連載小説
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すべきことを知る
 実の所、「教団」は負け越していた。数では勝り、勇者の存在も擁しているはずなのに、彼らは魔物娘に煮え湯を飲まされ続けていた。
 なぜ負けるのか。神の加護を得ている筈の自分達が、なぜ邪悪な怪物に屈するのか。教団の人間は日夜考えた。怪物を倒し、誘惑を払い、世界に光を取り戻す。そのためには何をすべきなのか。彼らは必死に考えた。
 なお前提条件が間違っているので、これらの思索は全くの無駄骨であった。魔物娘への認識を変えることが革新の第一歩であったが、それをやれる器用な人間は教団にはいなかった。
 
「何が神の教えだ! でたらめじゃないか!」

 もちろん認識を変えられた者も少なからずいた。しかし魔物娘の本質に気づいた彼らは、皆教団から距離を取った。直接脱退する者もいれば、脱退こそしないがあからさまに活動に消極的になる者もいた。
 彼女達の愛に触れ、その上で彼女達に敵意を向けられる人間は、ほんの一握りに過ぎなかった。
 
「このままでは本当に敗北してしまう。なんとかしなくては」

 教団内にまだ多数残っていた「正気を保った人間」達は、自分らが劣勢にあることを自覚していた。そしてこのまま何も手を打たなければ、さらに戦況は悪化することも把握していた。
 行動しなければ。戦局を打開する一手を彼らは模索した。今この瞬間にも、魔物娘の毒牙にかかって信仰を失う同胞が後を絶たない。早急になんとかしなくては。彼らは取り憑かれたように考え込んだ。
 そして長い時を経て、ついに一つの策を見出した。
 
「教団内部で戦力を確保できないのなら、外部から使える奴を引っ張ってくればいい」

 名案だった。そのアイデアは早速実行に移された。世界の選定、及び勇者の素質を持つであろう人間の選別も、時間はかかったが滞りなく完了した。
 あとは実行するだけだった。
 
 
 
 
 作戦決行日。彼らは実行した。ある術式を使い、こことは違う世界で生活を送る者達を、一方的にこちらの世界へ呼び寄せた。
 それは一方的な誘引だった。だが実行者である教団の面々に、罪悪感は無かった。あるのは必ず勇者を見つけ出すという使命感と、この召喚がどう転ぶのかという知的探求心だった。
 結論から言うと、彼らは成功した。教団の敷地内に他所の世界から来た者達が出現し、それを見た関係者一同は小躍りした。それから召喚者たちは気持ちを切り替え、いきなり呼び出され混乱する彼らに対し、意気揚々と説明を行った。
 
「あなたがたは選ばれたのです」




 あとは先に述べた通りである。勧誘。脅迫。実体験。長峰佑の離反。
 予想外の事態は起きたが、修正可能な範囲の出来事だった。教団は計画を続行した。
 なお、呼び出された側に拒否権は無かった。「元の世界への帰還」を条件に出されては、従うしかなかった。
 彼らの反抗の意志は弱い。少し脅せば、全てが元通りだ。それに魔物娘に連れ去られたのはたったの一人。
 まだまだ行ける。教団は計画の続行を決定した。
 
「さあ! 嘆いている暇はありません! 我々にはやるべきことが山ほどあるのです!」

 元の拠点に帰った後、初老の男が生徒達に発破をかける。彼はここで「世界の説明」をした男である。この年老いた男は続けて、「君達には勇者の素質がある。しっかり鍛えれば、さっき見た怪物にも負けることは無い」と力強く説明した。
 彼らの中に勇者はいる。男は確信していた。ここにいる他の教団員も皆、それを確信していた。そして実際のところ、彼らの見立ては当たっていた。
 勇者になりうる素質を持つ者。常人を越える力を秘めた者が、確かに子供達の中にいた。その点では、教団の目論見は大成功だった。
 
