは、まさにその時だった。彼女、クローバーのジャックは2人の決闘者を前にして一礼した後、彼らをまっすぐ見つめながら神妙な面持ちで話しかけてきた。
 
「実はお二人に是非とも会ってみたいと仰られている方がおりまして。お手数ですが、その方の元まで私とご一緒していただけないでしょうか?」
「会いたい人?」
「誰です?」

 クローバーのジャックからの呼びかけに、サイスとアンがそれぞれ反応する。二人から問いかけられたトランパートは一度両者を見た後、真面目な顔で二人に答えた。
 
「ハートの女王様です」




 今しがた二人がやっていたカードゲームを自分の国でも流行らせたい。
 それがハートの女王の望みだった。そして彼女はそのカードゲームを流行らせるために、つい先程までそれを興じていた二人に対し、そのゲームの宣伝を行ってほしいとも要求した。当然受けてくれれば報酬は払うし、両者共に相応の待遇で扱うと、有難い注釈を加えることも忘れなかった。
 トランパートに連れられて女王の住まう宮殿に連れてこられた二人は、そこで女王直々にそのようなことを告げられたのである。二人は揃って驚愕し、ほんの一瞬ではあるものの体を石のように硬直させた。
 
「でもいいですねそれ。是非ともやってみましょう」

 しかしその一瞬後、アンがすぐさま返答した。葛藤も躊躇もない、見事なまでの即答だった。
 隣にいたサイスが驚愕したのは言うまでもない。
 
「おい待てよ。そんな簡単に引き受けていいのか?」
「いいじゃありませんか。こんな面白そうな話、引き受けない方がどうかしてますよ」
「面白いってお前……」
「ご安心ください。プランも既に用意してあります。私だって、別に無計画でこの話に飛びついたわけじゃ無いんですかね?」

 呆れるサイスにアンが言い返す。その彼女の顔は見るからに楽しそうであった。
 これはもう逆らえる流れではない。マッドハッターの楽しげな顔を見たサイスは直感した。そして眼前の魔物娘に従う他ないと感じた彼は、すぐに彼女に同調した。
 郷に入っては郷に従え。彼なりの処世術である。
 
「……わかったよ。付き合うよ。じゃあまず、そのお前のプランとやらを聞かせてくれよ」
「いいですとも。では元いた場所に戻ってからお話しするとしましょう」
「ここで話していかないのか?」
「尺の都合です。最後なので巻いていきましょう」

 アンがしれっと言い放つ。サイスは時々、アンが何を言っているのか分からなくなることがあった。ハートの女王は彼女の言い分を聞いて、それに同意するように首を縦に振っていた。魔物娘にしかわからない「何か」があるというのだろうか?
 そこまで考えて、サイスはそれについて考えるのを止めた。これ以上このことに関して踏み込んではいけないと、何やら危険な気配を感じたからだ。これも彼なりの長生きの秘訣であった。
 
「では、戻るとしましょうか」

 そこでアンが声をかけ、サイスの意識を現実に引き戻す。我に返ったサイスは反射的に頷き、それを見たアンも頷き返して転移魔法の呪文を詠唱し始める。
 詠唱は数秒で終わった。辺りの空気が微かに震え、その後彼らの眼前の空間が楕円形に裂ける。裂け目の奥はマーブル状に溶けた虹が歪んで蠢き、この世のものではないかのような不気味な雰囲気を醸し出していた。
 便利な魔法だと、その空間の裂け目を見ながらサイスは素直に思った。そんなサイスを尻目に、アンが一足先に裂け目の中に足を踏み入れる。
 
「では参りましょうか」

 片足を突っ込んだ状態でアンが手を差し伸べる。サイスも臆することなくそれを掴み、二人同時に裂け目の中に入っていく。そうして二人が歪む虹の中へ突入すると同時に裂け目が閉じられていき、音も無くそれが閉じられていく。
 裂け目が元通りに塞がるのと、二人が元いた場所に帰ってきたのは、ほぼ同時のことだった。観客の大半は帰ってしまっていたが、彼らが「召喚」した面々はまだその場に留まっていた。そしてここに留まっていた彼女達は、引き裂かれた空間の奥から帰ってきたサイス達に気づき、二人を一斉に見つめてきた。
 
「それで? お前のプランっていうのはどういうものなんだ?」
 
 そんな魔物娘達を見つめ返しつつ、サイスは早速アンに尋ねた。アンも待ってましたと言わんばかりに不敵な笑みを浮かべ、サイスを見ながら口を開いた。
 
「簡単です。王の力を借りるんですよ」
「王の?」
「ええ。砂漠の王たちです」

 そう言って、アンがある一点に視線を向ける。一拍遅れてサイスも同じ所に目を向ける。
 そこではファラオとアポピスが腕相撲に興じていた。ティータイムに使っていたテーブルを占拠し、そこで剣を交えていたのである。
 そんな砂漠の宿敵二人は、サイス達の視線にすぐさま気づいた。そしてすぐさま勝負を中断し、二人して彼らを見つめ返した。彼女達は揃って額に汗を浮かべ、僅かに肩を上下させていた。
 疲れるほど戦っていたのか。サイスは興味を持ったが、話が長くなりそうなので今は突っ込まないことにした。
 
