連載小説
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町を知る
 まずは外に出よう。グレイリアの提案を受け、佑はサバト拠点である教会の「外」へ出てみることにした。当然グレイリアも一緒である。
 佑はそこに何の不審も抱かなかった。彼女の存在を頼もしいとさえ感じていた。
 
「まずはどこに行くんですか?」
「知りたいか? それは行ってのお楽しみだ」

 一応、佑はこれからの行先についてグレイリアに尋ねてみた。だがグレイリアは愉快そうに笑って、そう答えるだけだった。
 
「まあ、色々回ってみるつもりだ。安心したまえ。君もまだ本調子ではないだろうから、無茶なことはさせないよ」

 グレイリアが続けて言う。頬は緩み、声音は優しく、瞳には爛々と光が宿っていた。
 本当に楽しげだった。
 とても優しそう。これなら安心だ。佑は素直にそう思った。
 
 
 
 
 数分後、二人は教会を出た。この際、佑は「この世界に溶け込む」ために、サバトで用意された服に着替えた。それはかつて着ていたものよりもずっと着心地の良い逸品であり、袖を通した佑は「とても高いものなんじゃないか」と少し不安になった。
 とにもかくにも、佑は着替えを済ませてサバトを出た。途中サバトの構成員である男女のペアと幾度かすれ違った。そのどれもが大人の人間の男性と、幼児体型の魔物の女性のペアだった。
 
「覚えておきたまえ。それがサバトの特徴なのだ」

 教会を出た後、町を歩く道すがらそれを尋ねた佑に、グレイリアはそう答えた。それからグレイリアは続けて、件の「サバトの特徴」について説明を始めた。
 暫く後、聞き終えた佑は赤面した。
 
「どうした? 『幼女とロリコンの集い』に反応してしまったか?」

 気まずそうに視線を逸らす佑に、グレイリアが意地悪く笑って言う。彼女の言い放った文言は、サバトの説明の際に彼女がそのまま使った言葉であった。
 
「だが事実だ。妹大好きなお兄ちゃんとお兄ちゃん大好きな妹がくっつき、共に幸せを享受する。それがサバトの基本理念なのだ」

 舗装された道を進み、人が行き交う大通りに到達した時、グレイリアがそう告げる。とんでもない話だ。自分のいた世界にそんな組織があったら、あっという間にバッシングの嵐だ。佑は驚愕とも畏怖とも取れぬ、複雑な感情を抱いた。
 
「じゃあグレイリア、さんにも、『お兄ちゃん』役の人っているんですか?」

 それを気取られぬよう、話題を逸らすために佑がグレイリアに問う。
 直後、グレイリアの顔から笑みが消える。
 
「あの?」
「……すまん、それはノーコメントだ」

 グレイリアはそれだけ言った。気まずそうな表情を見せるグレイリアに、佑は「まずいことを聞いたか」と罪悪感を覚えた。
 方々から人の声と足音が聞こえる。しかし二人の世界にそれは届かず、佑の耳と目はただグレイリアの一挙手一投足に注目した。
 
「違う違う。君は悪くない。その、こちらの問題だ」

 グレイリアが口を開く。何かプライベートな問題なのだろうか。そう考えた佑は、それ以上踏み込まなかった。
 これ幸いとばかりに、グレイリアが畳みかける。
 
「さ、さあ! まずはこの店だ! 一緒に入るぞ!」

 言われるがまま、佑はグレイリアの指した店に一緒に入った。
 
 
 
 
 最初に入った店は服屋だった。
 見た感じ、普通の服屋である――要するに、佑の元いた世界にあっても違和感がないような「よくある造り」の服屋であった。売られている服も「普通」の服だ。
 普通ってなんだ。どっちが普通なんだ。佑は己の価値観が揺らぎ始めているのを自覚した。
 
