Duel.6「彼からはゲスの臭いがプンプンします!」
「あ、ちょっと待って」
サイスがドローした瞬間、唐突にラーヴァゴーレムが声をかけて彼を制止する。そして引いたカードを手札に加えながらこちらを見てくるサイスに向かって、ラーヴァゴーレムが言葉を続ける。
「まだ私の効果を発動してないでしょ」
「あっ」
ラーヴァゴーレムの効果の発動タイミングは、「彼女」のコントローラーのターン開始時。サイスはそのことをすぐに思い出した。それと同時に、彼はそんな彼女の進言に対して素直に感謝した。
「教えてくれて悪いな。ちょっと忘れてたよ」
「随分落ち着いてるのね。自分にダメージ入る効果なのに」
「ルールはルールだからな。そこはしっかりしとかないと、面白い勝負が出来ないだろ」
「ああ、そういうこと。あなたってフェアプレイ精神に満ち溢れてるのね。なんて言うか紳士的で、私は好きよ」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
事情を知ったラーヴァゴーレムから――妙に熱っぽい――称賛の言葉を受けたサイスが、僅かに頬を赤らめて答える。言葉は素っ気なかったが、そこに秘められた感情は隠しきれていなかった。ゲームばっかりやってたが故に、彼は本当に女性に免疫のない男であった。
それを見た観客席から微笑ましげな笑い声が響く。サイスはそれを封殺するかのようにしかめ面を浮かべてそちらを睨みつけたが、不思議の国の住人には全く無意味な行いだった。
「さあて、どうしてやろうかしら……」
そして当のラーヴァゴーレムも、サイスの心の移ろいに無頓着であった。自分のペースで「ダメージ表現」についてうんうん唸り、それから少しして何かを閃いたようにその表情を明るくさせる。
「サイス! こっち向いて!」
突然ラーヴァゴーレムが叫ぶ。いきなり名前を呼ばれたサイス当然びっくりし、驚きの顔のままラーヴァゴーレムの方を向く。
そのサイスの額に、ラーヴァゴーレムが軽くデコピンをする。
「えいっ」
「――!?」
それこそ軽く小突く程度の、イタズラじみた所業だった。
いきなりデコピンされたサイスは目を白黒させた。
「何を……!」
「何って、効果ダメージよ」
「は?」
クスクス笑いながらラーヴァゴーレムが言い返す。一瞬、サイスはこの魔物娘が何を言っているのかわからなかった。しかし聡い彼はすぐに彼女の言葉の意味を知り、同時に更に顔を赤くする。
「ひ、人を小馬鹿にするんじゃない」
「馬鹿にしてないわよ。初心なあなたの反応が面白くって、ついちょっかい出したくなっただけ」
「それを小馬鹿にしてるって言うんだろうが……」
サイスがブツブツ愚痴っぽくこぼす。ラーヴァゴーレムはそれを見て愉快そうに微笑む。謝る気配も無い。そんな彼女の様子に気づいたサイスが更に渋い顔を浮かべる。
一見して剣呑な雰囲気だったが、二人の間に漂う空気はとても穏やかなものだった。まさに気の置けない友人同士の軽口の叩き合いとも言うような、軽妙なやり取りであった。
「なんか私の時と対応違い過ぎやしませんかね?」
一方でそれを見たアンが不満げに呟く。すると墓地に待機していたアポピスが、その彼女の愚痴にすぐに反応してみせる。
「いい男にアピールするのは当然のことであると思うがな」
「では私が男の人だったら、もっとソフトな対応してくれたってことでしょうか?」
「それはないんじゃない」
横からマンティスが即答する。それを聞いたアポピスがさも楽しそうに大口開けて笑い、龍もまた口元を手で押さえて上品に笑みをこぼす。
マッドハッターは頬を膨らませてそっぽを向くしかなかった。
閑話休題。ダメージ計算を終え、ライフポイントを減らした後、サイスがそこからデュエルに本腰を入れる。ラーヴァゴーレムも彼に茶々を入れるのを止め、アンの側へ向き直る。
「さて、どうするか……」
サイスが改めて引いたカードを手札に加え、そして舐めるように手札を見回す。今引いたカードは星5つの上級効果モンスター、ギルタブリル。このカードが相手モンスターを戦闘で破壊した際、ダメージ計算後に相手プレイヤーに追加で800ポイントのダメージを与える効果を持った、攻撃力2550の昆虫族モンスターだ。
「こいつを呼ぶかな……」
現在、このカード以外にラーヴァゴーレムを除去できるカードは、自分の手札には存在していなかった。無論このターンにラーヴァゴーレムでダイレクトアタックを決めればこちらの勝ちであるが、ここでアンの伏せたカードが問題となる。
十中八九、こちらの攻撃を妨害するカードであろう。それくらいはサイスにも分かる。しかし分かったところで、それを取り除くカードもまた自分の手札には存在しない。
だからと言って、このまま放置するわけにもいかない。これ以上ラーヴァゴーレムの効果で手傷を負うのは御免だ。
「仕方ない。ここはラーヴァゴーレムを取り除いて――!」
覚悟を決めたサイスが、ギルタブリルのカードに手を伸ばす。しかし指先がそのカードに触れた瞬間、頭の中に声が響いた。
「待つのです。人間よ」
「――!?」
直後、体が硬直する。文字通り石になったかのように、全身がピクリとも動かなくなる。突然の出来事にサイスは驚愕するが、顔の筋肉が動かせないためにそれを表情に出すことも出来ない。
真顔のまま、額から冷や汗が流れ落ちる。そんなサイスの頭に、続けて声が聞こえてくる。
「そのカードを出してはいけません。出すなら私を出すのです」
「なんだ? お前誰だ?」
頭の中でサイスが問いかける。正直、彼もこれで通じるとは思っていなかった。
しかし実際は違った。頭の中に響く声が、即座にそれに反応してきた。
「ご安心を。私は敵ではありません。あなたに危害を加えるつもりもありません」
「それを信用しろって言うのか。名前も明かさない奴を信じるほど、俺は清い人間じゃないぞ」
「そちらも問題ありません。私が何者なのかについては、後で直接お見せしましょう」
「なんだと? 今教えてくれないのか?」
