立場を知る
「この世界に生きる者は、皆多かれ少なかれ『魔力』を有している。そして時折、その魔力を尋常でなく保有して生まれ落ちる者もいるんだ」
大広間から少人数用の応接室に移った後、佑とグレイリアは一対一で問答を行った。テーマはずばり「魔力」である。
世界を知る前に自分を知ろう。それが対談の理由である。二人きりの部屋で、佑はこの世界における己の立ち位置をグレイリアと共に探ろうとしていた。
「それ自体は希少な才能だよ。神に愛されしもの、希望の星、あるいは勇者。そういう感じで称され、持て囃されることも多い」
そこまで言ってから紅茶の入ったカップ――中身は普通の紅茶である。一応念のため――に口をつけ、一息つく。佑も後を追うように紅茶を一口飲む。
こちらも普通の紅茶だ。もうちょっと砂糖が欲しい。顔には出さず、佑が正直に思う。
落ち着いたグレイリアが話を再開する。
「私が思うに、教団はそれを狙って君達を攫ったのではないか?」
「と言うと?」
「魔力だよ。君達の世界に魔術は無いと聞いたが、それでも、もしかしたら、君達の中に『勇者』の素質を秘めた者がいたのかもしれない」
「そんな、まさか」
「あり得ないとは言いきれんぞ。最初から確信しての行動なのか、それとも幸運を信じての行き当たりばったりか。そこはわからないが、そういう可能性もゼロではないだろう」
グレイリアが言う。そこで佑が、不意に教団の男から言われたことを思い出す。
「あなたがたは選ばれたのです」
「何?」
「そう言われたんです。向こうに呼び出された時、年を取った男の人から。選ばれたって」
「選ばれた……」
佑の言葉を受け、グレイリアが眉間に皺を寄せて思案する。
「まさか本当に……」
ぽつりと呟く。彼女自身、本気で教団がそれを狙っていたとは思っていなかったらしい。不安半分、期待半分で佑が見つめる中、グレイリアは手元の紅茶をじっと見つめた。
「調べてみるか」
再び呟く。何を調べるのだろう。佑が疑問を口に出す前に、顔を上げたグレイリアが自ら答えを言い放つ。
「君、ちょっと魔力を見せてくれ」
「測定試験」は数秒で終わった。佑はその間、グレイリアから「目を瞑っていてくれ」と言われたので、素直に目を瞑っていた。
おかげでグレイリアが実際に何をしたのか、佑はついぞ知ることが出来なかった。
なお測定自体は、佑は二つ返事で了承した。彼自身、「自分の魔力量」なるトンチキな文言に、そこはかとなくロマンを感じていた。それにひょっとしたら、ひょっとするかもしれない。
淡い希望を抱いた佑は、それ故グレイリアの要求を呑んだのである。
「終わったよ。目を開けて結構だ」
数秒後、グレイリアからお達しが通る。恐る恐る佑が目を開けると、グレイリアが仏頂面でこちらを見つめて来ていた。
佑の視線がグレイリアの双眸に吸い込まれる。無言の威圧を受け、目線を動かすことが出来なくなる。
「なるほど」
こちらをじっと見つめながら、グレイリアが呟く。結果はどうなったのか、佑は先を知りたいと欲した。
佑の望みに応えるように、グレイリアが口を開く。
「結果が出た」
「それで……?」
少し間が空く。それからグレイリアが言い放つ。
「君は凡人だな」
佑の夢が一つ潰えた瞬間だった。
グレイリアからの質問はその後も続いた。具体的には、佑の技能――現時点で彼が保有している「スキル」の確認をした。今の彼に何が出来るのか、グレイリアはそれを把握しようとしたのである。
だがそれらの質問は、その悉くが佑の心に負い目を作る羽目になった。
「ではまず剣技は? 何か武術の心得はあるかね?」
「ありません」
「では弓は? 弓はどうだ? 使ったことは?」
「ありません」
「体術は?」
「ないです……」
「な、ならば芸術はどうだ? 絵とか詩とか、物語とか。何でもいい。創作に力を注いだことは?」
「う……」
「……」
気まずい。重い沈黙が場を支配する。佑はもちろん、グレイリアも居たたまれない気持ちになる。
大失敗だ。
「その、すいません……」
「……ああー……」
こんな筈では無かった。秘密のベールを剥がした末に露見した空っぽの人間を前に、人と魔物は等しく無力となった。
「――よしわかった。質問を変えよう」
だがそれで折れるほど、グレイリアはヤワではない。咳払いをして気持ちを切り替え、改めて佑に向き直る。
「特技を聞いたのがまずかったのだ、うん」
