「慣れてくれ」

　それが「責任者」の言葉だった。
　投げ遣りすぎる回答に、救われた偵察隊の面々は揃って目を丸くした。
　
「魔物娘とはそういう存在だ。人間を物理的に襲うことはしないが、性的に襲うことはする。そういうものだ。この状況に早く慣れるほど、君達は楽になれる」

　続けて責任者が告げる。どこか他人事のようだった。そしてこの発言を頭に記憶出来た人間は、この場に一人もいなかった。
　何故か。ここの責任者と名乗ったその幼女が、全裸の上から白衣だけを羽織った過激すぎる格好をしていたからだ。ベッドの上にいた者達は、誰もがそこに意識を向けてしまった。
　言葉は完全に耳の穴を右から左へ素通りしていった。
　裸白衣の幼女が続ける。
　
「だから私が彼と先程まで情事に耽っていたのも、我々の側からすればいつもの事でしかない。卑猥と言うのは自由だが、時には現実を受け入れる度量も必要だぞ」

　全く頭に入らない。彼女の格好が破廉恥すぎるのが原因だ。
　今の彼女は、汗と体液で服も地肌もべっとり濡れていた。股の所が特に白く塗り潰されている。微かに生臭い匂いも漂ってくる。
　ひどく淫乱だ。意識するなというのが無理な話というものだ。
　そして当の幼女が自分の姿に頓着する気配はない。寧ろ自分が性交渉した証を平然と見せつけてくる。どこか自慢げだ。
　
「羨ましいと思ってくれてもいい。ここはサバト。自分より小さい女の子に欲情しても許される、兄願望持ちにとっての楽園だ。ちなみに私はもう兄がいるから、他の子と仲良くなってほしい」

　実際、グレイリアは今の自分を自慢したかった。やっと自分の気持ちに素直になれた。やっと素敵な「兄」に出会えた。
　彼女の心は、一人のバフォメットとして幸福の極みにあった。本人に確認を取ったら否定するだろうが、本心は言いようのないほどの悦びを前に浮足立っていた。
　
「そうだ、紹介しておこう。こちらが私の兄のユウだ。そしてさきほど見せたのが、私達の初めての契りだ」

　羨ましかろう？　そう言いたげに、グレイリアの顔はニヤニヤ笑っていた。彼女の隣に立っていた佑は非常に気まずい想いを味わっていた。
　今の彼はグレイリアとほぼ同じ格好をしていた。全裸の上からボクサーパンツと制服の上着だけを身に着けていた。そして言うまでもないが、彼の身体も汗やら体液やらでびっしょり汚れていた。拭う暇も無かった。
　横の魔物娘ほど羞恥心を投げ捨てていない彼は、その姿を晒す事にひどく抵抗を覚えた。顔も名前も知らないが、相手は同じ学校の生徒なのだ。言いふらされたりしたら堪ったものではない。
　
「まあそういうわけだから、君達に拒否権は無い。完治するまでここに留まってもらう。無論治療は責任を持って行うから、そこは安心してくれ」

　心穏やかでない佑の隣で、グレイリアが平然と「今後の予定」を端的に伝える。ちなみにグレイリアの方も見てくれはいつもと同じ冷静そのものだったが、内心ではすぐにでも佑と再結合したかった。だが彼女はその気持ちを必死に抑え、「いつもの自分」を演じてみせていた。
　サバトの長として、締めるべきところは締める。それが彼女の矜持だった。
　
「な、治るまで、ずっとここにいるんですか？」

　そこに患者側から質問が飛んで来る。投げかけたのは、偵察隊の一人である男子生徒だった。
　グレイリアがすぐに反応する。
　
「無論だ。自覚しにくいだろうが、今の君達の体は酷く傷つき、疲れている。そんな状態で外に出せば、容体が悪化するのは目に見えている」
「そんなに……？」
「絶対安静だ」