「言葉で説明するより、そちらの方が面白いと思いまして」
今あなたはゲームをしているのでしょう? 頭の中に響く声が問いかける。
それを聞いたサイスは真顔のまま再度驚愕する。
「お前、ずっと俺達のこと見てたのか」
「はい。ずっと拝見させていただきました。正確にはアポピスが出てきた辺りからですね」
「本当にお前誰なんだ。いいから正体を教えろ」
「ふふん」
サイスの呼びかけに対し、「声」が不敵に笑う。この間サイスは手札に指を掛けたまま硬直しており、事情を知らない側からすればその様は一種異様なものであった。
実際、周りの観客やデュエルに参加していた他の面々は、そんなサイスを不審に思い始めていた。微動だにしないサイスを見て、何か起こったのかと心配する者も現れ始めた。とにかく彼の周りにいた者達は一様にざわめき始め、そしてその渦中にいたサイスはなおも動く気配を見せなかった。
そんなサイスが唐突に動き出したのは、まさにその時であった。金縛りが解けたように体を動かし始めた彼を見て、安堵のため息を漏らす者が何人か現れる。当のサイスはそんな周りの――主に疑いの――気配を無視し、それまで自分が指で触っていたカードを凝視する。
「何をするつもりだ……」
汗をかきながらサイスが声を漏らす。それはこの場にいた者に向けられた呟きではなかった。彼の視線もまた、カードに描かれたギルタブリルだけをじっと見つめていた。
その時、まったく唐突にギルタブリルのカードが光り出した。
「なっ……!」
「なんだ、何が起きた!」
それはサイスだけでなく、遠くにいた観客やモンスター役、対戦相手のアンですらもハッキリと視認出来る程の強烈な輝きだった。そして直近でその光を見たサイスは反射的に目を閉じた。
カードはそれでも容赦なく、その場を白く染め上げんとするほどに情け容赦ない光を放ち続けた。
「既にアポピスは墓地に行ってしまいましたか……。残念ではありますが、しかし一度正体を明かすと言った以上、止めるわけにも行きませんね」
再びサイスの頭に声が聞こえてくる。それまで聞こえてきたのと同じ声だった。
威厳に満ちた、暖かい声。王の如き迫力を備えた唯一無二の声。
その声がサイスに告げる。
「今回は特別です。我が力をあなたに授けましょう」
カードの放つ光が弱まっていく。それを感じ取ったサイスがうっすら目を開け、その光るカードを見つめながら脳内で問い返す。
「何をした! 何をするつもりなんだ!」
「手助けをしようと思いまして。私としては形がどうあれ、あのアポピスに勝ちを持たせるというのは、どうしても納得出来ないことなのですよ」
「さっきから訳の分からんことを!」
「それにあなただって、勝負に負けたくは無いでしょう? さあ、逆転の一手として私を呼び出すのです!」
その「声」はどこまでもサイスの言い分を無視し、自分のペースで話を続けた。結局サイスは何も聞き出すことが出来ず、その「声」はカードの輝きと共に再び気配を消した。カードの発光現象はほんの一瞬のことであり、事情を知らない面々は何事かとやにわにざわめき始めた。
そんな喧騒の最中、サイスが光を失ったカードを改めて見つめる。そして驚愕する。
かつて「ギルタブリル」であったそのカードが、一瞬の内に全く違うカードへと変貌を遂げていたからだ。
「なんだこれ、俺はこんなもの持ってなかったぞ」
「あの、大丈夫ですか? さっきから何だか変なことになってましたけど」
戸惑うサイスにアンが声をかける。そこでようやくサイスが周りに意識を巡らせ、そして周囲の者達が一斉にこちらに注目していることに気づく。
直後、彼は何故周りが自分に注目しているのかも同時に理解した。そして状況の全てを把握したサイスは、すぐに行動に移った。
「あ、ああ。その、ちょっと変なことが起きてな」
「変なこと?」
訝しむアンに、サイスがこれまでの間に自分の身に起きたことを全て包み隠さず話した。カードが光り、次の瞬間には全く別のカードに「書き換えられていた」ことも説明した。
彼はフェアプレイ精神溢れる男だった。
「へえ、それは面白いですね。でも特に問題は無さそうなので、デュエルは続けましょう」
そしてアンもまた、この問題に関して深く突っ込もうとはしなかった。予想以上にあっさり流していったので、サイスだけでなくモンスター役の面々も驚くほどであった。
アンによって呼び出された龍が、真っ先にそれを指摘しにかかる。
「いいのですか? どう見てもただ事では無さそうですが」
「いいんです。なんたってここは不思議の国ですからね」
「いつから『不思議の国』は免罪符になったのだ……」
呆れたようにアポピスが呟く。アンはそれを無視し、サイスに改めて宣告する。
「そういうわけですので、デュエル続行です。なんでしたらその書き換えられたカードを使っても構いませんよ? もし何かあったら、その時は私が対応しますので」
「……本当にいいのか? なんかすげー怖いんだけど」
「もちろんですとも。むしろそのようなハプニングに見舞われて幸運に思うべきです。ナントカ・コントラクトユニバースを使える人間が、一体この世にどれだけいると思っているのですか?」
なおも躊躇いがちなサイスにアンが言い放つ。聞いたことも無い言葉を振り回し、あまつさえ説教めいた口調で問い詰めてくるアンに対し、サイスはただ「何考えてるんだこいつ」と思うだけだった。
しかしそんな彼も、そう考えた数秒後にその思案そのものを放棄した。深く考えず、「不思議の国なら仕方ないな」で済ませることにしたのだ。
サイスも順調に不思議の国に染まり始めていた。そして彼はそのまま、眼前で「書き換えられた」そのカードを躊躇いも無く手札から引き抜いた。
「なら俺は、場のラーヴァゴーレムを生贄に捧げ!」
「えっ?」
サイスの突然の宣告にラーヴァゴーレムが目を丸くする。もっと活躍できると思っていたのに。
お構いなしにサイスが動く。
「手札からこのカード、さっき出てきたこいつを召喚する!」