スキルだけが魅力ではないからな。自分に言い聞かせるようにグレイリアが言い放つ。そして表情を引き締め、佑に問いかける。
「趣味を教えてくれ」
「趣味ですか?」
「うむ。君の趣味だ。差し支えない範囲で構わないから、没頭していたものを教えてくれ」
なんでもいいから君のことを教えてくれ。言外にグレイリアが訴える。彼女も彼女で、先の質問に関して負い目を感じていた。是が非でも彼のフォローがしたかったのだ。
「うーん……」
佑は即答しなかった。だがすぐに「無いです」とも言わなかった。それが救いだった。
少しして、気恥ずかしそうに佑が答える。
「映画とか、見たりはしますね」
「エイガ?」
「ああ、なんて言うんだろう。映像で作る物語、みたいなものです」
「なるほど」
簡単な説明にグレイリアが頷く。続けてグレイリアが問う。
「エイガの詳しい説明は後で聞くとして。それで君は、どんなエイガを見るんだね? 好きな傾向とか、よかったら教えてくれ」
「……サメです」
「サメ」
「サメの映画です」
佑が答える。グレイリアの頭の上に「?」が一つ浮かぶ。
「……どんなサメだね」
「空を飛ぶサメとか、頭が三つあるサメとか」
「君、大丈夫か」
真顔でグレイリアが問う。きょとんとする佑に、グレイリアが続けて言う。
「サメは空を飛ばないし、頭も一つだけだぞ」
「映画のサメは違うんです。他にも家のサメとか、幽霊のサメとか、色々いるんです」
「え、あ?」
グレイリアの頭の上に「?」が三つ浮かぶ。トリプルヘッドだ。
率直に言って、意味がわからない。
「グレイリア……さんは、サメは好きじゃないんですか?」
すると今度は恐る恐る名前を呼びながら、逆に佑が問いかけてきた。グレイリアは返答に窮した。
「いや、うん、サメは嫌いではないが、その」
予想の範囲を完全に逸脱している。
どうやって答えればいいのだ。誰かわかる人がいたら教えてほしい。
「あう……」
「……」
結局、グレイリアは「イエス」と答えることが出来なかった。
結局、この質問も無為に終わってしまった。これまでのやり取りでわかったことと言えば、佑が「こちらの世界」で通用するような特技も趣味も、何も持っていないということである。
彼は真なる意味で一般人であった。脇役。モブキャラ。ノースキル。舞台の隅でのみ輝く陰の存在。
主役にはなれない男。
「がっかりさせてごめんなさい……」
自分が平凡であることは、佑もここに来る前から常々自覚していた。そして今、それを改めて証明された佑は、非常にいたたまれない気持ちになった。
故にその謝罪の言葉も、心から吐き出されたものであった。彼はこの状況で何を言えばいいかわからず、ただ謝ることしか出来なかった。
「俺、本当何も出来なくて……医学も知らないから、手伝いも出来ないし……」
ネガティブな文言が次々口からついて出る。佑は完全に意気消沈していた。椅子に座ったまま項垂れ、向かい側を見ようともしない。
グレイリアはその様を仏頂面で見つめていた。彼女は質問を終えナーバスになっていた佑に、険しい表情を浮かべていた。
「だからどうした」
ついに言葉が飛び出す。不意打ちに驚き顔を上げる佑に、グレイリアが追い打ちをかける。
「その程度で君の価値が決まるとでも? 笑えん冗談だ」
「でも、俺」
「やかましい。何も出来ないのなら、出来ることを増やしていけばいいのだ」
戸惑う佑を制するように、グレイリアがぴしゃりと言い放つ。佑は思わず口を噤み、相手が黙ったところでグレイリアが声色を和らげ言う。
「焦る必要は無い。今が全てじゃないだろう。腐る必要はどこにもない」
「……」
「私がついてる。何が出来るか一緒に探そう。スキルが無いくらいで塞ぎこむんじゃない」
真剣な表情で、熱のこもった眼差しで、グレイリアが佑に奮起を促す。
「私はこれでもサバトの長だ。君が思っている以上に、君の役に立てるはずだ」
「あ……」
「やろう。二人で。いいな?」
「は、はい――」
事実、それは萎れていた佑の心に、再び勇気と気力を与えた。自然と顔が頷き、全身を熱い血が駆け巡っていく。
「自分」をちゃんと見てくれる味方がいる。それが何より心強く、精神に安らぎと希望を与えた。
「――でもどうして」
その一方で、彼女の態度は佑の心に疑問も抱かせた。
「どうしてそこまでしてくれるんですか?」
「どうして、とは?」