「と、と、とりあえず、これを一着」

 軽く混乱する佑の横で、グレイリアが早速服を買う。その動きは逃げるようにスピーディーであり、口調はたどたどしく、頬は赤かった。
 
「はい。こちらを一着ですね」

 店員がそれを受けとる。背の高い大人の女性だ。頭から狐の耳を生やし、腰から狐の尻尾を生やしている。
 ああ、普通じゃない。店員を見た佑の心が平静を取り戻す。不敬である。
 
「――まあ、グレイリア様」

 そこで狐の店員がグレイリアに気づく。そして所在なさげに横に立つ佑と彼女を見比べ、即座に何かを察する。
 
「デートですね?」
「ち、違う! 私はその、彼に、この町を案内しているだけだ!」
「あらまあ。そういうことにしておきますね♪」

 全力で否定するグレイリアに、狐の店員が笑って答える。それから店員は楽しそうに紙袋を差し出し、グレイリアは嬉しさと悔しさが入り混じった赤ら顔でそれを受け取った。佑はその光景を間近で見やり、そして周りの客や他の店員も同じように、二人のやり取りを微笑ましげに見つめていた。
 
「まったく……」
「素直になればよろしいのに」
「うるさいっ」
 
 茶化す店員にグレイリアが噛みつく。それを見る佑の顔に、自然と笑みが浮かぶ。
 嘲笑ではない。優しさに直に触れた時に浮かべるような、穏やかな笑みだ。元いた世界では全く抱いたことのない、心が暖かくなる感覚。
 こんなに楽しくて和やかな気分になれたのは、生まれて初めてだ。
 なお彼は、この時自分がグレイリアの彼氏と認識されていることには気づいていなかった。大概である。
 
「ほらっ、佑! 次行くぞ次!」

 その佑の手をグレイリアが掴み、無理矢理店の外へ出ていく。
 結局買った服は一着だけだったが、それ自体はどちらにとってもどうでもいいことであった。
 
 
 
 
 それからグレイリアは佑の手を掴んだまま、彼を方々へ案内した。食品、雑貨、書物、医薬品、十八禁の怪しいお店――こちらは入口手前でグレイリアが思い直し、撤退する流れとなった。
 とにかくあらゆる場所、多種多様な店へ、グレイリアは佑を連れていった。この町は佑の想像以上に広く、おかげで佑はあちらこちらへ歩かされる羽目になった。
 正直言って、めっちゃ疲れた。
 
「まあグレイリア様!」
「いらっしゃいませ、グレイリア様」
「今日も素敵ですわ、グレイリア様♪」

 だが疲れただけではない。ある意味で収穫もあった。町の「案内」を通して、佑はいくつか発見をした。
 即ち、町の中の誰もがグレイリアを知っていること。グレイリアと彼女のサバトを尊敬していること。そしてグレイリアに反応した面々のほぼ全員が、寄ってたかって彼女の男性事情を気にかけていることである。
 
「グレイリア様、とうとうお相手が見つかったのですね!」
「まあグレイリア様! そんな可愛らしい子を見定めるなんて!」
「とうとうグレイリア様にも春が……感激です……!」

 他人の色恋に首を突っ込むのは不謹慎じゃないか。そこに関して、佑は素直にそう思った。彼の価値観はまだ「向こう側」にあった。
 そして町の中を一通り回ってから公園で休んでいる時に、佑はその部分に関して突っ込んで聞いてみた。こちらの世界では「そういうの」がデフォルトなのか、と。
 
「そんなことは無い。人の嫌がることを喜んでするような無粋な輩は、魔物の中には存在しないよ」

 無論、魔物と仲良くなった人間の中にもだ。グレイリアが断言する。それが答えだった。
 そんな都合の良い話があるのか。佑は不安になった。しかしそれはひとまず置いておいて、佑は違う質問をぶつけた。
 