　唖然とする質問者にグレイリアが頷き、続いて釘を刺す。それを聞いた面々は一様に黙り込んだ。現在進行形で気怠さを感じていたからだ。
　グレイリアの診療は当たっていた。出来る事ならゆっくり休みたい。
　
「や、休んでていいんですか？」

　また別の一人が尋ねる。今度は女生徒だ。それにもグレイリアが頷く。
　
「もちろんだとも。我々がしっかり治すから安心したまえ。むしろ完治するまで、ここからは出られないと思ってくれていい」

　力のこもったグレイリアの返答。この時彼女の顔は、雌から医師へ変わっていた。力強く断言したその言葉には、有無を言わせぬ説得力があった。
　圧倒的安心感。女性は安堵のため息を漏らす。残りの生徒も一様に緊張を解き、肩の力を抜いていく。
　
「だ、騙されるな！」

　そこに横槍が入る。声のする方へその場の全員が眼をやると、そこには御者をやっていた騎士の男がいた。男は明らかに動揺していた。
　男の顔は恐怖に歪んでいた。額から脂汗を流し、信じられないものを見るように両目を見開き、じっとグレイリアを凝視していた。
　
「ま、魔物娘の言う事を信じてはいけない！　悪魔の甘言に乗ったら、は、破滅が待っている！」

　上ずった声で男が言う。明らかに眼前の幼女を恐怖している。偵察隊にされた学生たちは、寧ろオーバーなほどに怖がる態度を取る男の方に恐怖を覚えた。
　グレイリアの隣でそれを見た佑も同じ気持ちだった。ただし彼の場合は、「あのまま教団の所にいたら自分もああなっていたのか」という、やや違う視点から見た恐怖だった。
　いずれにしろ、怖いことに変わりはない。騎士の男も止まらない。
　
「俺は騙されないぞ！　絶対負けたりしないぞ！」
「やれやれ」

　しかし強情な態度を見せる騎士に、グレイリアは冷静な態度を崩さなかった。呆れたようにため息さえつきながらそんなことも言った。
　
「君のようなタイプには久しぶりに会ったよ。最初は辟易したものだが、間を置いて出くわすと結構新鮮なものだな」
「な、なんだと！」
「こういうのを原点回帰と言うのだろうな」

　困惑する騎士を無視して、グレイリアが一人で呟いて一人で納得する。偵察隊の子供達は不審半分興味半分でその姿を見つめ、騎士は眉間の皺を更に深く刻んだ。
　
「あ、あ、悪魔め！　これ以上好き勝手することは許さないぞ！」
「それはこちらの台詞だ。ここに来た以上、好き勝手することは許さん」

　吼える騎士にグレイリアが言い返す。声明を尊ぶ一人の医師が、強い口調で続けて言い放つ。
　
「もう一度言うが、君達の容体は君達が考えている以上に深刻だ。もし後遺症も無く健康にここを出ていきたいのなら、絶対安静を心がけてくれ。我々もベストを尽くして治療するが、根治には君達患者の協力も必要なのだ」

　だから手を貸してくれ。全身体液塗れの幼女が、熱のこもった声で要請する。それは傷ついた少年少女たちにとって、教団の訓示よりも深く心に染み渡った。
　それだけ彼女の言葉には誠意があった。本気で傷を治したいという、強い信念があった。
　
「断る！　誰が悪魔の助けなど！」

　横やりが入る。例によって例の騎士だった。グレイリアはほんの少し疲れた表情を見せた。
　
「こういうのをテンプレートと言うのだろうな。我々が保護した教団の人間は、殆どが君と同じ反応を見せたぞ」
「何が言いたい？」
「大人しく治されてくれと言いたいのだ。我々は全ての命を救うために活動している。それは事実だ」

　牙を剥く騎士にグレイリアが真っ向から言い放つ。騎士はなおも反論しようとしたが、口を開きかけたところで顔をしかめ、ベッドの上で身悶える。
　佑が何事かと身構える。学生たちが一気に不安にかられる。それらを手で制し、グレイリアが言う。
　
「だから言っただろう、絶対安静とな。君達の負傷は決して軽いものではないのだ」
「……」
「治るまで、静かにしていたまえ。いいな？」

