連載小説
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Duel.7「パロディウスだ!」
「バトル!」

 アンの無慈悲な宣告が響き渡る。アポピスが会心の笑みを浮かべ、ファラオが表情を強張らせる。
 そのファラオを指差しながら、アンが声高に命令を放つ。
 
「アポピスでファラオを攻撃! これで終わりです!」
「応ッ!」

 漆黒の蛇が意気高く答える。その後アポピスが姿勢を低め、腰から下をくねらせながら這うようにしてフィールドを素早く駆け抜けていく。
 アポピスがファラオの眼前に迫る。即座にアポピスが身を起こし、鬼気迫る表情で互いに睨み合う。
 
「悪いな。今回ばかりはわらわの勝ちだ!」
「アポピス……ッ!」

 零距離でアポピスが勝利を告げる。悔しさを滲ませながらファラオが返す。
 直後、アンが即興で思いついた技名を言い放つ。
 
「行きなさいアポピス! アブソリュート・ヴェノム!」
「終わりだ!」

 アポピスは空気の読める魔物娘だった。アンの命名センスに突っ込むことはせず、彼女の望むままに行動を起こす。
 長い尾でファラオの腹を縛り、右手でファラオの顔面を鷲掴みにする。
 
「アブソリュート・ヴェノム!」

 復唱するかのようにアポピスが叫ぶ。こういうのも中々に面白い。この時アポピスはそれに対してほんの僅か快感を覚えたが、同時に彼女はそれを墓の下まで持っていくことに決めた。さすがにこれは子供っぽいにも程がある。ファラオにバレたらそれこそ恥辱の極みだ。
 その間コンマ一秒。彼女がそこで思考を打ち切ると同時に、ファラオを掴んだ右手から漆黒の魔力が放出される。それは快楽や堕落とは無縁の、純粋な破壊のエネルギーだった。
 アポピスは本気でファラオを討ち滅ぼそうとしていた。
 
「滅びるが良い! ファラオ!」
「リバースカードオープン!」

 サイスが叫ぶ。アポピスとアン、そして観客の耳にそれは届かなかった。アポピスの放つ魔力の奔流が間欠泉の如き大音量で鳴り響き、彼の声をかき消したのだ。もっと言うとファラオを襲う魔力の波が彼女の背後にいたサイスをも覆い隠し、それによってカードの開閉すらも衆目から隠してしまったのである。なおアポピスの放つ破壊のベクトルは全てファラオに向けられていたので、サイスがとばっちりを食うことは無かった。
 閑話休題。よってサイスが伏せカードを発動させたことに周りが気づいたのは、アポピスがあらかた魔力を出し終えて満足げにファラオから手を離した直後だった。
 
「ふう。わらわの勝ちだな」
「くっ……」

 アポピスの攻撃を凌いだファラオが苦虫を噛み潰したような顔でその場で片膝をつき、それを見降ろしながらアポピスが勝利を確信する。そしてこの時、ファラオが姿勢を低めたがために、アポピスは何の障害も無しにサイスの姿を視認することが出来た。
 故にアポピスが一番最初にそれに気づく。続いてサイスの側の墓地にいた面々が気づき、次にアンの側と観客達がそれを視界に納める。
 真っ先にアポピスがそれに反応する。
 
「なんだ。貴様何をした?」
「二人が戦闘を始めた直後に、こいつを発動させてもらったんだ」

 そこまで言って、サイスが自ら発動させたカードに視線を移す。そこには薄暗がりの部屋の中、ボンテージ姿のダークエルフに向かって土下座しながら、何かを必死に請う全裸の男の姿が描かれていた。誰が何について懇願しているのか、サイスは考えないことにした。
 それを見ながら、そのカード名を声高に宣言する。
 
「罠カード、『泣きの一回』! バトルが行われた際に発動することが出来る罠カードだ。こいつの効果はその戦闘によって生じるモンスターの破壊を無効化し、戦闘によって生じたダメージを計算した上で、再び同じ戦闘を行うことが出来る!」
「戦闘をやり直しする効果だと?」