他に有効な手は無い。腹を括ってそのモンスターカードを召喚器に置く。
直後、ラーヴァゴーレムの足元が光り始る。足元の光は輝きを増し、さっさとそこからどけと言わんばかりに、ラーヴァゴーレムに対して無言の催促をする。
「ああもう、わかったわよ。どけばいいんでしょどけば」
ルールはルールだ。取り決め通り、ラーヴァゴーレムが渋々墓地へ向かう。そうして溶岩魔神が場を離れた後、そこから例によって勢いよく光の柱が出現する。
数秒輝いた後、柱が砕けて四散する。そして中から、この地に召喚された魔物娘が姿を現す。しかしその魔物娘はこれまで呼び出されてきた者達と異なり、まるでこの展開を待っていたかのように腕を組み、堂々と仁王立ちの姿勢を取りながらフィールドに出現した。
新たに出現したモンスターを見て、観客達のボルテージが高まっていく。件の「書き換えられたモンスター」の登場を受けてアンが楽しげに笑い、仇敵の来訪にアポピスが驚愕する。
「ファラオを攻撃表示で召喚!」
それは褐色の肌を持ち、傍らに大蛇を携えた高貴な出で立ちの女性だった。そのモンスター、ファラオと呼ばれる魔物娘が、サイスの宣言に呼応するように、その場で決めポーズを取ってみせる。
「日輪の加護あれ!」
ファラオの一声を聞いたオーディエンスが歓声を上げる。このファラオはノリのわかる方であった。また神々しいオーラを放つファラオの姿を直近で見た墓地のモンスターたちが、そのオーラを感じて一斉に感嘆の声を上げる。そしていきなり出てきたファラオを前にして、マッドハッターのアンは「へえ! これまた大物が来ましたね!」と興味津々の眼差しでそれを見つめる。
「貴様、何故ここにいる! 何用でここに参ったのだ!」
唯一アポピスだけが、そのファラオに対して怒りを露わにしていた。彼女の怒りの感情には困惑と焦りが混じっていた。
そんなアポピスを指差しながら、ファラオが平然とした態度で彼女に言い返す。
「それは簡単です。中身が何であれ、あなたに勝ち星がつこうとしている。それが私には我慢ならないのですよ」
「だからそ奴に手を貸すと言うのか? 相変わらず負けず嫌いな奴よ」
「それはお互い様でしょう。前に私が探検家を支援した時、あなたも負けじと別の探検家に情報を流して、私の支援した者よりも早く遺跡に辿り着かせようとしたではありませんか。おあいこです」
「フン。貴様も随分と細かいことにこだわるようだな。それで王とは笑わせるわ」
言葉をぶつけ合い、二人の魔物娘が静かに火花を散らす。互いに余裕な態度を取ってはいたが、二人の目には明らかに双方に対する敵意がこもっていた。
魔物娘に疎いサイスは、その二人を見て困惑した。
「なんであの二人はあんなに険悪なんだ」
「アポピスとファラオは宿敵同士の関係にあるんですよ。個体ごとに程度の差はありますけど、少なくとも二人が仲良しになったところは見たことがありませんね」
そこにエンジェルがそっと解説を加える。それを聞いたサイスは事情を察しはしたものの、だからと言ってどうこう出来る立場にいる訳でも無かった。不用意に間に入って、藪蛇な結果に終わるのも嫌だった。
しかし、このまま二人の口論を放置していてはデュエルが行えない。なのでサイスは内心おっかなびっくりといった感じで、ファラオにデュエルを続けたい旨を伝えることにした。
「な、なあ。喧嘩もいいけど、俺としては次に進みたいんだけど」
「え? あっ、そうでしたね。そのために私が呼ばれたのですよね。私としたことがつい熱くなってしまって、本当に申し訳ございません」
「おお、そうであったな。確かに今はデュエル中であった。すまぬことをしたな」
しかしファラオは話の分かる魔物娘であった。アポピスもまた、自分達の口論を邪魔されて怒り狂うほど狭量な魔物娘ではなかった。二人はサイスの提案を受け入れ、双方ともに矛を収めた。おかげでとばっちりを受けるんじゃないかというサイスの危惧は杞憂に終わった。
また、サイスは続けてファラオに状況説明を始めようとした。しかしそれに関しても、ファラオは全て承知済みであった。
「前にも申しましたが、私はあなた方のデュエルを前もって見守っておりました。ですのでここで私が何をすべきかは、全て把握しております」
「そうか? それなら助かるんだが……どうやって覗いてたんだ」
「それは秘密でございます」
サイスの素朴な疑問に対し、ファラオが優雅に笑って答える。はぐらかされた感じもするが、サイスはそれ以上突っ込んで聞き出そうとはしなかった。こういうのは深く関わらない方が身のためなのだ。
気を取り直してサイスが動く。
「俺はカードを一枚伏せて、ターンエンドだ」
「まあ」
すぐにファラオが反応する。背後のサイスを肩越しに見やりながら、不思議そうに声をかける。
「攻撃しないのですか?」
「アンの伏せカードが気になるんでな。それにお前の効果は、言ってみればカウンター的なものだし」
「向こうの出方を伺うということですね。わかりました」
サイスの言い分をファラオは理解し、すぐに前へ向き直る。彼女はそれ以上何も言わなかった。サイス側の墓地にいた面々はその会話を聞いていたが、ファラオの効果がまだわからなかったので、彼女達は一様に頭に「?」を浮かべるばかりだった。
一方のアンの方には、彼らの話は届いていなかった。当のアンは彼らが何を話していたのか、気にも留めなかった。
「攻撃してこないんですね」
「お前のリバースが怖いからな」
「そうですか。やはり迂闊に突っ込んでは来ませんか……」
代わりに彼女は、召喚後即攻撃に入らなかったサイスの慎重さを前にして残念そうにため息をついた。それを見たサイスがニヤリと笑って問いかける。
「なんだ? 自分の張った罠に掛かってくれなかったから、計算が狂ったのか?」
「そうではありませんよ。あなたの臆病さに少しがっかりしただけです」
ドロー。そう言ってから静かにカードを引き、それを確認して手札に加えた後、再度サイスを見ながら力強い語調で言い返す。