　有無を言わせぬ強い口調で、グレイリアが面々に言い放つ。学生たちは大人しく頷き、騎士は痛みに悶えてそれどころではなかった。そして佑は、つい先程「契り」を交わした――言葉を飾って何になるというのか――幼女の立派な立ち姿を見て、改めて彼女に惚れた。
　ああ、やっぱり自分はこの人が好きなんだ。空気を読まずにそんなことさえ考えた。
　
「ユウ。申し訳ないが睦事は後だ」

　そこでグレイリアの言葉が佑に刺さる。空気の読み方は彼女の方が一枚上手だった。
　心を見透かされた佑が恥ずかしげに俯く。そんな彼を一瞥してから、グレイリアが患者に言う。
　
「とにかく、君達には我々の治療を受けてもらう。いいな？」

　拒絶する者はいなかった。
　もとより拒否権は無かった。
　
　
　
　
　そうして偵察隊への「治療」が始まった。正確には、彼らがそれを享受したのはグレイリアとの対談を終えた翌日からのことだった。
　言うまでもなく、それは佑の世界で行われているものとはまるで違った。「初体験」を迎えた偵察隊の面々が、それを前にして面食らったのも無理はなかった。
　
「えっ、なに、なんで！？」
「なにしてんの！？」

　服を脱ぐ。密着する。肌を舐める。息を吹きかける。
　卑猥だった。これのどこが治療なのだ。誰もがそう思った。
　性に目覚めかけた彼らにとっては、あまりにも刺激の強すぎるものだった。
　
「あっ、動いちゃダメですよ」
「今からちゃーんと気持ちよくさせてあげますからね〜」
「ほぉら、ちくびコリコリ〜……♪」

　サバトの担当医はお構いなしだった。彼女達は腕によりをかけて魔力を練り上げ、それぞれの患者を癒した。過剰なスキンシップもまた治療の一環だった。
　それが、性に無防備な子供達に直撃した。
　
「きもちい、きもちいいよう……」
「もっとしてください……もっといやして……」
　
　少年少女は二日で堕ちた。祝福されるべき副作用だった。
　サバトもそれを祝福した。佑も嬉しそうにそれを受け入れた。
　幸せはすべからく共有されるべきものである。
　
「みんな幸せそうで何よりですね」
「うむ。怪我の方も順調に治っている。言う事なしだ」

　ベッドの上で仲良く絡み合う医者と患者を遠目で見ながら、佑とグレイリアが感慨深げに言葉を交わす。この時彼らは経過観察という名目でこの治療室に顔を出していた。椅子に佑が座り、その上にグレイリアが腰を降ろして結合する。
　背面座位である。彼らも共に堕落の味に酔いしれていた。
　
「ふふっ、どうした？　先程よりも硬くなっているぞ？」
「し、仕方ないでしょ。グレイリアの中が気持ちいいから……」
「そうか、そうか。ならもっと気持ち良くしてあげよう、兄様？」
「はうぅ……っ！」

　グレイリアの中が締まる。佑の愚息を締め上げ、佑が恍惚とした悲鳴を上げる。肉と肉が絡み合い、グレイリアもつられて熱い吐息を漏らす。
　股座が濡れる。結合部分から二人の体液が溢れる。互いの熱が重なり、グレイリアが振り返り、揃って笑みを浮かべる。
　
「兄様は暴れん坊だな♪」
「グレイリアだって、すごい情熱的」
「がっつく妹は嫌いか……？」
「ううん、大好き」
　
　経過観察に来たのは事実だ。だが佑を連れてきたのは、単に一緒にいたかったからだ。そしてそれを、ここでは誰も咎めたりしない。
　悦びを分かち合うのは悪ではない。愛を尊ぶのは、魔物娘の本能だ。
　
「ではもっとがっついてもいいということだな？」
「ははは、お手柔らかに……」
「断る♪」