 効果を聞いたアポピスが驚く。周りの面々も殆ど同じ反応を見せる。
 その後、アンが訝しむように首を傾げてサイスに尋ねる。
 
「ですがそれだと、やり直しても結局ファラオが破壊されて終わりですよね。何かまだ切り札があるので?」
「もちろんあるとも。だがまずは処理だ。このカードの効果でファラオの破壊を無効化し、ダメージ計算を行う」

 サイスの言葉に合わせて、彼のライフポイントが300ポイント減少する。それを見てから、サイスが改めて説明を行う。
 
「そしてその後、もう一度バトルを行うのだが……俺はここで、ファラオの効果を発動させてもらう!」
「なに!?」

 アンが驚いてみせる。決して「演出」ではない。ファラオが効果モンスターということを初めて知り、本気で驚いていた。
 そのアンに向かってサイスが言葉をぶつける。
 
「ファラオの効果発動! このカードは相手モンスターと戦闘を行う際、一回だけ自身の攻撃力に守備力を加えることが出来る!」
「えっ!?」

 ファラオが真っ先に驚く。彼女も彼女で、自分のカードの効果を理解していないようだった。
 思わずサイスが突っ込みを入れる。
 
「いや、カード作ったのお前だろ」
「とりあえず出てこれればそれで良かったので、あまりその辺考えてなかったんですよね……」
「適当に作ったって言うのか?」
「はい。思いついたのを片っ端から突っ込んだ感じです」
「お前さあ……」

 あまりにもノープランすぎる。軽率極まりないファラオの行動を聞き、サイスが呆れたように呟く。当のファラオは申し訳なさそうに苦笑をこぼしながら頭を掻くだけだった。
 まあいい。過ぎた話だ。サイスはそうして気持ちを切り替え、すぐに目の前のバトルに集中した。今大事なのは、このデュエルに勝つことだ。
 
「と、とにかく、俺はこいつの効果を使って、ファラオの守備力と攻撃力を入れ替える! ちなみにファラオの守備力は2600だ」
「そんな手を使ってくるか!」
「でもそれ、なんで今使ったんです?」
「演出だよ演出」

 驚くアポピスを尻目に、アンが不思議そうに尋ねる。サイスはそれに対して投げ遣りな調子で返し、アンもそれを聞いて「なるほど」と納得する。
 本当は自分も忘れてて、伏せカードを発動した時に思い出したなんて言えない。
 本題に戻る。
 
「この効果によって、ファラオの攻撃力は3900になる! これで終わりだ!」
「覚えておきなさいアポピス! いつの時代も、最後に勝つのは正義なのです!」
「ぐ、ぐぬぬぅ……!」

 真剣な顔で言い放つファラオを睨みながら、アポピスが悔しげに歯を食いしばって苦悶の表情を浮かべる。一方のアンは万策尽きたことを悟り、どこか穏やかな顔つきでサイスとファラオを見つめていた。表情だけでなくその纏う気配もまた、アポピスとは対照的だった。
 その二人を見ながら、サイスが最後の宣言をする。
 
「ファラオの攻撃! マインドクラッシュ!」
「それはダメぇ!」

 反射的にアンが叫ぶ。サイスのコールを受けて飛び出したファラオが、一足飛びでアポピスの眼前まで迫ったところで動きを止める。
 サイスとファラオが揃ってアンを見つめる。対戦者二人の視線を受けながら、一転して必死の顔つきになったアンが口を開く。
 
「あのいや、それはちょっと露骨すぎるので、控えてもらえると助かりますね……」
「なんで?」
「普通の技名だと思うのですが。何か不味いことでもあるのですか?」
「それはさすがにメジャーすぎます。比較的マイナーだったりディープなものならともかく、そこまで行ってしまうと彼らに嗅ぎつけられる可能性が跳ね上がってしまうんです」
「?」

 マッドハッターは頑として動かなかった。何故この魔物娘は今になってここまで慎重になっているのだろうか? アンの話を聞いた二人は思わず顔を見合わせて首を傾げた。互いの墓地で待機していた魔物娘と観客も同様だった。
 彼らは自分達がどれだけ危うい綱渡りをしているのかということに全く気付いていなかった。
 