「ここで決めておけば、あなたの勝ちだったのにね!」
「なに!?」
「リバースカード、オープン!」
驚くサイスの眼前で、アンが伏せカードを表にする。間髪入れずにアンが吠える。
「おそらくあなたは、私の伏せカードがあなたのモンスターの攻撃をトリガーにして発動するものだと思っていたのでしょう。それも自分の攻撃を妨害し、さらに破壊効果やダメージ効果を押し付けてくるタイプのものだと。だからあなたは攻めてこなかった」
「違うって言うのか!?」
「大間違いです! これは自分のターンでのみ発動できる罠カード。つまりあなたは、私のブラフに引っかかったんですよ! 罠カード『ラストバトル!!』を発動!」
アンが盛大にカード名を叫ぶ。イラスト欄には剣を持った全裸の女性と、同じく全裸なヘビ型の魔物娘が、くんずほぐれつしている様がやけに肉感たっぷりに描かれていた。
そのカードを見たサイスは、まったく無意識のうちに危機感を覚えた。なんだろう、今自分達はとてつもなく巨大な存在を敵に回してしまった気がする。
「それはさすがにまずいんじゃないか。丸パクリはヤバいだろ」
「ご安心を。オリジナルの方は『!』が一つだけですが、こちらは『!』が二つついておりますので。差別化は出来ています」
「そういうのを言い訳って言うんだよ」
サイスが呆れ果てた声を出す。構わずアンが効果説明に入る。
「このカードは相手フィールド上にモンスターが存在し、かつ自分フィールド上にモンスターがいない時にのみ発動することが出来る。発動に成功した時、お互いのプレイヤーはそれぞれモンスターカードを一枚選択する。この時自分は墓地から、相手はフィールドに存在するカードのみを選択することが出来る。そして選ばれたカード同士でバトルを行い、そのバトルで勝利したモンスターカードのコントローラーが、このデュエルで勝利することになる!」
「元ネタにビビッて大袈裟に効果変えてるのがまた腹立つな」
「今に始まったことじゃないでしょ」
ぼやくサイスにラーヴァゴーレムがツッコミを入れる。そこにアンの言葉が割って入る。
「まずは私から行きましょうか。私は空気が読める魔物ですからね。ここはアポピスを選びます!」
アンが声高にモンスターの名を告げる。自分の名を呼ばれたアポピスは驚きのあまり体を強張らせ、その後すぐに我に返って高笑いを始める。
「そ、そうかそうか! ここでわらわを選ぶとは、そなた中々見る目があるではないか!」
「普通に攻撃力の一番高い龍を選んだ方が良かったんじゃない?」
「ここでそれを言うのは無粋ですよ」
愉快そうに笑い声をあげるアポピスの横でマンティスが正論を告げ、それを龍がやんわり窘める。もっとも、当のアポピスもここで龍が選ばれると思っていたので、優雅な足取りでフィールドに出てきた彼女の心には一抹の不安が渦巻いていた。
自分の攻撃力は僅か1600。確かにデュエルの展開としてはこの上なく盛り上がるものだが、本当にこのままで勝てるのだろうか。
彼女も彼女で、相当な負けず嫌いだった。
「さあ、次はあなたの番ですよ。誰を指名するのですか?」
そんなアポピスの不安など知る由も無く、アンがサイスに選択を促す。そして催促を受けた人間デュエリストは、迷うことなくフィールド上に立つそのモンスターを指差した。
「俺が選ぶのは、ファラオ! お前だ!」
「はっ! 私にお任せあれ!」
ファラオもまたこの展開を予期していたのか、良く通る声でサイスの命令に返答する。このタイミングでアポピスがファラオの正面に立ち、こうして互いのフィールドに代表たるモンスターが顔を揃えた。
まだバトルすら始まっていないのに、顔を合わせた両者は互いに睨み合い、既に火花を散らせていた。
「ふん、わざわざここまでご苦労なことだ。その執念に免じて、わらわ直々に叩き潰してくれるわ」
「なんとでも言うがいい。闇は決して光に勝てぬことを、今ここで証明してくれようぞ」
「面白い! 是非とも見せてもらおうではないか!」
「あの、ちょっといいですか?」
内輪で盛り上がるファラオとアポピスそっちのけで、アンがサイスに声をかける。サイスもまた因縁の魔物娘を放置してアンの問いかけに反応し、「おう、なんだ?」と彼女の方に意識と視線を傾ける。
そんなサイスの顔を見返しながら、アンが続けて質問をぶつける。
「一応ファラオの攻撃力を教えてほしいのですが。どれくらいあるんですか?」
「攻撃力か? ええと確か……」
その注文に、サイスは快く応じた。どうせすぐにバレるんだ。そう思ったサイスは躊躇いなく召喚器に置かれたファラオのカードに目を移し、そこに書かれている攻撃力の数値を確認した。
「1300だ」
そのままあっさりとバラす。直後、睨み合いをしていたファラオとアポピスが動きを止める。
「……今、なんと?」
錆びたブリキ玩具のように首をギリギリ震わせて動かしながら、ファラオがサイスの方を見やる。
そこにサイスの言葉の剣が容赦なく突き刺さる。
「お前の攻撃力は1300だ」
「ゴミだな」
勝ち誇ったようにアポピスが追撃する。どうしたものかとアンが頬を掻く。
額から脂汗を滝のように流しつつ、ファラオがアポピスの側に向き直る。
「あの、すいません。ちょっといいですか」
「あ?」
宿敵からの突然の申し出にアポピスが首を傾げる。
視線を泳がせながらファラオが続ける。
「実は私、妹が一人いるんですよ。可愛い妹がいるんです」
「それで?」
「その妹が今、病気で臥せっておりまして。今唐突にそのことを思い出したんです、ええ。とても重い病気に罹ってるんです。命に別状は無いんですが、それでも重い病気なんです」
「だから?」
アポピスが追及する。周りも固唾を飲んで続きを待つ。サイスもアンも何も言わない。
痛いほどの沈黙。その中でファラオが言葉を紡ぐ。
「ですからこのバトルは無かったことにして、今すぐ帰ってもいいですか?」
「関係ねえよ! 妹と一緒に地獄に逝け!」
関係なかった!