「グレイリアさんって、ここの長なんですよね。そうして俺にここまでしてくれるんですか?」
他に沢山仕事があるはずではないのか。それが佑の問いだった。
「俺としては嬉しいですけど、大丈夫なんですか?」
「ぐぅっ」
それを聞いた瞬間、グレイリアの顔が僅かに曇った。
頼れる雰囲気に揺らぎが生まれる。
「それを聞くのか……ああ、それはね……」
「……聞いちゃまずかったですか?」
「いや、そうじゃない。そんなことはない。安心してくれ。そんな顔しないで」
「そうですか?」
「うんそうだ。気に病むことは無い。それで質問の答えだが……」
一旦言葉を切る。グレイリアの視線が泳ぐ。一筋の汗が頬を伝う。
「あー、あう、ええと」
それまでと比べて明らかに落ち着きがない。どうしたのだろう。訝しむ佑に、グレイリアが答える。
「――も、問題はない。全く問題ない。そこは問題ない」
「本当に?」
「本当だ。長の特権だ」
「ああ、リーダーだから融通が利くっていう」
「そうそれ。その通りだ。うん。上に立つ者というのは、こういう権利を行使できるのだ。覚えておきたまえ」
口早にグレイリアが告げる。佑も「勉強になった」と言わんばかりに何度も頷き、それからグレイリアのアドバイスを何度も呟いて脳裏に刻み込んでいく。
「そういうことも出来るんですね。参考になります。ありがとうございます」
あまつさえ、目を輝かせて佑が謝辞を述べる。グレイリアが若干引きつった笑みを浮かべる。
佑はその変化に気づかない。
「鈍感め」
素早く顔を逸らし、グレイリアが毒づく。佑はそれに気づかない。
性の目覚めと情愛の認知は別物である。
「まあいい」
だがグレイリアはそれ以上悩まなかった。素早く思考を切り替え、再び佑に向き直る。
大事なのは「彼」の方だ。
「とにかくまずは外に出よう。内に閉じこもってばかりでは、良くなるものも良くならんからな」
「は、はいっ」
そしてそのグレイリアからの呼びかけに、佑は素直に頷いた。今の彼にとって、頼れるのは彼女だけだ。
「よろしくお願いします!」
「うむ。こちらこそだ」
元気の良い佑の声に、グレイリアが笑って応える。
鈍い人間だが、これはこれで悪くなかった。
大広間から少人数用の応接室に移った後、佑とグレイリアは一対一で問答を行った。テーマはずばり「魔力」である。
世界を知る前に自分を知ろう。それが対談の理由である。二人きりの部屋で、佑はこの世界における己の立ち位置をグレイリアと共に探ろうとしていた。
「それ自体は希少な才能だよ。神に愛されしもの、希望の星、あるいは勇者。そういう感じで称され、持て囃されることも多い」
そこまで言ってから紅茶の入ったカップ――中身は普通の紅茶である。一応念のため――に口をつけ、一息つく。佑も後を追うように紅茶を一口飲む。
こちらも普通の紅茶だ。もうちょっと砂糖が欲しい。顔には出さず、佑が正直に思う。
落ち着いたグレイリアが話を再開する。
「私が思うに、教団はそれを狙って君達を攫ったのではないか?」
「と言うと?」
「魔力だよ。君達の世界に魔術は無いと聞いたが、それでも、もしかしたら、君達の中に『勇者』の素質を秘めた者がいたのかもしれない」
「そんな、まさか」
「あり得ないとは言いきれんぞ。最初から確信しての行動なのか、それとも幸運を信じての行き当たりばったりか。そこはわからないが、そういう可能性もゼロではないだろう」
グレイリアが言う。そこで佑が、不意に教団の男から言われたことを思い出す。
「あなたがたは選ばれたのです」
「何?」
「そう言われたんです。向こうに呼び出された時、年を取った男の人から。選ばれたって」
「選ばれた……」
佑の言葉を受け、グレイリアが眉間に皺を寄せて思案する。
「まさか本当に……」
ぽつりと呟く。彼女自身、本気で教団がそれを狙っていたとは思っていなかったらしい。不安半分、期待半分で佑が見つめる中、グレイリアは手元の紅茶をじっと見つめた。
「調べてみるか」
再び呟く。何を調べるのだろう。佑が疑問を口に出す前に、顔を上げたグレイリアが自ら答えを言い放つ。
「君、ちょっと魔力を見せてくれ」
「測定試験」は数秒で終わった。佑はその間、グレイリアから「目を瞑っていてくれ」と言われたので、素直に目を瞑っていた。
おかげでグレイリアが実際に何をしたのか、佑はついぞ知ることが出来なかった。