「どうした? わらわ達に何用か?」

 アポピスが問いかける。それを聞いたアンが一歩前に出る。
 
「はい。お二人の力をお貸ししてほしいんです」

 そして臆面も無く言ってのける。今度はファラオがそれに食いつく。
 
「それはどういうことでしょう? 良ければ話していただけませんか?」
「わらわも気になるな。話してみせよ」

 流れに遅れまいとアポピスが催促する。面白そうな気配を察知した他の魔物娘がわらわらと集まってくる。
 頃合いだ。その場の全員が集まってきたのを見たアンが、そこで初めて腹案を披露した。
 
「実はちょっと、こういうことをしたいと思っておりまして――」




 不思議の国で件のカードゲームを広めるために、ファラオ達の力を利用する。それがアンのアイデアであった。
 
「お二人の莫大な魔力を介して、我々の行うデュエルの光景を投影したいのです。それも不思議の国全域に見えるくらいデカデカとね。ちまちま宣伝するより、こうして一気に広めた方が効率が良いかと思いまして」
「ほう」

 アンの提案と、それを行う理由までを聞いたファラオ達は、最初悪くなさそうな反応を見せた。断られるのではないかとサイスは一瞬根拠のない不安に駆られたが、すぐにそれは杞憂に終わった。
 
「いいでしょう。私が憎きアポピスを打ち負かす姿を不思議の国全ての者に見せつけることが出来ると言うのであれば、それに乗らない手はありませんからね」

 まず初めにファラオが賛同する。続けてアポピスが同じように首肯する。
 
「わらわも構わぬぞ。ファラオを打ち破り、こ奴が屈辱に震える姿を皆々に見せつけてやろうではないか」
「ほう? 本当にそんなこと出来ると思っているのですか?」
「貴様こそ、わらわに勝てると本気で思っているのか? 能天気もここまで来ると、却って見事よな」
「なんですって?」
「やるか?」

 ファラオとアポピスが二人して睨み合い、熱い火花を散らす。それを無視してサイスがアンに尋ねる。
 
「あの二人にデュエルやらせるのか?」
「私としてはデュエルの映像を見せられればそれでいいんですけどね。お二人が凄いやる気を見せてるので、それでもいいかなと」
「ルールとかはどうするんだ」
「そこは私達でフォローするんですよ」
「そういうことか」

 面倒なことになりそうだ。サイスは渋い表情を見せたが、後の祭りであった。今や彼以外の全員が、このプランに乗り気であった。そして何より、サイス本人もまたこれを「面白そうだ」と感じていた。
 
「絶対退屈はしませんから。一緒にやりましょうよ」

 まだ決めきれていないと思ったのか、アンが追い打ちをかける。実際、それがサイスにとって最後の一押しとなった。

「……わかったよ。こうなったら最後まで付き合うよ」

 こうして、彼はマッドハッターのプランに乗っかることになった。
 
 
 
 
「レディース、エーン、ジェントルメーン!」

 数分後、不思議の国中にアンの声が響き渡る。彼女はマイクを片手に、頭上からスポットライトを浴びながら活き活きとした姿を見せていた。その姿はアン本人がどこからともなく調達してきた撮影用カメラに映され、さらにそれは彼女の遥か頭上に立体映像としてデカデカと投影されていた。ライトとカメラを動かしているのは雇われトランパート達であり、カメラの映像を彼女らの頭上に投影しているのはファラオ達の力であった。
 どのようにしてファラオ達が映像を遥か上空に投影しているのかについては企業秘密だった。そして当のファラオとアポピスは、アンの目の前で正面から向かい合い、腕に例の召喚器をはめていた。
 
「さあさあ寄ってらっしゃい見てらっしゃい! マッドハッターがお送りする一大イベント! とあるカードゲームを使ってのデュエル大会だーっ!」
 
 そんな二人の決闘者を交互に見ながら、アンが器用に口を動かしていく。今回の彼女の仕事はデュエルの進行役である。今回のイベントの説明や、二人の決闘者の説明を流暢な語り口で進めていき、初見の観客でも戸惑わないように最大限の配慮を加えていた。
 なお当初は、サイスとアンがそれぞれファラオとアポピスをサポートする方向でいた。しかし本番前に二人が「自力で出来る」と言って聞かなかったので、結局彼女らに丸投げすることになったのであった。
 
「今回の対戦カードはこちら! 遥か異国、砂の大地に覇を唱える宿敵同士の一騎打ち! 命を燃やした真剣勝負! 不思議の国の皆様皆様、見ていかないと絶対損ですよ!」
「楽しんでるなあいつ」
「まさに天職ですよね」