サイスがドローした瞬間、唐突にラーヴァゴーレムが声をかけて彼を制止する。そして引いたカードを手札に加えながらこちらを見てくるサイスに向かって、ラーヴァゴーレムが言葉を続ける。
「まだ私の効果を発動してないでしょ」
「あっ」
ラーヴァゴーレムの効果の発動タイミングは、「彼女」のコントローラーのターン開始時。サイスはそのことをすぐに思い出した。それと同時に、彼はそんな彼女の進言に対して素直に感謝した。
「教えてくれて悪いな。ちょっと忘れてたよ」
「随分落ち着いてるのね。自分にダメージ入る効果なのに」
「ルールはルールだからな。そこはしっかりしとかないと、面白い勝負が出来ないだろ」
「ああ、そういうこと。あなたってフェアプレイ精神に満ち溢れてるのね。なんて言うか紳士的で、私は好きよ」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
事情を知ったラーヴァゴーレムから――妙に熱っぽい――称賛の言葉を受けたサイスが、僅かに頬を赤らめて答える。言葉は素っ気なかったが、そこに秘められた感情は隠しきれていなかった。ゲームばっかりやってたが故に、彼は本当に女性に免疫のない男であった。
それを見た観客席から微笑ましげな笑い声が響く。サイスはそれを封殺するかのようにしかめ面を浮かべてそちらを睨みつけたが、不思議の国の住人には全く無意味な行いだった。
「さあて、どうしてやろうかしら……」
そして当のラーヴァゴーレムも、サイスの心の移ろいに無頓着であった。自分のペースで「ダメージ表現」についてうんうん唸り、それから少しして何かを閃いたようにその表情を明るくさせる。
「サイス! こっち向いて!」
突然ラーヴァゴーレムが叫ぶ。いきなり名前を呼ばれたサイス当然びっくりし、驚きの顔のままラーヴァゴーレムの方を向く。
そのサイスの額に、ラーヴァゴーレムが軽くデコピンをする。
「えいっ」
「――!?」
それこそ軽く小突く程度の、イタズラじみた所業だった。
いきなりデコピンされたサイスは目を白黒させた。
「何を……!」
「何って、効果ダメージよ」
「は?」
クスクス笑いながらラーヴァゴーレムが言い返す。一瞬、サイスはこの魔物娘が何を言っているのかわからなかった。しかし聡い彼はすぐに彼女の言葉の意味を知り、同時に更に顔を赤くする。
「ひ、人を小馬鹿にするんじゃない」
「馬鹿にしてないわよ。初心なあなたの反応が面白くって、ついちょっかい出したくなっただけ」
「それを小馬鹿にしてるって言うんだろうが……」
サイスがブツブツ愚痴っぽくこぼす。ラーヴァゴーレムはそれを見て愉快そうに微笑む。謝る気配も無い。そんな彼女の様子に気づいたサイスが更に渋い顔を浮かべる。
一見して剣呑な雰囲気だったが、二人の間に漂う空気はとても穏やかなものだった。まさに気の置けない友人同士の軽口の叩き合いとも言うような、軽妙なやり取りであった。
「なんか私の時と対応違い過ぎやしませんかね?」
一方でそれを見たアンが不満げに呟く。すると墓地に待機していたアポピスが、その彼女の愚痴にすぐに反応してみせる。
「いい男にアピールするのは当然のことであると思うがな」
「では私が男の人だったら、もっとソフトな対応してくれたってことでしょうか?」
「それはないんじゃない」
横からマンティスが即答する。それを聞いたアポピスがさも楽しそうに大口開けて笑い、龍もまた口元を手で押さえて上品に笑みをこぼす。
マッドハッターは頬を膨らませてそっぽを向くしかなかった。
閑話休題。ダメージ計算を終え、ライフポイントを減らした後、サイスがそこからデュエルに本腰を入れる。ラーヴァゴーレムも彼に茶々を入れるのを止め、アンの側へ向き直る。
「さて、どうするか……」
サイスが改めて引いたカードを手札に加え、そして舐めるように手札を見回す。今引いたカードは星5つの上級効果モンスター、ギルタブリル。このカードが相手モンスターを戦闘で破壊した際、ダメージ計算後に相手プレイヤーに追加で800ポイントのダメージを与える効果を持った、攻撃力2550の昆虫族モンスターだ。
「こいつを呼ぶかな……」
現在、このカード以外にラーヴァゴーレムを除去できるカードは、自分の手札には存在していなかった。無論このターンにラーヴァゴーレムでダイレクトアタックを決めればこちらの勝ちであるが、ここでアンの伏せたカードが問題となる。
十中八九、こちらの攻撃を妨害するカードであろう。それくらいはサイスにも分かる。しかし分かったところで、それを取り除くカードもまた自分の手札には存在しない。
だからと言って、このまま放置するわけにもいかない。これ以上ラーヴァゴーレムの効果で手傷を負うのは御免だ。
「仕方ない。ここはラーヴァゴーレムを取り除いて――!」
覚悟を決めたサイスが、ギルタブリルのカードに手を伸ばす。しかし指先がそのカードに触れた瞬間、頭の中に声が響いた。
「待つのです。人間よ」
「――!?」
直後、体が硬直する。文字通り石になったかのように、全身がピクリとも動かなくなる。突然の出来事にサイスは驚愕するが、顔の筋肉が動かせないためにそれを表情に出すことも出来ない。
真顔のまま、額から冷や汗が流れ落ちる。そんなサイスの頭に、続けて声が聞こえてくる。
「そのカードを出してはいけません。出すなら私を出すのです」
「なんだ? お前誰だ?」
頭の中でサイスが問いかける。正直、彼もこれで通じるとは思っていなかった。
しかし実際は違った。頭の中に響く声が、即座にそれに反応してきた。
「ご安心を。私は敵ではありません。あなたに危害を加えるつもりもありません」
「それを信用しろって言うのか。名前も明かさない奴を信じるほど、俺は清い人間じゃないぞ」
「そちらも問題ありません。私が何者なのかについては、後で直接お見せしましょう」
「なんだと? 今教えてくれないのか?」
「言葉で説明するより、そちらの方が面白いと思いまして」