「とにかく、駄目なものは駄目です。そういう直球なものはやめてくださいね」
 
 無知とは幸福である。
 
「ま、まあ、お前がそこまで言うなら、名前変えるけどさ……」

 そしてサイスは人の言う事を素直に聞ける人間だった彼はアンの提言を受け入れ、その場で新しい技の名前を考えることにした。まだバトルは続いている。出来るだけ早く代替案を生み出さなければ、この気まずい空気がいつまでも続くことになる。
 そのプレッシャーの中で、サイスはすぐさま次の技名を思いついた。中断されてから僅か2秒後のことである。速い方ではあったが、その間至近距離で互いを直視しあう羽目になっていたファラオとアポピスにとっては、その2秒も永遠のように感じられた。
 
「決まりましたか?」
「ああ。一応な」
「ならば早くするがよい。さすがにこの長時間態勢でいるのは辛いぞ」

 サイスの事情を察したファラオが彼に問いかけ、サイスがそれに答える。するとアポピスも我慢の限界とばかりに催促し、それを聞いたサイスは一つ咳払いしてから背筋を伸ばした。
 バトル再開。サイスが次に思いついた技名を声高に宣言する。
 
「では改めて、ファラオの攻撃! 罰ゲーム!」
「それも駄目! わざとやってんじゃないでしょうね!?」

 再びの中止勧告。アンが必死の形相で割り込んでくる。
 バトルに水を差されたファラオが、不満たっぷりにアンを見つめる。アポピスもそれに同調するように、ファラオと並んでマッドハッターを睨む。
 アンはここでも譲らなかった。
 
「駄目なものは駄目! それもやめてください! 私だってまだ死にたくないんですからね!?」
「しかしアンよ。ここに来て今更外の顔色を窺うのもおかしくはないか? 色々と手遅れな気もするぞ」
「今までのは謝っても許してもらえるかもしれませんが、それはさすがにアウトなんです! 自重してください!」

 アンの叫びが草原に木霊する。アポピスの提言にも耳を貸そうとしない。ここまで必死に何かを頼み込むマッドハッターというのも中々見られたものではない。不思議の国の観客達は、そんな彼女を物珍しそうに見つめていた。再三デュエルが中断していたことに関しても、このアンの取り乱しようを前にして「いいものが見れた」と考え、特に怒ったりはしなかった。
 あのマッドハッターがなぜここまで動揺しているのか。何が彼女をここまで必死にさせているのか。気になる部分は多々あったが、それに関して彼らは考えないようにした。「これ以上深入りしてはいけない」と叫ぶ本能が、彼らの探求心を妨げていたのだ。
 
「とにかく! もっと安全な技の名前でお願いします! 変にこねくり回さなくてもいいですから!」
「そうは言ってもな。そう簡単に何個も思いつくもんじゃ無いぞ」
「無理に捻らなくてもいいんですって! やりようは色々あるじゃないですか」
「ううん……」

 アンの言葉にサイスが唸る。その後彼は思いついた名前を列挙してみたが、その大半がアンによって却下された。

「スナッチャー」
「駄目!」
「ラブプラス」
「露骨すぎ!」
「キャッスルヴァニア?」
「それ色々とややこしいからやめて!」
「ゴーファーならどうだ」
「ダメっ……いや、これくらい地味なら……? やっぱり駄目!」
 
 よくもあそこまで地雷を踏み抜けるものだ。そんな「危険すぎる」という理由でサイスのネーミングが没を食らっていく様を見ながら、ラーヴァゴーレムはそうぽつりと呟いた。
 
「お前もお前で相当ギリギリなところにいるんだけどな」
「知りませーん。聞こえませーん」

 そして横にいたマーシャークからの突っ込みに対しては知らぬ存ぜぬを貫く。ふてぶてしいラーヴァゴーレムの姿を見たマーシャークは思わずため息をついた。
 深海に潜む鮫? あれは具体的に何の鮫を指しているかわからないからセーフ。
 
 
 
 
 なおデュエルはそのままファラオがアポピスを倒し、カード「ラストバトル!!」――『!』が1つ多いからセーフ――の効果によってサイスが勝利した。
17/03/24 19:01更新 / 黒尻尾
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