「じゃあどうして、ここの町の人はみんなあなたのことを気に掛けてるんですか?」
「それは君、彼女達が魔物だからだよ」

 この世界の魔物は、何よりも愛を優先する。それ故知り合いが未婚だった場合、何かにつけて面倒を見たがったり、当人が気にいるであろう異性をリストアップしたりする。特にその相手が、身を粉にして町に貢献した大人物ともなれば、なおのことである。
 
「グレイリアさんって、やっぱり有名人だったんですね」
「私は出来ることをやっているだけだ。この町は平和と愛に満ちていたが、医療が欠けていた。だから私はここに我がサバトの拠点を置き、治療行為を行い、健康を促進させた。それだけのことだ」

 佑の発言に、グレイリアがさらりと返す。見栄や虚勢から来る態度でないことは、その素っ気ない口振りから明らかだった。
 格好いい。佑は素直にそう思った。背丈は子供だが、考えと行いは知的でクール。大人だ。バフォメットは見た目以上に高齢であると、先のサバトの説明の時に教わっていたが、佑はそれをド忘れした。
 ともかく彼は、クールなグレイリアに憧れの気持ちを抱いた。そしてそのまま、心に芽生えた文言を口にした。
 
「そういうところが尊敬されてるんだと思いますよ。自分のしたことを自慢しないところが」
「うーむ、そう言われてもな。私は皆が健やかに暮らせれば、それで十分なのだ」
「うわあ……」

 佑の目が輝く。思わずため息が漏れる。情愛ではなく親愛の情が、彼の心の中に湧き上がる。
 見慣れぬ異世界。見慣れぬ存在。何もかもが元いた世界と違う場所。そんな未知の領域にあって、自分を邪険に扱わず、正しく導いてくれる。しかも彼女は自分だけでなく、全ての人の安全を心から願い、そのために実際に行動を起こしている。
 凄い人だ。自分もこんな人になりたい。まだ若い彼にとって、グレイリアはまさにヒーローであった。
 
「どうした?」

 佑の視線にグレイリアが気づく。気づかれた佑は慌てて視線を逸らし、しどろもどろながらそれに答える。
 
「その、グレイリアさんが、素敵だなって、思って……」
「えっ」

 グレイリアが赤面する。空気の変化に気づいた佑が彼女の方を見ると、今度はグレイリアが彼から目を逸らす。
 同じ言葉でも、そこに込められた感情は千差万別である。言語って不思議。
 
「あの……?」
「すまん」
「へ?」
「いやちょっと、今はその」
「?」
 
 佑が訝しむ。グレイリアの不調は察知出来たが、何故そうなったのかはわからなかった。
 微笑ましいすれ違いが、気まずい空気を生む。佑は申し訳なさそうに沈んだ表情を見せ、グレイリアは期待と興奮の混じった赤ら顔を見せた。まさに対照的である。
 
「いきなりそんなこと言われてもな……」

 グレイリアが呟く。努めて平静を繕おうとしていたが、顔は赤いままだった。なおその呟きは、佑の耳には届かなかった。
 
「あの、大丈夫ですか?」
 
 そこに痺れを切らした佑が声をかけてくる。しかしこれだけ時間と回数を重ねれば、流石のグレイリアも落ち着きを取り戻すことが出来た。
 
「うむ、大丈夫だ。すまんな」
「……本当に大丈夫ですか?」
「無論だ。私は治す側の魔物娘だぞ。自身の健康管理くらい容易に出来る」

 自分に言い聞かせるようにグレイリアが答える。だが不安そうにしていた佑は、彼女のその台詞を聞いて安心し、眉間の皺を解いて顔の力を抜いた。
 女性の心の機微を察せられるほど、彼は上手ではなかった。
 