なお測定自体は、佑は二つ返事で了承した。彼自身、「自分の魔力量」なるトンチキな文言に、そこはかとなくロマンを感じていた。それにひょっとしたら、ひょっとするかもしれない。
淡い希望を抱いた佑は、それ故グレイリアの要求を呑んだのである。
「終わったよ。目を開けて結構だ」
数秒後、グレイリアからお達しが通る。恐る恐る佑が目を開けると、グレイリアが仏頂面でこちらを見つめて来ていた。
佑の視線がグレイリアの双眸に吸い込まれる。無言の威圧を受け、目線を動かすことが出来なくなる。
「なるほど」
こちらをじっと見つめながら、グレイリアが呟く。結果はどうなったのか、佑は先を知りたいと欲した。
佑の望みに応えるように、グレイリアが口を開く。
「結果が出た」
「それで……?」
少し間が空く。それからグレイリアが言い放つ。
「君は凡人だな」
佑の夢が一つ潰えた瞬間だった。
グレイリアからの質問はその後も続いた。具体的には、佑の技能――現時点で彼が保有している「スキル」の確認をした。今の彼に何が出来るのか、グレイリアはそれを把握しようとしたのである。
だがそれらの質問は、その悉くが佑の心に負い目を作る羽目になった。
「ではまず剣技は? 何か武術の心得はあるかね?」
「ありません」
「では弓は? 弓はどうだ? 使ったことは?」
「ありません」
「体術は?」
「ないです……」
「な、ならば芸術はどうだ? 絵とか詩とか、物語とか。何でもいい。創作に力を注いだことは?」
「う……」
「……」
気まずい。重い沈黙が場を支配する。佑はもちろん、グレイリアも居たたまれない気持ちになる。
大失敗だ。
「その、すいません……」
「……ああー……」
こんな筈では無かった。秘密のベールを剥がした末に露見した空っぽの人間を前に、人と魔物は等しく無力となった。
「――よしわかった。質問を変えよう」
だがそれで折れるほど、グレイリアはヤワではない。咳払いをして気持ちを切り替え、改めて佑に向き直る。
「特技を聞いたのがまずかったのだ、うん」
スキルだけが魅力ではないからな。自分に言い聞かせるようにグレイリアが言い放つ。そして表情を引き締め、佑に問いかける。
「趣味を教えてくれ」
「趣味ですか?」
「うむ。君の趣味だ。差し支えない範囲で構わないから、没頭していたものを教えてくれ」
なんでもいいから君のことを教えてくれ。言外にグレイリアが訴える。彼女も彼女で、先の質問に関して負い目を感じていた。是が非でも彼のフォローがしたかったのだ。
「うーん……」
佑は即答しなかった。だがすぐに「無いです」とも言わなかった。それが救いだった。
少しして、気恥ずかしそうに佑が答える。
「映画とか、見たりはしますね」
「エイガ?」
「ああ、なんて言うんだろう。映像で作る物語、みたいなものです」
「なるほど」
簡単な説明にグレイリアが頷く。続けてグレイリアが問う。
「エイガの詳しい説明は後で聞くとして。それで君は、どんなエイガを見るんだね? 好きな傾向とか、よかったら教えてくれ」
「……サメです」
「サメ」
「サメの映画です」
佑が答える。グレイリアの頭の上に「?」が一つ浮かぶ。
「……どんなサメだね」
「空を飛ぶサメとか、頭が三つあるサメとか」
「君、大丈夫か」
真顔でグレイリアが問う。きょとんとする佑に、グレイリアが続けて言う。
「サメは空を飛ばないし、頭も一つだけだぞ」
「映画のサメは違うんです。他にも家のサメとか、幽霊のサメとか、色々いるんです」
「え、あ?」
グレイリアの頭の上に「?」が三つ浮かぶ。トリプルヘッドだ。
率直に言って、意味がわからない。
「グレイリア……さんは、サメは好きじゃないんですか?」
すると今度は恐る恐る名前を呼びながら、逆に佑が問いかけてきた。グレイリアは返答に窮した。
「いや、うん、サメは嫌いではないが、その」
予想の範囲を完全に逸脱している。
どうやって答えればいいのだ。誰かわかる人がいたら教えてほしい。
「あう……」
「……」
結局、グレイリアは「イエス」と答えることが出来なかった。
結局、この質問も無為に終わってしまった。これまでのやり取りでわかったことと言えば、佑が「こちらの世界」で通用するような特技も趣味も、何も持っていないということである。
彼は真なる意味で一般人であった。脇役。モブキャラ。ノースキル。舞台の隅でのみ輝く陰の存在。
主役にはなれない男。