今あなたはゲームをしているのでしょう? 頭の中に響く声が問いかける。
それを聞いたサイスは真顔のまま再度驚愕する。
「お前、ずっと俺達のこと見てたのか」
「はい。ずっと拝見させていただきました。正確にはアポピスが出てきた辺りからですね」
「本当にお前誰なんだ。いいから正体を教えろ」
「ふふん」
サイスの呼びかけに対し、「声」が不敵に笑う。この間サイスは手札に指を掛けたまま硬直しており、事情を知らない側からすればその様は一種異様なものであった。
実際、周りの観客やデュエルに参加していた他の面々は、そんなサイスを不審に思い始めていた。微動だにしないサイスを見て、何か起こったのかと心配する者も現れ始めた。とにかく彼の周りにいた者達は一様にざわめき始め、そしてその渦中にいたサイスはなおも動く気配を見せなかった。
そんなサイスが唐突に動き出したのは、まさにその時であった。金縛りが解けたように体を動かし始めた彼を見て、安堵のため息を漏らす者が何人か現れる。当のサイスはそんな周りの――主に疑いの――気配を無視し、それまで自分が指で触っていたカードを凝視する。
「何をするつもりだ……」
汗をかきながらサイスが声を漏らす。それはこの場にいた者に向けられた呟きではなかった。彼の視線もまた、カードに描かれたギルタブリルだけをじっと見つめていた。
その時、まったく唐突にギルタブリルのカードが光り出した。
「なっ……!」
「なんだ、何が起きた!」
それはサイスだけでなく、遠くにいた観客やモンスター役、対戦相手のアンですらもハッキリと視認出来る程の強烈な輝きだった。そして直近でその光を見たサイスは反射的に目を閉じた。
カードはそれでも容赦なく、その場を白く染め上げんとするほどに情け容赦ない光を放ち続けた。
「既にアポピスは墓地に行ってしまいましたか……。残念ではありますが、しかし一度正体を明かすと言った以上、止めるわけにも行きませんね」
再びサイスの頭に声が聞こえてくる。それまで聞こえてきたのと同じ声だった。
威厳に満ちた、暖かい声。王の如き迫力を備えた唯一無二の声。
その声がサイスに告げる。
「今回は特別です。我が力をあなたに授けましょう」
カードの放つ光が弱まっていく。それを感じ取ったサイスがうっすら目を開け、その光るカードを見つめながら脳内で問い返す。
「何をした! 何をするつもりなんだ!」
「手助けをしようと思いまして。私としては形がどうあれ、あのアポピスに勝ちを持たせるというのは、どうしても納得出来ないことなのですよ」
「さっきから訳の分からんことを!」
「それにあなただって、勝負に負けたくは無いでしょう? さあ、逆転の一手として私を呼び出すのです!」
その「声」はどこまでもサイスの言い分を無視し、自分のペースで話を続けた。結局サイスは何も聞き出すことが出来ず、その「声」はカードの輝きと共に再び気配を消した。カードの発光現象はほんの一瞬のことであり、事情を知らない面々は何事かとやにわにざわめき始めた。
そんな喧騒の最中、サイスが光を失ったカードを改めて見つめる。そして驚愕する。
かつて「ギルタブリル」であったそのカードが、一瞬の内に全く違うカードへと変貌を遂げていたからだ。
「なんだこれ、俺はこんなもの持ってなかったぞ」
「あの、大丈夫ですか? さっきから何だか変なことになってましたけど」
戸惑うサイスにアンが声をかける。そこでようやくサイスが周りに意識を巡らせ、そして周囲の者達が一斉にこちらに注目していることに気づく。
直後、彼は何故周りが自分に注目しているのかも同時に理解した。そして状況の全てを把握したサイスは、すぐに行動に移った。
「あ、ああ。その、ちょっと変なことが起きてな」
「変なこと?」
訝しむアンに、サイスがこれまでの間に自分の身に起きたことを全て包み隠さず話した。カードが光り、次の瞬間には全く別のカードに「書き換えられていた」ことも説明した。
彼はフェアプレイ精神溢れる男だった。
「へえ、それは面白いですね。でも特に問題は無さそうなので、デュエルは続けましょう」
そしてアンもまた、この問題に関して深く突っ込もうとはしなかった。予想以上にあっさり流していったので、サイスだけでなくモンスター役の面々も驚くほどであった。
アンによって呼び出された龍が、真っ先にそれを指摘しにかかる。
「いいのですか? どう見てもただ事では無さそうですが」
「いいんです。なんたってここは不思議の国ですからね」
「いつから『不思議の国』は免罪符になったのだ……」
呆れたようにアポピスが呟く。アンはそれを無視し、サイスに改めて宣告する。
「そういうわけですので、デュエル続行です。なんでしたらその書き換えられたカードを使っても構いませんよ? もし何かあったら、その時は私が対応しますので」
「……本当にいいのか? なんかすげー怖いんだけど」
「もちろんですとも。むしろそのようなハプニングに見舞われて幸運に思うべきです。ナントカ・コントラクトユニバースを使える人間が、一体この世にどれだけいると思っているのですか?」
なおも躊躇いがちなサイスにアンが言い放つ。聞いたことも無い言葉を振り回し、あまつさえ説教めいた口調で問い詰めてくるアンに対し、サイスはただ「何考えてるんだこいつ」と思うだけだった。
しかしそんな彼も、そう考えた数秒後にその思案そのものを放棄した。深く考えず、「不思議の国なら仕方ないな」で済ませることにしたのだ。
サイスも順調に不思議の国に染まり始めていた。そして彼はそのまま、眼前で「書き換えられた」そのカードを躊躇いも無く手札から引き抜いた。
「なら俺は、場のラーヴァゴーレムを生贄に捧げ!」
「えっ?」
サイスの突然の宣告にラーヴァゴーレムが目を丸くする。もっと活躍できると思っていたのに。
お構いなしにサイスが動く。
「手札からこのカード、さっき出てきたこいつを召喚する!」
他に有効な手は無い。腹を括ってそのモンスターカードを召喚器に置く。