「それより、どうだ? 少しはこの町についてわかったか?」

 話題の矛先を逸らすようにグレイリアが問い返す。佑は素直に頷き、まっすぐに答える。
 
「はい。色々わかりました。今日はありがとうございます」
「礼はいらんよ。君がこちらに馴染んでくれるなら、それで十分だ」

 さらりと言ってのける。本当に素敵だ。佑は羨望の眼差しを向けた。
 邪念のない一途な視線を浴びて、グレイリアは急に照れくさくなった。
 
「何かあった時は、また私を頼りたまえよ。体は治っても、心はまだ治ってないかもしれないからな」

 照れを隠すようにグレイリアが言う。佑も嬉しそうに首を縦に振り、そのまま控え目な調子で問う。
 
「また、色々助けてもらってもいいですか?」
「無論だ。どんな小さなことでもいい。困ったことや気になることがあったら、すぐに私のところに来なさい」

 力強い口調でグレイリアが返す。医者の使命感と女の欲望が混ぜこぜになった、複雑な心を持った台詞だった。
 佑はそこから「頼れる大人」を見出した。彼は顔を輝かせ、元気よく言った。
 
「はい! よろしくお願いします!」
「……ああ。よろしく頼む」

 かわいい奴め。グレイリアは心からそう思った。
 
 
 
 
「……というわけで、今日の町案内は大成功に終わった。我ながらいい仕事をしたと自負している」

 その日の夜。グレイリアは同サバトのメンバーであるユニコーン――言わずもがな、幼女体型である――を捕まえ、自室にて佑とのやり取りを自慢げに語って聞かせた。
 なお、彼に町案内することを勧めたのは、このユニコーンである。グレイリアの町案内は、佑が目覚める前から既に計画されていたことであった。
 
「君の狙い通り、彼はとてもこの町を気に入ってくれたようだ。私としても嬉しくて仕方がない」
「それはなによりです。やりましたね、グレイリア様」
「うむ。町と町の人達が素晴らしかったのが、成功の理由だろうな」

 我が事のように喜ぶユニコーンに、グレイリアが頷きながら答える。
 直後、ユニコーンがさりげなく話題の矛先を変える。
 
「それでグレイリア様、彼との仲は進展いたしましたか?」
「えっ」

 グレイリアから表情が消える。先を聞きたいとユニコーンがまじまじ見つめ、グレイリアが恥ずかしそうに顔を逸らす。
 
「グレイリア様?」
「……まあ、そこそこだな」
「ああ……」

 苦しげに呟くグレイリアを見て、ユニコーンが察する。道のりは険しそうだ。
 でも、焦ることは無い。大切なのは一歩ずつ着実に、だ。
 
「大事なのは真心です。誠意を持って接すれば、必ず気づいてくれます」
「う、うむ。わかった」

 ユニコーンの激励を受け、グレイリアが頷く。主の顔に自信が戻っていくのを見て、ユニコーンは我が事のように喜んだ。
 
「頑張ってください。グレイリア様」
「わ、わかっている。成し遂げてみせるさ」

 グレイリアの幸せを願っているのは、このユニコーンだけではない。サバトの他の構成員、町の人達、その他彼女に救われた大勢の人達。彼ら全員が、グレイリアに春が来ることを望んでいる。
 魔物娘に関わる者は、すべからく他人の不憫を見過ごすことが出来ない「サガ」を背負っているのだ。
 
「しかし、私が異性とそういうことになるのは、ちょっと想像できんな」
「何を言っているんですか。そんなことありません。グレイリア様だって絶対伴侶を得られます」

 実際のところ、グレイリアが佑に惚れていたのは、ここにいる全員が気づいていた。あの店の店員たちも即座に察した。魔に連なる者は、すべからく愛の気配には敏感なのだ。

「本当に?」
「本当です。だって」

 そして全員が、その恋路を応援していた。グレイリアと佑が一つになれることを切に願っていた。
 
「グレイリア様も、魔物娘なんですから……♪」

 それに気づいていないのは、貸し与えられた部屋でスヤスヤ眠る佑だけであった。
19/09/04 19:55更新 / 黒尻尾
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