 しかしまったくもって良く回る舌であった。アンは実に楽しそうに進行役をこなしていた。お役御免となったサイスは他の「モンスター」役と一緒に遠くからその光景を眺めていたが、遠目にも彼女が活き活きとしていたのは明らかであった。
 なお彼らの周りには、話を聞きつけてこの場にやってきた魔物娘でごった返していた。不思議の国にどれだけ人数がいるかはわからなかったが、より多くの者に周知してもらうという点では、少なくとも成功している感はあった。
 
「アポピス、降参するなら今の内ですよ。そちらの方が私には絶対に敵わないということを思い知るよりも、味わう屈辱はずっと軽いはずです」
「それはこちらの台詞よ。貴様こそわらわの足元に這いつくばるのが嫌なら、今の内に白旗を挙げるべきだと思うぞ。貴様も死ぬほどの恥辱を好んで味わいたくはなかろう」
「滑稽ですね。あなたにそんなことが本当に出来るとでも?」
「無論だ。貴様を捻り潰すことなど造作も無いわ。いいか、これが最後の警告だ。屈辱に塗れたくなければ、今すぐ負けを認めるのだな」

 そして当の決闘者の方も、アンに負けず劣らずハッスルしていた。全身から敵意を剥き出しにし、互いに睨み合って闘志をぶつけ合っていた。その彼女達の戦意もまた、遠くから観戦していたサイス達もありありと感じ取ることが出来た。
 二人を取り巻く雰囲気が、今すぐ殴り合いに発展しそうな剣呑さであったのが恐ろしいところであったが。
 
「はいはい、そこまで! お二人とも、ここはデュエルで勝負を決する場ですよ。実力行使はルール違反ですからね」

 しかしそこでアンが水を差す。彼女の横槍を受けた二人は敵意を削がれ、同時にここで本当にするべきことを思い出した。最初にアポピスが咳払いをし、続けてファラオが腕に嵌めた召喚器を手でさする。
 
「そういえばそうでしたね。今回はこれで戦うのでした」
「ふ、ふん。まあわらわは知っていたがな。では思い出したところで、早速始めるとしようか?」

 虚勢を張ったアポピスがファラオとマッドハッターに問いかける。ファラオは素直に首肯し、アンも頷いて同意する。その後アンが手短に最後の説明を済ませ、その後二人のデュエリストに最終確認を取る。
 
「ではお二人とも、準備は良いですか?」
「もちろんです」
「わらわも良いぞ」
「では」

 二人の同意を得たアンが、そこで一旦言葉を切る。そして両者を交互に見やり、その視線に応えるように二人が叫ぶ。
 
「デュエル!」

 直後、周りの熱意が高まるのをサイスは肌で感じた。未知のゲームを前に、彼らもノってくれているようだった。
 その熱に突き動かされるように、ファラオが声高に宣言をした。
 
「先攻は私がもらいます!」

 彼女の頬は緩み、顔はどことなく上気していた。どうやらファラオもこのゲームを楽しんでいるようだった。それを知ったサイスもまた、熱気あふれる群衆の中にあって穏やかな表情を浮かべてみせた。やはりゲームと言うのは楽しんで遊ぶのが一番なのだ。
 そしてそんな楽しい気分を味わいながら、ファラオは慣れた手つきで手札の中からカードを一枚引き抜き、それを召喚器のスリット部分に挿し込んだ。
 
「私は手札からフィールド魔法、王家の領域を発動!」
「うん?」

 嫌な予感がした。サイスの笑みが僅かに強張る。彼の隣にいたジャイアントアントが何かを察したように、サイスの服の袖を小さく引っ張る。
 直後、ファラオの背後の地面が大きく盛り上がっていった。派手な音を立てて大地が隆起し、やがてそこに大きな台形の土台が出現した。
 
「サイス様、ちょっとよろしいでしょうか?」

 それが出現すると同時に、音も無く近づいてきたアンがサイスに声をかける。僅かに驚きつつ彼女の方を向くサイスに対し、アンが続けて口を開く。
 
「ファラオさんのフィールド魔法が発動されましたので、その設営作業を手伝っていただきたいのですが」
「……やっぱりそういうタイプなのか?」
「はい。もちろん私も協力しますので、お願い出来るでしょうか」

 アンからの真摯な申し出に対し、サイスは素直に首を縦に触れなかった。ここでいう「王家の領域」がどの程度のスケールのものなのか、全く想像がつかなかったからだ。もっと言うと想像したくもなかった。
 そしてそれは、彼の周りにいた魔物娘達――前のデュエルで「モンスター」役として呼び出され、勝手を知っていた面々も同様であった。彼女達はサイスと同じく、一人残らず渋い顔を浮かべていた。
 
「どこまで工事すればいいんですかねそれ」
「国を作れってこと?」
「やっぱこのカードゲーム流行んねえよ」

 うん、まあ、流行らないだろうな。サイスは最後のマーシャークの言に、心中で大いに同意した。
 そんなサイスに、アンが目をキラキラさせて話しかける。
 
「さあ! 早速作業を始めましょう! 大丈夫、みんなでやればすぐに終わりますよ!」




 この後不思議の国に二つの新興国家が誕生することになるのだが、それはまた別の話である。
17/04/01 20:34更新 / 黒尻尾
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