直後、ラーヴァゴーレムの足元が光り始る。足元の光は輝きを増し、さっさとそこからどけと言わんばかりに、ラーヴァゴーレムに対して無言の催促をする。
「ああもう、わかったわよ。どけばいいんでしょどけば」
ルールはルールだ。取り決め通り、ラーヴァゴーレムが渋々墓地へ向かう。そうして溶岩魔神が場を離れた後、そこから例によって勢いよく光の柱が出現する。
数秒輝いた後、柱が砕けて四散する。そして中から、この地に召喚された魔物娘が姿を現す。しかしその魔物娘はこれまで呼び出されてきた者達と異なり、まるでこの展開を待っていたかのように腕を組み、堂々と仁王立ちの姿勢を取りながらフィールドに出現した。
新たに出現したモンスターを見て、観客達のボルテージが高まっていく。件の「書き換えられたモンスター」の登場を受けてアンが楽しげに笑い、仇敵の来訪にアポピスが驚愕する。
「ファラオを攻撃表示で召喚!」
それは褐色の肌を持ち、傍らに大蛇を携えた高貴な出で立ちの女性だった。そのモンスター、ファラオと呼ばれる魔物娘が、サイスの宣言に呼応するように、その場で決めポーズを取ってみせる。
「日輪の加護あれ!」
ファラオの一声を聞いたオーディエンスが歓声を上げる。このファラオはノリのわかる方であった。また神々しいオーラを放つファラオの姿を直近で見た墓地のモンスターたちが、そのオーラを感じて一斉に感嘆の声を上げる。そしていきなり出てきたファラオを前にして、マッドハッターのアンは「へえ! これまた大物が来ましたね!」と興味津々の眼差しでそれを見つめる。
「貴様、何故ここにいる! 何用でここに参ったのだ!」
唯一アポピスだけが、そのファラオに対して怒りを露わにしていた。彼女の怒りの感情には困惑と焦りが混じっていた。
そんなアポピスを指差しながら、ファラオが平然とした態度で彼女に言い返す。
「それは簡単です。中身が何であれ、あなたに勝ち星がつこうとしている。それが私には我慢ならないのですよ」
「だからそ奴に手を貸すと言うのか? 相変わらず負けず嫌いな奴よ」
「それはお互い様でしょう。前に私が探検家を支援した時、あなたも負けじと別の探検家に情報を流して、私の支援した者よりも早く遺跡に辿り着かせようとしたではありませんか。おあいこです」
「フン。貴様も随分と細かいことにこだわるようだな。それで王とは笑わせるわ」
言葉をぶつけ合い、二人の魔物娘が静かに火花を散らす。互いに余裕な態度を取ってはいたが、二人の目には明らかに双方に対する敵意がこもっていた。
魔物娘に疎いサイスは、その二人を見て困惑した。
「なんであの二人はあんなに険悪なんだ」
「アポピスとファラオは宿敵同士の関係にあるんですよ。個体ごとに程度の差はありますけど、少なくとも二人が仲良しになったところは見たことがありませんね」
そこにエンジェルがそっと解説を加える。それを聞いたサイスは事情を察しはしたものの、だからと言ってどうこう出来る立場にいる訳でも無かった。不用意に間に入って、藪蛇な結果に終わるのも嫌だった。
しかし、このまま二人の口論を放置していてはデュエルが行えない。なのでサイスは内心おっかなびっくりといった感じで、ファラオにデュエルを続けたい旨を伝えることにした。
「な、なあ。喧嘩もいいけど、俺としては次に進みたいんだけど」
「え? あっ、そうでしたね。そのために私が呼ばれたのですよね。私としたことがつい熱くなってしまって、本当に申し訳ございません」
「おお、そうであったな。確かに今はデュエル中であった。すまぬことをしたな」
しかしファラオは話の分かる魔物娘であった。アポピスもまた、自分達の口論を邪魔されて怒り狂うほど狭量な魔物娘ではなかった。二人はサイスの提案を受け入れ、双方ともに矛を収めた。おかげでとばっちりを受けるんじゃないかというサイスの危惧は杞憂に終わった。
また、サイスは続けてファラオに状況説明を始めようとした。しかしそれに関しても、ファラオは全て承知済みであった。
「前にも申しましたが、私はあなた方のデュエルを前もって見守っておりました。ですのでここで私が何をすべきかは、全て把握しております」
「そうか? それなら助かるんだが……どうやって覗いてたんだ」
「それは秘密でございます」
サイスの素朴な疑問に対し、ファラオが優雅に笑って答える。はぐらかされた感じもするが、サイスはそれ以上突っ込んで聞き出そうとはしなかった。こういうのは深く関わらない方が身のためなのだ。
気を取り直してサイスが動く。
「俺はカードを一枚伏せて、ターンエンドだ」
「まあ」
すぐにファラオが反応する。背後のサイスを肩越しに見やりながら、不思議そうに声をかける。
「攻撃しないのですか?」
「アンの伏せカードが気になるんでな。それにお前の効果は、言ってみればカウンター的なものだし」
「向こうの出方を伺うということですね。わかりました」
サイスの言い分をファラオは理解し、すぐに前へ向き直る。彼女はそれ以上何も言わなかった。サイス側の墓地にいた面々はその会話を聞いていたが、ファラオの効果がまだわからなかったので、彼女達は一様に頭に「?」を浮かべるばかりだった。
一方のアンの方には、彼らの話は届いていなかった。当のアンは彼らが何を話していたのか、気にも留めなかった。
「攻撃してこないんですね」
「お前のリバースが怖いからな」
「そうですか。やはり迂闊に突っ込んでは来ませんか……」
代わりに彼女は、召喚後即攻撃に入らなかったサイスの慎重さを前にして残念そうにため息をついた。それを見たサイスがニヤリと笑って問いかける。
「なんだ? 自分の張った罠に掛かってくれなかったから、計算が狂ったのか?」
「そうではありませんよ。あなたの臆病さに少しがっかりしただけです」
ドロー。そう言ってから静かにカードを引き、それを確認して手札に加えた後、再度サイスを見ながら力強い語調で言い返す。
「ここで決めておけば、あなたの勝ちだったのにね!」
「なに!?」
「リバースカード、オープン!」