「今日の所はこれで解散とします。ここで休んで、明日から本格的に訓練に入りましょう。全てはこの世界に光を取り戻し、あなた方が元の世界に戻るために」

 まずは満足。予想が的中したことに胸中で深く喜びを感じながら、男が手短に話を切り上げる。魔物の討伐と元の世界への帰還の部分を強調するのも忘れない。
 案の定、それを盾にされた生徒達は何の反論も出来なかった。言われるままに武装した騎士達に連れられ、建物の奥へ丁重に連行された。
 なお教団側は、佑が凡人であることを早々に見抜いていた。だから彼が魔物娘に連れ去られた――ここで言う魔物娘とは、いうまでもなくグレイリアのことである――時も、特に混乱はしなかった。
 
「あの子供はどうします?」
「放っておけ。残ってもどうせ役に立たん」
 
 雑魚に用はない。必要なのはスキルを持った即戦力だ。誰もが佑を、そして彼と同じく「凡夫」である他の大多数の生徒達を軽視していた。残りの子供達を奥に追いやった後、そこに残った騎士と初老の男は、その雰囲気を隠そうともしなかった。
 
「我々に余裕は無い。大切なのは勝つことだ」

 そして魔物娘の本質を見誤っていた。
 
 
 
 
 翌朝。生徒達はかねて言われていた通り、訓練を受けることになった。くどいが拒否権は無かった。なお教師たちは最初から使い物にならないと判断され、監禁されていた。そして教団はそれも脅迫材料に使った。効果は絶大だった。
 
「よし! では全員剣を持て! これより訓練を始める!」
 
 以降それの繰り返しだった。生徒達は朝起きてから夜まで訓練をし、夜眠りについてまた朝に起きるという生活をひたすら繰り返した。面白みのない、淡白で負担の激しい日々だった。
 当然ながら、禁欲も徹底された。行き過ぎた食欲と睡眠欲は悪と断じられ、物欲も厳しく戒められた。性欲など以ての外だった。
 世俗に染まりきった生活を送って来た生徒達にとっては、こちらの方がある意味訓練よりきつかった。
 
「いけません! そんな事では、到底目的を果たすことなど出来ませんよ!」

 そんな彼らの不平不満を、初老の男をはじめとする教団の面々は常に目敏く感知した。そして見つける度に上のような台詞を吐き、続けて清貧に生きることの大切さを説いた。
 
「いいですか? 清く正しい生き方を果たした者のみが、神の元へ行けるのです。全ての欲を捨てることこそ、正しき強さを得る第一歩なのです」

 教団はそのようなことを辛抱強く、執念強く説いて聞かせた。毎日、耳にタコができるくらい、滔々と語って聞かせた。そしてその言葉を跳ね除ける精神的余裕は、日々の訓練で疲れきっていた生徒達には全く無かった。
 無防備な心に教団の教えが刻まれていく。一日二日で効果は出なかったが、塵も積もれば山となる。一週間も過ぎれば、教団の呪詛は次第に生徒達の精神に影響を及ぼし始めた。
 洗脳。本気で変わり果てる者もいれば、流されるままそれを受け入れる者もいた。とにかく、一週間過ぎた頃には教団の教えを拒む者はいなくなった。
 
「悪魔を滅ぼせ! 闇を払え! それが我らの使命だ!」
「はい!」
「はい」

 指導担当騎士の言葉が力強く響く。生徒の三分の一が同じくらい力強く応答し、残りが程々の声量で応答する。大なり小なり思想に染まっていた。流動性の強い人間は、操るのも容易だった。
 一方で教団は、この時一つの計画を練っていた。とある町で感知した強大な魔物の反応を探るため、そこに今鍛えている生徒達を斥候として送り込む計画である。ちなみに斥候の候補として挙がっていたのは、その全員が勇者でない「凡人」達であった。
 無駄な戦力の浪費を抑えつつ、敵の内情を探ることが出来る。まさに一石二鳥だ。教団員はほくそ笑んだ。そして早速、彼らは行動に移った。
 