　グレイリアが一度腰を浮かせてから、一息に落とす。棒が胎内に深々と突き刺さり、雄と雌が揃って愉悦の悲鳴を上げる。
　患者たちの前で行われた恥も外聞もかなぐり捨てたオープンセックスは、その後たっぷり一時間続いた。
　
　
　
　
「でもどうして、いきなり竜巻なんて起こったんだろう」

　「全堕ち」から数日後。ふとそんなことを考えた佑が、そのままグレイリアに質問した。私室でたっぷり愛を交わし、その余韻に浸っている中でのことである。
　
「あそこってそんな危険な場所なんですか？」
「うむ。危険といえば危険だ。毎日のように天災が起きているわけではないが、全くの安全地帯というわけでもない」

　佑の問いにグレイリアが答える。同じベッドに全裸で寝転び、互いの肌に指を添え、ピロートークに興じるように会話を続ける。
　
「あそこは元々そういう土地なんだ。気候が不安定というか、荒れやすいというか、一言で言えば危険地帯だな。我々も町の住人や外から来た者には、出来るだけあの付近には近づかないよう警告している」
「でも、教団の人達はあそこに居座ってるんですよね」
「そうだ」
「どうして？」
「我々が近づこうとしないからだ」

　天敵が忌避する場所にいれば、向こうから不必要に接触を受けることもない。それが教団の考えだった。
　
「そんな無茶な」
「彼らにとっては死活問題だ。リスクを踏まえてもなお、そこに留まるだけの理由があるんだ」

　それだけ彼らが魔物娘を恐れているということである。
　
「教団は現在劣勢にある。魔物娘に対する明確な対抗策を未だ見出せていない。だからこそ、彼らは必要以上に我々を避けているというわけだ」

　グレイリアが説明する。納得する佑に、グレイリアが続けて口を開く。
　
「ちなみに精霊の力を使えば、あの一帯の環境を「住まいに適した場所」に変えることも出来る。しかしそれは言い換えるならば、あの地帯を魔界化することでもある」

　先にあの場所を陣取った教団が、そんなことを許すはずがない。
　
「だからあそこは放置されてるんですね」
「そうだ。我々としても、あの地をどうにかしたいと思っている。だが教団がいる以上、迂闊に手を出せんのだ」
「あなた達の側から攻撃とかは……しないですよね」
「しない。少なくとも我々はしない。我がグレイリア・サバトは、生命を救うことが本分だ。他者を攻め落とすなど論外だ」

　グレイリアが断言する。佑は驚かなかった。この人ならきっとそう言うだろう。堕落し、グレイリアと心で繋がった佑は、彼女の考えをよく理解することが出来た。
　
「だが、そろそろ潮時でもあるか」

　しかしその後の台詞は予想外だった。自分に注目する佑の視線を受けながら、グレイリアが言葉を続ける。
　
「我々は動かないが、どこか他の者が動くだろうな」
「あの竜巻、そんなに大事になってたんですか？」
「うむ。本格的に負傷者が出たからな。魔物娘の中で、力ずくでも今の状況を打開したいと考える者が出て来ても、何もおかしくはない」

　魔物娘が尊ぶのは愛と悦び、幸福と堕落。怪我や人死になど以ての外だ。
　
「遠からず何か行動が起こる。何が来るかはわからないが、一応君も心に留めておいてくれ」

　グレイリアの言葉に佑が頷く。そこで二人は会話を止め、互いに抱き合って眠りについた。現状を憂慮するのも大事だが、二人の時間を楽しむのも同じくらい大事だ。
　
「話はここまで。もう眠るとしよう」
「はい」
「おやすみ。兄様」
「おやすみなさい」




　グレイリア・サバトのところにバフォ様が来たのは、その翌日のことだった。