驚くサイスの眼前で、アンが伏せカードを表にする。間髪入れずにアンが吠える。
「おそらくあなたは、私の伏せカードがあなたのモンスターの攻撃をトリガーにして発動するものだと思っていたのでしょう。それも自分の攻撃を妨害し、さらに破壊効果やダメージ効果を押し付けてくるタイプのものだと。だからあなたは攻めてこなかった」
「違うって言うのか!?」
「大間違いです! これは自分のターンでのみ発動できる罠カード。つまりあなたは、私のブラフに引っかかったんですよ! 罠カード『ラストバトル!!』を発動!」
アンが盛大にカード名を叫ぶ。イラスト欄には剣を持った全裸の女性と、同じく全裸なヘビ型の魔物娘が、くんずほぐれつしている様がやけに肉感たっぷりに描かれていた。
そのカードを見たサイスは、まったく無意識のうちに危機感を覚えた。なんだろう、今自分達はとてつもなく巨大な存在を敵に回してしまった気がする。
「それはさすがにまずいんじゃないか。丸パクリはヤバいだろ」
「ご安心を。オリジナルの方は『!』が一つだけですが、こちらは『!』が二つついておりますので。差別化は出来ています」
「そういうのを言い訳って言うんだよ」
サイスが呆れ果てた声を出す。構わずアンが効果説明に入る。
「このカードは相手フィールド上にモンスターが存在し、かつ自分フィールド上にモンスターがいない時にのみ発動することが出来る。発動に成功した時、お互いのプレイヤーはそれぞれモンスターカードを一枚選択する。この時自分は墓地から、相手はフィールドに存在するカードのみを選択することが出来る。そして選ばれたカード同士でバトルを行い、そのバトルで勝利したモンスターカードのコントローラーが、このデュエルで勝利することになる!」
「元ネタにビビッて大袈裟に効果変えてるのがまた腹立つな」
「今に始まったことじゃないでしょ」
ぼやくサイスにラーヴァゴーレムがツッコミを入れる。そこにアンの言葉が割って入る。
「まずは私から行きましょうか。私は空気が読める魔物ですからね。ここはアポピスを選びます!」
アンが声高にモンスターの名を告げる。自分の名を呼ばれたアポピスは驚きのあまり体を強張らせ、その後すぐに我に返って高笑いを始める。
「そ、そうかそうか! ここでわらわを選ぶとは、そなた中々見る目があるではないか!」
「普通に攻撃力の一番高い龍を選んだ方が良かったんじゃない?」
「ここでそれを言うのは無粋ですよ」
愉快そうに笑い声をあげるアポピスの横でマンティスが正論を告げ、それを龍がやんわり窘める。もっとも、当のアポピスもここで龍が選ばれると思っていたので、優雅な足取りでフィールドに出てきた彼女の心には一抹の不安が渦巻いていた。
自分の攻撃力は僅か1600。確かにデュエルの展開としてはこの上なく盛り上がるものだが、本当にこのままで勝てるのだろうか。
彼女も彼女で、相当な負けず嫌いだった。
「さあ、次はあなたの番ですよ。誰を指名するのですか?」
そんなアポピスの不安など知る由も無く、アンがサイスに選択を促す。そして催促を受けた人間デュエリストは、迷うことなくフィールド上に立つそのモンスターを指差した。
「俺が選ぶのは、ファラオ! お前だ!」
「はっ! 私にお任せあれ!」
ファラオもまたこの展開を予期していたのか、良く通る声でサイスの命令に返答する。このタイミングでアポピスがファラオの正面に立ち、こうして互いのフィールドに代表たるモンスターが顔を揃えた。
まだバトルすら始まっていないのに、顔を合わせた両者は互いに睨み合い、既に火花を散らせていた。
「ふん、わざわざここまでご苦労なことだ。その執念に免じて、わらわ直々に叩き潰してくれるわ」
「なんとでも言うがいい。闇は決して光に勝てぬことを、今ここで証明してくれようぞ」
「面白い! 是非とも見せてもらおうではないか!」
「あの、ちょっといいですか?」
内輪で盛り上がるファラオとアポピスそっちのけで、アンがサイスに声をかける。サイスもまた因縁の魔物娘を放置してアンの問いかけに反応し、「おう、なんだ?」と彼女の方に意識と視線を傾ける。
そんなサイスの顔を見返しながら、アンが続けて質問をぶつける。
「一応ファラオの攻撃力を教えてほしいのですが。どれくらいあるんですか?」
「攻撃力か? ええと確か……」
その注文に、サイスは快く応じた。どうせすぐにバレるんだ。そう思ったサイスは躊躇いなく召喚器に置かれたファラオのカードに目を移し、そこに書かれている攻撃力の数値を確認した。
「1300だ」
そのままあっさりとバラす。直後、睨み合いをしていたファラオとアポピスが動きを止める。
「……今、なんと?」
錆びたブリキ玩具のように首をギリギリ震わせて動かしながら、ファラオがサイスの方を見やる。
そこにサイスの言葉の剣が容赦なく突き刺さる。
「お前の攻撃力は1300だ」
「ゴミだな」
勝ち誇ったようにアポピスが追撃する。どうしたものかとアンが頬を掻く。
額から脂汗を滝のように流しつつ、ファラオがアポピスの側に向き直る。
「あの、すいません。ちょっといいですか」
「あ?」
宿敵からの突然の申し出にアポピスが首を傾げる。
視線を泳がせながらファラオが続ける。
「実は私、妹が一人いるんですよ。可愛い妹がいるんです」
「それで?」
「その妹が今、病気で臥せっておりまして。今唐突にそのことを思い出したんです、ええ。とても重い病気に罹ってるんです。命に別状は無いんですが、それでも重い病気なんです」
「だから?」
アポピスが追及する。周りも固唾を飲んで続きを待つ。サイスもアンも何も言わない。
痛いほどの沈黙。その中でファラオが言葉を紡ぐ。
「ですからこのバトルは無かったことにして、今すぐ帰ってもいいですか?」
「関係ねえよ! 妹と一緒に地獄に逝け!」
関係なかった!
17/03/17 19:24更新 / 黒尻尾
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