「最近、近くの町で特異な反応を見つけた。我々は調査のため、そこに偵察に赴くことを決めた」

 次の日の朝、拠点である城の一室に生徒を集め、教団騎士がそのことを伝える。近くと言っても、馬車を使って二時間はかかる所である。
 そこは伏せつつ話を続ける。
 
「なおそれに関して、今回は諸君らの一部を偵察隊として起用することになった。これまでの訓練の成果を発揮する、またとない機会だ」

 話を聞いた生徒達が軽くざわめく。動揺や緊張の波は見られたが、そこに反論や不満は無かった。反対しても握り潰されるのが目に見えていたからだ。
 やっても無駄なら、しない方がいい。彼らは従うことに慣れきっていた。
 
「……異論は無いな? では早速、調査隊のメンバーを発表する」

 異論など出ることは無いと承知の上で、騎士が仰々しく言ってのける。それからその騎士は全く同じテンションで、件の偵察隊に選ばれた者の名前を次々読み上げていった。選ばれた者もまた淡々と前に進み出て、その役目を謹んで拝領した。
 無機質で事務的な流れだった。騎士は彼らが成果を出す事を期待していなかったし、呼ばれた生徒の側も自分達が捨て石として使われることを悟っていた。どちらも相手を信用しないからこその、冷たいやり取りであった。
 
「以上で選出を終える。呼ばれた者は各自準備を済ませ、三十分後に外に集まるように」

 選出作業は一分とかからなかった。名前を呼ばれたのは全部で六人だった。そして最後の名前を告げた後、騎士はそう言って部屋から立ち去った。労いの言葉も祈りの言葉もない、無情な退室だった。
 鎧の擦れる渇いた音が部屋の外へと行き、やがて聞こえなくなる。騎士の存在が消えて無くなると同時に、室内を再びざわめきが包む。先と同じ動揺と緊張から成る雑音である。
 
「偵察だってさ……」
「大丈夫か?」
「平気平気。俺達には主神様の加護がついてるんだから」

 だがそこに絶望や悲嘆の色は無かった。彼らは――特に選ばれた者達は、今回の偵察任務を軽く考えていた。今以上に酷いことにはならないだろう。今日まで苦難を乗り越えてきたが故の楽観が、彼らの心を支配していた。
 
「ちょっと行って、すぐ帰ってくるよ。なに、平気だって。今の俺達に出来ないことは無いんだから」

 選ばれた生徒の一人が、選ばれなかった異性の友人に対して声をかける。慢心半分、相手を励ます気持ちが半分込められた、明るい言葉だった。
 選ばれた生徒が続ける。
 
「だからここで待っててくれ。ちゃんと無事に帰るからさ」

 選ばれなかった方は口を開かなかった。目にうっすら涙を溜め、うんうんと頷くのみだった。選ばれた方は彼女を慰めたかったが、異性との過度の身体接触は禁欲の掟に反していた。
 三十分後、選ばれた者達が城の外に集まった。全員がこの世界の一般市民に相応しい私服姿に着替えていた。擬装効果は抜群だった。
 外には既に馬車と一人の騎士がいた。そしてその騎士が「自分がお前達を町まで連れていく」と告げた。
 
「安心しろ。俺は危害は加えない。お前達をちゃんと町まで連れていく。約束だ」

 御者担当の騎士はそうも言った。真に受ける者はいなかったが、心が幾分か安らいだのも事実だった。
 とにもかくにも、選ばれた者達は馬車に乗り込んだ。綺麗な幌のついた、しっかりした造りの馬車だった。それも偵察隊の心を解きほぐした。
 
「揺れるぞ! ちゃんと捕まっておけ!」

 出発と同時に御者が声を上げる。偵察隊の面々はここに来て、かなり心の余裕を手に入れていた。慢心とも言う。
 この調子で行けば楽勝だろう。誰もがそう思っていた。周囲の優しさが、偵察隊に余裕を与えていた。
 出発から十分後、彼らは突発的な砂嵐に襲われた。
 強烈な突風と砂埃が馬車を襲う。馬の悲鳴が外からこだまし、直後、馬車の中の全員が浮遊感を味わう。
 身体が軽くなる。音が消滅し、遅れて耳鳴りが聞こえてくる。一瞬の無重力体験の後、重力の手が彼らを馬車ごと掴み取る。
 猛烈な落下の感覚。胃液の逆流。衝撃。
 彼らの意識はそこでブラックアウトした。
 