「がっかりさせてごめんなさい……」
自分が平凡であることは、佑もここに来る前から常々自覚していた。そして今、それを改めて証明された佑は、非常にいたたまれない気持ちになった。
故にその謝罪の言葉も、心から吐き出されたものであった。彼はこの状況で何を言えばいいかわからず、ただ謝ることしか出来なかった。
「俺、本当何も出来なくて……医学も知らないから、手伝いも出来ないし……」
ネガティブな文言が次々口からついて出る。佑は完全に意気消沈していた。椅子に座ったまま項垂れ、向かい側を見ようともしない。
グレイリアはその様を仏頂面で見つめていた。彼女は質問を終えナーバスになっていた佑に、険しい表情を浮かべていた。
「だからどうした」
ついに言葉が飛び出す。不意打ちに驚き顔を上げる佑に、グレイリアが追い打ちをかける。
「その程度で君の価値が決まるとでも? 笑えん冗談だ」
「でも、俺」
「やかましい。何も出来ないのなら、出来ることを増やしていけばいいのだ」
戸惑う佑を制するように、グレイリアがぴしゃりと言い放つ。佑は思わず口を噤み、相手が黙ったところでグレイリアが声色を和らげ言う。
「焦る必要は無い。今が全てじゃないだろう。腐る必要はどこにもない」
「……」
「私がついてる。何が出来るか一緒に探そう。スキルが無いくらいで塞ぎこむんじゃない」
真剣な表情で、熱のこもった眼差しで、グレイリアが佑に奮起を促す。
「私はこれでもサバトの長だ。君が思っている以上に、君の役に立てるはずだ」
「あ……」
「やろう。二人で。いいな?」
「は、はい――」
事実、それは萎れていた佑の心に、再び勇気と気力を与えた。自然と顔が頷き、全身を熱い血が駆け巡っていく。
「自分」をちゃんと見てくれる味方がいる。それが何より心強く、精神に安らぎと希望を与えた。
「――でもどうして」
その一方で、彼女の態度は佑の心に疑問も抱かせた。
「どうしてそこまでしてくれるんですか?」
「どうして、とは?」
「グレイリアさんって、ここの長なんですよね。そうして俺にここまでしてくれるんですか?」
他に沢山仕事があるはずではないのか。それが佑の問いだった。
「俺としては嬉しいですけど、大丈夫なんですか?」
「ぐぅっ」
それを聞いた瞬間、グレイリアの顔が僅かに曇った。
頼れる雰囲気に揺らぎが生まれる。
「それを聞くのか……ああ、それはね……」
「……聞いちゃまずかったですか?」
「いや、そうじゃない。そんなことはない。安心してくれ。そんな顔しないで」
「そうですか?」
「うんそうだ。気に病むことは無い。それで質問の答えだが……」
一旦言葉を切る。グレイリアの視線が泳ぐ。一筋の汗が頬を伝う。
「あー、あう、ええと」
それまでと比べて明らかに落ち着きがない。どうしたのだろう。訝しむ佑に、グレイリアが答える。
「――も、問題はない。全く問題ない。そこは問題ない」
「本当に?」
「本当だ。長の特権だ」
「ああ、リーダーだから融通が利くっていう」
「そうそれ。その通りだ。うん。上に立つ者というのは、こういう権利を行使できるのだ。覚えておきたまえ」
口早にグレイリアが告げる。佑も「勉強になった」と言わんばかりに何度も頷き、それからグレイリアのアドバイスを何度も呟いて脳裏に刻み込んでいく。
「そういうことも出来るんですね。参考になります。ありがとうございます」
あまつさえ、目を輝かせて佑が謝辞を述べる。グレイリアが若干引きつった笑みを浮かべる。
佑はその変化に気づかない。
「鈍感め」
素早く顔を逸らし、グレイリアが毒づく。佑はそれに気づかない。
性の目覚めと情愛の認知は別物である。
「まあいい」
だがグレイリアはそれ以上悩まなかった。素早く思考を切り替え、再び佑に向き直る。
大事なのは「彼」の方だ。
「とにかくまずは外に出よう。内に閉じこもってばかりでは、良くなるものも良くならんからな」
「は、はいっ」
そしてそのグレイリアからの呼びかけに、佑は素直に頷いた。今の彼にとって、頼れるのは彼女だけだ。
「よろしくお願いします!」
「うむ。こちらこそだ」
元気の良い佑の声に、グレイリアが笑って応える。
鈍い人間だが、これはこれで悪くなかった。
19/08/25 17:09更新 / 黒尻尾
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