 
 
 
 次に彼らが目を覚ますと、知らない天井が視界に映った。風や日光が身体に直撃することもない。どうやら屋内にいるようだ。偵察隊は最初そこに気がついた。
 
「ここは……」
 
 時が経つにつれ、意識がより鮮明になっていく。同時にこの「空間」の様子も、よりはっきりと理解していく。
 中は広く、天井は高い。照明は行き届き、遠くまでよく見える。室内にはベッドが等間隔に並んでおり、その上で人間が横になっている。
 
「死んでる?」
「いや、寝てるだけだ」
「みんな寝てる……」
 
 彼らは自分達と同じ境遇の者なのだろうか? ベッドの上で静かに寝息を立てる面々を見やり、上体を起こした偵察隊の面々は皆一様にそう思った。この時には、偵察隊の全員が覚醒を果たし、ベッドの上で起き上がっていた。
 御者をやっていた騎士の男も同様だった。彼の寝ていたベッドは、偵察隊のグループの端にあった
 
「ん?」

 その御者の騎士が「何か」に気づく。視界の隅に何かがいる。
 いったい何だ? 周りを起こさぬよう静かにざわつく子供達を手で制し、目にした「それ」の正体を知ろうと意識を傾ける。
 騎士の見た「それ」は、逃げも隠れもしなかった。「それ」は部屋の中に鎮座し、堂々とそこにあり続けていた。騎士の視線を受けてもお構いなしだった。
 
「あっ」
 
 「それ」が何なのか、彼はすぐに理解した。残りのメンバーも「それ」に気づき、騎士と同じく即座に理解した。
 そして一人残らず赤面し、言葉を失った。
 
 
 
 
「ん……んふ……ちゅっ……」

 そこにあったのは睦事だった。
 偵察隊の子供達と同じ背丈の少年と、それよりずっと小さな女の子が、床に腰を降ろした状態で向かい合い、口づけを交わしていた。
 啄むような、控え目なキス。少年も幼女も揃って頬を赤く染め、初々しさを見せびらかしながら互いを求めあっていた。
 
「もっと、もっと……」
「うん……」

 幼女が懇願し、少年がぼんやりとした声を出す。そのまま二人は磁石のようにくっつき、互いの背に自分の手を回し、ぎゅっと抱きしめ合いながら、再び唇を重ね合わせた。
 
「ちゅっ、ちゅ、ん、くちゅ……」

 先ほどよりも長く、濃厚なキス。くっついた唇の隙間から、どちらのものかわからない唾液が垂れ落ちていく。
 互いに目を閉じ、二人だけの世界に耽溺していく。
 
「ちゅ、んっ……もっと、きすぅ……」
「うん……もっと、もっとする……」

 幼女が甘える。少年がうわ言のように返す。少年が幼女の頭を撫で、その手の温もりに幼女が喉を鳴らす。そうして時折じゃれ合いながらキスを繰り返し、互いの唇と舌と体液を堪能する。
 
「ちゅ、ちゅっ……んふふ……キスとは、すごいものだな……」
「はい……」

 口を離し、愉しげに余韻を味わいながら言葉を交わす。その後また相手を求めるように唇を重ね、唾液を貪る。起きた偵察隊の視線など眼中になかった。
 たまらなく淫靡で、愛に満ちた光景だった。
 
「あれ……?」

 その光景を見ているうち、偵察隊の一人が何かに気付く。その一人、こことは違う世界から呼ばれてきた学生は、その地べたに座って交わる「男」の方を見て何事か閃いたのだった。
 
「あの人、もしかして……」

 自分達と同じ年頃、同じくらいの背丈の少年。
 どこかで見た事のある顔。
 
「まさか……」




 そんなかつての学友の気づきなどお構いなしに、長峰佑はグレイリアとの情事に耽っていった。
19/10/05 18:12更新 / 黒尻尾
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